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6章 8 中部戦争前編③

バランの攻撃は大振りに見えて隙がない


ラクスと戦っている時と同じ・・・いや、相手が殺しにかかって来ている事によりそれより数倍のプレッシャーを感じていた


横に払い、縦に振り下ろす・・・そんな単純な攻撃すら一撃必殺の威力を持つ


「強いじゃないか・・・『暴君』」


「・・・」


アシスの上から目線の物言いにも反応する事なく戦斧を振り続けるバラン。木をなぎ倒しながら歩を進め、アシスの間合いへと入り込む


アシスは一定の間合いを取りながら後ろに下がり攻めに転じる機会を窺うも、無尽蔵に繰り出される戦斧に手を焼いていた


六龍は時間が経つにつれて体内を巡る力を弱め、徐々に距離は詰められていく。攻め手のないアシスは苦し紛れに遠距離攻撃を選択する


「震龍裂破!」


右手より放たれた力が、棒状に伸びてバランに襲いかかる


しかし、バランは慌てること無く戦斧を横に払うと震龍裂破は掻き消されてしまった


「ちっ・・・」


全ての力を使った訳では無いが少しは隙を見せると思っていたアシスの思惑は外れ事も無げに対応されてしまい、いよいよ打つ手が無くなってきた


「・・・思ったより・・・面白くねえな」


バランが戦斧を肩に乗せ、トントンと肩を叩きながらアシスを見つめる。その瞳は失望感に溢れ、言葉が嘘ではないことを物語る


「俺もだよ・・・どこが『暴君』だ。ただの斧振るオッサンじゃねえか」


「ああ、そうだな。俺もまさか何かに縛られて戦うのがこんなにもつまらねえとは思わなかった・・・らしくねえ・・・らしくねえよな!」


バランの気勢が上がる。今までと違い表情も薄ら笑いを浮かべていた


「来いよ!えげつないほどの実力差を見せてやる!」


「おお、『暴君』らしいな!見せてくれよ!」


アシスはバランに飛び込みながら剣を引き抜く。一直線に駆けて行き戦斧の間合いに入る寸前で斜めに飛んだ。バランは予想していたのかアシスの飛んだ方向に体を向ける・・・が、アシスは更に飛び、バランの背後を取る


「早いな、おい!」


バランが向きを変える速度を凌駕する動きで背後を取ったアシスは剣を水平に構え突きを繰り出す。しかし、バランは体の向きを変えるよりも早く腕を後方に払い、斧で剣を弾き、遠心力で急激に体を回転させた


巨体が急激に回転する様に少し怯んだアシスにバランの戦斧が遅い来る


それを屈んで躱し、戦斧が頭の上を過ぎ去った瞬間に勢いよく地面を蹴りバランへと向かい再び剣を突き刺した。アシスの剣はバランの左腕を突き刺すが、バランは左腕に力を込めて筋肉を膨張させ、アシスの剣を抜けないよう固定する


剣を抜こうとして抜けなかった瞬間、アシスの動きは止まってしまい、その瞬間をバランは見逃さず、振り切った戦斧を持つ手に力を込め、再びアシス目掛けて振り払った


戻り来る戦斧がアシスの首元に再び襲いかかる。アシスは戦斧が首元に当たる手前で手の平を下から戦斧に当てて軌道を強引に変えた


クンと戦斧は軌道を変えてアシスの頭上を通り過ぎ、アシスはバランの腕の力が緩んだ隙に剣を引き抜くと飛び退いた


「人の腕を串刺しにしやがって・・・痛えじゃねえか」


「人の剣を腕の筋肉で挟むなよ・・・これだから脳筋は・・・」


アシスは減らず口を叩くも額から流れ出る冷や汗は隠しきれない。今の攻防は腕を貫いたとはいえバランに軍配が上がる。纏っていた力がもう少しでも消耗していたら最後の戦斧は軌道を変えられずまともに喰らっていた


お互い警戒し間合いを詰められずにいると、バランは右腕を内側に捻り、足を広げて構える。その構えに警戒心を強めたアシスは六龍を纏い、バランの出方を窺った


バランは準備が完了したのか、大きく一歩踏み出し一気に間合いを詰めるとアシス目がけて突きを繰り出した。戦斧の穂先がアシスを捉え、柄の握りを甘くする事により手の中で高速で回転し、アシスから見るとまるで極太の槍が迫り来るように思えた


受ける事も流す事も出来ないと判断したアシスは大きく飛び退くとバランは手の中で回転する戦斧の柄を掴み溜めた力を一気に解き放つ


「はぁっ!」


解き放たれた力は螺旋状に真っ直ぐ向かって伸び、まだ着地していないアシスへと襲いかかる


躱せないと判断したアシスは黒龍を纏った右腕を前に十字受けするとそのまま後方にあった木まで飛ばされ叩きつけられた


肺に入っていた空気が押し出され、呻き声を上げるアシスにとどめをさそうと襲いかかるバラン。そうはさせじとアシスは地面を蹴り距離を取る


辛うじて間合いを取れたが、バランは息付く暇もなく再び突進してくる。先程と同じように突きを繰り出して来た為、アシスは左に跳躍して躱す


その動きに合わせてバランは同じ方向に飛び、一気に距離を詰めてきた


「チッ!」


バランの突きを警戒し遠くに逃れようと飛んだのが失敗だった。宙に浮いた体は速度を変える事も位置も変えることも出来ず向かいくるバランの前に無防備な状態でさらけ出すこととなった


バランはその巨体に似合わず俊敏に動き、宙に浮いたアシスに戦斧を振り下ろす


アシスは蹴りで戦斧の横面を弾くと軌道を変え、態勢を整えようとするが軌道を変えて地面を抉った戦斧は跳ね上がるとアシス目掛けて振り上げられた


「だらァ!」


斜めに振り上げられている戦斧を左肘でかち上げ、更に軌道をズラす。アシスの右斜め上の位置に振り上げられた戦斧が更に振り下ろされると、アシスは右肘で軌道を変えようとした


「ぐぅぅぉぉお!」


アシスが右肘で戦斧を弾こうとするが、戦斧はバランの声と共にその動きを止めた。アシスは急に止まった戦斧に合わず、右肘が虚しく空を切ると、止まった戦斧は再びその場からアシスに向けて払われた


「くっ!」


慌てて振り上げていた肘を落として戦斧を叩き落とそうとするが、バランは腕を捻り戦斧を縦にしてアシスの肘を躱し、そのまま力任せにぶつけた


「がっ・・・ぁ・・・」


空気の抵抗により威力は落ちたもののバランの一撃をまともに喰らったアシスは数メートル飛ばされ木に激突し気を失った


バランは空を見上げ一息つくとアシスの元へと歩き出す


こうしてアシスはバランに敗北した────



────



ジュスイの棍が縦横無尽に襲いかかる。初めは一つ一つ捌いていたが、ジュスイの流れるような棍術にフェンは徐々に押され、後退し始めた


後退しながら目に映るのは押され気味のレンカ、聞こえるのは背後の部下達の悲鳴


「目の前の私ではなく周囲が気になるか・・・随分舐められたものだな」


「どけよ・・・どけよ・・・どけよぉ!」


フェンは叫び力を込めると槍の穂先が淡く光る。まずは目の前の男を倒し、レンカに加勢し、部下達を助ける。充分に勝機はある・・・今度は周りが見えなくなるほど集中する。周囲の雑音は消え、視界は狭まりジュスイのみを映し出す


槍翔天武


槍の刃の部分に力を纏わせ威力を数段引き上げる。アシスと戦った時よりもかなり強くなったその光は槍を振るう度に光の軌跡を描き出す


「なるほど・・・でも私には届かない」


ジュスイは呟くとフェンの槍と同様に棍に力を送る。フェンが刃の部分だけに対して、ジュスイの棍は全体が淡く光る


「シッ!」


フェンが槍を突き、払い、振り下ろすもジュスイはことごとくいなす。フェンが大きく動いて攻撃するのに対して、ジュスイは少し棍を動かしているだけでいなしている為、次第にフェンに隙が生まれる


「これでお役目御免ですかね」


フェンの足をすくいあげ倒した後、起き上がろうとするフェンの背中に棍を突き立て動きを封じるジュスイ。その状態になり、初めてレンカとコシンの状況を確認した


一言で言えばレンカの劣勢・・・コシンが槍を自由自在に操りレンカの槍を弾き削っている。コシンは未だ無傷でレンカは傷だらけだった


レンカは既に二本の短槍を繋ぎ合わせており、回転させながらコシンに向かう。しかし、コシンの槍の方が重く、そして速い・・・決定的な打撃は受けてはないものの、戦況はコシンに傾きつつあった


「なまったどころじゃないね。『冷槍』将軍って呼ばれてた時の方が速く鋭かった。『飛槍』?笑わしてくれるよね」


「うっせー!アタイの腰巾着だったハナタレが言うようになったじゃねえか!」


二人の会話が風に乗ってジュスイの耳に入る。そして、断片的だが聞こえた言葉の中に聞き覚えのある単語があった


「『冷槍』?まさか・・・噂では何十年も前に死んだとされているあの『冷槍』?」


ジュスイも噂程度にしか聞いた事がなかったが、ファラスにて寒波などによる食糧不足の問題が出た時、口減らしの為に行っていた政策が村の消滅。飢餓に苦しむ民を救済という名目で殺していた。その実行役・・・それが『冷槍』


チラリとうつ伏せの状態から必死に起き上がろうとするフェンを見つめ、先程のレンカとコシンの会話を思い出す


先程の話だと『飛槍』レンカはコシンと双子。つまりレンカはレンカ・ロウという事になる。長命で見た目も若いままとされているロウ家ならば何十年も前に噂されていた者と同一人物と言うのも頷けた


「なかなか君も難儀な身の上みたいだね」


聞いているか分からないフェンに声をかけた後、ふと後ろを見やるとメディア軍とデニス軍が入り乱れての乱戦模様。ただ傍からだと明らかにデニス軍が優位に立ち回っているのが見て取れた


統率されたデニス軍がメディア軍を囲い込み、徐々に囲いを狭めていく。同数とはいえ初動の遅れが致命的となり、デニス軍は常に優位に立ち回っていた


メディア軍は突如襲われた事、将軍の不在が響き、未だに統制が取れてないように見える


「・・・不憫だね」


無能な将軍の下についてとジュスイは呆れたように呟いた。それでもフェンの目線はレンカを追う。何とかジュスイの棍から抜け出してレンカの元へと行こうとする


もはや依存と言うには少々生易しい関係に歪さを感じていた


「くっ!どこか薄い所はないのか!!」


フェンが将軍になった時に副官に任命されたズーラ。千人長を務めここ最近の戦で生き残り実績もある彼がレンカとフェンの不在の軍の指揮を執る。攻めてきたデニス軍に対応は遅れたものの盛り返そうと活路を見出そうとしていた


前方に囲うように広がってきたデニス軍に半包囲され、後方部隊は何も出来ずに見ているだけ・・・前方にいる五千でデニス軍一万の猛攻を相手取る


後方に下がり隊列を整えたいのだが、デニス軍はそれをさせじと攻撃の手を緩めず、下がるのを諦め攻めに転じようとデニス軍の隙を探していた


元々将軍不在で攻めるつもりだったデニス軍は統制も取れ、隙なくメディア軍を追い詰める。急遽将軍不在となったメディア軍との差はあまりにも大きかった


戦意が削がれ、徐々に後退し始めるメディア軍


それも計画の内と包囲を広げ、完全な円となるように動くデニス軍


円が完成してしまうと完全に包囲され、フェン率いる第三軍は逆転の芽を摘まれる事となる


それだけは避けるべくズーラの出した答えは・・・


「・・・全軍撤退!」


「しかし!フェン将軍とレンカ様は・・・!」


「ここで残って戦ってもジリ貧だ!我らは・・・ここを抜かせる訳には行かない!」


抜かれれば一軍もしくは二軍の裏を取られるかも知れない。そのままメディアに攻め込まれるかも知れない。その思いがズーラに決断させた


メディア軍が後退を始めると、デニス軍は攻撃の手を緩め始める


まるでやっと思い通りに動いてくれたというように・・・計画通りというように・・・


兵士達の戦いが膠着状態に突入した頃、レンカとコシンの戦いは最終局面を迎えていた


攻めるコシンに受けるレンカ


圧倒的な手数の前に攻める事が出来ないレンカ。『飛槍』と呼ばれる程に空中戦を得意とするが、飛べない理由がある。レンカは飛び上がり相手の頭上から攻撃する事により相手の警戒を頭上にも向けさせる狙いがある。もちろんそのまま相手を倒せれば良いのだが、高レベルな戦いになるとそうもいかない


上から下から左右から・・・縦横無尽に攻撃を行うことにより切り崩し、徐々に相手を追い詰める


しかし、飛び上がるとリスクが生じる。空中では身動きが取れず、槍をプロペラ代わりにして少し滞空時間を延ばすくらいしか出来ない。それでも持ち前の身軽さと受け流しの技術で飛び上がった後も何とかしてきたレンカだったが、コシン相手ではそれも上手くはいかない


コシンはフェンと同じく槍先に力を込める事が出来る。ただ二人の大きな違いは込めた力の使い方。フェンは力を込める事により槍の威力を上げているが、コシンは込めた力を爆ぜさせる。大地に足をつけ戦っている時ならばコシンの槍を大きく躱せばよい。しかし、空中ではそうもいかない・・・故に飛べない


全てにおいて一枚上を行くコシンに徐々に追い詰められたレンカは起死回生の一撃を打つべく両方の刃に力を込める


片方の刃に力を込めるのも相当な技術を必要とするが、両方の刃となると出来るのはレンカぐらいであろう


淡く光る刃をコシン目掛けて薙ぎ払うと、コシンは同じように力を込めた槍の穂先をぶつけてきた


お互いの刃がぶつかった瞬間、コシンの槍に込められた力はまるで爆発したように爆ぜる────


「うがぁぁぁ!」


爆ぜた力は爆風となりレンカを包み込む・・・しかし、レンカは引かずにその勢いを利用して槍と自身を回転させて反対の刃をコシンに向けて薙ぎ払った


それを読んでいたコシンは後ろに下がることによりレンカの間合いから逃れ、レンカの刃が目の前を通り過ぎた瞬間に再び間合いを詰めた


そして、コシンの槍が宙に浮いたレンカの左足を薙ぎ落とす


吹き出る血が大地に染み込み、それを見ていたフェンの目が大きく開かれた


「ざまーない・・・ああ、ざまーないね」


コシンは槍を担ぎながらレンカを見下ろし呟く。念願の時はもうすぐそこに・・・だが胸に去来するのは虚しさだった。バランスを失い槍を地面に突き立てて何とか立っているレンカはあまりにも無様であり、想像していた姉カレンの姿ではない・・・理想と現実のギャップにどんどんと虚しさは増していく


『飛槍』の『飛』は失われ、死に体となったレンカ


ジュスイに倒され地面に伏すフェン


勝敗は決したかに思えたが、レンカは諦めてはいなかった。残った右足を曲げ槍と共に地面を蹴るとコシンの頭上に舞う。空中で槍を分離させ、逆さになりながら二本の短槍を繰り出した


コシンはその攻撃を躱さず、真っ向から受ける為に構えた。宙に舞ったレンカはコシンの攻撃を受け流し、一方で攻撃するつもりであったが、コシンは構えただけで攻撃して来ず、ただ口の端を上げてニヤリと笑うだけだった


「うおおおおぉ!」


レンカは雄叫びを上げ、二本の短槍に力を込めるとコシンの脳天目掛けて全力で打ち込む。二本の短槍がちょうど重なり合う位置にコシンは槍を突き出した


ギインと音を立て、お互いの槍がぶつかり合う


見ていたフェンとジュスイにぶつかり合った際に発生した光が降り注ぐ。二人は一瞬目を閉じて再び開けると、そこには弾き飛ばされたレンカと元いた場所から微動だにしていないコシンの姿があった


「ぐぎぎ・・・」


ジュスイに押さえつけられ動けない体を呪うように歯を食いしばり地面を爪で抉る。どうにか抜けようとするがジュスイの力は起き上がる力を完膚なきまでに押さえつけていた


「・・・終わりだね・・・」


寂しそうに呟き、倒れているレンカの元へと歩み寄るコシン。それを止めようと更に力を振り絞るフェン・・・だが、無情にも体はピクリとも動かなかった


その時、後方から怒号が上がる


「なっ!・・・くそっ!」


ジュスイが振り向き状況を確認するとメディア軍が隊列をすぼめ一点突破でこちらに向かって来ようとしていた


ズーラの狙いはレンカとフェンの救出


囲いから後退して抜け出したメディア軍をデニス軍は追い討ちせず、ただ待機しているのが軍とレンカ達を離す策という事に気付き、そして、遠くから宙に舞うレンカの姿を捉え動き出したのだ


レンカとフェンが戻るまで待機する事を考えていたズーラは一転攻めに転じる


突破力のある者達を先頭に、デニス軍一万の壁を切り崩しに入った


「突っ立っていれば良いものを!」


全軍が突破してくることはないだろうが、少なからずこちらに流れてくると舌打ちし、どうするべきか意識が軍の方に向いた瞬間、押さえつけていた棍に綻びが生じ、フェンはその隙を見逃さずに棍から抜け出した


「あっ!」


「レンカァァァ!!」


無我夢中で駆け出し、レンカの元へ急ぐフェン


それを見つめて不敵に笑うコシンは後を追おうとしたジュスイを手で制す。そして槍を構え、フェン目掛けて放り投げた


ちょうどフェンがレンカの所に到着する時を狙い無慈悲に投げ込まれたコシンの槍は肉を貫き骨を断った


「ゴブッ!」


腹を貫かれ、血を吹き出す()()()。コシンの槍の射線上に飛び込みフェンの前で貫かれていた


「うっ・・・ああああああああぁぁぁ!!」


背中から貫かれたレンカを前にしてフェンが頭を抱えて叫ぶ


レンカは静かに前のめりに倒れた


コシンの槍は地面に押される形でレンカの背中から抜けて倒れる


「・・・とことん無様だね・・・カレン」


いつの間にかレンカの傍まで来ていたコシンが倒れた槍を回収しレンカを見下ろしながら吐き捨てた


「コシン殿!数十名突破してきそうですが・・・」


「うん、帰ろうか。目的は果たしたし、なんだか虚しいや。ジュスイはコイツの首取っとく?」


「・・・抜け殻に興味はありません。戦果など強くなる糧にはなりませぬゆえ・・・」


ジュスイがフェンを一瞥すると軍に向き直り棍を大きく左右に振った


撤退の合図


それを受けてデニス軍の千人長達は兵達に指示を飛ばす。一点突破を試みるメディア軍から離れ、左右に散開し始める


急に開けた前方に立ち止まるメディア軍は、倒れるレンカとその前で泣きじゃくるフェンの姿を見て膝を落とす


三軍は大損害を受けた訳では無い。七割は残っているだろう。しかし、元『十』にして、メディア国守護者のレンカの変わり果てた姿を目のあたりにして士気は下がり、戦意は喪失した


うつ伏せに倒れるレンカに震える手で触ろうとするフェン。その手が触れるか触れないかのところでレンカは体を仰向けにした


「あんまり見るなよ・・・照れくせえ・・・」


その姿にフェンは目を見開き喉を鳴らす


髪は白く、頬は痩せこけ、顔はシワだらけ・・・声もしわがれており、フェンの思い描くレンカとあまりにもかけ離れていた


「レ・・・レンカ?」


「足もねえし臓物もごっそりやられた・・・こりゃぁ、死ぬか」


大の字に寝そべりながら呟き、自身の名を呼んだフェンを見やる。その表情を見て自嘲気味に笑うとレンカはポツリポツリと語り始めた


「情けねえ・・・結局アタイは何も出来なかった・・・フェン・・・さっきコシンの野郎が言っていたのは本当だ。アタイは・・・お前の村を滅ぼした・・・口減らしの為にな・・・いや、お前の村だけじゃない・・・もう・・・いくつの村を滅ぼしたか分からねえ・・・ずっと・・・ずっとそうしてきた────」


ファラスは大寒波でなくとも寒波によって時々飢饉に見舞われる事があった。その為に行われるのが国による口減らし。フェードはそれを飢えから救う慈悲とし、大々的に行っていた。その実行役がカレンとコシン。二人は蔑称として『冷槍』と呼ばれ民から恐れられていた


王であり父であるフェードの命令により、何度目かの村を滅ぼしている最中、逃げ惑う赤子を抱き抱えた女性を追っていた


降りしきる雪の中、村には火の手が上がりほとんどの村人は兵士によって殺されていた。ちょうど生き残りがいないか確認していたカレンの前で赤子が声を上げ、存在に気づいたのだ


「ヒィィイ!」


追い詰めたカレンは女性のありえない行動に目を見開いて驚く。女性はまるで盾にでもするようにカレンの前に赤子を突き出してきたのだ


「そんなんじゃねえだろ・・・母親ってのは!」


赤子を避けて二本の短槍を女性に突き立てるカレン。前のめりに倒れながら赤子ごと体を預けてきた女性はこと切れる前に呟く


「どうせ・・・殺すくせに・・・」


女性は赤子をカレンに預けるようにこと切れ、カレンは泣き喚く赤子を抱えながら冷めた目で女性を見下ろしていた


「それでも・・・最後の最後まで守ろうとしろや・・・クズが」


そう言って母親である女性をの遺体に赤子を叩きつけようとした時、赤子を抱いていた手が湿っているのに気付いた


「うわ!マジか!てめぇ・・・漏らしやがったな!」


湿った手を見つめて顔をひきつらせて赤子を攻めるカレン。その顔がおかしかったのか赤子はキャッキャキャッキャと笑い始める


「てめぇ何がおかしい!・・・って赤子に言っても無駄か・・・すぐに母親の元に送ってやるよ」


叩きつけるのを止め、短槍を抜いて突き刺そうとした瞬間に赤子と目が合う・・・


『どうせ・・・殺すくせに・・・』


「そうだよ!これも国の為だ!口減らしは必要なんだ!」


『こんな幼き子まで?この子がどれほどの食料を必要とすると言うの?』


「今は必要なくてもいずれ食べるようになる!それに禍根を残さぬよう・・・」


『この子が成長した時に飢饉があると言える?禍根?こんな小さな子が現状を覚えていると思うの?』


「黙れ黙れ黙れ!」


『答えて・・・なぜあなたはこの子を殺すの?』


「・・・なぜ・・・なぜ?」


母親は既に死んでいる。カレンの耳に入ってくる言葉は全て幻聴・・・その幻聴とカレンは会話をして言葉を詰まらせた。言われるがままに村を滅ぼしてきたカレン。飢えで苦しむよりカレン達が手を下すことにより近隣の村が食料難から脱せられるのはもちろん、苦しまないで逝ける・・・これは救済であると


しかし、この赤子はどうだろうか


母乳やミルクで生きられる・・・ミルクも大事ではあるが、殺す程の量を呑む訳では無い。村を全滅させる理由の一つは禍根を残さないようにする為。生き残りがいれば復讐を考えるかも知れない・・・そんな懸念を消す為に村は全滅させると決められている。しかし、まだ乳飲み子であるこの子が復讐を考えるだろうか。母親が殺された事すら分からない赤子を殺す理由・・・それがカレンには浮かばなかった


「将軍・・・?何を・・・」


槍を突き立てること無くじっと動かないカレンに訝しげに問いかける兵士。村人を殺し返り血を浴びたその姿を見て自分に重ねる


「そうか・・・アレが今のアタイ・・・」


今まで客観的に見ることはなかった。ただ命令に従い村を滅ぼしていただけ。味方すら見ずに対象の命を奪うだけ。考える事をいつの間にか放棄していた事に今更ながら気付いた


「・・・お前、昨日の夜は何を食べた?」


「は?・・・将軍?・・・昨日は村に入る前だったので狩って来たキツネを・・・」


「あ、ああ・・・そうだったな・・・そうだった・・・そうだよな・・・」


「しょ・・・将軍?」


「口減らし・・・必要だよな?」


「グッ!・・・なっ・・・何・・・を!」


片手で赤子を抱えたまま、もう一方の手の短槍を目の前の兵士に突き刺す。しばらく呻いた後に兵士は絶命・・・一連の流れを見ていた他の兵士達に動揺が走る


そこから兵士達の絶叫が響き渡った


次々と兵士達を殺していくカレンを止められる者はおらず、追うものだった兵士達が一転して追われるものに。突然の出来事に為す術なく兵士達は蹂躙され、村人と共に業火に焼かれた


数名のものが生き残り、村から脱出に成功するが、カレンはそれを気にした様子もなく来た方向と逆の道を歩き始める


王都とは逆方面に赤子と共に────




「────それから街を転々とした・・・おしめが取れるまで大変だったんだ・・・よく泣くし漏らすしで・・・その後は記憶にあるだろ?・・・始まりはそんな感じ・・・お前とアタイの・・・」


大の字になって寝転びながら自嘲気味に笑い、目をつぶる。フェンと二人で歩んだ道を思い出すように・・・


「国から離れるように南下して・・・邪魔する奴はぶっ倒して・・・ナキス王子に会い・・・色々な奴に会い・・・メディアで父上に会った時はぶっ飛んだぜ・・・殺されると思ったが、見逃す代わりに口出しすんなって言われたな・・・もしあの時アタイが止めていれば・・・ナキス王子は死ななかった・・・かも知れねえな・・・いつもそうだ・・・アタイは判断を誤る・・・いつも・・・いつも・・・」


「・・・俺を生かした事も・・・か?」


目尻から涙を零すレンカを見て絞り出すように声を出すフェン。その問いかけにレンカは首を振って応えた


「・・・それはまだ・・・分からねえ・・・てか、お前がどうなれば・・・あの時の判断が正しかったのか・・・それすらも分からねえ・・・いや・・・お前の母を殺した時点で・・・正しいも何も・・・ないか・・・」


「俺は・・・」


言葉に詰まるフェンを見つめた時、その表情が気力をなくし生を諦めた者達と重なる事に気付く。レンカという心の支えを無くした時、フェンの選ぶ道がどこへ向かうのか・・・それを示さねばとレンカは片足を踏ん張り立ち上がった


「レ・・・ンカ・・・」


フラフラしながらも泣きじゃくるフェンを睨みつけ、大きく息を吸い込むと一気に捲し立てた


「我が名はカレン・ロウ!ファラス国王フェード・ロウの娘にして最強の槍使い!お前は何だ!」


「・・・お、俺は・・・」


「我が名はレンカ!元『十』にして『飛槍』と呼ばれしもの!お前は何だ!」


「・・・俺は・・・レンカの・・・」


「父の名フェードと我が名を受け継ぎし名を持つもの『フェン』よ!お前は何だ!」


「・・・俺はレンカの最愛の息子にして最愛の男!フェンだ!」


「そうだ!・・・愛してるよ・・・フェン・・・」


フェンの瞳に光が宿るのを見届け、全身の力が失われたかのように倒れるレンカ。五感が鈍くなり、薄れゆく意識の中で懐かしい声が聞こえてくる


『どうせ・・・殺すくせに・・・』


『殺さなかったぞ!どうだ?お前が育てるより立派に育ててやったぞ!』


『そうね』


『・・・素直に認めるのな・・・』


『ええ。でも・・・最後に私達二人の願いを伝えないと・・・』


『そうだな・・・最後に・・・もう一度・・・』


再び大の字に倒れたレンカに駆け寄ってきたフェン。気力を振り絞り上半身を起こし、フェンの首元を手繰り寄せ最後の言葉を伝える。フェンが頷いたのを肌で感じ、満面の笑みになると地面に吸い込まれるように倒れた




「フェン将軍!・・・レンカ様!」


息を切らしながらやっとフェンの所まで辿り着いたズーラ。横たわるレンカの姿を見て一瞬誰かと思うが、フェンの様子からその人物がレンカと判断する


「すまなかった・・・ズーラ。被害は?」


「は、はっ!死者は凡そ二千。負傷した兵は千近くに上ると思われます!」


「・・・ならば一旦この地より離脱・・・負傷したものの手当に当たる」


「はっ!・・・それで・・・その・・・レンカ様は・・・」


「今しがた息を引き取った・・・だから・・・俺がレンカの遺志を継ぐ・・・」


「レンカ様の・・・遺志?」


「ああ・・・レンカは最後に・・・俺にこう言った・・・『生きろ』と・・・」


レンカが最後にフェンを手繰り寄せ、耳元ではっきりと言った言葉『生きろ』・・・それはレンカを失った後、頭の中で鳴り響く『生きろ』『生きろ』『生きろ』と


レンカの遺した短槍を二本拾い腰帯に差し、ズーラが連れて来た馬に飛び乗る


「無傷の兵に遺体を埋葬させろ。そこに横たわるレンカもだ」


「よ、よろしいのですか?」


「・・・その遺体は抜け殻だ。レンカの遺志と魂は俺と共にある・・・遺志を優先し魂に従う・・・ただ・・・粗雑に扱う事は許さぬと伝えておけ!」


フェンは残った兵士達の元へと馬を走らせる。生きる為にどうするべきか考えながら・・・レンカの魂と共に────


『飛槍』レンカ────ここに眠る────



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