表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/96

4章4 VSジュモン

さあてと、現状はとっても厄介だ。デニス軍が目視出来る所まで来て、いざと思ったらシーラが着いてくると頑なになってしまった。散々説得するも頑として聞かず、仕方なく連れてきたはいいものの、今度はガーレーンに救援に来た将軍イカロスって奴がソルトの言うこと聞かずにデニス軍を迎え撃つために門の外に出やがった


街道は意図的に狭くしており、人が20名程並べればいい方で、すぐ横は森林になっていて、攻める方としては攻めづらく、守る方は守り易い。大平原のように広がって合戦なんて出来る場所じゃない


しかも、街道は避けてガーレーンの周囲には円を描くように堀があり、その堀は幅2メートル、縦1メートル程の溝になっている。内側には高さ1メートルの分厚い木が盾となるようにせり上がっており、外側からの侵入を防ぎ、弓で攻撃することが可能だ


俺とシーラはその溝の中で息を潜めて様子を伺っているのだが、デニス軍とメディア軍は一触即発・・・策も何もあったもんじゃねえ


ソルトの話だとイカロスの奴はこちらの策など聞かず、自ら門の前に出ると言ってきたらしい。そりゃあ大軍も一度に通る事の出来る数が減らされたら台無しだし、守る方は壁からの援護射撃もあるから守り易い・・・イカロスの作戦では3交替で兵が疲弊したら、次の軍に入れ替えて、また疲弊したら入れ替えるの繰り返し・・・それで相手の軍を削るらしいが、交替中に雪崩こまれたらどうすんだ?相手は待ってくれないし、交替の機を逃せば全滅する可能性もある


頭が痛くなってきたが、俺はやるべき事をやろう。目標は三つ・・・総大将のジュラク、将軍ジュモン、そして、もう1人将軍が居るらしい・・・この3人が今回の頭だ。物見の話だと前回同様に三軍に分けているらしいから、正面にジュラク、どちらか左右に残りの2人だろう


「アシス・・・」


後ろでシーラがマントをギュッと掴むのが分かる。ぶつかり合う前に何とかしたかったが・・・ガーレーンを背にして左側にいる俺達の目の前は森林・・・前にソルトとやり合った所はここを真っ直ぐに行ったところだ。三軍に分かれているところを見ると一軍は正面に、残りの二軍は左右に展開すると思う。俺は左側に来た軍の将軍を討つ・・・木々がある為、身を隠しながら近付き、相手の虚さえつければ・・・


しかし、相手は地形を把握していたはず・・・それなのに森の手前で分かれずに突っ切って来た事に違和感は感じる。5キロ程離れた場所から分れれば森を通る必要などなかったのに・・・


考えても仕方ないので、軍同士のぶつかり合う音に紛れ、溝から体を出して走り出す。すぐに左に進む兵を見つけるが、こちらには気付いてない様子だ


無警戒?森に潜んでいるとは思っていないのか?


とりあえず兵が進んで行くのを見送る。恐らくは最後尾にいずれかの将軍が居るはず・・・見かけたら、シーラには木の上にでも登ってもらって、この前のように・・・


ポツリ


頭に水滴が落ちる。この時期に雨かと思い顔を上げると・・・


「アシス!」


後ろのシーラも見上げて、見たようだ。木にへばりつく身体中に斑点がある異様な風貌な男・・・頭は剃り上がり、南の国とは言え今の時期は肌寒いのに腰巻だけの格好。それに腕に鉤爪を付けており、それを木に食い込ませ下にいる俺を覗き込んでいた


すぐに木から離れると、その男は嬉しそうに奇声をあげる。まるで仲間に報せるように・・・


「不味い・・・一旦・・・」


逃げようとしたが、周りにはいつの間にか同じような格好をした男が何人も取り囲む。周囲の気配はずっと探っていた・・・なぜ気配を感じられなかった?


1人が攻撃を仕掛けてきた。鉤爪での攻撃だが異常に速い。しかも、攻撃がつかみにくい・・・殺気がまるで感じらず、たが攻撃は鋭く急所を狙ってくる


シーラを庇いながら剣を抜き攻撃をいなすが、次々と雪崩のように攻撃を繰り返す奴らに戸惑い、逃げながら何とか攻撃を躱す


俺らを中心に円陣を組むかのように輪になり、横から後ろから矢継ぎ早に攻撃され、ある事に気付いた


誘導されている────


奇声をあげて攻撃してくるが、一定の法則があるかのように俺らをどこかに導いている感じがする。感覚的には例の・・・ソルトとやり合った場所付近


「シーラ!これを!」


開けた場所は不味い・・・俺はマントを外し、シーラに手渡した


「でも!これは・・・」


「羽織っていろ!お前が死んだら意味が無い!」


何の意味が?自分で何を言っているのかわからずに否応なしに誘導されていく事に歯噛みする。少しでも攻撃の間隔が空いてくれればこんな奴ら・・・そう思うも奴らの攻撃は休むことなく続き、案の定開けた場所へと抜け出した


「おめえがアシスか」


待っていたのは白銀のフルプレートに身を包み、身長2メートルはある大男、短髪で嫌味たらしく口の端を上げ、腕を組んで俺らを待ち構えていた。ジュラクとジュモンは棍を使うと聞いている。背に棍を背負ってる・・・恐らくコイツは────


「そういうお前がジュモンモンか」


「モンが多いな。それにおめえにお前って言われるのは面白くないな・・・豹紋兵削れ」


豹紋兵?こいつらの事か・・・豹紋兵は先程の攻撃とは違い、全員同時に攻撃を仕掛けてきた。すぐさまシーラを抱え、足に力を溜めると解き放ち、その場から離れる。元いた場所は豹紋兵が次々と重なり合っていく・・・止まることを知らんのか


「ほう・・・逃げ足は早いな・・・おい!本当にアイツか?」


組んでた腕を解き、持っていた鎖を引っ張ると、その鎖の先には見た事のある女が繋がれていた。確か・・・この前の戦場にいた女将軍


「は、はい・・・アイツがアシスで間違いありません」


憔悴し切った表情で震える手を俺に向けボソボソと喋る様は、変わり果てた姿だった。薄い生地の布だけを纏い、薄汚れ、世に聞く奴隷のような状態・・・とても将軍には見えない


「ふむ・・・とてもそうは見えんな。女連れで戦場にノコノコ出て来る馬鹿に我が国の将軍3人がいいようにやられたか・・・笑えんな」


「人の事棚に上げて何言ってやがる。お前だって連れてるじゃないか・・・素敵な趣味をお持ちなようで・・・とても理解出来ないがな」


「またお前と言ったか・・・手足を砕いて、目の前で女を犯し、豹紋兵に食らわせてやろう・・・なんなら乳房あたりはおめえにくれてやるよ・・・泣きながら食らえ」


「夢物語を語るなよ・・・お前には指一本触らせねえよ!双竜・・・四龍」


話している間にも兵が動いているのが分かった。周囲を囲み逃げられないようにしている。だが、自信があるのか、その兵を俺に襲わせる訳ではなく、あくまでも退路を断つように離れて囲んでいた


「アシス・・・私も!」


後ろでシーラが短剣を構えた。2年間・・・シーラだって遊んでた訳では無い・・・そして、戦場に出る意味は理解している


「ああ!」


出来ればシーラに誰かを殺させたくはない。だがそれ以上に傷ついて欲しくない・・・目の前で動き出した豹紋兵に向かって駆ける。こいつらは危険だ


先程とは異なる速度で接近する俺に対応出来ずに1人の豹紋兵の首が飛ぶ。返す刀でもう1人・・・2人を始末した後に豹紋兵が異変に気付き、その場から飛び退く


「ほう、なかなか」


豹紋兵の動きを追っているとジュモンが棍で突いてきた。剣で弾こうとしたが────


「がっ!」


「アシス!」


四龍を流し、余裕で弾けると思った棍はそのまま俺の肩に直撃、数メートル吹き飛ばされる。右肩の激痛により剣が握り続ける事が出来ず手放してしまった


「・・・何をしている。豹紋兵、食らえ!」


動きの止まっていた豹紋兵に指示すると、豹紋兵は焦ったように襲いかかってきた


「ギャプ!」


「ヘポ!」


後ろからシーラの援護が。短剣は豹紋兵の2人の顔面に突き刺さり、そして、シーラの手元に戻る。シーリスが使っていた糸のついた短剣・・・持っていたが使いこなせなかったのを練習し使えるようになっていた


負けじと俺も痛めた右を庇いながらも蹴りで豹紋兵を仕留める。通常の蹴りと違い、四龍の蹴りは骨をも簡単に砕く。虎の型のように重ねられないかと思いこの2年で習得した技。双龍に双龍を重ねた四龍・・・ジュモンの突きを喰らった右肩もこれじゃなければ砕けていたかもしれないな


「なるほど・・・あの3人じゃ荷が重いはずだ・・・豹紋兵、引け」


命令を受けてすぐさま離れる豹紋兵。そして、ジュモンが棍を肩に乗せてこちらに向かって歩いてくる


「なんだ・・・手合わせしてくれるのか?」


「なんで俺がおめえ如きに?打てぇ!」


「なに!?」


立ち止まると突然叫ぶジュモン。いつの間にか囲っていた兵達が弓を構え、矢を放つ。ジュモンが近くにいると油断し、一瞬遅れたが、両手を広げ技を放つ


「震動裂破!」


大気は震え、矢は弾かれて地面に落ちる・・・が、その瞬間を見逃さず、ジュモンが突進してくる。震動裂破を上空に向けて放った為、ジュモンは影響を受けていない。先程と同じ突きが腹部を狙って繰り出された


咄嗟に左手で受け止め、右手に流し棍を弾こうとするが、既に棍はなく、ジュモンは棍を一回転させ俺の頭部を打ち付ける。行き場の失った力を右手から放出していた為、まともに喰らい吹き飛ばされた


「不思議だな・・・突きの力を消されたか」


棍を眺めながら言うジュモンには余裕が見て取れる。ちょっと侮っていたかもしれん


「椅子!」


ジュモンが叫ぶと繋がれた鎖を引きずりながら女将軍が駆け寄り、両手と両膝を地面に付ける。そして、その背にドカリと座ると女将軍は手では支えられなくなり、肘をつき必死に耐えた


「なあ、アシス・・・俺の元に来ないか?」


座って棍を地面に立てると突拍子もないことを言い出した。まるで勝敗は決したとばかりに・・・


「突然どうした?お腹痛くなったか?」


「くくく・・・そう邪険にするな。俺はおめえを買ってる。でなければ大軍を引き連れておめえを狩りになど来ないさ」


頭部から流れてくる血を拭いながらジュモンを見る。どうやら誘い込まれたのは、偶然じゃないらしい


「誘ってもらって悪いが・・・」


「まあ聞け。俺は前々からおめえに興味があった。それこそ2年前のあの時からな」


2年前・・・あの場にもデニスの間者が居た?近衛兵の中・・・いや、二対の羽?


「阿家と吽家の対決・・・しかもお互い家主。金を払ってでもこの目で見たかったがな。1人紛れ込ますので精一杯だったよ。で、話だけでも興奮したぜ・・・終始圧倒されてたにも関わらず突然ひっくり返し、逆に圧倒する・・・最後崖から落ちたと聞いた時、本気で思ったぜ・・・もったいねえってな」


「まさか会ったことない奴に心配されてるとは思わなかったよ」


「はっ!生意気な奴だ・・・コイツから名前を聞いてもピンと来なかったが、ふとした拍子に思い出してな。メディアでアシスっつたら、あの時の奴じゃねえか・・・ってな」


今にも潰されそうにプルプルしている女将軍を指差して言うと、前のめりになりニヤけた顔を真顔に変える


「マジな話だ・・・おめえが断れば女は犯され食われる・・・豹紋兵は人を食う。本当の意味で()()()。俺は強え奴が好きだ。だが、逆らう奴には容赦しねえ。これで最後だ・・・俺に下れ。デニスじゃなくていい・・・俺の元に来い!」


「俺は椅子になるつもりもないし、人を椅子にするような奴の下につく気もない。ちょっと肩と頭に棍が当たったから勘違いさせちゃったみたいだけど・・・俺が断って死ぬのはこちらじゃない・・・お前だよ、ジュモン」


「残念だよ・・・豹紋兵、殺れ」


豹紋兵が一斉に襲いかかってくる。飛んでくる者、姿勢を低くしてくる者、回り込む者。獲物を仕留めようと死角をつき申し合わせずにその動きは連携が取れていた


速く鋭い鉤爪の攻撃を躱しながら攻撃しようとするが、その隙をついて他の者が攻撃してくる。息もつかせぬ連続攻撃に防戦一方となりながらも、ジュモンの動きに警戒する。まだ座って動かない・・・このまま豹紋兵に殺らせるつもりか?


豹紋兵が一旦離れた隙に、両手を合わせる。その瞬間にジュモンが動き出した


「その瞬間を待っていた!」


「そうか?待たせたな」


ゴッという音と共に棍が俺の胸を貫く・・・が、実際は力を流し両手に込める。すぐさま両手を前に突き出し震龍裂破を放つが、棍を振り力技で掻き消した


「お見事・・・だが残念!双龍・・・四龍・・・六龍」


六匹の龍が体を巡り全身が粟立つ。棍を回して再度突こうとするジュモンに近付き、腹部に掌底を当てると勢いよく吹き飛び、女将軍に当たってしまった。ごめんよ椅子将軍


「グッ・・・豹紋兵!女を狙え!」


凹んだ鎧を押さえながらジュモンは豹紋兵に命令する。そうはさせじとシーラの元に戻りながら、豹紋兵を蹴散らす。先程とは違い遠慮なく・・・人を食う奴らに容赦は要らんだろう


「化け物か・・・コイツは・・・」


ジュモンが呟きながら、ある一点に目線を送っている。恐らくそこに弓兵を指揮している奴がいる。そいつが分かれば少しは楽なんだが・・・矢は防げるが、震動裂破を放つと龍の型を一から溜めないといけないし、そうすると余力が無くなりそうだ・・・なんとか・・・


目線の先を追うが、豹紋兵を蹴散らしながらだと、上手く察知できない。豹紋兵は正直やりづらい・・・動きが速いのもあるが、殺気がない。気配も殺すのが上手く、目で追わないと見失ってしまう。訓練されたのか、生き残る為に身に付けた術なのか・・・とにかく豹紋兵を倒さないと埒が明かないぞ


残り10名くらいになった豹紋兵が下がる。不味い・・・来る!


「てぇ!」


ジュモンが棍を突き出し、斉射の合図を送った。矢は四方八方より飛来し、俺とシーラ目掛けて飛んでくる。だが、思ったより数が少なく、すぐさま震動裂破ではなく、シーラを抱えて逃げる事を選択した。矢は俺達のいた所に次々と降り注ぐが、やはり数が少なく思える


ジュモンも同じ事を思ったのか周囲に気を回すと、弓兵を指揮していたと思われる兵士が倒れた


「なに?」


「隊長ー、デート先は選ばないとシーラちゃんに愛想つかされるよー」


剣を肩でポンポンと弾ませながらこちらを見る男・・・動きやすい皮の装備に返り血を浴び、それでも笑顔で軽口を叩く


「「カイト!」」


俺とシーラが同時に言うと、我に返った兵士がカイトに襲いかかり、カイトはそれを斬り伏せる


「なぜここに!?」


「ヒーローは遅れてやってくる・・・ってねー。隊長だろ?ギルドに、『二対の羽』が無罪放免となった後、ガーレーンかフレーロウに来いって伝言を頼んだのは」


そう・・・散り散りになって、どこで何をしているか分からない団員達を探すには時間がなかった。だから、フレーロウとガーレーンのギルドに協力してもらい、メディアにあるギルドにお触れを出してもらっていた。まさかこんなに早く伝わるとは


「他の連中も来てるぜー!俺は一足先に来たが、後の連中は遅れてやってくる・・・さっさと終わらせて、この2年間で積もり積もった四方山話をツマミに酒でもー」


弓兵を指揮していた兵士が倒れ、兵士達が動揺している。更に恐らくカイトが囲んでいた兵士達を倒していたのだろう・・・まさか後ろから攻撃されると思わずに俺らの事を見ていた兵士達は次々と倒されていたようだ


ポツリと頭に水滴が落ちる。今度は豹紋兵のヨダレではなく、本当の雨・・・


「ああ・・・雨も降る。さっさと終わらせよう」


豹紋兵はカイトとシーラに任せ、俺はジュモンに向き直る。ジュモンは先程の攻撃がまだ効いているのか、棍を杖替わりにしてやっと立ててる状態だ。遅れて他の者も来る・・・その心強さに自然と笑みが零れた


「おっと、隊長ー、これ使ってくれー!」


カイトが俺に何かを投げてよこす。それを受け取るとチクリと受け取った手の平に何かが刺さった


「これは?」


見ると小さい鉄球から棘が何本も出ており、棘の先が少し湿っている


「それは・・・麻痺毒付きの鉄球ー。刺さるとしばらく動けないから注意してねー」


え?何を・・・次の瞬間、受け取った手が震え出す。不味いと思い六龍を震龍裂破で豹紋兵に放った・・・何人かは吹き飛ばしたが、手の震えは腕に・・・腕の震えは体全体を支配し始める


「あーあ、ダメだよー不用意に受け取ったらー。だから言ったのにー・・・後からだけど」


「カイト!」


シーラがカイトの頬を叩こうとするが、その手を止めるとシーラを引き寄せる


「ダメだよー、シーラちゃーん・・・誰を叩こうとしてるんだ?」


「なっ!?」


突然ガラリと雰囲気を変えるカイト・・・シーラは目を見開き、体をふるわせた


「カイ・・・ト・・・てめぇ・・・」


震えは止まり、体の自由が効かなくなる・・・思考はハッキリしているが、少しでも動こうとすればこのまま倒れてしまう・・・巡りを使おうにも力が分散されてしまい上手く機能しない・・・


「はは・・・産まれたての小鹿みたい・・・ねえ?ジュモン将軍?」


裏切り・・・もしかして、さっき言っていた間者っていうのは・・・


「誰だてめえ・・・気安く呼ぶんじゃねえ」


違うのか?ジュモンは口に溜まった血を吐き出しながら言うと、カイトを睨みつける。間者じゃないとしたら・・・


「これはこれは・・・名乗りもせず失礼をば。ファラス国王フェード・ロウが息子カイト・ロウ・・・こんな身なりでも一応将軍なんだけど・・・ね」


「くだらねえ与太話はそれまでだ・・・豹紋兵、食らえ!」


残った豹紋兵が一斉にカイトとシーラに襲いかかる。咄嗟に体を動かそうとして倒れてしまい、少しだけ動く頭を上げて必死にもがく


「・・・円狐」


カイトが剣を頭の上で円を描くように動かすと、光りの輪が出来て豹紋兵を切断する。一瞬で数名の豹紋兵を真っ二つにし、静寂が辺りを包んだ。先程からポツリポツリと降っていた雨が少しづつ量を増やしていく・・・


「ああ・・・血の雨かと思ったら、本当の雨も混じってたか・・・んで、相談だジュモン将軍」


「・・・なんだ?」


「この女をやるから、僕を見逃してくれないか?雨も降ってきたし、正直ダルい・・・目的は達成出来たから、もう帰りたい」


「目的・・・アシスか?」


「ああ・・・途中までは本気で助けようと思ってたんだけど、ちょっと強過ぎる・・・父の身を案じるのも子の役目だろ?アシスはジュモン将軍が討った事にした良いからさ」


さっきからカイトの言っている事が理解出来ない・・・頭まで麻痺してきたのか・・・?とりあえず今は・・・シーラだけでも・・・


「けっ!本当にファラスの奴かよ・・・まだファラスと揉める気はねえ・・・女を置いてさっさと失せろ」


()()・・・ね。まあいいや。じゃ、そういう事で」


カイトはシーラを突き放し、背を向けながら手を振り歩いていく。動かぬ手を伸ばそうと必死に力を込めようとするが、感覚がない


「ま・・・」


待てと言おうとするが、口も上手く動かない


「カイト!!」


シーラが短剣を放るが、振り向きざまにあっさりと弾かれる。実力も・・・身分も・・・何もかも隠してやがった・・・


「やめなよ・・・君は今から犯され食われる運命だ。足掻いてもその運命は変わらない。君はただアシスを悔しがらせる為だけの存在・・・そして、足枷。ノコノコとこんな所までついてきて・・・全部君のせいだよ?君がいなければ、アシスはジュモン将軍を倒してさっさと戦線から逃げ仰せた・・・君がいなければ・・・アシスは死なずに済んだ」


「ちが・・・」


「おや、否定するのか?アシス・・・この女はお前の邪魔ばかりじゃないか・・・晩餐会の時といい、傭兵団の時といい・・・何もせずに依頼料だけかすめ取るお荷物女・・・そう周りも思っていたさ」


「!・・・」


「カイ・・・トォ・・・!」


突然体が吹っ飛ぶ・・・痛覚も麻痺してるのか、痛みは感じなかった・・・ジュモンに蹴られたか・・・


「さっさと失せろと言ったはずだが?」


「おーおー、怖い怖い。雨も強くなってきた・・・邪魔者は退散するとするよ」


カイトが去る・・・残された俺は動けず泥水を啜り、シーラは・・・くそっ・・・言葉さえ・・・


「おい女!」


動けない俺の元へ駆け寄ったシーラをジュモンが呼ぶ・・・ダメだ・・・逃げろ・・・


「選べ・・・自ら俺に抱かれ豹紋兵に食われるか・・・豹紋兵に食われるアシスを見ながら俺に抱かれるか・・・前者ならアシスは苦しまずに殺してやる。後者ならお前は苦しまずに殺してやる。豹紋兵も残り4人・・・1人は食わせねえと今後こいつらは言うことを聞かなくなる・・・どちらかは食わせる・・・さあ、選べ!生きながら食われる恐怖をどちらが味わう!」


ふざけるな・・・ふざけるな・・・指先が少し動き、水を吸った土を掻きむしる。動け・・・動け・・・


「もう一つ・・・あるわ」


俺の首筋に何かが当たる・・・恐らくシーラの短剣・・・


「女ぁー、アシスを殺して自分も死ぬか!?つまらねえ・・・つまらねえぞ、それは!」


ジュモンの近付いてくる音が聞こえる・・・そっと目を閉じ、短剣が動くのを待つ・・・シーラに殺されるなら悪くない・・・せめてシーラは生きて欲しかった・・・


「女?私の名も知らずによく言えたわね・・・私の名はシーラ。『シ』を司る者・・・」


「てめえ!まさか『カムイ』か!」


ジュモンの足音が大きくなる。それでもシーラはその場を動かず、俺の首に当てた短剣を外し、スっと立ち上がる


「させるか!!」


「神威」


シーラの言葉の後にズン!と大きい物が倒れるような音が聞こえた。『神威』・・・使ったのか?・・・ジュモンに?


「きさまー!」


しばらくして誰かが我に返ったのか叫んだ。それに呼応するように囲んでいた兵士が次々と剣を抜くのが分かる


「待ちな!」


更に誰かの声が・・・確かこの声は・・・あの女将軍?


「ジュモンが討たれて、今は副官の私が指揮官だ!勝手な真似すんじゃないよ!」


シーラが俺を起こそうとしてる。ダメだ・・・俺を置いて・・・


「ユニス将軍!奴らが!」


「させときな・・・逃がしゃしないよ。それよりも・・・このクズジュモンが!」


何かを蹴飛ばす音が聞こえる。シーラは俺を起こすと、カイトの来た方向・・・兵士が手薄な方向へと歩き出す・・・俺の腕を肩に回し、背負うような形で・・・


「将軍!」


「まだ将軍じゃねえ!・・・散々弄びやがって・・・豹紋兵!こいつを食らいな!」


「将軍!それは・・・」


「うるせぇ!お前らはさっさと私の武器を持って来い!準備出来次第アイツらを殺して本陣に戻るぞ!豹紋兵が裏切り・・・それを始末した後にアシスの首級を・・・そうすれば将軍に・・・」


ガツガツという音と兵士達が吐く声が聞こえる・・・想像している通りの光景がそこにはあるのだろう・・・シーラは少しづつ・・・少しづつ・・・デニス軍から離れて行く・・・


「お・・・置い・・・て」


「黙って!」


どれだけ時間が経ったんだろう・・・右腕が少し感覚を取り戻し、シーラの手の平の温度が感じられる。雨は視界を遮るほど降り、逃げる俺らの味方をしてくれてるみたいだった


程なくして一つの小屋を見つける。恐らく狩人が作った拠点みたいなものか・・・考える間もなく、その小屋になだれ込む


入った瞬間に長く使われていなかったのかホコリが舞う・・・それに構わず2人で床に倒れた


肩で息をしているシーラをよそに、顔を上げて小屋の中を確認すると、ベッドが一つに暖炉・・・それに何かを吊るす為のロープが張り巡らせてあった


シーラは再び起き上がり、俺を起こすとベッドまで移動し、お互い力尽きたようにベッドに倒れ込む


いずれ女将軍か来る・・・恐らくここは簡単に見つかるだろう・・・もしかしたら、火をかけられるかも知れない・・・寝てる場合では・・・




ふと懐かしい気配を感じて目を開ける・・・いつの間にか掛けられた布団を剥がすと服を着ていない・・・なんだ・・・あれは夢か・・・これが夢か・・・そう思っていると目の前にはガタガタと震えるシーラの姿が目に飛び込んでくる


「シーラ!」


「来ないで!」


起き上がり近付こうとしたが、拒絶の言葉に動きを止めてしまう。よく見ると濡れた服をそのままに寒さで震えていた


「何してるんだ?服を乾かさないと・・・」


「火は起こせない・・・アイツらに気付かれる・・・」


「だったら、服を・・・」


脱いでと言おうとした時、背を向けたシーラが顔だけをこちらに向けた


「・・・ごめん・・・もう・・・あなたにはついていけない・・・」


見えた横顔・・・その目からは涙が出ているのが分かった


「なにを・・・」


「腕がね・・・左腕が動かないの・・・」


「『神威』・・・」


『神威』を放てば、相手は必ず死ぬ・・・しかし、放った腕は動かなくなる・・・ウカイとの決戦の前に聞いた話・・・シーラはジュモンに『神威』を・・・


「本当に・・・ね。カイトに言われるまでもなく・・・分かってた。アシスに依存し・・・アシスの足を引っ張ってたのは」


「シーラ!」


「でも・・・一緒に居たくて・・・共に歩みたくて・・・それももう・・・」


「・・・」


「セーラとね・・・宿で話したの・・・どっちがアシスと共にいるか・・・勝負ってね・・・」


動かない左腕を擦りながら、寒さなのか震えは止まらなかった。俺は何も出来ず、何も言えずただ佇んでいた


「初めて・・・歳の近い人とあんな話をして・・・楽しかった。もっと・・・話しておけば良かったなー」


その時を思い出したのか、クスリと笑う。俺が一歩近付くと、ビクリと体を反応させ、ギュッと目を閉じた


「セーラを・・・お願い。これは嘘偽りのない言葉。もう・・・人を殺すのも・・・死ぬのも見たくないの・・・ごめん・・・そっとしておいて・・・」


俺の歩は止まり、そんな俺を見てシーラは優しく笑いかける


「・・・ありがとう」


「一つ・・・質問していいか?」


「・・・なに?」


「さっきの勝敗は誰が決めるんだ?」


「え?」


「セーラと勝負してるんだろ?俺と共にいるのはどっちかか・・・だったら、決めるのは俺か?ならシーラの圧勝だな」


「私は!・・・」


「てか、俺がどうかしてた・・・ナキスが死に、あいつがどう考えるか・・・あいつならどうして欲しいかばっかり考えて、自分自身を失っていた・・・」


俺はシーラに近付き、濡れた服に手をかける・・・俺の渡したマントは乾かす為にロープに掛けて、濡れた服のまま俺の服だけを脱がせて、布団に入れた・・・自分は震える程寒いのに・・・


「ちょっ・・・ちょっと」


「大丈夫・・・目は閉じる」


服を剥ぎ取ると瞬間的に目を閉じた。真っ白い背中は見えたが、それはちょっとしたご褒美だ


「アシス・・・」


「俺は俺の生き方を変えるつもりは無い・・・これからも・・・メディアの友として生きる。それはナキスがとか、セーラがとかじゃない。俺がしたいから、そうする。そして、ナキスが居ない今・・・俺は俺のやり方でやる。俺はアシスであって、ナキスじゃない」


2年前・・・テラスに流れ着き、ナキスが死んだ事を実感し、最後の言葉を反芻した。『後は頼んだ』その言葉を曲解したのかもしれない。ナキスは俺がナキスになることなんざ望んじゃいない


「ふふ」


目を閉じた状態でシーラの笑う声が聞こえた。幻聴かと思ったが、確かにシーラの声だった


「何がおかしい?」


「テラスで同じような事を言ってたなーと思って・・・ほら、ラクスさんに負けた時・・・」


負けてない!・・・確かに言ってたな・・・


「俺はアシスだ」


「知ってる」


「俺が好きなのは・・・シーラだ」


「・・・知ってる」


人の温もりを感じる・・・それがシーラが抱きついてきた事によって感じられたのはすぐに分かった。目を閉じたままそっと腕を回した


「私の左腕は動かない」


「そうか」


「私は人を殺したくない」


「そうか」


「・・・私はアシスと・・・共にいたい」


「俺もだ」


「卑怯・・・ちゃんと言って」


「・・・俺の横に常に・・・いや、うーん・・・」


「ちゃんと!」


「・・・身体冷えてるだろ?布団で・・・」


「・・・スケベ」


「当たり前だ・・・シーラは俺の全てだから・・・な!」


「きゃっ!」


懐かしのお姫様抱っこ・・・ナタリーさんとトーマスの結婚式で見た・・・そして、テラスまでの道のりでシーラにした・・・シーラは右腕を肩に回し、俺の腕の中にスッポリ収まり、特に抵抗する感じもない


外は相変わらずの強い雨。屋根を打ち付ける雨音だけが耳に残り、腕の中から微かな鼓動が胸に伝わる。これが生命の鼓動と改めて感じ、これまで以上に愛おしく思えた────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ