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第三章 前半

 帰りの時刻になっても、生徒玄関に人影は見られない。

 あんな事が起きた後でも、部活動は無くならないようだ。あちらこちらから、元気な掛け声が響いてくる。まあ、帰宅部の俺には関係のない事なのだが。

 結局あの後死体は消えて、それ以上問題になる事は無かった。教師が誰も見ていないし聞いていないのだから、どうしようもなかった。

「あーあ、帰ろっ!」

 もう忘れよう。これ以上首を突っ込むつもりも無い。

 内履きを脱いで、下駄箱に突っ込む。

 ぐしゃ。

 紙のくしゃくしゃになる音がした。内履きをどけてみると、やはり紙切れが入っている。広げてみる。

『放課後、屋上まで来い』

 左下には、ご丁寧に今日の日付がついている。

「きたねー字」

 まさにミミズののたうった様な字。筆圧が濃いうえに、はみ出さんばかりのでかい字。

 絶対野郎だ。断言できる。リンチされるんだ。いわれの無い因縁つけられて、ボッコボコにされるに違いない。

 この学校では、そんなこと日常茶飯事だ。よく救急車とパトカーが乗り込んでくる。

 俺はまだ、一度も呼び出しを食らったことは無かった。かつあげされた事ならあるが。

「はあぁー……」

 ため息が漏れ出るばかりだ。

 打撲で済むだろうか。骨までいかなければいいけど。

 バッグを床に置いて、渋々と内履きを履きなおす。

「行くっきゃないか――――」

 今行かなければ、後でもっとひどい目に遭うかもしれない。そんな、酷く後ろ向きな考えで。



 屋上の手前まで来たところで、足が重たくなる。

「何人居んのかなあ……」

 未だに踏ん切りがつかないでいた。

 やっとの事でドアノブに手をつけるが、どうしても、「捻って押す」という簡単である筈の動作が出来ない。

 男らしくないと言われたって構わない。しかし痛いのが嬉しい人なんて、そういう特殊な人で無い限り、あり得ないだろう。

「はああぁ――――っ」

 ドアノブに力を込める。

 「えいっ」という我ながら可愛らしい掛け声と共に、ドアを開け放った。

「……………………?」

 女子生徒が一人立っていた。

 大人びた顔つきだが、高いところでツインテールにしている。しかし不思議と違和感はない。ただ、流れるよーな黒髪のストレートヘアーは、女子高生の間で茶髪の巻き髪が流行っている時代としては、違和感を覚える。

内履きの色から、同じ一年だと分かる。

 他には誰もいない。ドアの裏にでも隠れているかと思ったが、そんな様子もない。

不良は? 俺をボコろうとしている奴らは?

 とりあえず、この子に聞いてみるしかないか。

「あの……、君は……?」

 恐る恐るといった感じで話しかける。

 すると少女は、顔に似合わない子供っぽい笑顔で、片手を伸ばしてきた。

「ボクは『殺人部』部長の、空谷澄子。キミと直接話すのは初めてだね」

 心臓がドクンと脈打つのが聞こえる。

 この声。この、子供みたいな、舌足らずな喋り方。あの時とは違って、砕けた喋り方をしているけれど。

「……放送の――――っ」

 顎がガクガクいって、いうことを聞かない。

 後ずさりし過ぎて、閉まったドアにぶつかる。

 そんな様子気にもせずに、二人の間隔を縮めてくる少女。

「今日はね、キミを『殺人部』に勧誘しに来たんだ」

 勧誘? ああ駄目だ、訳が分からない。

「部活入って無いでしょ、黙人」

「――――――!」

 今、確かに黙人って言った。なぜ俺の名前を知っている? なんで部活に入って無いって分かっている?

「それじゃあ黙人、『殺人部』に入るでしょ? うんって言って。入部届けとかいらないから。口約束でいいよ」

 図々しくも、決定事項にしようとしている。

 殺人部に入れ? ふざけるな。

 急に冷静になった。

「嫌だ」

 仲間なんて、作る訳ないだろう。

 相手が殺人犯だろうが、恐れることは無い。

もう誰にも関わらないと決めたんだ。

 道徳とか法律とか、そんなどうでもいい事じゃなくて。

 犯罪者だろうが、傷つけたくはない。それは、俺が決めた。俺の意思だから。

「嫌だって? 何で? どうしてー?」

 子供みたいに不機嫌な顔をして、手をバタバタさせる。

「傷つけたくないんだ。俺のせいで、大事な人、何人も失ったんだ。君に関わったら、今度は君が死んでしまう羽目になるかもしれない。これ以上、他人と関わって、感情を移したくないんだ」

 正直な気持ちが口を突いた。でもやっぱり怖くて、言葉の端が震えた。

 さっきまで不機嫌だった少女は、またまた笑顔に戻った。しかしそれは、無邪気だけれど、悪戯っぽい表情で。

「これ、どうなってもいいのかなぁ。いいのっかなぁ」

 楽しそうに少女がひらひらさせたそれは、写真で。

 死んだように美しい、少女が映っていて。

「みうちゃん!」

 写真に手を伸ばした。

「殺人~、死体遺棄~。けーいさつにー言っちゃーおー」

 みうちゃん。本名、五月雨深雨。俺の彼女。だけど。

 殺人? とんでもない。

 第一、死んでなんかない。


ずっと一緒に居られる様にしただけじゃないか! 


「失いたくないからって~、勝手に殺して~。しかも死体愛好家~」

 少女は悪ふざけをやめない。

「この死体も失っていいのかな」

 いやだ。唯一の大事な人なんだ。彼女がいないと――

「入る」

 深く呼吸をして。

「俺、『殺人部』に入る」

 他の何を傷つけてでも。彼女だけは、失う訳にはいかないんだ。


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