6章 5 結婚披露宴
「で?なんで私がダラスと結婚する話になってる訳?」
王城内国王執務室・・・と堅苦しい名称をしているが、要はセーラの部屋で俺とシーラが尋問を受けている・・・ほぼ俺がだが
「本当に結婚しろって訳じゃない。とりあえず結婚式を挙げてもらって・・・」
「とりあえず!?結婚式を挙げる!?ちょっとアシス!あんた国王舐めてんの?」
テーブルに足を乗せ、啖呵を切る国王・・・パンツ見えますよ?国王
「えーと、だから・・・シーラパス!」
「拒否」
「くそっ・・・とりあえず結婚してくれ!」
「あなたと?」
「ダラスと」
「死ね!」
テーブルを踏み台にした上段蹴りを躱し、バランスを崩してテーブルから落ちそうになるセーラを慌てて支えた。細い腰、軽い体重が国王の激務を物語る
「セーラ落ち着け!説明するから・・・シーラが」
俺に支えられてじたばたするセーラを見つめて、シーラがハァとため息をつくとやっと説明してくれた
俺には作戦がある・・・ただそれには今現在ゴチャゴチャになっているメディアを一つの方向に向かせなければならない。本来戦争がその役目をするのだが、今のままでは難しそうだ。なので、戦争が起こる前に何か大きい事をしなくてはならない。それが国王の結婚式って訳だ
シーラの説明と説得により腹の虫が少し収まってきたセーラ。冷静になり静かに席に着いた
「言いたい事は分かったわ・・・それでも結婚っていうのは抵抗があるわ・・・他に手はないかしら?」
「・・・なくはないと思う・・・だが、今のデニスとの戦争が差し迫った状態だと難しいな」
「・・・ハア・・・しかも、なんでよりによってダラスなのよ。今の話ならアシスでも良くない?」
「それだとマドス派の妨害が入るかもしれない。一番丸く収まるのはマドス派が推し進めているダラスとの結婚なんだ」
「あんまり結婚結婚言わないでくれる?刺すわよ?」
「刺すなよ!」
一応は作戦に納得してくれたものの、やはり不満はあるようだ。ひとしきり愚痴を聞いた後、準備があるので王城を後にした
今回の作戦の後、メディア軍はデニスに向けて出陣する
それは先の軍事会議で決定した事・・・攻められるのを待つのではなく、万全の態勢を整えてコチラから攻める。ファラスがいつ撤退し、それによりデニス軍がメディアに攻め込んでくるのを指をくわえて待つのは愚かだと全会一致で決まったのだが・・・
「懸念は情報のやり取りとデニスの壁・・・か」
「うん・・・鳥は戦場は飛べない・・・音による恐怖による鳥の離脱、鳥が捕えられた時の情報漏洩・・・鳥を使えるとしたらデニス国境まで」
「その後は伝令によるやり取りか・・・頻繁には無理だな。戦争が始まったら各軍に委ねるしかないか・・・壁の方はどうだ?」
「現行の破城槌では破壊は難しい・・・やはり扉を狙うしかないと思う」
「それも対抗手段は取られてるだろうな。一箇所から攻めるとなると大軍もいい的だ・・・披露宴までに考えないとな」
シーラと共に戦争に向けて色々思案するが、思うように打開策が浮かばない。レグシと違ってデニスには軍を動かせる将軍が多い。もしデニスが守りに入ったとして、一箇所突破出来れば崩れるとは思えない
「有力な将軍ってバランとジュラク親子の他にいるか?」
「分からないわ。『暴君』バラン、『魔棍』ジュラク、その息子のジュカイにジュリ・・・この四人が前回メディアを攻めてきた将軍・・・ファラスが攻めてきた時にジュラクを呼び戻した時点であまりいるとは思えないけど・・・」
「そうだな。もしいたのなら、呼び戻す必要はなかったかもしれない・・・兵力的に心許ないから呼び戻したって可能性もあるが・・・」
「全軍メディアに送った訳ではないと思うわ。ファラスはもちろんマベロンだって警戒しないといけないから、対抗出来るくらいの兵力はあったはず・・・呼び戻したのはやはりジュラクを頼りにしてるからだと思うの」
総大将ジュラク・・・国王ザマットより、アイツを討てばこの戦争は勝利がぐっと近付くか
「ジュラクはどうだった?」
「うーん、本気で戦ってないが、一言で言うと・・・強い・・・そして、冷静だ。不気味な程にね。俺ではまだ届かない・・・ラクス並って感じかな」
「アシス・・・戦うの禁止ね」
「はいはい・・・俺もまだ死にたくないしな」
護る為なら戦うが、無理に戦う必要はない・・・奴はラクスにお願いしよう。一回勝ってるらしいし
「最低四つの軍に分かれると思った方が良さそうね・・・そうなるとメディアは・・・」
「レグシ領からラクスとリオンの二つの軍・・・こちらからは俺らとフェンか・・・デュラスは残らせる事は確約してるが、誰か将軍を出るんだろうな・・・恐らくはイカロスとラトーナか」
「ラクスさんは一人で充分だし、リオンには姉さんが・・・フェンにはレンカさんがいるから、問題はその決まってない将軍枠よね・・・やっぱりアムスさん?」
「・・・を付けないとまずいな。一軍でも崩れれば総崩れになる可能性がある・・・お守りが必要なのは間違いないが・・・」
俺ら守護者とリオン、フェンなら信頼出来るが、お飾り将軍だと何をするか分からない。監視件お守り役は必要だ。出陣させないのが一番楽なんだがこればっかりはどうしようもない。何をするか分からないのは国内にいても同じだし、あの二人の私兵の数も馬鹿にできない
「守りはどうするの?まさかデュラス将軍一人?他の将軍はちょっと数には入れられないし・・・」
「デュラスの言いなりだしな。他の将軍は考えないとして、守りはデュラスのみでやるしかない。まあ、俺らが抜かれたらどっちにしろ終わりだ・・・守りに力は注げない」
「そうね・・・ジェイス近衛将軍もいるし・・・カーネスはどうするの?さすがに戦場には連れて行けないでしょ?」
「カーネスはセーラに任せる。披露宴が終わった後はしばらく会えなくなるな・・・遊びに行くか?」
「うん」
淀んだ空気を入れ替えるように、俺達はカーネスと遊ぶべく部屋を出た
最近はシーラとこのような話を二人でする事が多い。もちろん正式な軍議ではないから、今話した内容は議事録にも残らないし、誰にも伝わらない。それでも繰り返す・・・シーラの言葉がナキスの言葉であるかも知れないと信じて────
披露宴の準備が粛々と進み、遂に当日となった
結婚式という名目でないのは、ひとえにセーラのこだわり。結婚式は好きな人と!という強い要望により、披露宴という形で国の重要人物の前でのみ行われる事となった
重要人物・・・すなわち武官で言うと将軍クラス、文官で言うと大臣クラス・・・補佐など入れても総勢五十名程だ
ラクスやリオンなどレグシ領にいる者達を呼び寄せることも無く、極々簡易的な披露宴として行われる
「憂鬱よ・・・憂鬱だわ」
控え室でドレスを身にまとったセーラが披露宴の主役とは思えないほど陰惨な顔をしている
「おいおい、新郎の前で・・・」
「新郎言うな!フリって言ったのはアシスでしょ?」
「私は全然・・・平気です」
キレるセーラにオドオドしているダラス。すっかり懲りたのか、俺に対する言動や態度は前と比べて雲泥の差だ。ほぼ家来に近い。まあ、まだエーレーンにした事とあの時の言動は許してないがな
「で、進行はデュラスがやるとして、後は手筈通りに」
「・・・本当に・・・上手くいくの?」
「邪魔が入らなければな」
「ア・シ・ス!」
「分かってる・・・大丈夫だ」
不安いっぱいなセーラの頭にポンと手を置いて・・・しまった。慌ててシーラを見るが、わざと目線を逸らせててくれたらしい・・・でも、後で説教はされるんだろうな・・・
俺らも控え室から出て会場へと足を運ぶ
会場では既に全員集まっており、立食形式でテーブルを囲み談笑していた
「アシス!遅かったな!」
レンカとフェン、それにジジイが一緒にいて、その他の者達は寄り付いていない寂しい感じになっている・・・まあ、この三人に近寄ろうとする物好きはいないか・・・
「ちょっと野暮用で・・・って、もう飯がない!」
「美味かったぞ?また運ばれてくるだろ?ケチケチすんな!」
ほぼレンカが食いやがったな・・・くそっ
「他のテーブルは手付かずで残っておるぞ?ほれ、あのテーブルなんかはちょうどええじゃろう?お主の政敵もおるしな」
「政敵?」
ジジイの目線の先を追うと中央のテーブルに一際人が多く集まっている場所があった。その中心にいる痩せこけた老人・・・あれがマドス?
「政敵の顔ぐらい知っておかんか・・・相手はお主の事を調べ尽くしておるぞ?」
ふとした拍子に目が合うと、マドスは目を細め微笑んだ。調べ尽くしてる・・・か。やな感じだ
「俺の政敵じゃない・・・セーラのだ」
「どっちも一緒だろうて。ほれ、挨拶に行かんか。舌戦で軽く負けて来い」
「このっ・・・シーラ一緒に行くか?」
「行かない・・・さっきから目線を感じるから動きたくない」
うむ・・・今日のシーラは超絶可愛いチャイナドレスにお団子頭・・・会場の野郎共の視線は俺も感じていた・・・これは俺のだ
「ほーう、自意識過剰か?シーラ。いつもアシスの影に隠れてたのに偉くなったもんだ」
「レンカさんの幼児体型には適わない・・・一部のマニアの目線を独占してるし」
「くっ・・・てめえ・・・本当にあの女に似てきやがって・・・」
シーラの辛口コメントに顔をヒクヒクさせてるレンカ・・・フェンがなだめているから大丈夫だと思うが・・・俺もレンカと同じ事を思ってるよ。あれは伝染するのか?名付けてアイリン病?
「ほれ、さっさと行かんか。披露宴が始まっては機を逸するぞ」
ジジイに押し出されるようにマドスのテーブルへ。足が重い。体が全力で拒否してるみたいだ
「これはこれは・・・守護者のアシス殿ではございませんか」
「お初にお目にかかります。えーと、内務大臣?のマドス大臣?」
「総務大臣のマドスです。あのような下賎な輩と一緒にされるなど・・・冗談が過ぎますよ、アシス殿」
やっちゃった・・・内務大臣はシュミネだった。マドスは顔は笑ってるけど目は笑っていない・・・怒らせたか?でも、言い過ぎだろ・・・
「これは失礼。ですが、シュミネ大臣を下賎な輩と称するのは些か不躾かと・・・」
「ハハハ、これは手厳しい。確かに不躾ですな。このめでたい席で気が緩んでしまったかもしれませぬ。お許し下さい。言葉の頭に『もう少ししたら』を付けるように致しましょう」
もう少ししたら・・・ダラスが王婿となり、実権をセーラから奪い取るからシュミネを更迭するよってことかな?
「はて?そのような予定でもございましたか?」
「飲みの席の戯言です。お耳を汚しましたが、聞き流しして頂ければ幸いです。・・・それよりも、もうすぐデニスとの戦争が始まるとか・・・勝算の方はいかがでしょうか?私はそれが気になって夜も眠れません」
その割には血色良いぞ?目の下にクマも出来てないし・・・眠れないとしても、政争の方が原因だろ?
「五分五分・・・と申しておきます。今後次第でどちらに傾くか分かりませんね」
「今後次第・・・とは?」
「メディア国内でゴタゴタしてなければ何の憂いもなく戦いに集中できるのですがね。小心者なので、心配事があると集中できませんので」
どうだ?ちょっとは動揺してくれるか?
「なるほど。確かにそうですね。一枚岩になる・・・それがどれだけ大切な事か思い知らされました。その辺は総務大臣の私にお任せ下さい。アシス殿は気兼ねなくデニス国を蹴散らして頂ければ・・・私も存じております。アシス殿が如何に強く如何に相手に恐れられているかを」
なんだこの余裕は?ダラスがセーラと結婚する事になって気が緩んでるのか?腹の内が読めない・・・
「いや、そんな事は・・・」
「ご謙遜を。それにしてもアシス殿はお綺麗な方をお連れで。確か守護者補佐官のシーラ殿でしたかな?結婚はされるのですかな?もしされるのでしたら、どうでしょう・・・セーラ陛下のご結婚の発表の後にサプライズで発表してみては?」
「いや、俺とシーラはまだ・・・」
「なんと!?ご結婚されないのですか?あれだけお綺麗なのですから、結婚されてないのでしたら引く手数多でしょうに・・・私には孫がいるのですが、まだ結婚してません・・・どうでしょう、一度シーラ殿と見合いなどさせて頂ければ喜ぶと思うのですが」
「シーラは有能な補佐官です。戦争の最中に結婚されて軍を抜けられるのは困ります」
「ああ、いえいえ、勘違いさせて申し訳ありません。何もシーラ殿と私の孫が結婚する訳ではございません。孫は好き者でしてな・・・結婚相手はどこかの将軍や大臣の娘か孫娘と考えております。結婚はしてませんが、妾としてのお見合いをどうかと・・・」
・・・
「あれだけの美女を妾に出来れば孫の株も上がるというもの・・・色々な職種を経験させてきましたが、女性に関しては何も手をつけていなかったのでね。もちろん戦場に出るのは止めませんし、補佐官を続けても結構です。如何ですか?一度シーラ殿に聞いていただければ幸いです」
抑えろ・・・分かってる・・・コイツは俺を怒らせたいだけだ。俺をよく調べ、何を言えば怒るか分かってて言ってる・・・挑発に乗るな・・・
「おっと、ここだけの話、孕ますのは正室が孕んでからなのでご心配なく。戦場で産気ずくなんて事にはならないよう配慮致しますよ」
小声で俺にだけ聞こえるように言うマドス。・・・わざと怒らせ、隙を見せて殺されようとしてるのか?なぜ?理由が分からん。いまの状況でコイツを殺したらどうなる・・・披露宴は中止に・・・まさか中止にしたいのか?
「そもそもマドス大臣のお孫さんとそんな仲にはなり得ないので配慮などいりません。私はアシス様のもの。アシス様は私のもの。そう認識して頂ければよろしいかと」
「シーラ!?」
「なるほど・・・それを聞いて安心しました。では、披露宴を楽しみましょう」
シーラの物言いを特に気にすることも無くすまし顔で話を終わらせるマドス・・・俺とシーラの仲を確認したかった?・・・安心?
「ええ。突然失礼致しました。アシス様、行きましょう」
「えっ、ちょっと・・・シーラ?」
腕を掴まれ強引にマドスから引き離され、そのまま元のテーブルの位置へ。戻った瞬間にジジイのゲンコツをくらった
「イテ・・・なんだよ?」
「殺気も抑えられぬ未熟者が・・・挑発に武で返すでない」
え?漏れてました?
「お爺様、マドス大臣の意図が分かりました」
お爺様!?
「ほう・・・して、意図は?」
「ダラス将軍とアシスのイザコザは知っている模様です。そして、今回の披露宴がアシスが仕組んだことも。恐らくはセーラを諦め、カーネスに照準を向けてるかと」
・・・なぜそこまで分かる?ナキス的なものが発動したのか?洞察力とかの次元じゃないだろ・・・そこまで分かるのは
「ほうほう・・・厄介じゃな。して、なぜそこまで分かるのか聞いてよいかの?」
「アシスを怒らせた後に私とアシスの関係を聞いて『安心した』と言っていました。その意図を汲むと・・・まずセーラとダラス将軍の結婚に対してなんの疑いもなければ、アシスを怒らせるのはマイナス要因にしかなりえません。アシスが暴れてはこの披露宴自体が中止になる恐れがあるからです。この場では取り繕い、何事もなく済ます以外は悪手となります。次に私とアシスの関係を聞いて安心した件に関しまして、アシスとセーラが結婚するという自体を懸念してから出た言葉かと。つまり、ダラス将軍の代わりにアシスがセーラと結婚したらマズいと判断して・・・そうなると、セーラが結婚する相手はたとえアシスの軍門に下った可能性があるとしてもダラス将軍であれば良いと考えてる事が伺えます。その理由を推察すると・・・ダラス将軍と一緒になったセーラに対抗手段がある・・・つまり、カーネスの擁立により容易に実権は握り返せると判断している・・・と考えます」
ふむふむ、そうだね。その通り
「深読みし過ぎ・・・と、思えないほど向こうに余裕があるのう。良かったのうアシス・・・お主は一応マドスから強敵認定されとるらしいの」
そうそう。強敵強敵
「デニス軍の脅威から救った守護者、レグシとの戦争に貢献した事も記憶に新しいアシスですから、国民からの支持は高いかと・・・ただのスケベなのですが」
ですね。今も頭はピンク色です。スリットから見える脚サイコー
「だが、カーネスを擁立するにもアシスとセーラ陛下に守られていては手の出しようがないのではないか?」
あったり前だ!手は出させんよ
「直接的ではなく間接的に・・・と考えるべきでしょう。例えばセーラの出生の話を国民に流布し、カーネスの存在を伝えれば心無い国民も出てきます。それを陽動すればデニス国との対立を考えると争うべきではないと判断したセーラが引く可能性が高いかと・・・」
一枚岩になるってのをえらく強調してたのはその為か・・・
「恐れ入った・・・まるで・・・いや、皆まで言うまい。そろそろ始まりそうじゃ。アシス・・・今の話を理解したか?」
「もちろん・・・ジジイってのは孫に甘いって事だな」
「なぜそうなる?」
「マドスは俺を怒らせようとしていた。怒らせて殺されても構わないと思ってるって事だろ?実権を握りたいのに殺されても良い・・・って事は、殺された後に起こる事を望んでる・・・で、至ったのが孫にその実権を握らせようとしてるのかなーっと思ったわけよ」
「・・・お主も一応は考えてるのじゃな」
「ない頭で必死にな」
ジジイに笑い返してシーラを見る。見た目はいつものシーラ・・・でも中身は・・・と考えていると会場にデュラスが現れ披露宴の開始を宣言する
全員がデュラスに注目し、セーラの名前を声高々に言い放つとドレスを身にまとい、お化粧バッチリのセーラが登場。後ろからは二人目の主役のダラスも現れる
披露宴はこのままスムーズに進むと思われた時、セーラ達が現れた扉から一人の白装束の怪しげな仮面を付けた者が現れた
会場は何かの催しと判断する者が半数・・・もう半数は何事かと警戒し、予定になかった事を知る警備の者が白装束に近寄った時に事件は起こった
「レンカ!」
「ああ!フェン!アタイの槍を!」
白装束が警備兵を突き倒し、セーラの元へと近付いている。武器は持っていないようだが、倒した警備兵は気絶している為、武器なしでもかなり危険だ。会場にいる将軍達・・・もちろん俺らも武器を携帯していない。セーラを庇うようにダラスが白装束の前に立つが、白装束は構わずセーラににじり寄る
「させっか!」
いち早くレンカが素手で白装束に飛び掛る・・・しかし、白装束は手を前に突き出したと思ったら、よいしょ、レンカは壁まで吹き飛ばされた
吹き飛ばされたレンカは体を回転させ、足で壁を蹴ると再び白装束に向かう。俺も白装束に飛びかかろうとした時・・・
「騒ぐな・・・平伏せ!」
白装束が手を俺らに向かって突き出した瞬間に会場にいた全員に上から圧力のようなものがかかる・・・これは・・・
空中にいた俺とレンカは地面に叩きつけられ、他の者達は白装束の言うように平伏した状態になった。セーラと白装束以外全員が立つことが出来ない状態だ
「案ずるな。危害は加えん。我が名はディア・・・メディアの守護神」
我ながら恥ずかしくなる・・・動けぬ体を必死に起こそうとするが、思いの外強力な圧力に立ち上がる事すら困難だ
「メディアに女王が誕生し、大陸が未曾有の事態に晒された時、過去のロウ家との盟約を果たす為に私は来た。女王セーラよ。我と共に覇道を歩むがいい」
ディアがセーラに手を差し伸べる。その手には悪意は感じられないが・・・
「レンカ!」
フェンが取りに行った槍をレンカに向けて投げた。レンカはそれを受け取り、再度白装束に突進する
俺もようやく立ち上がりレンカと共に向かうが白装束はまた手をかざし俺らを吹き飛ばした
「さあ、セーラよ。我の手を取るがいい」
「ダメだセーラ!白装束・・・てめえ何もんだ!」
「守護者アシスよ。名乗ったはずだぞ?我が名は守護神ディア、メディアの化身。剣であるお前が我に逆らうのか?」
吹き飛ばされて戻って来た俺に対して、また手をかざして圧力をかける。今度は横ではなく平伏せさせた時と同じように上から。片膝をつき必死に耐えるが・・・かなり効くな・・・
「勘違いするな。我は全ての災厄から女王セーラを護り、渦巻く悪意を浄化しに来た。この場にも悪意が渦巻き、災厄を呼び起こそうとしている・・・」
ディアはマドスがいる辺りを指差し、それにより周囲の者達がマドスを見た。注目を集めたマドスは顔を真っ赤にして圧力から開放されたのか立ち上がり叫んだ
「茶番だ!誰か・・・誰かあやつを討て!」
「頭が高い・・・平伏せ!」
茶番には同感と動こうとするが、再び会場に力が降り注ぐ。うーん、きつくなってきた
「セーラよ!選ぶが良い!我と共に立つか、我を拒みメディアを混沌に陥らせるか!」
圧倒的な力で押さえつけられている俺らを前に、セーラは目を閉じ考える。そして、俺を見つめた後、頷いてディアに片膝をついて礼をする
「あなたと共に・・・」
セーラの言葉を受けてディアはこちらに向き直り、白装束をたなびかせて宣言する
「盟約は成った!これより守護者を剣に!我が盾となりメディアに繁栄を約束する!これは300年前に交わされた盟約によるもの・・・なんびとたりとも反故する事は叶わぬ!ゆめゆめ忘れるな!」
ディアは言い終えると踵を返して会場を後にする。・・・消えるか飛ぶかしてくれよ、守護神・・・
「け、警備兵!何をしている!追え!奴を逃がすな!」
デュラスが呆けている警備兵に指示を出すが、既にディアは会場から姿を消していた。会場に残された者達はようやく立ち上がる事が出来、口々に今の状況を確認する
アイツは何者だ?
盟約とはなんだ?
守護神とは?
渦巻く悪意とは?
災厄とは?
誰も答えを知るものはおらず、ただただ疑問を口にする。俺とレンカはセーラの元に駆け寄るが、セーラは俺らを制して混乱する会場に目を向けて立ち上がる
「皆の者!よく聞け!混乱するのは分かる!彼の者の・・・ディアを私は信じてみようと思う!」
会場内がセーラの言葉でザワつく。見ず知らずの怪しげな男を信じると言うのだ。しかも一国の女王が。困惑するのも無理はない
「よく考えてみろ!彼は守護者であるレンカとアシスを退け、会場内全員を平伏せさせる力を持つ!もし、害をなそうとするのであれば、私をこの場で殺すのも容易であったであろう!しかし、彼は誰も傷つける事無く、我々の前に現れ、我々の前から立ち去った!このような真似・・・誰が出来る?もし、出来るとしたら・・・人の業ではない・・・神の御業ではないだろうか?」
「セーラ陛下!それはあまりに荒唐無稽な・・・」
「マドス大臣!ならば彼は何の為にこのような事をしたと?」
「そ、それは・・・」
「分かるまい!分かるはずもない・・・我ら人の身で神の意図など汲めるはずもない!この時、この瞬間に彼が・・・いや、守護神が来られた意味を意志を意図を・・・私はこう考える・・・『天がメディアに味方した』と!彼の者が何者なのかなど些細なこと!デニスの脅威に怯え、国を二つにしている場合ではない!臆するな!我らには守護神という盾がついている!奮い立て!我らには守護者という剣がある!彼の者の言葉を神の啓示とし、メディアはデニスに侵攻を開始する!」
将軍の誰かがセーラの言葉に応える。すると呼応するように次々と声を上げる将軍や大臣達・・・半信半疑ながらもセーラの言葉に勇気をもらい、デニスを攻めるという言葉にも恐怖を感じてはいなかった
ただ一人・・・マドスを除いて
絶叫王女は時を経て神の啓示を受け絶対女王となる
この事は人々に伝わり、セーラの地位を盤石のものとするのであった────




