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5章7 サレンジ会戦1

物見からの報告でレグシ軍はサレンジという街の前でこちらを待ち構えているとの情報が入っていた。そのサレンジの街の一つ前の街を出てしばらく進んだ辺りに今は居る


「第1より伝令!レグシ軍は動くこと無く陣を張り、街の外で待ち構えているとの事」


1時間に1回位の頻度で伝令がやってくる。状況は変わってないが、伝令が来なかったら不測の事態が発生してる可能性もある為に定期的に送られてくる。その内容をそのまま第3軍に伝える為にこちらも伝令を出す


「シーリス、そちらはどうだ?・・・つっても、何かあれば大事(おおごと)だけどな」


「相も変わらずってところね。まあ、一日一回だと急な変化には対応出来ないけど、距離を考えると充分でしょ」


馬車の中で会話していると、シーラが伝令係に渡す伝令書を書き終えていた


「何かラクスさんに言伝はある?」


「ない・・・いや、少しペースを落とせって書いといてくれ。第2と第3の距離が近すぎる」


「ラクスさん先頭にいるから、ここから大声出せば聞こえそうだけど・・・」


「形式は大事だろ?てか、なんで先頭にいるんだよ?・・・あー、後ろに下がれ筋肉ってのも追記しといてくれ」


「・・・書ける訳ないでしょ」


そんなやり取りをした後にシーラが伝令係に伝令書を渡し、すぐさま伝令が後ろに向かって駆けていく。馬を使っている為、すぐにラクスの元に辿り着いたみたいだが、その場でラクスが伝令書を読むと伝令に何かを伝えていた・・・てか、見える距離ってどうなんだよ?


「ラクス様より返答です・・・『断る』だそうです」


「・・・ありがとう。下がっていいよ」


「はっ!」


くそ・・・無駄なやり取りをした。デュラス達と俺達は自分の軍の最後尾に居るのに、ラクスだけ先頭に居る為に俺達とラクスの距離が異様に近い・・・外観を損ねるので、後ろに下がってもらいたいもんだ


サレンジに近付くにつれて緊張感が高まってくる。今までは攻められていたけど、今回はこちらが攻める番・・・しかも、軍を引き連れてだ。否応なしにいくつもの悩みが頭を掠める


味方は無事に乗り切れるのか・・・敵はどこまで抗う・・・まさか、最後の一兵までなんて事は・・・罠は仕掛けられてるか?仕掛けてるのならどんな罠だ?それともレグシの方が兵数が多いから正面から激突とか?


「速度が落ちたな・・・そろそろか」


リオンの言う通り、行軍の速度があからさまに落ちる。もしかしたら、第1軍が止まったのかもしれない


第1軍が止まった場合は、俺ら2軍が進行方向から見て右側に陣取り、3軍は左側に陣取る


「前方、右に進路を変更!」


馬車の護衛をしている者から情報が入る


やはり、陣取るみたいだ・・・つまり、レグシ軍が見えてきたって事か


変更がなければ、作戦通り第1軍の合図により、2軍と3軍が左右に展開しレグシ軍を挟み撃ちにする


1軍は今回動かない。正面で待機して臨機応変に動いてもらう


「我が軍とレグシ軍の間に目立った遮蔽物はありません!街道以外の場所は草が脛の高さまで生えている為、罠の有無は分かりません!」


まあ、そんなに簡単に確認出来る罠なんて罠とは呼べないしな。相手が俺らが正面から攻めてくると思って罠を仕掛けてくれていれば、罠は回避出来るんだけどな


「落とし穴くらい掘ってそうだけどな・・・こればっかりは近くで見てみるしかないか・・・」


「伏兵を隠す場所は・・・遠いけどあるわね。奥の森は注意した方が良いわね・・・斥候を送る?」


「頼む。左側はラクスに任せよう。俺らが向かう右側を中心に探ってくれ。あくまでも遠くからな」


「りょーかい」


シーリスに右奥にある森に探りを入れてもらう


伏兵を潜ませていたら、挟み撃ちに合うのはこちらになってしまうからな


「兵は割かずに集めたか?遠目で見ても大軍だな」


リオンが馬車の上から戻って来た・・・いつの間に登ってたんだよ・・・遠目で見て4万はいるかもしれんと・・・レグシ軍の総数が5万だったか・・・そうなると1万をバーレンロウに残して出てきた感じか?それでも俺達より1万も多い


「正確な数はさすがに分からないわね。伏兵がいるならば、その分が追加されるし・・・まあでも、ここで決めに来てるのは間違いないわね。どっちにしろここを抜かれればレグシは終わる」


伏兵がいようがいまいが、4万近くの兵を投入した時点で抜かれれば、レグシに反撃の力は残ってないだろう・・・つまり、ここが決戦の地と考えて間違いないだろうな


「第1に並びます!」


外の兵士から声が上がる


全軍の先頭が並び、第1からの合図により動き出す手筈となっている。第1には大きな太鼓があり、それを鳴らすことにより第2と第3が同時に攻め込む・・・撤退の合図も第1がまず出すことになっているから、デュラスに命を預けるみたいな形になっていて不安でいっぱいだ


進軍が止まった事を確認して俺らは馬車を降りた


第1の後方では既にテントを組み上げており、その近くに馬車を運ばせ、それぞれ馬に乗る


「敵の動きは・・・ないようだな。ラクス達はもうすぐ所定の位置に着くか・・・ノイス!ロリーナ!ダルムド!」


近くに居た三人を最終確認を行う為に呼び寄せる。実際に兵を動かすのはこの三人となる・・・俺が指示してノイス達が笛の音で千人長達に指示・・・そこから千人長が隊長達に指示して、隊長達が受け持つ兵達に支持する。退却以外は段階を踏むため、やはり速度は遅くなるだろうが、バラバラに動くよりはマシだろうな


「ここに!」


ノイスが代表して跪き目の前に来たことを知らせる。なあなあでは規律も乱れる。プライベートで会う時と違って、ちゃんと上司と部下をしないとな


「今回は先述の通り、宣戦布告もなければ、名乗りもない。第1軍の合図により右に展開しその後は第3軍との挟撃となる。3軍はこちらに合わせると言っていたから、展開が終わり次第敵軍に突っ込むぞ」


「はっ!陣形の変更は?」


「ない。まずはロリーナが先陣を切り罠と矢を警戒、その後接触する前にダルムドと交代し、ダルムドが突っ込め。頃合いを見てノイスと代わり敵を殲滅する。ロリーナは引いた後、周囲の警戒と敵軍の展開を防げ。敵軍の方が数が多い為横に拡がらせるな」


「はっ!」


「第3軍は罠とか関係なしに突っ込むかもしれんが、こちらは慌てずに確実に行け!アレに合わせるのは無理!」


アレとはラクスの事。アイツは絶対に罠とか気にせずに突き進む・・・挟み撃ちで同時に攻撃出来なくなるが、それは知らん・・・全部ラクスのせいにしよう


「シーラは後方待機と念の為後方の警戒・・・シーリスの調べでは潜伏している伏兵はいないみたいだが、気付かずに後ろに回られる事もあるかも知れん」


「はっ!」


うーん、シーラのはっ!は可愛いな。今度個人的にやってもらおう


「リオン、お前は?」


「常に先陣にて待機しておく」


血気盛んなリオン軍がリオンの後方で鼻息を荒くしている・・・まあ、大丈夫か


「バッカスは?」


「勝手にやるさ」


手をヒラヒラさせて勝手に去って行く・・・勝手にしてくれ。ユニスがバッカスの後ろで手を振っていた。上手くやってくれてると良いが・・・


「ここがレグシとの正念場だ。さっさと終わらせてバーレンロウに向かうぞ!」


「はっ!」


伝え終わると皆持ち場へと向かう。フローラとベースドはロリーナの組だったな・・・


程なくして第1軍より太鼓の音が響き渡る。それを受けて三千人長の三人に進軍せよと叫ぶと至る所から笛の音が響き渡った


右に展開している最中にレグシ軍の様子を見るが、動きはほとんど見られない・・・俺達の行動で挟み撃ちを狙ってると分かりそうなもんだが・・・堂々と受けて立つって事か?それとも罠に自信があるのか?


「アシス様!第1軍が!」


え?


すぐさま後ろを振り返ると予定にない行動をする第1軍・・・いやいや、お前らは待機だろ?


雄叫びを上げながら1万の軍勢がレグシ軍に向かって全力前進・・・面食らいしばらく思考が停止する・・・まさか、さすがのデュラスでもそこまでしないだろう・・・これは夢だな


「アシス!」


シーリスの呼び掛けで、現実に引き戻され、第1軍の動きが夢でない事を知る


「何してんだ!?」


「知らないわよ!それよりも中央付近は不味いわ!天幕を張って見えないようにしていたけど、何か仕組んでるのは確か!このままだと・・・」


斥候を放ち、レグシ軍の動向は確認している。中央付近に何かを仕込んでるのはデュラスも知ってるはずだが・・・


「くそっ!・・・予定通り右に展開する!下手に動けばレグシにつけ込まれるぞ!」


第1軍を見殺しにする訳にもいかないが、こちらが慌てて動けば第3軍を見殺しにする事になりかねない・・・焦る気持ちを抑えて指示を飛ばし、第1軍を睨みつける


「シーリス!デュラスの元に向かって、なぜとち狂ったか聞いてきてくれ!このままだとマジで終わる・・・」


「・・・殺していい?」


「なるべく避けたいが・・・時と場合による・・・判断は任せる」


シーリスの気持ちは分かる・・・俺も捻り殺したい。だが、一応は総大将だし、何か理由があるのかもしれないし・・・シーリスが判断したなら、それは正しいのだろう。殺したら全面的に俺が責任を被ろう


頷いて第1軍の陣営に向かうシーリスを見送り、第2軍として予定通りに進める・・・進軍速度を少し早めるように指示を出すと、正面突破する第1軍に目をやった


速度は俺らと変わらない・・・しかし、直線距離の方が断然短い為に、こちらがいくら速度を上げたとしてもレグシ軍との最初の接触は第1軍になるだろう


「アシス・・・先頭に・・・」


「ああ・・・俺も見た」


シーラが不安げな声を上げる。第1軍の先頭にガレスが居たからだ。恐らくデュラスの命令で先陣を切ったのだろうけど・・・


「行くならてめえで行けよ・・・デュラス!」


さすがに大っぴらに総大将を批判する訳にもいかず、声を噛み殺して周囲に聞こえないように呟いた




────



アシスの命令により第1軍陣営に向かっていたシーリスは、馬を飛ばしすぐさま辿り着いた


天幕を荒々しく開けて、中にいるデュラスを睨みつける


「無礼者め!断りもなく入って来るとは!」


「断りもなくはそっちでしょ!?なぜ第1軍を動かしてるの!」


デュラスの怒鳴り声に負けじとシーリスも怒鳴り返す


「補佐官如きが総司令官の俺に意見する気か!」


「私が誰だろうと関係ない!今すぐ第1軍の撤退か全軍の撤退を指示しなさい!中央に罠らしきものがあるのは知ってるでしょ!?」


「それを踏まえての決行だろうが!何を言って・・・」


「デュラス将軍!我が軍が進行中に突然杭のような物か現れ、軍が分断されました!」


「なに!?・・・くっ!」


デュラスは目の前に立ちはだかっていたシーリスを押し退けてテントを出る。そこから見えた光景は立ち止まる兵士達と横一直線に並べられた杭のような柵


「なんだアレは!?今までなかっただろうが!」


「突然地面より出てきまして・・・あの杭での被害はそれ程でもありませんが、完全に分断されてしまい、先行していた部隊は孤立しています!」


「馬鹿者が!早くあの柵を壊して・・・」


「デュラス将軍!レグシ軍動きます!中央の分断された部隊に向けて進軍!」


「柵が!」


誰かが叫ぶと柵が一気に燃え広がり、炎の壁として残された兵の行先を遮る。炎の勢いは凄まじく、近寄ることさえ出来なかった


「破城槌は!?」


「準備出来ておりません!組み上げるのに相当な時間を要します!」


「ええい!2軍と3軍は何をしている!?」


「駄目です!右と左に展開し、中央に向かってはいるのですが、とても間に合いません!左奥から伏兵!第3軍と接触します!右は第2軍の前に・・・あれは民兵?・・・とにかく前方を塞がれております!」


「何をやっているんだ!アイツらは!」


「何をやっているのか聞きたいのはコッチよ・・・」


デュラスが叫ぶとデュラスに押し退けられた事に腹を立てたシーリスがテントから出てきてデュラスを睨みつけた。それを見てデュラスは舌打ちして、シーリスへと向く


「そっちから危急という事で言ってきたのだろう!?合わせてやったにも関わらず遅れおって!」


「は?何を言って・・・」


お互い噛み合わないまま、事態は悪い方向へと転がり落ちていく




────



右への展開が終わり、いざ中央にと進軍すると前方に千人近い者達が前を塞ぐ。進軍は直ちに停止し、予定通りロリーナとダルムドが交代しようとするが、立ち塞がった者達の様子がおかしい・・・主に格好が


「アシス様・・・恐らく民兵です」


近くにいたノイスが近付き俺に告げる。見りゃ分かる・・・鎧も何も付けずに手に持つ武器もバラバラ・・・古びた剣やクワなどを手に持ち俺らの前に立ちはだかる


「どうします?こうしてる間にも第1軍は・・・。それに第3軍の事もありますので、蹴散らしますか?」


見るからに足止めにもならないような者達・・・蹴散らすのは簡単だが、もし彼らが強制されて来ていたら?肉壁として足止めする為だけに居るのだとしたら・・・


「アシス様?」


「いや、俺が向かう。全軍に停止の合図!こちらからは手を出すな!」


優先すべきは自国の者・・・それは分かっているが・・・


急ぎ馬を走らせて先頭に躍り出る。先頭では未だロリーナが盾を構え民兵らしき者達と睨み合っていた


「くっ・・・!アシス様!?」


「どうなってる?」


睨み合いながら停止させられている事への苛立ちからか眉を顰めるロリーナに近づくと状況を聞く


「・・・彼らは何も・・・言いませんし動きません!ただそこで立っているだけです・・・」


「分かった。後は俺が何とかする。少し下がってくれ」


ロリーナに指示を出すと、ロリーナは頷き自分の部隊を少し下げる。その間に近くに居たリオンが一人でこちらにやって来た


「アシス・・・第1軍が・・・」


「・・・分かってる」


ここからだと第1軍の状況が良く見える。分断された部隊はレグシ軍に接近されて後がない・・・早く助けに行かねば・・・


目の前にいる奴らは俺らを見てガタガタと震えていた。四列で横に並びこちらの進行を妨害しているが、何かしてくる気配は全くない。だが、無警戒に通り過ぎる事は出来ない・・・手に武器を持ち襲ってくる可能性がゼロではないから・・・


「俺はメディア国守護者アシス!今すぐそこをどけ!退かぬなら敵対行動と見なす!」


あえて退かないならどうするかは言わない・・・言ってしまえばもう後戻りは出来ない・・・


予想通り返答はない。恐らくは軍からの指示で口を開くなと言われているのだろう。駆り出されたのか自ら志願したのか分からないが、いいように使われてる


「沈黙も敵対と見なす!動かぬのもな!」


再度告げるが、動きもなければ、言葉もない。時間だけが刻々と過ぎていく・・・


「ちっ!」


思わず苛立ち、舌打ちが出てしまう。近くの奴を睨み付けるも、目も合わせようとしない・・・必死でそこに居るのを耐えている感じだ・・・逃げ出したいのを我慢し、役割を全うする・・・俺の苛立ちはコイツらに対してではない。コイツらに命令した奴らにだ


「アシス!」


リオンが呼び止めるのを聞かずに馬から降り、近付いた。近くの奴が武器をギュッと握り締めるのが分かる・・・攻撃してくるかと思ったが、通り過ぎても何もしてこなかった・・・ただ、恐怖で握っただけか


「邪魔だ・・・道を開けろ」


二列目と三列目の間で止まると、力を流す・・・双龍・・・四龍・・・六龍・・・


このまま震動裂破や震龍裂破を放てば近くに居る者は即死だろう・・・逃げず震える者達を?・・・ざけんな!


「ひれ伏せ!」


選択したのはラクスの技。上から力をかけるこの技なら調整で均等に力をかけられる。かなり微調整が必要だが、俺の技よりは破壊力もない


叫びと同時に力をかけた為、まるで言うことを聞いたかのように一斉にひれ伏す・・・いや、ひれ伏させた。体が急に上から押し付けられ、怪我をする者も居るだろう・・・武器も折れる音などを聞こえた・・・それでも・・・


「我が名は『鬼神』アシス!・・・とっとと失せろ!」


技の範囲は全員には届いていない。しかし、急に俺の周りが呻き声を上げらながらひれ伏す姿を見て目を見開き、俺のトドメの叫びに我に返ると這う這うの体で逃げ出した。技を喰らった奴らも這うように逃げて行く


「行くぞ!お前ら!第1軍の救援に向かうんだ!」


俺の叫びを聞き、ロリーナが笛を吹く。肉壁がなくなり、進軍は再開される。一人駆け出し、ガレスの救援に向かいたいが、今は俺はこの軍の頭だ・・・勝手な行動は出来ない


リオンを向かわせようにも、向こうの軍が多過ぎる。やはりここは固まって動くしかないか・・・


俺は先頭に立ったまま、焦る気持ちを抑えてガレスがいるであろう場所へと向かった────




────




後ろで火の手が上がり、地面に潜伏していたであろう民兵らしき者達が逃げて行くのが見えた


ガレスは馬に乗っていた為に地面の異変に気付かなかったが、恐らく地面を掘り、杭を仕込んでいたのだろう。今は炎の壁と化した場所を過ぎてしばらく進むと「回せ!」という叫び声と共に杭が突然地面から出て来て、軍を分断させた


「団長!まずいぜ・・・このままだと・・・」


「ガレス将軍!敵軍がこちらに!」


ガレスと傭兵時代から共に過ごしてきた男がガレスに話しかけていると、もっとも恐れていた報告が飛んでくる


「ちっ・・・少しづつ削るつもりか・・・」


後ろは炎の壁、前には凡そ4万の大軍・・・横に逃げようにも、大軍はこちらを囲むように迫って来ていた


「正面に見えるのは・・・敵将セリーヌかと!」


ガレスにも見えていた。手勢を数百人連れて馬で一気に距離を縮めて来るのは忘れるはずもない・・・ガレスの師であったセリーヌ


「ここは我らでセリーヌを・・・」


「馬鹿言え・・・俺らが動けばセリーヌは引き大軍と対峙だ・・・五千足らずで四万に特攻は笑えねえよ。少ない手勢で来たことに何か意味があるかも知れん・・・それに賭けるぞ」


ガレスの中ではもしこちらが仕掛けたら、セリーヌは引かずにそのままガレス達を蹂躙するだろうと思っていたが、兵士にはそれを言わなかった。勝機のない絶望の中で更に絶望させる訳にはいかないという理由とガレス本人が知らない内に何かを期待していたからだ


自分がセリーヌの弟子であったこと・・・数年共に過ごしてきたことがこの窮地を好転させる何かが・・・


程なくしてガレスの前にセリーヌが到着する。優雅に馬から降りる姿に窮地にあるにも関わらずガレス軍は見惚れてしまう・・・ガレス以外は


「お久しぶりです」


「はて・・・どこぞで会った事があったか?すまないが覚えていない・・・お主が軍の指揮者か?」


平然と言ってのけるセリーヌに歯噛みするが、ガレスも負けじと表情を変えないように努力する


「はい・・・私がデュラス軍の副官、メディア国の将軍でガレスと申します・・・セリーヌ将軍」


「そうか。大人しく武器を捨て投降しろ。虐殺に興味はない」


セリーヌはガレスの言葉に食い気味に話すと、周囲を見渡した。戦場は常に変化している・・・後ろからは自軍が来ているが、左右からはメディア軍が迫ってきている。燃え盛る炎の壁もいつまで保つか分からない


「・・・拒否したのならば?」


「くだらん問答をする気は無い。下るか抗うか選べ」


セリーヌの言葉に師弟の再会は打ち砕かれ、時間稼ぎもさせてもらえない・・・ガレスの出した答えは・・・


「投降します」


剣を帯から鞘ごと外し、地面に置いた。周囲は驚きの声を上げるが、ガレスに悔いはなかった。今ここでどこぞの英雄譚のように五千足らずで四万の軍勢に立ち向かっても犬死。指揮官として自分は殺されようとも、部下達が生きてくれれば・・・そう決断し剣を置き頭を下げた


「つまらんな・・・本当にお前は昔から・・・」


セリーヌのその言葉にハッとして顔を上げた時、セリーヌは腕を上にあげた。そして、いつの間にか迫っていた四万の軍勢に命令を出す


「殲滅せよ!一人も残すな!」


セリーヌが腕を振り下ろすと四万の軍勢が突如雄叫びを上げながら走り出す。セリーヌ達を躱し、二つに割れた軍勢が一気にガレス達を飲み込もうとしていた


「なぜ!?我らは投降を!」


「投降させたのはお前の部下の士気を下げる為よ!指揮官が投降を決め、生き残れると安堵した後にくる絶望・・・士気など上がるはずもない!手負いの者を追い詰めると手痛いしっぺ返しが来るからな・・・どうした?これが戦争だぞ?ガレス!」


「セリーヌ!」


置いた剣を取り、引き抜くと鞘を投げる。ガレスの後ろでは大軍に襲われている仲間たちの断末魔が聞こえる。数の暴力に為す術なく死んでいく仲間たち・・・もう抗う術は残されていなかった


怒りで我を忘れたガレスがセリーヌに迫ると、護衛の者が前に出る。それを瞬時に斬り伏せると走る速度を上げた


「まだそのような物を使っているか・・・やはり才能がないというのは悲しいな・・・せめて我が手で送ってやろう」


「セリーヌゥゥ!」


ガレスが迫るとセリーヌは前に出ようとする護衛を止めた。そして、眼前に迫るガレスに腕を振る


ガレスは足を止め、腕の軌道を確認して、斬撃を躱す。薄らと光る力の塊が体を掠めるのが分かり冷や汗が、頬を伝う


更に腕を振るうセリーヌに対して、再び軌道を読み躱す


「ふん・・・よう足掻く。せっかくこの手で終わらせてやろうと思ったのに興醒めだな・・・」


「団長!!」


「タムト!」


近寄れず必死に躱していたガレスの横を、『鋼の剣』時代からガレスを支えていたタムトが血だらけになりながらもセリーヌに突撃する。その際に一瞬ガレスの顔を見て微笑んだ


「雑魚が!」


突然の出来事にセリーヌの護衛達は動けず、セリーヌがタムトに対して腕を振る。するとタムトは真っ二つになり、絶命するが、その隙にガレスが一気に距離を詰めた


間合いに入り、斬撃を乗せて一閃・・・セリーヌに三筋の傷が入る────はずだった


「そんな物に頼るから、そうなる」


握っていたはずの剣は手首ごとなくなり、ただ横に腕を振っただけの形となっていた。それに気付き、すぐさまセリーヌを見るとそこには見下したように笑みを浮かべ佇むセリーヌがいた


「くっ・・・そっ・・・」


「苦しまぬよう逝かせてやる」


血が吹き出る右腕を抑えながら跪き、セリーヌを睨みつけると、ガレスは右腕を振り上げる


「むっ」


血飛沫がセリーヌにかかり顔を背けた瞬間、ガレスは立ち上がり腕を振り下ろす


ギッと音が鳴り、ガレスの手首から出た力の剣とセリーヌの力の剣がぶつかり合う


「うおおおおお!」


「なんだ・・・出せるではないか。拙いが褒めてやろう」


いくらガレスが力を込めようが、セリーヌの細腕から出る力の剣を押し切ることは出来ない。セリーヌは余裕を持った表情で受けきると、ガレスの剣は薄くなり消えていった


「力で押し切ろうとは馬鹿な事を・・・」


「せっかく・・・あんたを看取ってやろうと思ったのに・・・な」


「看取る?ラクスが私を娶るのを見るの間違いであろう?」


「一生来ねえよ・・・そんな時は」


「弟子にそんな事を言われる日が来るとは思わなかったな・・・そろそろ逝くか?」


「ああ・・・地獄で待ってます・・・師匠」


「長く待たせる事になるな・・・ガレスよ」


セリーヌが腕を横に振るう


そして、セリーヌが前方の戦況を眺めるとほぼ勝負がついたのか、兵士達はほとんど動きを止めていた


戦場に太鼓の音が響き渡る


突撃の時と違い、音はずっと鳴り響く


それが退却の合図だということを、左右に展開していたメディア軍が去って行くのを見て気付いた


セリーヌは踵を返し、馬に飛び乗ると本陣に向かい馬を走らせた。残された護衛達も慌てて馬に乗り、セリーヌの後に着いていく・・・残されたガレスは膝をつきその場に佇んでいたが、突風により倒れ、首にかけた御守りが血で染まる


太鼓の音が止む事により、メディア軍とレグシ軍の一日が終わった事を告げていた────


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