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4章8 メイカート会戦

メイカートに向けてフレーロウより2万が出兵された。それは国王であるセーラの意図とは違う、明らかな暴走に思えた


デュラスはメイカートに拠点を置くおよそ1万に対して、倍の2万の軍勢を率いる事によりメイカートを奪還。その後、メイカートに向かっている4万の軍勢をメイカート、ガーレーン、そして、フレーロウからの波状攻撃により撃退・・・それを援軍の届くまでに実行する計画を立てた


これに反対の意を唱える者もいたが、ガーレーンより戻ったイカロスとラトーナがデュラスを支持。それによりセーラに傾きかけた指揮権は再びデュラスの元に戻る


篭城案は破綻し、戦場はメイカート中心へと移りゆく




腕が当たるのではないかと思うくらい密集しての行軍。前方に槍を携えた前衛が歩き、剣のみを携えた歩兵がその後ろを歩く。後衛に弓を持つ歩兵が歩き、一体となり前進して行く


隣の者の息遣いさえ聞こえる距離・・・自分の鼓動すら周囲に知られているのではないかと心配になる・・・これが初陣のフローラは行軍の速度に合わせるのが精一杯で、景色を懐かしむ余裕はもちろん、周りの音すら聞こえないほど極度の緊張状態にあった


今向かっているメイカートはフローラが生まれ育った街。14の頃まで両親と姉と共に育つ。両親はしがない防具屋を営んでおり、姉妹でどちらかの親について行くなどせず、家族で過ごすことが出来た


その姉が結婚する事となり、両親は姉夫婦に防具屋を継がせようとする。それはフローラの居場所がなくなる事を意味していた


姉は自分らが出ていくと主張するも、フローラは翌日家族の前に出た時は長かった髪をバッサリ切り、軍に入ると家族に告げる


餞別で貰い受けた父の作った鎧を纏い、母に渡された剣を片手に目指すはフレーロウ・・・寄合馬車に乗り、一度父に連れていってもらってから行くことのなかった首都へと旅立つ


フレーロウでは常に人員を募集しており、すんなりと入る事が出来た。そして、いきなり部隊配属・・・訓練の日々


女性は女性専用の部隊に入るのではなく、男女混合・・・食事、着替えはもちろん、水浴びなども同じ場所・・・好奇な視線に晒され、幾度となく襲われかけた


髪を短くして少年ぽく見られるが、ひとたび脱げばやはり女性の身体になりつつあり、周囲の男から言い寄られる毎日・・・フローラはそれに辟易し軍を抜けようかと思っていた時、戦争が勃発


戦争が開始してから軍を抜けるのは非常に厳しい。平和な時に給金を貰い、いざ戦争が始まった途端に辞めていくとなれば、国も払い損になってしまうからだ


防具屋で育ち、父が作り母が売る防具を身に付けたいという思い付きで行動したフローラにとっては、戦場に出る想像を欠片もしていなかった


これならば傭兵になるべきだったと悔いるが、腕に自信の無いフローラには選択の余地がなく、軍の一員として戦争に駆り出される事となる


初戦はフローラの所属する部隊は選ばれず、ガーレーンの時も選ばれなかった。いつ選ばれるか毎日眠れぬ日々を過ごしていると、目の前が暗くなるような情報が耳に入る


────メイカートにデニス軍が侵攻


生まれ育った街に敵国の軍が・・・家族が・・・住民は全て退避したとの報を聞いても気が気ではなく、すぐにでも駆けつけたい衝動に駆られる


そして、出陣命令・・・


最初は喜んだが、フローラは軍としてではなく、個人で行き家族の安全を確かめたかった事に気付く。しかし、命令は絶対。こうしてフローラは部隊の一兵士として故郷へと足を向けることとなる


行軍が止まり、各々が野営の準備を開始する


部隊長の指示に従い、準備をしていると突然腕を掴まれた


驚き振り向くと見た事ある人物・・・確かこの部隊の更に上の千人長・・・


そう思い出していると、その千人長から思わぬ指令が下される


────デュラス将軍のテントに行け


なぜ私が?何の為に?・・・頭の中で疑問を浮かべるが、有無も言わさぬ物言いに、返事をし走って向かった


テントの前では何人かの女性が並んでいた。そこでフローラも気付く・・・将軍の夜の営みの相手・・・


逃げ出したい気持ちを抑え女性が並んでいる列に加わり前髪で顔を隠す。逃げれば逃亡罪で処刑されるだろう・・・選ばれれば・・・出来るだけ選ばれないように隠した顔を更に下を向き見られないようにする


列に並ぶ前にぱっと見た感じ、自分より綺麗な人は沢山いた・・・大丈夫・・・大丈夫と自分に言い聞かせる


将軍が目の前に来て、顎を掴み顔を強制的に上げさせる


勢いで前髪が動き目の前に視界が広がると、目が合ってしまった


父よりも年上で階級は雲の上の存在・・・だが、脂ぎった顔に髭を蓄え、目はギロギロとして下卑た笑いを浮かべるその顔を間近で見て血の気が引く


「お前だな」


その言葉が遠くに聞こえた。違う・・・私ではない・・・他の・・・


目をキョロキョロさせ、どうか考え直して欲しいと、他の子の方が良いとアピールするも、腕を掴まれテントに引きずり込まれる


足の感覚はなく、地面に足がつかない。それでもいつの間にかテントの中へと入っていた


将軍が衣服を脱いでいる・・・そして、チラリとこちらを見て一言


「どうした?お前も脱げ」


ズボンの裾を掴んだ手に力が入る・・・違う、私はこんな事をしに来たのではない・・・父の作った・・・


父の作った鎧が強引に剥がされ、腰につけていた母から渡された剣は無造作に投げられた。姉のお下がりの服は破かれた時、将軍の顔を見た・・・醜く笑っている・・・悔しい・・・悔しい・・・こんな奴に・・・


「どうした?泣いているのか?まさか・・・初めてか?」


醜く笑う将軍を睨みつけると、逆効果だったのか更に興奮したように覆い被さる


「戦地で思わぬ拾い物をした・・・メイカート奪還まで存分に楽しもうじゃないか」


もう将軍は黒い影にしか見えない。黒い邪悪な影が私の上で笑っている・・・私は・・・


黒い影の顔の部分が私に迫り、もたれかかる。私はその重みを感じ目を閉じるが、黒い影はそこから動こうとはしなかった


「将軍は疲れていたようだな。もう寝たぞ」


突然別の方向から声が聞こえて、黒い影だった将軍を押しのけ、声のした方向を見る


「おっと、わりぃ」


声の主は私を見るなり顔を背ける。その行為が私の今の姿を思い出させ、慌ててはだけた前を隠した


「ちょっと待ってろ」


そう言うとテントから出ていくと数分後に戻り真新しい服を顔を背けたまま差し出してきた


恐る恐る服を受け取り、着替えてみると高価な服なのか肌触りが違う・・・一体誰のだろう


「気にするな。それと・・・俺が言うのもなんだけどメディア軍がみんなコイツみたいな奴ばっかりと思わないでくれ。また何かあったら声を上げろ・・・俺も次は容赦はしない」


容赦?・・・ふと将軍を見ると寝ているのではなく気絶しているのが分かった。私を犯そうとする将軍を気絶させ・・・救ってくれた?


「着替え終わったら部隊に戻れ。咎めは一切ないようにしとく・・・てか、本来咎められるような事は一切してないしな」


その人は笑ってテントを出て行ってしまった。お礼も言えず、名前も聞けず・・・


私はすぐに我に返り、外された鎧を身につけ、腰に剣を携え、ボロボロになってしまった服を片手にテントを出た


周囲のテントとは離れており、誰も見ていない。急いで部隊に戻り不思議そうに見てくる隊員達の言葉を無視して自分の寝床に着く


目を閉じ、必死に寝ようとするが、思い出されるのは襲いかかってきた将軍ではなく、助けてくれたあの人の事・・・誰だろう・・・何者なんだろう・・・


気付くと朝になっていた・・・起床の合図で起き上がり、朝食の準備をして、食事を済ますと行軍は再開された


昨日の夜の出来事がまるでなかったかのように・・・


程なくして停止命令が下される


メイカートを占拠していた軍が陣を張り、こちらを迎え撃つ為に待ち構えているとのこと


部隊長に従い、私は前衛の槍兵のすぐ後ろで待機する


ほとんどの人が初陣となる・・・体は震え、手足の感覚がない


隊列を揃え、合図によって前進する


カタカタと歯が鳴る・・・このまま敵とぶつかり合い・・・殺し合うのかと思った時、前方より叫ぶ声が聞こえた


「伏せろ!向こうは前衛に弓兵!」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。前衛に弓兵?弓兵は後衛で前衛の援護を・・・そう考えていると矢の風きり音が聞こえてくる


上を見上げると無数の矢がこちらを目掛けて飛んで来ていた。そうしてようやく気付く・・・敵が先制で矢を放ったのだと・・・


防ぐ?この細い剣で?伏せる?矢は隙間なく飛んでくるのに?


密集している為逃げ場はない。伏せて運良く鎧に当たってくれなければ・・・死ぬ


矢が猛然と襲いかかってくる・・・そして、死の覚悟をした時、昨日聞いた声を耳にする


「いきなりかよ・・・ったく」


前衛の更に前に立ち、襲いくる矢を目前にしても慌てることなく面倒臭そうに頭を搔くその姿には余裕すら見て取れた


かなり離れているはずなのに、その声はハッキリと聞こえる


そして、その人が両手を広げると、私は奇跡を見た────


────


「震動裂破!」


いきなり矢を放つとは、なかなか性悪だな・・・元『十』の『暴君』だっけか?


震動裂破で矢を弾くと、第2射が来る前に突撃の準備をする。遠目でも分かるくらいの大きい斧を持ったのがそれか・・・


「俺が貰っても?」


「お前は乱戦に強そうだから、右側兵士担当で。『暴君』は俺が相手する」


リオンの言葉にそう返すと、いじけやがった。今度強そうな相手を譲ってあげよう


「おい!バランの相手はアタイつってんだろ?ヒョロヒョロの矢を弾いたくらいで調子にのってんじゃねーよ!」


うっ・・・1番うるさい奴を忘れてた・・・


「はいはい・・・じゃあ・・・」


「『はい』は1回だ!」


「はい・・・じゃあ、レンカがバランで、フェンが中央の兵士で俺が左側・・・文句は?」


「ありありだ!」


「・・・」


「・・・」


いや、あるなら言えよ!もうこのおばちゃん子やだ


「お前・・・今『おばちゃん子』って思わなかったか?」


ちょっとピンポイント過ぎるだろ!ツッコミが!


ギロリと睨むレンカを無視して、馬を持ってきた兵士に礼を言う。突っ込むのに徒歩だと疲れるから手配しといた。馬は3頭・・・フェンはレンカと乗るらしい・・・2年前と変わってなくて呆れより感心が上回ったよ


フレーロウに戻るなり大変だった・・・いきなりレンカに遭遇して、これ幸いと話を聞いてもらった。やっぱりロウ家に関わっているらしく詳細は聞けなかったが、傭兵団を見てもらう事になり、その結果全員シロ。これで晴れて本当の意味での無罪放免だ


レンカが見抜けなかったら?という質問をしてきた奴のプライベートをレンカが暴露して、信用も得たしな


その後、少しゆっくりナキスの墓参りでもと思った矢先にデュラスが暴走・・・軍を出してメイカートに向かったと・・・


セーラにお願いされ、さすがにシーラを連れてくるのはと思い、シーリスとシーラにセーラの護衛を頼みここまで来た


なんか働き詰めだ・・・ゆっくりしたい・・・


「おら!行くぞ!」


「はいは・・・っはー」


危なく返事を2回しそうになり、変な誤魔化し方になったが気にせず馬を走らせる。ゆっくりしてたら髭ダルマが出てくるしな


リオンが後に続き、レンカも片眉を上げて訝しげにしていたが、遅れて馬を進める


バランが手を上げ、こちらを見ていた。『久しぶり!』って感じではなく・・・これは・・・


「俺が矢を弾く!その後分かれるぞ!」


素早く言うと力を練る・・・そして、予想通りの矢のお出迎えに挨拶がわりの震動裂破。その後、馬を操り左側へと進んだ


ガーレーンで豹紋兵の相手をしている時、なかなか双龍の型をさせてもらえなかった。乱戦になれば、両手を合わせてる隙などない・・・ジジイに相談したら、答えはこう返ってきた


『龍とは流・・・阿吽の呼吸の阿は流れを生み出しておる。その流れを龍に変え、震動裂破として放つ事が出来れば、わざわざ双龍の型を使う事もあるまいて』


伊達に長生きしてないな。今は双龍の型で放たなくとも、阿で練る事により強力な震動裂破が出せる。うん、良いこと聞いた


剣を抜き黒龍を纏うと馬の背に立ち大量の兵士達を見据えた


「さあ、行こうか」


────


フェンを下ろし、バランの前に辿り着く。今までは同胞として会っていたかつての仲間・・・その仲間と戦場で対峙する


「久しぶりだな・・・大事な弟子を兵士の渦に投げ込んで良いのか?」


「雑魚がいくら居たところで雑魚は雑魚だ。群れたぐらいで殺られるフェンじゃねえよ」


「ふん!数の怖さを知らないか・・・まあいい」


横を駆け抜けるフェンを興味無さげに見過ごすと、戦斧を肩に担ぎレンカに近付く。レンカはまだ馬上から降りずにバランを見下ろした


「シャリアはどうした?」


「担当だったからといって、その国に仕官しなきゃいけない道理はねえだろ?寒いのはもうこりごりだ」


「長く住んだ場所に情はないのかよ?」


「・・・良い女が1人居たが・・・それよりも興味が湧いてな」


「あ?興味?」


「強者と戦うっつー、興味がな!」


バランが戦斧を振り上げ、すぐさま振り下ろす。レンカは瞬時に馬上から飛び退き、バランの戦斧が馬を真っ二つにする


「おい・・・帰りの足はどうしてくれる?」


「帰れると思ってるのか?」


飛び退きすでに着地していたレンカに突進するバラン。掠っただけでも致命傷になりうる破壊力を目の当たりにし、不容易に近付かせまいと早めに距離をとる


「おいおい、もう帰るのか?」


「ざっけんな!土産持たねえで帰れるかよ!」


レンカは背中に背負った短槍を2本手に取り、跳躍するとバランの頭の上で回転し短槍で突く。2メートル程あるバランは上からの攻撃に慣れておらず、戦斧の腹で短槍を受け止めるが、予想外の力に体をよろめかす


「ちっ・・・その小さい体のどこにそんな力があるんだよ」


舌打ちし、着地するレンカを見ると、澄ました顔で短槍2本を器用に回す


「小さい言うな!デカハゲ!」


「ハゲては・・・ねえ!」


バランが攻撃し、レンカが躱して隙をつく・・・気を抜けば死が待っている攻防を2人を繰り返す。お互い一歩も譲らずただ時間だけが過ぎていった


────


「はあ・・・くそっ・・・やっぱり想像と違うな・・・」


黒剣翔にて敵をバッタバッタ・・・そうイメージしていたが、現実はそうはいかない。敵兵の突く槍は遅く、振り下ろされる剣の動きは拙い。躱して斬る・・・それ自体は難しくなく、想像の範疇・・・しかし、斬らなければならない兵士は敵兵とはいえ命令されて攻撃してきているだけ・・・一振で絶命していく姿を見て、剣の動きが鈍るのが分かる


休む間もなく繰り出される槍と剣・・・これで考える暇すら与えてくれない状況なら、気にする事もなかったが・・・


人の命を奪っている感覚が剣を重くする。黒龍が血を吸い重くなってるのかと思うくらいに・・・しかし、実際は剣は重くなっていない。重くなっているのは・・・俺の心か


恐怖に引き攣る顔・・・泣きながらやけくそになっている顔・・・幼き顔・・・全ての顔がこちらを向き命を散らす


剣を振るう手に力が感じられない・・・すると、剣の斬れ味は極端に落ち、ただの布をまいた剣と化す


余裕で躱していたはずが、どんどんと近くなり、果ては身体に傷を付けるようになる


敵は俺を殺したいのではない・・・殺されたくないから、俺を仕方なく・・・


徐々に敵兵の波に飲まれ、躱すことが難しくなる・・・避けた先に敵兵がいて思うように躱せない・・・ズンと敵兵の槍が脇腹を突き、痛みで顔を歪める


傷は・・・浅い・・・まだ大丈夫・・・大丈夫?まだ殺せるって事か?


押し寄せる敵兵の波に委ねてしまいそうになった時・・・帰りを待ってる人がいて、守らないといけない人がいる事を思い出す


パン


剣を地面に刺し、両手を強く合わせると、敵兵が一瞬止まった


「お前らも・・・必死だもんな・・・でも、俺は・・・」


双龍・・・四龍・・・六龍・・・


六匹の龍が体を巡り全身が粟立つ。我に返った敵兵が、また波となり押し寄せて来た


「・・・震動裂破」


両手を広げ、敵兵に向けて放つと周囲にいた者は動きを止める。後方で頭を押さえ呻き声を上げていた者がふと視線を上げると俺と目が合う・・・そいつの前にいた敵兵が全員倒れた為に視界が開け、目が合ったのだ。足元には死んだかどうか分からないが、倒れている夥しい数の人。その起点となった場所に佇む俺は彼にどんな風に映っているのだろうか


倒れている人の数を見てへたり込む者、逃げ出す者、その場で震えながらも剣を構える者・・・目を閉じても突き刺さる怯えた目線・・・そうだ・・・怯えろ・・・逃げてしまえ・・・


「我が名は『鬼神』アシス!向かって来る者には容赦しない!死にたい奴はかかってこい!」


再び剣を取り力を流し掲げて叫ぶ


これが俺の出来る最大限の譲歩だ・・・もう迷わない・・・


心を鬼にし、倒れている者を踏み散らし、剣を構える者を斬り捨てる・・・永遠に続くのではないかという感覚に陥りながら、俺は殺し続けた・・・


────


「あのバカ・・・壊れる気か?」


激しい攻防の中、アシスの方を見て呟いた。一旦距離を置き、改めて3人の様子を覗う


「1人は壊れかけ、1人は・・・すでに壊れてるか・・・もう1人は・・・ったく!」


「俺との戦いの最中にガキ共を見るとは余裕だな・・・それともまだ足りねえか?」


「いや、もう腹一杯だ・・・サッサと肉塊になりやがれ」


「言うねえ・・・じゃあ、デザートだ・・・おい!」


バランの呼び掛けに後ろで待機していた1人の兵士が返事をし前で跪く。将軍付きの護衛兵だが、バランの強さの前に必要性には欠けている為、ただレンカとバランの戦いを眺めているだけだった


「よし、そのままだ・・・じっとしていろ」


「えっ?将軍・・・え?」


跪かせたまま、肩に手をやり耳元で囁く


兵士は訳も分からずその姿勢のままでいると、バランが斧を肩に担いだ


「ふん!」


横に一振────


斧の刃の部分で首を刎ね、瞬間的に手首を捻り斧を回す。すると頭部だけ一直線にレンカへと飛んで行った


「バカか!!」


一瞬理解出来ず、慌てて左に避けると反対側でバランが斧を振り下ろし、地面を抉る


「なんだそっちに避けたか・・・」


その台詞で全てを理解する


攻撃を仕掛けても躱される・・・ならば囮を使って左右どちらかに避けさせ、同時に左右どちらかを攻撃・・・もしバランの攻撃が左に来ていたら、レンカは躱せなかっただろう


「て・・・!」


レンカが口を開いた時、バランが今の光景を目の当たりにして腰が抜けた兵士の首根っこを掴み、そのままレンカ目掛けて投げつけた。投げられた兵士は抵抗する暇もなくレンカ目掛けて飛んでいく


「グァーーー!」


叫び声を上げながら飛んでくる兵士を躱す為、レンカは迷わず上に飛ぶ


今度はバランの勘の方が上回った


「正面・・・だけど上かよ」


残念そうに呟き、斧を下段から一気に振り上げる。投げられた兵士の股を裂き、そのままの勢いでレンカにぶつけてきた


「くっ!」


レンカは短槍を2本交差させ、バランの斧を受け止めると数メートル程飛ばされた


「空中だと力が逃げる・・・にしても良く飛ぶな・・・さすが『飛槍』」


自分で飛ばしておきながら、空を舞うレンカを見てケタケタと笑うバラン。レンカは回転して足から着地するが、受けた衝撃でバランスを崩し膝をついた


「レンカー!!」


バランの後ろから戦ってるはずのフェンの叫ぶ声が聞こえた


「ったく・・・バカ息子が・・・心配させちまったか」


レンカは立ち上がると短槍を2本の石突の部分を合わせて捻る。本来石突の部分は地面に突き立てたり、その名の通り石など硬い物を突く時に使う。だが、レンカの短槍は片方が凸、もう片方が凹を型どっており、その部分を合わせて捻ると1本の槍となる。両端に刃の付いた槍・・・刃の方向は逆を向いており、長さはもちろん短槍の2倍となる


「へー、そんな仕掛けがあるのか・・・おもしれえ玩具じゃねえか」


「てめえに教えてやるよ・・・アタイが『飛槍』って呼ばれる所以をな」


「そいつはいい!見せてみろ!」


両手を広げ、かかってこいと挑発するバランに対し、レンカは槍を構え宙に舞う


「ガッカリさせるな!槍が変わっただけじゃねえか!」


バランは待ち構え、間合いに入った瞬間、斧を力一杯振り上げた


「飛翔」


レンカは呟くと槍を頭上で回す。槍は頭上で円を描き、レンカの身体を浮かし斧の軌跡から逃れる


「あ?」


本来あるはずのレンカの体がなく、斧は虚しく空振りに終わると勢いで体勢を崩しよろける


「だらっ!」


「ちっ!」


レンカはその隙を見逃さず槍を振るうが、バランはギリギリのところで頭を振って躱す。が、槍はバランの右肩に食い込み、鮮血が吹き出した


「・・・痛えじゃねえか」


「ふん!・・・その無駄に広い顔面を削ってやろうと思ったのにな・・・」


「いいね・・・滾るぜ」


血が吹き出す右肩を押さえながらニヤリと笑うバラン。その背後から1人の兵士が飛び出してくる


「バラン将軍!伝令です!」


「あん?」


楽しいところを邪魔された格好になったバランが伝令を伝えに来た兵士を一睨みする。副官にも口を出すなと言い含めていた為、伝令が来るという事は・・・


「ジュラクか・・・構わないから、この場で言え」


「・・・はっ!ジュラク将軍より至急メイカートに帰還せよとの事!」


「なに?俺の楽しみを奪う気か・・・聞けねえな」


「しかし!至急との・・・」


「俺はまだ伝令を聞いてない・・・そうだな・・・足を怪我して伝えるのが遅くなった・・・てのはどうだ?」


バランが斧を振り上げると、伝令の兵士が震えながらある一点を指差す。バランがその方向を見るとそこにはまだいるはずのない人物がいた


「早過ぎる・・・歩兵を置いてきたか!?」


遠く離れた少し小高い丘に馬に乗るジュラクと副官のキナリスの姿が見えた。2人は伝令とバランの事を見つめ、どう動くか見張っているように見える


「くそっ・・・撤収だ・・・」


「なに勝手に逃げようとしてんだよ?」


伝令とのやり取りを聞いていたレンカは槍を回し構える。しかし、バランは肩を落としその姿を見てため息をついた


「俺はまだまだ外様将軍よ・・・さすがに初陣で好き勝手に出来ねえ・・・察しろよ」


「情けねぇ!それでも『暴君』かよ!?」


「本当だよ・・・それより良いのか?壊れるぞ?」


やる気を失ったバランが顎でアシスの戦ってる方向を指す。戦闘はまだ続いおり、危なげなく戦ってるように見えるが、レンカの目から見たら、非常に危険な状態だった。先程の呟きをバランに聞かれており、バランはその言葉を利用する


「はあ・・・世話の焼けるガキだ・・・もういい、サッサと失せろ!」


「そうさせてもらうぜ・・・また戦場でな」


バランは旧友と別れるが如く軽く手を振り、軍の撤退を指示する。そして、改めて戦況を確認した


「中央は・・・なるほど、自分の優位な状況を常に作り・・・こっちの戦いを見ながら削ってたか。右は・・・おいおい、やりたい放題だな。食い散らかしてやがる・・・左は・・・」


アシスのいる方角を見てバランは歩みを止めた。動きを止めたバランを訝しげに思い、伝令の兵士がどうしたのかとバランを見ると


「ひぃ!」


思わず悲鳴を上げ腰を抜かしそうになってしまった。未だ戦い続けるアシスを見てる顔は見るものを凍てつかせる程恐ろしい笑顔


「しくじった・・・一番美味そうじゃねえか・・・」


レンカとの勝負は楽しめた。しかし、アシスの戦いを見てそれ以上の勝負が出来ると確信する


「なんでも腐る手前が一番うめえ・・・戦士なら壊れる前が・・・」


アシスの足元に広がる死屍累々の有り様に興奮する。惚れた女よりも手にしたかったものがそこにある


フラフラと引き寄せられるようにアシスの元まで歩き、手の届く距離まで来る。すると号令により兵士達が引いた為、ひと息ついていたアシスと目が合った


「引くなら、サッサと引いとけよデカブツ」


返り血で真っ赤になったアシス。睨みながら憎まれ口を叩くも、バランは無言で踵を返すとメイカートに向けて再び歩き出す


撤退命令を素直に聞いた訳では無い・・・バランの中で渦巻く感情を抑えるのに必死で、一言でも言葉を発すれば溢れてしまうからだ・・・殺意が


肩の傷は決して浅くはなかったが、いつの間にか傷は塞がり血が乾く。代わりに斧を握る手からは鮮血が滲み出る


デニス軍撤退によりメイカート会戦は終わりを告げ、結果的にメディア軍の勝利となった




「戦評は?」


丘の上、馬上から戦場を眺めていたジュラクが隣にいるキナリスに問いかける


「軍の動きとは思えないですね。将軍の役を解いた方が無難かと・・・最初の弓での先制攻撃以外、戦略もないただのぶつかり合い・・・個に対して軍で当たっている事に何の策も講じない時点で負けは確定的です」


「厳しいな・・・所詮は元『十』か・・・戦争を止めることは出来ても、行うことは難しいか」


「それ以前の問題かと・・・用兵に関して言えば千人長クラスの方が上手くこなすでしょう。もし今後も使うのであれば、ヴァルカ将軍と同じように副官に用兵に秀でた者を付けるべきです」


「ふむ・・・ヴァルカの副官が残っていたな・・・ワーノイスの副官もか・・・両名をバランに付けよう。して、メディアはどう映る?」


「『飛槍』は測れません。残る3人も対戦術を見ていないので測りかねますが、あえて評するなら、左から不合格、及第点、合格・・・といったところでしょうか」


「ほう・・・戦果を一番上げた左が不合格か」


「私が見ていたのは個人的強さではなく、戦術に組み込めるかどうかです。右は文句なく合格・・・一軍を任せて動かせば大きな戦果を上げるでしょう。次点の中央は冷静な判断力で軍と対峙していましたが、最後に乱れました。左は・・・感情に左右され不安定・・・とても戦術に組み込める器ではありません」


「なるほどな・・・不確定要素は要らぬか」


「はい。ただし・・・」


「ただし?」


「自軍にとっての不確定要素は、相手にとってもまた不確定要素になり得ます・・・戦術に組みやすいのと術中にハマりやすいのは同義。逆もまた・・・」


「確かに・・・奴が入り初戦が荒れたと聞く・・・早目に処分するべきか・・・」


「薬にも毒にもならない・・・が、薬にも毒にもなりうる・・・正直目障りですね」


キナリスの言葉を聞き、ジュラクの視線がアシスを追う


しばらく見つめた後、馬を返しメイカートへ走らせた


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