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5章9 サレンジ会戦3

セリーヌは胸の高鳴りを抑える事が出来なかった


目に映るのは土煙、血煙を上げて近付いてくる愛しの人


ただ待つのに焦れて駆け出しそうになるのを必死に堪えていた


「セリーヌ将軍!『大剣』めが!」


「うるさい!」


「へ?」


ラクスが迫り来る光景に耐えかねた将兵がセリーヌに縋るが、セリーヌはそれに煩わしさを感じ突っぱねる。言われた将兵は今までのセリーヌとの違いに口を開けて呆けてしまった


しばらくして、途中で馬を亡くしたラクスが周辺のレグシ兵を蹴散らしセリーヌの前へとやって来た。返り血を浴び、矢が数本、体に刺さっているが、呼吸の乱れもなく平然と佇む


「よお、待たせたか?」


「・・・待ち侘びておりました・・・ラクス様」


唇にそっと指をあて、潤んだ瞳でラクスを見つめるセリーヌ。傍から見れば恋人同士の再会にしか見えなかったが、お互いが殺気立っており、二人の間には殺伐とした空気が流れる


「兵を撤退させ、降伏しろ。その後たっぷり相手してやる」


「魅力的な提案ですけど、私はレグシ軍の将・・・いえ、ガーネット陛下の剣・・・お受けする事は出来ません」


「どうしてもか?」


「どうしてもです」


ラクスが睨みつけるも、セリーヌは涼し気な表情で見つめ返す。二人の周囲はそのやり取りを固唾を呑んで見守っていた


「一つお願いがあります」


仕掛けようとしたラクスをセリーヌが言葉で制し、ラクスは動きを止めた。その時視界の端にあるものが目に入る。そのものに誰も近付かず荒らされた様子もない。何万の兵士がその付近を通ったにも関わらず・・・


「私が勝ったら、私を愛してもらえませんか?」


「・・・お前が勝ったら、俺はこの世にいないぞ?」


「今際の際で構いません。最後に私を愛してくれればそれで・・・」


「どうせ俺が勝つ・・・が、断る」


「ふふ・・・やはりあなたは私の理想・・・強く、何物にも屈しない・・・お慕い申しております・・・私の胸で寝りなさい・・・ラクス様!」


セリーヌが突如腕を横に振るうと透明の斬撃がラクスを襲う。それに対してラクスが肩に担いでいた大剣を振り下ろすと斬撃は霧散した


振り下ろした大剣の勢いのまま距離を詰めるが、セリーヌが左手を前に突き出し手の先から力の剣をラクスに向けて放つ


大剣を振り上げて先程と同じように消し去ろうとしたが、途中で剣を止め、体を回転させてその場を離れる


セリーヌが左手を突き出して力の剣を出すも、途中でそれを自ら消し、右手で攻撃しようとしたのだがラクスはそれを読んで回避する。傍からすれば、ただラクスが一人で転がっているように見えていた


「近付かなくては抱けませんよ?」


「拒否されてるように感じるがな」


「困難を越えて抱きしめて欲しいものなのです・・・乙女は」


「ツッコミどころ満載だな」


「では、突っ込んで下さいまし。いつまでもお待ちしております」


「おうよ!受け止めやがれ!」


再び突進するラクス


セリーヌは間合いを重要視する


ラクスの剣速は脅威・・・間合いに入られてはセリーヌとて無事では済まない。間合いを取りつつ、ラクスに致命傷を与える事が唯一の勝機と考えていた


ラクスは力の剣を大剣で消せる


なので、フェイントを織り交ぜながらラクスの裏をかくように攻撃を繰り返していた


力も無限ではなく、瞬時に出し入れをして消耗を少なくしているとはいえ、躱され続ければ追い詰められるのはセリーヌだった


ラクスの方にも焦りはある


戦いが長引けばアシスらに負担がかかる。左右に展開した二つの軍・・・恐らくセリーヌはアシスの方に重きを置いているはず・・・その気持ちが焦りを生み、徐々にセリーヌの攻撃が掠めるようになる


一進一退の攻防に周囲のレグシ兵は固唾を呑んで見守る。セリーヌより手出し無用と厳命されている為、ただ邪魔が入らないよう見守る事しか出来なかった


見えない斬撃を躱すラクス、離れた場所で腕を振るセリーヌ・・・さながら舞踏会で踊っているように見える二人に拍手喝采は送られない


「楽しいですね・・・ずっとこうしていたいくらい」


「お断りだな・・・さっさと終わらせよう」


突進すれど斬撃が様々な角度から襲って来る。ラクスだからこそ躱せてはいるが、どうしても間合いが詰められなかった


通常の剣と違い、長さを調整されるのが厄介だった。間合いはないに等しい。限界はあるのだろうが、確かめる術はなく、腕の軌道上は全て斬撃が来ると思い躱さねばならない


何度目かの突進だろうか・・・同じ事の繰り返しに焦れていた時にその時は来る


ザシュッという音と共にラクスの頭部が削られる。深さは血で判断つかないが、致命傷にはなっていないものの、流れ出る血がラクスの左目を塞ぐ


「ちっ!」


左側の視界が狭くなった事により、セリーヌの軌道が見えにくくなる。セリーヌもそれを承知で初めて自ら動いた。ラクスの左側・・・つまり、右に動く事により視界より外れる


ラクスの全身の毛が逆立つ。セリーヌから斬撃が来る。しかし、どこからどの角度から来るか見えない


()った・・・そう確信したセリーヌが愛しい人の最後を見逃すまいと目を見開くが、ラクスは大剣を振り下ろし斬撃を消し去っていた


「どうして・・・見えないはず・・・タイミングをずらし、完全に入ったはずなのに・・・」


「ハ・・・ハハ・・・面白いなぁ?セリーヌ・・・聞きたいか?なんで消せたか・・・とりあえずお前との間を全て消し去ったんだよ・・・そうすりゃぁ、遅れさえしなければ消せるだろ?」


「そ、そんな・・・この空間を?5mは離れているのに!?」


「関係ねぇ・・・もう躱すのは飽きた・・・ハハ・・・飽きたよ」


「ヒィ!」


ラクスの表情でを見て、レグシ軍の誰かが悲鳴をあげる。顔の半分が血塗られ、口元は笑ってはいるものの、目は釣り上がり、髪が逆立つ・・・まるでおとぎ話に出てくる・・・


「あ、悪魔・・・」


大剣を肩に担ぎ、今までと違いゆっくりと歩くラクス。それを周囲は恐怖で顔を歪め、セリーヌは恍惚の表情で迎える


「ああ・・・やっとあの時の・・・」


そう呟きながらも斬撃は止めない。歩いてくるラクスに一閃、また一閃と攻撃を繰り返す。しかし、ラクスは面倒臭そうに大剣を振り斬撃を消し去る。今までは大剣の範囲しか消し去れていなかったが、今は広範囲で消し去っていた


遂に大剣の間合いに入ろうかとなった段階で、セリーヌが両手を広げた。恍惚の表情から、笑顔に変えて


ラクスが気にせず進もうとすると、笑顔のままセリーヌが叫ぶ


「死結晶」


セリーヌの全身から力の塊が溢れ出てラクスを襲う。ラクスは瞬時に大剣を振り下ろし、その塊に大剣を当てた


ギャッと聞いたことも無い音を立て、セリーヌから出た力の塊は消え去り、ラクスの大剣に一筋の傷が出来ていた


「一本しか出せないんじゃなかったのか?」


セリーヌの体から複数の力の剣が出て、それが塊となり結晶のような形をしているように見えたが・・・


「・・・あれで一本なんですよ?手から出すのではなく、体の前面全てから出す技・・・ほら、凹凸があるから力も凹凸になって結晶のような形を・・・あら?」


セリーヌが技の説明をしようと胸の部分を触ると、手にヌルリと血が付いた。血の付いた手を見て不思議そうにすると、自分の体に血の線が一本引かれている事に気付いた


「もしかして・・・既に間合いに入って?」


「ああ。ここはもう俺の間合いだ」


「もう・・・お終いでしょうか?」


「ああ。終いだ」


目を細め、ラクスを見つめるセリーヌ。悪魔のような形相であったラクスも顔半分が血だらけで左目は閉じてるものの、優しげな表情に変わっていた


「最後に質問しても?」


「ああ」


「アシスは・・・あなたの子ですか?」


「違う」


「ああ・・・良かった」


セリーヌは安堵の表情を浮かべ、少し肩の力を抜く。するとじわりじわりと引かれた線から血が溢れ出てくる


「なんでだ?」


「あなたを想っていたように、アシスも・・・。あなたの子というだけならまだしも、あの女との子だったとしたら、死んでも死にきれません・・・」


「そんなにアイリンが嫌いか?」


「嫌い?・・・そうですね・・・嫌いと言うより、正直に言いますと嫉妬・・・でしょうか」


「嫉妬?」


「ええ。あの女は自由で強くて・・・美しい。私の欲しいもの全てを持っていて・・・あなたの心を射止めている」


「・・・それでもアシスは正真正銘アイリンの子ではあるぞ?」


「ええ。あなたの子でなければ良いのです。あなたとアイリンの子を想う・・・そんな敗北感には耐えられません」


「そんなものか」


「そんなものです」


理解し難いとラクスがため息をつき、セリーヌの状態を見る。足元には血溜まりが出来、顔は蒼白・・・それでも気丈に立ち続けていた


「・・・最後に一つお願いをしてもよろしいですか?」


「聞ける願いならな」


「この地で構いません・・・深くに埋めて欲しいのです・・・例え肉の塊と化したとしても、死肉を漁られるのは御免です」


「良いだろう・・・元よりそのつもりだ。それとアシスに送らせよう・・・魂をな」


「ああ・・・葬送でしたっけ?・・・ふふ・・・愛した男に送られて、愛した男に埋められる・・・なんて幸せなんでしょう」


「違うだろ?愛した男の元に逝く・・・だろ?」


「何を・・・私は・・・」


私は────



────



正直飽き飽きしていた。腕を買われて『十』となり、レグシ国に配属されるも、下心丸出しの男達との決闘・・・挑まれれば相手して殺してやるが、こう毎日続くと鬱陶しい


そんな日が続いたある日、一人の男が弟子にしてくれと頼んできた


名はガレス


そこそこ強そうであり、ちょうど小間使いが欲しいと思っていたところだ。適当に使ってやろうと弟子になる事を許可した。そう言えば弟子にしてくれって言った後に何かおかしな事を言っていた・・・とても愉快な気持ちになったが、何と言ったのだろうか・・・忘れてしまった


ガレスはなんでも言うことを聞いてくれた。愚痴を聞いてくれたり、時には窘められた事もあったな。それに、飲み込みが悪いが努力家で、私の技を見ては日々寝る間も惜しんで技の習得に励んでいた


そうした穏やかな日々は一人の男の来訪で打ち砕かれる


見るからに凶暴そうな面持ちの男は私に勝負を挑んできた・・・聞けば男の名はラクス・・・確か新しく『十』になった男。大した実力もないのに偉そうに・・・それに『十』同士の私闘は禁じられてるはず。恐らく血縁関係で無理矢理『十』となったのだろう。この男にならガレスですら勝てる


しかし、『十』が『十』の弟子に負ける・・・そんな恥さらしな事があってはならない。ならばどうするか・・・黙って引き下がる様子もないこの男を帰らせるには・・・


「このガレスがあなたに勝ったら、あなたは私のモノになりなさい」


そう・・・こう言えばガレスはわざと負けてくれるはず・・・だってガレスは・・・


見誤った・・・大剣を握った男は数倍も大きく見えた。実力を読み違えたのだ


ガレスはわざと負けること無くあっさりとラクスに負けてしまった


つまらなそうに去ろうとするラクスを呼び止めるが、ラクスは振り返らずにこう言った


「男の後ろに隠れて怯えてるような奴とはやる気にならねえ」


私が?ガレスの後ろに隠れて?なにを・・・そう思い手を見ると微かに震えている・・・私が弟子を倒した相手に怯えている・・・私は弱い?いや、弱くなった?


ガレスが気絶してる間に医者に見せ、一人考える・・・ガレスの師匠たる私が・・・弱い?・・・ダメだ・・・私はガレスの師匠・・・弱くあってはならない・・・なぜ弱くなった?・・・ガレスと・・・いるから?


自問自答を繰り返し、ガレスが目覚めた時に絶縁宣言をした。待ってなさい・・・あの男を倒して、またあなたの元へ戻って来る・・・強い師匠として・・・


それから月日が流れ、ようやくあの男と再会する。あれから死にものぐるいで力をつけ、『十』の定例会合の度に機会を窺うが、ラクスは会合に出ず何年も会うことはなかった。しかし、遂にラクスが会合に出てきたのだ


だが、ラクスは以前とは比べものにならないくらい穏やかな顔をしていた。違う・・・この男じゃない・・・あの時のラクスはどこに?


会合が終わり話しかけるも、やはり違う・・・私の事すら覚えていない・・・ならばあの男はどこに?


失意の中、フレーロウからレグシに戻る為に街中を歩いていると二人の男女が目に入る。ガレスと女・・・しかも女は腹を大きくしている。幸せそうに歩く二人を見て、私は目標を失った


違う・・・ラクスを・・・あの凶暴な男を倒せばガレスは私の弟子に戻る・・・ラクスはどこに・・・ラクス・・・ラクス・・・


それから何度か会うが、一向にあの時のラクスには会えない。執拗に関わろうとする私を周りは奇異な目で見る・・・『十』同士の私闘は禁止・・・だが、恋愛は禁止されてはいない


「私はラクス様を愛している」


これならば周囲の目を誤魔化せる。あいつが出るまで・・・私は待つ・・・いつまでも・・・


しばらくするとラクスがレグシにやって来た。やはりまだあの時の男ではない。早く・・・早く・・・


ガーネット陛下とナキス様の話し合いはとても刺激的だった


だが、もっと刺激的だったのはナキス様の横にいた男・・・その名はアシス


「助けてやるよ」


彼が放った一言は事もあろうにロウ家の現女王に対して。実力もそこそこの男が身分の差も省みずそんな事を言い放つ


なぜかその言葉に心惹かれる。何故だろうか・・・でも、素直にこう思った


「面白い子」


それからラクスとアシスの事を考える日々


ああ、あの男はいつ迎えに来てくれるのだろうか?あの面白い子は何をしているのだろうか?


ナキス様の訃報を聞き、自然と『十』ではなくなったと悟る。もう『十』の決まり事に縛られる必要はない・・・やっと私は・・・何をしたかった?


そうだ・・・私はあの時のラクスと戦いたいのだ。倒して証明しなくてはならない・・・だから、ガーネット陛下の下に付いた。そうすれば、メディアに付いたラクスと戦える


ガーネット陛下の命令でメディアを追い詰めている時にラクスが現れる・・・遂に・・・しかし、まだあの時のラクスではない・・・


どうすれば良い・・・どうすれば・・・


あの時のラクスはただただ凶暴だった・・・つまり・・・怒り?そうだ、彼を怒らせれば良い・・・彼の仲間を殺せばあの時のラクスに戻るはずだ


戦争が始まり、メディアが攻めてくる。その中にはラクス・・・そして、アシスもいる。私の勘はこの時の事を指していたのだ


他に誰がいるか聞いた時に上がる名前・・・ガレス・・・ガレス?


何かが引っかかるが、他愛もない事であろう。それよりもまずはラクスを怒らせねばならない。その為にはメディア軍に勝たねば・・・苦しめて苦しめ続ければ、あの時のラクスがまた現れるはずだ


戦が始まる


向こうの総大将の丸いのは愛国心だけは高い。ならば、国が窮地と知らせてやれば、冷静な判断は出来ないだろう。二つの嘘の伝令をタイミングよく流し、上手いこと中央付近に仕掛けた罠で軍を2分させる。まずは突進して来た間抜け共を殲滅してやろう


攻め込んできた先頭に立つ者の顔に見覚えがある・・・誰だ・・・心が疼く・・・誰だ・・・


────ガレス────


ガレスはすぐに降伏した・・・ダメだ・・・ラクスの仲間を殺さねば、あの時のラクスは出て来ない・・・降伏などダメだ


ラクスの後ろにいたメディア兵を殺し、ラクスの心に怒りを灯してやる・・・そうすれば・・・あの時のラクスがやって来る・・・それを倒せば私は・・・


ガレスが私に剣を向ける。師に剣を向けるとは・・・いや、久しぶりに手ほどきでもしてやろう


あの時から成長していないガレス・・・やはり私がラクスを破り、師匠として教えねばならないな。久しぶりのガレスとの一時・・・心が満たされる・・・自然と笑みが零れる・・・しかし、その尊き時間に邪魔が入った


ガレスの仲間が私とガレスの邪魔をする。すぐさま斬り捨てるが、ガレスはその隙に私を攻撃してきた。咄嗟に出した私の技が、ガレスの手首を切り落としてしまう


どうだ?お前の師匠は?強いだろ?お前は私の傍に居てくれればそれで良い・・・後は私が・・・


ガレスが手首のない腕を振り上げる・・・ガレスの血が私にかかり、一瞬怯んだ時にガレスは力の剣を発現させた


おお・・・私以外で初めて・・・やはりガレスは私の・・・


剣と剣がぶつかり合う・・・見つめ合う二人・・・ふとガレスの首元に戦場には似つかわしくない首飾りが目に入る


その瞬間にフレーロウで見たガレスと見知らぬ女が仲良く歩いている姿が脳裏に浮かんだ


なぜだ・・・お前は私の弟子だ・・・お前は・・・私のモノだ・・・そんな物・・・斬り捨ててやる・・・あんな女といるお前など・・・お前じゃない・・・あんな女にくれてやるぐらいなら・・・いっその事────



────



「私は・・・やる事がある・・・ラクスを倒して、ガレスの師匠として・・・ガレス?・・・ガレスは・・・?」


虚ろな目でふらつきながらガレスを探すセリーヌ。そのセリーヌに対してラクスは望む場所を指さして教える


「この場所を決戦の地に選んだのはガレスに見えやすいようにだろ?他の者の遺体は無残にも踏み潰していやがるのに、ガレスだけは綺麗にそのまま・・・好きな相手に自分の勇姿を見てもらいたかった・・・そうなんだろ?セリーヌ」


「ああ・・・そこに居たのか・・・負けてしまったぞ?私は師匠失格か?ガレス・・・」


傷口を抑え、足を引きずりながらガレスの元へ行くセリーヌ。傷口からは血が絶え間なく流れ、残りの時間が少ない事を物語る


「濁った俺を倒さなきゃ、お前はガレスの師匠じゃいられなかったのか?」


「濁った?・・・ああ、あの時のラクスか。・・・そうだな・・・私が私を許せなかった・・・私はガレスの前では強い私でいたかった・・・」


「・・・お前もそうだったように・・・ガレスもそうだったんじゃねえか?」


「何を・・・」


ガレスに向かう足を止め、セリーヌはラクスに向き直る


「この遠征が決まった後にガレスに誘われてな・・・酒を酌み交わした。その時に恥ずかしそうに言っていたぜ・・・『弟子にしてくれ』って言った後に『あなたは俺が護る』って叫んじまったってな」


セリーヌの動きが止まる


そして、目から涙が零れ落ちる


「そうか・・・そうだったな・・・私を護ると言い・・・懸命に私の技を覚えようとして・・・私は護られたかったのかもな・・・強くなったガレスに・・・ただ横に居てくれれば良かったのに・・・いつの間にか甘えていたか・・・」


再び歩き出したセリーヌがようやくガレスの元へと辿り着いた。そして、膝をついて頭部を抱き抱え目を閉じた


「ラクスよ!・・・ガーネット陛下を頼む!」


最後の力を振り絞り叫ぶと、物言わぬガレスの頭部を優しく撫でながら囁く


「共に・・・あの世で修行のやり直しだな・・・ガレスよ」


言い終えると撫でていた手がダラりと地面に落ちる。体はガレスの頭部を包み込むように折れて、そのまま動きを止めた


ただ愛した者に弱さを見せたくなかった女と、ただ愛しき女を護る為に強くなろうとした男がすれ違い・・・そして、死んでいく・・・ラクスは目を閉じ、せめてセリーヌとガレスがあの世で会える事を祈り、叫んだ


「降伏しろ!メディアの勝ちだ!」


その声は一人の人間が叫んだとは思えないくらい広範囲に響き渡り、周囲にいた兵士達が次々と手に持った武器を地面に落とし、その音が終戦を告げた



────



後ろの仲間達から歓声が上がる。ふと中央付近を見ると大きな白旗が左右に振られていた


あれは・・・


「そ、そんな・・・」


近くにいたレグシ軍の兵士が項垂れながらそう呟く・・・そうか・・・ラクスがやったか・・・


レグシ軍の兵士達は次々と武器を手離し、降伏の意思表示をする。返り血だらけになりながら周囲を見渡すと、そこには死屍累々の地獄絵図・・・これを俺がやったのか・・・


仲間を護る為に夢中になっていた為に気付かなかったが、冷静になって見ると寒気がする・・・


「アシス!」


へたり込むレグシ軍の間をぬってシーラが駆け寄ってきた。両手を上げて飛び込んでくるシーラを残った僅かな力を使い抱きとめる


「良かった・・・アシス」


ぎゅっと抱きしめられる感覚に心地良さを感じ、生きている実感を感じるが、まだ油断は出来ない・・・そうだ・・・キャキュロン!


「あ~あ、先越されちゃった~」


「残念・・・無念」


いつの間にか傍にいた二人に驚き振り返ると俺と同じように返り血を浴びて真っ赤に染った二人が目に入る


「イチゴ!」


「イチ・・・ゴ」


突然丸まったと思ったら訳の分からない言葉を口にするキャキュロン・・・手を頭の上に乗せて開き、体を丸めているが・・・何してんだ?


「むう~通じない・・・なら、メディアに居た時に思い付いたけど出来なかった新技・・・行くよ!キュロン!」


「分かったわ・・・キャロン!」


「う~ん・・・サクランボ!」


「・・・」


丸まったままでキャキュロンの武器である柄の長いハンマーを交差させる・・・サクランボは食べた事あるが、あーあ、なるほど、実が体で、柄の部分がそのままサクランボの柄の部分を現してるのか・・・どうでもいいな


「ファラスだとバカウケなのに~」


「笑わないなら・・・死ねば良いのに」


「はいはい、面白い面白い。で、俺は早く被害の確認とか戦後の処理をしないといけない訳だ・・・さっさと来た目的を言えよ」


「だから~助けに来たの~。久しぶりに会いたかったし~」


「暇潰しの・・・穀潰し」


ぶーぶー文句を言うキャキュロン・・・どうするか・・・せっかくの勝利に水を差したくないし、だがほっとく訳には・・・


「隊長!・・・私が!」


エーレーンが槍を担ぎ走って来た。彼女もさっきまで戦っていて疲れているだろうに・・・と、キャキュロンのエーレーンを見る目が俺を見る目と違うのに気付いた。ひどく冷たいその視線がエーレーンに突き刺さる


「私がなに?」


「走りにくそう・・・凹ます?」


「くっ!」


エーレーンもその冷たい視線と殺気を感じて立ち止まり槍を構える・・・エーレーンとこの二人じゃ役者が違う・・・万に一つも勝ち目はない


「キャキュロン・・・いい加減にしろ。加勢は助かったが、これ以上は・・・」


「はいは~い・・・邪魔者は帰るね~。いずれまた会えるし~」


「その時まで・・・バインバイン」


あっさりと引き下がり、突然歩き出したと思ったら振り返らずに去っていく・・・マジでなんだったんだ?


「隊長・・・追わせてくれ!」


「ダメだエーレーン。今、ファラスに手を出せば・・・デニスが動く可能性がある」


「くそっ・・・」


俺よりも長く同じ傭兵団に居た仲だ・・・裏切られたショックは俺よりも大きいのかもな・・・同じ隊だったし・・・


「切り替えろ・・・俺もモヤモヤするが今は・・・ノイス!ダルムド!ロリーナ!」


俺は三人を集め、今後の行動を命令する


今は負傷者の手当て、犠牲者の数、レグシ軍の生き残りをどうするかとやる事はてんこ盛り・・・一旦キャキュロンの事は置いといて、すぐさま行動に移った




────



メディア軍から離れ、森の中に入ったキャキュロンが大きく背伸びをする。あまり居心地の良い空間とは呼べなかった場所からの開放感によるものだ


「あ~疲れた~さすがに多かったねえ~」


「うん・・・有象無象」


「シャリアで遊んだ時より綱渡り感あって面白かったけど・・・メディアってデニスに勝てるのかな~このままで~」


「多分・・・勝てない」


「だよね~。アレの確認も出来なかったし・・・やっぱりカイトの気のせい~?」


「カイトは・・・落ちこぼれ」


森の中にあった泉で布を濡らし、顔に付いた返り血を拭うと、またシャリア方面に向かって歩き出す


「私達なら近くで見れば分かると思ったのに~・・・って、誰?」


キャロンが鋭い目線で上を見上げてハンマーを構えると、木の上に居た人物が降りてきた。キャキュロンには、顔馴染みの・・・


「クピト!なんでここに~?」


「爺・・・襲来」


「ひどいのう・・・父上からシャリアの様子を見て来いと言われて行ったら二人が居らんし・・・幸い移動する先々でやらかしてるから追うのは楽じゃったが・・・何してるんじゃ?」


父上という単語と最後の言葉の語気に気圧され、キャキュロンは後退りながら冷や汗をかいていた


「へ、へへ・・・その~・・・なんと言うか~・・・調査~?」


「太守としての・・・お仕事」


「太守として?・・・お主らカイトのようになりたいのか?」


クピトの言葉に勢いよく首を振る二人に溜息をつき、上を見上げる


「太守の仕事をほっぽり出し、挙句アシス隊長に近付くとは・・・」


「クピト~お願いだから父上には~」


「一生の・・・お願い」


「・・・報告はせんといかん。だが、ちょこっと変えるのは・・・まあ、許容範囲かのう・・・」


「ウンウン!ちょこっと~変えよう!ちょこっと~」


キャロンとキュロンの顔を見て、クピトが指を一本立てる


「最近体が鈍ってのう・・・100人・・・活きのいい奴隷を用意してくれんか?」


「100人!?ちょっとそれは・・・」


「狩り・・・放題」


「では父上に・・・」


クピトは踵を返し、シャリア方面にスタスタと歩いて行く。それを慌ててキャキュロンが追いながら叫んだ


「分かった~分かったから~!100人でも200人でも好きにして~!」


「食べ・・・放題」


「食べんわ!」


ワイワイと去って行く三人。やがて森の中は静寂となり、日が沈む。こうしてサレンジ会戦は幕を閉じた────


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