4章 幕間 馬車にて
ほぼ会話で進みます。
時系列は遡り、メイカート会戦が始まる前となります
馬車に揺られ、3人のうら若き女性が恋の話に花を咲かせていた
「で、アシスと契ったの?契ってないの?」
「ちぎ・・・んん、無事結ばれた」
「無事・・・って、まるでそうなる事が分かってたような言い方ね。抜け駆けが卑怯とは言わないわ・・・でも、私のターンがあっても良くないかしら?」
「女王で若くて綺麗なあなたに順番を回すほど私には余裕はなかった」
「あら?若くて綺麗なんて・・・でも、同性に言われてもあまり喜ばしくないわね」
「喜ばなくていい・・・世辞よ」
バチバチと火花を散らすシーラとセーラ。それに挟まれてシーリスがオドオドする。いつの間にこの2人は・・・と思いながら、話す方に顔を向けるだけしか出来なかった
「ふう・・・まあいいわ。戦場から戻ったらしばらく私のターンね。あなたは宿でゆっくりしてなさい」
「結ばれたって言ったでしょ?もう永遠にあなたの番は来ない」
「結ばれたのは肉体的にでしょ?あなたはただ初めてをアシスに捧げただけ・・・そういう意味なら私にもチャンスがあると思わない?」
「肉体的にも精神的にも結ばれた。あなたの入る余地などないわね」
「へー、余程自信があるのね・・・なら、アシスは私と裸で寝ても手を出して来ないと?」
「・・・・・・ええ」
「随分返事に間があったのが気になるのだけど?では、帰り次第試してみましょうか?」
「だ、駄目よそんなの・・・」
「肉体的にも精神的にも結ばれたのでしょう?それともアシスが信用出来ない?固く結ばれた2人の絆は何の興味もない女性と寝ただけで脆く崩れてしまうのかしら?」
「そ、それは・・・」
「あなた達が固く結ばれたのはよーく分かったわ。でも、もしそれでも私に手を出してきたら、それは私の事をあなた以上に好きだから・・・そうなるのではないかしら?そうならないのであれば、アシスは固く結ばれた相手がいるのに、誰彼構わず手を出す性獣って事になるわ。そうでしょう?シーラ」
劣勢から優勢に持っていく・・・女王での経験をいかんなく発揮するセーラに対し、シーラは言葉が詰まり、姉に目線でヘルプを出す
「へ、陛下・・・恐れながら男性は女性の肉体に並々ならぬ興味を持っております。それは好いた好かれた関係なく、果てしない欲望を持っているためです。もし男が陛下と床を共にすれば十中八九が我慢できないでしょう。我慢できるとしたら男色家くらいです。・・・男とはそういう生き物かと」
「なるほど・・・つまりはシーラとの関係も肉欲によるものだと・・・」
「だから!精神的にも結ばれたって言ってるでしょ?」
「ほう!肉体的な繋がりは行為的なものと思うているが、精神的な繋がりはどういうものなのかしら?詳しく説明して欲しいものね」
「うっ・・・それは・・・」
「説明も出来ぬあやふやなものでアシスは自分のモノと主張するのは些か傲慢ではないか?確かに今アシスはシーラを選ぶだろう・・・しかし、もし私がシーラと同じ舞台に上がった時・・・果たして誰を選ぶかのう?」
セーラは個人としてだけではなく、時には女王としてシーラに詰め寄る。もう勝敗は決したと油断していたシーラに怒涛の攻め・・・劣勢に追いやられたシーラは再び援軍を求める
「陛下・・・陛下の仰りたい事は理解出来ます。男性は物事を下半身で考える事が多々あります。しかしながら、下半身もアシスはアシス。抱いたから選ぶのではなく、選んだから抱いた・・・なので、アシスはシーラを選んだ・・・そう愚考致します」
「なるほど・・・シーリスよ、一理あるのう。だが、アシスが選んだのは抱くことを選んだのか?一生の伴侶を選んだのか?その辺りが曖昧のような気がしてならん。抱くことを選んだのなら勝負は継続・・・一生の伴侶を選んだのなら、あまりに低俗・・・シーラも嫌ではないか?下半身で一生を添い遂げる相手として選ばれるのは」
「うっ・・・でも、アシスは前から私の事が・・・」
「ほう・・・だが、それはおかしいのう。つい先日私の求婚を受け入れるなど、私に好意を向けていたと思うていたが・・・」
「それは・・・ナキス様の・・・」
「兄様の遺志か・・・では、アシスは好意がない相手と添い遂げるつもりだったと?」
「好意が無いわけじゃ・・・」
「ふむ!つまり、シーラに以前から好意を抱いていたが、私にも抱いていた。そして、2人のどちらかを選ぶのに下半身の意見を聞き選んだ・・・その解釈で相違ないか?」
何かに誘導されている・・・そう感じたシーラが三度頼れる姉に助けを求める。しかし、シーリスは戦況が思わしくない事を悟り目を合わせようとしなかった
ここにいないアシスは『下半身で選ぶ男』というレッテルを貼られているが本人は知る由もない
シーリスはアシスの惨状を肌で感じ、この舌戦に参戦しては、思わぬ流れ弾を食らうのではと思っての参戦拒否だった
「セーラ・・・あなたは何が言いたいの?」
「よくぞ聞いてくれた。シーラはまるで勝負は決したかのように思うとるかも知れんが、私は納得してはいない。なぜなら、この勝負は抱かれたら勝ちではなく、伴侶として選ばれたら勝ちと認識しておる。つまりシーラは一歩リードしているかもしれないが、勝負は継続状態にある・・・で、勝負を公平にする為にシーラと同じシュチュエーションをと思い、話を聞き、それを実行しようとした。なので私が裸でアシスと寝るのは公平を期すために必要な事」
シーラの頭の中で会議が行われる
(耐えられると思うシーラ?)
(無理ね)(だ、大丈夫よ!)(抱く!)(耐えられる訳ないじゃない)(話にならん)(瞬殺よ)
(もっとアシスを信用して!)
(無理よ)(そうよ!耐えるわ)(猿よ!)(エーレーンですら厳しい)(論外だ)(秒殺よ)
シーラ会議はアシスの劣勢の模様
「は、裸で一緒に寝るのはおかしい!お腹が空いてて美味しそうな料理を出されたら、普通は食べるでしょ?」
「ふむ、ならば前日にたらふく食べさせれば良い。満腹の状態でも尚私を食らうのであればそれこそ私を好いている証拠となろう」
事も無げに恐ろしい事を言うセーラに飲まれそうになるシーラ。姉も宛にならないとなると、強引に事を進めようとするセーラに対抗する術はなかった。それでも流石にアシスを取られるのだけはと試行錯誤して出た言葉が────
「三人でなら・・・いい」
「おい」
シーリスとしては人生初、妹へのツッコミに『おい』と言ってしまった。それでも悔いはない・・・それぐらいに予想の斜め上をいく提案であった
「それはなかなか・・・だが、私は初めて・・・いきなりハードルが高過ぎるのだが」
「ぉ・・・」
思わず国王にすら同じツッコミをしそうになって慌てて口を塞ぐ。一体この二人はどの次元で話してるのだと頭を抱えながら、話題を変えようと悩む。そして、以前より気になっていた事をこの機に聞いてみることにした
「陛下!大変申し訳ありませんが、一つ気になる事が御座いまして」
「なんだ?処女ぞ?」
「聞いてません!話の脈絡からはだいぶ逸れるのですが、私の相方のリオンの事です」
「おお、なんだ、申してみろ」
「はい・・・今現在リオンはアシスと共に戦線に出ていますが、イマイチリオンの立ち位置があやふやなのではないかと・・・それなりの実力者であり、戦果はこれといって上げておりませんが、傭兵として参加せよと言われた訳でもなくて、どうもハッキリとしません。どうか御一考頂けないでしょうか?」
「ふむ・・・我もリオンを存じておるし、実力も聞いておる。アシスの仲間として甘えていた部分があるな。これが内助の功か・・・勉強になる」
「そんな上等なものでは御座いません。食と住を提供頂き過分とは思っていますが、何分入用な事もあるので・・・」
「それもそうだ。宿に関しては兄の考えを引き継いだまで。我からは何もしておらん。すまなかった、早急に考えよう」
「有難う御座います」
「あら?私は?」
「シーラは今のままで充分であろう。なんなら今の宿とは別の宿を手配しても良いぞ?それともアシスの住まいを王城に移すか・・・私としてはそっちの方が手っ取り早い」
何が手っ取り早いかあえて聞かず、自分とシーラに対する態度の違いに複雑な気持ちになるシーリス。妹が大胆不敵なのかセーラが気さくなのか・・・掴みかねるが、もう一つの懸念材料の話を始める
「陛下・・・もう一つ・・・これは要望ではなく、お知らせしたいことが御座いまして」
「ふむ、なんだ?」
「リオンの事ですが、アシスにも関わってきます。リオンは既に・・・壊れています」
「え・・・」
「壊れてる?どこか怪我をしておるのか?」
「いえ。シーラは知っているのですが、我らの中で壊れていると言うのは主に精神の事を指します。通常、人は人を殺めるのに自制が入り、躊躇したり、恐怖したりします。ですが、壊れるとそういった感情がなくなり、平気になります」
「まさか・・・リオンが・・・」
「その兆候は前からあったのよ。それでも壊れていないと思いたかったけどね・・・この前のガーレーンでの戦いの時に確信したわ・・・壊れているとね」
シーラ達を守る為に追っ手を相手取ったリオンとシーリス。リオンは敵を生け捕る訳でもなく、ただ自分の欲求を満たす為に殺さずに何度も立ち上がらせ、その度にまた倒す・・・相手にとっては地獄のような時間もリオンは笑いながら楽しむ・・・それを見てシーリスは確信に至っていた
「それで?壊れているとどうなる?」
「仲間以外の人・・・敵味方関係なく誰でも殺めることを躊躇いません。それは戦争向き・・・と言えるでしょうが、欠点が御座いまして・・・日常生活に不向き・・・と言えば宜しいのか分かりかねますが、生活する上で他人としたら決して共に生活したくない者と評されるでしょう」
「なぜだ?無差別に殺める訳でもあるまい」
「陛下は・・・隣人が怒らせただけで斬りかかって来るような者と共に生活出来ますか?それが極軽微な怒りでも斬りかかって来るとしたら・・・」
「気が気でないな。なるほど・・・そなたの言うことは分かったが、それとアシスはどう関わってくる?まさかアシスもか?」
「いえ、アシスは壊れてないと思われます・・・が、戦争が長引きば恐らく・・・」
「・・・そうか・・・しかし、今のメディアにはアシスの力が必要だ。これは好意とは関係なく王としてみて思う事・・・兄の慧眼だけではなく、我も素直にそう思うのだ。メディアの未来を担っているとな」
「・・・以前ここにいるシーラは壊れていました。いえ、壊されていたのです。強制的に洗脳という手段を使われ・・・その洗脳が解けかけた時に会ったのがアシスであり、アシスと共にいるシーラは正常な状態でした」
「何が言いたい?」
「お二人の恋愛に口を出す気は毛頭ありません。ですが、アシスを壊さない為に・・・シーラをアシスの傍に置いて頂けないでしょうか?今でこそ2人は共に行動している事が当たり前になっていますが、戦時中・・・今回のように離れる事も出てくるでしょう。ですから、陛下の計らいにより共におれるようになれば、大手を振って歩く事が出来ますゆえ・・・」
「姉さん・・・」
「敵に塩を送れと・・・まあ、亡国の危機に恋だの愛だのにうつつを抜かすつもりは無い。アシスを想うのは我にとって心の安定剤みたいなもの。ゆえに壊れる壊れないも我にも理解出来る。我が代わりに・・・と言いたいところだが、戦地に赴くのは緊急時以外は難しい・・・良いだろう、シーラを妾として・・・」
「なんで妾なのよ?そこは妻でも良いでしょ?」
「それは譲れんな。ジュモンを討った手柄もあるから、副官にでもしようか?だが、それだと公私混同は許さぬぞ?軍律が乱れるゆえな。妻を戦地に同行させるなど有り得んから、二つの内どちらかを選ぶがよい」
「なんでありえないのよ!」
「アシスだけを許可する事は適わぬ。優遇は時にやっかみを生み出す・・・そうならぬ為に全ての者に許可したとすると戦場に妻が溢れ、食糧は増え、余計な兵まで必要となる。妾としてなら、給仕扱いで構わぬから傍にいても問題あるまい」
「ぐっ・・・」
理路整然と語るその言葉にぐうの音も出ないシーラに勝ち誇った顔をするセーラ。シーリスとしては恋愛感情を含まずにと言ったはずだが、どうしても絡めてくる二人に辟易する
「はあ・・・陛下、副官でお願い致します。戦地でイチャコラしていた場合は私が責任をもってアシスめを懲らしめたいと思います。シーラも普通に副官でいいでしょうに。それとも戦地でイチャコラしたかったの?」
「そんな訳・・・」
「仔細承知した。そうなるとリオンはアシスの副官、シーラとシーリスはそれぞれの補佐という形がいいか・・・それぐらいならどうとでもなろう。レンカの弟子・・・フェンだったか、その者も副官に任命すれば良いだろう」
「そうですね。いきなりアシスの周りだけを固めてしまっては優遇と取られる可能性が高いですし、粗暴で名高いレンカ殿と同時期でしたら文句が出る可能性は低いかと」
「そなたもなかなか・・・」
「私も壊れかけているゆえ・・・妹以外は基本どうでも良いので」
「そ、そうか。そう言えば聞きたかったのだが、味方と仲間はどう違う?仲間以外を平気で殺める・・・敵味方関係なくと申しておったが」
「本人次第ではありますが、味方はリオンの場合ですとメディア国全体・・・と思われます。仲間は近しい者、具体的には私達姉妹にアシス・・・それに元『二対の羽』の2番隊かと」
「・・・と、なるとアシスが壊れた場合は我は入ってると思うか?仲間の方に」
「当然入ってると思われます」
「ならば、壊れても問題ないのう」
「ちょっとセーラ!」
「ふふ、そう目くじら立てるな。少しシーリスとリオンが羨ましいと思っただけ・・・勝負はまだ決していない。共に戦場におれるからと言って精々油断してなさい」
「言ったでしょ?あなたの番は来ないわ・・・永遠にね」
シーリスは何度も見た応酬に呆れて馬車の外を見る
もうすぐメイカート
更にもう一人くらい恋敵が現れてドロドロの恋愛劇を繰り広げ、戦争なんて忘れてしまえばいいのに・・・自分より年若き二人の乙女を血なまぐさいところから解放できるなら、それもいいかと思うシーリスであった




