1章 8 ダーニにて
2時間ほど歩き一旦休憩し、再度2時間ほど歩くと村が見えてきた。傍から見るとテラスの村よりも大きく見える。初めて訪れる村だが様相はテラスと変わらない
「ふーふーふー」
イノは足は大丈夫みたいだが、体力が尽きかけてるのか息が荒い。雨は幸いまだ降ってないが、太陽は隠れ少し過ごしやすい気候に変わっていた
「もう少しだ」
流石に初めて訪れる村にお姫様抱っこで行くのはちょっと・・・そんな事を考えてると門番と思わしき人物と1人の男が話しているのが見える。腰に2本の剣をぶら下げたその男は門番に身振り手振りで何かを説明してるように見えた
「だから、『大剣』ラクスがここを通ったはずなんだ!」
「いや、ここしばらくは6人組の怪しい人らは通ったが、そんな大剣を持った人物は通ってないな。村もこの先テラスしかない・・・テラスには何も無いし行かないと思うぞ」
「レンカイでこちらに向かったと聞いたのに・・・どこへ?」
「分からんな・・・北の門番も来てないって言ってたんだろ?」
「ああ・・・おっ!」
不穏な名前が聞こえたが、無視しよう。前回のグリム達の件で学んだ・・・余計な事に首を突っ込むとろくなことが無いと。しかし、テラス方面から来た俺らを見て男は喜びの顔に変わる。見た目俺よりちょい上くらいか・・・長い黒髪を後ろで束ね顔は優しげな大きな目に不釣り合いな凛々しい眉毛。鼻も高く男前ってこういう奴の事なんだろうな
「ねえ!君達はテラスって村から来たのかい?」
なんかいきなり絡まれたぞ。無視できる状況ではないな・・・面倒臭い・・・
「ああ」
「なあ、そこに大きな剣を持った男が来なかったかい?」
「いや、来てないな」
ハッキリと嘘をついてやった。男は絶望したかのように膝から崩れ落ち、両手を地面につけた
「そんな・・・ここまで来て・・・」
よし、切り抜けたぞ。俺らはそそくさと門番の近くにより話しかける
「あ」
「は?」
スパーンと心地良い音を立て・・・俺はイノに叩かれてた・・・なぜ?
(いきなり合言葉試してどうすんの!?)
(いや、手っ取り早く・・・)
(どこまで面倒臭がり!?会話して自然の流れで確かめなさい!)
(あ・・・ああ)
小声でやり取りしてる俺らを不審な目で見る門番。どうやら彼は違うようだ。合言葉いらない気がする・・・
「んん!テラスから来たアシスとイノだ。メディアに向かってる。ダーニで1泊してから向かう予定だが、入っても?」
「あ、ああ、構わないが君らは何日か前にテラスに向かった6人?4人ほどいないみたいだが・・・」
「そうだ。4人はテラスが気に入ったみたいでしばらく滞在する。俺ら2人だけ戻る」
面倒なのでそういう事にしとこう。テラスからメディアに行く人間なんていないらしい。村は自給自足で行商の薬があれば遠出する必要がないし、お金も持っていない。行商への支払いもジジイが渡したお金で買っているらしい。ジジイが来るまでは行商は来てなかったらしいから、怪我とかしたら自力で治してたと言うから驚きだ
「そうか・・・ダーニへようこそ。問題は起こすなよ」
門番との挨拶を終え、俺らは項垂れている男を素通りし中へと入っていった。テラスとそんなに変わらないよう思えた外観とは違い、中は雑然と家が並んでたテラスと違い家が整然と並び間に店と思わしき建物もある
「買い物したいな・・・」
「テラス・・・お店ないもんね」
「ああ」
「君達・・・」
俺とイノの会話に入ってきたのは入口にいた男。あまり関わりたくないので、聞こえないふりをしようとしたその時、ガッと肩を掴まれた・・・反射的に殴りそうになるが我慢我慢
「何?」
「本当に見なかったのかい?ほら・・・布を巻いた大きな棒を持ってたとか強そうなやつとか・・・」
「見てないな」
「ぐっ・・・そうか・・・一体どこへ・・・」
「なんでそんなにラクスを?」
あまりの落ち込み具合に興味が湧いてしまった・・・イノがマントを引っ張るが聞いてしまったのは仕方ない
「?・・・倒すからに決まってるだろ?」
さも当たり前のように言うが、決まってないよな?イノに目線を送るとため息をつきながら首を振る。もしかして地雷を踏んだか・・・
「男なら・・・!剣士なら・・・!最強を目指すなら・・・!強いと言われる男に挑むのが普通だろ!?」
「お・・・おう・・・頑張れ」
やばい・・・地雷踏んだと思ったら、複数埋められてて誘爆し大惨事だわ。なんとか逃げ道を探るが村人も我関せずと無視を決め込む
「君も剣士なら分かるだろ!?」
俺の腰にある剣を指差しながら反対の手で髪をかきあげる・・・無性に殴りたい
「そ、そうだな」
最近コミュニケーション能力が著しく上がった俺だが、この未知の生物には歯が立たない。イノは黙りを決め込む・・・汚い
。どうにか煙に巻く方法を考えねば
「おお!そう言えば名乗ってなかったな!俺はリオン!剣士だ」
「アシスだ」
「・・・イノ」
「アシスは剣士ぽいな!イノは・・・ふむ、アシスはイノの護衛って事か!なるほどな!」
1人で勢い良く納得してるけど、否定する気力はなくスルーした。このグイグイ来る感じは初めてなので対処法に困る。イノが無言なのでそれに習い無言を貫こうと決めるが・・・
「なあ、アシスも強そうだな?手合わせしないか?」
「お、イノって良く見ると可愛いじゃん!2人付き合ってるの?」
「黒いマント、カッコイイじゃん!どこで買った?」
完全にロックオン状態・・・離れない。イノも明らかに顔を顰めてるが、リオンには通じないらしい。仕方ない・・・
「リオン・・・知っているか?」
「え、なになに?」
「この村の近くの森に出る獣を20匹以上倒すと獣の王、獣王が出てくるという噂・・・」
「何!?」
「未だ倒した者が居ないその獣王・・・気にならないか?」
「アシス・・・気付いていたか?」
「え?」
「俺のこの滾りを・・・鬱憤を・・・」
いや、知らんとは言えず無言で頷く
「感謝する!では!」
凄まじい勢いで走り去っていくリオンを眺め、俺は一息ついて歩き始めた
「宿探すか・・・」
「良いの?信じるとは思わなくて言葉を失ってたから突っ込めなかったけど、嘘だと分かったらまた絡んでくるわよ?」
「・・・なるべく見つからないように行動しよう」
「この小さい村で出来ると思う?」
「・・・」
テラスより大きいが首都からも離れているので人口も少ない。人探しなどあっという間だろう。聞いたら宿も1つしかないので、見つかるのも時間の問題・・・と、ポツリと水滴が落ちてきたと思ったら徐々に数が増え、本降りと変わっていく
「こりゃあ、予想以上に再会は早そうだ」
フードを被り天を憎々しげに仰ぐと、教えてもらった宿の場所まで早足で向かう。リオンへの言い訳を考える時間は短そうだ・・・
────
教えてもらった村唯一の宿は、寝るだけの部屋が6つほどあるこじんまりとした宿だった。1階に2部屋と食事をとる食堂、2階に4部屋あり、幸いと言うか当然と言うか部屋は全て空いていたので2階の2部屋を借りることにした。
ナタリーから宿は別々の部屋にしなさいと常識の時間に教えてもらったから、その通りにしたのだが、金がかかるから1部屋でも良いのに・・・置いてあるベッドもそこそこ広いから2人で寝ても大丈夫だろうに
「死にたいならそれでも良いわよ?」
イノからニッコリ笑顔と一緒にそんな言葉を頂いた。死にたくないので、部屋は別々にした。今はこれからの事を相談するのでイノの部屋にいるけど
「さて、どのルートを通るか・・・」
北東ルートのレンカイへの道を通るとメディアまで最短で行ける。北西ルートのシントだと遠回りになるらしい。が、グリムの話だと斥候が放たれているのは確実。その斥候が通るルートはレンカイルートだろうな
「リオンは良いの?」
俺が真面目に考えてるとイノが窓の外の雨を眺めながら言った。雨が降り始めて1時間位経つ。どこかで雨宿りしてるのか分からないが、まだこの宿には来てないみたいだ。まさか野宿って訳でも無さそうだが・・・
「会ったらその時考える」
俺は答えるとまたルートの問題に取り掛かる
「イノはどっちが良いと思う?」
「・・・斥候の事よね・・・会えば戦闘になるだろうけど、私はレンカイに行くのがいいと思う」
「ほう・・・なぜ?」
「余計な争いは避けたいところだけど、遠回りすることによって向こうの戦力が集中すると厳しい戦いになるわ。最短で行き時間を優先させるべきよ」
「うーん、斥候が戦ってくれたら良いけど、それはないだろ?」
「と、言うと?」
「斥候の仕事は情報を持ち帰るのが仕事だろ?危険を冒してまで挑んで来るとは思えない。俺らを見かけたらメディアに戻るるんじゃないか?」
「そうね・・・それなら尚更レンカイルートね。争いもなく時間も最短・・・悩む必要はないわ」
「でも、情報は渡る」
「え、ええ・・・でもあなた元々マントをひけらかして正面から行こうとしてなかったっけ?」
「俺も馬鹿じゃない・・・渡さなくていい情報を渡して不利になるなら、出来る限り隠し通すさ」
「・・・・・・・・・」
イノの顔が『マジかコイツ!』って聞こえる位の驚愕の表情に変わっていく。なんかイノの俺への評価って非常に低くないか!?ちょっとラクスの気持ちが分かる
「・・・冗談ではないようね。ちょっと安心したわ」
「カムイが一瞬で潰せるヤワな集団とは思ってない・・・戦ってればいずれ黒マントの噂も広まり、母親にも伝わるだろう。まずは・・・カムイを潰すのが先決だ」
「へぇー一応考えてるのね。じゃあ、シントルート?」
「それも考えた。しかし、シントルートで行くと、山を回り込む形でメディアへはかなりの遠回りらしい。西の国レグシとの国境付近を通りメディアに行くにはレンカイルートより5日ほどかかるらしい」
「ほぼ斥候と会わないルートだけど・・・5日は大きいわね」
「山を越えるルートも考えたが、メディアで1番大きい山で装備もそれなりに必要らしい。で、その装備を揃えられるのはレンカイより更にメディア寄りの街でしか無理なんだと」
「まあ、そうよね・・・ここら辺だと生活用品は売ってるけど鍛冶屋もいなければ、武具屋もない。必要ないしね」
武具屋を必要とするのは傭兵など戦闘をする者達のみ。村人が必要とする武具と言えば狩りの時に使う道具のみ。その辺は自作で充分なので需要はないわな
コンコン
不意に部屋のドアが叩かれた。食事にしては早すぎる・・・ノックの後、話しかけては来ない。ドアに近付きノックでも返してやろうかと思った時、イノが同じようにドアに近付き囁くようにドアに向かってる発した言葉は
「あ」
『うん』
聞こえた声は合言葉の答え・・・なるほど
イノはドアを開け、立っていた人物を招き入れる。雨を受けていたフードを外し、顔を見せると片膝をついた。キリッとした赤髪の女性で髪は短くしており、一見男に間違えそうだが、胸がある・・・女だ・・・イノ・・・睨むな
「お初にお目にかかります、サテスと申します。この度はご挨拶が遅れまして大変申し訳ございません」
「いや、こちらも突然だったからな。ところでもう1人は?」
「ゲイクはレンカイ側にて見張りをしております。手紙を受け取ってから、交互に不審な人物が通らないか見張っておりました」
そうか、ダーニには2人しかいないと言っていたな。つまり交代で見張りと食事、睡眠をとってる訳か
「・・・苦労かけるな」
「とんでもございません!普段遠く離れ何もお役に立てない事に心苦しく感じておりました。アシス様の少しでもお役に立てるならたとえ火の中水の中!」
火の中は死ぬと思うがまあ良いか。なんか皆俺に対して堅苦しいというか、壁を感じる。もっとこう・・・仲良く話せないもんかね
「昨日の夜から今日の昼にかけてカムイと思わしき人物は通っていません。ゲイクと交代後、テラス側の門番にアシス様らしき人物が来たことを聞きつけ、参上に至りました」
「そうか・・・やはりレンカイ側から来ると予想して?」
「レンカイとシントの分かれ道はここより15分ほど歩いた所にございます。その間遮蔽物なく、見張るのに適した場所もない為、レンカイ側の道中にある丘の上より見張っております。一応シント側も気にしてるのですが、フォローしきれずやむなくレンカイ側のみを見張っております」
1聞いたら2、3倍にして返してくれる子だな・・・年上だけど。まあ、当然レンカイ側だろうな
「後、昨日の夜に1人不審な男が通りましたが、風体がカムイとはかけ離れており、気配も消さずに堂々と歩いていたので問題ないかと」
間違えなくリオンだな・・・そう言えばあいつ何してるんだろ?
「黒髪長髪で腰に剣を2本差した?」
イノが聞くとサテスは頷く。聞けばシントに行くのにレンカイからダーニを経由して行く人は多いらしい。ただ、主に行商で一般の人はほんのひと握りらしいが。だから、行商じゃない人が通るイコール怪しいとなる
「そいつは問題ない。で、今イノとどのルートを通るか話していた所だ。何か他に情報はあるか?」
「特に。強いて上げるとすれば、シント方面への街道はこの時期おやめになった方がよろしいかと。行商もこの時期は通りません。雨季になると山崩れが起きやすく、危険を伴います。行商も通らない時期に通ると目立ち過ぎるかと」
そう言えばこの時期は雨が降りやすいな。そうか・・・平地だとそんな心配はしたことないけど色々あるんだな
「街道を山から離して作れば良かったのにな」
「はい。しかし、山沿いに街道を作った理由がありまして、東に山、西に川となっております。川は何度か増水による氾濫があり、そこから離すとなるとどうしても山沿いとなってしまったみたいです」
凄いこの人・・・単語で終わる俺とは違うな。異名は『豆知識』と心の中で呼んでおこう。見た目は男っぽいのに、インテリってギャップが凄い
「と、なるとレンカイ一択か」
「差し出がましいのですが1つ案を練っております。アシス様達に心苦しいのですが行商に扮して頂き、カムイなる者達をやり過ごすのは如何でしょうか?」
なるほど。行商が行き交う街道で行商に扮するのは名案と言うか当然か。と、なると相手も警戒してそうだが・・・
「そうね・・・わたし達がメディアに向かってる情報は相手に伝わっていない・・・なら、行商を一人づつ疑って行動するとは考えにくいわ」
「なら、決まりだな」
「ええ、サテスさんありがとう」
「いえ、お役に立てて光栄です。行商の中で特に持っている者が多い木箱の入れ物があります。こちらなのですが、背負う事が出来るように紐が括りつけてあります。どうぞ」
と、持ってきた箱をイノの前に置く。それを俺が受け取ろうとするとサテスさんから待ったが入る
「家主であるアシス様が行商如きのフリをさせてしまうのですら、畏れ多い事態。箱の中身が入っていないとはいえお持ちになって頂くなど以ての外!」
ズズイとイノの方に木箱を押し付ける・・・って言うか、この人行商如きって言ったよ。俺はそんな偉くないよ
「ア、ハイ」
片言で箱を受け取るイノ・・・今までの出来る人から残念な人への格下げの瞬間だった・・・箱はサテスさんから見えない所まで来たら受け取ろう・・・
「私はこれからイノさんに従者としての心得を教えたいと思いますので、アシス様はお部屋でおくつろぎ頂ければ!」
強引に部屋から追い出され、俺は自分の部屋へと戻ることにした。扉が閉まる瞬間のイノの顔は絶望に満ち溢れていたな・・・てか、サテスさんって昼まで見張りしてたのになんであんなに元気なの!?
夕飯の時間になり、魂の抜けたイノと食事した後、恒例の水浴びを宿屋の裏で行ってから眠りについた。イノは食事の後もサテスさんの洗脳教育・・・従者の心得のありがたいお話があるようだ。レンカイに向かう途中の愚痴が恐ろしい
朝になると村のざわめきで目が覚めた。何だろうと窓から覗いてみるが、要領を得ない為、外に出てみる。イノもほぼ同時に出てきたので一緒に出るが半歩下がった距離感が昨日の夜の恐ろしさを感じさせた
(村の者から聞きました所、近くの森の獣が大量に死んでいて村人が恐れているみたいです。ゲイクに確認しましたが、外からの者の仕業ではないみたいですが)
外に出た瞬間にサテスさんが耳打ちしてきた。どこにいたのよあなた
「あー、なるほどね・・・」
獣が大量・・・とくればアイツしかいないだろう。イノが後ろからジト目を送ってくるが、サテスさんがイノのほうを向くとピュアな目線に変わった。躾られてるな
(お調べ致しますか?)
サテスさんが続けて耳打ちしてくるが、お調べする対象の方からこちらにやって来たみたいだ
「よう、アシス!どうやら獣王ってのは俺に恐れをなしたみたいだ!出やしない」
笑顔で手を振るリオン。体中に昨日の雨と返り血を浴び恐ろしい姿をしており、、一見すると大怪我した人みたいだ。周りの人も引いている
「そりゃあ残念だったな・・・ここでは目立ちすぎるから場所を変えよう」
俺は有無も言わさずリオンの手を引き村の外まで引っ張った。イノとサテスさんは片や呆れたように、片や状況が飲み込めなくキョトンとしながらついてくる
「おいおい、この格好だと気持ち悪いから着替えたいんだが・・・」
リオンも状況を飲み込めずに話しかけてくるが無視。人目のつかない所まで・・・と、歩いていると異臭がする。獣の血の匂い・・・どんだけ狩ったんだコイツ
「いやー、どんな獣か聞き忘れたからな!とりあえず手当り次第仕留めてたら朝になっても出てきやしない!仕方なく聞きに戻るかと思ってたらすぐに会えて良かったよ」
「ありゃ嘘だ」
「え?」
「嘘だって言ったんだ。獣何匹倒そうが獣王なんて出てきやしない」
1発くらい殴られておこうかな・・・サテスさんが恐ろしいけど、事情を話せば分かってくれる・・・はず
「そっか!」
「ああ」
「で、こんな所まで何の用事だ?」
「え?」
怒るだろうなと思ってたのに、リオンは辺りを見回して何があるのか尋ねてくる。あれ?なんか噛み合ってないのか?
「俺はお前に嘘をついたんだぞ?」
「そうだな!」
「いやいや、『てめぇよくも嘘を教えやがったなー』とか『危うく殺されそうだったんだぞー』とか『服が汚れたぞ弁償しろ!』とかないの?」
「ないな!」
「ないのかよ!」
「嘘をついたのには理由があるんだろ?それにこんな事で死ぬんだったらそれまでの男だったって事だ!服は替えれば良いだけだしな!」
・・・丁寧に全て返されてしまった。器がでかいのか、器に穴が空いてるのかよく分からないな
「そうか・・・服ぐらい弁償させてくれないか?」
「いらん」
即答ですよ。取り付く島がないって彼の事ですよ
「そ、そうか・・・すまなかったな」
「謝罪もいらん・・・が、謝るのなら戦え!」
謎思考が発動しました。待て、俺が知らないだけでこれが世間一般常識なのかと、イノとサテスさんを見るが2人共に混乱中
「なぜそうなる?」
「謝るということは後ろめたいという事だ!ならば戦ってハッキリスッキリして歩が良い!己が道を!」
戦争が無くならない理由が分かりました・・・まだ見ぬ母よ
「子供が嘘をついたら?戦うのか?」
「子供と戦えるか!?バカか!」
リオンにバカ扱いされると無性に腹が立つ。ばーかばーか
「いや、子供でも戦士なら戦う!戦士・・・そう戦士だ!嘘をついた戦士とは戦わねばならぬ!」
「戦士戦士ってあのなあ・・・」
「死ね」
なぜかイノさんがキレてます。短剣が顔面目掛けて飛んでいく。すんでのところでリオンは避けるが、頬に一筋の傷がついた
「なっ!」
「子供でも戦士なら戦うだぁ!?子供なのに戦士になっている背景を考えないのか!自分でなりたくてなっている奴らばかりじゃないんだ!ふざけるな!」
涙ぐみながら、訴えるイノ。自分と重ねたか・・・子供でも戦士なら戦え・・・か
「なりたくなければ戦えばいい!環境だの状況だの運命だの使命だの・・・反吐が出る」
「何も知らないくせにぬけぬけと!」
「知らないのはお前も同じだろう?イノ!俺がなぜ最強を目指すか・・・最強を超える最強を目指すか知ってるのか!」
知らんがな・・・って突っ込んだらダメだよね?ナタリーの出張常識の時間が始まるよね?
「知らない・・・知りたくもない!」
・・・まさかの正解
このまま怒鳴りあっても埒が明かない。はあ、面倒臭いな
「なあ、2人共・・・戦士ってなんだ?」
「・・・何よいきなり・・・」
「いいから・・・戦士ってなんだ?」
「戦う人」
「戦う者だ!」
「戦わなくてはいけない子供は?」
「・・・」
「戦士だ!」
「じゃあ・・・戦いたくない子供は?」
「・・・」
「むう・・・戦士・・・ではない!ただの子供だ!」
「じゃあ、戦わなくてはいけないが、戦いたくない子供は?」
「「・・・」」
曖昧な定義の状態でお互い主張し合ってた2人。それに気付いたのか黙ってしまった。リオンの意見で言うと『戦士だがただの子供』という意味になる
「なりたくなければ戦えばいい・・・リオン、それは力のある者の台詞じゃないのか?力のない者に言うのはただ死ねと言ってるようなもんだ」
「力がないならつければいい・・・それだけの・・・」
「力をつけてる間は?言うことを聞いとけって事か?」
「それは・・・」
「確かに抗いたいなら力をつける必要な時もあると思う。お前がそうだったのかもしれない。でも、全てがそれで解決するとは限らないだろ?」
「むう・・・」
人の話を聞かないただの脳筋じゃないらしい。お互い自分の身に重ねて熱くなっただけだな。リオンもなかなかの道を歩んできてるらしい・・・俺はずいぶん平和な環境だったんだな
「偉そうに講釈たれたけど、俺はお前らの意見をまとめただけだ。第三者の立場だから冷静にな」
「・・・えらく弁が達ようになったわね・・・最初は戦いの最中に『こんばんは!』とか言ってた変人が」
「挨拶は基本だろ?」
「時と場合って言葉を覚えた方が良いわよ?」
「突然短剣を投げる人に言われたくないのだが・・・」
俺の言葉にウンウンと頷くリオン。顔を真っ赤にして抗議しようとするイノを止め、リオンに向き直る
「と、まあお互い立場も違うし、平行線の言い争いはここまでにしよう。腹減ったし」
朝飯がまだだった。そりゃあ腹も減るって話だ。だが、村に戻ろうとすると、リオンから待ったが入る
「謝罪の代わりの戦いがまだだろう?」
「その話は終わったものかと・・・」
「このままでは俺の気持ちがおさまらない・・・付き合って貰うぞ!」
そう言うと腰に吊るした剣を引き抜く。左に吊るした剣を右手で、右に吊るした剣を左手で引き抜くと1度剣を交差させたまま地面に剣先を向けた
「イノ、サテスさん・・・すぐ終わる」
体の前で両手を合わせながら2人に告げるとリオンを見定め、フッと息を吐く
「阿・・・吽」
────体中に力が巡る
「ああ・・・阿吽双龍の型!各々反対の手から力を巡らせ、体内に爆発的な力を生み出す阿家が得意とする御業!」
サテスさん・・・解説ありがとう
「ほう・・・すぐ終わる発言といい、その技といい・・・強いな・・・俺の次に・・・なっ!」
リオンは交差していた剣を離し、俺の方に向かってくる。丁度剣と剣がぶつかり合う間合いでボソッとリオンが呟いた
「剣円舞」
リオンの周りに突如現れた円形の防壁・・・違う・・・両手の剣を凄まじい勢いで振り回して出来る剣の壁!触れたら粉微塵になるであろう壁から離れるよう、後ろに飛ぶ
「早く終わらせるんじゃなかったのか!?」
リオンの挑発に無言で応えるように剣を振るう・・・が、激流の如き流れる剣の波に容易く弾き返される。弾かれた力に追従するように体を飛ばすと、リオンとの距離をとる
「まるで竜巻だな」
余裕なのか追撃して来ないリオンを警戒しつつ技の本質を探る。両手の剣を高速で振り、剣の間合いを全て覆い尽くすような技・・・弾かれた強さからただ振り回している訳でもなくて、力を込めて回してあの速度・・・阿吽で強化した俺の力が弾き返されるとは・・・
「そろそろ腹が減ってきた・・・早くしてくれよ」
剣で肩をトントン叩き俺を急かす。ああ、面倒臭いなぁ
剣先を下に向け、マントについたリングに引っ掛けると一気に引き抜く。俺の力と黒剣翔・・・合わせた力はどうかな?
「ふっ!」
息を吐き、マントに包まれ黒き剣と化した得物を手に再度リオンへと向かう。リオンはそれを待っていたかのように口の端を上げ、剣で円を描く
先程と同じく剣と剣がぶつかり合う間合いで剣を振るう・・・が、今度は円をすり抜ける
「なっ!?」
隙間のない円をすり抜けた剣は虚しく空を切り、無防備になった体をリオンの前に晒す羽目になった・・・まずい!
「その剣は・・・ちょっと嫌な感じだ」
リオンは無防備になった俺へ円を解いて切り伏せる。右手に力を込め、振り切った反動を感じながらもリオンの剣を受け止めるよう、剣を体の前に出しギリギリで受け止める
「ぐっ」
思いっきり振り切った剣の反動とリオンの一撃の衝撃で体が後ずさる。その隙をリオンは見逃さず、反対の剣での追撃・・・逃げるのは悪手か
「はっ!」
体内に巡っていた力を外に放出する。半径1メートル程に力の奔流が包み込みリオンの動きは止まった
「なんだそれは?見えない壁に弾き返されたぞ?」
片眉を上げて今の衝撃で体を痛めていないか確認してる。俺は一旦距離置き、息の上がった状態の回復に努めた
「面白い技を使う・・・」
確認が終わるとまた口の端を上げ剣を構えた。軌道を無理やり戻した右腕が悲鳴を上げている。ラクスは軽々やってみせてたのに、しかも俺の剣より重い大剣で・・・やはりあいつは化け物だ
今度はリオンから仕掛けて来た。間合いを一気に詰め、左右の剣を自在に向けてくる。強化してた力を放出した為、先程より動きが鈍る。剣を受け、躱し、受け・・・と繰り返しているが、容赦なく振るわれる剣に体は次々と傷を負っていく
「死んだらイノの護衛は代わってやるよ!」
致命傷は受けずに済んでいるがこのままではジリ貧だ。何とか距離を置きたいが、それを察してるのか息もつかせぬ連続攻撃
「「アシス(様!)」」
止めと言わんばかりの猛攻・・・そして、それが円に近づいている・・・流れで技を出して決めてくる気だ!
「阿吽」
右足に力を込め、技になる前に後方ではなく左側に飛ぶ。咄嗟の動きについてこれなかったリオンは剣速を緩め、飛んだ俺の方に向き直る
「逃げるのは達者だな」
こっちは傷だらけ、あっちは無傷。勝敗は決したかのように佇むリオン・・・
「ハア・・・強いなリオン」
「ここで止めても恥ずべき事ではない。生きていればまだ強くなれる」
んー完全に見下されてしまった。仕方ないよな・・・
「なあ、戦って死ぬのは本望か?」
「はは・・・当たり前だ!そこまでの男だったという事だ!それがどうした?」
負けるなんて1ミリも思ってない感じだな・・・やるからには全力・・・殺したくなかったが仕方ない・・・剣を狙うのはやめだ
「阿・・・吽」
再度力を込め巡らせる
「何度やっても同じ事!」
リオンは構え、準備運動のように軽く剣を振っている
「さっきの放出は咄嗟だったからあの程度の衝撃で済んだ。あの力に方向性を持たせたら?」
「なに?」
技とは言えない力の放出・・・それに方向性を持たせたれっきとした技がある・・・双龍の型派生・・・ジジイの得意技だ
「さあ・・・行こうか」
俺は真っ直ぐリオンの所まで進む。リオンは待ち構え、そして先に技を放った
「剣円舞」
見事なまでの円が描かれ、付け入る隙を与えない。円の中に入れば切り刻まれ、剣で弾きにいってもスルりと躱される。ならば・・・
「震龍裂破!」
剣を持っていない左手を円に向け、体内に巡る力を放った。放たれた力は大気を振動させ円に向かっていく
「がっ!」
目に見えない力が円とぶつかるとリオンの両腕は後方に吹き飛ばされ、無防備になった体を晒す
「さっきと逆だ・・・なぁ!」
俺が剣を振り下ろすと、弾かれた両腕を戻そうと力を込めている。ギリギリで両手の剣をクロスさせ俺の剣を受け止める・・・が
「吽!」
右手に密かに溜めていた力を解放し、リオンの剣を押し込み、剣と剣がぶつかり合っている所を視点に、体を回転させた
「死ぬなよ!」
空中で回転し踵をリオンの脳天目掛けて振り下ろす。剣を離して腕で防御すれば直撃は避けられるだろう・・・そう思っていたがリオンは剣を離さず、ゴッと鈍い音を立ててまともに食らった
「お、おい!」
踵を視点に一回転して着地しリオンに駆け寄るが、意識なく突っ立っている
「アシス様!」
サテスさんが駆け寄ってきた時、バタン!とうつ伏せに倒れるリオン。すぐさまサテスさんはリオンに近づき様子を伺った
「残念ですが・・・生きてます」
びっくりさせるなよ。殺す気ないから・・・
「止め・・・刺しますか?」
どこに持っていたのか短剣を首元に当て、俺に伺うサテスさん・・・なんだいつぞやの俺のようだ
「良い・・・朝食前の軽い運動だ」
と、血だらけで言う俺もどうなのよ
「・・・死ねば世界が少し平和になるのに・・・」
いつの間にか近くにいたイノがボソッと呟く・・・えらく嫌われたものだ
「悪い奴じゃないさ。ただ単細胞で馬鹿正直なだけだ」
俺が死んだらイノの護衛をするつもりとか言っていたし、もしかしたら、手加減してたのかも・・・悪い奴じゃないのは確かだ
「ふん・・・どうでもいい、宿に戻ろ」
もう関わりたくないのか、あっさりと引き下がり村に向かって歩き出す。俺はリオンの傍に近づき体を持ち上げた
「・・・何してるの?」
「宿に連れてく」
「放って置けばいい」
「獣に食われるぞ?」
「それが運命」
前と立場が逆だな・・・何だろう、イノの考えがよく分からないな。人の死にかなり敏感だと思ってたけど敵対するとドライになるのか?
「イノさんはアシス様を傷つけた下郎を許せないのです。私のように・・・」
コラコラ、短剣が刺さってる刺さってる
「・・・違う」
「あー、もう良いだろう!戻るぞ」
狂気なサテスさんから逃げるように村へと再度歩き出す
お姫様抱っこで────
────
「どういう事だ?」
アシス達が去った後、離れた物陰から2人の男が身を乗り出す
「お嬢とそれに黒マント・・・ありゃあ標的が持っていると聞いていたが・・・そんな2人がどうしてここに?」
「分からんな・・・グリム達の姿が見えないし・・・失敗して囚われてる感じでもないな」
フードを深く被り、見つからないように注意深く去っていくアシス達を見ながら首を傾げる
「この状況を文で伝えても混乱するだけだな・・・奴らを探るかテラスに向かうか・・・」
「時間が無い・・・下手に時間をかければ我々より先に奴らがメディアに入るやも・・・」
「だが、戻るにしても情報が少なすぎるぞ・・・せめてグリム達と標的の確認は必要だろ」
「いや、お嬢が全てを知ってる可能性が高い。戻り見たままを報告するぞ」
「そうだな・・・分かった・・・じゃあ、行きがけの駄賃でも貰って帰るか」
「本当に・・・好きだなお前は・・・」
2人はスっと消え去り、辺りは静けさを取り戻した