第十二章 上
『殺人部』が新聞部から挑戦状を受け取ったのは、一週間後の事だった。
黙人君が僕らのもとから去っていった、その週の終わり。保健室のドアのど真ん中に張られた紙。『午後の九時、特別棟二階の空き教室に来い――――探偵より』。
可愛らしい、丸っこい字で書かれたそれは、明らかに女生徒のものだ。
「そう言われると来ちゃうのが、殺人部なんだよねー」
澄子ちゃんたちに微笑みかける。
現在僕らが居るのは、特別棟一階廊下。目の前には、二階への階段が見えてきた。
「探偵だってー、わくわくしちゃうよねっ」
澄子ちゃんのはしゃぎ様ったら、さっきからずっとスキップしている。
「呼ばれてホイホイ出て行くのも、わたし達くらいよね」
流ちゃんは表情をつくらずに言う。
そう、僕ら『殺人部』は、『探偵』と名乗る者に、堂々と会いに行くところだ。
澄子ちゃんと流ちゃんと僕の三人が、指示された場所、空き教室に向かうことになった。
湫先生は残念ながら来れない。ネットで注文したものが届くそうだが、宛先をコンビニにしたところを見ると、私用の物だろう。「前に下着を注文したら、教頭が先に開けちゃって」いざこざが起きたらしい。
教頭は湫先生を完全に女装趣味の男性と思い込んでいるようだから、布の少ない下着姿を見て、さぞ驚いたことだろう。
普通の人は、誰かに呼び出しを食らったら、少なからず緊張するだろう。現に黙人くんも半端じゃなく身構えていたと、澄子ちゃんが言っていた。
しかし僕らはこうやって、おつかいに行くようなノリで、呼び出し先の教室に向かっている。
それもこれも、みんなが強いからだ。澄子ちゃんには一度、実際に戦って負けている。流ちゃんの特殊な強さだって、見ていれば一目瞭然だ。僕だって、刃物を持てばこの学校で右に出る者はいないだろう。
僕らは自分で自分の身を守れる。守らなければならないものもない。それは、かなりの強さとなる。黙人君は、たくさんのものを守るため、『殺人部』を辞めていった。
「黙人くん……」
僕らは黙人君の気持ちを踏みにじってしまった。仲間が増えて、本当に嬉しかったのに。僕の周りには、いつも沢山の生徒たちが集まる。けれどそれは友達ではなく食材だ。
僕はあの時、友達を食べようとしたんだ。
黙人君の肉は美味しくなかった。人の肉を美味しくないなんて思ったことなかった。それに空腹時だったから、何でも美味しいと感じて当然なのに。
木造の階段が軋み、ぎぎぃと音を立てる。
学校自体は十数年前に建て直されたらしいが、特別棟だけはそのままにされ、築四十幾つになる。壁も所々剥がれ、天井から雨漏りがするため、至る所にポリバケツが置いてある。
階段はもっと酷い。床板に穴が開いて、階段下の物置の中が見える。
しっかりと手すりを掴んだが、その手すりさえも頼りになるものではなかった。澄子ちゃんはどこにも掴まらず、ホイホイと欠陥だらけの階段を駆け上がっていく。
「フーッ! 見てみてっ! 忍者―! シュン! シュンシュン!」
「危ないよ~、澄子ちゃん」
気が気ではないが、自分も他人の事を心配する程、余裕は無かった。
ずぼっ!
サーッと血の気が引いていく。
足元を見ると、膝くらいまで右脚が階段を突き破って落ちていた。
「た、助けて流ちゃ~ん」
「…………ふんっ」
「き、鬼畜―!」
バキバキ。
「わー! もう片方の脚も落ちた―! う、うえーん」
ようやく階段を登り終え、二階にたどり着いた。科学室や音楽室が並んでいるそこは、肝試しに最適な薄暗さだ。
「あそこね」
後ろからひょこっと出てきた流ちゃんは、左奥の教室を指差す。何室とも書かれていない教室。
「ボク、いっちばーん!」
澄子ちゃんは我先にと廊下を走っていく。そして扉の前で、「早くー」と手を振っている。僕も流ちゃんも、焦らず廊下を歩く。
扉にはめてあるすりガラスの向こうには、一人の人影が見えている。そこから向こうを窺う。
「いくよぉ」
澄子ちゃんは僕らに向かって小声で言ったかと思うと、いきなりガラッと扉を開けた。
「澄子ちゃん!?」
「澄子……!」
僕らの心境を知ってか知らずか、ずかずかと室内に入っていく。
「失礼しまーす!」
「しし、失礼しまーす……」
「…………します」
僕らも揃って室内に入る。ずっと使っていないはずの教室だが、妙に整っていた。埃臭くなく、代わりにインクの香りがした。
カーテンの閉まった窓際、街灯の光も当たらないところに、その子は立っていた。
「待っていました――――殺人部の皆さん」