第八章 前半
教室内は、昨日にも増して騒がしい。
実際に死体を見てまでも、まだ好奇心一杯のようだ。懲りないなぁ。
普段は授業がだるいとかでサボっている奴らまで、今日はきちんと登校してきている。
例の事件は、口づてで校外にも広まった。今朝は校門に人だかりができていた。
昨日の、先輩を亡くしたリーゼントは、不良とは思えないほど元気がない。隣の眼鏡のがり勉君に、慰められる始末だ。
やはり被害者にならない限り、分からないのだろう。野次馬たちにとっては、向こう岸の出来事。自分には関係ない。馬鹿みたいに騒いでいる奴らを見ていると、嫌悪感が沸いてくる。害虫か何かのようだ。人の不幸に集る。
キーンコーンカーンコーン
来たか。
教室の全ての眼が、狩りをする獣のような眼が、スピーカーに集まった。
『校内の皆様に、お知らせがあります』
間違えようのない、あの声。
今にも舌を噛んでしまうのではないかと、心配にさえなってくるような、たどたどしい喋り方。
ああ、やっぱり澄子の声だ。
こうしてあちら側の人間となってみると、冷静でいられる。クラスメイト達の恐れるような態度が、理解できないくらいだ。
『第七の殺人を果たしましたことを、お知らせいたします』
どさっ。
昨日と同じ、中庭に嫌な音が響く。
窓際まで行き、落下物を覗く。
ああ、今日のはもっと醜いな。
至る所が削ぎ落とされて、食べ残しのようになっている。まあ実際に、昨夜の食べ残しであるのだが。
あの味を思い出してしまった。今まで一度も食べたことがない、絶品の味。口の中に唾が溜まってくる。
死体を見て美味しそうだと思うなんて、どうかしている。これじゃあ、生ごみをつつくカラスと変わらないではないか。
先程までの五月蠅さはどこへやら、教室内は静まり返っている。うめき声をあげる者すらいない。ただ、空虚な静けさが広がっていた。
誰しもが、微動だにしない。
教室中の生徒を、ゆっくりと眺めていく。
昨日はの俺は、こんなに落ち着いていられただろうか。他の奴よりは、冷めた反応だったかも知れない。それでもかなりの動揺があった。でも今は、とても落ち着いている。現にこうやって、他の生徒を観察したりしている。
俺は『殺人部』の仲間なんだ。そう考えただけで、喜びが止まらない。嬉しいんだ。犯罪に加担したことなんて関係ない。純粋に、自分の居場所ができたことが、こんなにも幸せなんだ!
「ふふ……」
咄嗟に口を抑える。まさか笑い声をあげてしまうとは。聞かれはしなかったか、まわりを見回す。しかし誰も、今はそのような事に気づけるような状況ではなかった。
何年振りだろう。純粋な笑いを、俺は堪えるのに必死だった。
◇
トイレの帰り、ハンカチで手を拭きながら、廊下を歩く。
「ふんふふん……」
鼻歌交じりで、リズムに乗って歩く。気分の高まりが収まらない。
今日の部活が楽しみだ。一時間目も、そんな事しか考えてなかった。おかげで先生に当てられて、今日一番に焦った。
教室へ続く、角を曲がる。
ざわざわ……がやがや……
「ん?」
廊下の一部に、人だかりができていた。それは壁の一部を囲うように密集している。
「またなんか騒ぎか。忙しいな」
こんな奴らと関わるつもりもないが、こう騒がれると、人並みには気になる。
学年の半分くらいはいるだろう人の密集地に、肩から切り込んでいく。
「ちょっと失礼。よけて。失礼、ああ、ごめんね。どいて」
かなり強引に、人でできた壁を割って入っていく。並みの満員電車より密着度が高い。
「キャッ!」「わっ! ごめんね、わざとじゃ……」「うぉい! 誰じゃ俺様にぶつかっとんのは……あぁ!」「ひいっ!」
人の波に呑まれながら見えたのは、校内新聞だった。新聞部が毎週出しているモノだが、今回は『号外!』と、一際大きく打ち出されている。
「いだだだ……よいせっ!」
なんとか一番前に出る。バランスを崩してしまい、壁に叩き付けられそうになる。
全国のサラリーマンには、ぜひ通勤時のでは細心の注意を払ってほしい。人生を棒に振りかねない。
B5サイズのコピー用紙に刷られた文面には、一際目に入る単語が打ち出されていた。
『殺人部のアジトは保健室!』
目を見張った。
部室がばれてた? どうして!
目を皿にして、文章を読み進める。
『新聞部員が命を懸けた!』『一人の新聞部員の犠牲を――』
文面は、今朝の死体が新聞部員であることを示していた。
なんてこった。昨日のあいつは、新聞部だったのか。そういえば晴先輩、すぐそこで拾ったって言っていたな。見張りでもしていたのか。
汗が額を伝う。
「保健室だってよ!」
「おい、今から行こうぜ!」
「俺らが、ぶっ潰してやんないとな!」
拳を握り、ファイティングポーズをとる一部の男子生徒たち。興味本位に、俺も私もと、どんどん野次馬隊ができていく。
どうしよう。折角できた居場所が、無くなってしまう。皆と、いられなくなってしまう。
まさか野次馬たちを体を張って止めるわけにもいかず、ただただ立ち尽くす。
そんな騒動の中、先生が教科書を抱えてやってきた。
「おいお前ら、何やってんだぁ! チャイム鳴っただろぉ、教室に入れぇ!」
筋骨隆々の数学教師の一喝に、ぞろぞろと生徒たちが各教室に入っていく。
なんとか助かった。普段は好かないが、この先生には感謝しなければならない。せめて授業中に居眠りするのは止めようと思う。
廊下ががらりとしても最後まで残っていると、遠くから人影が近づいてくるのが見えた。息を切らして、こちらへ駆けてくる。
「黙人くん……!」
俺の名前を叫んでいる。
「晴先輩――っ!?」
カールのかかった茶髪を乱しながら、肩で息をしている。
「――今すぐ、集合だ……部長命令だよ!」
俺と晴先輩は、人ごみに紛れながら、渦中の保健室へと向かった。