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6章 7 中部戦争前編②

順調に何事もなく進軍する中、伝令による西側の戦況報告が飛び込んでくる。その中で頭を抱える報告が耳に入る


「・・・もう一度言ってくれ・・・」


「はっ!西側国境にて戦闘開始!ラクス様が先陣を切るも落とし穴に落ち負傷した模様!現在は脱出し、治療を受けているようですが、傷の具合は不明。交戦は一時膠着状態となっております」


嘘だろ・・・


「・・・傷の具合は不明とは?」


「その・・・外傷の手当は素直に受けて頂いたのですが、時折顔を顰めており、もしかしたら骨折などもされている可能性もあり・・・」


「分かった。ご苦労・・・こちらは交戦なく順調に進んでいる。西側の健闘を祈る。後、個別にラクスに伝えてくれ。ドジ・・・と」


「は、はっ!それでは失礼します!」


伝令が去り、目を閉じてラクスの行動を想像する。どうせレグシと戦った時みたいに一人で突っ込み落とし穴に落ちたんだろうな・・・てか、落とし穴って・・・大の大人が落とし穴って・・・


「ラクス様の性格を知っての罠ですな。レグシでの戦闘も見ていたのでしょう」


ベースド・・・やめてくれ。冷静に分析しないでくれ・・・我慢してるのに吹き出しそうだ


「内容は大爆笑ものだけど・・・傷の具合が心配ね」


確かに・・・大爆笑だな


ひと笑いしたところで進軍を開始する


特にこれまで困難はない。デニスの街はもちろん歓迎などはしてくれないが、食料調達を拒むことは無く休憩もさせてくれる。こちらも危害を加えるつもりはないが、あちらも敵意を持って接するという事はなかった


行軍だけで緊張感を持続させるのは難しい。適度にノイス達が喝を入れているが、ウチよりも深刻なのが二軍・・・様子を見に行かせたらイカロスとラトーナ自体が緩んでやがるらしい


デニス軍は我らに恐れをなしたとか実は兵力は大した事がなく西に向かったのが全軍だとか・・・敵の間者が流してるのではないかと疑いたくなるような内容の噂話が流れている


「実際・・・そういうやり方もあるかも」


シーラが警戒してるから一軍には居ないと思うが、二軍三軍は分からない。三軍にはレンカが居るから大丈夫か・・・と、なると二軍・・・ジジイ・・・


二軍の行軍が気持ちの上で遠足に成り果てた頃、凶報は突如としてやって来た


「キャメルスロウよりデニス軍出ます!数は二万!左右に展開してる模様!」


「左右に展開?将は?」


「デニス軍右陣将軍バラン!左陣は不明!」


バランか・・・不明の奴も気になるが、ただ名の知れてない雑魚って事はないよな


俺が決断すべき事は二つ・・・誰を誰に当てるかと、割り当て・・・俺の一軍とイカロスの二軍でバランに当たり、フェンの三軍が不明の軍に当たるのがセオリーか・・・


「アシス・・・軍を混ぜると連携の拙さが目立つかも・・・そこを突かれると・・・」


合同演習なんてやってないし、ぶっつけ本番でバランはキツいか・・・くそっ・・・奴らの思うように動かさせられてる気がするが・・・


キャメルスロウまで一日ほどの距離・・・両軍進み合えば明日にはぶつかる。奴らが軍を分けたのは左右に展開し、それに釣られてこちらも二つに軍を分けた時、新たな軍がキャメルスロウから出て来て中央突破・・・そんな事になったら最悪だ


「数が微妙・・・中央にも軍を残さないとまずいと思う。まるでそうしないといけない感じ・・・」


そう。シーラの言う通り、向こうの型にハマってる指揮しか出来ていない。ハッキリ言うと後手後手だ


「シーラ、相手は何を考えてると思う?」


「多分向こうの狙いは分断・・・だと思う。だから、本命は次の一手・・・こちらが向こうに合わせた時、次にどう動くか・・・」


「そうなると残すのが二軍ではまずいか」


ここは臨機応変に動ける俺らが残って、二軍をバラン・・・いや、片腕のジジイにそれは負担が大きすぎる。そうなるとフェン達をバランで二軍を東側に・・・それでいこう


一旦全軍を停止させ、二軍と三軍に伝令を送る。軍議を行うテントを立てていると、グリム達が短時間でもう一人伝令を送って来た。なんでも気になる事があったらしいのだが・・・



一軍、二軍、三軍の主要メンバーが揃う


テントの中で円になるとシーラが口火を切った


「お集まりありがとうございます。お気付きの方もいらっしゃると思いますが、キャメルスロウよりデニス軍二万がこちらに向かっています。遭遇するのはこのまま進めば半日程になると思われます」


「二万か・・・削りに来たか?」


総勢三万五千の軍に二万をぶつけるんだから、そう思うよな


「イカロス将軍が仰られたように我が軍より少ない兵数での出撃なので、当初は私達もそう思ったのですが・・・デニス軍は二万の軍勢を更に分け、東と西に展開しております。東側の将軍は不明ですが、西側の将軍は『暴君』バラン」


バランの名前を聞いてテント内がザワつく


「バランを出すにしては兵力が微妙じゃな。分かれたと言うがどれほど離れたか分かるか?」


「途中経過ですので何とも言えませんが、キャメルスロウの端と端まで進み、そこから真っ直ぐこちらに向かっているとの事です」


「なるほどのう。こちらを分断させに来たか。して、どう分ける?」


「アシス様率いる一軍を中央に残し、二軍は東側を、三軍は西側に対応していただきます」


「げ!?西側ってバランかよ?さすがにもう飽きたぞ?」


言われてすぐさまイヤそうな顔をするレンカ。メイカートとフレーロウで都合二回戦ってるもんな。そりゃあ飽きるわ


「・・・私達二軍が東側・・・敵の詳細は?」


「分かりません。物見の話ですと誰が将軍なのかすら分からない様子。平たく言えば有名ではないという事ですが・・・」


「こちらの情報不足って事か」


「そうなりますね」


ガーレーンの時みたいにギャンギャン言ってくるかと思ったけど、イカロスは驚く程淡々と話している。前の時はただ単にソルトと相性が悪かったのか?


「あっ、ただ有力な情報か定かではありませんが、東側の軍は旗を掲げていたみたいで、その旗が二本の槍で✕を象る単純な旗でして・・・」


「あ?シーラ!今なんつった?」


「レンカさん?・・・東側の軍が二本の槍で✕を象る旗を掲げていたと」


「・・・最悪だ、クソッタレ・・・」


レンカがシーラに聞き返し、聞き間違いではないと分かると天を仰ぎ呟いた。いつもの表情と違い初めて見せる焦り顔から、あまり良い事態とは思えなかった


「アシス・・・三軍は東側にぶつけてくれ」


「理由は?」


「確証がねえから言えねえ。だが、もしアタイの想像通りなら、アタイ以外が東側に行くとこの戦争・・・詰むぞ」


この戦いではなく、この戦争?衝撃的な言葉に全員が息を呑む。この状況で冗談を言ってるように思えないし、何よりレンカの雰囲気が冗談では無いことを物語っていた


シーラに目線を送るとシーラは頷いた。二軍と三軍を入れ替える訳にはいかない。西側にはバランがいる。そうなると・・・


「東側に三軍、西側には一軍が当たる。二軍は中央で救援依頼、もしくは指示があるまで待機」


「はっ!」


中央に残る軍には戦況を見て動いて欲しいが、イカロス達だと勝手に動くと何をするか分からん。それとも今ここでジジイに全権限を与えるか・・・


「粉骨砕身頑張ります!」


あう!イカロスがそんな事言うとは・・・これで権限をジジイに任せるのが難しくなった・・・どうしよう


「そんなに東側が強敵でしたら、アムス様も三軍に加わっては?」


そんな提案を出したのはラトーナ。いや、君らが頼りないからジジイが二軍に居るのに・・・自覚ってもんがないのか?


「いい。邪魔なだけだ」


レンカさん言い方!ジジイがすっかり肩を落として涙目ですよ?


結局二軍の権限を取り上げる事は出来ず、軍議は解散となってしまった。テントに残ったのは俺とシーラ、それにレンカとフェン


「で?あの旗の主は誰だ?」


解散後も残るって事はあの場では話せなかった話をするつもりなのではと思い聞いてみた


「それは言えない」


言えんのかーい


「だが必ず東側は止める!何が何でも・・・必ず!アタイが・・・アタイ達が!」


まるでそれは俺らの介入を拒むように聞こえた。何があっても自分らでカタをつけると・・・


レンカとフェンはそれだけ言うとテントから去り、しばらくすると進軍は再開された


その後、敵の位置に合わせるように三軍は東に展開、俺らは西に展開する


俺の相手はバラン・・・元『十』で『暴君』か・・・今の俺に届くのか?


半日程進軍すると目の前に鬱蒼とした森が見えてくる。規模はかなり大きい森・・・このまま進めば森の中での戦闘になってしまう為、一度軍を停止させた


「先に森に入られてると罠があるやも知れません。視界も悪く、戦闘向きではない為ここは待機して迎え撃つ方が得策かと」


「だな。森から出て来たバラン達に矢でもお見舞いしてやろうか」


「出てすぐ放っても木の陰に隠れられたら意味無い・・・引き寄せて狙い撃ちね」


正直軍を率いて戦うのは初めて・・・誰も犠牲にならずに終わる事はありえないが、少しでも犠牲を減らしたいという思いが先行する


「敵バラン軍森の中で停止!」


こちらが森の出口で待機しているのを知ってか知らずか、グリム達からそのような伝令が来た


待機・・・俺らを警戒して?それとも待て構えて罠でも?


「・・・まずいな・・・」


もし俺らが森を迂回すると南に突破される可能性がある。かと言って森に入るのは出来ない。膠着状態が進むのは・・・


「まずい・・・ね。こちらの動きが筒抜けの可能性がある。そして、こちらが困る事を常に選択してる・・・」


シーラの言う通り今の状態はデニス軍の動きに合わせられて動かせられてる。向こうの旗の件もレンカを誘導してると見て間違いない。と、なるとバランに対するのが俺らであったり、森の中での待機も全部向こうの思惑通りの可能性が高い


一度俺らが引いておびき寄せるか・・・それでも出てこなければ三軍の結果次第でこちらが優勢になる。消極的だが森に突っ込むよりはマシか


「アシス・・・森に入って戦闘する時の準備をしといた方がいい。バラン軍が出て来ない可能性もあるし、そうなるとキャメルスロウにいつまで経っても攻め込めない」


んが・・・そうなるか。放っておいてキャメルスロウを攻めることが出来ないから、どうしてもバラン軍をここで倒さないといけない。森の中・・・いや、無理だろ


「俺が行って引っ掻き回して来るか?ゲリラ戦なら単独行動の方が成果は上がると思うけど」


「総大将を一人で一万の軍勢に突っ込ませる訳には行きません!」


ベースドに怒られた


でも、森の中の戦闘なんて・・・木が邪魔でまともな隊列は組めないし、視界も悪い・・・傭兵団とは訳が違うぞ?


「編成を変える必要があるね。少数・・・100人部隊で行動し各個撃破・・・細かい指示は無理だと思う」


奴らがどういう形で待ち構えているかも分からない・・・バランが脳筋ってのは聞いているが、副官が付いていると何か策や罠が仕掛けられている可能性が高いし・・・


この日は軍議で一日を終え、夜襲に備えて見張りを立てて眠りについた。明日の早朝から全てが動き出しそうな気がする・・・三軍と東側のデニス軍との戦闘・・・そして、俺らも・・・


普段使わない頭を使ったせいか、意外にもぐっすり眠れたみたいだ。誰に起こされるわけでもなく目が覚めるとテントから出て日差しを浴びる


「おはようございます、アシス様」


「ああ、おはよう。何か動きは?」


日差しを浴びて伸びをしているとベースドが既に鎧を着込みこちらに向かって挨拶してくる。それを返して状況を聞くが、夜襲などは特になく今のところ変化は見られないそうだ


やはり待ち構えているだけかと思ったその時、伝令が思ってもみなかった報告をしてきた


────二軍前進


「は?・・・二軍前進?」


思わず聞き返し伝令を困らせてしまった。しかし、今の状況で二軍の前進はありえない・・・いや、あってはならない


「何故だ?二軍は中央にて待機と命令していたはずだ・・・少し位置を上げているだけとかではないのか?」


「いえ、物見の話では二軍全体がかなりの速度で街道を突き進んでいるとの事。既に一軍の位置は抜いており、このまま進めば今日にもキャメルスロウに到着致します」


「何があった・・・くそっ・・・何も聞いてないぞ!」


「アムス様は?二軍に同行されているはずです。何か聞いていませんか?」


シーラが聞くが伝令は首を振る。ジジイが止められないって事はないと思うが、事実二軍が動いているって事は・・・


「グリム達斥候から連絡はないか!」


「タイミング良いな。ちょっと不味いことになってる」


「グリム!」


最前線で敵の動向を見ていたグリムが戻って来ている・・・って事はかなり深刻な状況か・・・


「バラン軍が二部隊に分かれた。恐らく五千と五千だろう。南に五千、東に五千森の中央から動き出した。南のはアシス達を・・・東のは・・・」


「前進してる二軍を横から突く気か」


「ああ。バランは南側に来てるが、二軍はなんで前進してるんだ?コッチに戻ってる時にすれ違ってたまげたぜ」


「すれ違った?」


「ああ。バランが考えたか知らねえが森の中を虱潰しに捜索してやがる・・・俺らを探してるのか分からないが、とにかく今は森の中はバラン軍で一杯だ・・・散り散りにして何がやりたいんだか・・・」


分散・・・南に来ている五千はひと塊にならないようにしてる?


「シーラ!」


「残念ながら意図は不明・・・探ってる暇もないわ」


「そうか・・・グリム、バランの位置は?」


「すまねえが・・・動き回ってて分からねえ」


バランという強烈な個性を活かす戦法か・・・闇雲に突っ込めばバランに当たった部隊は全滅必至・・・かと言ってモタモタしてたら二軍が壊滅的なダメージを受ける。二軍は俺らがバラン軍と戦ってると思って無警戒で街道を突き進んでいる可能性が高い・・・横っ腹に半分とはいえ奇襲を受ければ・・・


「ベースド!各部隊に通達!これより森へと進軍するが、敵将バランを発見したら交戦せず速やかに退避。俺はバランの気配を追ってバランを仕留める」


「アシス!」


「シーラ・・・どの部隊がバランと遭遇するか分からない。ここで無駄死にさせる訳にはいかない」


「でも!・・・」


「大丈夫だ・・・ベースド!指揮はシーラと相談しながらやってくれ!今は森の中から二軍を狙っているバラン軍を止めるのが最優先だ!」


「はっ!」


戦況は止まっている状態から急加速で動き出した。三軍も東側のデニス軍と当たるだろう・・・今日が正念場だ────



────



東側の平原に三軍とデニス軍が向き合っていた。デニス軍の先頭に立つ男を見て、レンカがため息をつくとフェンに合図する


二人は馬を走らせ軍と軍のちょうど中間地点まで辿り着くと、それに合わせたようにデニス軍からも二人の男が中央に向かって来る


レンカとフェンは馬から降りて向かい来る2人を待った


「久しぶりーカレン!元気してた?あれ、今はレンカだっけ?」


「コシン・・・ファラスのアンタが何故ここにいる?」


「そっくりそのまま返すよ。ファラスの元将軍がなんでメディアの守護者とか言っちゃってるの?笑わせないでよね」


カレン、ファラスの元将軍・・・フェンは聞いた事のない単語が飛び出し混乱する。否定するものと思いレンカを見るがレンカは否定せずただコシンを睨みつけていた


「あら?もしかしたらそこの子は知らなかったの?ちゃんと話してやりなよ・・・僕とカレンはファラス国王フェード・ロウの子として同時に生まれ、始まりと終わりの双子として不必要な人間を殺しまくったあの頃の話をさー」


「・・・黙れ」


「そう言えばその子どうしたの?・・・もしかしてカレンが消えた日にカレンが滅ぼした村で拾ったの?親兄弟殺した後に?」


「・・・黙れ」


「あれ?図星?うわぁー引くわー・・・しかもその様子だと伝えてないみたいだし・・・最低だね」


「黙れ黙れ黙れ黙れ」


「ねえ、そこの君!親兄弟を殺した相手に育てられるのってどんな気持ち?平凡な日常を壊した相手と過ごした日々は楽しかった?もしかして感謝しちゃってた?育ててくれてありがとう的な?ぷぷ・・・馬鹿みたい」


「黙れー!」


レンカが背中から短槍を二本抜きつつコシンに襲いかかる。コシンは持っていた槍を構え、笑みを浮かべながらレンカを迎え撃つ


「レンカ!」


矢継ぎ早に訳の分からない事を言われ混乱していたフェンは遅れをとるもすぐに我に返り、助太刀する為に駆け寄ろうとすると目の前に棍が出されて足を止める。コシンと共に来た男、ジュスイがフェンに対して棍を向けていた


「王からの厳命だ。コシン殿とレンカの戦いに邪魔者を近づけさせるな・・・とな」


ジュスイの気配から通り抜けてレンカに助太刀するのは無理と判断したフェンが槍を構える。するとジュスイは棍を上に掲げ口を開いた


「それと・・・敵兵をなるべく減らして来いともな」


言い終えると棍を振り下げるジュスイ。すると後方で待機していたデニス軍が一斉にこちらに向かって来る


「なっ!貴様!」


「安心しろ・・・ここは避けて通る。指揮官の居ない軍隊同士・・・果たしてどちらが優勢かな?あらかじめ命令を受けてる者達と突然襲われる者達では」


「・・・この!」


フェンが後ろを振り返る。自軍は突然動き出したデニス軍に驚きを隠せず動揺しているのが見て取れた。フェンが戻れば何とか態勢は整えられるはずだが、ここにいるジュスイがそれを許してくれるはずがない。レンカも助けに行けず、部下に指示する事すら出来ない状況に歯噛みしジュスイを睨みつけた


「貴様をすぐに倒して・・・レンカも・・・軍も救う」


「・・・やってみろ。すぐに分かる・・・非力な者に未来はないと・・・」


レンカ対コシン、フェン対ジュスイ、そして、デニス軍対三軍の戦いが始まる────



────



心地よく揺れる中、体は睡眠を欲するが戦時中という事を思い出しアムスは無理やり体を起こした


「お目覚めになられましたか・・・アムス様」


見知らぬ男がテントの中で正座してアムスを見ている。アムスは周囲を見渡し、そこが寝ていた所と違うことに気付いた


「何をしている?ここは?お主は一体・・・」


「私はイカロス様の従者でナハトマと申します。イカロス様より言伝を承っており、アムス様がお目覚めの際にお伝えするよう言われております」


「イカロスから?なんじゃ?」


「はい。『中央で待機との事だが敵は左右に分かれキャメルスロウは目と鼻の先。これを好機とせず何が好機かと考える。アムス殿に説得を試みようとも考えたが、聞き入れて頂けると思えず断念した。少々強引な手を使ってしまったが、これも国を思っての事。勝利の暁には改めて謝罪する故御容赦願いたい』との事です」


「少々強引・・・盛ったか」


「お飲み物に・・・申し訳ございません」


アムスは昨日の夕食時にイカロスに勧められて飲んだ茶のことを思い出す。その中に恐らく睡眠薬を入れられテントから運び出されたと判断する


「イカロスが発ってどれくらいじゃ?」


「およそ半日程かと」


「なら、間に合うか・・・」


馬があれば1、2時間で追いつけるはず。なくても軍隊の歩は遅い・・・急げばキャメルスロウに着く前に追いつけるはずだった


「恐らく・・・無理でございます」


「なに?・・・なぜ?・・・まさか!?」


見知らぬ場所、先程からの揺れ・・・アムスは寝ていたはずのテントより大分狭くなったテントから出た


「・・・やりおったな・・・」


そこは小船の上。街道沿いから少し離れた場所に湖があり、一時そこで休憩し水を補給した。その湖まで戻り、アムスが寝ている間に小船に乗せ、付いていたロープを切ってしまったのだ。緩やかな波に乗り湖の中央付近まで流されていた


周囲を見渡すと陸は辛うじて見えるが小船にはオールが見当たらず漕ぐ術がない。陸地に行くには泳ぐしかないが、アムスは片腕がなく、生まれてこの方泳いだ事がない為現実的ではなかった


「イカロス様は自信がおありでした。必ずやキャメルスロウを・・・」


「ヌシ・・・ちこーっと黙っとれ。戦況も読めぬのは知っておったが、これ程とは・・・奴の首だけじゃ済まぬぞ、これは」


「しかし、イカロス様は・・・」


「聞いておらんかったか?次に口を開けば舌をねじ切るぞ?」


ナハトマを睨み付け、天を仰ぎながらどうするか考える。イカロスの命など毛ほども心配していない・・・ただイカロスのせいで死ぬ兵士、そして、二軍が動いた事により窮地に立たされるやも知れぬ孫を思って必死に頭を巡らせていた


「やはり・・・泳ぐしか手はないか・・・」


遠く離れた陸を見つめ、溜息をつきながら服を脱ぐ。齢70台のアムスにして未体験である泳ぎに挑戦する────



────



念の為に停止命令を二軍に送ったが意味をなさない可能性が高い。ジジイでも止められなかったんだ・・・無理だろうな


俺が直接行く事も考えたが、俺が離れている間にバラン軍が森を抜けて一軍に仕掛けてくる可能性も考えると・・・やはりここは動けない


事前に指示していた通りに森の中へは部隊ごとの行動となる。100名単位だが、森の中ではそれでも動きづらいだろう・・・とにかく俺がバランを仕留めないと犠牲が出る一方だ


森に近付き、目を閉じて気配を探る。どれだけ広い森かは分からないが、こちらに向かってるって話だから探れるはず・・・それに一般の兵士との違いは明らかなはずだから特定も容易だろう・・・


まだ森からは人の気配は感じられない。その森に向かって薄く・・・そして、広範囲にバランの気配を探った


しばらく探っていると、ここから真っ直ぐ行った辺りに一際強い力を感じる。間違いなくバラン・・・俺はすぐさまそこ目がけて駆け出した


途中遭遇したデニス軍の兵士を気絶させ、探った辺りに到着すると・・・


「はっ!見つけてくれると思ってたぜ」


「期待に応えられて良かったよ」


バランがいた。まるで俺を待ち望んでいたかのように凶悪な笑みを浮かべ戦斧を肩に担ぐ


「聞いていいか?なぜ兵をバラけさせてる?」


「あ?森の中で固まって動いたら邪魔だろ?それに時間稼ぎしてもらわねえとな」


「時間稼ぎ?何の為に?」


「質問の多い奴だな・・・知りたければ俺を倒せよ?何でも答えてやるぞ?」


「そうかよ・・・じゃあ、チャチャッと倒して答えてもらおうか」


「俺をチャチャッとか・・・何も無ければ楽しいそうだが・・・残念だよ」


バランはなぜか寂しそうに笑い戦斧を構えた


その意味は不明だが、バランにも抱えているものがあるんだろう・・・それでも俺は・・・


双龍・・・四龍・・・六龍と流し準備を整え黒龍を右手に纏う。こうして初めて元『十』との本気の戦いが始まった────


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