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第三章 後半

 放課後になったが、今日はすぐに帰る訳にはいかない。

結局、入部する事になってしまった。

 俺の中には、虚無感しかなかった。

 失うのは怖い。だから、誰にも関わらないできたけれど。

「みうちゃん――」

 彼女だけは、失う訳にはいかないから。そしたら本当に、独りぼっちになってしまうから。

 昨日の澄子って奴には、保健室に来るように言われた。そこが部室となっているらしい。その事に関しては、納得がいく。あそこは、「魔の保健室」と呼ばれている。入った生徒で、帰って来なくなった者がいるとかで、今は誰も利用していない。

「黙人くーん!」

 黄色い声が飛んできた。

俺の事呼ぶ奴なんて、校内、いや、この世にいないはずだが。

 絶大な違和感と共に振り返る。「――――」声も出なかった。否、心臓が飛び出た。

 空谷澄子だった。

何故かしなしなと寄り掛かってくる。

「黙人くん、一緒に保健室、行こ――」

 艶めいた黒髪が、まるで誘っているようで。しかし何もドキドキしない。むしろ違う意味でドキドキしている。

 殺人犯と、殺害現場に向かっているのだから。

 あと、作り声に違和感があり過ぎだ。こんなタレントいたな。

 カモフラージュか。

こうしていつも、この学校に溶け込んでいるのだろう。この悪魔は。

「ああ」

 溜息交じりの返事をする。仲間になった以上、もう逃げようがないだろう。

 その役作りのまま、澄子は俺の隣を歩いた。なるべく離れようと、歩みを速める。

斜め後ろから、「ああ、靴擦れが」とか、仕舞いには「待っておくんなまし」などと聞こえてくる。

それが尚更、何を考えているか分からなくて薄気味悪い。

 何だかんだしているうちに、保健室の扉が見えてきた。

 俺が躊躇う間もなく、澄子がさっさと扉を開ける。

「たっだいま――――!」

 そこで、魔法が解けたかのように、会った時の澄子に戻った。

「もう、静かにしないと、廊下に響いているわよ」

 中から、女の人の声が聞こえてくる。誰かいるようだ。

 澄子の後ろから、そろーっと覗いてみる。

「あら、黙人君じゃない、いらっしゃい」

 白衣の女性がいた。口調はとても女性らしいのだが、顔立ちは宝塚の男役のように凛々しい。スカートより、黒のパンツを履いてほしい。

「校医の雨野坂湫よ。よろしくねん」

 大きな手を伸ばしてくる。vネックの胸元からは、厚い胸筋が覗いている。

 どうも精巧なニューハーフに見えるのだが。

 とても恐る恐る、握手を返す。

「安心して、ちゃんと女性だから」

 耳打ちしてくれたのは、長身の男子生徒。

「やあ、僕は日村晴。三年生ね。部員の中では一番年上なんだ。よろしく」

 甘いマスクに、人懐っこそうな笑顔。どこか頼りなさそうな感じがあって、女子に放っておかれないだろう。

 その隣にちょこんと、女の子がいた。誰よりも小さいが、二年生のようだ。銀縁眼鏡の奥から、半端じゃない眼力でこっちを見ている。

「わたしは風見流。ともって呼んでいいよ。別に、呼んでくれなくてもいいけど」

呼んで欲しいんだな。何故かそんな気がした。

「ともって、呼んでもいいよ」

 大きな瞳で見つめてくる。穴が開くのではというくらい。

「……、とも先輩?」

 これでいいのだろうか。

 見た目は「ともちゃん」だが、一応年上。でも正規の部活ではないし、先輩というのもなぁ。「ともさん」がよかったか?

「……先輩」

 嬉しさを隠すように、そっぽを向いてしまった。どうやら当たりだったようだ。

「よかったね、初めて後輩ができたね!」

「……先輩」

しかし。うーん。あまりにも、普通すぎる人たちだ。

そりゃあ色々と変わったところはある人たちだが、何というかその、殺人犯らしい感じがしない。イメージとしてはもっとこう、いかにも危ない雰囲気というか、常時刃物を右手に持っている、みたいな。しかしここにいる人たちは、虫も殺せそうにない。

現に、夏は過ぎたにも関わらず、殺虫剤の缶が大量に置いてある。蠅叩きも見当たる。

ここは本当に、『殺人部』なのか?

もしかしたら全部、新手のドッキリなのかもしれない。やっぱり『殺人部』なんて突拍子もないもの、存在しないのかもしれない。

突如そんな考えが浮かんだ。希望的観測だが。

がさがさ。ごとごと。

部屋のどこからか物音がした、ような気がした。

「んー、んーんー! んむむむ! んー――――!」

 今度は呻き声が、はっきりと聞こえた。

 ベッドの下に、テレビでも入っていそうな、大きな段ボール箱がある。

 希望的観測は、やはり希望に過ぎない。そもそも赤の他人からドッキリ掛けられるって何よ。

「あ! 湫ちゃん、これが今日の獲物?」

 澄子が段ボール箱を引きずり出し、おもむろに開け始める。まるでサンタからのプレゼントを開ける、子供のように。

 またそれを見守る母親のような、湫先生の微笑み。

「そうよ、澄子ちゃんたちを待ってたの」

 獲物? ああそう言えば。放送で言っていたっけ、『第七の殺人』をするって。

 段ボール箱の中には、ガムテープで口を塞がれた男子生徒が入っていた。青い顔をして、縛られた手足をじたばたさせている。

 今からこいつ死ぬのか。さすがに知らない人だと何の感情も湧いてこない。

「よいしょっ」と、段ボールから生徒を転がし出す。首から、一眼レフカメラかかっている。

「すぐそこに居たから、拾ってきちゃった」

 晴先輩は、猫にするように、その生徒を撫でた。

 しかしさすがに誰も、ちゃんと面倒見れるの? だの、前の金魚の時も結局お母さんが餌やりしたのよ、などと言いはしない。

「ねえ、もう始めてもいい?」

 とも先輩が、そわそわしながら澄子に尋ねる。

「そうだね。生きのいいうちにね。」

 「あ、そうそう」と、湫先生が机の脇を漁りだした。

「黙人くんはビデオ撮影ね。はい、これ」

 手渡されたのは、家庭用の手持ちビデオ。

「……どうするんですか、撮って」

 どうしようが、俺には関係ないのだが。

 澄子が俺の肩越しに顔を覗かせてくる。

「高く売れるんだぁー、ネットの、そういうサイトで」

 そういうサイト。深くは考えないことにしよう。これ以上あちらの世界に踏み込みたくない。

「さあ、運ぶわよん」

 湫先生がおもむろに男子生徒をお姫様抱っこして、ベッドまで運ぶ。先生の胸筋も腿の筋肉も盛り上がって、造形美といったところだ。……いや、逆じゃね?

 澄子なんかは、憧れの眼差しでその勇ましい姿を見つめている。丁度ヒーローにあこがれる子供のように、目を輝かせて。

 また晴先輩が、僕の隣に来た。

「……この中で一番力持ちなんだ、彼女」

 耳打ちをするその手は白くて、女の子と同じくらい華奢だ。

 でしょうね、とはさすがに言えなかった。晴先輩にも先生にも失礼な気がした。

 話しているうちに運び終わったようで、先生はまた、もとの椅子に脚を組んで座っていた。

「黙人、カメラの準備はオーケー?」

 カメラの覗き窓を覗いてくる澄子。

「ああ、大丈夫」

 色々と設定をいじってみる。

「慣れているのねぇ。黙人君がいれば、安心だわ」

 笑いかけてくる湫先生に、微笑み返す。

「ええ。うちの家にも同じ型のがあるんです。父が仕事用に使ってて」

「ああ、死体修復の仕事ね。すごいわよねえ。そのお仕事してる人、日本には数人しかいないそうじゃない」

 調べ済みって訳か。眉根を寄せる。

 そうだ。俺の父は、日本有数の死体修復の仕事をしていた。ビデオカメラは、作業を撮影して、後で見て反省するためだと言っていた。

毎日のように父の仕事場に押し寄せたっけ。その時から、将来の夢は、父のような死体修復師になる事だった。

「黙人?」

 澄子が俺の顔を覗き込んでいた。

「ああ、準備できたよ」

 ビデオカメラを、持ち上げてみせる。

「それじゃあ、カウントダウンして」

「うん」

 ベッドにくくりつけられている男子生徒を映す。

「いきまーす。五、四、三――」

 二と一は指で合図する。

 スタート。

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