第十四章
床に叩きつけられ呻く澄子ちゃんに、薬物中毒の少女はとどめを刺す。
彼女が踏みつけられると、めきゃ、という鈍い音がした。
何度も、何度も執拗に踏みつけている。もう僕らの負けであることは明らかなのに。
それでも尚、いつもと変わらない、楽しそうな顔の澄子ちゃん。まだ何も、終わっちゃいないという顔をしている。
「うぅ………、黙人――――」
澄子ちゃんの口から、彼の名前がこぼれた。今この場で澄子ちゃんは、黙人君に助けを求めている。
無理だよ、それは……。僕らが、黙人くんに散々迷惑かけたから。怖い思いも、痛い思いもさせてしまった。だから彼は、『殺人部』から去ってしまった。それなのに、助けに来るわけ、無いじゃないか――――。
教室内は、地獄絵図と化していた。少女は、次々と僕らにとどめを刺していく。そのたびに、「死ね」だの「お前らの所為で……」だのと言いながら。
黙人くん……
自分はなんてひどい奴なんだ。そう、今頃になって思う。
この高校に編入してから、人を、食べ物としか思っていなかった。友達もいない。『殺人部』の皆のことだって、皆が強すぎるから、食べるに食べれないだけだ。時々、美味しそうだなぁとよだれを垂らしたりした。
こんなんだから、人に気をかけてやれない。
黙人君は、とても他人思いの子だった。それなのに僕は、彼に優しさをほんの少しもかけてやれなかった。いや、優しさなんてもの、持ち合わせていないのかもしれない。
人を食べ物としか見れない。これが、どんなに惨い事だろうか。本能で生きている。人間が持っているはずの、感情がない。
僕は外界と隔絶された、過疎の山村で生まれた。その村で一番い権力を持っている屋敷の、一人息子が僕だった。
ある時をきっかけに、僕は屋敷の外へ出るのを禁じられた。そのころから食卓に彩りのある野菜は出なくなり、肉料理ばかりとなった。
「母上、お外が静かです」
その時、気づくべきだったのだ。
しばらく経ち、剣術の稽古をつけてくれていた父を、見かけなくなっていた。
「母上、父上はどこです?」
夕食時の会話だ。母上は困った顔で、「どこに行ってしまったんでしょうねぇ」というだけだった。
次の日の朝、片手を失った母が、最後の朝食を出してくれた。
すべてを知ってしまった。
「晴、村を出なさい。高校に通いなさい」
その朝食を、泣きながら食べた。母上の味がした。
それからの事。何年振りかに、屋敷の外へ出た。村には、人っ子一人いなかった。
僕は故郷の人間を、一人残らず食い尽くした、化け物だ。
ああ、万事休すな――――
がらっ!
開け放たれた扉の向こう、拳を握りしめた、黙人君が立っていた。