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5章 幕間 ラクス

「これが最後よ?」


「ああ・・・負けたら殺してくれても構わない!だが、俺が勝ったら・・・」


────


親父と旅をしていて思った事がある


くだらない


武者修行の旅だと雑魚を蹴散らして行くのにも飽きた


親父もそれを見抜いたのか、好きにしろと言ってきたが、条件を付けてきやがった


『十』の一人になれ


群れて喜ぶ趣味はねえと突っぱねるが、それならば共に武者修行を続けるぞと言われて渋々『十』の一人になった


一年に一回定例会合だの『十』同士の私闘は禁止だのくだらない決まり事をする仲良し集団に吐き気がした


何故かお目付け役としてアムスって爺さんが俺を方々に連れ回す


どうやら親父に余計な事を吹き込まれたらしい


それから各地を周り、デニスで国王と会ってる時にやらかしちまった


喧嘩を売ってきた棍使いをぶちのめしたのは良いが、調子に乗って国王にまで剣を向けてしまう


いや、殺すつもりはなかったんだが、「若いな」とか知った気な口をきくから思わず・・・


たっぷり殺気を込めた俺の剣先に怯える国王・・・すると見る見る内に老けてきちまった・・・その国王が


慌ててアムスの爺さんが近寄って何かすると、老いは止まるが・・・最初は何かの冗談と思った


しばらくアムスは国王の元から離れられないと言い、俺にメディアに戻れと言ってきた


勝手にビビって勝手に老けた国王の事なんかどうでもよかったし、メディアに戻ってもつまらないと思い、俺より後に『十』になった奴の元に向かう事にした


レグシ国の担当・・・確かセリーヌとか言ったな


デニスから出た足で直接レグシに向かうと、簡単にセリーヌを見つける事が出来た


軽く挨拶がてらに遊んでやろうと思ったが、私闘は禁止とか言って、そいつの弟子と戦う羽目に


軽く捻ってやった時、怯えるそいつの顔を見てやる気が失せた


くだらねえ・・・何が『十』だ


メディアに戻ってナキスに『十』を抜けると言いに行こうと向かってる最中に一人の女に話しかけられる


何でもアムスの爺さんを探しているらしい


そこそこ出来る事を見抜いた俺は暇潰しになると思いこう言った


「俺に勝ったら教えてやるよ」


女にそう言って、問答無用に挑むも結果は惨敗


親父以外で初めて負けた


女は不思議な技を使う


決まったと思った一撃を腕で受け止め、見た目からは考えられない位の重い一撃を俺に与えてきた


吹っ飛び気絶した俺が目を覚ますまで横にいて、目が覚めた途端にアムスの爺さんの居場所を聞いてくる


まるで俺に興味がないように


俺は負けた悔しさよりも、興味を持たれなかった悔しさを感じている事に驚いた


そして、この女────アイリンに興味を持った


アムスの爺さんの場所は教えるのではなく案内すると申し出て、アイリンと共に行動する事に成功する


旅の途中、何度か手合わせをするが一向に勝てない。その理由を恥を忍んで聞くと返ってきた答えは


「私を殺そうとしてる奴に教えると思ってんの?馬鹿なの?」


と、辛辣な答えが返ってきた


「殺す気はない!ただアイリンに勝ちたいから・・・」


「はあ?あのね・・・殺気って言うのは殺す気って意味なの。殺気を込めまくった奴に殺す気はないって言われて信用できると思ってんの?アホなの?」


殺気?・・・そうなのか?俺は殺気を込めまくってるのか?


「いい?本当に相手を殺す気がないなら、相手を思いやりなさい。殺気を込めずに剣を相手に振れるようになりなさい。出来るようになったら教えてあげるわ」


その言葉を聞き、俺はしばらく立ち合うのをやめて考える


何日も何日も・・・


相手を思いやる?剣を向けるのに?殺すか殺されるか・・・それが勝負だろ?


自問自答を繰り返していると更にアイリンから助言を受ける


「あんたは自分を押し付けているだけ。剣を振るから死んでくれ・・・ってね。手合わせ、試合、殺し合い・・・全部の言葉に入る『合』。この言葉は一人じゃ完成しないって意味よ。相手がいてこそ成立するのに、あんたは相手の事を考えずに力任せに剣を振るう。力の差があればそれで通じるけど、同レベルの相手には通じないわ」


言ってる事は分かる。でも、相手を思いやるってのが分からない・・・


まずは目の前のアイリンを思いやってみる


・・・分からん


「ハア・・・あんたはね、濁ってるの。あんたは殺した相手の顔を覚えてる?覚えてないでしょ?それはあんたが濁った心で相手を見てるから。あんたはただ目の前にいる人を殺すって思い、それを実行するだけ。それにより心のタガが外れて力は増してるけど、単純な攻撃しか出来ない。それは剣技ではなく、ただ殺意をぶつけているだけ・・・そんな攻撃喰らうわけないでしょ」


俺が濁ってる?殺意をぶつけているだけ?


「あんたは私を殺したいの?」


・・・殺したくない


「じゃあ、なんで私に剣を振るの?」


なんで?・・・最初は暇潰し・・・ただ強そうだったから


じゃあ、今は?・・・認めて・・・欲しいから?興味を持って欲しいから?


「あんたは今まで剣を振るう時、殺意しか込めていなかった。それは相手を見ていないから。見えていないから。まず相手を見なさい。相手を見て顔が見えてきたら相手の事を考えなさい。それは殺意をぶつけるより遥かに難しい・・・でも、それが出来たらあんたの幅は無限に広がるわ」


俺は言われた通りにアイリンをじっと見た。毅然とした態度でこちらを見返してくるアイリン・・・神々しさまで感じる・・・でも、顔が見えない・・・モヤがかかっているような・・・これが濁ってるって事か?


「自分で出してるのよ?濁りは。あんたは恐らく優しい・・・だから相手を見るのをやめてしまった。見たら殺せなくなるから。そして、弱い・・・見た後でもし殺してしまっても相手の人生が背負えないと思っているから。相手から逃げるな!相手を乗り越えろ!もし倒したら背負って生きていけ!それが出来ないなら剣を置け!・・・分かった?」


俺が優しい?俺は弱い?・・・俺を見て皆は言う・・・『悪魔』と・・・容赦なく相手を殺し、抵抗を止めた者すら手にかけてきた・・・命乞いをしようが・・・


あれ?相手はどんな顔をしていた?やめてくれと叫ぶ時、助けてくれとすがる時、どんな顔をしていた?・・・思い出せない・・・


数日後、デニスの首都キャメルスロウにもうすぐ到着という時、野盗に襲われた


もちろん俺とアイリンの敵ではない


十名いた野盗は瞬く間に残り一人となり命乞いをする


関係ない・・・コイツらは命乞いをしてきた相手を殺してきたはずだ。なぜお前の命乞いを聞かなければならない?


「俺には・・・妻と産まれたばかりの子供がいるんだ!どうしても・・・生活が苦しくて!」


関係ない・・・それで他人の物を、命を奪っていい事にはならない


「勝手な言い草ね。それであなたのやってる事が許されると思って?あなたの行いがどれだけの人を不幸にしてきたのか・・・分かってるの?」


もういいだろ?アイリン。こんな奴の言葉を聞く価値などない。さっさと・・・


「俺達は殺しはしていない!最低限の物は残してるし・・・」


「あなた達が奪った物のせいで例え街に戻れたとしても、死に近い状態になる事だってあるのよ。そんな事も分からずに殺しはやってないなんて・・・よく言えたわね」


「ううっ・・・お願いだ・・・帰りを待ってるんだ・・・腹を空かせて・・・」


関係ない・・・情けない奴だ。涙を流して鼻水を垂らして・・・必死になって懇願する顔は滑稽にも思えた


チラリとアイリンがこちらを見ると、俺にトドメを刺すよう横にズレた


俺は男の前に出て、剣の柄を握る・・・


重い


いつもの数倍の重さを感じる


慌てて振り返るも、剣はいつも通り・・・もちろん大剣故に重さは普通の剣より数倍重い・・・しかし、いつもなら重さなど感じなかった・・・


不思議に思っているとアイリンが男を指差す・・・男が何かしたのか?そう思って改めて男の()を見る・・・顔?・・・必死になって命乞いをする男・・・その顔がはっきりと見える


「何してるの?早くトドメを刺しなさいよ」


アイリンに急かされ、一歩踏み出すも足も重い・・・まるで沼地を歩くような感じで硬い地面がまとわりつく


「ヒィ・・・ヒィィ!」


男は股間を湿らせながら、這って逃げようとする。早くしなければ逃げられる


「早くしなさい!逃げられるわよ」


分かっている!だが、足が・・・剣が・・・


そうこうしている内に、男は俺から逃れる事に成功する


アイリンも追う気配もなく、野盗を一人逃してしまった俺は地面に膝をつく


「情けないわね・・・あんなちっぽけな奴すら背負えないの?アイツがもし清貧を貫いていたなら私にも背負えない。でも、アイツは罪を犯し、私達でなければな今頃奪った物を傍らに酒を浴びていたかも知れない・・・そんな奴を背負えなかったのよ、あんたは」


背負う?なぜ背負う必要がある?アイツは俺らを襲って来た・・・それを撃退するだけ・・・


「襲われたらやり返す・・・それは自分の身を守る為、誰かを守る為。相手の命を気にしてたら、こちらが殺られかねないわ。でも、相手が武器を捨て、命乞いをしてきた時、あんたは判断しなくてはならない。殺すか生かすか。今までのあんたはその判断を放棄してきた。だから、相手を背負わずに済んできた。背負う事を拒否してきたのよ」


だから背負う必要など・・・


「相手の事情を知らずにただ殺すだけ・・・楽よね。何も考えず悩まなくて済むわ。背負わなくて良いと考えてない?馬鹿ね・・・背負いたくて背負ってるんじゃない・・・勝手に心にのしかかって来るのよ。相手の人生が・・・相手の無念が・・・でも、それから逃げる事は出来ない・・・あんたみたいに相手を見ないで殺さない限りね」


だったらアイリンだって同じように・・・


「冗談じゃない・・・私は無差別殺人鬼になるつもりはないわ」


無差別・・・殺人鬼?


「あんた・・・本当に今までで殺して来た相手が、殺される程の事をしてきたって言い張れる?無実の奴はいなかった?殺されないでも良かった奴は?相手の事情なんざ知ったこっちゃない・・・それは考える事を放棄した殺人鬼のやる事よ・・・多人数に囲まれて、相手の事を見ている余裕がないならいざ知らず、余裕がある時にすら・・・いや、知り合いと立ち合う時ですら見ることをしないなんて・・・だから聞いたのよ。私を殺したいのかってね」


俺は・・・


「逃げてったあの男を前にして剣が重かったでしょ?足が重かったでしょ?それはね、相手の言葉を聞いてあなたが悩んだから。同情していたから・・・嘘かもしれない、でも、本当だったら・・・と見た事も無い妻と子供を想像してしまった。腹を空かせて男の帰りを待つ妻と子をね。理性が働いた事によりあなたは動けなくなった。重く感じた」


俺は・・・


「相手が泣きながら・・・心の中では舌を出してるかもと考えながら悩み決断する・・・悔いのないように・・・ってまあ、そこまで深く考える必要はないけどね。ただ背負えるか背負えないか・・・背負えなくなった時、あんたの心は潰れる・・・でも、今のままでは子供が無我夢中で木の棒を振り回しているのと一緒よ」


俺は・・・


「ハア・・・良いわ。剣を取りなさい。少なからず一緒に旅してきた仲・・・それでもあんたは私を躊躇なく殺す事が出来る?」


アイリンが不敵な笑みを浮かべて俺の剣を指さした。俺は剣を取らずにアイリンを見る・・・顔がはっきりと見える・・・気高くて美しい顔が・・・


剣を手に取り、構えようとしたが・・・もし、俺が勝ったとしたら彼女はどうなる?ただの肉片に?ダメだ・・・そんなのは・・・


「あんたは今のままでも充分強い・・・雑魚相手にはね。でも人が理性をなくし攻撃してきたって、それはただの獣よ。どうにでもなるわ・・・前の時みたいにねじ伏せてあげるからかかって来なさい」


剣が重い・・・さっきとは比べ物にならないくらい・・・持ち上げるどころか触れていることすら・・・


「どうしたの?まさか感情を殺さなければ剣すら持てないの?構えなさい!あんたがいずれ肉親・・・もしくは友や惚れた相手が目の前に立ちはだかった時、今以上の苦しみを味わう事になる。たかだか数日共にした人にそんな状況だったらあんたはいずれ剣を振れなくなるわよ」


今まで相手を見てこなかった反動?いや、違う・・・確かにさっきの男に対して剣が重く感じたし、足も進まなくなった・・・でも、今のこれは・・・


「どうやら俺はアイリン・・・お前に惚れたらしい」


「・・・はあ?」


「こう・・・お前を目の前にしていると・・・胸がいっぱいになる・・・お前の全てが欲しいと・・・」


「ラクス・・・って、この童貞野郎!それは愛情じゃなくて欲情!一緒に旅をしていて溜まってきたから丁度いい所にいた女にぶつけたくなっただけ!言っとくけどねぇ・・・私は二児の母!しかも、二人とも相手が違うっていうおまけ付き!安く見られるのもムカつくけど、童貞が夢見て惚れたとか抜かしてんじゃないよ!」


「構わん!三人目だろうが何人目だろうが、俺が最後の男となる!」


「・・・ねえ?馬鹿にしてるの?一時の快楽の為に私を乏して楽しい?」


・・・鬼がいる。人を散々殺人鬼呼ばわりしたくせに・・・アイリンの方がよっぽど・・・


「待て!待ってくれ!今の俺ではアイリンに対して剣すら持てない!だが、いずれ・・・いや、すぐにでも克服して俺はお前に勝つ!そしたら・・・」


「そう・・・まだ言うのね・・・素直に謝れば半殺しで済ませた所を・・・」




・・・どれだけやられただろうか・・・気付くと地面に大の字で倒れていた


体は動かない・・・そこら中が悲鳴を上げている


しかし、骨は折れていない・・・これならもう少し待てば回復・・・


「しぶとさは一流ね。私に対して剣を振るわなかった事も評価するわ。そっちが攻撃して来ないから、あんたの力が利用できなくて疲れたじゃない・・・拳も痛いし・・・だから・・・」


「ま・・・て・・・アイ・・・リン」


「おやすみなさい・・・ラクス」


目の前にアイリンの足の裏が見えて再び意識を失う




再び目が覚めるとさっきと同じ場所・・・まさか死ぬまで繰り返されるのかと思った矢先に薪のパチパチと燃える音が聞こえてきた


体が動かない為、頭だけを起こして音の方向を見ると炎に照らされたアイリンが居た


「今度は焼いてみようと思うのだけど・・・焼き加減はどうする?」


俺が見ているのに気付いてそんな質問をしてきた・・・さすがに焼かれて無事でいられるはずもなく、痛みを無視して首を振った


「・・・冗談よ。馬鹿みたい・・・あんたみたいな若造にキレた私がね・・・目が覚めたでしょ?」


「お・・・れは・・・」


喉が焼けるように痛い・・・上手く喋れない俺にアイリンはため息をつくと立ち上がり俺の頭の下に膝を滑り込ませると水を飲ませてくれた


「俺は・・・諦めない」


「まだ言ってるの?今なら苦もなく首を落とせるんだけど?」


しばらく俺とアイリンは見つめ合う・・・距離は今までで一番近い・・・言われている事は甘い言葉とは正反対の言葉だが、胸がドキドキする・・・


「ハア・・・いいわ。いずれ一時の感情だって事に気付くでしょ。今は見逃してあげる」


アイリンは言うと一気に膝を抜き、俺の頭はそのまま地面に・・・痛さよりもこのまま引き下がってはならないという思いが先走る


「俺が勝ったら・・・抱いてくれ」


「・・・あんた・・・フ・・・フフフ・・・それが男の台詞?しかも、地面に大の字で寝そべって・・・今の台詞はムカつかなかったわ・・・アムスの場所を言いなさい」


俺は素直に話した・・・恐らくここまで来れば大方見当はついていたのだろう・・・あっさりと頷いて去って行く。俺は動かない体を休めようと力を抜き、眠りについた


アイリンが起こしてくれた火が獣を寄せ付けなかったのか、無事?に眠りから覚めると体の状態を確認する


何とか動く事を確認すると剣を拾いアイリンの後を追う


アイリンの仕業か分からないが乗ってきた馬はいなかった・・・仕方なく歩いてキャメルスロウを目指している最中、俺はずっとアイリンに言われた言葉を思い返していた


自分でも薄々気付いていた。何をしても乾いた心は潤わず、ただイタズラに人を傷つけていた


アイリンに指摘されるまで認めようとしなかっただけ・・・俺は弱い・・・力も心も・・・


歩いてキャメルスロウに辿り着いた時にはアイリンはもう居なかった


アムスの爺さんはデニス国国王のサトスの治療に追われている・・・なんでもロウ家には不思議な力があり、ある一定の年齢に達すると見た目が変わらなくなるらしい・・・ロウ家でも人によって差があるらしいが・・・


しかし、その不思議な力もある事が起きると一気に実年齢へと加速して老けてしまう・・・それが死の恐怖だったり、病気になったりと様々であり、条件は特定されていないのだが・・・


サトスは三十代後半くらいに見えていた・・・しかし、俺の殺気に当てられて、一気に老化が進行・・・それをアムスの爺さんが力を流して抑えているのだとか・・・


俺は二人に頭を下げて謝罪した


許されるはずはないと思っていたが、サトスは実年齢に近付いただけと笑って言ってくれた


アムスの爺さんは俺が謝った事にひどく驚いていた・・・確かに数日前の俺ならありえないかな


しばらくキャメルスロウに滞在し、アムスの爺さんと共に過ごし話をした。色々と教わり、アイリンの話も沢山聞いた


サトスが安定した為にアムスの爺さんはアイリンに頼まれていた事をしにメディアに戻る事になった・・・俺もついて行こうとしたが、私用だと断られ、代わりにある場所を教えてもらう・・・アイリンの居場所だ


どうやらアイリンから話を聞いていたらしい・・・もしかして味方してくれてるのか?


義父さん!・・・と言ったら物凄く怒られたが・・・


アイリンの居場所まで数日かかる・・・それまでの間必死に鍛える・・・今までで敵を殺す為に振っていた剣を、殺す為ではなく愛する人を得る為に


辿り着いた時には盛大なため息をつかれたが、顔は険しくない・・・嫌われてはないようだ


「お金をあげるから娼館にでも行って来なさい。そうすれば落ち着くでしょ?」


「俺にチャンスをくれ!」


アイリンに勝負を引き受ける義理はない・・・ここで帰されたらもう終わりだろう・・・だが、少しでも・・・俺に・・・


頭を下げて懇願する・・・アイリンの顔は見れない・・・今どんな顔をしているのだろうか・・・困り果ててる?呆れ果ててる?・・・チラリと顔を上げて顔を見ると・・・


「これが最後よ?」


「ああ・・・負けたら殺してくれても構わない!だが、俺が勝ったら・・・」


困っても呆れてもいなかった・・・少し呆れてはいたが、それでも微かに・・・ほんの微かに笑っているように見えた!


剣が軽い・・・殺気は放っていない・・・顔も見えてる・・・そうか・・・嬉しくても力は溢れ出るのか・・・


「気持ち悪いわね・・・何ニヤけてるのよ」


そういうアイリンも少し笑っている


そうか・・・これが立ち合い・・・殺し合いではなく、腕を競い合うこと・・・


「来なさい・・・倍にして返してあげる」


アイリンが呼んでいる・・・愛しい人が!俺はその呼び声に応じて一気に駆け寄った────



結果は俺が辛くも勝利した・・・劣勢から何となく振り下ろした攻撃が予想外の効果を生み、アイリンが怯んだ隙に詰め寄り剣を首元に突き付ける


「参ったわ・・・ったく、童貞の執念ここに極まりって感じね」


勝てた喜びよりも認められた気がして嬉しかった


その晩、アイリンは俺に手料理を振舞ってくれて・・・俺を受け入れてくれた────



数ヶ月共に過ごしたある日、アイリンは俺の子が宿った事を告げる


俺は嬉しさのあまりにはしゃいだが、アイリンは悲しげな顔をしていたのがひどく印象的だった


次の日、アイリンは忽然と姿を消す・・・部屋に黒いマントと手紙だけを残して・・・


手紙にはこう記されていた


『ラクスへ


前にも言ったように私には二人の子がいる


一人目の子はある事情で養子に


二人目の子は父であるアムスに育ててもらっている


理由はまだ話せないけど、私にはやる事がある


三人目の子・・・あなたとの子は私が責任を持って育てるわ


あなたはまだ若い


まだまだ強くなれる


私は私の道を行く


あなたも自分の道に戻りなさい


一つだけお願いがあるの


このマントをアムスの元へ届けて欲しい


場所はメディアの最南端にある村


そこでアムスは私の二人目の子────アシスを育ててる


アシスはいずれ大いなる困難に立ち向かう事になる


もし暇があったら稽古でもつけてあげてね


急で勝手なお願いとは分かってる


それでも私は止まる事は出来ない


あなたと過ごした数ヶ月が私の最後の休息


あなたと会う事はもうないかも知れない


身勝手な私を許せないかも知れない


それでも私はあなたにお願いする


アシスを────お願い


最後にお腹の子の名前


あなたに任せると変な名前になりそうだったので私が決めたわ


女の子ならラクスの『ク』と私の『イ』と・・・女の子だから可愛く『ナ』で『クイナ』


男の子なら私の『ア』とラクスの『ク』それを繋げる『ー』で『アーク』


いずれ会わせる事が出来る事を祈って────


アイリン』


・・・こんな書き方されたら・・・断れねえじゃねえか・・・それに俺の名前の真ん中を取って・・・どうりで心の真ん中がスカスカなはずだ・・・


手紙を握りしめ懐に入れた


残されたマントを手に外へ出る


陽は昇り、辺りを照らしているが、アイリンの姿は見えない


俺は剣を担ぎ、アイリンと共に過ごした小屋を後にする


アシスというアイリンの子がいるメディアの最南端を目指して────


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