第八章 後半
保健室には、張りつめた空気が広がっていた。
みんなの真剣な眼差しが、澄子に集まっている。
他の生徒は二時間目の授業を受けている頃だろう。
野次馬根性の生徒たちは、教師たちが権力で押さえつけてくれた。
しかし、今は授業なんか受けている場合ではない。俺だって単位は足りないが、一時間や二時間サボったところで、大した問題にはならないだろう。
「みんな、集まったね」
いつになく真剣な様子の澄子は、彼女にしては低音な声で話し始める。いつもの楽しそうな顔も、今日は目が笑っていない。
「校内新聞は見た? ――結論から言おうか」
なんとか作り笑いを浮かべていた唇の、口角が下がる。
「ボクらはしばらく、休部しなければならない」
休部。その二文字は、俺には重かった。それはつまり、しばらくここに集まってはいけないということ。皆と、会えないということ。
俺だけじゃない、部員みんな、湫先生だって辛い顔をしている。眉間にしわを寄せて、身動き一つせずに、拳を握っている。
ここにしか、居場所がないんだ。
ここに居るのはみんな、殺人犯なんだ。殺人を犯すのにだって、根深い事情があるだろう。他に居場所のある人間が、わざわざ殺人を犯すとも思えない。
「それじゃあ、『殺人部』は……?」
とも先輩の悲しみを湛えた目が、誰にともなく尋ねる。
「騒ぎが収まるまでの話よ。放課後はここへ寄らずに、各自自宅に直行すること。」
湫先生は、顧問らしく、誰よりも冷静だ。
「問題は……」
澄子が困った顔をした。さっきとは打って変わって、またいつもの楽しそうな顔をしている。
「黙人、僕をしばらく泊めてくれないかな」
至極当然のことのように言う。
「いやだ。」
俺もまた、当然の権利を主張する。
誰が殺人犯を喜んで家に泊めるか。寝首掻かれて永眠につくのは必須だろう。寝られたもんじゃない。
「黙人くん……」
湫先生の、悲しそうな目が俺を捉えている。
「澄子ちゃんは、家がないのよ……。いつもみたいに保健室に泊まる訳にもいかないでしょう。だから、ねぇ」
駄々っ子をなだめるような言い方をされる。ちょっとグレてやろうか。
「何で、うちなんだよ。普通とも先輩の家だろ」
わざわざ男である俺の家に泊まる必要もあるまい。それに、みうちゃんとの二人だけの時間を邪魔されたくない。
「駄目だよ、流ちゃん家は!」
なぜか必死に阻止しようとする、晴先輩。
「澄子ちゃんの身の安全が保障できないよ?」
ああ、なるほど。翌朝澄子の無惨な死体が見つかったら、洒落にならない。それにとも先輩なら、殺りかねない。
「そんな事ないよ」
とも先輩が爛々とした目で、「泊まりにおいでよ……」と手招きしている。澄子、行っちゃ駄目だ。
二人っきりにする訳にはいかないか。
「黙人ん家が、一番安全なんだ。それに、みうちゃんともお友達になりたいしね」
お友達かぁ。確かにみうちゃんには女の子の話し相手もいないし、彼女も喜ぶかもしれない。
「分かった。俺ん家に泊まってけよ」
みうちゃんだって、時にはガールズトークでもしたいだろう。いや決して、それを盗み聞きしてはぁはぁしようなどとは考えていない。
俺の承諾に、澄子は飛び上がる。
「やったー! お泊りだー! おー泊まり、おー泊まり、おー泊ま――」
俺の家が、どんどん共同スペースになっていく気がする。
「言っとくけど、お前居間で雑魚寝な。布団もないから」
誰かを止めるような部屋は俺ん家に無い。
「――そんなっ! ……黙人君がベッドを譲ってくれればいいよぉ」
びっくりした後にしょんぼりする、忙しい澄子。
「もぉ、澄子ちゃんたらぁ。そこは黙人くんと一緒のベッドで寝ればいいのよお」
湫先生は澄子をなだめるように言う。
「いや、俺の隣はみうちゃんって決まっているんで。こいつはそこらへんで寝てればいいです」
「まあ! 一緒のベッドで寝てるのぉ? 隅に置けないわねえ」
「…………やらしい」
「や、やらしくないですよ!」
決して、決して…………否定しようがない。ここまで追いつめられるとは。
澄子が駄々をこねて、湫先生がなだめる。それを見て笑う俺ら。
さっきまでの緊張した空気はどこへやら、いつも通りの『殺人部』に戻っていた。
よかった。皆変わっていない。
ちょっとの間、部活動が出来なくなるだけなんだ。
「騒ぎが落ち着いたら、またみんなで部活動しましょうね」
俺は、そのために待とうと思う。
「うん! また犯行予告だそうね。――今度は、どんなシチュエーションがいいかなあ……」
この居場所を、大事にしよう。




