5章 10 ガーネット・ロウ
「天に召しますこの者に、地よりの使者から護る力を与えたまえ・・・阿吽」
力がまるで膝枕をしている恋人同士のような二人を包み込む。力は淡く光り周囲の雑音を消し去り二人だけの世界を作り出す
「まさかセリーヌがな・・・」
顔半分血まみれなラクスが話してくれたのは、二人のすれ違いの物語
周囲がセリーヌはラクスに惚れていると話す中、ラクスは気付いていたという・・・セリーヌには他に本当の想い人がいる事を
セリーヌが話しかけてきたりする時、見つめているのは目の前のラクスではなく、探るようなそんな目線・・・そして、甘い言葉をつぶやく時は、何かを呼び起こそうとするような感じだったらしい
それに勘づいていたラクスがガレスの遺体を見てセリーヌの想い人がガレスである事に気付いた・・・本当にそれだけで?
「ずっと前にガレスと立ち合った時・・・ガレスが倒れた時のセリーヌを思い出してな・・・その顔が愛する者を心配する顔と同じだと・・・最近気付いた」
「具体的に誰が誰を心配した時の顔と一緒だったんだ?」
「さあ・・・な」
言わないなら喋るなと肘鉄を喰らわせ、埋葬を任せて本陣に戻る。まだやる事が沢山ある・・・ガレスの埋葬は一緒にいたかったが、初戦で戦死した仲間達や今回で戦死した者達・・・レグシ軍の兵士達も含めると相当な数だが、その者達の埋葬も残っている
一万を超える戦死者達を埋葬するには時間がかかりそうだ
「アシス!被害の報告が上がってきたぞ!」
馬を走らせているとノイスが追い付き、併走しながら話しかけてきた。馬の速度を緩め、進みながら報告に耳を傾ける
「第1軍戦死者六千・・・第2軍戦死者五百・・・第3軍戦死者二千・・・合わせて八千五百の戦死者が出た。細かい数値は少し時間が掛かる・・・それに・・・」
時間が経てば増える可能性がある・・・か。今の報告はあくまでも戦死者。負傷者は含まれていない。辛うじて生きてる者すら生存者とカウントされるしな
第2軍・・・五百・・・その数字が重くのしかかる・・・
「レグシは?」
「正直統制が取れてないから分からん。将軍だった者も名ばかりで、千人長の顔すら知らないと言い出す始末・・・ぶっちゃけて言うと生きてる人間を数えて、元からいた人の数から引いた方が早いな」
ひどいな・・・そんだけセリーヌに頼りっきりだった訳か
「とりあえず死者に対しては国は関係ないって方針は納得させた。だから今は協力して埋葬している」
戦勝国と敗戦国・・・メディアは奴隷制度をしいてない為に、レグシ軍の残党の立場が微妙だ。捕虜にするには数が多過ぎるし、放置すれば報復される危険性もある・・・一応は方針は固まっているのだが・・・
「最初からの情報に頼ると、レグシ軍の残りはバーレンロウに一万前後・・・そうなるとここに居るもの達は無理に移動させるより、しばらく待機させるのが無難か・・・」
「そうだな・・・でも誰が見張るよ?さすがに誰も残らないで放置は不味いぞ」
ノイスのに聞かれて言葉に詰まる。まずは俺の軍である第2軍は残れない。戦死者が少ないのもあるけど、俺が残りたくない・・・いや、俺は行かなくてはならない。そうなるとデュラスかラクスの第1軍か第3軍・・・デュラスに任せるのは不安だからラクス一択か・・・出来るのか?
「とりあえず降伏した兵士達が大人しくしてるよう見張るのはラクスか。俺らの第1軍でバーレンロウを攻めるのが現実的だろうな」
「籠城すると思うか?」
「・・・しないで欲しいが・・・討って出るには数が心許ないし、そんな勇将は居ないだろう。そうなると城に篭もって・・・」
「アシス様!至急本陣にお戻りください!」
伝令が馬を走らせ近寄ってそう告げる・・・何かあったのか?・・・分かったと返事をして馬の腹を蹴り、緩めていた速度を上げる。あまり良い予感はしないな・・・
本陣にある天幕の中に入ると物見が報告を終えて去って行くところだった。天幕の中の面々の顔を見ると・・・デュラスと補佐官しか居ない・・・うっ、気まずい
「アシス様!御足労かけます。物見より・・・」
「揃ってからで良かろう。何度も同じ報告を繰り返すのは手間だ」
「総大将で責任者はお前だが、今の指揮官は俺だ。履き違えるなよ、デュラス将軍。補佐官・・・えーと・・・」
「ジャルと申します・・・」
「続けてくれ」
俺の物言いに髭が逆立つくらい怒ってる・・・ラクス早く来ないかな・・・髭だるまの相手してくれよ・・・
「はっ!物見より伝令が入りまして、バーレンロウよりレグシ軍一万が出立・・・ですが、白旗を掲げ戦闘の意思はない模様」
は?降伏したって事か?でも、それならなぜバーレンロウを発つ?使者でもなんでも送れば・・・
「更にバーレンロウの内部に入り情報収集している者からも連絡が入り、どうやら民が反乱を企てているとの事。恐らく軍はそれを恐れて・・・」
「ガーネットは!?一万の軍勢の中に居たのか!?」
「い、いえ・・・そこまでは・・・恐らくですが軍勢の中に馬車がないとありましたので、居ないと思われます・・・」
まずい!くそっ・・・残りの軍がガーネットを見限ったか・・・ここのレグシ軍が降伏して半日ほど・・・鳥文を飛ばしたとしても行動が早過ぎる・・・決まってた事か?
「急ぎ手勢を連れてバーレンロウに向かう!」
「ふざけるな!これ以上勝手な行動はさせんぞ!」
「黙れデュラス!」
「なっ!・・・貴様・・・」
「ちょっとちょっと・・・なに一触即発の雰囲気醸し出してるのよ」
天幕に入って来たのはシーリスとシーラとリオン。呆れながら俺とデュラスの間に入り、肩を竦める
「民の反乱だ。暴徒化してはまずい・・・急いで・・・」
「何がまずい?こちらの手間が省けるというもの・・・レグシの連中も女王の首を取って俺らに媚びを売りたいのだろう」
「ざっけんな!髭だるま!」
「なにを!黙って聞いておれば!」
黙って聞いてねえだろうが、クソだるま!
「アシス!落ち着きなさい!デュラス将軍も」
「これが落ち着いて・・・」
「アシス・・・なにを焦っているか知らないけど、行ってどうするの?ここから行っても数日かかるし、間に合ったとしてどうするつもり?まさか女王の首を取りたいわけじゃないでしょ?それともまさか民から女王を守る気?」
「そのまさかだ。ガーネットを護る」
「馬鹿か貴様は!?危険を冒して敵国の女王を守るだと!?正気か!」
「あ?」
「なんだ?何の騒ぎだ?」
ここでラクスが入って来て、ようやく幹部が勢揃い・・・とりあえず怒りを抑えて、デュラスはラクスに任せよう
事の顛末をデュラスの補佐官が後から来た者達に説明すると、ラクスは腕を組み考えていた。そして・・・
「悪いがアシス・・・女王を守るのに軍は出せない」
「なに?」
「軍は私兵ではない。アシスがガーネット女王を守りたいと言っても、それがメディアの為になるのなら軍は動かせよう。しかし、ガーネット女王を守る道理は・・・ない」
・・・
「ガーネット女王はレグシの王・・・こうなる事も想定内だろう・・・それを敵国である我らが助ける道理は・・・」
「子がいる・・・」
「子?」
ラクスの言いたい事は分かる・・・ガーネットを助ける義理はない・・・逆に民に味方してガーネットを討つ方が筋は通っている事も分かってる・・・だから・・・
「噂だ・・・噂話に過ぎないが、ガーネットには子供がいる・・・しかもナキスとの子がな」
ここにいる全員が言葉を失った。絶句し、俺の言葉を飲み込むも解釈できずに固まる
「カラホスさんから聞いた・・・ちょうどナキスと会った後、数ヵ月後にガーネットは公の場に姿を見せなくなった・・・そして、その後公の場に出た時には傍らに産まれたばかりの赤ん坊が・・・」
「そ・・・それがなぜナキス様の子だと・・・」
「あくまでも噂だ。しかし、時期から見てもガーネットの子の可能性が高く、ナキスとの子の可能性もある。姿をくらませた期間は腹が目立つから・・・そして、産まれた日から逆算するとナキスと会った時と合う」
妊娠したら腹が出るって事は教わった・・・妊娠期間が300日前後ってのも・・・正確な子供の生まれた日・・・いや、そもそもガーネットの子供かどうかも分からないが、俺は確信してる・・・二人の子であると
「まさか・・・そんな・・・ありえない・・・」
デュラスは目を泳がせながら呟く。コイツはロウ家至上主義・・・もし本当にナキスの子供なら・・・コイツはどうするんだ?
「にわかに信じ難い話だが・・・もしそれが本当だったら・・・」
ラクスは目を閉じ、言葉を絞り出す
静寂がしばらく続いた。皆の気持ちは分からない・・・恐らくだが、レグシ国という敵国の王とメディア国の王子であったナキスとの間の子は微妙な立場になるのではないだろうか。敵の王の子でありながら、自国の王子の血を引く子・・・その子を助ける事により、不要な争いが生まれるかも知れないと危惧してるのかも・・・くだらないな
「時間が惜しい。例えそれが薄い可能性だったとしても、俺は助けに行く。誰が何と言おうとそれは変わらない」
「待ちなさい!アシス!」
俺が踵を返し天幕から出ようとすると、止めてきたのはシーリスだった
振り返りシーリスの顔を見ると、少し眉をひそめて言おうとしている言葉を出し渋っているようだった
「なんだ?」
俺が即すと意を決したように真っ直ぐ俺を見つめ、言葉を切り出す
「バーレンロウにはグリム達が潜伏しているわ。まずはグリム達にガーネット女王達を守るよう鳥文を出す・・・そうすればアシスが到着するまでの間、時間が稼げる」
「シーリス・・・」
「問題は守れたとしても落ち合う場所が決められない。バーレンロウの土地勘がないから・・・それに不測の事態を考えると場所を指定するのも危険よ。それが・・・」
「それだったら問題ない。どこに居ようが俺が探し出す・・・恩に着る、シーリス」
「盛大に着ときなさい・・・私ではなくてグリム達にね。彼らは手練とはいえ反乱の規模も分からない現状だとどうなるか分からないわ」
「分かってる急ぎ準備をして出よう」
「何を勝手に進めている!まだ・・・」
デュラスが何かを叫ぼうとするが、リオンがすすっと前に出て来てその言葉を遮る
「俺は残ろう。敗残兵をまとめる」
無理だ、リオン!
「ハア・・・私も残るわ。後、ラクスさんもお願いします。レグシ軍はラクスさんの言う事をよく聞くので」
良かった・・・リオンに任せたら心配でおちおち出掛けられん
「分かった。アシスは何人連れて行く気だ?」
「手勢のみ・・・俺と・・・」
「私も行く」
「シーラと・・・」
「俺も行く」
「デュラスと・・・はぁ?」
突然の立候補・・・さっきまであんだけ勝手な行動するなとか喚いていたのに
「貴様が現在指揮官とは言え総大将は俺だ。敵の本拠地に行くのに勝手な真似をされては堪らん・・・それに・・・いや、何でもない。とにかく俺は行く」
邪魔くさい・・・とりあえずついてきても振り切って置いて行こう
こうして行く主要なメンツが決まり、少数で迅速に動く為、俺とデュラスから十名づつ出す事となった。こちらからはエーレーン、ロリーナとベースド隊からベースド含めた八名。デュラスは自分の護衛を十名引き連れバーレンロウへと出発する
全員馬に乗っての行動の為、非常に速いが夜通し進む事は出来ない・・・馬にも休息が必要だし俺らも腹は減る・・・休んでいる間は、はやる気持ちを抑えるのに苦労するがこればっかりは仕方ない
途中一万の大軍とすれ違い、指揮している者に事情を聞いた
聞いたのは二つ
なぜガーネットがいないのかと、なぜこのタイミングなのか
一つ目はガーネットからの命令だとか。それ以外は特に理由がないらしい・・・頭空っぽか?もう一つは敗戦の狼煙が上がったから
サレンジ会戦の場所から敗戦の狼煙が上がり、その狼煙を見た次の街に待機していた兵士が更に狼煙を・・・と順に上げていく事によりバーレンロウに敗戦の報が届くシステムらしい。そう言えば色のついた煙が上がってたな・・・今度詳しく聞いてみよう
つまり負けた事を知ったガーネットが、一万の軍勢をバーレンロウから追い出した?ガーネットも民の不穏な動きに気付いているはず・・・それなのになぜ・・・
再び急ピッチでバーレンロウへと向かう
日が暮れかけてバーレンロウの目と鼻の先の所まで来た時に、嫌な煙が立つのを見た
「アシス!」
「ああ・・・とりあえずあの煙の位置まで急ぐぞ!」
シーラも嫌な予感がしたのか、煙を見て俺を呼んだ・・・あれから何日経過した?・・・頼むから間に合ってくれ・・・
バーレンロウの入口には門番も居らず、すんなり中に入る事が出来た
街の中で慌ただしく移動する一団が俺らを見て足を止め近付いてくる・・・見るからに民間人だが、手には松明と武器を持っている・・・こいつらが・・・
「何者だ!」
「メディア国守護者アシスだ!お前ら何をしている!?」
俺が名乗ると連中は互いに顔を合わせ、突然大声を上げた
「メディア国が来てくれたぞ!」
「もう安心だ!」
「早くあの魔女を殺せ!」
次々に大声を上げる・・・来てくれた?安心?魔女を殺せ?
「ありがとうございます!私達は魔女の呪いから目が覚め、解放軍として魔女と戦っております!今は逃げ込んだ場所を特定し火をかけて・・・ヒッ!」
「魔女?ガーネットか?」
俺が得意気に話す男に馬から降りて胸倉を掴み引き寄せて聞くと、コクコクと首を縦に振る。そして、場所を聞き出すと指した先は煙の立つ場所・・・何でもメディア大使館がその場所らしい
「アシス!・・・行って!」
シーラが後ろから叫んだ。俺は頷くとその方向に駆け出しす。街中なら馬より全力で走った方が速い・・・とにかく急がねば・・・
煙の立つ建物に近付くとそこには松明を持った大量の人間が押しかけていた。皆口々に「魔女」という言葉を連呼している・・・俺は人を掻き分けて先頭に立ち、後ろを振り返る
「なっ・・・」
言葉を失った
松明の明かりに照らされる連中の顔は、どれも狂気に満ちた薄ら笑顔を浮かべている・・・瞳には手に持つ松明の炎と建物についた火を映しながら・・・
「くっ・・・メディア国守護者アシスだ!これ以上火をかけるのは止めよ!!」
俺が叫ぶと一斉にこちらを向く・・・そして、一瞬間を置いたあと歓声を上げた・・・先程の入口で会った男のように口々に喜びの声を上げていた・・・
「た、助かりました!後は魔女めを・・・」
手を差し伸べて来た男の手を払い除け、全員を睨みつけてもう一度叫ぶ
「今から俺は建物に突入する!すぐにここから立ち去れ!」
顔を見合わせ困惑する連中に苛立ちが募る・・・しかし、ここで揉めてる暇はない
「俺が戻って来た時・・・まだ残ってる奴は全員八つ裂きだ・・・メディアに反抗の意思ありとしてな!」
これ以上は時間はかけられない・・・振り返ると建物は木製ではないにしろかなり燃えてしまってる・・・内部はどうなっているか分からないが・・・
「あの・・・これを!」
バケツに入った水を一杯・・・本当にこいつらは俺を味方と見てる?なんだこの状況は・・・
「助かる」
俺はそれを受け取り頭からかけると、すぐに建物へと近付いた
正面の扉は木で出来ており、既に燃え盛っていた。それを蹴り飛ばして強引に侵入すると、中の様子を覗う。煙が充満し、カーテンなど布が燃えている・・・内部は木製の部分が多い為、火の手が回るのは早そうだ・・・
目を閉じ、人の気配を探る・・・居た・・・数名の気配を感じて一直線にそこへ向かう
建物の二階、比較的大き目な扉を蹴り開けると中にはナイフを構えたグリム達とガーネットの姿が見えた・・・そして、抱かれている子供・・・
「アシス!」
グリムがナイフを下ろし近寄って来て事情を話してくれた
バーレンロウの出入口には常に見張りを立て、脱出出来なかったので場所を転々と変えて何とか逃げていたらしい。しかし、運悪くここに入って行く姿を見られて火をかけられた・・・ってのが今の状況
「お前らなら素人の見張りくらい突破出来るだろうに」
「いや、まあ、そうなんだけどな・・・」
バツが悪そうにチラリとガーネットを見る・・・つまりガーネットの要望か
「民を傷つけて街を出る?ありえないな。そして・・・久しいなアシスよ。健在か?」
おーおー、プライドの高そうなのは変わってないな。てか、今の状況で聞くか?
「とにかく建物から出るぞ!グリム達は先に出て連中が居ないか確認してくれ・・・一応は散れと言っておいたが念の為だ」
「分かった!アシス達は?」
「すぐさま後を追う・・・あっ」
部屋の中にかけられている一つの絵・・・ガーネットが書かれているその絵が目に入った。これが恐らくカラホスが言ってたガーネットの自画像・・・
「グリム!これも頼む!」
「は?こんな時に絵なんか・・・」
「ほう・・・中々の審美眼だ。数ある絵画の中からそれを選ぶとはのう」
嬉しそうに言うな。頼まれたから仕方なく・・・まあ、何かいい絵だとは思ったが・・・
グリム達が早くお前らも来いよと言い残して絵を抱えて部屋を出た・・・この部屋にはまだ火は回って来ていないが、部屋のドアを開けた時の廊下からの熱気でそろそろまずいと感じる
「さてと・・・ガーネット、俺と共に・・・」
グリム達を見送った後に振り返りガーネット達を見た。俺を警戒して剣を構える護衛のような男が一人・・・それと子供を抱っこするガーネット・・・子供はどうやら寝ているみたいだ
「ラナット・・・剣を収めよ。このアシスはナキスの知己だ・・・面識もあるし、彼らを遣わせたのもこの男だ・・・聞いたであろう?」
どうやらグリム達は俺の事を話して信用させたみたいだな。シーリスが送った手紙に俺も一筆書いたから、それが功を奏したか
「まったく・・・『約束通り助けてやる』と書く身の程知らずなどこの世にお主しか居るまい。だが遅い・・・遅すぎた」
「何が遅い。とっととここから出るぞ?生きたまま焼かれたくはないだろ?」
「それはそれは・・・魔女に相応しい最後ではないか」
魔女・・・街中でも聞いたその単語に眉間にシワを寄せると、ガーネットは少し微笑みながら説明してくれた
ガーネット女王は魔女である
そう噂を流したのは何を隠そうガーネット自身だ。敗戦濃厚と考えたガーネットは少しづつ噂を流す
ガーネット女王は国を売った
ガーネット女王は国を私物化している
ガーネット女王は男をたらし込み破滅させる
ガーネット女王は・・・呪われた魔女だ
「魔女が呪いをかけるのではなく、呪われると言うのもおかしな話だが・・・人はこう言った話が好きでのう・・・瞬く間に広がったわ。そして、一人臣下を民の中に紛れ込ませてな・・・敗戦の報が来た瞬間に行動に移させた・・・軍を街から追い出し、暴動を起こす隙を与えてな・・・手筈通りならカーネスはマリネスというメイドに預けるはずだったが予想より早く暴徒が迫って来て・・・彼らが来なければその場で殺されておったな・・・感謝する」
「らしくねえな、そんなミスするなんて。まあ、良い・・・早く行くぞ」
「行かぬよ。この子だけ・・・連れて行ってくれないか?」
先程からガーネットの胸の中で眠る男の子・・・カーネスを俺に渡そうとする
「お前も逃げるんだよ、ガーネット。女王として生きられないだろうが、その子の親として生きれるよう俺が・・・」
「この子はナキスの子だ」
聞き間違いではない。ガーネットはハッキリと言った
「ほれ、抱いてみろ。抱けば分かる」
強引にカーネスを渡してくる・・・子供なんて抱いたことないし、抱けば分かるって・・・うん、分からん
「どうだ?このぷにぷに感、抱き心地、匂い・・・全てが余とナキスの子であると申しておる・・・意外と荒々しかったところも・・・生き写しかってくらいにそっくりだ」
・・・聞かなかったことにしよう・・・いや、墓の前で馬鹿にしよう
「もうすぐ二歳になるが、まだ言葉は出ていない・・・せめてママと呼ばせようとここ数日頑張ってみたが・・・そこだけは心残りかのう・・・」
優しげな表情で俺の腕の中で眠るカーネスを見つめていた。この二人を離す訳には・・・なに?
「やはり・・・そうでしたか・・・そうだ・・・それが居なければこんな事には・・・それが全部・・・全部悪いんだ!」
殺気!?俺じゃなくてカーネスに向けて?ガーネットにラナットと呼ばれた男が剣を両手で持ちこちらに突進してくる。そこまで速くないがカーネスを抱っこしている為少し動くのが遅れていると────おい!
「ガ・・・ガーネット陛下!」
突然俺とラナットの前に立ちはだかったガーネット・・・ラナットの剣がガーネットを貫き、背中から剣先が突き出る
「・・・そなたもそうであったか・・・」
自らの腹に刺された剣を見た後にラナットの顔を見て呟いた
「陛下・・・なぜ・・・私は・・・陛下と共に!」
「ざっけんな!雑魚が!」
ガーネットを刺したことはもとより・・・それがカーネスを狙ってのことだと考えた瞬間に体が動く。飛び上がり両手は使えないので思いっきり顔面を蹴り飛ばした
ゴキッと大きな音が響き、壁まで飛んでいくラナット・・・見ずとも即死なのが分かった
「ふっ・・・罪な女とは思わんか?アシスよ」
ラナットの姿を目で追いながら、腹部に刺さった剣の辺りを押さえている・・・あの場所に刺されたらもう・・・
「アイツ・・・お前に惚れてたのか?」
「恐らくな・・・死ぬと分かっていて余についてきおった・・・カーネスの事も薄々気付いておったみたいだが・・・余から直接聞いてタガが外れたか・・・」
ガーネットの言葉をかき消すように遠くで建物の一部が崩れる音が響いた。もうもたない・・・建物もガーネットも────
────
響く音の方向を二人が見る。この部屋のすぐ近くではないが、いつこの部屋に火が回ってもおかしくない状況だった。アシスとガーネットが無言で視線を交わす
カーネスを抱きしめながら苦渋の決断をする・・・助からないガーネットを連れて出るのではなく、ガーネットを置いて出る事を・・・それがガーネットにも伝わったのか、痛みに耐えながら微笑んだ
「後、数分くらいか?焼け死ぬよりはマシかのう?」
「どうだかな・・・そろそろ行くぞ・・・この子を巻き添えにする訳にはいかない」
踵を返し立ち去ろうとするアシスにガーネットが待ったをかける
「そう急くな・・・そなたならどのような状況でも平気かろう・・・最後に我が子の顔を見せておくれ」
一瞬躊躇するアシスだが、最後と言う言葉に絆され、ため息をつくとガーネットに再び近付く。ラナットに刺された剣を抜けばすぐにでも出血多量で死に至りそうな状態・・・助けようと思っていただけに心が痛む
「構わねえけど、まさか腹に剣を突き刺した状態で抱っこする気かよ?」
「ふむ・・・それは不味いのう。アシス、剣を抜いてくれ」
「簡単に言うな・・・死ぬぞ?」
「今更言うか?早いか遅いかの話であろう・・・」
アシスはカーネスを一旦地面に置く。周りに火の移りそうな場所、崩れ落ちて来そうな場所はないか確認した後に、地面に引いてある絨毯の一部を切り取った
そして、切り取った絨毯の上に寝かせるとガーネットの正面に立つ
「そなた・・・何をしておった?」
「絨毯を巻いた母親なんて嫌だろ?」
「なに?・・・ぐっ!」
アシスは何の合図もせず一気に剣を引き抜くと剣を投げ捨て、素早く傷口を覆うように自らのマントを外しガーネットに巻き始めた
「これではそなたのマントが・・・」
「止血用だ、絨毯よりはマシだろ?・・・終わったら返してもらうぞっと!」
思いっきり締め付け、傷口を塞ぐかのように巻き終わると今度はカーネスの元へ向かう
「ま、待て・・・そこで・・・そこで起こして欲しい」
ガーネットは少しばかり震えた手をアシスに向けながら恐る恐る言葉を発した。今までの尊大な態度とは違い、酷く怯えたように見えるその姿にアシスは無言で頷きカーネスを揺り起こす
「こ、これ、粗雑に扱うな・・・ああ、そうではなく・・・」
そうこうしている内に眠気まなこでカーネスら起き上がると、首を振り、起こしたアシスではなく、すぐにガーネットの姿を見つける。そして、少し離れていたのが不満だったのか泣きながら立ち上がり駆け寄った
「ガーーー!」
「おい」
何を思ったか、ガーネットは両手を広げ抱きしめると思いきや威嚇するように両手を広げたまま、目を釣りあげて唸り声を上げる。それを受けて、カーネスは残り一歩の所で足を止めてしまいキョトン顔・・・今生の別れとなる場面での突然の行いにアシスも思わずツッコミを入れる
「し、仕方なかろう・・・余に惚れた者は全て不幸となった・・・カーネスがそうならない為にも・・・ここは心を鬼にして・・・ガーー!」
「いやいや、キャッキャッ喜んでるじゃねえか・・・っ!」
呆れてその光景を見ていたアシスはガーネットの足元の血溜まりに気付く。そして、顔色が見る見るうちに青ざめていくのが分かった
「ガーネット!」
「なんじゃ・・・興が乗ってきた所・・・邪魔をするでないわ・・・ガー!」
徐々に弱々しくなる唸り声に、カーネスが半歩近づくも、ガーネットは唸りをやめなかった
「ガァー!」
「マンマ」
「!?・・・よせ・・・ダメだ・・・ガ・・・」
「マンマ」
「なぜだ・・・なぜこのタイミングで余を縛りつけようとする!」
「マンマ」
叫ぶ事を忘れる程動揺したガーネットの一瞬の隙をつき、最後の半歩を踏み出したカーネスがガーネットの懐に飛び込む。その小さい身体を威嚇の為に上げていた両腕で受け止め抱きしめた
「マンマ・・・マンマ・・・」
「カーネス・・・なぜ・・・」
カーネスはガーネットにようやく抱かれ、肩に頭を乗せて幸せそうに目を細めて呟く。ガーネットはカーネスに顔を見られなくなった瞬間に大粒の涙を流した
「死んでても生きてても母親は1人だけだ。勝手に誰かに押し付けようとしてんじゃねえよ。お前に惚れたら不幸になる?だったら俺が証明してやるよ。それが嘘だってことを。カーネスを誰もが羨む程の幸せにしてな。だから・・・たっぷり抱いて、思う存分惚れさせてやれ」
居心地良さそうに目を細めるカーネス。自分が居るべき場所はここだと分かっているのか、別れを惜しんでいるのか・・・ガーネットは自分の限界が近い事を悟るとカーネスをそっと下に下ろした
「マンマ!マンマ!」
両手を上げて抱っこをせがむカーネスの頭にポンと手を置いて微笑むガーネット・・・マントを剥がしカーネスを見つめたままマントをアシスに手渡した
「すまぬ・・・汚れたな」
「気にするな・・・もう休め・・・」
アシスは泣きじゃくるカーネスを抱えると振り返らずに出口へと向かう。カーネスはアシスから逃れ、母の元へと行こうと暴れ体を反らす
「ガーーー!」
今までで一番大きな声で唸り声を上げるガーネット・・・背中越しにそれを聞き、アシスは強くカーネスを抱きしめた
アシスとカーネスが部屋から出た後・・・部屋には徐々に炎が迫っていた。壁や床に燃え移り、ガーネットのいる場所に迫り来る
「休め・・・か。そうだな・・・少し疲れた・・・」
口から血が溢れ、咳き込むと同時に血を吐き出す。自分の死が幾許もない事を知った時、目の前に居るはずもない人物が立っているのに気付く
「遅いぞ?もうアシスとカーネスは行ったぞ?」
「なに?余に会いに来た?何年も顔を出さずに・・・本当にお前は・・・」
「で、どうなんだ?我が子の感想は・・・なに?目元が自分にそっくり?抜かせ、目元は余にそっくりだろうが」
「カーネスはイジメられないだろうか?元気に育ってくれるだろうか?」
「なに?我らの友に任せておけば大丈夫?我ら・・・?余もアシスの友と?」
「フフフ・・・そうか・・・なんだ・・・いい人生ではないか!友がおり、信頼出来る部下がおり、愛する子がおり、愛する人がいる・・・ここにきて気付くとはな・・・」
天井が崩れ月光がガーネットを差す。ガーネットは崩れゆく部屋の中で誰かを求めるように腕を伸ばした
「なに?・・・そうか。休む暇はないのう・・・ならば共に行こうではないか・・・その時が来るまで・・・のう?ナキス」
アシスが建物から出ると後ろで一気に崩れ出す・・・間一髪・・・というより、アシスが出るまで何とか持ちこたえていたように感じていた
「アシス!良かった無事で!・・・その子が?」
駆け寄ってきたシーラがアシスの無事を喜び、腕の中で泣き疲れて眠っているカーネスを見る。アシスは頷くと崩れ去る建物から距離をとり揃っていたみんなに事情を説明する
「火事場から火種を持って来おって・・・すぐにでも捨てて来い!」
デュラスが説明を聞いた後に吐き捨てるように言うとアシスを睨みつける。意外な反応だと思いつつもアシスは高らかに宣言した
「皆に伝えておけ!この子は・・・カーネスは今この時点より俺の守護下となる!」
「なっ・・・貴様!貴様はメディアの・・・」
「そうだ!メディアの守護者だ!だが、その前にアシスだ。俺は自分が護りたいと思ったものは全て護る!誰が何と言おうとな!それが俺の目指す先だ!」
アシスの叫び声で起きたカーネスが建物に幼き手を伸ばしながら口を開く
「ガー!」
そして────
「マンマ・・・」
黒煙を上げる建物に向かって放った言葉がここにいる全ての者に響き渡る
ここにレグシ国は終焉を迎え、生き残った者達は更なる戦乱に身を投じる事となる────
何話か幕間を・・・と思っています




