6章 1 凱歌の影
大きな歓声で包まれる
口々に俺らを讃える声、大量の紙吹雪が舞い俺らを出迎える
バーレンロウをセーラに引き継ぎ、ようやくフレーロウに帰って来た
カラホスがレグシ領の太守となり、セーラも一緒に帰ると思ったのだが、やはりいきなりカラホス一人に丸投げは難しく、体制が整うまではセーラも向こうに残るらしい
セーラの護衛にラクスを置いて来たし、護衛面では心配ないが・・・王不在のメディア領は大丈夫なのだろうか?
セーラの提案でレグシって名前は残す事になった。元々のメディア国内はメディア国メディア領。レグシ国だった所はメディア国レグシ領となる。それならカラホスは領主なんじゃないのかと聞いたが、街の長で領主って使ってるから、やはり複数の領地を治める者は太守となるらしい
つまりバーレンロウにはメディア国レグシ領太守のカラホスと新たに決められるバーレンロウの領主が存在する事になる・・・ややこしい。カラホスが太守と領主を兼任すれば良いと言ったら、カラホスに本気で怒られた・・・殺す気ですかと
「そんな大変なのか?・・・内政って」
フレーロウ内を走る馬車の中で独り言を呟くと、シーラとシーリスから物凄い目で見られた
「知りたいならやってみるといいわ!」
シーリスの剣幕の凄さから容易に想像出来るため、両手を振って遠慮しといた
話を続けたらまずいと感じて外を眺めると・・・あれ、宿屋のデリナスを過ぎている
「おい・・・帰ってそうそう王城で仕事かなんかか?宿屋過ぎてるぞ?」
「ハア・・・あんた本当に何も聞いてないの?陛下が言ってたでしょ!完成したって・・・」
シーリスが呆れ顔で言うが、セーラなんか言ってたっけ?マリナスの膝の上で眠るカーネスを見て、何か作ってたか考える
「完成って何が・・・あっ、まさか!」
「そう・・・私達の屋敷」
シーラがドヤ顔でふんぞり返る。そう言えば設計の時から関わってたもんな
「じゃあ今向かってるのは・・・」
「当然・・・私の屋敷」
『達』が抜けましたよ?シーラさん・・・にしても楽しみだ。とうとう俺も持ち家が・・・どうしよう、ドキドキしてきた
王城を通り過ぎ、出迎えてくれた人達もまばらになった時・・・その光景が目の前に・・・
「・・・デカすぎじゃないか?・・・」
馬車のまま屋敷の門を通り進んで行く。身を乗り出して屋敷を見ると・・・まるで王城を少し小さくした感じの豪華な屋敷が・・・石造りで全ての壁は綺麗に磨かれて、まるで鏡のように反射している。窓の様子から三階建てになってるのか?それにしても、1階と二階と思われる窓の間隔がありえない・・どんだけ一階の天井高いんだよ?
外観は白を基調にしており、中央だけ一階分高くなっておりまるびを帯びている為、中は円形の広間になってるのか?
屋根には薄い青色のタイルが貼られている。ドレスも青色を選んでたし、シーラは青が好きなのかな
ここからでは奥行までは分からないが、建ててる時に見た感じだと奥行もかなりある為、相当広い屋敷となってる
「ふあああ・・・」
設計に参加した本人が目を輝かせながら屋敷を見つめる・・・希望通りかそれ以上だったようだ
「これはアシス様、此度の遠征お疲れ様でした。ご無事で何よりです」
馬車が止まり、降りた俺達を迎えてくれたのは屋敷建設を一手に受けてくれた大臣のホートン。挨拶もそこそこに早く屋敷の中を見てもらいたいのか扉の前に立った男達に合図を送る
男達が一斉に扉を開くとそこには別世界と思えるような光景が飛び込んできた
床は外壁と同じ白い石畳
天井は見上げるほど高く火を灯したシャンデリアが煌々と部屋を照らす
壁にも等間隔にロウソク台があり、夜でも明るそうだ
まだ絵とか飾られておらず殺風景ではあるが、充分豪華な玄関となっている
そこに俺達を出迎える十数名の執事とメイド達が一斉に礼をする
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お、おう」
あまりの迫力に気圧されるも何とか手を上げて応える。執事は黒いスーツに身を包んだ白髪の老紳士が一人。メイドは黒を基調にしたヒラヒラのスカートに白いエプロンをつけている
「セーラ女王陛下よりアシス様に仕えるよう拝命されましたヨナムと申します。ご用命があればお申し付け下さい」
ヨナムがそう言うと再び全員で一斉に頭を下げる・・・練習したのか、これ?
使用人達との顔合わせも終わり、ヨナムに一通り案内してもらう・・・玄関ホールから始まって食堂、サロン、応接室が一階の主となっていた。二階はプライベートエリアとなっており、中央に俺の部屋、隣にシーラの部屋がある。西側にはシーリス、リオンの部屋があり、東側にアイリンとアーク、ジジイ、ラクスの部屋が用意されていた。俺の部屋の向かい側は風呂場になっており、かなりの広さがある。バーレンロウで入った風呂並み・・・つまり王族が入っても遜色ない程・・・やり過ぎだろ
三階は主に寝室となっていて、二階と同じような配置だ。俺の部屋の寝室とシーラの部屋の寝室が中で繋がってるのは確認した。ドアはあるものの、部屋を出ないで行き来できる・・・シーラエロい・・・じゃなくてエラい
各部屋にあるべきものはあるのだが、細々した物はこれから買わなくてはならないな。後はカーネスとマリナスの部屋も用意しないと・・・
ヨナムに急いで欲しい物だけ伝えて、すぐに用意してもらう。そして、早速食堂で昼飯でも食おうかと思いメイドに人数分の食事を頼んだ
午後からは気が重くなる・・・それでも行かなくてはならない場所へ向かう・・・その前にとりあえずの腹ごしらえだ
先程案内された食堂に皆が集う
俺、シーラ、シーリス、リオンのいつもの四人
ノイス、ロリーナ、ダルムドの三千人長三人組
グリム、ラニー、チロス、モリスのなんちゃって阿家一門の四人
それに加えて、エーレーン、ベースド、フローラ、カーネス、マリナスの五人
ホートンは俺らが感動しているのを見て満足したのか帰ってしまった為に総勢16名での食事となった
昼頃ということもあり準備してあったのか次々に出てくる食事にみんな目を輝かせていた。カーネス用に細かく切ったり食材を変えたりしている心配りが嬉しい・・・ヨムナの指示かな?
食事と飲み物が全ての者に行き渡ったのを確認すると俺は立ち上がり、グラスを上にあげる
「遠征お疲れさん」
「・・・え?」
うん?誰も手を付けずこちらを見るから何か言わなくてはと思って言ったのに・・・ダメだったか?
「アシス!なんだその軽いノリは!もっと盛り上がるような・・・あるだろうよ!?」
「確かにノイスの言う通り・・・炭酸が抜けたビールのような・・・気の抜けた苦いだけの飲み物・・・もう二つ名は「苦汁」に変更しよう」
「ロリーナそれは言い過ぎ・・・でも無いな」
三千人長共め・・・覚えてろよ?
「まあ、しょせんアシスはそんなもんよ。なんなら俺が言ってやろうか?」
「グリム如きが乾杯の挨拶?冗談じゃないわ。せっかくの食事が不味くなる」
「シーリスの気持ちは分かる。一番上の者が不甲斐ない時・・・次を任せられるのが副官の役目・・・しかと聞け」
勢い良く立ち上がるリオン・・・まさか、そんな芸当を習得していたのか!
「遠征お疲れさん!」
・・・
「勢いだけじゃねえですか!変わったの!」
「これは副官更迭事案です!てか、脳筋に副官が務まる訳ありません!」
「隊長より酷いとは・・・死ねば良いのに」
ベースドのツッコミはともかく、フローラとエーレーンがリオンに対して意外に毒舌だ
その後はグダグダと男連中は立ち上がり俺が俺がと騒ぎ立て、女連中は呆れてその光景を見てると・・・
「ちょっと・・・黙って」
シーラの鶴の一声でその場は一瞬で静まり返る
「アシス・・・真面目に」
「お、おう」
いや、最初から真面目なんだが・・・
「・・・えっと・・・まずは遠征お疲れさん・・・祝勝会とか、屋敷の完成披露宴とかは後日やるとして・・・」
ん?なぜかシーラがピクリと反応・・・何に?まあ、いいか
「その・・・湿っぽい話はしたくないが、通らなければならないと思う・・・戦争で誰も死なないなんて虫の良い話はない・・・でも、俺は今回の遠征で決めた事がある。それは護りたいものを護るって事。自分に正直に護ると決めたら全力で護る。もちろんここにいる者達も護る対象だ・・・だから、生きててくれてありがとう・・・これからもよろしく頼む」
自分でも何を言ってるか分からなくなってきた。ただ素直に今の気持ちを伝え、頭を下げた
「ただの・・・屋敷での昼食の挨拶って感じじゃないけど・・・まあいいわ。乾杯!」
シーリスが助け舟を出してくれてようやく昼飯にありつけた。持っていたグラスを掲げ全員で乾杯した後に用意された昼食を口に運ぶ
「そう言えばシーラ?あなたアシスの言葉で反応していたわね・・・披露宴のところで」
ニヤニヤしながらシーリスはシーラの顔を覗き込むと、シーラは口に入れてたものが喉に詰まったのか慌ててグラスを取り口に流し込んだ
「・・・な、何よ急に!」
「いやー、別に~」
シーリスのニヤニヤは止まらない。シーラは完成披露宴って言葉に反応してたのか。まあ、屋敷を建てるのに最初っから携わってたからな・・・完成して嬉しさも一入ってところか
「シーリス・・・シーラは屋敷の完成披露宴が嬉しいだけなのでは?ただそれだけ・・・なあ、シーラ?」
「・・・そうね。エーレーンもたまには私の屋敷に呼んであげるわね」
「私の?隊長のだろ?シーラ」
「ええ・・・だから、私のよ」
バチバチと視線をぶつけ合うシーラとエーレーン・・・シーリスが二人の顔を交互に見て眉を顰める
「ちょっ、ちょっと・・・どんな状況よ?アシス」
「アシス様!私もお聞きしたいのですが!」
「俺に聞くな・・・本人達に聞いてくれ」
シーリスとフローラの追求を避けるが・・・はあ、バーレンロウでの風呂場の一件はマジなのか・・・
女達の戦いをよそにヨナムに祝勝会と完成披露宴の手配を頼んだ。食材やらテーブルやらの準備で二日はかかるそうなので、お願いしておいた
「お集まりになられる人数はお決まりでしょうか?」
「うーん、今いるメンツに千人長を足したくらいか?あー、後はこの屋敷をお願いしてたホートンにうちのジジイとレンカにフェンくらいか?」
「かしこまりました」
「あら?外部の人は呼ばないの?将軍クラスとか・・・他の大臣なんかもあなたとお近付きになりたい人はわんさかいるわよ?」
「いや、面倒臭い。知った顔と楽しく飲み食い出来れば良い」
「呆れた・・・まあ、それもそうね。政治には関わらない方が身の為か・・・」
シーリスの言う通りデニスの猛攻を凌いだ後、面会を求める者が後を絶たなかった。ぽっと出の男が今や軍総司令官と同位になった事に興味を持ったか品定めか・・・
「でも、アシス・・・政治に明るい者を傍に置いた方がいいわ。あなたは失脚とは無縁だけど情報は多いに越したことはない・・・外も中もね」
世知辛い世の中だ。敵は外だけにしてくれ
「帰って来たらセーラに相談しとくか。それよりもここにいる連中にはあの話しても良いか?」
「・・・そうね。いずれは知れるだろうけど・・・特にグリム達は関わってくるからね」
「ん?俺ら?」
グリムが肉を頬張りながら反応する。そうだな・・・ここにいる連中だとグリム達が一番関わってくるか
「みんな食べながらでいいから聞いてくれ。メディアは今回の戦でレグシを降し、レグシの領地を得た。それによりメディアは大陸の南と西を治めることになった。領地が広がったって事は単純に土地と人が増える訳じゃなくて色々と難しい問題も抱える事になる。その中で一番俺らに関わってくるのは軍の編成。レグシ軍の兵士だった者達が全部ではないだろうがメディア軍となる。レグシ軍だけでは編成出来ない為、どうしても混成しなくてはならない」
信用してない訳では無いけど、さすがに元レグシ軍を将軍一人で率いるってのは現実的な話じゃないよな。俺だったら嫌だし・・・
「アシス・・・それは分かるが、そうなると大規模な兵士の移動が必要じゃないのか?今現在元レグシ軍はレグシ領に居るし、混成って言ったって向こうにいるメディア軍はラクス様の兵だけだぞ」
そう。ノイスの言う通りレグシ軍はかなりの数が残っている。俺らが戻ってくる時に連れて来れれば良かったが、いきなり住んでいた場所を離れろっていうのも酷な話・・・セーラはそれを無理強いしなかった
「移動はしない。そこでメディアから軍を派遣してレグシ領にて編成を行う。その為に実力、経験のある将軍が必要だ。・・・白羽の矢が立ったのは・・・リオン」
みんなが一斉にリオンを見る。リオンは気にせずマイペースで飯を食ってる・・・大物なのかアホなのか
「えっ、じゃあアシス軍を離れるんですか?」
「ああ。俺の副官だったリオンは将軍に役職を変更、それに伴いシーリスも将軍の副官としてリオンに同行する。もちろん元2番隊も一緒だ」
「となるとレグシ領にはラクス様とリオン将軍が配置され、そこからデニスを?」
「そうだな。計画ではそうなってる。後はレグシ領太守のカラホスの所に軍事関連の司令官を派遣する事になるな・・・脳筋二人だとシーリスの負担が大き過ぎる」
「当たり前よ。リオン一人ですら手を焼いてるのに・・・まっ、使えない奴が来たら苦労も二倍になりそうだけどね」
そこはセーラ次第だが・・・使える奴なんかいるのか?
「そこでシーリスから言われてるのが、グリム・・・お前ら四人の内、二人ほど連れて行くと」
グリム達は今回のレグシ軍との戦で斥候として活躍していた。一から斥候を育てるのは時間がかかるので二人欲しいと言われていた
グリム、ラニー、チロス、モリスは共に長い間行動していただけに離れるのは・・・
「ラニー、モリス・・・お前らがシーリスについていけ」
「うっす」
「へい」
あっさりしてた。ドライだな・・・まあ、元々暗殺者だからそういうのは慣れてるのか?
「助かるわ。数は向こうで増やすしかないわね・・・ラニーが隊長として向こうで四人くらい増やすわよ」
「うっす」
「まあ、その辺はおいおい決めてくれ。グリムも人が欲しければ言ってくれ・・・育てるのはお前だけどな」
「・・・なら、こちらも四人ほど・・・足が早くてスリムな奴が欲しいな。出来れば背も小さい方が良い・・・そこのお嬢ちゃんくらいが・・・」
「低くありませんし、お嬢ちゃんじゃありません!フローラって名前があります!」
「・・・だそうだ。まあ、考えておく・・・って言うか、シーラ頼む」
「はいはい・・・四人ね・・・変な事教えちゃダメよ?」
「りょーかい、お嬢」
「それと俺の副官だったリオンが離れることにより副官がいなくなった。ベースド!お前が副官な」
「ぶへっ!?・・・なっ、そんな馬鹿な!」
飲んでいたお茶を盛大にテーブルにぶちまけやがった・・・後で掃除してくれるメイドさんに謝らせよう
「知らん奴を副官にする気はない。ノイス達三千人長はやっと形になったばかりだし、エーレーンには護衛隊として動いてもらう。そうなると俺が知ってる限りではお前くらいだ」
「そんな!私は隊長ですよ?他の千人長に・・・」
「だから、知ってる奴じゃないとダメだって。補佐にフローラを付けるし、今までと変わらんだろ?」
「へ?私ですか?」
「変わりますって!だって、アシス様が居ない時・・・一万の軍勢を動かさないといけないんですよね?」
「そうなるな」
「む、無理です無理です!隊長ですらまともに・・・」
「これは命令だ。やれ」
「・・・そ、そんな・・・」
ベースドなら出来る・・・と、思う!
「リオンと同時にフェンも将軍にするらしい。デニス相手に使えない将軍をぶつけても消耗するだけだしな。守護者を軸にリオンとフェンで固めて一気に攻める・・・問題はシーリスが離れる事による脳筋率!」
「脳筋・・・率?」
「自慢じゃないが俺は考えるのが苦手だ・・・面倒臭いから。頭をフル回転させてもシーリスの足元にも及ばない!リオンなんてそれ以下だ!フェンはレンカ脳で、ラクスも然り!我が軍には知恵者が圧倒的に少ない!」
「バ、バカな!」
「・・・ハア・・・何を今更・・・」
「シーラには兵站部隊をお願いしてるし、ベースドは軍の指揮・・・俺は敵を倒して・・・誰が策を考える!?」
「あ、アシス様?軍の指揮はあくまでもアシス様不在の・・・」
ベースドが何か言ってるが、今はそれどころではない!アシス軍最大のピンチなんだ!
「隊長・・・デクノスは?」
「ん?ああ、ちょっとお使いに・・・」
「いや、じゃなくて、デクノスを参謀にしてみたら?・・・あれ結構回転早いよ?」
エーレーンが何か血迷った事を言ってる。デクノスに限ってそんな・・・
「そう言えば団長・・・悪ぃ・・・フェードが言ってたぜ。なんであんな奴を団に入れたのか聞いたら、腕はからっきしだが頭の回転が早いとかなんとか・・・もしかしたら、見たのかもしれないな・・・デクノスの事を・・・」
うそーん、マジで!?
「隊長が来る前・・・デクノスの機転で助かった事もあるし・・・あれが弱くても周りに認められてたのはそういう事があったからなんだ。なかなか鋭い事言うしね・・・たまに明後日の方向に行くけど」
うむむ・・・予想外だな・・・帰って来たら試してみるか
「とりあえずその辺は保留だな。しばらくは予定はないから、各自身体を休めてくれ。敷地内に三千人長と副官と副官補佐の泊まる場所があるから、ヨナムに案内してもらってくれ・・・一度家や宿舎に帰って荷物を運んで来るといい」
「おい、アシス!俺らは?」
「ちゃんと用意してある。でも、斥候が同じ建物だと落ち着かないだろ?覗かれたりするかも知れないし・・・」
「覗かねえよ!てか、今までも同じ宿屋だったじゃねえか!」
「グリム・・・俺は大体人の位置が分かる・・・言ってる意味・・・分かるな?」
「い、いや、盗み聞きなんてしてねえよ!ただちょっと物音がしたなーと・・・職業病みたいなもんだ!」
「うん、その職業病があるから落ち着かないんだ。小屋を用意してるからそこで寝泊まりしろ・・・いいな?」
「あ、あんまりだ・・・」
グリムとチロスが肩を落とす。いや、自業自得だからな?
こうしてみんなでの昼食会も終わり、解散した後に俺とシーラはある場所へと向かった
向かう足取りは重い・・・でも、俺が行かなくてはダメな場所・・・本来なら真っ先に向かわなければならなかった場所・・・
王城に行き、道案内を頼んでその兵士について行く。王城からしばらく歩くと庭付きの一軒家の前に辿り着いた。来たことない家・・・しかしなぜか懐かしさを感じる
案内してくれた兵士を帰して、俺がドアをノックすると一人の女性とその女性と共に少女が出て来た
女性の名前はカノン。少女の名前はレン・・・ガレスの家族だ
「なんだい?あんたら・・・」
俺らを睨みつけ、身構える。確か奥さんも傭兵をやってたって言ってたな・・・雰囲気がどこかユニスに似ている
「なんてお名前?お姉さんと一緒に遊ぼう?」
「お、おい・・・」
シーラが屈んでレンに話しかける。慌てるカノンがこちらを見るが、何かを察したのか動きを止めた。レンはモジモジしながらシーラの顔を見てか細い声で名乗る
「・・・レン」
「レンちゃんか、可愛い名前ね。どこか遊べる場所知ってる?お姉さんはお母さんと知り合いなんだ。今日はレンちゃんと遊びたくて会いに来たんだよ」
レンがカノンの顔を見上げると、カノンは目を閉じてしばらく間を置くとある方向を指さした
「あっちに遊具を無料で使える場所がある。レンが場所を知ってるからついて行けば良い。レン・・・しばらくこのお姉さんと遊んでな。いつもの場所だよ・・・分かるだろ?」
「うん!ママは?」
「ママはこの人とお話がある・・・後で行くから」
「分かった!お姉ちゃん行こう!」
レンが元気よくシーラを引っ張り家の外へ・・・それを見送った後にカノンが俺に向き直る
「・・・レグシに遠征していた軍が帰って来た・・・デュラス将軍の軍も・・・それで真っ先に来たのがガレスじゃないって事は・・・」
「ああ・・・ガレスさんは・・・亡くなった」
「・・・なぜ?」
「敵の策に嵌り軍が分断され、ガレスさんは一部の兵と共に孤立した・・・そこに大軍が押し寄せ・・・」
「そうじゃねえ!あんた・・・アシスだろ?知ってるよ・・・ガレスがいつも言っていた・・・アシスは凄い・・・アシスは強いって・・・あんたも今回の遠征に居たんだろ?確か守護者ってんだろ?なんでだよ・・・なんでガレスを守ってくれなかった!あんた凄いんだろ?強いんだろ?なんで・・・なんでだよ!?」
人目もはばからず涙を流しながらカノンは訴える・・・俺の胸を叩きながら何度も何度も訴えた・・・なぜ助けてくれなかったと・・・
ひとしきり泣き終えた後、カノンは涙を拭うと俺に突然頭を下げた
「すまねえ!みっともない真似をした!」
「え?」
「ガレスが立派に戦って死んだのに・・・それに泥を塗るような・・・くそっ、情けねえ!」
「いや、護れなかったのは事実・・・申し訳ない・・・」
「・・・ガレスは守られる程弱くはないさ・・・で、それを伝えに?」
「これを・・・」
ガレスが大事そうに首から下げていた御守り・・・娘から貰ったと笑顔で語っていた・・・
ガレスの血で赤く染った御守りを震える手で受け取るとカノンは膝から崩れ落ち、今度は静かに涙する
「馬鹿だね・・・後生大事に戦場に持って行って・・・実の娘が作った物でもないのに・・・」
「え?今なんて・・・」
「レンはね・・・レンは────」
ガレスとカノンの出会いは二人が傭兵の時
その頃、メディアの傭兵団は数が少なく、複数のソロの傭兵を寄せ集める事も少なくなかった
『鋼の剣』を率いる前のガレスと一緒の依頼をする事になったカノン・・・だが、出会いはただそれだけ・・・特に何かある訳でもなく依頼が終われば解散しただけ
その後、ガレスは依頼をこなして黒の称号となり、傭兵団『鋼の剣』を結成する
その時もカノンはソロでの活動を続けていた
ある時、カノンは護衛の依頼を受けた。他の傭兵達と共にフレーロウからメイカートに向かう商人の護衛をし、無事にメイカートに送り届けた後、フレーロウに戻る途中で・・・カノンは襲われた・・・共に護衛をした傭兵達に・・・
そいつらには黒い噂があったのは知っていた。共に行った傭兵が戻って来なくなる事が多々あったからだ
そいつらは護衛の任務が終わると、分け前を増やす為にソロで活動する傭兵を殺していたのだ
カノンは気絶させられ、人気のない森に連れ去られ・・・事が終わり、殺されそうになった時に助けてくれたのがガレス率いる『鋼の剣』
ちょうど『鋼の剣』が森の獣の駆除依頼を受けており、たまたまカノンが襲われている現場に遭遇した
もう殺されてもいいと思っていたカノンは助けてもらった礼も言わずに捕まった傭兵達を見ていたらガレスが自分のマントを外しカノンにかけた・・・それでも反応しないカノンに優しく微笑み、一言
「もう大丈夫だ、カノン」
その言葉を聞いた瞬間に泣き崩れ、ガレスに抱きついた
それから毎日ガレスはカノンの家に様子を見に来た
雨の日も風の日も・・・
ようやく元気を取り戻してきたカノンに最悪な事態が訪れる
────子を宿している────
カノンは襲ってきた男達の顔を思い出してしまう・・・こびりついて離れない下卑た顔・・・顔・・・顔・・・
あいつらの子を宿している・・・宿してしまった・・・
気が狂いそうになり自らの命を絶とうとした時、ガレスに止められた
「何しやがる!なんなんだよ、お前は!私が命を捨てようが何しようがお前に関係ねえだろ!」
言いながら自分の心がどす黒く汚れていくのが分かる。ガレスがいなければとっくに死んでいた。あそこで助かったとしても命を絶っていた。だが、あそこで死んでいれば、死ななくてもその後命を絶っていれば知ることはなかった・・・子を宿している事に・・・理不尽な苛立ちをガレスにぶつける。本当はガレスに感謝している・・・感謝しても感謝しきれない程に・・・でも・・・愛する者の子ではなく、あいつらの子を宿している現実が全てを狂わせた
「今度は救わせてくれ!」
ガレスのその言葉で全てを理解する。ガレスは・・・コイツは私に優しくしていたのは私が好きとかそういう事じゃない・・・ただ罪の意識で優しくしていたのだと
ガレスが罪の意識を感じる必要などない・・・自分が油断した事による自業自得・・・なのにガレスは・・・コイツは────
「どうしようもない怒りが込み上げてきてね・・・ガレスは私に惚れている・・・だから、優しくするんだって勝手に思い込んで、違うと分かったら・・・馬鹿な女だよ・・・私は」
御守りをギュッと握りしめ自嘲気味に笑うカノン。視線を上げて俺を見つめた
「最悪な馴れ初めだ・・・最低の傭兵共に犯され、そいつらの子を宿した女と必要のない罪の意識に苛まれ、その女に優しく接する男の・・・最悪の物語・・・」
「最悪の・・・物語・・・」
「だってそうだろ?こっちは同情されて一緒にいられるんだ・・・腹が立って仕方なかった。でも、考え方を変えた・・・お人好しのガレスをこき使って楽してやろう・・・子供を産んで面倒臭くなったらガレスに押し付けて逃げてやろう・・・ってね。いずれ化けの皮が剥がれる・・・その時は私を殺してもらおう・・・そう考えるようになった。それからは散々こき使ってやってさ。私はまったく動かなかったね・・・料理洗濯掃除・・・全てガレスにやらせて・・・それでも文句一つ言わずに笑顔でやりやがる・・・で、遂に子供が産まれた・・・その時のガレスの顔は今でも忘れない・・・泣いてるんだぜ?あいつ・・・自分の子でもなんでもないのに・・・」
乾いた涙の跡に再び涙が伝う。カノンはその時を思い出すように空を見上げた
「しかも『ありがとう』とか訳の分からない事言いやがるし・・・それで初めて私も子供の・・・レンの顔を見た・・・ありえない・・・ありえない話だけどよ・・・私とガレスに似てる気がしたんだ・・・」
カノンは立ち上がると膝についた土を手で払い、涙を拭いこちらを見た
「なんだろうな・・・ガレスは罪滅ぼしで私に付き合い、私はその気持ちを利用した歪な関係を・・・レンが正してくれたような・・・綺麗事だけどそう感じた・・・感じるようになった。ガレスも同じなのか・・・今では分からないけど、私に結婚を申し込んできやがった・・・最初は『決闘しよう』って言うからとうとう殺されるかと思ったよ・・・ガチガチになって緊張して・・・顔を真っ赤にしてるガレスを見て・・・私はこの人にいつの間にか惚れてる事に気付いた・・・」
カノンが家の中に入り俺に手招きをする。俺は誘われるがまま中に入ると前にギルドで会った時のフルプレートの鎧が飾られていた
「結婚してからガレスは恐れるようになった・・・傷付いて死んで・・・私達二人を残すことに・・・それでこの鎧に身を包むようになり・・・ガレスは弱くなった・・・臆病になっちまった・・・他の傭兵団が台頭してきて『鋼の剣』は衰退していく最中・・・戦争が始まりガレスはフレーロウ唯一の黒の称号の持ち主として将軍となり・・・ある話を聞いた時からガレスの顔付きが変わっちまった・・・」
「もしかして・・・」
「そう・・・レグシにいる『水晶』セリーヌがレグシの将軍となったって話が舞い込んできた。ガレスの師匠であるセリーヌ・・・私も何度かガレスから話は聞いていた・・・詮索はしなかったが・・・話してる時の目を見りゃ分かる・・・鎧を脱ぎ、剣技を磨くガレスはふとした時に見る方角は決まってレグシの方だった・・・」
いくつもの傷がある鎧・・・その傷をカノンは撫でると優しく微笑む
「それでも・・・ガレスは私達の所に帰って来てくれる・・・優しい笑顔をまた私達に向けてくれる・・・そう信じて送り出して・・・いや、すまない・・・あんたは悪くない・・・こうしてコレを届けてくれただけで・・・最後に聞いていいかい?ガレスはどこで?」
「レグシ領にあるサレンジって街の手前の街道・・・」
「そうかい・・・そしたら戦争が終わってこの子が大きくなったらレンと三人で行こうかね・・・」
「この子って・・・まさか・・・」
お腹をさすりながら言うカレンのお腹を見ると・・・少しばかり膨らんでいた
「・・・ガレスは気付いてなかったね・・・気付いてたら・・・いや、やめておこう。あんた・・・さっきの子は彼女かい?」
さっきの子・・・シーラの事か
「あ、ああ」
「大事にしな・・・置いて逝くなよ・・・。それとあんたにお願いがある・・・」
「お願い?」
「レンとこの子が・・・安全に笑って・・・ガレスに・・・父親に会いに行けるような世界に・・・しておくれ」
「・・・引き受けた」
俺の答えを聞いて、カノンは寂しそうに遠くを見つめて微笑んだ。その方角はもちろんレグシ領・・・ガレスの眠る場所
シーラを迎えに行き、レンをカノンの元に届けて二人で屋敷に向けて歩き出す。夕日が街を真っ赤に染め、少しづつ街を歩く人も減ってきていた
「カノンさん・・・妊娠してたね」
「気付いてたのか?」
「当たり前でしょ・・・私達を見た時に警戒したのか手を庇うようにレンちゃんとお腹の前に出してたし・・・」
「そっか・・・言われるまで気付かなかったよ」
思い返してみるとそうだったかも
「レンちゃん、素直で可愛かったなー・・・私もあんな子が・・・あっ、な、なんでもない!」
慌てて言い繕うシーラ・・・これは・・・この流れは・・・
「なるほど・・・子供が欲しいと」
「言ってない!てか、その前にする事があるでしょ!」
?する事?子供が欲しい・・・子作り・・・その前?
「あーもう!・・・ほら、その・・・もういい!」
ん?なんだ・・・ああ、今日シーラが俺の言葉で反応したのはそれか・・・なるほどね。もしかして、エーレーンの存在が焦らせてるのか?
「シーラ!」
「え?・・・は、はい!」
俺が突然シーラを呼び止める。シーラは一瞬戸惑うが、俺の真剣な顔を見て急に背筋を伸ばす
二人は立ち止まり、夕日をバックに見つめ合い、そして・・・
「決闘しよう」
「・・・その勝負・・・受けて立つ」
俺の言葉を理解出来なかったのか一瞬止まるが、理解した後にジト目で睨みナイフを構える
刺される前に逃げながら、心の中でシーラに謝った
戦争を終わらせるまで・・・ファラスを・・・フェードを倒すまで待ってくれと・・・その後に必ず────




