第十五章
「みんなを返してくれ、振子」
目の前のクラスメイトに向かって、なるべく力強く声をかける。
怖い。そりゃあ怖いさ。だって、自分よりはるかに強いであろう『殺人部』が、大敗しているのだから。
そいつよりも早く、澄子が反応する。
「やっぱり、来てくれたんだねぇ!」
「澄子お前、生きてたのか!」
てっきり死んだものだと思っていたから、とてつもなく驚いた。先輩たちもまだかすかに胸が上下している。
晴先輩も、顔だけ上げた。
「なんで、来てくれたの……」
先輩は、複雑そうな顔をしていた。
「みうちゃんのおかげです」
本当は、助けに来るつもりなんて毛頭なかった。でも、そしたらみうちゃんに叱られた。『大切な人たちのために、命かけてみろ!』って。余りの怖さにびっくりした。けれどはっとした。俺はいつも、大切だからこそ、関わらないほうがいいと思っていた。けれどそれは、自分が傷つかないためだったんじゃないか。今度は、自分から動くべきなんじゃないかって。
化け物はとも先輩を踏みつけている足を止め、首だけこちらに向ける。
「黙人さんモ、殺人部だったんですねェ」
「――――そうだ。俺は、殺人部の部員だ」
振子はクラスメイトだ。他人の事は言えないが、こんなことをする奴だったなんて、想像もしてなかった。
相手が殺人部だと分かった途端、振子はこちらに体ごと向きなおした。
「正義ノ為なんですゥ……!」
ふらふらとこちらに向かってくる振子。来る――――。
こいつは澄子や先輩たちを一気に倒した奴なんだ。真っ向勝負じゃ勝てっこない。
スクールバッグを肩から下ろし、みうちゃんを出してあげる。
「頼んだよ、みうちゃん」
振子はチラッとみうちゃんの方を見たが、「死んでル……」と言ったきりこちらに向きなおし、みうちゃんの方を見ることは二度となかった。
どうやらこいつはおかしくなっているせいで、バッグから人間が出てきたことには疑問を抱かなかったらしい。
振子が握った拳は、女子高生とは思えない程強硬そうだ。当たればひとたまりもない。
「平和な世界ヲ作リましょ……!」
大きく突き出した拳が、顔面向かって飛んでくる。
俺は松葉杖ごと、思いっきり転んだ。木の床に打ちつけられる。
顔の横で、ひゅんっと風を切る音がした。
「いってぇ……」
折角一週間安静にしていた傷が、また強く痛んだ。もうこれ治らないのではないか。
「悪い奴ハ、全滅……」
床に打ちつけられて身動きが取れない俺に、瓦割りの要領で、拳が降ってくる。容赦ない一振り。
俺は直前、振子に呟く。
「お終いだ」
振子は後方から打撃を受け、地に伏した。
背後には、にっこり笑顔の、みうちゃんが立っていた。
「さすがだよ、みうちゃん!」
僕は彼女のもとへ駆け寄る。
額が大きく裂けて、血が流れている。
「大丈夫!? 今止血するからね」
ポケットから出したハンカチで、額の傷を抑えてやる。みうちゃんはそれを片手で抑えながら、またにっこり笑った。
「私のヘッドバットは最強なんだから」
可愛らしいうえに、実は強い。最高の彼女だ。
折角みうちゃんを愛でていようと思ったところ、足首を掴まれる。振子がいた。
「何で、死体が動くんですかァ……!」
「ほんとだよ! どうして動くのさぁ!」
澄子まで乗ってきた。まずは倒したことに感謝してほしいところだ。
「ていうか澄子お前、何回も話しかけてたじゃないか」
「うっ! ………………ほんとに生きてるとは思わないじゃないかあ……」
ぼそぼそと何か言っているようだが、よく聞こえない。
「みうちゃん、ちょっと失礼――――。これさ」
みうちゃんの頭部を見せる。そしてキュポッと、頭頂部の栓を取る。
「うぎゃっ!」
振子が変な声を上げた。割かし元気そうだ。
「ロボトミー手術って知ってるかい?」
「はいはい!」
「はい、澄子さん」
「えーと、ぜんとーよーを取り出して、せいしんびょーを治すのに使われるやつです」
「はい、正解だけど、分かりづらい。つまりは――――」
つまりは、大脳の一部を切除して、酷い妄想やうつなどの精神病を治すやつだ。今は行われていない。
まあすべて、父さんから教えてもらったことだけれど。
「で、それが?」
「つまり、この穴から脳味噌を掻き混ぜて大脳を破壊して、意志の薄い人間をつくりだしたんだ」
何でも言うことを聞いてくれる。だから、俺の家に住むことも、一つ返事でオッケーしてくれた。
「だからな、振子」
足元のクラスメイトに声をかける。
「お前は正義の為に悪い奴らをぶっ殺そうとしただろ。俺はな、どんなことをしてでも、大切な人たちを守りたいんだ。それが、俺の正義なんだ」
法律なんて幾つも破った。けれど、そんなものより大事なものがある。すべてを失った、あの時に決めたんだ。
「お前はこれからも、悪をぶっ倒し続ければいいさ。だけどな――――」
「大事な仲間の事も、守ってやれよ」
入り口の扉が、大きく開かれた。
「部長! 水臭わよ。私も、いや、新聞部全員、部長のためになら何でもするから。私たちがいるから!」
振子は床に顔をくっつけたままだ。
「私、ドジばっかりしますよ」
「私がフォローするわ。ていうかいつも、私が部長の尻拭い役でしょ」
「今回だって、強くなれる薬って聞いて飲んだら、なんか大変なことになっちゃいますし……」
「怖いから、もう変な薬には手を出さないでね」
「………………」
「部長?」
「不束者ですが、よろしくお願いします」
振子は、無邪気な笑顔を見せた。