4章10-3 援軍と怨軍3
夜半過ぎ、眠りについていた俺とシーラは急遽起こされセーラの元にいた。火急の用事との事だが敵が攻めてきた訳では無さそうだ
「何があった?」
いつもの軍議室に入るとそこにはジジイ、ラクス、アイリンとセーラ、ジェイスがおり、深刻な顔を突き合わせていた
「夜分すまぬな・・・非常事態と呼んで差し支えない事態だ」
これ以上何があるってくらい非常事態だと思うのだが、更に何か起きた事を匂わせる
「で、その非常事態ってのは?」
再度俺が問いかけると、しばらく無言となりやがて重い口を開く
「デュラス他二名・・・いや、正確には百数名か・・・出奔の疑いがある」
「は?」
出奔って逃げ出したって事か?軍の総司令官が?
「まだ疑いの段階だ。姿をくらませてからそう時間は経っていない。だが、最悪な事に同時期にイカロス将軍とラトーナ将軍の姿も見えなくなっている」
ジェイスが淡々と言うが・・・つまり軍のNo.1から3が百名程の部下共に行方をくらませたと?
「西側の門番は口止めされていた。極秘任務の為と言われ特にこちらに知らせる事もなく、知ったのは偶然・・・その・・・夜伽の者が部屋を訪れたらデュラス将軍がおらず・・・」
ふむふむ、本来ならば精力的に活動しようとして女性を呼んでいたのに、呼んだ本人がいない・・・そして、ついでに他の将軍も探したら二人ほどいなくて、調べてみると西門から出て行ったと・・・
「我は極秘任務など与えてはおらん。独断で手勢のみ連れて行くのは・・・懐柔か亡命か逃亡か」
「懐柔って、セリーヌを?レグシを?」
「さあてな。ここに居るもの達は後者の確率の方が高いと申しておる。懐柔するにしては連れ立っている面子が面白くないと」
「そうですね。総司令官の見た目がだらしな過ぎて、国を命懸けで守る者には見えません」
「見た目でか?」
「見た目でです」
アイリンがキッパリ言い切るとセーラは少し笑い、そして、顔を引きしめて本題を話す
「元来重大な軍律違反・・・見つけ次第即座に処刑ものだが、見た目あれでも軍司令官・・・そう易々と裁けまい。そこでここにいる者達で速やかにデュラス達を追いかけてもらいたい」
「亡命、逃亡の意志がある時は?」
「連れ帰って欲しい」
「なぜ!?」
アイリンがテーブルを叩きながら椅子から立ち上がる。それに対してセーラは無言で目を瞑る
「聞けばメイカートへの侵攻も独断との事・・・しかも、陛下に訓練と称して謀った・・・本来ならばその時点で斬首ですよ?」
「・・・分かっておる」
「ならばなぜ!?」
「それが前王ロキニスの遺志であるから」
それが?どれの事だ?デュラスを許す事?意味が・・・
「時が惜しい・・・デュラスらを連れ帰った後に全て話そう・・・納得は出来ぬと思うが・・・頼む!」
セーラが俺らに頭を下げた。一国の王が・・・ジェイスが慌ててセーラに近付くが、セーラは頭を下げたまま、それを手で制す
「ワシはセーラ様を御守りする。主ら頼んだぞ」
ジジイがセーラの意を汲み、俺らを見回して言うと、セーラの肩をポンと叩く。それでもセーラは頭を下げたまま、静かに俺らの返事を待った
「探しはします・・・が、生かすことに賛同はできかねます」
「・・・」
アイリンは一言告げると部屋を出て、無言でラクスがそれに続いた
「シーラはここに残っていてくれ・・・全力を出す」
俺のその言葉にシーラは頷き、セーラは顔を上げた。その顔は女王のそれではなく、一人の少女の顔だった
「そんな顔すんな・・・俺は女王直属の守護者なんだろ?ただ命令すれば良い・・・連れて帰って来いってな」
その言葉に微笑むセーラを見て安心して出ようとしたが・・・
「いいからさっさと行け!」
「・・・ふん」
ジェイスに怒鳴られ、シーラに蹴られた・・・なぜ?
とりあえず俺も先に出た二人を追うため、双龍の型を使い全力で走る。まだ脇腹が痛むが、今は泣き言言ってる場合じゃない・・・デュラスがいつ出たか分からないが、最善はレグシ軍に接触する・・・もしくは見失うほど遠くに行くまでに捕まえる
最悪はレグシ軍に既に殺されているか遠くに逃げて見失うか・・・か
すぐさまアイリン達に追いつき、無言で並走する
アイリンは少し怒ってるみたいだ・・・デュラスがあまり好みではないらしい
ラクスは・・・何を考えてるかわからん・・・
西門を抜け、まずはレグシ軍が駐留する場所へと急ぐ
このまま行けば夜襲と勘違いされそうだが、その時はラクスを使おう。ラクスラブのセリーヌだから、見逃してくれるだろう
接触してるかどうか確認出来たら、そのまま分かれて探す羽目になるだろうな・・・馬で出た報告はないから、三方向に分かれて探せば見つかる可能性は高いだろう
無警戒に進むとやはり見張りに見つかった。妙なのはそこまで警戒していない様子・・・というか呆れているようにも見えた。月明かりのみの暗がりで、近付いていくと・・・やはり呆れている
「あー、止まれ・・・ったく、メディアは夜行性か?今度は・・・あっ」
見張りがおざなりに槍を構えながら言っていたが、途中でラクスの顔に気付き顔を強ばらせる。確かレグシ相手に日中暴れたのはラクスだったか・・・
「その様子だと先客がいるようだな・・・セリーヌの所まで案内してもらおうか。夜襲じゃないのは分かってくれるな?」
と、脅しながらラクスが言うと、コクコクと頷いて先導してくれる。こんな感じでデニスの方も出来ないものか・・・出来たら楽なのに・・・
再奥の一際大きいテントの前まで案内され、こちらですと言われた。厳密に言うと敵国ではないにしろ、こんなんでいいのかと戸惑いながらテントを開けようとした時に中から声が聞こえ開ける手を止めた
「・・・ので、どうか!」
髭だるまの声だ・・・やっぱり亡命かと思い、少しだけ覗き込んでみると・・・・・・土下座?
「先程から言うておろう・・・私の判断ではデニスを攻めるのは無理だ。軍総司令官殿なら一将軍の判断で命令と反する行為がどれ程のものか分かろうも」
「確かに!しかし、危急の為の現場判断もまた必要かと!我らはメディアの名が残ってさえいれば、あとはどうでもいい!属国として扱ってもらって結構だ・・・セーラの命も差し出そう!なので、どうか!」
あ?
最後の一文が気に食わず中に入ろうとしたが、アイリンに止められた
髭だるまは頭を地面に擦りつけ、イカロスとラトーナも頭を垂れて懇願する・・・懐柔でも逃亡でも亡命でもなく、ただひたすらに懇願する・・・救いの手を
俺らが来るまでの間も何度も繰り返し懇願していたのだろうか、セリーヌは俺らにとっくに気付いているようで呆れるようにこちらを見てため息をつく
まるでコイツらを早く引き取ってくれとでも言いたげだった
「失礼する」
アイリンも頃合と思ったのか俺を離したので、一声かけて中に入る
「なっ・・・貴様・・・なぜ・・・」
「今度から抜ける時は夜伽の相手に断ってから抜けな」
髭だるまに忠告しセリーヌを見た。相変わらず扇情的な格好をし、年齢不詳の色気を持つ。戦地だからか布だけではなく、鉄の鎧を急所に纏っているが、露出度は変わらない・・・寒くないのだろうか
「あなたは・・・ああ、やはり良い男になって・・・えっ?ラクス様・・・っと、ラスク!」
っと、じゃなくて・・・相変わらずのラクスラブ度に安心していると、ラクスの後ろから最後に入って来たアイリンを見て表情が一変する
「んだてめぇ!なにノコノコ入って来てんだ!?殺すぞ尻軽女!」
「変わらず一途な乙女のようね、露出狂」
アイリンって元『十』の女から凄い嫌われてるな・・・何があったんだ?
「セーラの指示の元、三人を連れ戻しに来た。すまなかったな・・・邪魔をした」
「ふん!・・・何も知らぬ小童共が・・・」
「ちょ、ちょっとお話ししましょうよ。久しぶりだし・・・」
デュラスから悪態をつかれ、セリーヌから色目を使われた・・・これ、どっちが味方か分からないぞ
「さっきの言葉は聞かなかった事にしてやる。今回の件もセーラは不問にすると言っていた。だから・・・」
「不問に?笑わせるな。たかだか十数年生きただけの小娘に何が出来る・・・何が分かるというのだ」
「てめえ・・・」
「知らぬなら教えてやろう!あの小娘は・・・セーラはロキニス様の血を継いでなどおらぬ!ロキニス様の王妃と当時の近衛隊長の間に出来た不貞の結晶よ!」
「な・・・に?」
「めでたい奴だ・・・ナキス王子に気に入られ調子に乗ったみたいだが、それをあの小娘に利用されてるだけとも知らずにな!」
「・・・」
「言葉も出ないか?アレはロウ家に在らず・・・ただの淫乱な女とバカな男の間に産まれた忌み子・・・ロキニス様は気付いていた・・・そして、ナキス王子が不在の間に依頼されたのだ・・・あの二人を殺せとな。すぐにそれは実行に移され、王妃は病死、近衛隊長は行方不明とされた。ナキス王子は聡明な方だ。恐らくは気づいてらっしゃただろう。それでも半分は血の繋がりがある故に妹扱いされていた。もしくは哀れんでおられたか・・・とにかくアレに王の資格などない!」
「デュラス・・・貴様・・・」
「おっと、ラクス殿・・・そなたも知っていたのではないのか?アレが不浄な者と言う事をな!」
「プッ・・・クックックッ・・・なんだ、メディアはとうに終わっていたか。ロウ家の血が断絶し、何が名を残すだ。それこそガーネット陛下に委ねるべきであろう」
「セリーヌ殿・・・これはメディア国最後の王であられるロキニス様のご遺志!どうかメディアを救いメディアを残していただきたい!」
「名を残してなんになる?存続してなんになる?ロウ家断絶は国の滅亡に等しい・・・なんならガーネット陛下に願ってやろうか?大陸の片隅でメディア村でも開拓するがいい」
「ぐっ・・・」
「・・・ははっ」
「?・・・なんだ貴様・・・何がおかしい?アレに騙された事に今更気付き、気でも触れたか?」
「気が触れる?・・・ハハ、違う違う。ようやくナキスの言葉が理解出来て嬉しくて笑ったんだ。それに・・・気が触れてるのはそっちだろ?」
「何をバカな・・・今の話が理解出来ぬのか!」
「理解?出来ないね。デュラス・・・てめえが今言った中で、俺が騙されたってなんの事だ?」
「貴様は話を聞いてないのか!アレはロキニス様の・・・」
「実子じゃない。だから?」
「ロウ家ではない!ロウ家を騙り・・・」
「あのさぁ、ロウ家ロウ家ってしつこいよ。ロウ家が何してくれたって言うんだよ?ナキスは友だしセーラには従ってるけど、ロウ家に仕えたつもりはこれっぽっちもないぞ?だから、セーラが誰の子だろうが関係ない・・・セーラはセーラだろうが。それにセリーヌ!お前は少しはまともだと思ったのに・・・ロウ家断絶は国の滅亡?なら、この戦争はなんだ?ロウ家の命の取り合いか?そんな内輪揉めに人を巻き込んでんじゃねえぞ!」
「う、内輪揉めだと?」
「ナキスはな・・・お前らみたいな考えの奴らを、ロウ家の呪いにかかってるって表現してたよ。ロウ家の言う事を無条件に聞き入れ、ロウ家を神のように拝み奉る・・・そう産まれた時から刷り込まれ、いつの間にかそれが当たり前になる。ナキスはそれを憂い変えようとしていた。お前らの話を聞いてようやく・・・ようやく理解出来た。ナキスが言わんとしていた事を」
そうか・・・俺は迷っていたのかもしれない。ナキスに問われた『ロウ家は必要か?』って質問に『必要』と答えた。それはナキスがロウ家であり、必要ないと答えれば、ナキスが消えてしまうのではないかと思ったから・・・でも、そう思う事こそがロウ家という名前に縛られてる事になるんじゃないのか?今の俺ならナキスの質問にこう答える────『知らん!』と
ロウ家という括りは関係ない。そいつが良い奴か悪い奴か会って話して見なきゃ分からねえ。友になれるかなれないか同じ時を過ごしてみなければ分からねえ。だから・・・ロウ家かどうかなんて関係ないし知らない。俺は自分の意思で・・・
「全員帰るぞ・・・レグシに頼らなくても平気な事を証明してやるよ。ロウ家がいなくても国が成り立つ様を見せてやるよ」
三バカ将軍は俺の言葉に惚けていた。何言ってんだ?こいつ・・・みたいな感じだろうな
セリーヌは・・・難しい顔をしている。何を考えているのか分からないが、今の内に三人を連れて帰ろうとした時にラクスに襟を掴まれ阻まれた
「あなたの思考・・・ちょっと危険ね・・・」
静かに殺気を放つセリーヌ。立ち位置からは三バカを挟んだ距離がある・・・が、もしセリーヌが動けば俺らには届かなくとも三バカが一瞬で殺られ兼ねない。ラクスがいち早くそれに気付いて俺を止めたみたいだ
「セリーヌ・・・ここで動けばレグシは終わるぞ?」
「私の命を賭け、駐屯している兵士全てを投入してあなた達を消せば、先に潰えるのはメディアじゃないかしら?」
「共に滅びよと言うのか?」
「分からない・・・ただ何が正解か分からなくなる程、アシスの思考は・・・言葉は私を狂わす」
ラクスとセリーヌは一触即発の雰囲気・・・何がそこまでセリーヌを突き動かしているのか分からないがモタモタしている暇はない。いつでも戦えるように身構えると、セリーヌが一瞬こちらを見て警戒を解いた
「すぐにこの三人を連れ帰れ・・・この状況は私では持て余す」
「セリーヌ様?」
成り行きを黙って見守っていたレグシの兵士が声を上げるが、セリーヌは首を振り、俺らに向けて手を振りさっさと出て行けと合図する
ようやく俺らは三バカをテントの外に連れ出し、違う場所で待機させられてた三バカが連れて来た兵士達と合流しフレーロウへと戻る。納得はしていないだろう三人だったが、ここに居ても仕方ないと諦めているのか素直に従ってくれた
────
「セリーヌ様・・・なぜ?」
テントの中、アシス達が去った後も立ち尽くしているセリーヌに兵士が声を掛ける。それを聞いて自嘲気味に笑うとセリーヌはその兵士を見た
「話の途中、迷いが吹っ切れたのかあの男・・・アシスの気勢が変わった。恐らくはあの場で束になって襲いかかろうが適わぬだろう」
「なっ!・・・」
「アシスだけならば命を賭して戦うという選択肢もあったが、ラクスにアイリンがいるともなると、犠牲の数と成果が釣り合わん・・・急ぎ戻り陛下に伝えねば・・・」
「め、命令を放棄されるのですか!?」
「メディアは降伏はせぬ。そして、デニスをも退けるやもしれん・・・なれば次は・・・レグシぞ?」
「えっ?」
「考えてもみろ。デニスを退けたメディアが、そのままデニスに攻め入ると思うか?私なら協力を拒んだレグシを落とし、腰を据えてデニスに挑もうとするがな・・・つまり漁夫の利を得ようとして失敗した我が国は三ヶ国で最も窮地に立たされている・・・そういう訳だ」
「ま、まだメディアがデニスを退けると決まった訳では・・・」
「・・・馬鹿を言え。あの化け物がいてフレーロウを落とす未来など・・・見えるはずもない。・・・明朝帰還する!急ぎ国に戻りガーネット陛下と対策を練らねばならぬ!」
「は、はっ!」
「陛下・・・初手を違えたかも知れませぬ・・・」
セリーヌは上を見て呟き目を閉じた。それを見た兵士が喉を鳴らす・・・メディアに対して強気な姿勢を取ってきたのが仇となり、今度は狙われる立場になった事を知る。全てはデニスとメディアとの決着がどのように着くかによって、レグシの運命が決められようとしていた
────
王城に着いたのは既に夜明け前。終始無言の三バカと別れ、向かった先は軍議室。そこには出た時と同じ顔ぶれが揃っていた
俺を見るなりセーラが人払いをし、ジェイスが渋ったが結局折れて俺とシーラ以外がその場を後にした
「デュラスはレグシに頼みに行っていましたか?」
「!・・・ああ。分かっていたのか?」
「ええ。彼の国を思う気持ちは痛い程知っております。亡命、逃亡などするはずがありません」
「・・・なぜそんな話し方を?」
今までと違うよそよそしい物言い・・・大体検討はつくが・・・
「シーラには話しましたが、デュラス達からお聞きしていませんか?私の出生を・・・」
「聞いた。で、聞いている。なぜそんな話し方を?」
「・・・私はあなたを欺き、利用しようとしています。お兄様の友であったあなたを利用し、デュラス達に対抗しようとしているのです・・・今尚・・・!」
「で?俺はそれに乗って協力してるつもりだか・・・なんの問題がある?」
「私は!私は王の資格もなくあなた達を欺き利用している!」
「王の資格?王の資格って何よ?」
「聞いたでしょ!私はロウ家ではない!母の不貞の結果産まれた俗物に過ぎない!父には相手にされず、唯一お兄様を心の拠り所として日々生活していた・・・ただの小娘よ!」
「だから王の資格はないと?お前もロウ家が断絶した時にメディアは滅亡した方が良いと思ってるのか?」
「違う!でも・・・私にはどうすれば良いのか・・・表向きは真実を知らないもの達から王に推され、裏では真実を知るものに蔑まれ、お兄様より生前から私の事を頼むと言われていたジェイスだけを頼りにここまで来た・・・戦争が始まり、ますます私の意見を聞かなくなったデュラス達に対して、突如現れたのがあなた・・・お兄様の友であり、阿家の家主・・・私は醜くもそれに縋り、自分の力としようとした!例え私の身を捧げようとも!」
「何故だ?」
「え?」
「なぜそうまでして王に拘る?担ぎ上げられただけなら、降りてしまえば良い。贅沢な暮らしを手放したくなかったか?人の上に立つ優越感に浸りたかったか?」
「それは・・・」
「ナキスの遺志を継いでるから・・・じゃないのか?」
「!・・・」
「俺は別にメディアに深いこだわりもない。好きな土地で自由気ままに生活していても良いくらいだ。でも、俺は旅立ち色々な人に出会った。シーラ達に出会い・・・そして、ナキスと出会った。ナキスは俺に色々話してくれた。この大陸の事、自分のしようとしてる事・・・俺にはスケールが大き過ぎて、とてもじゃないけど手を付けようとはしない大それた事を、あいつは笑顔で語りやがる。だから、俺はあいつの夢に乗っかることにした。あいつが進む道に乗っかって、あいつが目指す先を見たいと思ったから・・・」
「・・・」
「ナキスが死に・・・その道が閉ざされたと思ったが、そうじゃなかった。あいつの遺志は・・・生きているものに脈々と受け継がれている。俺やお前に・・・そうだろ?セーラ」
「でも・・・私は・・・」
「ロウ家なんてクソ喰らえだ。ナキスが言っていたロウ家の呪い・・・それを打ち破るのに俺らはお誂え向きじゃないか。ロウ家じゃない王とロウ家に何も感じない俺・・・なっ?」
「アシス・・・」
「演説で言ってたな・・・国の剣となり民の盾となれだっけか?なら、俺はお前の剣となり盾となろう。そして、その剣がどれだけのものか明日・・・いや、もう今日か・・・見せてやるよ」
俺はセーラに近付きポンと頭に手を乗せる・・・あっ
「・・・」
背中から妙なプレッシャーが・・・
「アシス・・・私は何を差し出せば良い?私には何も・・・」
「差し出す?なんで?同じ道を歩んでるだけだ。お前はただ俺に言えば良い。蹴散らせってな」
後ろからのプレッシャーを感じつつ、そっと頭に置いた手を退かす。つい出来心で・・・って言い訳は通用するだろうか・・・
「分かった・・・見せてもらうわ・・・私の剣の力を」
さっきまで泣いていた・・・涙は出ていなかったが、泣いていたと思う。その顔が今はいつものセーラへと戻っていた。いや、これまで以上に強くなったようにも感じる。まるで挑発するように横目でシーラを見ながら言うと、シーラも何故か「負けない」とか言ってるし・・・
「と、とにかく!もう夜が明ける。朝一番に────」
しどろもどろになりながら、俺はセーラとシーラに何をするかを話した。反対されたが、もう迷いはない。綺麗に戦争を終わらせようとか思わない。そんな器用でもないし頭もないしな。だから────
早朝、飽きもせずに北、東、南にデニス軍が現れる。北はアイリンとアークに南はラクスとレンカに任せ、俺とリオンとフェンが東門の前で軍を迎える
西のレグシは早々に撤退したとの報告が入った。これで少しは楽になった。東門の壁の上には、セーラと三バカが戦況を見つめる。俺がそうするように頼んだ
「二人とも怪我は?」
「少し痛むが問題ない」
「・・・レンカ・・・」
「おい!」
「冗談だ。傷は癒えてはいないが出血はしていないし、槍を振るにも問題ない」
冗談だったのか・・・どこまでか問い詰めたいが、そんな暇はない。手早く作戦を伝える・・・っと、言っても単純に蹴散らかすだけだが
「危なくなったら逃げろ。二人は組んで右側を・・・俺は単独で左側を攻める」
「なんか・・・釈然としないな。俺らも単独で良いんじゃないか?」
「怪我人は黙って言う事聞いとけ」
「お前も怪我してるだろ?」
「治った」
「嘘つけ」
と、リオンと軽口を叩きあっていると、昨日と同じように弓を構えるデニス軍。的が三つになってもやる事を変わらないらしい
「とにかく・・・今回はセーラもお偉い将軍達も見ている・・・下手打つなよ!」
会話を無理やり切り上げ、力を流す・・・双龍・・・四龍・・・六龍・・・
セーラの護衛にジジイとシーラとシーリスを付けたとはいえ、長引けば危険も伴う・・・だから、短期決戦だ・・・剣に黒龍を纏い、そして────
「さあ、行こうか!」
────
アシスが駆け出すと慌てて矢を放つデニス軍。しかし、矢が放たれた場所にはアシスは既におらず、グングンとデニス軍に迫る
近くなり、山なりに放っていた矢を水平にするが、直線的ではなくジグザグに動くアシスに的を絞れず接近を許してしまう
そこから蹂躙が始まった────
壁の上から見ていたセーラ達が息を呑む。デニス軍の塊にアシスが縦横無尽に駆け巡り、一本の線が出来る。まるで綺麗に生え揃った草を踏み潰しながら歩いたように出来たその線は決して戻る事はなかった
突如方向を変えたと思ったらまた戻り、自由に描かれていく様は見ているものは圧倒する
現場は阿鼻叫喚の地獄絵図・・・何をするまでもなく、突如現れるものにより命を散らしていた。耳にするのは上官の指示ではなく、近付いてくる味方の断末魔。その音が近付くことは死が近付く事と同じ意味である事を本能的に悟り恐怖する
「見誤ったか・・・」
「お、お待ち下さい!ジュラク様!」
ジュラクがその光景を目の辺りにし呟くと棍を握り動こうとする。それを隣で見ていたキナリスが慌てて声をかけ止める
「お主の責では無い。見誤った我の責だ。よもや我の前で力を隠したままでいるとは・・・」
そうジュラクが言いかけた時、後方より伝令が入る
「本国より────」
事態は急転する────
「なんだ・・・アレは・・・なんなんだ・・・」
壁上部より見ていたデュラスが呟く。デュラスの中の戦争とは軍と軍のぶつかり合い。戦略を立て、兵を操り玉を取る。目の前に広がる光景は、個が軍を翻弄し好き勝手に暴れ回っている。デュラスの常識とあまりにも掛け離れた光景に、言葉が上手く出て来なかった
「デュラスよ・・・アレがメディアの・・・私の剣であり盾だ」
その言葉にセーラを見るが、セーラは戦場から目を離してはいなかった。目を逸らさずアシスを凝視するその姿にデュラスもまたアシスを見つめた
「セーラ様!デニス軍が・・・」
ジェイスが指である方向を差しながら叫ぶ。デニス軍の後方がまるで潮が引くように引いていく。徐々にそれは中盤、前方へと伝わり、気付けば全軍が撤退し、戦場には三人と物言わぬ屍だけが取り残されてい
「引いた?・・・なぜ?」
セーラの言葉に誰も答えはしなかった。いくらアシスらがみせた力が脅威でも、やられたままで撤退するには早すぎた。一度引いて態勢を整えるだけとも思えたが、各所からの報告でそれが違う事を知る
「北門より報告!突如デニス軍が撤退!陣営も撤去してる模様!」
「南門より報告!デニス軍撤退!東に移動してる模様!」
「合流し、片をつけるつもりか?」
「かも知れぬ・・・が、突如それをする理由がない・・・するならば最初から・・・」
「伝令!メイカートよりデニス軍撤退!」
「やはり総攻撃か・・・」
「違うわ・・・間に合った」
セーラが各方面からの報せを聞き呟くと、シーラは首を振りながら答え、安堵の表情を浮かべる。セーラには何が間に合ったのか分からずに尋ねるが、シーラは言いにくそうに黙ってしまう
戦地のアシス達も何が起こったのか分からずに、とりあえず合流しフレーロウの中へと戻って来た
壁の上に上がり、何が起きたのか訪ねようとした時に新たな報せが入る
「で、伝令!デニス軍・・・全軍・・・ガーレーンに向けて進行・・・!」
「馬鹿な!今更ガーレーンを落とすつもりか!?」
「違う!・・・デニス軍は撤退してる・・・国に」
報せを聞き、デュラスが叫ぶとシーラがその言葉を打ち消すように叫んだ。そして、その場にいる全員がシーラに目線を注ぐ
「シーラ・・・何を知っている?」
先程からのシーラの言動に、何か隠していると判断したセーラが尋ねた。そして、シーラは重い口を開く
「ガーレーンにいる時に・・・太守にお願いしたのです・・・」
「太守・・・ソルトに何を・・・?」
「ファラスに救援要請を・・・と」
その言葉に周囲が凍りつく。ファラス・・・2年前に王子であるナキスを殺害したフェードが治める国・・・メディアにとっては怨敵とも言えるべき存在。そのファラスに救援要請を出した・・・言葉を失った者達が我に返り堰を切ったようにシーラを責めたてる
「貴様!何をしたのか分かっているのか!」
「馬鹿な事を!だが、それでなぜデニスが撤退する?ファラスからここまでどれだけかかると思っているのだ!?」
「ありえないわ・・・これで生き残ったとしても我らは末代まで笑いものにされる・・・王子を亡き者にした相手に縋った国として・・・」
「・・・ファラスに・・・」
デュラス、イカロス、ラトーナがシーラを責め、セーラはまだ事態が飲み込めないのか呆然としながら呟いた。しかし、シーラは臆することなくそれに返す
「亡国の危機・・・あなた達は何をし、何を考えていたの?ただ震え耐え凌げば何とかなると思っていたの?なぜデニス軍が撤退する?そんなのも分からないの?ファラスがデニスを攻めたから!私が出した要請は直接的な救援ではなく間接的・・・ファラスに攻められたデニスが、メディアを攻めているジュラク軍を頼ると考えたからファラスにデニスを攻めてくれと要請を出した!生き残ったとしても末代まで笑いものにされる?例え石にかじりついてでも民を守るのが与えられた役目じゃないの?笑われるのが何よ!人の生死がかかっているのに小さなプライドにこだわってる場合じゃないでしょ?」
「このっ・・・」
デュラスが腰の剣に手をかけるが、それを見たアシスがシーラとデュラスの間に進み出る
「誰に剣を向けようとしてんだ?」
「くっ!」
先程のアシスを見ていたデュラスは剣を抜こうとした手を止めた。デュラスは剣の腕は嗜む程度・・・アシスには逆立ちしても適わない。そこへセーラが口を開き、場の空気が変わる
「シーラ・・・」
「セーラ・・・様。差し出がましい行い・・・ですが・・・」
「ありがとう」
「え?」
「兄ならきっとあなたと同じ事をしているわ。兄の最善はいつでも人が傷つかないようにするもの・・・そして、亡くなった者の事を悲しむよりも、今大事な者を亡くさないように考える事が大事・・・そういつも言っていました」
セーラはシーラに話すと言うよりも、自分に言い聞かせるように言葉を放つ。過去に幾度となく話した兄との会話を思い出しながら
「シーラ・・・一つだけ聞かせて?なぜファラスを一つの文で動かせたの?」
「それは・・・アシスがいたからです」
「え?アシス・・・?」
「ファラスは・・・いえ、フェードは言っていました。『二対の羽』の一対はフェード・・・もう一対は・・・アシスと。そして、二対の羽が・・・異なる羽が揃う時、それは『翼』となる・・・」
「シーラ・・・あなた・・・」
周囲はシーラが何を言っているか理解できなかった。しかし、セーラだけが理解する。そして、決して聞いていたはずがない言葉を話すシーラに驚きと疑問が生じる
次々と来る報告を整理する為、一同は一旦城へと戻る事となった。セーラはシーラの件は一旦考えまいと戦後の復興に頭を切り替えた。危機は去った可能性は高い。しかし、またいつ攻め込まれてもおかしくない状況下・・・迅速な行動が求められた
壁上部から微かに見える撤退するデニス軍を見つめ、セーラは小さい声で呟く
「お兄様・・・どうか力を────」
後に終焉の戦争と呼ばれる戦争はこうして火蓋が切って落とされた────
エピローグ後にSSと登場人物まとめたいと思います




