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5章4 目指す先

訓練の擦り合わせも終わり、三日間の休息を得られた。何をするか決めていた訳でもないので、部屋でボーとしているとドアがノックされる


返事をするとドアが開き、リオンが顔を出す。シーリスはシーラと共にショッピング・・・溢れた者同士が暇を持て余していた


「手合わせでもするか?」


「よせよ・・・せっかくの休息だ。たまには剣を置いたらどうだ?」


「一日サボれば取り戻すのに一年かかる・・・まあ、既に朝稽古は終えてきたがな」


どんだけ衰えるのが早いんだよ・・・っても、男二人でショッピングってのも味気ないな・・・どうするか・・・


「アシス・・・少し付き合え」


手合わせかとも思ったが、そういう雰囲気ではなさそうだ。剣を帯び、リオンの後について行く


宿を出て特に行き先を告げる事無く歩くリオン。手合わせするならギルドの裏か南門に向かうはずだが、やはり違うみたいだ


歩いていると突然リオンは語り出す


「俺がファラス出身って言うのは前に言ったな」


「ああ、聞いた時はびっくりしたよ。まあ、出身地がどこであれ関係ないがな」


「そう言えば俺が最強を目指す理由・・・話してなかったよな」


初めて会った時はしょっちゅう言ってたな・・・最強最強って。ラクスに挑もうとしてたのも最強を目指してだし・・・変わったなリオンも


「俺には兄がいる────」


歩きながらリオンが語り出す。リオンが最強を目指す理由を────


リオンには兄がいた。名はクオン・・・元『十』の『疾風』のクオンだ。そして、父は同じく元『十』の『剣聖』ジオン


二歳上のクオンは幼少の頃から天才と言われ、父のジオンが開いていた剣術道場でその腕を磨いていた。リオンも生まれた頃より将来を嘱望され、兄の姿を追いかけて見様見真似で剣を振るう毎日


ようやく父から教えを受ける事が出来る歳になった後、事件は起こった


父ジオンの留守中に何者かにリオンが攫われ、囚われの身になったらしい。らしいと言うのは、リオン自体が幼かった事もあり、記憶が曖昧なんだとか・・・そして、人質となったリオンを救う為に兄クオンは孤軍奮闘、リオンを攫った者を撃退した・・・しかし、その時に利き腕を失ってしまう


幼かったリオンの記憶に、利き腕を失った兄を抱きしめる父・・・その瞳には憎悪が渦巻いていたと刻まれている


その後、元々どちらかが母と暮らす予定だったらしく、父はクオンを、母がリオンを引き取り暮らしていた


事件以来、剣を握るのが怖くなってしまったリオン。リオンが悪い訳ではないのだが、斬り落とされた兄の腕、向けられた憎悪の瞳が剣を握るのを拒ませた


母は苦しむリオンを想い、父達と同じ街で暮らすのを避けて離れることを決意する


引越しの日、朝起きてみると家の中に一本の剣が・・・家に代々伝わる宝剣『雷神』と『風神』、その内の一本『雷神』が置かれていたのだ


母に尋ねるも首を振り、何の為に誰が置かれているのか分からないと言う。兄が継ぐはずたった二本の宝剣・・・その一本が目の前にある


兄だ────


直感的にリオンは感じた。隻腕となった後もその才能ゆえにメキメキと強くなっていると噂を聞く・・・父も兄の為に双剣を捨て、片手剣の道へと進んでると聞く・・・兄が宝剣を引き継ぎ、隻腕ゆえに自分に託したのだ・・・一本の宝剣を


兄の顔を見るのが怖かった・・・父には近付くことさえ出来なかった・・・本当に兄が託してくれたのか確認する事は出来ない・・・でも、あの優しかった兄ならば・・・命を賭して自分を救う為に戦い、利き腕を失っても自分の無事を笑顔で喜んでくれた兄ならば・・・


リオンは震える手で剣を掴んで抱きしめ、そして、決意する・・・天才の兄が到達したであろう最強の座を目指し、最強になった時・・・自分よりも天才である兄が最強であると証明する為に────


「リオンが最強になったら、リオン以上の才を持つ兄が最強でない訳がない・・・って事か」


「そうだ。兄は自分で証明してしまったがな・・・利き腕を失いながら、『十』となる・・・俺が余計な事をしなくても、兄は自分で成し遂げてしまった・・・ならば、俺は・・・最強を超える最強となり、兄が利き腕を失わなければ・・・どんなに強いかを世間に知らしめたい!」


「本当に・・・お前の兄さんが宝剣をお前に?」


「分からん・・・しかし、兄以外には・・・」


「だとしたら、どういうつもりだったんだろうな・・・」


「・・・隻腕ゆえに二本もいらないと思ったのか・・・ただの惜別か・・・俺に何かを託してくれたのか・・・ただ俺はこの剣で最強を超えるのみ・・・兄が到達したであろう境地に達する・・・のみ」


宝剣『雷神』・・・その柄を握りリオンが呟く。兄のクオンの意図は分からないが、リオンなりに解釈して目指してるんだな・・・


「病死した母が残してくれた剣と兄が託してくれた『雷神』・・・その二本の剣で最強を超える・・・」


「なぜ急にその話を俺に?」


「・・・アシス・・・お前は何を目指す?」


何を・・・?


「お前は強い・・・俺が知る中でも上位だろう・・・そして、権力を持ち、お前に従う部下もいる・・・共に歩む仲間もいる。メディアの守護者・・・それが今のお前の立ち位置なのは分かる・・・だが、その先に何を求む。何を目指す」


メディアを護りたいと思ったのは俺の意思・・・請われたからやってる訳では無い・・・でも、俺がやりたい事ってなんだ?俺が目指すところはどこだ?


「俺は最強を超える為に生きている・・・今も寄り道しているつもりはない。今歩んでいるこの道の先に最強を超える何かがあると信じている。お前は・・・誰かが歩くその道を共に歩くだけで満足なのか?自分の道はないのか?」


ナキスと話していた時を思い出す。ナキスが目指すその先に心打たれ、共に歩むことを決めた。それが俺の目指す先となった・・・でも、ナキスはもういない。セーラはナキスの代わりではない・・・セーラを助けたいと心から思う・・・セーラの進む道を護りたいと。でも、それは俺の道ではない・・・ナキスと共に歩もうとした道もただナキスについて行くだけだったのかもしれない・・・


「再度言う・・・お前は強い。デニスとの戦いで、迷いの消えたお前はまさに『鬼神』の如しだ。だが、もし迷いが生じれば、人は脆く朽ちていく・・・迷うな!お前はお前の道を行け!それがメディアの為に・・・シーラの為になるはずだ!」


「・・・まるで年上みたいだな」


「年上だ!二年程度だがな・・・お前より世間に揉まれている自負もある」


「空気読めないけどな」


「喧嘩なら買おう」


「売り切れ中だ。他を当たれ」


軽口を叩きあい、笑い合う・・・リオンとは長い付き合い・・・と言っても二年の空白の期間を除くと一年やそこら。でも、森を出てから会った中ではシーラに次いで一番長い・・・そのリオンと初めて話したような気がする・・・心を開いて・・・


リオンが言いたい事は分かる。メイカートやフレーロウでの初戦は迷いが生じた為に窮地に陥った。フレーロウの二戦目は迷いなく戦えた・・・その違いを肌で感じている。護りたい・・・その気持ちだけではいずれ迷いが生じる・・・揺るぎない信念・・・目指す先か・・・


悩みながら歩いていると、少し先に珍しい組み合わせが・・・エーレーンとフェン・・・この二人が共に歩いている。それに気付いた俺とリオンは互いに目を合わせ、なぜか隠れてしまった


「なぜ隠れる?」


「お前もだろうが・・・咄嗟に隠れなきゃって思ったんだよ」


物陰に隠れ、なぜか二人を尾行する流れに・・・いや、別に二人がくっついても良いけど、あのフェンが?


しばらく気付かれないように後を追うと、路地裏にしけ込み・・・いや、入っていった。この先の路地裏に何が・・・と覗き込むとロリバ・・・レンカがいた


「来たか・・・」


片目でチラリとエーレーンを見ると背中から短槍を二本取り出し、繋ぎ合わせて一本の槍へと変化させた


「今日も・・・宜しくお願いします!」


エーレーンが勢いよく頭を下げるとレンカは槍を軽く回しながらそれに応える。今日も・・・って事は以前から師事を仰いでいたのか?いつの間に・・・


「今日は槍の不得意とされる場所での戦闘訓練だ。長物と呼ばれるように槍は中距離を得意とする。射程は剣より長く、弓より短い。この狭い空間で利があるのはもちろん射程の短い剣だ。エーレーンよ、ここで戦う場合、お前ならどうする?」


よく見てみると確かに狭い・・・路地裏の建物に囲まれたちょっとしたスペース。お互いが槍を構えたら、槍先が相手に届いてしまうくらいだ


「突きを・・・選択します」


「模範解答だ・・・雑魚め!」


レンカが、エーレーンの答えを聞いた途端に槍を回転させる。その速度は目にも留まらぬ速さで、風きり音しか聞こえない程だ


「も、模範解答って・・・合ってるって事ですよね?」


「ああ!正解ってことだ。つまり、剣士が槍使いを閉所に誘い込む理由は、槍使いがその解答を導き出すからだ!点のみの攻撃になった槍など線と点を選択できる剣に劣るとな!」


回転を止め、槍先をエーレーンに突き付ける。短槍とはいえ二本を繋げればそれなりの長さになっている。その長い槍を壁に当てることなく回転させてるのは正直凄いと思った


「お前は槍の長さを長所と考えてる・・・だから、長さを活かせない所が苦手な場所と思い込む・・・槍の長所は長さじゃない・・・長さを調整出来るところだ。遠い敵には長く持ち、近くの敵には短く持つ・・・槍の中心を持てばさして剣と変わらぬ長さになる・・・分かるか?」


「・・・はい!」


「突きは石突、薙は刃・・・槍の基本だがそんなのはクソ喰らえだ。石突で薙げ!刃で突け!槍を自由自在に操る事でお前は一皮剥ける・・・アタイの槍はどこからでも薙ぎ払い、突き殺す・・・その為の両刃だ」


「じゃあ、私も両刃に・・・」


「だぁー、アホか!お前みたいな下手くそが両刃なんか使ってみろ?すぐに刃が欠けて使い物にならなくなる!まずは槍を自由自在に動かせ!そこからだ」


意外と・・・師匠しているな。槍の持ち方一つで戦い方の幅を広げるか・・・槍を使わないから分からないが、レンカと手合わせした時に感じるのは間合いが掴みにくい・・・それは戦ってる最中に変化させてるからなんだろうな


「中心を持って回してみろ・・・その際に周りにある壁との距離、相手との距離を見極め、ギリギリを見極めろ。中心を持っても当たりそうなら動け!余裕があるなら持ち位置を変えろ!とにかく触れるか触れないかのギリギリを見極め、槍を体の一部として扱え!」


「はい!」


返事をしたエーレーンが、恐る恐る槍を回転させる・・・初めは壁に少し当たったりしていたが、コツを掴んだのか少し動きながら回転速度も上げていく。槍の持ち位置をこまめに変えて、ギリギリのラインを探る


「ストーップ!ストーップ!」


レンカが手を上げてエーレーンの動きを止めると、首を振りながらため息をついた・・・どこかおかしかったか?上手く出来てると思ったが・・・


「お前・・・コレどうにかならないのか?」


レンカの指差した部分はエーレーンの胸・・・槍を振るう度にバインバインなる胸がお気に召さなかったらしい


「いや、その、抑えてはいるのですが・・・」


「こんな服でか?」


「ちょっ!きゃあ!」


と、何を思ったかエーレーンの胸に被せてあった皮の部分を引き剥がしやがった!もちろん胸がブルンと踊りさらけ出す・・・元々エーレーンは胸の半分程しか皮の鎧で覆われておらず、胸の谷間はこれでもかと強調されていた。人伝に聞いたのだが、どうやらサイズが合わないらしく、無理やり着込んでいるらしい・・・ツルペタの逆襲・・・恐るべし


「レンカ様!何も剥ぎ取る事は!・・・」


胸を腕で隠しながら抗議するエーレーン・・・零れそうです


「男の夢だろ?こうやって服を剥ぎ取るの・・・なあ?フェン 」


「いや、全然」


ちょっとは興味を持て!フェン!


「そうかよ・・・まあ、サービスだサービス!さっきからコソコソと覗いてる奴らへのな」


不味い!気付かれてる!屈んだ状態で逃げようとして後ろを振り返るとなぜかショックを受けているリオンが・・・


「くっ・・・まさかシーリスが負けてるだと!?」


なぁーににショックを受けてんだ!早く逃げないと・・・


「なあ?」


声が物凄く近くに聞こえる・・・これはあれだ・・・振り返ると傍にいるパターンだ・・・


ゆっくりと振り返ると、そこにはツルペタなお胸が目の前に・・・


「誰がツルペタだ!」


・・・二人してレンカにボコボコにされ、エーレーンから軽蔑の視線を頂戴した・・・




殴られた箇所を押さえながら、トボトボと歩いていると今度は筋肉質な集団がギルドへと入って行く・・・アレは・・・


「2番隊とダルムド?」


意外な組み合わせに驚いて後をつけてみる・・・何だか最近経験したことがあるような流れだ


向かったのはギルドの裏にある試験場・・・いつぞやラクスとガレスさんと三人で戦ったな・・・と、物思いにふけってると、噂のラクスがそこにいた


「ラクス様!今日もお願いします!」


「力とはなんだ?」


「筋肉です!」


おい


「戦争に必要なものは?」


「筋肉です!」


違います


「我らは?」


「筋肉です!」


・・・


試験場内でラクスを中心に正気の沙汰とは思えない叫びをあげる2番隊とダルムド達・・・ラクスは中心で満足気に頷き、両手を広げた


「さあ!今日も筋肉祭りだ!どこからでもかかってこい!」


ラクスの合図でうおおおおぉとか叫んでラクスに立ち向かう筋肉男達・・・何これ


「むう・・・」


いや、リオン!ウズウズするな!お前はあっち側か?


試験場内ではラクスが筋肉男達をちぎっては投げ、ちぎっては投げてを繰り返す・・・レンカとエーレーンの姿とはまるで違う地獄絵図・・・


「いいか!剣など筋肉で弾き返せ!矢など筋肉で通すな!槍など筋肉で折ってしまえ!お前らにはそれが出来る!」


出来ない


「筋肉を奮い立たせろ!」


立たない


「筋肉を信じろ!」


・・・試験場の扉をそっと閉じ、何も見なかった事にしてギルドを後にした・・・リオンが「筋肉祭りか・・・」と呟いている声も聞こえない




腹が減ったので、適当な店に入ると、これまた見知った顔が三人・・・ジジイとノイスとロリーナだ


気付かれないように近くの席に座り、息を潜めて話し声を聞いてみた


「・・・と、言う訳で無意味。戦争に正解はない。結果、勝ったからと言って正解とも限らんしのう」


「つまりは臨機応変に立ち回るしかないと?」


「ふむ・・・軍議で動きを決めるのは当然だが、それに縛られては身動きが取れなくなる。指揮官がする事は見渡す事。味方を、敵を、全体を見渡し、いち早く把握し、適材適所に配置する」


「・・・例えば作戦をいくつか立てて、その場の状況に合わせて・・・」


「それも一つの手ではあるが、相手も思考する生き物・・・一つの作戦が上手くハマったとて、そのまますんなりやられてくれるか?もがき足掻く相手を侮るな」


「確かに・・・想定外の事が起きた時、人は戸惑い立ち止まってしまう・・・グロウが・・・フェード・ロウがナキス王子を襲った時・・・俺は動けなかった・・・」


「アレは想定外も想定外・・・すぐさま動くのは難しい」


「でもあなたは!いの一番で足止めに向かいました!俺は・・・その判断力が欲しい!三千人長として、三千人もの命を預かる者として!」


「ならばまずは見よ。敵も味方も見ていない所まで隅々見渡せ・・・そうすれば自ずと分かる・・・誰も気付かない勝ち筋がのう」


「はい!」


・・・気軽に副団長経験があり、旧知の仲だからと言って三千人長に指名したが・・・指名された本人は思いの外悩んでいた・・・俺が護ればと簡単に考えていたが・・・無責任にも程があるな


「嬢ちゃんは?悩みがあるとのことだったが・・・」


「私は・・・この大盾で誰かを護る為に鍛えてました。アシスにノイスと同じく三千人長に指名され、護るべき仲間が増えました・・・ですが、護る為には・・・私の力は・・・この盾は・・・あまりにも小さい」


やはりロリーナも・・・だとしたら、ダルムドも・・・いや、アイツは深く考えてなさそうだった


「ふむ・・・ワシも恥ずかしながら『戦神』と呼ばれ、幾多の争い事を収めてきたが・・・この手は大きいか?」


「大きいです・・・あなたもアシスも・・・」


「そうか・・・大した事ないただのジジイの手だ・・・なにゆえ大きく映る?」


「あなたは数千の矢から味方を護れます。アシスは万の軍勢に立ち向かう力があります・・・私には・・・」


ロリーナは下を向き、消え入りそうな声で呟く


「嬢ちゃんや・・・何もワシらも無敵ではない。矢を喰らえば死ぬし、万の軍勢に飲み込まれば何も出来まい。ワシらが嬢ちゃんに大きく映るのは、何も強さではないのではないか?」


「強さじゃ・・・ない?」


「ワシが出れば矢を防いでくれる。アシスが出れば敵を倒してくれる・・・そういう安心感が味方には大きく映る・・・そう思うのだ。ワシらとて全てを護る事は無理だ。じゃが、自分の出来る事を・・・護れる者を必死に護る事により、その姿を見た味方が期待してくれる・・・安心してくれる。顔を上げよ。下を向いてはせっかくの盾も下がってしまうぞ?顔を上げ、護れる者を護り続ければ、味方は自ずと思うてくれる。この人がいれば・・・この人の後ろにいれば・・・この人になら背中を預けられる・・・とな」


「・・・はい!」


俯いていた顔を上げ、ジジイを見て返事をする。心の支えか・・・俺も「アシスがいれば」・・・なんて思ってもらえるのだろうか・・・


「そもそもの話・・・軍の頭がブレブレなのだ。このままでは不安になるのも仕方ない・・・のう、アシス!」


げっ、やっぱりバレてる・・・気付かなかった二人が一斉にこちらに振り向く。気まずい空気が流れ、俺とリオンは注文もせずに店から逃げるように飛び出した




「・・・みんな悩みを抱えてるようだな」


筋肉共は悩んでるようには見えなかったが・・・


お腹を空かして再度店を探していると、ある場所から奇妙な格好をした青年が出てきた。ふとその青年と目が合うと青年は笑顔で会釈して足早に歩き出す


奇妙な格好・・・全身黒い布を体に纏い、エプロンみたいな布を斜めに肩から下げていた


「おい・・・ここは」


青年の後を目で追っているとリオンが青年の出て来た建物を指差していた。よく見ると看板に文字が書かれており・・・阿吽?


「もしかして、アレが阿吽僧か?」


阿家家主のクセして全然知らない俺は初めて見る阿吽僧に興味を持つ。リオンに目で訴えて、空いたお腹を我慢しながら青年の後を追う


程なくして青年が一つの民家に入ると、気付かれないように中の様子を伺うことにした


「こちらが・・・」


「ええ・・・今朝眠るように・・・」


どうやら一人の男性が今朝方亡くなったみたいだ。阿吽僧の青年が亡骸に手を合わせると、ブツブツと何かを唱え始める


「天に召しますこの者に、地よりの使者から護る力を与えたまえ・・・阿吽」


青年が唱え終えた後に亡骸に手を当てると、亡骸の全身がぼんやりと光を帯び始める


「アシス・・・これは?」


流でもなく、虎の型でもない・・・巡り?いや・・・


「武具流化に近いか。全身の表面に力を流している。意味はないように思えるが・・・」


亡骸に力を覆う事に何の意味が・・・


「これで魂は阿吽の力で護られ、天に召すでしょう」


うん?つまりまだ魂が定着してる前提か・・・つまり、あの亡骸は亡骸になっていない・・・生命を終えただけの状態って事か


「アシス?」


「亡骸って言葉は魂が抜けた状態を指すんだ。で、あの亡くなった人はまだ魂が抜けてない状態・・・その状態に阿吽の力で包み込む事により魂が天に向かっている最中に襲い来る地獄からの使者から護るって訳だ」


「訳が分からんな。魂ってのは見えるのか?」


「さあな?ぶっちゃけこの行為自体が気持ちの問題ってだけだと思うが」


青年は再度手を合わせて何かを唱えると、残された家族に一礼してこちらに向かってくる。気付かれないように慌てて外に出て、偶然居合わせたように取り繕う


「おお、また会ったな」


「・・・何か御用でしょうか?もし葬送をご希望でしたら支部の方に・・・」


「葬送?」


「ええ。死者との最後の別れの儀式・・・安らかに・・・そして、無事に天に召しますように我ら阿吽僧がお手伝いしております」


にこやかに言う青年・・・胡散臭さはないし、本当にその儀式で天に召せると信じている顔だ


「俺が聞いた話だと、阿吽僧は地獄からの使者を倒す為に鍛えてるって聞いたが・・・」


「随分古い話をご存じで。昔はそうだったとお聞きしていますが、今は加護を与え、自らで天に召せるよう手助けしております。・・・すみません、支部に戻らないといけないので、もし宜しければ続きは支部の方でお話しますが?」


俺とリオンは顔を合わせ頷く。そして、青年について行き支部と呼ばれる建物へと向かった


青年が出て来た建物・・・支部に到着すると中に入り青年は報告してくると上へと上がり、俺らは待合室みたいな場所で待たされる


建物は石造りの質素な長方形の建物で、中は1階にカウンターらしきものと今いる待合室がある。カウンター奥に階段があり2階に上がれるようになっている・・・外から見た感じだと三階建てか?2階の天井が1階と同じくらいなら、三階建てだろうな


「お待たせ致しました」


青年が息を切らせて階段を降りてきた。服装は先程とほとんど変わらず、エプロンみたいなものだけを外していた


「はは、アレは袈裟と言いまして、儀式の時の正装です。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって言葉・・・聞いたことありませんか?」


ないな。青年の説明曰く「人を憎むとその人の持ち物全部が憎くなる」って意味らしい


「遅くなりました。私は阿吽僧のラシトと申します」


深々と頭を下げるラシト。『ア』ではないんだな


「それで・・・ご要件は?」


「ああ、実は・・・」


用事はないと素直に告げようとした時、入口の扉が荒々しく開けられた。そして、入って来た人物がいきなり叫ぶ


「ふざけんじゃねえぞ!何がお布施で金貨一枚だ!」


入って来た男は筋骨隆々、色黒で目付き鋭く、腰にはハンマーをぶら下げている・・・鍛冶屋か何かか?


「これはナデルさん・・・いきなり・・・」


「おう!ラシトだったか?お前の数分の儀式で金貨一枚の請求が来たぞ!しかも、他の家に聞いたらお布施は銀貨10枚だったと・・・なんでウチが他の家の十倍払わねえといけねえんだよ!」


お布施・・・請求・・・そうか、あの葬送ってやつはボランティアでやっている訳ではなく、一定の額をもらってるのか。そりゃそうか・・・でも、人によって金額が違う?


「ナデルさん・・・ご説明した通り、人により護る力が違います。生前無茶をされた方はより強い地の使者が多くやってくる為・・・」


「てめえに親父の何が分かるってんだ!」


「酒を飲み、暴れて警備兵に連れられる事7回。造った武器が気に入らないと言われてハンマーでお客を殴り傷害で捕まる事3回・・・表立て出ているものだけでも充分に地の使者の多さが伺えます」


「なんだと?親父は確かに酒癖は悪いけどな!職人として納得して出した物にケチつけられるのだけは勘弁ならねえんだ!それを・・・」


「それが人を傷付けて良い理由にはなりません。お引き取り下さい・・・お布施の費用は変わりません」


「この・・・!」


頑として聞かないラシト。今にも殴りかかりそうなナデルはラシトを睨みつける


「払わねえぞ!・・・払わねえからな!」


捨て台詞を吐き、ナデルは支部から帰って行った。ラシトはその姿を見送った後、ため息をついて俺らに向き直る


「お騒がせしました・・・たまにいるのです・・・お布施の費用で文句を仰る方は・・・儀式は形のないもので、人により費用が変わるのですが、それに納得されない方がいまして・・・」


ラシトがナデルに伝えた亡くなった人の生前にやらかした事・・・それは国が管理している警備の履歴から調べるらしい。国も阿吽僧に協力し、履歴を教えてくれるので、そこからお布施と呼ばれる費用の算出し、請求するらしいのだが・・・


「どうするんだ?泣き寝入りか?」


「いえ、請求しても払わない場合、半年に1回売上の一部を集金に来る吽家の方にお願いして・・・」


なんでも売上の一部は吽家に持っていかれるらしい。アイツら・・・自分らは鍛えるだけで、日々働く阿吽僧から売上をせしめてやがったのか。しかも、吽家に取立てをお願いすると全て吽家に持っていかれる為、支部にはいくらも入らないらしい・・・ひどいな


「仕方ありません・・・私達は力も無いので争い事は・・・」


儀式用に覚えた技も実戦では使い物にならないとか。それにしては堂々としていたがな、怒鳴りつけてくる奴に対して


「あれくらいで恐れてしまっていては、死には向き合えません・・・職業柄とでも申しましょうか・・・」


「なんなら俺が取り立てしてやろうか?」


「え?いや、そんな。見ず知らずの方に・・・それともお布施の費用が目的で?」


「よせよ。売上なんていらないし、謝礼もいらない。ただナデルだっけ?アイツの言い分も少しは聞いてみたい。悪いようにはしないからさ」


「・・・やはりそれは・・・」


ラシトが言いかけた時、通りに面した壁にある窓が激しい音を立て割れる。室内には窓を割ったであろう拳大の石ころが転がっていた


「・・・次の集金は?」


「後3ヶ月は・・・」


「目撃者が居なければ捕まえられないぜ?」


「・・・」


ラシトは目を閉じて考えている。こういうトラブルは結構あるのかそこまでは焦ってはいないようだ。しかし、このままいやがらせがエスカレートすれば・・・


「耐える他ありません。とりあえず警備兵に・・・」


「その警備兵みたいなもんだ、俺らは。非番だがな。国に仕える身・・・こうして知り合ったのも何かの縁だろ?」


「・・・そうでしたか。非番のところ申し訳ないですが、お願いしても?」


「ああ、任せとけ。なあ?」


嘘はついてない。守護者も警備兵も同じ国を護るものだ・・・うん


「奴の造った武器も気になるしな」


お前はそっちか!武器マニアめ


善は急げとラシトに案内されナデルの店に行くこととなった。鍛冶屋の工房と店が繋がっており、メイカートのフローラの店と同じように自分らの造った武器を店で売っているらしい。店に入ると店員がラシトの顔を見て明らかに嫌そうな顔をして店の裏にある工房へと消えていった


「なるほど・・・な」


リオンは店員が居ない間、店に並べてある武器を見て一人で納得している。俺には武器の善し悪しが分からないが、マニアには分かるのだろう


「なんでぇ・・・何しにきやがった?」


ナデルと工房の仲間だろうか?数人の男達がゾロゾロと店に入って来た。皆一様にハンマーやら自分で造った武器などを手に持ってニヤニヤしている


「俺が代わりに交渉に来た。穏便にお布施を払ってもらうようにね」


俺はラシトの前に出て、ナデルと相対する。ナデルは俺を睨みつけ品定め中・・・ジロジロと俺の全身を見ている


「・・・さっき生臭坊主と一緒にいた奴じゃねえか・・・てめえ取り立て屋かよ?」


「に、近い者だ。リオン!どうだ?」


「出来栄えに差があるな。良いものもあるが、粗悪品も混じってる。値段を変えてないから見る目がない奴は粗悪品に手を出す可能性がある・・・値段を良いものに合わせてる感じだな・・・値段に相応なものと不相応なものを混ぜて売ってる時点で良心的ではないな」


「んだと!てめえ!」


「それを指摘されると逆ギレか・・・そりゃあ地獄の使者も呼び寄せるわな」


俺が呆れて言うと、ナデル達が手に持った凶器を振り上げる


「てめえ・・・死んだぞ」


「いや、お前らだ・・・阿・・・吽」


メイカートでも使ったラクスの技・・・上から押さえつけるように力を流す。ナデル達は一斉に地面に押さえつけられるように屈み込む


「がっ・・・何が・・・!」


必死に立ち上がろうとするナデル・・・効力が短いのがたまにキズだな。もう少し長く押さえつけられないだろうか?


「あなたは?・・・なぜ阿吽を?」


後ろでラシトが疑問をぶつけるが今は目の前のナデルだ。もう少ししたら動けるようになるから、その前にトドメをさしておこう


「言ったろ?地獄からの使者を呼び寄せるって。お前らが今回呼び寄せた使者はタチが悪いぞ?なんせ世間で『鬼神』って言われてる奴だからな」


「は?何を・・・」


「守護者アシス・・・もしくは『鬼神』アシス。お前らが武器を向けた相手の名前だ。そして、もう一つ肩書きがあってな・・・阿家家主のアシスって肩書きがな」


「馬鹿な!そんな・・・」


「馬鹿はお前らだ。誰とも知らず敵意を向けやがって・・・一層の事お前ら全員天に召して、この店を売りに出すか?お前らとお前の父親の分の葬送代にはなるんじゃないか?」


俺が焚き付けた結果か技の効力が切れたのか、ナデルは立ち上がり俺を睨みつける。半信半疑のようだが、少しは俺の言葉を信じているようだ・・・襲いかかっては来なかった


「あんたが本当に守護者のアシス様なら・・・護るのが仕事だろ!?なんで・・・」


「俺は護りたいものを護る。敵が攻めてきたら、敵から味方を護るし、知り合いが理不尽に襲われたら、襲ってきた奴から護る。お前らが真っ当な奴らだったらラシトに値段交渉するなり、俺が代わりに払ってやっても良かった。だが、店で客に値段相応では無い武器を売りつけ、それに文句を言ったら相手を殴りつけるようなやり方をしてるんだ・・・護る価値もない」


「あんたに武器の何が!」


「そう吠えるな・・・リオン!」


俺の意図を組んでくれたのか、リオンが一つの剣を手に取ると上に放り投げ自らの剣を一閃・・・物の見事に放り投げられた剣は真っ二つとなる


「戦場に出て一人二人斬っただけで折れていただろうな・・・この剣に命を預けようとは思わぬ・・・見る目がない者がこの剣を買い、戦場に出た時に剣の質で命を落とす・・・見る目がない者が悪いと言えばそれまでだ・・・しかし、見る目がない者はお前らを信用し武器を買い戦場に出るのだ・・・その責任・・・お前らは感じないのか?」


武器に関しては雄弁に語るリオン。少しばかり怒ってらっしゃる


「くっ・・・」


「まあ、そういう事だ。地獄の使者としてお前らを地獄に送ってやろう。抵抗しても良いぞ?一万の軍勢を相手にした時に比べたら屁みたいなもんだ」


「あ・・・あ・・・」


俺が抑えていた殺気を放つと、ナデルはその場にへたり込む


「ア、アシス様!お待ち下さい!」


殺気をラシトの方には向けてはないとはいえ・・・今の俺に話しかけるなんてナデル達よりよっぽど根性あるな


「何を待つ?阿吽の加護を甘く見てるんだぞ?コイツらは。それ相応の・・・」


「阿吽僧は!・・・命を・・・魂を送り出す者・・・決して奪う者ではないと思っております!」


「それは阿吽僧が・・・だろ?俺は阿家家主だが、守護者であり『鬼神』だ。護る者でもあり奪う者でもある。それに知らなかったとはいえ俺に武器を向けたんだ。死は免れぬよ」


「それでも・・・今一度・・・この者達に機会を与えて下さい!物作りをする者は、物に魂を込めると言います!ここにある全てが粗悪品でしょう?込めた魂が全て薄汚れていますでしょうか?」


その言葉を受けてチラリとリオンを見る。すると首を振り、一つの剣を手に取った


「良いものは良い。粗悪品と呼べるものも極一部だ」


「ならば!更生の余地はあるのではないでしょうか?お願い致します・・・どうか・・・」


ラシトはなぜここまで必死になるのだろうか・・・お人好しだから?阿吽僧だから?・・・まあ、どちらにせよ彼の人間性がヒシヒシと感じる。同い年くらいだろうけど、精神的には彼の方がずっと上に感じるな


「・・・ふう・・・分かった。ラシトに免じてここは引こう。しかし・・・」


ギロりとナデルを睨みつけ、真っ二つになった剣を拾い上げる


「自分の部下がもしこのような剣を使っていると考えると、とてもじゃないが許す事は出来ない・・・もし次に来た時に店に並べてあるようなら、その時は・・・」


「け、決して!二度と並べません!良いものを造り、悪しきものは捨てるとここに誓います!」


「・・・その言葉、忘れるなよ。また見に来るからな」


「は、はい!」


「あと・・・お布施払えよ?」


「か、必ずや!」


「よし!」


その返事を聞けて満足した俺は殺気を抑え、店をあとにする。続けて二人も店から出て来た


「殺す気ないのに・・・よく言う」


「出方次第じゃどうかな?ムカついたのは本当だし」


メイカートのフローラの父フクトを見習わせたい・・・いや、それはそれでヤバいか。あのパンツがフレーロウで大流行してしまう


「アシス様・・・大変申し訳ありませんでした!」


ラシトが突然頭を下げる・・・別にラシトは何も悪くないのだが・・・


「知らぬとはいえ阿家家主様に無礼の数々・・・ましてや、取立てなどお願いしてしまい・・・」


「おいおい、名乗らなかったのは俺だし、取立てを申し出たのも俺だ。ラシトが謝る必要は全然ないぞ?それに俺は阿家家主のクセして阿吽僧の仕事を知らなかったからな・・・良い勉強になった」


阿吽僧の存在自体忘れてたしな


「それは・・・今現在吽家の方が・・・」


「ああ、それは知ってる。くだらないよな・・・阿家だの吽家だの・・・お前らは阿吽僧として立派に仕事してるのに・・・」


「・・・」


「いずれ・・・俺か俺の弟が阿吽をまとめるさ。そうすれば、もっと仕事がしやすくなる・・・はずだ」


「・・・阿家と吽家の統合は・・・我々阿吽僧も望んでいることです。・・・どうか・・・よろしくお願いします」


ラシトが再び頭を下げるのを見て考える。今は吽家が取り仕切り、売上を吸い上げるだけ・・・もし阿吽が統合し阿吽家になった時、果たして何が出来るだろうか・・・


ラシトと別れた後も考えていると、リオンが不意に声をかけてきた


「お前の目指す先は・・・阿吽の統合か?」


「・・・いや、それはアイリンとアークに託す。俺は・・・」


まだ見えぬ目指す先・・・だが、安易に決めては悩みの種となるだろう・・・レグシとの決戦まで後二日・・・俺は言い知れぬ不安を抱えたまま決戦に臨むこととなる────




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