第十章 後半
目が覚めると、辺り一面真っ白だった。
ここはどこかと、起き上がって確かめようとする。
「いっ……!」
半端のない激痛が、全身に走る。
「目が覚めたの? 黙人君!」
カーテンをめくって現れたのは、湫先生。
「先生……ああ、保健室か……。あいだだ」
「もう、動いちゃダメよ、重症患者なんだから」
そういって、俺が跳ね除けてしまった布団を掛けてくれる。
「澄子ちゃんにちゃんとお礼言うのよ。びっくりしたわよぉ。真夜中に誰かと思ったら、澄子ちゃんが死にかけを背負ってたんだから」
「澄子……! みんなは? あれからどうなったんですか! ――――うっ」
「ああ、だから大人しくしてなさいってば、もう――――」
がらっ。
「黙人――――っ! 起きたんだね、無事だったんだね!」
扉を勢いよく開けて、澄子が俺の胸に飛び込んでくる。
「ぐぎゃっ―――――――――」
………………
「いやーっ! 黙人君、大丈夫? まだ調子悪いの?」
澄子は俺を半端ない力で揺さぶってくる。
「し、死ぬ……、手を、離せ……」
「駄目よ、澄子ちゃん。黙人君は、大けがしているんだから」
「あっ! そおか」
妙に納得した様子で、胸ぐらから手を放してくれた。いや、大丈夫って、運んでくれたのお前なんだろ。
「あのさ」
「うん? なあに」
「えっと、あの、その……、重くなかったか、俺」
自分の不器用さに驚く。
「ああ、大丈夫―、途中で疲れて、引きずっ――――」
からから……
すこーしずつ、入り口のドアが開く。そこから、二つの頭が覗いていた。
「先輩!」
ドアの向こうに立っていたのは、とも先輩と、晴先輩だった。
「黙人くん……、ごめん」
「…………ごめんなさい」
二人の先輩は、申し訳なさそうに、ドアの隙間からこちらを見ている。
「先輩たち、元に戻ったんですね!」
胸をなでおろす。あのまま戻らなかったら、どうしようかと思った。元の楽しい先輩たちは、居なくなってしまうのではと思って、とても苦しかった。
「あの、黙人くん、昨日は本当に……。それで、……大丈夫?」
何と言っていいものかと、言葉を詰まらせる晴先輩。とも先輩は、その後ろから顔だけ覗かせている。
「もう、入ってきてくださいよ。そんな所に居ないで。――そして俺はこの通り、ぴんぴんしてます」
体を動かして見せようとするが、本当は痛くて動かせない。
そんな俺を見て、湫先生が眉をひそめる。
「嘘つかないの。見てみなさいよ、この脚っ」
バッと布団を剥がして、俺の左足を掴む。
「うげっ」
膝から下は、丹念に包帯が巻かれていた。だが、ふくらはぎのところだけ、異様に細く抉れている。
「もうちょっとで神経が駄目になるところだったのよ」
プンスカしている湫先生は、とても校医らしく見える。
「誰かさんが食べちゃったからねー」
澄子が先輩の心の傷を抉る。
晴先輩は、ものすごく小さくなってしまう。
「ああもう、そうやって苛めないの」
なんかもう、先輩たちの方が可哀そうだ。
俺は本当に、怪我の事で二人を責めてはいない。心から、先輩たちのいつもの顔が見れてよかったと思っているんだ。
「先生、杖あります?」
「ええ? 歩くつもり? ……まあ、歩けないこともないだろうけど……」
湫先生は、渋々というように、松葉杖を持ってきてくれた。
ゆっくりと起き上がり、ベッドの縁に腰掛ける。
幸い、怪我をしているのが右肩と左足のため、杖の使用が可能だ。
足にスリッパをひっかけて、杖に力を込める。
「よいしょっ」
「あはは、黙人が杖ついてる! お爺さんだ!」
指をさしながらゲラゲラ笑ってくる。そんなに面白いか。
なんとか歩けた。そのまま、入り口の方へゆっくり進む。
「どこに行くの?」
澄子がついて来ようとする。
「俺、『殺人部』を辞めます」
部屋中が静まった。先輩たちは、青い顔をしている。
「先輩たちは悪くないですよ。俺が悪いんです。俺の所為で、皆が傷つくんです。今度こそ、取り返しのつかないことになるかもしれません」
みんな俺の話を、神妙な面持ちで聞いていた。
「俺が居なければ、平和になれるんです。だからみんな、気を病まないでください」
できる限りの笑顔で。
誰も、言葉を発する者はいなかった。皆、何か言おうとしているようだが、部屋の中は静かなままだった。
澄子は表情一つ変えていなかった。悲しんでいるのか、はたまた笑っているのか。もしかしたら、怒っているのかもしれない。
「さようなら。今度はいつか、この学校の一生徒として会いましょう。――失礼しました」
ドアを閉めた。そのまま、生徒玄関へ向かう。
生き生きと登校する生徒たちの群れに逆らって。




