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4章9 墓前にて

『暴君』が目の前から去った後、俺ら4人は自然と合流する運びとなった。良く見ると満身創痍なのは俺だけで、他はほぼ無傷・・・フェンなんかは返り血すら浴びてない


槍と剣のリーチの差もあるだろうが、対多人数戦においては上なのだろう。リオンも返り血を浴びてるとはいえ無傷に等しい


もう少し上手く立ち回れると思っていたが、現実は厳しいな


「しょぼくれた顔すんな!てめえがそんな顔してたら、てめえに殺された兵士は浮かばれねえし、同朋も不安になる!笑え!」


レンカに背中を叩かれ、背筋が伸びる。そこで初めてメディア軍がこちらを見ていることに気付いた


レンカの馬はバランに真っ二つにされ、俺とリオンの馬はどこかに逃げてしまった為に歩いて自陣に戻っているが、その俺らを直立不動で待ち、見つめていた


そうだな・・・俺は国王直属・・・守護者だからな


「国王直属特別太守守護者だろ?」


「メディア国王直属特別太守四大護国者」


「「それだ!」」


レンカが俺の心の言葉にツッコミ、フェンが更に被せてツッコム


もう守護者でいいや


軍に近付くと護衛に囲まれた馬車が軍を横切り、俺らの目の前に到着する。髭だるまかと思い出て来るのを待っていると馬車からではなく、隊列から一人の兵士が飛び出して来た


「あの・・・昨日はありがとうございました!」


飛び出して来た兵士は昨日髭だるまに襲われていた子だった。別にわざわざ礼をしなくても良いのに・・・律儀な子だ


「お借りした服も洗ってお返しします!」


その言葉で周囲がザワつく。何故だ・・・何か勘違いを・・・


「上官が部下を手篭めにするのは軍律違反・・・はて、守護者の場合はどうなるのかのう?」


「斬首でいい・・・です、陛下」


聞き慣れた声が馬車の中から聞こえてくると扉が開き、中から2人の女性が出て来る


「シーラとセーラ!?」


「驚いておるぞ?やはり後ろめたい事があるらしい」


「切り取り・・・ましょう」


いやいや、国王が戦地にいきなり現れたら驚くでしょう!てか、シーラは何を切り取るつもりだ?


「!全員跪け!」


セーラの存在に気付いた千人長が叫ぶと一斉に跪く。戦場ではセーラに対して国王と分かるような呼称、態度は厳禁らしい。さっきシーラが『陛下』と呼んでいたがそれも本来は駄目なのだが、シーラは軍人じゃないしな。そんなルール知らんわな。俺も最近聞いたばかりだし


態度では跪くのもどうなんだと思うが、最低限の礼として跪く事だけは許可されている


「ふむ・・・ここでは目立つのう。デュラスのおるテントに向かうか。誰ぞ案内せい!・・・レンカとフェンは護衛を頼めるか?アシスとリオンは怪我の治療をせい。アシスはシーラが、リオンは・・・」


「お任せを、セーラ様」


馬車からもう1人、セーラとシーラの後ろから出て来る


「シーリス!」


リオンが嬉しそうに叫ぶが、リオンの姿を見たシーリスはため息をつき、何かを言いたげにしていた


────


デュラスのテントの前に着くと護衛が中を確認しに行く。戻って来た護衛がセーラに耳打ちし、それを聞いたセーラが護衛に指示を出す。しばらくして簀巻きにされたデュラスが運び出され、ようやくテントの中へと入った


「苦労をかける。アレが軍総司令官と思うと情けなくて涙が出る。そちらが居らねば取り返しのつかない事となっていたであろうな」


「構わねえよ、セーラ様。だが、ちぃと人選で言いたい事がある」


「アシスか・・・」


「話が早くて助かる。その前に守護者ってーのはどういう意味か聞きたい」


ナキス亡き後、メディアに与する事にしたレンカは将来を見据えフェンの修行に勤しんでいた。もちろん自らの修行も兼ねていたが


修行場に森の中を選択していた為、世俗に疎くなり、セーラからの使者が来るまで戦争が始まっている事に気付いていなかった


慌てて戻るといきなり役職を与えられ、戦争に駆り出されて今に至る


「メディア国王直属特別太守四大護国者・・・通称守護者。国を護る為にあらゆる権限を与えられ、国王・・・つまり我の直属が故、軍の動きに左右されること無く、逆に軍を指揮することすら可能な者達の事・・・地位では軍総司令官に並ぶ」


「あの簀巻き豚に並んでも嬉しかねえな。それよりアシスにゃ荷が勝ちすぎてないか?将来性は買うがまだ早い。システム的には『十』に近い・・・となるとアシスは精神がまだまだ弱い」


「精神・・・か。具体的には?」


「・・・ガキ共の中では実力は頭一つ抜けてる。それは確かだ。今回の戦でも戦果はアシスが一番だ・・・が、傷の量も一番多い。理由は殺すのを躊躇しやがり、自らが傷ついていたのさ」


戦場で垣間見せた一幕・・・圧倒的な力を持つアシスが、ためらい、傷つく様を見ての判断だった


「・・・それでも功績と実力では適任と思うておる。どうにかならんか?」


「ならねえ事もないが・・・」


────


はてさて、これは困った。テントの中で治療を行う予定が、何故か訳の分からない状態になっている。テントの中には俺とシーラ・・・そして、昨日助けた女兵士のフローラがいた


「ここは私が看るから、あなたは部隊に戻っていいわ」


「いえ、昨日の恩を返したいのです!私も手伝います!」


というやり取りが繰り返される。俺としては恩を売ったつもりは無いから気にする事はないと行ったのだが、頑なに聞かないフローラにどうする事も出来ずにいた


先程のあらぬ誤解は解けてはいるが、訝しげに見るシーラの視線が痛い・・・そして、槍で突かれた脇腹も痛い。返り血も拭いたい・・・


何故か火花を散らす2人を横目に、置いてあった濡れた布で顔を拭うとするとシーラにそれを取られ、傷口を抑えているとその手をフローラにどかされ薬を塗られた・・・いたり尽くせりなのか、よく分からないが嬉しくない


重くなるから鎧は着けずにいるが、やはり戦場で布の服は危険すぎるか・・・せめて急所の部分は鉄で覆う必要があるかもな・・・


そう考えているとフローラが目を輝かせて自分の父は防具職人で、俺の要望通りの防具を作れると言ってきた。あまり気が進まなかったが、これ以上恩を返すって言ってるのに断り続けるのもどうかと思い、作ってもらうことにした。まあ、メイカートが占領されているから奪還してからになるが


程なくしてセーラからの使いが来て、デュラスのテントに来るようにと言われた


それを承諾しシーラと2人で行こうとするが、フローラもついてくると言う


どうしようか迷っているとシーラが連れて行けと言うので、仕方なく3人でテントに向かう事に・・・


「入るぞ」


扉がないので一声かけて中に入ると、中は左右に護衛を従えたセーラが椅子に座り俺らを迎えた


「もう良いぞ」


セーラが言うと護衛はテントから出て行き、セーラはフローラを見て訝しげに眉をひそめ、フローラは慌てて跪く


どうやら使者がセーラ様と言ってもピンときておらず、本人を目の当たりにして初めて自分の国の王であると認識したようだ


「そなたは先程の・・・なんだ、冗談で言うたが本当に手篭めにし囲いおったか?」


「アホか・・・それよりも軍は撤退か?髭だるまの暴走なんだろ?この状態は」


「うむ。我が出張ったのもその為だ。元々そなたらを派遣した後に我も向かうつもりであった。デュラスは使者を送ったとて聞き入れると思えんからな」


「とんだ総司令官がいたもんだ」


「返す言葉もない。ところで先程の冗談とは別になぜその娘を連れておる?」


「あー、えーと・・・」


「た、た、大変申し訳ございません。こ、こちらのアシス様に危うきところを助けて頂き、恩に報いる為に・・・」


「そうか。それは殊勝な心掛けだが、そんなんでいちいち恩に報いておったら身がいくつあっても足りぬぞ?我なんぞ何度契れば良いか検討もつかん。のう?救国の英雄殿」


「おい!誰が英雄だ!しかも、返すのが全部それってどうなんだ?俺は色魔か!?」


「き、救国の英雄・・・」


真に受けてるフローラを無視して、なぜ戦場に来たのかとフレーロウは大丈夫なのかを尋ねる


来た理由はデュラスの暴走を止める為。フレーロウはレグシからの攻撃はないと分かったので安全と判断しジェイスに任せて来たと。なぜ攻撃がないと分かったかと言うと、レグシからの使者が来て降伏勧告をしてきたから


「つまりはレグシは漁夫の利を得てメディアを手に入れ、デニスに対抗するつもりらしい。文面はしおらしい事を書いておったが、まあ女狐が考えそうなことだ」


なんでもナキスの事やメディアが心配だの言葉を並べて降伏を促していたらしい。直ぐに返事はせずに考えさせてくれと思わせぶりにして攻めてくるのを引き伸ばしている状態・・・どっちも女狐ポイが言わないでおこう


戦況報告を終えた後、セーラは頷き目を閉じると何かを考える素振りをみせる


しばらくすると目を開き俺を見つめて口を開いた


「アシス・・・そなたに頼みがある」


「頼み?」


「守護者として個の力をいかんなく発揮するよう頼んでいたが、個の力にも限界がある。なので、そなたには軍を率いてもらいたい」


「将軍になれってことか?」


それはお断りだ。髭だるまの指示で動くなんて、死ぬのと同じだし


「いや、役職は今のままで構わん。そなた以外の3人は個で動いてもらって、そなたには軍を率いて、軍でしか適わぬ事に従事してもらいたい・・・傭兵経験もあり、隊長でもあったそなた以外には適任がおらんくてな・・・残りの3人を見れば分かると思うが・・・」


ジジイ、ラクス、レンカ・・・ジジイはともかくラクスとレンカは軍を率いるって感じではないな


「規模は?」


「一万を考えておる。千人長10名はそなたが選んで構わん。その他も全て任そう。他の将軍達と違うのは軍で動くのではなく、独立遊軍として動いて欲しい。もちろん我からの指示もあるだろうがな」


1万か・・・隊長やってたと言っても20人規模だしな・・・うん?そうか・・・千人長の10人を俺が束ねて、そっから下は千人長に丸投げで良いのか・・・それなら何とか・・・


「デュラスの意見は聞かねえぞ?」


「無論・・・だが、出来れば協力してくれると有難い・・・デュラスはどうでもいいが、その下の者は大事なメディア国民となるからな」


「・・・分かった。一万の兵を引き受けよう・・・だが、どうなるか分からないぞ?」


「そなたならどうにかすると信じている。将来的には大軍を率いてもらわねばならぬからな」


「将軍になる気はねえって」


「将軍だと降格扱いだろうて。そなたがこれ以上になるとしたら、王しかないわ」


「王って・・・あれ?シーラさん?」


もしかして伝えてないのかと思いシーラを見るが、呆れた顔をして首を振る。つまり・・・伝えたけど求婚の話はまだ有効って事か?


ふふんと鼻息を荒くシーラを見て笑うセーラは、そんな関係など知ったものかとでも言いたげな表情だ。仕方ない・・・ハッキリと俺から・・・と思ったが、シーラが止めてくる。もしかしたら、道中で何かしらのやり取りがあったのかもしれない


そんな思いにふけていると、テントの入り口が荒々しく開かれ、髭だるまが入ってくる。寝癖で髭がクルンクルンだ


「陛下!なぜここに!」


「戦場で軽々しく陛下と呼ぶでないわ。どこに敵が潜んでるかも分からぬのに・・・それとも、我がいのうなった方が都合が良いか?」


「い、いえ、決してそのような・・・」


俺らを無視して通り越し、セーラの前に出ていきなり怒られてる。ざまーねえな


ようやく俺らの存在を気にしたのか後ろを振り返り、シーラ、俺、そして、フローラを見て目を見開く。どうやら昨日の事は覚えてるみたいだ


「貴様は・・・」


「なんだ?その娘がどうかしたか?」


そう聞かれると答えようがない髭だるま。まさか襲おうとしたら気絶しましたなんて言える訳ないよな


「・・・さ、昨晩我がテントに潜り込み、不意打ちを喰らわしてきた不届き者です!護衛!何をしている!」


「なっ!?」


デュラスの声で護衛が4人テントの中に入って来た。事実と違う事を言われてフローラは絶句している。セーラとシーラは真相を知っている為、目の前の茶番に辟易していた


「ほう・・・つまりそこな娘に不意打ちを喰らい、今の今まで気絶していたと?メディア軍総司令官が?」


「さ、昨晩は明日の作戦を練っており、集中していた為・・・」


「護衛も付けずにか?」


「集中の妨げになるので人払いをしていました」


おっ、段々嘘が乗ってきたね。堂々としてきたぞ


「なるほど・・・でそこな娘は何者だ?」


「恐らく敵の間者かと・・・そこの娘を引っ捕らえよ!」


「はっ!」


護衛兵に囲まれたフローラが俺に助けを求めるように見つめてきた。もちろん助けますとも


「ちょっと良いかな?ひ・・・デュラス・・・殿?」


さすがに呼び捨ては不味いか、殿?将軍・・・ああ、将軍にすれば良かった


「うん?なんだ貴様は?ここで何をしている!」


「デュラスよ。守護者のアシスだ」


ああって感じで忌々しげに俺を睨む髭だるま・・・もう髭だるまと呼ぶか


「なんだ?何か言いたい事が・・・」


「昨晩このテントの前を通ると女性の悲鳴が聞こえ、中に入ると裸の髭だるまの山賊ポイ男が女性に覆いかぶさっていて、助けないとと思い男を気絶させたが・・・まさかアレがあんたか?」


「お前が!・・・セーラ様、私は襲われた後の記憶が曖昧でしたが、今思い出しました。不意打ちを喰らい、賊を抑え込んでいる時に更に襲われたのです!そこの男が勘違いし、私を気絶させたのです!」


「裸で?」


「争っている内に脱げたのだ!他意はない!」


都合のいい服だな、おい


「なるほど・・・娘よ、そなたに反論の機を与えよう。申せ」


「へ・・・セーラ様!このような輩など捕らえて尋問すれば宜しいかと!セーラ様がわざわざ・・・」


「女性をテントの前に並べて品定めしていた様子を見た兵士がいたが?」


「また貴様・・・ふん、間者がおらぬか確認しておったのだ!怪しい者を並べて間者かどうか調べておったのだ!この娘は俺と目が合ったら逸らしおった・・・腹に何かを抱えてる証拠だ!」


見て分かるのか・・・ロウ家の血を引いてたつーなら分かるが、見た目的に・・・ないな。はあ、殴りたい


「デュラス・・・我が与えたのだ。下がれ」


強引に護衛に指示して連れていかせようとしているのをセーラが止め、フローラに話す機会を与える。だが、国王やら犯人がいる前で話せるのか?


「あ・・・その・・・」


一般の兵士が国王の前で話すことなどありはしないし、犯人の髭だるまがずっと睨みきかせてるし・・・話せるわけないだろうに。セーラは何をやらせたい?


「どうした?事実と違うなら申せ」


優しく語りかけるが、女王オーラが出てますぞ。ここはやはり俺が・・・と思ったら、シーラに服を掴まれて止められる


振り返ると首を振るシーラ・・・ここはセーラに任せろってことか?


「わ、私は・・・メイカートで生まれメイカートで育ち・・・父の作った防具を着けてメディアの軍隊に入りました!決して・・・決してやましい事など・・・」


「ふざけるな!俺が嘘をついてると言うのか!」


うん、そうだよ・・・とは言えず、怒鳴り声で体を竦めるフローラ。セーラは特に何を言う訳でもなく、黙って聞いているだけだ


「セーラ様!このような下賎の輩と今まで忠誠を尽くしていた私・・・どちらの言葉を信じますか?まあ、考えるに値・・・」


「忠誠を尽くしているがゆえの此度の挙兵か?デュラス。我は守備を固め、個の力にて対抗せよと申したはずだが?」


「い、いや、それは・・・」


「軍総司令としての立場を利用し、我の意に反した挙兵のみならず、自軍の兵を辱めようとした者の言葉より、真摯に語る誇り高き兵士の言の方がよっぽど胸を打つ・・・我を・・・ロウ家を甘く見るなよ!デュラス!」


「ぐっ・・・」


「兵は即座に引き上げる。そなたは謹慎しておけ!」


セーラの言葉にしかめっ面したまま挨拶もせずに護衛を引き連れテントを出るデュラス・・・礼儀知らずの猿には困ったもんだ


「そなたもよう言うてくれた。さぞ恐ろしかったろうに・・・我の不徳の致すところ・・・許せ」


セーラはフローラに向けて頭を少し下げてそう言った。それを受けたフローラは両手を突き出しアワアワしている


「謹慎・・・でいいのかよ?」


「奴の身分は代々引き継がれてきたもの。そうやすやすと降ろせるものではない。今回の挙兵は軍の総意としてしまえば、我の意見など通らぬのが現状・・・それを変えねばならぬがな」


中々世知辛い状況なんだな、メディアは。戦は軍に統治は王に・・・ってか


「そなたには期待しておる・・・今の状況を変える道標となってくれることをな」


「・・・道に迷うぞ」


「そなたが導く道なら迷うても一向に構わん。殺伐とした味気ない道よりも、そなたの道で迷うて長い時間になろうとも共に歩きたいものだ」


「導くのはお前の役目だろ?俺は横で手助けする位が限度だよ・・・友としてな」


「共に導いてくれたら、我の気も少しは休まるのだが」


「たまには前みたいに散歩に付き合ってやるよ。それで我慢しな」


「つれないのう・・・求愛に対して素っ気なさ過ぎではないか?」


「求愛じゃなくて押し付けだろ?」


「我を娶れば自ずとついてくる・・・王という冠がな」


ううっ・・・そう言えば求婚を受けてたんだ。あの時と今は違うと言いたいけど、さすがにそれは・・・どうしよう


「セーラ様、アシスも先程の戦闘で怪我を負い、連戦の疲れもあります。これから移動もありますし今日はこの辺で・・・」


すかさずシーラが助け舟を出してくれて、バチバチと火花を散らす2人。やっぱり馬車の中で何かあったのか?どんな話をしたんだ?


ふぅと息を吐き、セーラが護衛を呼び、俺らはやっとこさテントから脱出出来た。フローラは緊張してたのか一気に脱力し、その場にへたり込む


「大丈夫か?」


「は、はい!・・・もう何が何だか・・・」


「そう緊張しなくていいぞ。セーラも国王とはいえ、フローラと同い年くらいだ。しかも、同性だしもう少し砕けて話しても・・・」


「出来るわけないでしょ?・・・あなたも自分の隊に戻った方がいい。もうすぐ撤退になるだろうから」


フローラはその言葉を聞いて、慌てて頭を下げた後自分の持ち場に戻って行った。慌てる様にまるで妹でも出来たかのように微笑みながら見ていたら、シーラが一言


「怪しい・・・」


いやいや、何にもないからね。冷たい視線を浴びながら、帰り支度をし、いざフレーロウへ




道中特に何も無く、たまにレンカがちょっかい出してくるのをやり過ごし、何とか辿り着いた


ここ最近のハードスケジュールはもう一度やれと言われても絶対に首を縦に振らないだろうな


大平原での合戦から始まり、ガーレーンでの激闘にメイカート会戦・・・数日の出来事とは思えないな


セーラに言われた1万の軍隊の事をボヘーと考えながら、宿でゆっくりしっぽり休んでいると、ふとある事を思い出す


「あっ!」


「どうしたの?」


横にいたシーラに説明する。フローラが襲われそうになり助けた後、服が破かれていたので急遽服を探しに外に出て、たまたま見かけた女性が千人長だったので強権を発動して服をゲット・・・さすがに人に貸した物をそのまま返す訳にもいかず、その時、持ち合わせがなかったから、後日服の代金を支払いに行くつもりだったと


「服が破け・・・へー」


「・・・なんだよ?」


俺の腕を枕にしているシーラがじっと俺を見つめる。その目は少し半目になっている・・・最近この目を浴びる事が多いような・・・


「で、男の子だった?女の子だった?」


「女だったなっー!」


答えた瞬間に抓られた・・・見た事への抗議なのか、未だにそれで男か女か判断している事への罰なのか分からんが・・・


勢いよく立ち上がり、布団を剥ぎ取り仕返しに言ってやる


「おおー、女だ」


言われた瞬間に顔を真っ赤にして身体を隠しながら枕を投げつけてきたので、甘んじて受けよう。変態、スケベの罵声を一身に受けながら服を着て部屋から出た


隣の部屋のシーリスとリオンにシーラを任せ、久しぶりに一人で王城に向かいながら一人歩いた


今回、シーラを置いてきたのには理由がある。それは・・・


「よう、ナキス。久しぶりだな」


王城を見渡せる少し小高い丘の上に広大な土地があり、そこには墓石がいくつも立ち並ぶ。街の中なのに木は茂り、墓石を囲むように並んでおり、まるで森の中のような感覚に陥った


人が死んだ後に行く天国もしくは地獄・・・そこは空の上にあり少しでも早く安全に行けるように妨げとなる物など極力無くすために高い場所に置き、もし行けなくて残ってしまった場合にフレーロウが見渡せるようにとこの場所に作られたらしい


「悪いな・・・俺はセーラじゃなくてシーラを選んだ」


ナキスの墓石に向けて呟く


2年前・・・俺らが崖から落ちた後、ナキスの葬式をしたらしい。第1王子であり、レグシとの架け橋になるはずだったメディアが誇る王子の葬式


一国の王子でありながら『十』を統べるものだった者


国は悲しみに包まれ、その影響か分からないが、後を追うように当時の国王も死去・・・自ずとセーラにお鉢が回り、若くしてメディア国王となったセーラ


ナキスと同じように・・・レグシとの同盟の為にとガーネットと婚約したナキスのように、俺もセーラの手助けを横で共に歩きながらしようとしたが・・・


「自分に嘘はつけない。セーラが嫌いなわけじゃない・・・むしろ好きだぜ?だが、それ以上に・・・いや、そんなんじゃない・・・シーラじゃないとダメなんだ・・・悪ぃな」


墓石に水をかけ、持ってきた布で拭う。少しでもご機嫌を取っておかないとな・・・後で何言われるか分からん


「ちなみに・・・会う順番とかは関係ないぞ?俺とお前がいつどこで会おうと友になると同じように・・・シーラとはそんな関係だ」


持ってきた全ての水をかけ終えた後、目を閉じ墓石にナキスのイメージを重ねる


「戦争は・・・怖いな・・・お前が止めたがってた理由がよく分かったよ。・・・俺はお前にはなれない。だから、俺は俺のやり方で、お前のやりたかった事を実現してみせる・・・だから、もう少しだけ力を貸しといてくれ」


言いたかった事を言い踵を返し、墓地を出ようとした時────


≪メディアを・・・レグシを頼む≫


そう聞こえた。メディアはともかくレグシ?いや、単なる空耳だな




俺はナキスに別れを告げ、王城へとやって来た


すんなり中に入れたが、問題はあの千人長の居場所だよなー。急いでたから名前も聞いてないし、メイカートに行った軍勢が2万だから、千人長は20人として・・・その中の女性の割合は何人だろ・・・あんまり多くない、もしかしたら一人かも知れないから、メイカートに行った女千人長って聞けばすぐに分かるかもな


久しぶりの王城内を散策がてら歩いていると戦時中ってのが嫌でも分かる。兵士達は慌ただしく動き、上げる声には険がある


後半月程で敵軍が倍増する。減ったとはいえ4万以上の敵軍に加え、その援軍としておよそ5万・・・それにレグシから3万の軍勢が迫っており滅亡の危機真っ只中・・・ボーとしてる方がおかしいか


適当に歩いても見つからないし、誰か見知った奴を探さないと・・・知り合いと言えば・・・いた!なかなかタイミング良いな。彼女なら知っているだろうと思い声をかけた


────


普段は兵舎にいるのだが、今日は王城の警備の当番としてフローラは隊の者達と警備に従事していた


メイカートから戻ってきた後、フローラには二つの悩みがあった


一つはアシス


恩人でありセーラ国王曰く救国の英雄・・・聞けば新しく出来た地位につき、その地位は軍総司令官と同等・・・一般の兵士からしたら雲の上の存在


地位的なもので言うと大まかには三段階程上なだけ。国王、将軍、千人長、隊長、一般兵に分かれるからだ。しかし、細部を見ると遥か上の存在なのが分かる。国王は唯一無二、ピラミッドの頂点に位置する。将軍は国王の一つ下、軍総司令官を頂点に個人的な格差はあるものの他の将軍が同列で並ぶ。そして、将軍一人に対して副官がつき、副官の補佐がおり副官と同列で兵站隊隊長・・・そうやって枝分かれしていき末端の末端がフローラの現在位置・・・故に軍総司令官と同列であるアシスは雲の上の存在・・・一生の内、話す事はおろか見る事さえままならない相手・・・その相手に────


もう一つは自分の隊だけに留まらず、同じ千人長に編成された部隊からの風評被害・・・遠征中に総司令官のテントに呼ばれ、服を変えて戻って来た・・・詳細を聞くものはおらず、好奇の目で見て噂をする


────総司令官に身体で取り入った


最初は遠くで囁かれているだけで、フローラも気にはしていなかった。しかし、同じ隊員は常に共に行動している為に直接的にその話題に触れてくる


出世したら俺を推挙してくれだの、俺にも抱かせてくれだの、帰ってから呼ばれないが飽きられたのかだの・・・


アシス達と別れて隊に戻る際、使者から今回の件に対しての箝口令が敷かれた。軍総司令官の不祥事を公にすれば戦時中の士気に関わる。フローラはそれを受けて誰にも説明出来ない状態にいるので言われたい放題だった


最初は否定をするも、では何しに行った?服が変わったのは何故だ?と問われれば口を閉ざす他ない・・・それを繰り返す事により、周囲は邪推し、面白おかしく噂を立てていた


そんな中、日が経つにつれ同じ隊の者達にとって、フローラの印象が徐々に変わっていく


最初は将軍に見初められた運のいい女、次に将軍に飽きられて捨てられた女、そして、最近は将軍には簡単に股を開くのに自分らには開かないいけ好かない女・・・ただの噂話は徐々に隊員達を蝕み、フローラは自分らを見下している・・・そう思い込むようになっていた


「おい、売女!次のターゲットはどの将軍だ?」


「身持ちが固いフリして・・・そうまでして出世したいかね?」


「おいおい、やめとけよ。新しいパパに告げ口されちゃうぞ?」


日常的に繰り返される罵詈雑言・・・見る目も欲望の目線から汚物を見るような蔑んだ目線へと変わり、肉体的な攻撃ではなく、精神的な攻撃をひたすら続けられていた


そして、王城内の警備の為、巡回していると後ろから


「裸で歩いてた方が選ばれやすいんじゃないか?」


「ほら、千人長が通るぞ?・・・あー、千人長如きじゃダメかー」


「とっくに選定は終わってるって。後はベッドに忍び込むんだよ」


先頭を歩かせ、好き放題に浴びせられる言葉に心が折れそうになっていた時、不意に声をかけられる


「おう、フローラ!ちょうど良い所に・・・って、大丈夫か?」


涙を堪え必死に耐えている所に現れたのはアシス・・・不意の登場に堪えていた涙が決壊し、大粒の涙が頬を伝う


「あん?・・・なんだよ、傭兵?ぶははは!コイツ将軍の次は傭兵に鞍替えかよ?」


「節操ねえな!てか、そこ狙う?せめて千人長・・・最悪でも隊長だろ?」


「隊長でもお断りだろ?こんな取っかえ引っ変え男を変えるヤツなんか」


アシスは状況が分からずに首を傾げる。自分を傭兵と認識しているのは分かったが、男達の言っている意味が理解出来ず、更に涙を流すフローラに思考がついていけない


「てか、おい傭兵!仕事探してんならギルド行けよ!今は戦時中だ!仕事は腐るほどあるんだからな!」


「どうせ女を頼りに楽な仕事でも漁りに来たんだろ?」


「コイツにそんな権限ねえよ!他を当たりな」


最近は軍の仕事ばかりで、赤の称号を身に付けていない。当分は傭兵仕事はしないだろうと外したままだった。称号を見ればここまで言われなかっただろうが、フローラの件もあり増長し見下すような物言いを続ける


「・・・てか、普通に不法侵入じゃね?」


「そうだな・・・俺達はそういう奴を捕らえる為に巡回しているんだし・・・」


「ここはいっちょ手柄を立てますか・・・コイツと違って売る身体がない分、真っ当に仕事しないとね」


三人は即座にアシスを取り囲み、剣に手をかける。突然の状況に訳が分からず呆れていると


「何をしている!」


千人長との打ち合わせで巡回を抜けていた隊長が戻り、状況を見て声を上げた。今まさに囲み捕らえようとしている三人と中央に立つ傭兵風情の男・・・そして、涙を流し佇むフローラを見て異常を感じ叫んだ


「あっ、隊長。コイツ城に不法侵入っす」


「なんかフローラに会いにフラフラ来たみたいで・・・捕らえて尋問しようとしていました」


「傭兵・・・よく見れば証も持ってないし、不審者として連行しましょう」


「不審者?」


隊長は近付き、後ろ姿しか見ていない為、前に回り込みアシスの顔を確認する


「はっ・・・えっ・・・?」


顔を確認した途端、顎が外れんばかりに口を開き、目を見開く。そして、すぐに跪き勢い良く捲し立てた


「た、大変失礼を!貴様ら跪かんか!・・・アシス様!この度は我が隊の者が大変・・・大変失礼を働きまして・・・私の教育不足!平に・・・平に御容赦下さいますようお願い奉ります!」


両の拳を地面に付け、片膝を立てて跪いていたのを姿勢を変えて両膝を地面に付け、額を地面に擦り付ける


その姿を見て今度は隊員達が呆気に取られ、固まってしまった


「どうでもいい。別に何かされた訳じゃないし、されたらやり返すだけだ。だが、フローラの涙の意味は教えて欲しい」


アシスはやれやれといった感じで肩を竦め言うと、理解出来ていない隊員達を横目に、隊長は顔を上げて状況を確認する


「フ、フローラ?ですか?」


「ああ。俺と目が合った瞬間に泣かれてな。何かあったのかと・・・まあ、本人に聞くのが手っ取り早いか」


アシスはそう言うと囲っていた三人をすり抜けフローラの前へと歩く。未だに自体を把握してない三人は隊長の元に駆け寄ると小声でアシスの正体を聞いた


(馬鹿者共が!先の合戦にて我らを敵の矢から救い、万の軍勢に向かって行くお姿を見てないのか!あの方はメディア国王直属特別太守四大護国者のアシス様だ!)


隊長も小声で話し三人を睨み付ける。ここでようやく三人も事態を把握し青ざめた。だが、その青ざめた理由もフローラの新しい男はヤバい奴という間違った理由だったのだが


近付いてくるアシスにようやく我に返り慌てて跪くフローラ。それを見てアシスは苦笑した後、微笑んだ


「やめてくれ。勝手に跪くのは構わないが、知り合いにまでそうされると困ってしまう。別に俺は偉くないし」


「い・・・いえ、わた、私は・・・」


跪き顔を上げて何かを喋ろうとするが言葉にならず止まりかけた涙がまた再度溢れ出す。そして、アシスの笑顔に安心したのか王城の廊下で大声を出して泣き出してしまった


周囲も何事かと野次馬する中、ワタワタと慌てるアシスとそれを見て慌てる隊長、そして、青から白へと顔色を変えた三人がしばらく周囲の目に晒される事となった



「なるほど・・・そういう事ね」


落ち着いたフローラから事情を聞き、ようやく涙の理由が聞けたアシスは、問題の三人を見つめる。三人は跪き頭を下げたままガタガタと震えていた


「箝口令は知らなかった・・・だが、変な噂を立ててフローラを追い詰めるやり方が・・・ムカつく。寄って(たか)って一人の女の子を陰でコソコソと・・・死ねよ雑魚が」


アシスの物言いにヒィと声を上げて震え方が更に増す三人。言い訳はおろか顔を上げることすら出来ない状態でただアシスの言葉を待つ


「アシス様・・・私がいけないんです。ハッキリと言えなかった私が・・・」


「箝口令で話せなかったんだろ?セーラもその辺考えろよな・・・ったく。さてと・・・このまま怒りをぶつけても良いけど・・・どうする?」


アシスの問いかけにフローラは首を振って応える。特に処分などは望んでおらず、ただ疑いが晴れればそれで良かった


「・・・そうか。良かったな!そこの三人!フローラが望めばこの場で捻り殺してやろうかと思ったが・・・いいか、よく聞け!デュラスの髭だるまに襲われそうになっていたのを俺が助けた。悪いのは奴で彼女は何も悪い事はしていないし、何もされちゃーいない。てか、同じ隊なら率先して彼女を守るべきだろうが!」


「か、箝口令・・・」


フローラが後ろで呟くが、アシスはフローラの頭に手を乗せ大丈夫と微笑む


「隊長・・・お前の名は?」


「はっ!ベースドと申します!」


「セーラから1万の軍を預かることになった。その際にお前の隊を入れるように伝えとく。そこの三人・・・覚悟しておけ。その腐った根性を叩き直してやる。少しでも慈悲が欲しければ、これまでフローラを苦しめた事を悔い、噂は間違えだったと広めろ!」


「「「は、はい!」」」


「逃げるなよ・・・逃げたら地の果てまで追ってくぞ」


「「「はっ!」」」


「ってところで良いか?」


アシスがフローラに聞くと、呆然としながらもカクカクと頭を縦に振るフローラ。それに満足したのか帰ろうとした時に来た用事を思い出した


「あっ、ベースド隊長。メイカートの時に来ていた女の千人長って誰だか分かる?髭だるまに破かれた服の替わりを借りたんだが・・・」


その後ベースドの案内で無事に王城でのやる事を終え、セーラの元へ赴く。軍の編成の事とこれからの事を話す為に


メイカートを占拠したデニス軍からは音沙汰なく、援軍5万が着実にフレーロウへと進行していた


到着までおよそ2週間・・・やれる事をやろうとアシスはようやく動き出す────

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