5章6 女王の呪い
他愛もない噂話ではなく、本当であって欲しい。そして、早く会いたい。どっちに似てるのだろうか?ナキス?ガーネット?その前に性別は?二人共金髪だったから、金髪だろうな。名前はなんだろう・・・ガーキス?ガネッス?ナーガット?
「何を・・・考えてるの?」
いつもの日課であるシーラの治療を行っていると背中越しに聞いてきた。最近では背中越しでも心を読まれるので正直怖いわ
「うーん・・・子供について?」
「・・・左腕がもうすっかり動くようになったの。人を殴れるか試して良い?」
「待て!勘違いするな!別に子作りについて・・・ぐほ」
シーラさん・・・それは蹴りです
ベッドの上で座って背中を向けていたのに、器用に後ろにいる俺の鳩尾に蹴りをぶち込む
「遠征中は変な事を考えないように邪念を消し去らないと」
鳩尾に蹴りをぶち込むと邪念が消え去るのは初耳だ
その後襲いかかろうとして見事に右アッパーを喰らい、ベッドに大の字に倒れ込む。おやすみという言葉と共にシーラは部屋を出て行った
まだ知らせない方がいい
噂話だからっていうのもあるが、悩みを抱え込んで動きが悪くなったりしたら・・・そう考えるととても話せる内容ではなかった
明日になればラクスの軍が編成を終え、サトナークを出発する
そうなると国境を越えてレグシに入る事となる。敵国に侵入する事がこんなにも不安を感じるとは思わなかった
俺一人ならどうとでもなる。逃げるにしても戦うにしても
だが、軍となるとそうはいかない。仲間を、自国の兵士を護る事は出来るのだろうか・・・
考えてる内にいつの間にか眠ってしまったみたいで、ノックの音で目を覚ました
「おはよう・・・行こ」
シーラと共に宿屋一階の食堂で朝食を取り、ラクスの様子を見に行く
具体的に編成って何するのかシーラに聞くと凄い嫌そうな顔をされた・・・丸投げしてたから知らないんだよ・・・
シーラは詳しくは知らないがと前提を置いて話してくれた
まずは挨拶。基本だね。初めて配属される事となると自己紹介もえらい長いらしい。得意な戦法やら自身の実力、それと経験や性格に至るまで・・・メディアは戦争の経験がある兵士などほとんどいないから、主に軍に配属された期間イコール経験みたいなもんか
千人長、隊長クラスが集まるのだが、そこでラクス好みに編成していく。ほとんどが組んだことのある千人長と隊長を組ませる。やはり連携の練度が重要になるからだ
しかし、練度も大事だが相性も大事だ。なかなか数日では見抜けないだろうけど、直感で変えたりすることもある。後は自己申告・・・この千人長と組みたい、組みたくないなども上がることもあるらしい
そうして組み上げた軍をスムーズに操れるように決まり事を作る。まあ、うちの笛みたいなやつだな。退却やら突撃やら、いきなり息のあった攻めや守りが出来る訳もなく、決め事に従い動くように指示する
以上の事を数日で行う為、かなり疲れるらしい。覚える事、覚えさせる事が様々あり、副官に丸投げする奴も多いらしい・・・丸投げなんて、酷い奴だ!
しかし、俺の軍はもう編成も終えてるし、いつ戦が始まっても編成する必要は無い・・・アシス軍最高
副官を連れていなかったラクスはさぞ苦しんでいるだろうと楽しみにしていたのだが・・・
「ん?もう編成は終わったぞ?」
軽く返されてガッカリだ
「千人長とかの名前とか全部覚えたのかよ?」
「必要ない。指示は一つ────俺についてこい・・・それだけだ」
ありか?ありなのか?シーラを見ると・・・ノーコメントと答えるのを拒否された
「そんなんで護れるのかよ?」
「守る?攻めるんだぞ?」
コイツから守護者の称号を剥奪して欲しい
・・・いや、それも護るやり方の一つか。レグシを攻める事によりメディアを護る・・・ラクスらしいって言えばラクスらしいな
「下手こいても助けないぞ?」
「逆だ逆。助けて欲しければ泣き叫べ。兄ちゃんが助けてやる」
「オッサンのクセして兄貴ぶるな。下り坂め」
「まだまだ全盛期だ!久しぶりに試すか?」
「冗談だろ?3軍の大将を怪我させたら、髭だるまに怒られちまう」
「この・・・!」
ラクスの暇潰しに付き合ってられるか。大剣を持ち上げたラクスから逃げ、シーラと街を散策する。編成が終わったのなら明日は予定通りレグシに向けて進軍開始。平和な日常もしばらくはお預けだ
「そう言えばデクノス達は?メイカートに残して来たんでしょ?」
今回の遠征にデクノスとテッド達はついて来ていない
「アイツらがメイカートに残っている間に一つ用事を頼んだ。しばらくは戻って来ない」
「ふーん・・・何の用事?」
「・・・内緒」
ポカポカとシーラに叩かれた。日常生活にはほとんど支障がなくなったようだな・・・左腕は。本人にしか分からない微妙な違和感とかあるかもしれないが、はたから見たら特に気にならない
「噂に違わぬ仲の良さですね」
突然後ろから声をかけられて振り向くとカラホスがにこやかに笑っていた。巷は噂に溢れてるな
「何か?」
まさか街中でこの前の話はするまいなと少し声色を変えるが、そんなアホではなかったようだ
「アシス様に個人的にお願いがあって探しておりました」
「個人的に?」
「バーレンロウにある大使館・・・人は全て連れて逃げれたのですが、物はほとんど置いて来ました。着の身着のままで逃げて来て余裕がなかったので仕方ないのですが、その中の一つに一枚の絵画がありまして・・・」
絵画か・・・芸術の国レグシ・・・そうなる事をガーネットもナキスも望んでいたな
「ガーネット女王より頂戴したガーネット女王の自画像。これが他の絵より遥かに惹き込まれる何かがありまして・・・他の絵より劣る点はいくつかあるのですが、それでも手放したくないと思える程の一品です」
自分で自分を描いたのか・・・てか、絵の才能があるのかよ・・・意外だな。「余を超絶美女に描け」とか命令している光景は目に浮かぶが、自分で絵を描いて、その絵のモデルが自分とは・・・
「その絵を貰ってレグシに寝返りそうになったとか?」
「ハハ・・・私はメディア一筋ですよ。揺らぐのは絵を見てる時だけくらいです」
揺らいでたのか!?冗談めかしに言い、笑うカラホス
余裕があればと承諾して、その答えに満足したのか笑顔で去って行った
カラホスがそこまで惚れ込む絵・・・俺も見てみたくなった。残っていると良いのだが
適当な店に入り昼食を取り、サトナークの店を見て回る。久しぶりのデートを楽しんで夜に最終確認として軍議を開き、次の日の朝にサトナークを出た。すぐそこはレグシとの国境・・・戦が始まる
────
レグシ国の街、リーレントと首都バーレンロウのちょうど中間にある街サレンジ・・・そこにセリーヌ率いるレグシ軍が駐留していた。そのサレンジの領主館の一室でセリーヌは報告を受ける
「メディア軍サトナークに到着した模様!その数凡そ二万」
「サトナークには元々一万の軍勢がおりましたので、計三万になると思われます」
「総大将は敵将デュラス。脇を固めるのは『大剣』ラクス!更に噂では『鬼神』アシスも参陣しているとのこと!」
次々と上がる報告の中、ラクスの名前が出た時に一際周囲がザワついた。その後のアシスの名前で頭を抱える者さえ出た
「とうとうお迎えが・・・」
「は?」
「んん・・・なんでもない。総大将はあの時泣きついて来た丸いのか・・・舐められたものだ」
つい出た言葉を聞き返されて慌てて取り繕う踊り子のような薄着に身を包むレグシ国将軍セリーヌ。サレンジにて陣を張り、何人もの斥候を放ち、情報を収集しながら、迎え撃つ準備をしていた
「他にめぼしい将はいたか?」
「総大将デュラスの副官にガレスと言う名の将軍がいるようです。将軍クラスは以上かと」
その報告に眉をピクリと動かすセリーヌ。だが、誰もそれに気付かず、セリーヌの言葉を待つ
「・・・知らんな。メディアの凡将が一人加わったところで戦況は変わるまい。気をつけねばならぬのは『大剣』と『鬼神』・・・二人の部下は?」
「なにぶん情報が少ない状態でして・・・『鬼神』の姿を知る者もおらず、潜伏先で街の者に聞いた程度です・・・その部下までは・・・」
デニスとの戦いの最中に突如出てきた『鬼神』アシス。その情報が少ないのも無理はなかった。その顔をハッキリ分かるのも二年前から唾をつけていたセリーヌくらいであろう
「現状は作戦に変更はない。今まで通り進めよ」
「し、しかし、相手は元『十』の・・・」
「忘れたか?こちらにも元『十』がいることを・・・それとも思い出させて欲しいのか?」
「い、いえ!失礼致しました!」
殺気を込めて言ってきた者を睨み付けると萎縮して小さくなり少し後ろに下がりながら謝罪した。それを見て呆れながら息を吐き、部屋にいる全員を見渡す
「案ずるな!こちらには地の利がある。それに相手を知っている!凡将には単純な罠を!情には情を!力には力で迎え撃てば数の多いこちらが勝つ!お前らには『水晶』セリーヌがついておるわ!」
セリーヌが鼓舞すると、将兵達は上辺だけの声を上げる
(まずは初戦・・・圧倒する必要があるな)
心の中で士気の低い将兵達を眺め呟いた。端から諦めムードの将兵達・・・ほとんどがメディアを攻めた時にラクスの姿を見た者達だ。圧倒的な存在感を持つラクスの姿を
歯噛みし、メディアの方向を見据えた後に目を閉じる。そして、自らが出した策を頭の中で思い返し、更なる妙案がないか模索する
決戦はすぐそこまで迫っていた
────
リーレントに到着する直前で何やら先を行くデュラス軍が歩を止めた。何事かと思い、聞きに行かせるとどうやらリーレント領主が街の外まで来てデュラスと何やら話をしているらしい
デュラスだけだと不安なので急いでその場所へと向かった
「もういい!全軍すす・・・」
「待て!髭だるま!」
あっ・・・つい・・・
「ひげ・・・?」
湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしてるデュラスこと髭だるま。自分の軍の前で髭だるまなんて言われたら、そりゃあ怒るよな・・・でも
「住民を逆撫でするなよ・・・何があったんだ?」
と、髭だるま発言を無かったことにする作戦で強引に話を進める
「貴様・・・この総司令官である俺に向かって・・・」
失敗
「・・・ひ・・・げ・・・」
デュラスと話していたオバサンが腹を抱えて笑っていた。もしかしたら、この人が領主?
しばらく笑い転げているオバサンを見つめる時間が続いた。髭だるまは怒って自分の乗っていた馬車まで戻って行く。その際に「好きにしろ!」と言っていたから、交渉はバトンタッチって事で良いのか?
「メディア国の守護者のアシスと言う。ちょっくらレグシ国を滅ぼさなきゃならないので通してもらっても?」
「・・・ふう。不躾なことを言うねぇ。レグシ国の領主の私に国を滅ぼすから街を通らせろとは・・・それで通してもらえると思ってるのかい?」
笑い終えたオバサンは涙を拭きながら答える。俺も簡単に通してもらえるとは思ってないよ
「領主って事は近隣の平穏を保つのも仕事の一部だろ?下手に波風立てて街中が荒れるよりはすんなり通して事なきを得るのも立派な仕事の内じゃないか?」
「それは脅しかい?」
「いや、今のところはお願いだ」
「・・・今のところは・・・ねぇ?」
オバサンと見つめ合う趣味はないが、まるで品定めするように見つめてくるので、思わず見返してしまった
ダボダボな服に身を包み、年の頃ならメイカートのメリッサと同じくらいか・・・落ち着きのあるメリッサに比べてだいぶやんちゃな感じだが・・・
「確かに住民の安全は最重要事項だよ。でもこっちにも面子ってもんがある。敵軍をすんなり通したって事になると、私の面子は丸潰れだよ。その辺はどうしてくれるのさ?」
オバサンの面子?・・・さて、困った時の・・・シーリス姉さん!
「ハア・・・私は守護者補佐官シーリス。領主の言いたい事は分かります。私達も食料が不足している為、言い値で食料の購入・・・と、言うのはどうでしょう?」
一緒に来ていたシーリスにヘルプを出すと、溜息をつきながら前に出て領主と相対する。領主はやっと話の分かる奴が来たと感じたのだろうか、ニヤリと笑いシーリスに答えた
「食料は無理だね。つい最近、特別徴収とか言って軍がほとんど持っていっちまった。他の物なら色々あるんだけどね」
特別徴収?レグシ軍が戦争準備の為に?それとも俺らに食料が渡るのを防ぐ為?
「なるほどね。なら、通行税って形でいいわ。下手に荷物が増えるのも行軍を遅らせる事になるから。他には?」
「話が早くて助かるね。他には街中での駐留はお断りだよ。さっさと通り過ぎて欲しいね。もちろん住民に怪我を負わせたりは論外・・・黙って通り過ぎるなら、それ以上は求めないよ」
「分かったわ。ただし、そちらからのちょっかいがなければの話よ。お互い敵国同士・・・気が立ってるのはお互い様だからね」
「その辺は通達しとくわ。それよりも本当に何か買っていかないかい?特別特価でお出しするわよ?食料以外なら大歓迎。何かと入用だろ?」
「残念ながら特別特価という名のぼったくりに乗っかるほど余裕はないわ。これから各街で同じ目に合うでしょうし・・・戦争が終わったらセーラ女王陛下に伝えておくわ。リーレントの領主は戦争時、非常に協力的だったと」
「・・・やめておくれよ。通行税すら貰いづらくなるじゃないか」
「あら?そこは当然の権利よ。遠慮なく請求してちょうだい。金額はあなたの良心に任せるわ」
「本当・・・やりにくいわね」
領主は苦笑いしながら頭を掻き、シーリスと今後の流れを詰めていく
程なくしてゆっくりと街中をメディア軍が通り始めた
全軍が通り過ぎるまでの間にちょっとしたいざこざもあったが、無事にリーレントを抜けるのに成功し、次なる街に向けて行軍を再開する
しばらく行軍を続けていると、馬車の外から俺を呼ぶ声が聞こえた
「アシス・・・ちょっといいか?」
先行するデュラス軍から抜け出し、声をかけてきたのはガレス
馬車を降りて馬を借り、併走しながら話をする事になった。馬に乗っているとはいえ行軍の速度は歩兵に合わせている為に遅い。なので馬に乗りながらでも話し声は普通に通った
「前に話したセリーヌ様の話・・・あの時は技の事を中心に話したが、実際に戦う時になったら相手の情報は多い方が良い・・・まあ、行軍中の暇潰しとでも思って聞いてくれ」
ガレスはそう前置きすると、セリーヌと出会った時の事を語り始めた
元々レグシ国の傭兵として活躍していたガレス。首都であるバーレンロウで赤の称号を得てそれなりに充実した日々を送っていた
ある時、レグシの担当であった『十』が代替わりしたという話を聞く。そして、新しく来た『十』は女性であり、美女・・・その情報にガレスは興味を持ち、一目見ようと新しく来た『十 』・・・セリーヌの元を訪れた
ガレス以外にも同じ事を思った男達に囲まれるセリーヌ・・・扇情的な格好と整った顔立ちに心奪われ眺めていると、何を思ったか一人の男がセリーヌに勝負を挑んだ
男は勝負して、自分が勝てばお前を貰うと言い放ち剣を構える。何も持たずに涼し気な顔で勝負を受けるセリーヌに周囲は興奮し、勝負に熱狂した
しかし、周囲の者達はおろか、勝負を挑んだ男すら忘れてしまっていた・・・セリーヌが『十』の一人であり、生半可な実力ではない事を
勝負は一瞬でケリがつく
セリーヌが何も持たない腕を振るうと、男が真っ二つになり地面に伏す
人間が真っ二つになるのを目のあたりにした周囲の者達は恐怖し、その場を這うように逃げていく・・・ガレスを残して
ガレスはセリーヌの美しさに目を奪われていたが、今度はセリーヌの技に心が奪われていた。そして、思わず出た言葉が
「弟子にして下さい」
だった
セリーヌは突然の申し出に初めは断るが、しつこく頼み込んでくるガレスに根負けし、弟子にすることになる
手取り足取り教える師弟関係ではなく、セリーヌの技をガレスが見て覚える・・・そんな日が何年も続いた
普段は弟子ではなく、付き人のような関係となり、セリーヌの身の回りの世話をしていたガレスに転機が訪れる
新たに『十』となったラクスがセリーヌを訪ねてきたのだ
ガレスが弟子になってからも、セリーヌの美しさに誘われるように挑戦してくる者は後を絶たず、いい加減飽き飽きしていたセリーヌは、ラクスのふてぶてしい態度に腹を立て、自らの手を下さずガレスに命令する
────この者と戦え
『十』になったばかりのラクスに対して、ただの戯れで出した命令はガレスの人生を大きく変えることとなってしまった
元々セリーヌと手合わせするつもりだったラクスはそれを受けてガレスと立ち合う事を了承し、結果はガレスの惨敗・・・顔に大きな傷を負うこととなる
その戦いを見ていたセリーヌは一瞬で心を奪われてしまった
ガレスが勝手にラクスに勝負を挑んだ事にしてラクスに謝罪し、ガレスを追放・・・セリーヌが命令したなどと言おうものなら真っ二つにされると思ったガレスは泣く泣くセリーヌの元から去った
居場所を失ったガレスは新天地を目指しメディアへ・・・そして、今に至る
「てな、訳だ。情けねえ話で語るのも恥ずかしいが、少しでも戦いの役に立てばと思ってな」
役に立つ・・・とは、言い切れないが、自分の為ならば味方をも切り捨てる容赦のない奴って事は伝わった
にしても、ラクスに惚れた原因がガレスへの一撃とは・・・それよりも、ラクスのオラオラ状態は興味あるな。今度からかってみよう
「それで今のカミさんと出会い、子まで授かった・・・あながち悪くはなかったよ・・・『鋼の剣』を結成して、今でも付いてきてくれる仲間に出会えた事も・・・メディアに来て良かったって今なら心の底から言える」
前方・・・遥か先にいるであろうセリーヌを思ってか、遠い目をしながら呟くガレス。首から下げた御守りのような物を握り微笑む
「娘が作ってくれた・・・今回の遠征で怪我しないようにってな」
嬉しそうに語るガレスからはメディアに来て後悔していない事が真実であると感じ取れた。何が人生を左右するか分からないな
「話は変わるが、お前さんはガーネット女王と会ったことがあるんだよな?」
「ええ、まあ。大した時間じゃないですが・・・ナキスの付き添いでしたし」
「そうか・・・俺がレグシにいた頃・・・まことしやかに流れていた噂がある」
「噂?」
最近、噂話で動揺させられてばかりだから、思わず身構えてしまった
「ああ、ガーネット女王には呪いがかけられているって噂だ・・・男を破滅させる呪いがな」
「男を・・・破滅?」
「ああ。ふざけた話だろ?でもな、当時のレグシでは信じられていたんだ」
「そんな噂を?信じていた?なぜ・・・」
「不幸が重なった・・・いや、ガーネット女王の美貌に男共が勝手に狂っていったってのが正確なんだろうけどな」
ガレスが再び語り出すのは、ガレスがセリーヌに会う以前の話────
当時のレグシ国国王であったガーランドとメネットには二人の子供がいた
ガーネットとその兄ガジス
もちろん第一王子であるガジスが王位を継ぎ、ガーネットは有力者と結婚して幸せな家庭を・・・周囲は当たり前のようにそうなる事を想像していた
しかし、ある出来事から歯車は狂い始める
王妃であり、ガーネット達の母であるメネットの死・・・元々病弱であったメネットは病に倒れ、そのまま他界してしまう
メネットを溺愛していたガーランドは、メネットが残してくれたガジスとガーネットに愛情を注ぎ、二人の兄妹も母が居らずともスクスクと成長していく
元からメネットの生き写しとまで言われていたガーネットは、成長する毎にメネットに似てくる・・・それが二人の男を狂わせた
ガーランドは娘に亡き妻を重ね、ガジスは妹に亡き母を重ねる
歪な関係へと変化していく中、ガーネットは二人の想いに気付かないフリをして日々を過ごしていた
しかし、父であるガーランドから衝撃的な言葉が出る
────ガーネットに王位を継がせる
周囲は当然次の王がガジスと思っていたゆえに大慌て・・・ガーランドに考え直してもらおうと必死の説得を繰り返す
それでもガーランドの決意は変わらない。もっと衝撃的だったのは、王位第一継承権を持つガジスすら、ガーネットが王となる事に賛成していた事だ
しかし、ガジスはガーネットが王になる事に対して、驚きの条件を出す
────自分がロウ家から有力者の元へ養子に出て、ガーネットの婿養子となる
つまり、ガジス・ロウから、ただのガジスとなり、ガーネットと結婚すると言い出したのだ
これにはガーランドも怒り心頭・・・そんな条件は飲めないと突っぱねる
お互いが譲らぬ状況の中、誰も止める事叶わずに悲劇の時を迎えてしまう
毒殺・・・しかも、同日に二人とも毒により命を落とす
いがみ合っていた親子は、同日に同じ手法で互いを殺しての決着に至ったのだ
一部ではガーネットが二人を・・・との見方もあったが、調査の結果、同日で同じ手法なのは偶然の一致であり、ガーネットの身の潔白を証明する
こうして、ガーネットはレグシ国の女王として君臨する事となった────
「それで呪いって言うのは言い過ぎでは?」
「それだけならな・・・女王になる前に、ガーネット女王に求婚した者が二名、なった後にも三名死んでいる・・・その三名の中にはナキス王子も含まれるがな」
「・・・」
「直接の死因は全てガーネット女王が絡んではいない。しかし、それが逆に呪いではないかという噂を立てるきっかけにもなってしまった」
ガーネットが手を下していれば、ただの悪女として名を馳せるだろう・・・ガーネットが関与していないところで次々とガーネットに言い寄る男が死んでいくとしたら・・・確かに呪いと噂したくなる気持ちも分からんでもないが・・・
「人は他人の事を面白おかしく話す生き物・・・それが一人歩きして悪意のある噂話になる事も多々ある。噂を鵜呑みにした者達のせいで、ガーネット女王は未だ独り身ってのが今の現状だ。噂話とて馬鹿には出来ぬな」
ナキスはそれを知っていて?いや、ナキスならそんな根も葉もない噂話なんて信じないだろう・・・
「原因は父と兄・・・」
「そうだな。ロウ家である二人が同時に死んだ事により、人々は恐怖を感じ、噂話をして心を紛らわせる・・・レグシ国の女王には棘があり、その棘には毒がある・・・触れれば死ぬぞ・・・とな」
自分の国の女王に対する言い草じゃないな・・・そうして、ガーネットは孤独になっていくか・・・
「レグシ国にも勇将はいたのさ・・・ガーネット女王が存在するまではな・・・そいつらがガーネット女王に求婚し、死んだ奴らの中にいたって訳だ」
やり切れないな・・・ナキスが生きていれば、そんな噂など一蹴するのだが・・・
「これは俺の個人的な意見だ・・・レグシにとって、俺らの・・・メディアの進軍は救済になるんじゃねえか?」
「救済?戦争が?」
「戦争が救済なんて馬鹿げた事を言ってるってのは俺も分かってる・・・人を殺しに来て救済なんて真逆もいいとこだ。でもよ、もし先の戦いでメディアがデニスに敗れ、デニスがレグシに戦争を仕掛けたら・・・俺らが来るよりもっと酷い目に合うとは思わねえか?」
確かにデニス軍が来たら、リーレントのような態度をとったら街ごと焼かれていたかも知れない・・・でも、戦争が救済にはならない・・・ただデニスよりメディアがマシなだけ・・・
「綺麗事かも知れねえ・・・でも、俺がレグシの立場だったら、どうせ戦争するならメディアとした方が良い・・・お前さん達のいるメディアとな」
「俺達?」
「今までの戦を見て来て、心からそう思う。敵でなくて良かったっていうのと、お前さん達のいるメディアとなら戦っても良いかなってな」
「それはどういう・・・」
「初めて駆り出された戦争で、お前さんが来るまで地獄だった・・・逃げても逃げても迫り来る敵兵、そりゃあそのはずだよな・・・敵は何倍もの数で俺らを殲滅しようとしてたのだから。そこでお前さんが颯爽と現れて終わらせちまった・・・その時に思ったんだ・・・コイツには適わねえって」
大平原での合戦か・・・相手が油断してたってのもかなりあると思うのだが・・・
「それからガーレーン、メイカートと続いてフレーロウ・・・脱帽だよ、本当に」
「ガレスさん・・・」
「シャリア国の話は聞いてるだろ?敗戦国となり王族以下捕らえられた将兵は奴隷落ちらしい・・・一部の民もな・・・もう6ヶ国協定なんて過去の話・・・この戦争は統一するまで終わらねえ・・・そんな時に現れたお前さんは・・・お前さん達は大陸の唯一の希望・・・俺はそう思っている」
「大陸の?」
「そうだ。お前さん達が率いるメディア軍なら、敗戦国すら幸せに出来るんじゃねえかと・・・デニスやファラスが統一するよりも遥かに良い環境を作れるんじゃねえかと・・・確かに犠牲は出る・・・綺麗事じゃねえ・・・それでも期待したくなるんだ。お前さん達を見てるとな」
「・・・買いかぶりですよ。俺なんかちっぽけで悩んでばかり・・・」
「お前さんは悩むくらいがちょうどいいと思うぜ。頭が悩まなくてどうする?手足とは違う・・・悩んで考えて導くんだよ」
つい最近リオンに言われた迷うなって言葉とガレスに言われた悩め・・・どちらも納得できるのに正反対な言葉にまた悩みが深くなる・・・
「どうした?難しい顔して」
「いや・・・その・・・」
俺は正直に話した。仲間から迷うなと言われたのに、未だに迷っている事を・・・だが、それを告げるとガレスは馬上で大きく笑い出す
「ハハハ・・・迷いと悩みを一緒くたにするからそうなる。迷いとは進むべき道を迷う事を指し、悩みとは進んでいる道で困難に遭遇した時に陥るもの・・・似て非なるその二つには大きな違いがある・・・悩みで立ち止まる事はあるだろうし、道を違える事もある。だが、立ち止まっても道を違えても良いじゃないか。迷っていなければ、最後に行き着く先は決まってるんだ。大いに悩め・・・だが、決して迷うな!・・・って、偉そうに言えた義理じゃないが、そういう事だ!」
最後は照れくさそうに頬を掻くガレス。その後、馬を近付けて背中を思いっきり叩いてきた
「目指す先に迷っている事を悩むなよ!お前さんが目指す先を分かってなくても、周りの仲間は分かってるのさ。だから、お前さんの周りに人が集まる。期待する。かく言う俺もその一人だ・・・期待してるぜ・・・大陸の守護者」
大陸の・・・守護者?メディアではなくて?
ガレスのその言葉に、頭の中のモヤが晴れてきた気がした
すぐそこに迫るレグシ軍との決戦を前に、自分の進むべき道へと少し前進したような気がした────




