第四章
縛られた腕を解こうと暴れる。だが両手足を括り付けられているため、無駄な抵抗に終わった。
部長の指示で、『殺人部』の部室がありそうなところを、手分けして見張ることにした訳だったが。
オレは保健室を見張ることになったが、一人の長身の生徒が入っていったとき、あたりだと分かった。
あの優男、去年転校してきた三年だが、女子の人気を一気に持っていきやがった。何か裏があると思っていたんだ。いや決して、妬みではない。断じてない。
そのあと驚くことに、風見流が保健室に入っていったのだ。風見は同じクラスだ。成績優秀な奴だから、予想外だった。確かに今年に入ってから、放課後はそそくさとどこかに消えてしまうことが多かった気がする。
それを陰から見ていたら、急に保健室からカマ野郎が出てきた。そのままこちらへ向かってきたので急いで隠れたがのだが――――変な技を食らって、気が付いたら保健室の中だった。
それからあれよあれよと段ボールに詰められて、今はこの様だ。
「生きてる?」
風見が頬を人差し指で突いてきた。
「んーー、んんーー!」
できる限り叫び続ける。叫べば、誰か助けに来てくれるかもしれない。
「無駄だよ。今、夜の八時だから。それに今日の見回り担当、湫先生だし」
湫先生、と、顔を向けた方に居るのは、あの筋肉野郎。
先生って、あいつ教師かよ、見た事ねぇけど。
教師までグルになっていたとは、どうりで今までうまく雲隠れしていられた訳だ。
くそ、助けは来ないか。
放送で『殺人部』は、今日一人殺すと言っていた。それが、俺になってしまうなんて。
なんて情けないんだ。周囲の反対を押し切ってまで飛び出してきたのに、このザマとは……。
部長の顔が浮かんだ。
轟振子。ものすごい報道魂を持っていて、入部すぐに前部長が、部長の席を譲った。
報道の事となるとものすごい必死になって、まわりが見えなくなる。その尻拭いをするのは、彼女を部長にしようと言い出した、部員みんなだ。確かに度々迷惑をかけれてはいるが、それでも、部長の圧倒的な報道魂に、部員たちはついて行く。それに応えるように部長は、スッコケたり花瓶を割ったり、部誌をぶちまけたりしながらも、みんなを引っ張っていく。
部長……。
年下に助けを求めるのはカッコ悪い。その上女の子になんて、男として終わっている。そんな事分かっていても、部長なら……、そう願ってしまう。
なんか重いと思ったら、風見が、馬乗りになっていた。
長いスカートを、ゆっくり捲っていく。白い肌が焦らすように露わになっていく。
こんな事態でも、心臓が高鳴る自分がいる。呆れたもんだ。
太腿まで捲ったところで、銀に輝くものが見えた。それを彼女は、するりと抜き取る。
「これ、お気に入り」
かざして見せたのは、鋭利なナイフ。刃は錐のように細く、それでも、刀のように、ギラギラと輝きを見せている。
風見は、蕩けたように笑っていた。初めて、風見の笑顔を見た。いつも真顔で、鋭い目をして。笑顔を見た人なんて、クラスで一人もいないのに。しかし今の風見は、心底嬉しそうで。
殺されてもいいかな。こんなにいい笑顔の、風見になら。
べりっ。風見が、口に張られたガムテープを剥がしてくれた。
「ああ、風見……」
「まずは、指からね。あんまり出血が多いと、すぐ死んじゃうからね」
え、一思いには、殺ってくれないのか。
すぱっ。小気味いい音と共に。
「ゆ、指……、う、うぐぁ、うああ、ぐわああああぁあぁぁああ―――」
痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「はあぁ、いい鳴き声だよ……――――」
その赤く濡れたナイフを、斬った断面にねじ込んでくる。
ぐちゃ、ばり、べき。
痛い、けれど、声が出ない。叫び過ぎて、喉が嗄れてしまったんだなあ。
傷口を見てしまった。右の親指が、よく分からないことになっていた。それは、黒薔薇が咲いている様にも見えて。
「あれ、もう鳴かないの? なんで。せっかく遊んでるのに。」
悲しそうな顔をした。そうか。遊んでいたのか。聞いたことがある。風見は、弟を小さい頃に無くしたって。遊び相手が欲しかっただけなのか。そうか。そうか――。
意識が遠のいて行こうとしている。
え? なんか、ナイフが、近づいてきて――――
ぐちゃり。
左の視界が、何も映さなくなった。
「っ―――――――――!」
意識が一気に引き戻される。
半分見えなくなった視界に、恍惚とした表情を浮かべる風見が見えた。
ぐちゃり。
何も見えない。
代わりに聴覚が研ぎ澄まされる。風見の興奮した息遣いが明瞭に感じられる。
「はあ、綺麗。血涙を流しているみたいで」
風見の動きが止まった。ああそうか。もう終わりにしてくれるんだな。これで新聞部に帰れる……。
「よいしょっ」
すぱっ、ぶしゅー!
「―――――――! ――――――!」
右脚の付け根に激痛が走った。動脈を切られたようだ。体がどんどん軽くなっていく。
悶える。暴れる。動くたびに痛みが増して、どうしようもない。
ギーコ、ギーコギーコ。
鋸を引くような音と共に、右脚の感覚は無くなった。
ああ、眠くなってきたなあ。もう、起こさないでくれ――。
部長、もうちょっとで任務を達成できるところだったのに、すまない―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
◇
時計の針は、夜の八時を指している。
「部長、○○○○の靴が、保健室前に落ちていたわ!」
三年の部員が、青い顔で教室に飛び込んできた。
『殺人部』が活動しそうなところを片っ端から張り込む。これが、新聞部でまとまった、奴らの正体を暴く方法だった。そしてかれこれ三時間は経っている。だけれど。
一人だけ、部員が帰って来ない。
「それは本当ですか? 間違いではないんですか!」
部員は無言で顔を横に振る。靴の踵部分にある、薄れた名前を見せた。
保健室を張り込むと言い出したのは、彼自身だった。一番当たる確率が高いと私が言ったら、ぜひオレにやらせろ、そう押し切って出て行ったのだった。
「……殺されたんだ! 今頃、八裂きに――うわあああ!」
頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
その部員の叫びに、不謹慎だと叱る者はいなかった。誰しもが、心の中で肯定していた。もうあいつは、この世にいないだろう、と。
あちこちから、鼻をすする音が聞こえる。嗚咽を漏らす者もいる。
「今日は皆さん、帰ってください。明日になれば、本当の事が分かります」
「でも……!」
皆、戸惑っている。私の顔を見て、助けを乞っている。
「何があろうと、立ち止まる訳にはいきません! ……必ず、『殺人部』を暴くんです」
何か言いたそうな視線で、部員たちが見てくる。分かる。その気持ちは、分かるのだけれど。
「早く帰って、たっぷり寝て! ――明日は、忙しいでしょうから……」
みんなが、肩を震わせていた。
私は、拳を握って耐える。爪が、手のひらに食い込むほどに。
「――――解散っ!」