表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/22

第一章

 教室は今朝も騒がしかった。

 最近流れ出した噂話『殺人部』の所為だ。

 『殺人部』とは、その名の通り殺人を行う部活動だ。

 高校生にもなってそんな噂が流行るものかと、他所の人間は思うかもしれない。だが、噂が流行るのにも、何かしらの理由があるものだ。

 うちの学校の場合は、最近、突然の退学者が増加しているのだ。

 前日に突然連絡が取れなくなり、自宅にも帰っていない。次の日からその生徒は、退学したことになっている。

 そんなことも、今日で六人目だ。二年生がまた、退学したらしい。

 学校や親が、警察に届けることもない。

 なぜならこの学校が、ここらでも名の通る不良校だからだ。家出する者や駆け落ちする奴など、急に居なくなる生徒なんて幾らでもいる。

 親には世間体があるし、学校には面子がある。大事にはしたくないというのが、大人というものだ。

 そんなこんなあって、生徒たちの不安は噂話となった。今では生徒の半数以上が、一連の事件は『殺人部』の所為であると信じきっている。

 しかし結局のところ、生徒たちは面白がっているよう。この平和なご時世、殺人鬼なんてトンデモなものが「いたら面白いのになあ」ということだろう。


 教卓を陣取っているリーゼントから、一際デカい声が飛んできた。

「なあなあ、今朝出た行方不明者さ、俺の先輩なんだぜ!」

 自慢げに語るその姿は、関係者であることが名誉であると言わんばかりだ。

 その周りに「詳しく聞かせろ」と、生徒が群がっていく。


 こんなホットな教室の中で陰鬱なのも、おそらく俺ぐらいだ。

 別に噂話に興味がない訳でもなければ、人付き合いが苦手な訳でもない。

 自ら、他人と関わらることを止めたのだ。


 二年前、俺の周りの人間が次々と死んでいった、あの日。

 始まりは、一本の電話だった。覚えのない相手からだった。

『息子さんの、雲井黙人さんでいらっしゃいますね』

 突然呼ばれた自分の名前。

『雲井和人さんと美智惠さんが、先程交通事故でお亡くなりになられました』

 業務的に告げられた、両親の死。

 それからは、母方の祖父が面倒を見てくれた。どうしても自分の家から離れたくなかった俺のために、移り住んでくれたのだ。優しいとしか表現しようのない、温かい人だった。祖母は母を生んだ時に亡くなっていた。祖父もまた一人だったのだ。

 しかしそれから二週間後、祖父は心停止でこの世を去った。理由は持病だった。

 みんなが死んだのは全部、俺が関わったからだ。そう頭に刻んだ。

 ただ、理由が欲しかった。失わなければならない理由が。


『キーンコーンカーンコーン』

 チャイムに敏感なのは学生の性。俺の思考が、一気に今に戻される。

 見ると全員の視線が、スピーカーに集まっている。

「誰か、オレがタバコ吸ったの先公にチクったんじゃねえだろうな!」

「ヤダ、妊娠してんのばれちゃったぁ?」

 この学校のチャイムは、生徒指導の呼び出しにしか使われない。

 もしかして俺? 単位足りなくて留年とか? あり得るな。やっぱり、全教科赤点は不味かったか……

 

『殺人部より、皆様にお知らせします』

 小さな女の子のような、たどたどしい喋り声。

 静寂の後に押し寄せてくるざわめき。「悪戯かよ」「ふざけんじゃねーよ」などど、数々の文句が飛ぶ。

 そんな中、俺は胸をなでおろす。

「呼び出しじゃなかったのか――」

 それにしても。

 流石にやり過ぎじゃあないか。ここまで過剰に演出されると、気持ち悪い。

 向かいの北棟にある職員室に目をやる。職員朝会を続けている姿を見る限り、あちらの棟へは放送が繋がれていないようだ。何ともあざとい。

 スピーカーへ浴びせられていた罵声は「やれやれー」「ひゅーひゅー」など、囃し立てる声へ変わっている。

 今や生徒たちの注目は、次に放送が何を言い出すか、そちらに向けられているようだ。

『田中祐、鈴木由美、斉藤道夫、三浦――――』

突如放送が羅列し始めたのは、退学者の名前だ。六番目に呼ばれたのは、今日出たばかりの被害者だ。

『以上六名の殺害を認め、本日の放課後、『第七の殺人』を決行いたしますことを、予告いたします。尚、ターゲットはその場で決定いたしますので――――――』

「殺れるもんなら殺ってみろよー!」

 一人の金髪が野次を飛ばす。

 その馬鹿にするような口調に、「そうだそうだー」「さっさと消えろー」などと、便乗する声が続く。

 生徒たちは飽きてきたようで、ちらほらとまた、談笑に戻っていく。

 俺もそろそろ飽きてきた頃だ。HRが始まるまで、束の間の睡眠でもとっておくか。

 授業時間でもないのに机に伏せる行為は、友達のいない生徒の時間潰しの王道だ。俺も多用させてもらっている。

 どさっ!

 中庭から突如響いた不穏な音。一瞬で飛び降り自殺を連想させた。

 伏せていた頭を上げる。ここは一階の教室。窓の方を見ると、、すぐそこに中庭の地面が見える。

「なんだ? あれ」

 何か塊があった、しかし人には見えない。

 もっと近くで見ようと、生徒たちは窓際に集まっていく。生徒の頭で、窓の外が見えなくなってしまった。

 窓際の生徒が突然、「ぐぼぼろぉ」と吐瀉物を撒き散らした。同時に女子の悲鳴や、「見るなぁ!」と窓の前で両腕を広げる生徒も出てくる。

 何が起きた?

 人垣に駆けよる。まだ状況を理解できていない生徒たちに押され、なかなか中庭の様子が見えない。

見えそうな場所を探してうろちょろしていると、女子生徒の頭上にできたスペースから、落下物がはっきりと目に入ってきた。

「――――――!」

 一気に冷える心臓。

 てっきり人ではないと思っていた。人は肌色をしているという固定観念があったから。

 黒いその塊は、正確には赤黒く。中庭の草地にじわじわと染みを広げていく。

『ご覧にいたしましたのは、二年、○○○○くんでございます』

 突如戻ってきた放送。先ほどと変わらない、幼すぎる喋り声。

 リーゼント頭が膝から床に落ちる。

「せ、先輩……、先輩っ!」

 先程まで自慢していた奴だ。やはり、何かの間違いではないようだ。

 紛れもなく死体だ。人に見えなくなる程、ぐちゃぐちゃに全身を掻き切られた死体。

 教室内は悲鳴で溢れかえった。

上の階からもどたばたと靴音が響いてくる。

 これは本物なんだ。『殺人部』は、存在したんだ。

 なぜか俺の頭の中には恐怖も憎悪も浮かばなかった。ただ。

 俺には、関わらないでくれ――――

 他人が何人死のうと、自分の事が一番大切な訳で。

これからも誰にも関わらず生きたいと、そう、誰かに祈った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 死体の気持ち悪さ、現象の不気味さがうまく言葉で表現されていて、その場の臨場感を得ることができました。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ