4章10 -1 援軍と怨軍1
セーラから一万の軍勢を預かり、守護者として唯一の軍隊となった。元『二対の羽』のメンバーも無理矢理ねじ込み、総勢一万の兵士が俺の前に集う
急ごしらえで作った台に乗り、上から眺めるとズラリと並ぶ姿には圧倒される。よくこんな数の敵に四人で突っ込んだもんだ
俺が何か言うのをただ直立不動で待っている兵士達・・・おっ、フローラ発見・・・やっほーとかやったら怒られそうだな
「知ってる者も知らない者もいると思うが守護者のアシスだ!」
ここは因縁の場所・・・ウカイと戦い、ナキスが殺された・・・その場所で俺は腹に力を入れて叫ぶ
「セー・・・陛下より守護者の任を授かり、お前らを預かった!俺と共に現在メディアを滅ぼさんとするデニスに対抗する為に力を貸してくれ!」
おおー!という一万人の大合唱の返事を頂き、これで挨拶はお終い。さて、ここに集めたのはもちろんアレをやるためだ
「各々担当の千人長に集まり、更に十組・・・隊単位で分かれろ!」
俺の号令と共に兵士達が一斉に動き出す。元々千人長と隊長はセットになってる状態で借り受けたから、こういう命令もスムーズだ。後はどう編成するかだよな・・・まあ、それは後で考えるとして、今は儀式に集中しよう。なにせ100回もやらないといけない・・・体力持つかな?
「しばらく動くな!」
と、叫んだ後に一番近い位置にいた隊に近付く。あらま、フローラはここの隊か・・・ベースド隊だな。となると、あのバカ三人組もいるか・・・初っ端だから、力加減間違えそうだ
「アシス様・・・何を・・・?」
ベースドが近付いてきて問われるが、悪いけど話してる暇はない・・・存分に食らうが良い!
「死にはしない・・・多分」
言いながら100人の中心に歩いて行くと、全員が収まるように集中し、力を練る。そして・・・
「阿・・・震動裂破!」
呻き声を上げてパタパタ倒れる隊員達・・・ヤバい・・・ちょっとしんどいかも・・・
何が起こったか分からない周囲を尻目に、次々と移動しては力を流し移動しては力を流しと繰り返す・・・さて、最後までもつか・・・
────
「・・・えげつないな・・・」
ノイスが兵士達が倒れていく様を見ながら呟いた。ノイス達元『二対の羽』の面々はアシスが乗っていた台の近くにおり、その光景を見ていた
「6番隊はこんな事やっていたのか?」
ロリーナが横にいた元6番隊のエーレーンに尋ねると、エーレーンは頷いた後に首を振りため息をつく
「ええ・・・力が流れる感覚を覚えろと・・・まあ、そのお陰で強くはなれましたが、二度とやりたくないです」
エーレーンはその言葉通り強くなっていた。かつての1番隊隊長であったロリーナと遜色ない程に。デクノスを除いた元6番隊は2年の歳月で1番強くなり、ほぼ全員がかつての隊長クラスの実力をもつようになった。もちろんロリーナ達も鍛えているが、追い付かれ、そして、追い越されそうになっている。それが今目の前で起きている惨劇のお陰なのかはともかくとしてだが
アシスによる惨劇は休憩を挟み晩まで続き、全員が見事気絶する形で終わったかのようにみえたが、もれなく元『二対の羽』にも及んだのは言うまでもない
「私はもーーー!」
エーレーンの叫びが最後に木霊し、訓練という名の惨劇はここに幕を閉じた
「なあ、エーレーンはなんて言おうとしてたんだ?」
「私はもう受けた・・・じゃないかしら?」
質問に答えてくれたシーリスの言葉になるほどと頷き、そう言えばそうだったなと思ったが、誰が受けたか曖昧だった為、気にしない事にした
「じゃあ、帰るか」
「ちょっと!みんなこのまま?」
放置して帰ろうとしているアシスに待ったをかけるシーラ
「最初に力を受けた者が起き始めてるし、そいつらに番をさせよう・・・もう俺は疲れた」
「鬼ね・・・流石『鬼神』」
「『鬼神』言うな・・・」
そんなやり取りをしていると、起きてきている人数もだいぶ増えた。アシスは一人の千人長に指示を出し、帰ろうと声をかけ歩き出す。慌ててそれについて行くシーラを横目に、シーリスは指示された千人長の肩を叩き
「アシスが長になった時点で運が悪かったと諦めなさい」
と伝えてリオンと共にアシス達に続いた
残された者達は何の説明もなく気絶させられ、一体何が起きたのか理解出来ず、ただただアシス達の後ろ姿を目で追いかけていた
────
訓練?から2週間後、とうとうメイカートにデニス軍の援軍5万が到着したらしい。遂に始まってしまう・・・ここが踏ん張りどころだな
メディアも黙って待っていた訳ではない。東西南北の四つにある門を補強し、西を除く街道を自ら破壊した。ガーレーンのように堀を作るのかと思ったが、それだと埋められれば終わり・・・掘る努力よりも比較的短時間で埋められて終わりなら、無作為に道を荒らし、破城槌などの進行を妨げる手段に出た
篭城戦で一番怖いのが門の破壊を許す事。門が壊されたら、10万の大軍が一斉に雪崩込み、フレーロウは火の海と化すだろう
次に兵糧攻め。王都フレーロウには数多くの人が居て、正確な数は分からないがおおよそ80万・・・蓄えがあるとしても何日持つのだろうか・・・フレーロウの中で畑などは耕してはいない・・・つまり蓄えがなくなると終わりって事になる
最後に豹紋兵。元々いた60からどれくらい増えたか・・・増援なしだと有難いんだがな
セーラが王城から集まった兵士達を鼓舞する
────民の盾となれ 国の剣となれ
兵士達はフレーロウに響き渡るくらいの大きい声でその言葉に雄叫びを上げた
もう進軍は開始されていた。物見の話では後2日で包囲される勢いとの事
恐らくデニス軍は三方向から攻めてくる。東をメインに北と南に分かれ、同時に攻めてくるはずだ。西にはレグシ軍がいるし、10万近い軍勢が1箇所に固まるとは思えない
それに合わせてこちらも作戦を立てる
作戦と言っても単純に門の前で待機するだけ・・・後は俺らの仕事だ。メディアに居る兵士の数、およそ7万・・・各方面からかき集めたその兵力で街を守りきる
東にデュラス率いる1軍が2万
北にイカロス率いる2軍が2万
南にラトーナ率いる3軍が2万
西には俺の軍が4軍として待機する
王城はもぬけの殻とまではいかないが、ジェイス率いる護衛達のみとなっている
軍の役割はあくまでも守り。万が一に門を破壊されたら、命懸けでそこを死守するのが役目
攻めに関しては、個の力でのみ行う
東に俺とシーラ
北にリオンとシーリス
南にレンカとフェン
やり方は各々に任せ、目標は指揮官の排除
恐らく俺のところは・・・ジュラク
高鳴る心臓を抑え、静かにその時を待った
────そして、戦が始まる────
デニス陣営
ジュラクが椅子に座り斥候の報告に耳を傾ける。予想通りの展開につまらなそうに副官のキナリスに対策を丸投げした
「まずは整地が優先。矢の対策として木の板を掲げ矢を受け止める人員と土をかけ整地する人員をセットに5部隊程で行え。板は水に濡らし火矢対策をしておけ。整地はある程度で良い。破城槌の車輪の太さ以下なら無視しても構わん」
言われた伝令が千人長の元へと駆けて行く。キナリスはそれを見届けた後、ジュラクに向き直り今後の展開を話す
「ジュカイ様、ジュリ様は北にて待機しております。バラン将軍は南に・・・やはり当初の予定通り攻略は各々に任せますか?」
「予定通りで良い。にしてもメディアは亀よのう。つつくと途端に甲羅に閉じこもる。メイカート奪還に来たのはなんだったのか・・・」
「メディアも一枚岩ではないようです。それかメディア国王が迷っているか・・・どちらにせよ滅亡一歩手前の状況に引き篭るのは愚策・・・宛があるのか、奇策があるのか、はたまた諦めたか・・・」
「逆転の手があるとしたら、元『十』共とアシスとかいう奴頼みか・・・ざっと聞いた感じでは、勇将はおらんし先のガーレーンで戦ったのがNo.2とぬかしおる。拍子抜けもいいとこだ。キナリスよ、お主ならこの場面・・・どのような手に出る」
「もう詰んでおります。ここからの逆転の手は御座いません。あるとすれば、我が国の将軍全員が突如病死し、撤退を余儀なくされるくらい・・・戦争は準備が全てと考えます故、メディアの準備不足は致命的でしょう。情報も筒抜け、こちらの情報は知らないでは話になりません」
キナリスは言い切ると現場を確認する為にテント出口へと歩き出す。今回の指揮系統はキナリスが全て行う手筈となっており、ジュラクとは別行動を取る
「・・・ただし、思いもよらぬ事態と言うのは慢心の時こそ起こりうると考えます。くれぐれも慢心なさらぬように」
不意に歩きを止めたキナリスが振り向きざまにそう述べると、再び歩き出しテントを出る。部下からの忠告に肘掛けにもたれながら口の端を上げて応える
デニスにとって大陸制覇の足がかり・・・メディアにとって存続をかけた戦いの火蓋が落とされる────
────
外壁の上より下を覗き込む
眼下には街道の整地をせっせと行う敵兵
横にはその敵兵を射殺さんとするメディア兵
木の板を盾にして矢を防いでいる為、向こうの被害は皆無だ。荒れた街道が徐々に整地されていくのを見ると、とても敵兵の行いには見えなかった
「ガーレーンみたいにならんもんかね?」
あそこの落とし穴を攻略するにはかなりの時間を要するだろう。だが、フレーロウは急ごしらえで作った落とし穴・・・数は多いが規模も工夫もされていない。土をかけられて固められると道は元通りとは言えずとも、通るには充分なものとなってしまう
「無理よ・・・かけた年月も違うでしょうし」
隣のシーラが同じく下を覗き込み答える。分かってはいるが、歯痒いな。泣く泣く穴だらけにした街道を敵兵が整地しているのを眺めている・・・そんな状況が続いた
「何をしている!?火矢を放て!」
謹慎明けの髭だるまが命令すると、矢じりに油を含ませた布を巻き、火をつけて矢を射る。しかし、目標はかなり下、更に油を含ませた矢は重みで思うように飛ばず、敵兵に届く前に地面へと突き刺さる。布を巻かずに油を矢に染み込ませ放つも、板に突き刺さったが、板を燃やすまでいかずに火は消えてしまう
「何をやってるんだ!?敵は穴を埋めたら破城槌を使ってくるぞ!」
だったら具体的に指示しろよと思うが・・・
「あの木の厚さだと少量の火矢だと物ともしない・・・投石で板を破壊する方が効率的」
シーラが冷静に分析するが、投石機なんてないし、投げても届かないくらいの距離がある・・・てか、板を割れるほどの石を投げる事は人力だと無理だろうな
「無理じゃないわ。高さのあるここから、石を布で包み遠心力を使えばかなりの距離を飛ばせるし、大きさも拳大くらいでもかなりの威力が出る」
「心を読むな・・・だが、やってみる価値はあるな」
俺は外壁のヘリの部分を砕くと拳大の石を見繕い思い切り振りかぶる
「阿・・・吽!」
力を乗せて思いっきり投げると運良く一つの板に当たり、大きな音を立てて板を砕く。うーん、板の下に居た人はどうなったか分からないが、直撃したらヤバそうだな
「おっ、上手くいったな」
「こんな事出来るのは・・・あなただけ」
何故か成功したのにジト目を食らった。理不尽な・・・言われた通りやっただけなのに・・・多少やり方は違うが
「こ、こら壁を壊すな!」
ついでに髭だるまにも怒られた。かと言っても適当な石がないから仕方ないだろうよ
「今の状況が続くのではあれば、今のやり方で構わない・・・でも、恐らく投石を続けると豹紋兵が来る・・・壁を登って・・・その対策をしている間に整地は完成され、破城槌にて門を破壊されたら終わり・・・」
「豹紋兵に石を投げつければ?」
「有効だと思うけど、それをするなら兵をアシスが率いなければ無理・・・1人でも今いる壁の上に上がられたら混乱により軍が瓦解する」
えーと、ハードル高いな。まずは軍の掌握、次に石を準備して上から投げて板を破壊・・・豹紋兵が来たら打ち漏らさずに全て落とす・・・無理無理
「少しでも準備期間があればな・・・」
「ごめん・・・私もここに来て初めて思いついたから・・・」
「シーラが悪い訳じゃないさ。思いつくだけでも無能な髭だるまと雲泥の差だ。・・・やはり当初の予定通りに・・・」
言いかけた時、シーラが服の裾を掴む。その手からは少し震えているのか振動が伝わる
「さて、ここ最近冴えてるシーラなら分かるだろ?シーラの言う『その時』が来るまで耐えないといけない。なら・・・」
「でも・・・」
口を真一文字に結び次の言葉を出さないシーラ。そうするしかないと分かっていても言葉に出来ないシーラの頭に手を乗せ微笑む
「大丈夫だ。引っ掻き回して、さっさと逃げるさ」
「・・・これ、他の子にもやってない?」
これ?どれ?頭に手を乗せるやつ?・・・うーん、やってないようなやったような・・・
「ダメ・・・絶対!」
「お、おう。でも、なんで・・・!」
突然のくちづけ。兵士達及び髭だるまがこちらを見ている。ああ、凄い形相だ。それもそうか、滅亡の危機でその戦争の最前線で口と口を吸い合う・・・俺が上官なら壁の外に蹴落とすね
「・・・死んだら、続きはなし」
口を離し、言うと顔を真っ赤にしてそっぽを向く。その姿に戦場ということを忘れてしまいそうになる
「それはそれは・・・姫様のご期待に添えるよう尽力致します」
仰々しく礼をして、欠けてるヘリの上に立つ。高い・・・けどあの崖と比べたら屁みたいなもんだ。勇気ももらったし、いっちょやるか
「それについては期待はしてない・・・でも、死んだら許さない!」
期待してくれても良いのにな・・・思わず笑みが零れ、シーラに手を振ると一気に壁の外へと飛び立つ。物凄い風圧が体を襲い、マントが大きくはためく。地面に降り立つ瞬間~流れ~で衝撃を消し去り、その衝撃を体に巡らせる
「さあ、行こうか」
────
フレーロウ北門
「どうだ?先頭にいるか?」
「いないわね・・・3万の後ろでしょうね。残念ながら長引くわね」
北門壁の上から敵兵を覗き込むリオンとシーリス。特に動きはなく、3万の軍勢が北門を前にして整然と佇む姿は壮観であった。本来ならこの街道はガーレーンとの挟撃を行う場所となる。しかし、どう攻めてくるか分からない状態でガーレーンの軍に要請する訳にもいかず、現状リオンとシーリスが門を守る他なかった
理想は一騎打ちにて敵将軍を撃破し撤退させる・・・その策は甘い幻想と化し露と消えた。動きを見せない敵軍に手をこまねいていると誰かがリオンに近付いてきた
「おやおや、まだこちらに?さっさと行って蹴散らしてくれませんかね?守護者副官殿?」
将軍イカロスが近付き様に一言。どこぞの馬の骨とも分からぬ男に地位的に並ばれ、防衛の主戦を取られての嫌味だったが、相手が悪かった
「そうだな!お主も共に来るか?強そうに見えんが、俺の知らない力を出すのだろ?共に戦い蹴散らそうぞ!」
「わ、私は軍の指揮がありますからね。おいそれと場を離れる訳には・・・」
「何を言う!我らが蹴散らせば軍の出番はないだろ?なんなら一番槍を譲っても良いぞ?どうだ?」
「ぐっ・・・いいからさっさと行ってこい!」
嫌味の通じないリオンに苦虫を噛み潰したような顔をして、捨て台詞を吐いて去っていく。リオンは結局イカロスが何しに来たか分からずに首を傾げていると敵軍に動きがみられた
一人の男が軍の間を掻き分けて矢の射程ギリギリと思われる場所まで来てこちらを見上げる
「あれは・・・恐らく将軍ね・・・」
シーリスの呟きを聞き、リオンが相手を注視する。上から見ても分かるような豪華な鎧。一般の兵が使うとは思えない棍を携え、周囲の兵士達が跪く
「あれが・・・将軍ジュラク!」
「な訳ないでしょ!ジュラクはもっと歳が上・・・見た目からして息子の中の誰かね。ジュカイかジュスイ・・・それとも知られてない誰かか」
シーリスがリオンの頭を小突いた後に、見た目から推測する。その間に男が息をスゥと吸い込むと大声を上げる
「我が名はデニス国将軍ジュカイ!ここのトップと話がしたい!いや、面倒だ!一騎討ちがしたい!このジュカイと一騎討ちを所望する者はいるか!」
「おうよ!俺が相手する!」
条件反射のように返事をするリオン。横でシーリスが頭を抱える
「あんた・・・ちょっとは間を置きなさいよ・・・条件も何も聞かずに受ける?普通・・・」
「潔し!だが、雑兵と戦う気はない!名を名乗れ!」
「我が名はリオン!」
「相手が役職まで名乗ってたら、役職も言いなさい」
「あー、守護者副官をしている!」
「副官に用はない!将軍を出せ!」
シーリスのアドバイスにより、名乗りを終えたリオンにジュカイが即座に言い返す
「だ、そうだ」
用無し扱いされたリオンがイカロスの方を向いて言うが、イカロスは慌てて手を振り、顔色を変えた
「ば、バカを申すな!ちゃんと守護者副官の地位を言いたまえ!」
「地位?」と首を傾げるリオンに痺れを切らしたシーリスが少し前に出た
「守護者副官は将軍と同位!そして、リオンは北の門の最高責任者!これ以上の相手はないでしょう!」
「ほう!女!遠目で見ても美しさが分かる!我が軍門に下り妻とならぬか!」
いつぞやにも聞いたいきなりの求婚に辟易し、リオンが2人居るような感覚に陥り、会話から逃げるように後ろに下がった。その後、リオンは下に降り、門の横にある小さな扉より外に出てジュカイと対峙。シーリスはそのまま上に残りついて来ていた2番隊に指示を出す
「はい!分かりました!姐さん!」
「姐さん言うな」
「?・・・分かりました!姐さん!」
着実に脳筋化している2番隊に先行きの不安を感じながら、ジュカイの意図を推し量る
「ジュカイがジュラクの息子って情報以外何も無い・・・この一騎討ちが果たして本心からなのか・・・別の仕掛けの為のフェイクなのか・・・用心に越したことはないわね」
リオンが負けるとは思っていない。シーリスにとっても一騎討ちは願ったり叶ったりの状況だが、副官らしき人物の姿が前線に見えてないのが気になっていた
ジュカイは辿り着いたリオンを品定めするように見つめた後、ニヤリと笑い口を開く
「なあ、守護者副官って言っていたが、誰の副官だよ?4人いるんだろ?守護者ってのは」
「アシスだ」
「アシス・・・リオン・・・ああ、なるほど」
ジュカイは合点がいったと手を鳴らしほくそ笑む。目の前のリオンが実力者なのは肌で感じたが、正体はすぐに出てこなかった。デニスの情報収集能力は長けており、もしメディアにデニスが把握していない戦力があるとしたら、脅威と成りうる可能性がある
事前の情報と照らし合わせ、リオンの正体が分かると地面に突き刺していた棍を取り構える
「元傭兵か・・・それなら少しは楽しめそうだ」
「俺が楽しめるかは分からないがな」
「はっ、抜かせ!」
ジュカイとリオンの一騎討ちが始まる────
────
フレーロウ南門
「ちっ・・・どうやら外れを引いたようだ」
既に門の前で待ち構えていたレンカが舌打ちし、やって来た男────バランを見て毒つく
「前回の続きが見てぇって神様の粋な計らいだろ?俺としてもアシスって奴と当たりたかったんだ。お互い様だ」
バランが戦斧を肩に乗せながら返す
3万の兵士は後ろで待機し、特に動きを見せる気配はない。破城槌の姿もなく、バラン1人が門の前までやって来ていた
「前回で護衛の奴らも懲りたか?お前の近くにいたら殺されるって」
「俺の役に立てて光栄に思って欲しいがな・・・まっ、そんなところだ」
ヤレヤレと戦斧を持っていない手を広げて大袈裟に息を吐くバラン。レンカの傍らにいるフェンを見て口の端を上げる
「今度は二人がかりか?死地に弟子を連れて来るなんて弟子思いのお前らしくないじゃないか」
「ざっけんな!てめえの相手はあくまでアタイだよ。師匠の本気を間近で見せるのも修行の一つ・・・てめえ如きに二人がかりなんかした日にゃ末代までの恥にならぁ」
「末代って・・・いつ子を成した?」
「うっせえ!言葉のあやだ!いちいち細けえ野郎だ!」
背中より2本の短槍を抜き、歯を剥き出しにして構えるレンカ。その姿を見てもバランは特に動かない・・・チリチリと二人の間の空気が殺気のぶつかり合いで熱を帯びていく
「はっ・・・まあいい」
「は?お、おい!」
突然踵を返し、兵士達の元へと歩き出すバランに、このまま一騎討ちが始まると思っていたレンカが呆気に取られる
レンカの呼びかけに止まらず、戦斧を上に掲げると一斉に兵士達が弓を構えた
「お前は飽きた。言ったろ?俺の興味はアシスって奴だ・・・お前じゃねえ」
言うと戦斧を振り下ろし、攻撃の合図を送る。兵士達はその動きに合わせて一斉に矢を放ち始めた
「くっ・・・フェン、逃げろ!」
レンカは短槍を繋げ、矢を弾かんと槍を回す。何千もの矢が降り注ぎ、レンカは全てを弾き返すが、同じように防いでいたフェンは何本か食らってしまう
「なろぉ!上の兵!応戦しろ!矢を放て!」
壁の上部に配置した兵士に命令するとフェンに駆け寄る。致命傷となる場所には受けてはいないが、肩と足・・・それに右手に矢を受けていた
通って来た扉へとフェンの肩を担ぎ向かおうとするが、後ろから雄叫びが聞こえる。振り向くと剣を掲げた数万の兵士がこちらへと向かって来ていた
「野郎・・・マジか!」
バランなら一騎討ちに応じると思っていたレンカは想定外の事態に歯噛みし、せめて愛弟子だけでもと急ぎ扉へと向かう
「レンカ・・・置いていけ・・・」
「喋んな!舌噛むぞ!」
フェンの言葉を無視して進むが到底間に合わず、レンカはフェンをその場に座らせ槍を構える
「いいぜ・・・根こそぎぶっ殺してやるよ!」
向かい来る兵士に構えるが、離れた場所でピタリと止まり、何事かと警戒すると上空より風きり音が聞こえてくる
味方の矢とは別の・・・先程の矢と同数の矢がレンカへと降り注ぐ。地面に座り込むフェンの前に立ち、先程と同じように矢を弾き返すが、矢が降り注いでいる間に止まっていた兵士達が動き出し、レンカとの距離を縮める
「足止め?・・・クソっ・・・バランじゃねえな!」
レンカの想像通り軍を指揮しているのは新たにバランの副官として任命されたグスカとベオス。街道の荒れ具合を見て正攻法の破城槌での門の破壊よりも、バランを囮に敵大将を誘き寄せて討つ作戦を立案。敵大将がアシスならそのまま一騎討ち、バランが興味を示さない相手ならグスカとベオスに任せる・・・そして、打ち合わせ通りバランはレンカに興味を持たなかった為に副官に全てを任せた
「つまらねえ・・・つまらねえな」
バランは自軍の後方に戻りながら、消えゆく二つの強者の命を感じる。たとえレンカとはいえ数万の兵士に囲まれれば勝機はない。更に負傷した弟子を傍らに置いてならすでに勝敗は決した
もし、アシスと出会う前なら喜んでレンカと戦ったであろう。しかし、アシスと出会い、自分の欲求を満たせると思ってしまった為、レンカへの興味は冷めていた
レンカは矢を弾き返した後、槍を元の二本に戻し乱戦に対応する。フェンも傷付いた体で応戦するが、利き手の痛みにより動きは遅く、その為レンカはその場で戦う事を余儀なくされていた
本来のレンカのスタイルは二つ名の通り、飛んで相手の頭上からの攻撃を主とし、攻撃も受けるより飛んで躱すことがほとんど。しかし、一度でも飛べばフェンは敵兵に飲まれ、あっという間に殺られてしまう。その為慣れない戦い方を強いられ、徐々に追い詰められていく
「ぬおおおおお!」
打開策も見つからず、押し込まれ傷付くレンカを見てフェンが雄叫びをあげる。傷の痛みを怒りで消し去り、槍の先に力を溜めて振り回す
「フェン!よせ!」
周囲の敵兵には充分効果的な攻撃も、次から次へと押し寄せる敵兵にいつしか力は影を潜め始め、鎧に当たり弾き返されるようになる。そして・・・
「フェン!」
弾かれた槍が宙を舞い、無手となったフェンにここぞとばかりに敵兵が雪崩込む。咄嗟にレンカがフェンの傍まで飛び、何人かの敵兵を葬るが、その隙に周りを敵兵が囲む
「レンカ・・・」
手元に槍を失い途方に暮れるフェンにレンカは微笑み、敵兵を睨みつける。逃げ場はなく、フェンの槍を失い、上から放たれている矢をものともしない敵兵に覚悟を決める
「殺られる前にアタイが貫いてやるよ・・・せめてアタイの槍で逝きな」
短槍をクルクルと回し、右手の穂先は自分に、左手の穂先はフェンに向けて叫ぶ
「『飛槍』レンカとその弟子フェン!てめえら如きに殺られる程安くねえ!」
救援は望めない。門を開けてしまえば敵兵がフレーロウへと雪崩込む。ならばと目を閉じ槍を自らと愛弟子に押し込もうとした時、目の前に一人の少年が落ちてきた
「あ?・・・」
レンカは混乱する
目の前の少年はどこから降って湧いたのか?後ろにはそびえ立つ壁しかなく、そこから落ちてしまえば、着地など出来るはずもない。ただの自殺行為だ。ならば、どこから?そう考えていると敵兵を前にしながら年端も行かぬ少年が振り向きざまに笑ってみせた
「間に合ったー」
無邪気に笑う少年に何がどう間に合ったか聞く前に、少年は敵兵の前に手を差し出すと一言
「震動裂破!」
すると周囲を取り囲んでいた兵士達がパタパタと倒れ始める。デニス軍のバランの兵士達はそれがなんなのか知っていた。実際に経験した者、伝え聞いた者達が優勢に進めていたはずの戦場で背筋に冷たいものを感じていた
「お、お前・・・まさか・・・」
「アークだよ!さーて、敵大将は・・・いないね。雑魚ばっかだし、一旦戻ろ?」
キョロキョロと周囲を見渡し、めぼしい相手がいない事を悟るとガッカリした様子でレンカに近付く
「アーク?アシスの弟?」
技を見てアムスとアシスが使っている技だとは分かった。そして、目を見て全てを理解する
「そうだよ・・・ちょっと用事があって遅れたけど、間に合って良かった。さあ、帰ろうよ」
未だ囲まれた状況で事も無げに言う少年に、諦めかけた自分が情けなくなり自嘲気味に笑う。そして、槍の穂先を下げ、門の前に回り込んでいた兵士達に槍を向け叫ぶ
「助かった!無事戻れたらオッパイくらいは吸わせてやる!行くぞ!フェン!気合い入れて走れ!」
「赤ちゃんじゃあるまいし!いらないよ!」
アークはブーブー言いながらもレンカ達より先に兵士達に突っ込む。そして、間合いに入ると再度叫んだ
「震動裂破!」
怯んでいた敵兵が倒れる様を見てレンカとフェンが門へと走り出す
「『戦神』の孫にして『鬼神』の弟か・・・末恐ろしい・・・が、それだけ頼りになる」
アークの一撃で怯んでいた兵士達も我に返り動き始める。だが、それよりも早くアークが道を切り開き、レンカ達はそれに続く
レンカ達が逃げ仰せた事により、南門の初戦は幕を閉じた
────
フレーロウ王城内軍議室
セーラとジェイスら将軍達は戦況を随時伝え聞き、それに対応する為に軍議室にて待機する。万が一門が破られれば、指示をし、そこに救援を送り、何とか食い止めなくてはならない
必勝の策など無い。真綿で首を絞められているような感覚に、軍議室は重い空気を醸し出す
一つの報せがメディアの命運を左右する・・・そんな状況の中、軍議室の扉が開かれ、一報が入る
西方よりレグシ軍進行開始────
それは誰しもが予想しなかった凶報
いや、誰しもが目を背けていた、起こってはいけない事態
「女狐め・・・ここで動くか・・・」
「陛下!・・・西門は・・・」
西門にはアシスの軍が待機している。しかし、主だった者は他の門に振り分けられており、念の為くらいの状態にあった。加えて街道はそのままにしてある。レグシ軍に対して警戒している意思表示はなるべくせず、あくまでもメディアはレグシにとっての友好国だと示したかったからだ
レグシが心入れ替え、友軍として加わってくれれば・・・そんな淡い期待は脆くも崩れ去り、待機しているだけだったレグシ軍3万が牙を剥く
四面楚歌・・・言葉の通りメディアはレグシの一手により追い詰められる
「陛下!もう・・・ここはレグシに降伏を・・・」
一人の将軍が進言すると、部屋が沈黙に包まれる
レグシに降伏すれば、今攻めてきているレグシ軍が味方となり、デニス軍を挟撃出来る。勝算は跳ね上がり、勝ち筋も見えてくる
しかし、その瞬間にメディアの歴史はここで閉じる・・・300年の歴史が終る事を意味する
滅亡か敗北か
一人の少女に迫られる決断の時
手遅れとなる前に下さなければならない。額に汗が滲み、握る拳に力が入る。セーラの次の言葉にメディアの進退が決まる・・・周囲が固唾を呑んで見守る中、口を開きかけたセーラに再度一報が入る
凶報か吉報か・・・その一報にてセーラは決断する事となる
二部構成の予定です
次で4章完結予定です




