6章 4 招待
遊び疲れて突然倒れ込むように寝てしまったカーネスを横目に、セーラの結婚を阻止すべく対策を講じるが、中々妙案も浮かばずに数日が経過していた
「思い切って脅すのは?」
「思い切りすぎ・・・戦争が始まった時に何するか分からない」
「でも、抑止力にはなるんじゃないのか?俺がいない間に何かすると殺されると思わせれば」
「鬼の居ぬ間に・・・って考えられると厄介。実権さえ握ってしまえば、証拠なんて捏造し放題・・・内に敵を作るのは得策ではないわ」
俺の部屋でこんなやり取りを日夜繰り返していた
とは言ってもやる事はやっている。新たに五千の兵が加えられ、一万五千程に膨らんだ軍の訓練、シーラ専属護衛兵の特別訓練、屋敷に訪ねてきた者との面会など・・・
その中でも面会では新しい仲間を迎える事が出来たのは非常に嬉しい
コーレタート将軍・・・シュミネより曲者と聞いて警戒していたが、会ってみたら面白い奴だった。デュラス達への不満とかを言う訳でもなく、俺に会いに来た理由は『面白そうだから』。確かに何を考えているか分からないが、シーラも特に悪意は感じてない様子だったので、友好関係を築く事に。噂によると剣の腕はそこそこらしいが、人望厚く部下に好かれているというのも好印象だった
ケレミト大臣・・・シュミネの派閥でホートンの友・・・それだけでも無条件で仲間になれそうだが、会ってビックリかなり若かった。俺よりは年上だが、27で大臣って凄い・・・数字が得意でなんでも数字を用いて考えるらしく、経済大臣にはうってつけなのだとか。いつもニコニコしているのだが、数字が絡むと驚く程無表情になり固まって頭の中で計算を始める。その姿が少し怖いのが欠点か
デジット、サモー、タルタの文官三人・・・結論から言うとデジットとサモーはマドスの間者。俺らの懐に入り込み、情報を流そうとしていたっぽい。シュミネが調べて仲間になるのをお断りしといた。もう一人のタルタは小太りの汗っかき。いつもハンカチで汗を拭いているような男で運動は苦手らしい。俺の所に来た理由が不純であり、どうしようかと迷ったが仕方なく採用した。まあ、悪い奴ではないので大丈夫だろう・・・若干一名嫌そうだったが・・・
こうして三人の仲間を得た。仲間と言っても陣営に加えたのはタルタだけ。他の二人は協力関係ってところだな
「あの・・・なんでマドス大臣はそんな恐ろしい事を考えてるのでしょうか?大臣にまで上り詰めたお方なのに・・・」
そのタルタが今回は話に加わっている。文官としてマドスの所で働いていた経験もあり、俺らの知らない事を知っているから呼んでおいた
「シュミネ大臣曰く権力に取り憑かれたから。今の地位より上に行きたいかららしいぞ」
「そうですか・・・私が働いている頃はそんな風には見えなかったのですが・・・もうお歳も召してますし・・・」
「へぇー、いくつくらいなんだ?」
「私が働いていた時で御歳65と申されてました。それが二年前なので67かと」
そりゃあ結構なお年で・・・確かに権力に取り憑かれてるとはいえ、上を目指すような歳でもないな
「大臣職が世襲制ではないから・・・って事かな?」
そう言えばシーラの言う通り将軍職がほぼ世襲制なのに、大臣職は世襲制ではなかったな。それが原因となると・・・
「息子・・・又は孫に地位を継がせたい?」
「かもしれないね・・・子供の為に最後にひと花咲かせるつもりとか・・・」
「確か娘さんがおられました。その娘さんに子供も・・・」
孫か・・・孫の為に道を開こうとしている?
「そうなるとデュラスは謎だな・・・世襲制だし、息子も既に将軍だし・・・目的はなんだ?」
国大好きっ子だし、余計な波風を立てるようには思えなかったが・・・あっ、後は・・・
「ロウ家・・・カーネスか?」
スヤスヤと眠るカーネスの横顔を見る。自分の名前が呼ばれたのが分かったのか、眠りながらも小さな手をピクリと動かす
「カーネス様を国王にする為?・・・そうなるとセーラ陛下とダラス将軍の結婚は矛盾しませんか?」
うっ、確かに。そうなると増々デュラスの考えが分からんぞ?アイツは何を・・・
「そう言えばデュラス将軍って、カーネスを見た時に変な事を言ってたよね・・・火種がどうとか」
言ってたな・・・火種とか捨ててこいとか・・・ロウ家至上主義なのになぜあんな事を?
「・・・もしかして、デュラス将軍よりマドス大臣が主導で企てているのでは?今回の件・・・デュラス将軍に利があるとはあまり思えません・・・」
タルタの言う通りデュラスにはメリットがあるとは言い難い。デュラスが王になりたいなら、息子のダラスを婿入りさせるのもおかしいし、カーネスを擁立させるのも・・・
「デュラスは地位が上でも大きな派閥を持つマドスには適わない?」
デュラスは現在の立ち位置に満足していたが、カーネスの存在が燻っていた火を再び起こすのではと思っていた?そうなるとデュラスよりもマドスに注意を向けるべきか・・・
「マドス大臣の周辺を洗ってみます。もしかしたら解決の糸口が・・・」
「失礼します。アシス様、お呼びでしょうか?」
ドアをノックして入って来たのはベースドと・・・フローラ
「ああ、今日の・・・げっ・・・」
俺がベースドに用事を伝えようとしたが、今まで普通に話していたタルタが急にハフハフ言い始めた・・・原因は・・・
「・・・キモイ」
と、言っているフローラだ
タルタが俺の屋敷に来た理由はフローラに一目惚れしたから。なんかフローラファンクラブなるものがあるらしくそこに在籍していたが、いてもたってもいられずに屋敷に来てしまったらしい
咳払いをして仕切り直し、再度ベースドに今日の早朝から行った訓練で感じた事を話す
未だにどう編成するか決めておらず、全体的な動きの訓練をしたのだが、どうしても人数が増えると統率が乱れる。かと言って部隊を細分化し過ぎても命令が伝わりにくいとか、混乱した時に収拾がつかなくなりそうだ。そこで・・・
「ノイス、ロリーナ、ダルムドを五千人長に昇格。俺の指示が最優先だが、指示がない場合は独立部隊のように動いてもらおうと思う。後は各隊から二百名ほど・・・合計六百名で新たに兵站部隊を結成し、それを・・・このタルタに指揮させる」
「ハフハフ・・・ふぇ?」
「タルタ・・・ですか?兵站部隊は基本戦闘には参加しませんが、文官が戦場に出ると言うのは・・・」
「問題ない。そもそも戦場・・・特に遠征先では兵站部隊が狙われる可能性が高い。だが、だからと言って兵站部隊に兵站活動と戦闘を両立させるのも厳しいだろ?だから、戦闘はさせない。訓練も基本的なもののみにし、主な訓練は料理や医療に注いでもらう」
「しかし、そうなると五千人長を独立部隊とするのは難しいのでは?兵站部隊を守る者がいなくなりますが」
「ああ。そこで、五千人長の昇格は三人全員だが、編成の数を変える。ロリーナは三千で兵站部隊の守備、残りの二人にはロリーナから各々千人編成し六千とする。別に五千人長だから五千人じゃないといけない訳でもないだろ?」
「確かに・・・つまり攻めは一万二千、守りに三千と役割をハッキリして、動きを取りやすくする・・・って事ですか?」
「そそ。リオンとシーリスがいなくなり、身軽に動ける部隊が傭兵隊だけになったからな。その傭兵隊も当てにならん・・・補佐のシーラに兵站部隊は任せていたが、これからはそうもいかないだろ?最低限の役割を決めて勝手に動いてもらった方が俺も出やすい」
「本来アシス様も守られる立場なのですが・・・。承知致しました。御三方にはお伝えしておきます。編成はどうされますか?」
「三人で決めるよう伝えてくれ。俺より向き不向きは分かるだろう。俺は別でやる事あるし・・・タルタにはベースドが付いて教えてやってくれ。デニスが動き出す前までに基本的な事は叩き込んで欲しい」
「ア、アシス様!私では無理です。ずっと書類と睨めっこしてた私が人を指揮するなんて・・・」
ハフハフ言ってたタルタもいきなり任命されてフローラどころではないらしい。だが、そう言い出すのも計算の内だ
「指揮すると言ってもさほど難しい事はない。俺の指示やベースドの指示・・・もしくはフローラの指示を聞いてそれを伝えるだけで良い」
フローラの名前が出たところでピクリと反応するタルタ・・・もう一歩か
「戦場に出ると言っても最前線に出る訳では無い。後方で待機し、ロリーナに守らせる。兵站部隊は軍の要。副官であるベースドの管轄下に置き連携してもらう」
「ベースド副官と連携?それって・・・ゴクリ」
喉を鳴らす音を口で言う奴は初めて見た。俺の言葉をか繰り返し、目線の先は・・・ベースドではなくフローラ。フローラは体を震わせ、物凄く嫌な顔をしている・・・許せフローラ
今回ベースドにフローラも連れて来いと言ったのはこの為・・・タルタに兵站部隊を引受させるためだ。俺の軍には血気盛んな奴らばかりで、大人しく守られてる奴らは少ない。ならいっそうのこと戦場に不向きな者に率いさせればって事でタルタに白羽の矢が立った。憧れの女の子の前で大役を任されて断る男がいるだろうか・・・いや、いない。俺も策士になったもんだ
「・・・ううっ・・・あっ、アシス様、お伝えしたい事があるのですが、今お時間よろしいでしょうか?」
タルタから少しでも離れるようにススっと横にズレた後、思い出したかのようにフローラがポンと手を叩く
「ん?どうした?」
「先日父から手紙が来まして、アシス様に試してもらいたい防具が完成したようなのですが」
フローラの父・・・フクド?・・・パンツ?・・・うっ、頭が
「安心して下さい。下着ではない・・・と、思います。しかし、メイカートにお寄りの際はっと書いてましたが、メイカートに行く予定など・・・ありませんよね?」
うーん、ないな。さすがに今の状態でフレーロウを離れる訳にはいかないし、下手に動くとデニスを刺激する可能性もある。フクドには悪いが・・・いや、待てよ
「フローラ、俺が店に行った時あまり客が来ていなかったけど、メイカートの防具屋って儲かるのか?」
「いえ・・・義兄さんも帰って来て制作の方は順調なのですが、デニス軍に奪われた防具の負債が大きく、生活するのもやっとのようです。メイカートでの需要もあまりないので、儲けも少ないと嘆いてました」
だろうな。防具はそうそう買い替えるものでもないしな
「タルタ、フレーロウには現在何軒の防具屋がある?」
「防具屋は確か四軒です。ダミット商会、ハルーンの防具店、モルス商会、ナタル防具・・・ですね。・・・しかし・・・そうですか・・・フローランさんのお父様は防具屋を・・・」
誰がフローランだ。ほらみろ、フローラが凄い嫌そうな顔してるぞ
「ふーん、そしたら、フローラ・・・フクドさんに言ってこちらで店を開くか聞いてみてくれ。一時的な出張所扱いでもいいし、永住しても構わない。店はこちらで準備するし、メイカートの店は義兄に任せれば大丈夫だろ?」
「ええ!?よろしいのですか!?」
「ちょっ!アシス様!それは私もフローランさんの御両親に挨拶出来て嬉しいのですが、街ごとに店の数は制限されています。過剰供給の値崩れ防止や品不足による相場の高騰を避けるため、商人ギルドにより管理されており、店を増やす場合は商人ギルドに申請、そして、商人ギルドから国へ申請して許可が出て初めて店を出せるのです。そうホイホイと・・・」
「ならば、俺専用の職人って形にしよう。それなら他の防具屋にも影響しないし、商人ギルドを通さなくて良いだろ?工房は屋敷の敷地内は難しいから外に建てることになるが・・・」
「そ、それならば大丈夫だと思います。幸い管轄がシュミネ大臣とケレミト大臣に関わってくる事なのでお伺いは致します」
「ああ・・・嬉しい・・・これはプロポーズ?・・・」
違います
「フローラに・・・甘い」
いや、ほらだって、色々フクドには頑張ってもらってるし・・・実績はパンツだけど
「き、緊張する・・・お、お義父さん・・・いや、いきなりは・・・」
タルタお前・・・
ベースドがこの状況をみてため息をつく。気苦労かける・・・老け込んだら俺のせいだろうな
「早速手紙を出します!必ず来ると思います!」
「ああ。来る際はメイカートの傭兵に護衛を頼むといい。費用はこちらで負担する。タルタ、工房の都合はつくか?」
「必ずや!お任せ下さい!」
「いや、返事が来てからだぞ?」
「はい!フレーロウで一番の工房にしてみせます!」
・・・分かってんのかコイツ・・・兵站部隊を任せた時とはえらい違いだな
軍の方針は決まり、それに合わせて訓練は進む。進まないのはセーラの件。力で自分を通して来た俺と奴らでは相性最悪だ・・・これなら正面から向かって来る一万の軍勢の方がまだ気持ち的に楽だよ
「また・・・眉間にシワが寄ってる」
寝転んだ状態で天井を見つめていると、突然シーラの顔が現れた。眉間に指を置いて寄っていたシワを消すかのように動かした
「護ると言っておいて、相手が武力で来ないと何も出来ない自分に腹が立つ。何が守護者だ・・・ってな」
「なんでも出来る人なんかいないよ。アシスはアシスの出来ることを・・・シュミネさんだって言ってたじゃない?アシスが味方になってくれるだけで抑止力になるはずって」
「確かに・・・でも、セーラとの関係はシュミネに与する前から変わっていない。つまり、俺がいても奴らは手を出てきたって事になる・・・それなりの算段があると思うと・・・な」
デニス軍との戦争が始まれば、俺はフレーロウを発つことになるだろう。その時にセーラを護るのは?かと言って後ろを気にしながら戦って勝てるような相手でもない・・・やはり戦争が始まる前にケリをつけなくては・・・俺が二人居れば・・・!
「メガネをかけて賢そうに見えるシーラちゃんに質問です!」
「な、何?突然・・・」
「この世に神は居ると思いますか?」
「・・・へ?・・・神?」
数日後、屋敷に使者が来た
デュラスの息子で将軍のダラスの使者で、俺を自分の屋敷に招待したいらしい
セーラの結婚相手と言われてる奴が俺に何の用だろ?
断る理由もないし、少しでも情報を得られる事を期待して二つ返事で了承すると明日の昼過ぎに待っていると言われた
さて、連れて行くのは誰にするか・・・
「私は明日確認したい事があるから・・・」
シーラが行かないとなると・・・一人で行くか・・・
「せめてお一人は従者をお連れ下さい。アシス様お一人で行くのは無作法となります」
うげ・・・気軽に一人で動けないのかよ・・・面倒だな
ヨナムに言われて誰か一人でもと探すが・・・タルタは工房探しと兵站部隊の訓練で忙しいし、ベースドとフローラも誰かが色々押し付けてるので激務だ・・・五千人長達も忙しいし・・・と、なると・・・
翌日、迎えの使者が馬車に乗って屋敷へ来た。それに乗り込む俺と胸元がガバッと開いたドレスに身を包むエーレーン・・・目のやりどころが・・・
「隊長・・・ガン見し過ぎ。構わないが」
ありがとう・・・いやいや、ダメだダメだ!
ここに居なくても多分怒られる・・・いや、絶対
馬車に揺られる事数分で目的地のダラスの屋敷に着いた。馬車の窓から見る限りでは俺の屋敷の方がデカイな・・・でも、建てられてからかなりの年数が経っているのか、年季が入っており雰囲気が出てる
馬車のドアが開けられ、使者が踏み台を設置して、屋敷の方に腕を伸ばしお辞儀した。降りろって事かな?
立ち上がり馬車から降りるとダラスの使用人だろうか、数十人が列を作り俺らを迎えてくれた。後ろから使者の手を取りエーレーンも降りて俺らは屋敷へと案内される・・・なんか凄い歓迎ムードだな
玄関前には背の高い好青年が俺らを迎える・・・恐らくコイツがダラスか
「よく来てくれた!・・・いや、待ちわびていたと言った方が良いかな?せっかく美味しい菓子を用意して今か今かと待っていたのだぞ?」
?待ちわびていた?エーレーンか?とエーレーンを見たが手を顔の前で振って私ではないアピール・・・え?俺?
「どうした?我らは同志ではないか!さあ、入ってくれ!」
・・・同志?・・・ん?そう言えば聞いた事あるフレーズ・・・美味しいお菓子・・・美味しいお菓子・・・あっ、庭園の時の・・・壁!
思い出した。コイツは庭園の時にシーラから隠れる為に使った壁!なんでコイツがココに・・・って、壁がダラスか!
「歓迎するぞ!同志アシス!我が屋敷にようこそ!」
言い知れぬ不安をよそにダラスは笑顔で俺らを招き入れた────
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屋敷に通されたアシスとエーレーン
ダラスの案内により食堂に来た二人は使用人が引いた椅子に腰掛ける。長テーブルの対面にダラスとアシスが座り、エーレーンはアシスの斜め横に座った
遠く離れた場所に座ったダラスがメイドに合図するとお茶の入ったカップと薄い木を網目状に編んだ皿に色とりどりのお菓子が盛られ二人の前に置かれる
「約束通りの菓子だ。存分に堪能してくれ」
エーレーンがアシスの方を見るとアシスは片目を瞑り頷く。そして、カップを手に取ると口に運んだ
「ほう・・・菓子にがっつくと思ったが・・・菓子は嫌いか?」
「いや、喉が乾いていたのでね。それに菓子を食わせる為に呼んだ訳ではないだろ?何の用だ?」
「そう急くな。少しは世間話でもしようではないか」
言い終えた後にダラスもカップを手に取り茶をすする
「そんなに暇人に見えるか?用がないなら帰るぞ?」
「連れないな。せっかく同志となったんだ。親睦を深めるのも仕事の内ではないか」
「その・・・さっきから同志同志と言ってるが、いつの間に俺はお前と同志になったんだ?」
「おいおい、何を言ってるんだ。あの時庭園で誘ったらハッキリと答えたろう。『入る』と」
アシスはその言葉を聞いて、庭園での会話を思い出す。シーラに夢中で何を言っているか覚えていなかったが、シーラが王城の中に入ろうとした時に・・・
「そ、そうだな。確かに言ったな・・・『入る』と・・・」
アシスは苦笑いをしながらカップに口をつけ、乾いた布で口を拭う。ダラスはマドス派に入れと言った時、アシスはシーラが王城に入って行く姿を見て『入る』と言ってしまっていた
つまりアシスは意図しないだけで、現在マドス派の一員となってしまっている
だが、今ここで誤解を解いてしまうと、聞けるはずの情報も聞けなくなってしまうと判断し、言葉を飲み込みマドス派のアシスを演じる事を選んだ
そこからは世間話に花を咲かせる
と、言ってもお互い軍人。話題はデニスの動向について
シーリスから入って来る情報のみなのだが、アシス達はメディアでは最新の情報を持っている。しかし、その情報も現地の者が見聞きした情報のみなので、ダラスの持っている情報でアシスが知らない情報もいくつかあった
一つはデニス軍と国民の確執
デニスの国王ザマットは独裁的であり、国民に好かれておらず、軍と国民の間で小規模ながら小競り合いが後を絶たない。そのせいかザマットも気兼ねなく軍に強制徴兵を続け軍を拡大・・・そして、現在の大軍に至る
二つ目はサリナ王女の行方
『神威』ことシヴァと共に消えたサリナは東に逃げたという目撃情報がある。東にはマベロン・・・その手前には阿吽総本山があり、どちらかに逃げ込んだのでは?という噂が流れていた。どちらも容易に調べる事が出来ずに二年の歳月が経った今も行方はハッキリとしていない
「アシスは最新の情報・・・俺は遅いが潜伏している部下の情報の為、内容は濃い。二つを共有すれば情報戦では負ける事はあるまい・・・って、色気のない世間話だ。・・・ところでそちらの女性は?」
固い話は終わりだと言わんばかりに自嘲気味に笑い、目線をエーレーンに移す。エーレーンが五個目のお菓子に手を出していたが、見られていると分かり慌てて手を引っ込めた
「俺の護衛として連れて来たエーレーンだ。軍でも護衛隊の隊長をしている」
「なるほど・・・な」
ダラスはそこから見えるエーレーンを舐め回すように観察する。遠慮なく送られてくる視線に躱すことの出来ないエーレーンが顔を歪めた
「夜の護衛・・・ってとこかな?」
「そういうのではない。実力は軍の中でもトップクラスだ。舐めてかかると痛い目見るぞ?」
「それはそれは・・・その困難をも苦にならない程の美しさだがな」
エーレーンが顔を赤らめて伏せていると、ダラスは緩めた顔を引き締め、アシスに向き直る
「まあ、茶でも飲みながら聞いてくれ。お前の耳にも入ってると思うが、俺はセーラ陛下に求婚している。そこで今日の本題だ・・・アシス、その仲介に入ってくれないか?」
「仲を取り持てと?」
「そうだ。お前がセーラ陛下と懇意にしてるのは聞いている。セーラ陛下の想い人が誰なのかもな・・・。そのお前から言ってくれればセーラ陛下の重い腰も少しは軽くなるだろ?」
「・・・それはセーラに惚れてるのか?それとも地位が欲しいのか?」
「両方だ」
表情を変えず淀みなく答えるダラスにアシスは眉をひそめるが、ダラスは気にした様子もなく続ける
「正直国王という地位は惹かれる。セーラ陛下も魅力的だ。だが、真の目的はメディア国の繁栄のため!例え大陸を統一しようとも世継ぎがいないのでは誰が国民を導く?国民に希望を持たせられずに何が国王だ!今のメディア国では例え戦争に勝ったとしても未来はない!」
「それは・・・マドス大臣の指示か?」
「まさか!俺の意志だ!確かにマドス派だし大臣の意向に添わない行動は咎められる時もある。今回の件で咎められていない・・・まあ、親父と大臣で何か企んでいるのは知っているが、今のところは全て俺の意志!」
ダラスは立ち上がり両手を広げて大袈裟に熱弁する。アシスはそれを冷静に見つめ、しばらく考えた後に口を開いた
「俺はお前を知らない。知らない男をセーラに薦める気は無い。他を当たれ」
「知らぬなら知ればいい!それに俺は軍総司令官デュラスの息子!血統も申し分ないはずだ!逆に俺以外で誰がセーラ陛下と釣り合うと言うのだ!」
「血統なんかクソ喰らえだ。王という立場を考えれば好きな奴と結婚なんて無理な話ってのは理解したつもりだ。国を背負った立場で・・・国民を率いてる立場で・・・当たり前の事を当たり前のようにしただけで無責任だのワガママだの言われてしまう。だけど・・・だからと言ってセーラを犠牲にするつもりは毛頭ない。俺は護りたいものを護ると決めた。その中には命だけじゃない・・・心も・・・笑顔も含まれている!」
「心も笑顔も?・・・ククク・・・アハハハ・・・それこそ本末転倒ってやつだ!アシス!民を守る為に王が成すべき事を成すのが王の責務!王が笑い民が泣く国にしたいのか?」
「なんでお前とセーラが結婚したら民が笑うと言い切れる?」
「言ったであろう?俺ならば民に希望を持たせられる!俺とセーラ陛下が結婚すれば誰しもが祝福し、子を成せば誰しもが希望を持つだろう!メディアの未来に!他の誰でもない・・・俺ならば!」
「お前がどんなにクソ野郎でもか?」
「クソ野郎・・・くっ、そうだ!民が望むのは王の笑顔なんかではない!民が見てるのは婿になる男の人格ではない!望むのは自分らの笑顔!見てるのは婿の地位!その二つを叶えられるのは俺だけだ!」
「お前が想像してる民は随分薄っぺらいな」
「・・・お前より理解してるつもりだ・・・手を貸せ!アシス!メディアの繁栄の為に!」
「断る。お前の幻想に付き合うつもりは無い。誰かが笑う為に誰かが泣かなくてならないなら、みんなが笑える為にどうすれば良いか考える。セーラに選択の余地がないっていうなら俺が作る。それが俺の護るって事だ」
「それこそ・・・それこそ幻想だろう!?・・・どうしても手を貸さない気か?」
「どうしても・・・だ」
アシスとダラスはしばし睨み合う。しかし、突然脱力したようにダラスは座ると椅子に体を預けた
「残念だ・・・まあ、いい。俺は俺の信じた道を行く。お前とはこの件に関しては意見が食い違ったものの、国を守るって事に関しては同志のはずだ。共に国を守る立場の者同士・・・友好的でいたいと思う」
「・・・そうだな。内でいがみ合ってる場合ではない。少しでも隙を見せればデニスはそこをついてくる」
「ああ。・・・ん?茶が切れたか」
ダラスが三度手を鳴らすとメイドが部屋に入って来て三人にお茶を入れる。エーレーンはお菓子が喉に詰まっていたのか、注がれたお茶を勢いよく飲み干した
「ハハ・・・この菓子は美味いが喉に張り付くのがネックなのでな。水も用意させよう」
再びダラスが手を叩くと水を持ったメイドが現れる
「アシスは菓子はいらないのか?美味いぞ?」
「昼をたっぷり食べてきてな。茶だけで充分だ」
「そうか・・・それは良かった」
「なに?・・・おい!エーレーン!?」
ダラスの言っている意味が理解出来ずにアシスが顔を顰めると、突然エーレーンが苦しみ出す。喉を押さえ、全身を震わせてテーブルにうつ伏せた
「ダラス!お前!」
エーレーンに駆け寄り、症状を見てダラスを睨みつける。エーレーンの肩に手を触れるが、エーレーンからの反応はなく、ただ呻き声を上げるだけだった
「やれやれ・・・遅効性の麻痺毒とはいえかかるのが遅すぎだろ?これだから脳筋は・・・」
ダラスは立ち上がり指を鳴らすと食堂にある二つのドアから一斉に武装した兵士が数十人なだれ込んでくる。そして、瞬く間にアシス達二人を取り囲んだ
「麻痺毒・・・だと?」
「菓子に仕込もうか茶に仕込もうか悩んだが・・・茶にして良かった。一杯飲めば徐々に身体に染み渡り麻痺させる。安心しろ・・・その毒では死にはしない・・・毒ではな」
「てめえ・・・」
「もちろんお前の茶にも仕込んでいるぞ?効き目は個体差があるのか・・・今後の課題だな。ちなみにお前がもし手を貸すと言っていれば二杯目の茶に解毒剤を入れていた。お前が拒否してから・・・二杯目もたっぷり入れさせてもらったよ・・・麻痺毒をね」
「この!・・・くっ!」
アシスがダラスに向かって動こうとするが、倒れそうになりテーブルに手をつく。全身を震わせ、必死に倒れるのを耐えていた
「ようやく効いてきたか・・・安心しろ・・・すぐには殺さん。屋敷内で殺せば足がつくからな。四肢を切り落とし、お前の前でそこの女を散々弄んだ後に殺してやるよ」
「・・・ゲス野郎が!」
「まだ喋れるのか・・・大したもんだ。お前ら油断するな!毒が完全に効いてから拘束しろ!」
「はっ!」
距離を置き、槍を構えてアシス達を取り囲む兵士達。アシスはそれを睨みつけながら再度ダラスを見た
「これが・・・お前のやり方か?」
「そうだ。武力で適わぬのなら、知恵で勝つしかあるまい?武も知も兼ね備えた俺こそが王に相応しいと思わないか?どうだ?今から忠誠を誓うなら飼ってやらないことも無いぞ?・・・いや、飼うには凶暴過ぎるか・・・代わりにお前の補佐の女を飼ってやろう。アレは良い女だ。セーラと・・・シーラと言ったか・・・二人を侍らせてやる!お前はあの世で悔し涙でも流していろ!」
ダラスは勝ち誇りアシスを見下ろす。そして、アシスが目線を下げたのを見ると手を上げて兵士達に命令を下す準備をする
「良かった・・・麻痺毒で・・・これが死に至る毒なら後悔してもしきれなかった」
「まだ望みがあると思ってるのか!?お前はお終いだ!アシス!」
「そうでもない」
アシスは顔を上げるとまるで目に見えると錯覚するような濃密な殺気を放つ。兵士達の一部はその場にヘタリ込み、一部は持っていた武器を地面に落とした
「な・・・に?毒が効かない!?」
「効くだろうな・・・飲めば。お陰で持って来た布がビッチャビチャだよ」
アシスがテーブルの上に持っていた布を放り投げる。布はテーブルの上に落ちるとビチャッと音を立て水滴を撒き散らした
「お前・・・まさか口に含んで・・・」
「当たり前だろ?敵地で出された茶・・・しかも目の前で全員に注ぐのではなく、初めから注がれた状態で出された飲み物なんて・・・何か仕込んでますって言ってるようなもんだろ?飲まないと怪しんでるのがバレるから口に含んで布に吐き出してたのさ・・・エーレーンには目配せして伝えたつもりが伝わってなかったみたいだが・・・」
エーレーンの肩を掴んだ手から力を流し回復を即す。周囲を警戒するがまともに立っていられる者はおらず、再びダラスを見た
「メディア国内でメディアの者に命を狙われる・・・馬鹿げた話だ。まあ、お前らは俺の護る対象からは除外・・・肉の塊となったんだが、それだけならまだしも・・・セーラとシーラを侍らせるって発言で敵・・・そして、エーレーンに毒を用いて麻痺させて・・・あまつさえ・・・」
濃密な殺気は更にその濃さを増し、近くにいた兵士達がそれに飲まれて次々と倒れていく。遠く離れたダラスさえ片膝をつき額に汗を浮かべた
「ま、待て・・・待ってくれ・・・俺は国を憂いて・・・」
「国を憂いて?そんな事はどうでもいい。俺は俺の仲間に・・・護ると決めた仲間に手を出したお前を殺すだけ・・・国は関係ない」
「ころ・・・そ、そうだ!俺は今から忠誠を誓う!今後一切決して刃を・・・」
「今後って・・・お前に今後があるわけないだろ?」
アシスは不思議そうに首を傾げて跳躍する。ダラスの前のテーブルの上に着地すると、屈んでダラスの目を覗き込んだ
「安心しろ・・・すぐには殺さない・・・お前が俺にしようとしたように四肢を切り落とし、ケツから杭を差し込んでマドスとデュラスの前で掲げてやるよ・・・俺の護る者に手を出した奴の末路がどうなるかを刻み込む為にな」
突然目の前に現れた狂気の目に晒され、ダラスはその場にヘタレ込むと股間を湿らす。全身が震え、身動きが取れずにただアシスの目を見つめるしか出来なかった
その時、食堂のドアが激しい音を立てて開かれ、一人の男が姿を現す。息を切らし、肩で息をしながら食堂の状況を見回し把握した
「待ってくれ!」
「デュラス・・・てめえもか」
入って来た男・・・デュラスはすぐさまアシスの元に駆け寄る。アシスは姿勢をそのままにデュラスの動きを目で追った
「頼む!大方ダラスがお前にちょっかいを出したのであろう?しかし、ダラスは・・・」
「ちょっかい?お前は迎え入れた客に毒を盛って殺そうとする事をちょっかいって言うのか?」
「なっ!?・・・毒だと!?」
「俺に毒が効いてると思って雄弁に語ってたぞ?俺の四肢を切り落とし、そこのエーレーンを犯した後に俺を殺すとな。どっかのデニスのクズ将軍・・・いや、それ以上だ。許すわけないだろ?」
「ダラス・・・お前・・・」
「ち、違うんだ!親父!こ、コイツが俺とセーラ陛下の結婚を邪魔しようと・・・」
「邪魔?俺は手を貸すことは拒んだが、邪魔するとは言ってないぞ?この期に及んで嘘つくとは・・・お前デュラスが来たから助かると思ってないか?なんならお前と一緒に滅してやるよ?お前を律せなかった罪でな」
「ヒ・・・ヒィ!」
アシスはテーブルの上から降り、ダラスの前に立つと手を顔の前にかざした。武器も持たないただの手が、ダラスには死神の鎌にも等しく映る
「ま、待て!待ってくれ!アシス・・・いや、アシス殿!後生だ・・・矛を・・・矛を納めて欲しい!」
デュラスは勢いよく膝をつくと額を地面にぶつけるように下げた。ゴッと音がし、地面に血が滲み出てくるが、デュラスは何度も何度も頭を下げて、その度に額を地面に打ち付けた
「・・・勝手にやってろ。一度向けられた刃をもう二度と向けないと言われて安心出来ると思うか?俺は相手を見つめるだけで見通すなんて事は出来ない・・・だったら腹をカッ捌いて見るしかねえだろ?腹の中を」
「た、頼む!なんなら俺は軍総司令官・・・いや、将軍職を辞してもいい!ダラスもだ!遠く離れた場所で暮らし、一切接触しない!だから・・・頼む・・・」
「なんでお前が条件出してるんだ?俺はそんな事は望んじゃいない。コイツがこの世から消えればいい・・・簡単だろ?」
「それでも!俺はアシス殿が決めたように・・・護ると決めたように!ダラスが・・・息子が産まれた時に護ると誓った!お願いだ・・・俺から・・・ダラスを奪わないでくれ!」
勝手な事を・・・と思う気持ちと血と涙が混じったデュラスの顔を見て溜飲が下がる自分とが葛藤する。いつの間にかダラスに向けられていた手は下げられていた
しばらくデュラスとアシスは見つめ合う。そして、アシスが目を閉じ何かを考えるとおもむろに口を開いた
「さっき言った軍総司令官を辞するのは許さない。それは俺が望んでも国は・・・セーラは望まないだろう。ダラスも同じだ。だから、行動で示せ」
「!・・・なんなりと」
デュラスは安堵せず、アシスの次の言葉を待つ。その言葉がデュラスとダラスの運命を決める・・・
「セーラと結婚しろ」
「は?」
「え?」
デュラスとダラスはアシスの予想外の言葉に脳の活動を停止させ、間抜けな声で応えてしまう。数分間の沈黙の中、アシスからの説明がないまま食堂は静寂に包まれた────
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重いって言っても、重そうな素振りしても怒られるんだろうな・・・
麻痺でまだ体が動かないエーレーンをおんぶしてダラスの屋敷を出て自分の屋敷に戻っている
あの後、呆ける二人に俺の意図を説明して、屋敷を出ようとした時に、馬車を出すと申し出てきたが、丁重にお断りした。アイツらの手を借りるってのが今はありえなかった
馬車で帰れないとなれば歩くしかない・・・そうして、麻痺で動けないエーレーンをおんぶして今に至る
抱っこでも良かったが、街中を抱っこして歩くとかなり目立つ・・・いや、おんぶでも目立つが・・・抱っこよりはマシだろう。シーラをお姫様抱っこしてよく人前で歩いたもんだ・・・そう言えばリオンも抱っこしたような・・・
意識はあるが体の動かないエーレーン・・・首の前で手を交差させ、太ももを持っておんぶしているから、体が密着して背中に二つの感触が・・・これは役得なんじゃないかと思っていると・・・
「たい・・・ちょ・・・う」
「ひゃい!」
感触を楽しんでいるのがバレたと思い、声が裏返ってしまったが、どうやら違うようだ
「すま・・・ない・・・護衛・・・として・・・同行した・・・のに・・・不甲斐な・・・い」
「・・・気にするな。俺も目配せして安心しきってた部分があるし・・・」
「くや・・・しい・・・シーラなら・・・多分・・・」
首元に水滴が落ちた感触が・・・雨でも降り始めるんだろうな
「シーラでも通じない時は通じないぞ?悔やむなら繰り返さなきゃいい。失敗は成功のもとって言ってたぞ?」
「だれ・・・が?」
「偉い偉い阿吽僧が」
エーレーンは背中で少し体を震わせた。少しは笑顔を取り戻せたか?
「でも・・・うれし・・・かった」
「え?」
「たい・・・ちょうが・・・アシス・・・が、私の・・・為に・・・怒って・・・くれたの・・・が」
「・・・」
首元にある腕に少し力が入る。俺はその言葉に何も返せずに屋敷へ向けて歩き続けた。屋敷の前に般若が立っているのも知らずに────




