第一章
教室は今朝も騒がしかった。
最近流れ出した噂話『殺人部』の所為だ。
『殺人部』とは、その名の通り殺人を行う部活動だ。
高校生にもなってそんな噂が流行るものかと、他所の人間は思うかもしれない。だが、噂が流行るのにも、何かしらの理由があるものだ。
うちの学校の場合は、最近、突然の退学者が増加しているのだ。
前日に突然連絡が取れなくなり、自宅にも帰っていない。次の日からその生徒は、退学したことになっている。
そんなことも、今日で六人目だ。二年生がまた、退学したらしい。
学校や親が、警察に届けることもない。
なぜならこの学校が、ここらでも名の通る不良校だからだ。家出する者や駆け落ちする奴など、急に居なくなる生徒なんて幾らでもいる。
親には世間体があるし、学校には面子がある。大事にはしたくないというのが、大人というものだ。
そんなこんなあって、生徒たちの不安は噂話となった。今では生徒の半数以上が、一連の事件は『殺人部』の所為であると信じきっている。
しかし結局のところ、生徒たちは面白がっているよう。この平和なご時世、殺人鬼なんてトンデモなものが「いたら面白いのになあ」ということだろう。
教卓を陣取っているリーゼントから、一際デカい声が飛んできた。
「なあなあ、今朝出た行方不明者さ、俺の先輩なんだぜ!」
自慢げに語るその姿は、関係者であることが名誉であると言わんばかりだ。
その周りに「詳しく聞かせろ」と、生徒が群がっていく。
こんなホットな教室の中で陰鬱なのも、おそらく俺ぐらいだ。
別に噂話に興味がない訳でもなければ、人付き合いが苦手な訳でもない。
自ら、他人と関わらることを止めたのだ。
二年前、俺の周りの人間が次々と死んでいった、あの日。
始まりは、一本の電話だった。覚えのない相手からだった。
『息子さんの、雲井黙人さんでいらっしゃいますね』
突然呼ばれた自分の名前。
『雲井和人さんと美智惠さんが、先程交通事故でお亡くなりになられました』
業務的に告げられた、両親の死。
それからは、母方の祖父が面倒を見てくれた。どうしても自分の家から離れたくなかった俺のために、移り住んでくれたのだ。優しいとしか表現しようのない、温かい人だった。祖母は母を生んだ時に亡くなっていた。祖父もまた一人だったのだ。
しかしそれから二週間後、祖父は心停止でこの世を去った。理由は持病だった。
みんなが死んだのは全部、俺が関わったからだ。そう頭に刻んだ。
ただ、理由が欲しかった。失わなければならない理由が。
『キーンコーンカーンコーン』
チャイムに敏感なのは学生の性。俺の思考が、一気に今に戻される。
見ると全員の視線が、スピーカーに集まっている。
「誰か、オレがタバコ吸ったの先公にチクったんじゃねえだろうな!」
「ヤダ、妊娠してんのばれちゃったぁ?」
この学校のチャイムは、生徒指導の呼び出しにしか使われない。
もしかして俺? 単位足りなくて留年とか? あり得るな。やっぱり、全教科赤点は不味かったか……
『殺人部より、皆様にお知らせします』
小さな女の子のような、たどたどしい喋り声。
静寂の後に押し寄せてくるざわめき。「悪戯かよ」「ふざけんじゃねーよ」などど、数々の文句が飛ぶ。
そんな中、俺は胸をなでおろす。
「呼び出しじゃなかったのか――」
それにしても。
流石にやり過ぎじゃあないか。ここまで過剰に演出されると、気持ち悪い。
向かいの北棟にある職員室に目をやる。職員朝会を続けている姿を見る限り、あちらの棟へは放送が繋がれていないようだ。何ともあざとい。
スピーカーへ浴びせられていた罵声は「やれやれー」「ひゅーひゅー」など、囃し立てる声へ変わっている。
今や生徒たちの注目は、次に放送が何を言い出すか、そちらに向けられているようだ。
『田中祐、鈴木由美、斉藤道夫、三浦――――』
突如放送が羅列し始めたのは、退学者の名前だ。六番目に呼ばれたのは、今日出たばかりの被害者だ。
『以上六名の殺害を認め、本日の放課後、『第七の殺人』を決行いたしますことを、予告いたします。尚、ターゲットはその場で決定いたしますので――――――』
「殺れるもんなら殺ってみろよー!」
一人の金髪が野次を飛ばす。
その馬鹿にするような口調に、「そうだそうだー」「さっさと消えろー」などと、便乗する声が続く。
生徒たちは飽きてきたようで、ちらほらとまた、談笑に戻っていく。
俺もそろそろ飽きてきた頃だ。HRが始まるまで、束の間の睡眠でもとっておくか。
授業時間でもないのに机に伏せる行為は、友達のいない生徒の時間潰しの王道だ。俺も多用させてもらっている。
どさっ!
中庭から突如響いた不穏な音。一瞬で飛び降り自殺を連想させた。
伏せていた頭を上げる。ここは一階の教室。窓の方を見ると、、すぐそこに中庭の地面が見える。
「なんだ? あれ」
何か塊があった、しかし人には見えない。
もっと近くで見ようと、生徒たちは窓際に集まっていく。生徒の頭で、窓の外が見えなくなってしまった。
窓際の生徒が突然、「ぐぼぼろぉ」と吐瀉物を撒き散らした。同時に女子の悲鳴や、「見るなぁ!」と窓の前で両腕を広げる生徒も出てくる。
何が起きた?
人垣に駆けよる。まだ状況を理解できていない生徒たちに押され、なかなか中庭の様子が見えない。
見えそうな場所を探してうろちょろしていると、女子生徒の頭上にできたスペースから、落下物がはっきりと目に入ってきた。
「――――――!」
一気に冷える心臓。
てっきり人ではないと思っていた。人は肌色をしているという固定観念があったから。
黒いその塊は、正確には赤黒く。中庭の草地にじわじわと染みを広げていく。
『ご覧にいたしましたのは、二年、○○○○くんでございます』
突如戻ってきた放送。先ほどと変わらない、幼すぎる喋り声。
リーゼント頭が膝から床に落ちる。
「せ、先輩……、先輩っ!」
先程まで自慢していた奴だ。やはり、何かの間違いではないようだ。
紛れもなく死体だ。人に見えなくなる程、ぐちゃぐちゃに全身を掻き切られた死体。
教室内は悲鳴で溢れかえった。
上の階からもどたばたと靴音が響いてくる。
これは本物なんだ。『殺人部』は、存在したんだ。
なぜか俺の頭の中には恐怖も憎悪も浮かばなかった。ただ。
俺には、関わらないでくれ――――
他人が何人死のうと、自分の事が一番大切な訳で。
これからも誰にも関わらず生きたいと、そう、誰かに祈った。