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4章2 シーラとセーラ

大平原の開戦から2週間・・・やっとこさ俺らはフレーロウに到着した。デニス軍が撤退した後に、ガレスさんとの再会とラクード将軍からの質問攻め・・・ラクード将軍は負けそうになった自分の失態よりも、デニス側の暗黙の了解破りに腹を立てていた・・・大丈夫か?この将軍


とにかく1度フレーロウに戻り報告と今後の対策を練ることになり、俺らは軍に帯同することとなった。が、とにかく遅い。将軍や隊長クラスは馬に乗っているが、歩兵はもちろん歩き・・・しかも万を超える数が街道を列をなして歩くともう大渋滞


俺らは先頭で馬を駆け出したいのを我慢しながら、ゆっくりとフレーロウへと進み、つい先程到着・・・ラクード将軍とガレスさんから後ほど王城にと言われて了承すると、俺とシーラには馴染みの深い宿屋へと向かった


2年ぶり・・・ウカイとの戦いの時以来となる。フレーロウで寝食お世話になっていた宿屋・・・今更ながら宿屋の名前を見ると『デリナス』と看板に書いてあるのが分かる


実はウカイと戦う際に色々と・・・主にお金とか置いて来てしまってて・・・残ってるか確認しに来たんだが、いざ来てみると入りづらい


2年間も放置しといて今更部屋の物残ってますか?なんて・・・非常に聞きづらいし、気まずい。シーラも同じなのか、懐かしさと気まずさの入り交じったような表情をしていた


ええーい、ままよ!と宿屋の扉を開けると、目の前に懐かしい風景が飛び込んでくる。宿屋のカウンター、食堂のテーブル、2回の部屋に上がる為の階段・・・全てが懐かしく思えた


しばらく懐かしんでいると、宿屋の女将さんが俺らに気付き、目を見開いて持っていた布巾を落とす。そして、突然走り出したと思ったら、シーラに抱きついた


「シーラちゃん!アシス君!良かった・・・無事だったのね!」


目に涙を溜めてシーラの無事を改めて確認するようにペタペタと身体を触っている。そう言えばシーラは両腕が折れていた時とかに色々と世話になってたみたいだし、食堂で話をしているのも何回も見たな


「アシス君もよく無事で・・・あの時は大変だったねぇ」


心配してくれた女将にこれまでの経緯を話す。崖から落ちた後のことだ。そして、2年間音沙汰無しだった事を詫びてから本題に入る。すると思ってもみなかった言葉が返ってきた


俺らが使っていた部屋は2年前と変わらず俺らの部屋になっている。しかも、たまに掃除に入るくらいで、後は当初のままになっているらしい。実はあの二つの部屋はナキスが買い取り、食事代も十年分くらい先に支払ってあったらしい。ナキス死後も女将は俺らの為に掃除し、置いている物もそのままにしていてくれた


「だから、あの二つの部屋は何時でも使っていいよ。食事もね」


女将は溜まった涙を拭うと、笑顔で俺の背中を叩いた。2年前は別に背中など叩かれた事はなかったのだが、何故か懐かしくなり、少し照れてしまった


好意に甘えて早速部屋の中を確認する。リオンとシーリスはあの後、部屋に戻ったのだろう。俺とシーラの荷物以外がすっかり無くなっていた


「無一文ではなくなったが、しばらくはここを拠点にして動くか・・・」


無言で手を差し出すグリム・・・道中はグリムの財布が非常に役に立った。そっと銀貨1枚を置いてやり過ごそうとしたが、「足りねえよ!」と文句を言っている・・・ケチな奴だ


「ったく・・・初めっから出せよな・・・んで、部屋割りは?」


「部屋割りって・・・男5人に女1人しかいないのに何を言ってんだ?」


俺が首を傾げながら言うと、グリムも首を傾げる


「あん?2人部屋に男5人で泊まれってか?」


「そうなるな」


「冗談はよしてくれ。クソ狭えよ。お嬢とアシス、2人は一緒の部屋で良いんじゃないか?」


「は?」


「え?」


グリムの言葉に俺とシーラが反応する。コイツは・・・何を言ってるんだ?


「なんで俺とシーラが?俺らは別に付き合って・・・」


「聞いた聞いた。仕事仲間なんだろ?だったら良いじゃねえか・・・部屋で寝るだけなんだし・・・なあ、お嬢?」


「・・・」


「あのなぁ、グリム。部屋は寝るだけじゃなくて寛いだり・・・」


「いいわ。私とアシスが同部屋で、他の4人がこの部屋ね」


え?シーラさん?


「さすがお嬢!グチグチ言ってる軟弱な野郎とは大違いだ。稼いだらあと一部屋借りて二人づつの部屋にしようぜ。それまでの辛抱だ・・・んだよ、さっさと自分らの部屋で準備しろよ。王城に行くんだろ?俺らは食堂で酒でも飲んでっから、ゆっくりしてこいや」


なぜお前が仕切る?俺の自由は・・・と、言い寄ろうとしたが、シーラは俺の耳をハシッと掴み隣の部屋まで強制連行・・・シーラと部屋で二人きりになってしまった


「王城に行くんでしょ?行軍の間着替えてないし、水浴びもしてないから、宿の湯浴み場借りてくるわ・・・一緒に来る?」


「・・・からかって楽しいか?」


「ええ・・・とても」


いたずらっぽい笑いを見せて、着替えを持って出て行くシーラ。完全に主導権を握られてしまった感じだ。あー、なんで・・・いや、ウダウダ言っても仕方ない。俺も着替えて王城に行く準備を急いだ


お互い準備を終えて、いざ王城へ。懐かしい風景も手伝い、顔が緩むのが自分でもわかる。足を止めるとそこは行きなれた場所・・・傭兵ギルドだ


「アシス・・・まずは王城に」


ギルドで聞きたい事が山ほどある。リオンとシーリスの事、元二対の羽の団員達の事・・・だが、今は王城に向かいセーラに会うのが先決だ。まずは目的を果たさないと・・・シーラに即されて頷き王城へと歩き出した


話は伝わっていたのか特に何も提示すること無く中に案内される。勝手知ったると思ったが、謁見の間は言ったことがなかった為、黙ってついて行くことにした


重厚な扉が開かれ、中を伺うと中央奥の玉座と思われる椅子にセーラ・・・2年ぶりに見るがおでこにょーんは残念ながら卒業して、髪でおでこを隠してやがる。セーラの横に1人と左右に四人づつ並んでおり、ラクード将軍とガレスさんがいるから皆将軍なんだろうな


案内人に言われて中央付近まで進むと、そこで止まるよう指示された


「・・・」


「・・・」


立ったままセーラと向き合う。お互い無言だ。シーラは横で跪き、ガレスさんが必死に手を下に向けて跪けとジェスチャーしている


「王の御前だぞ・・・跪きたまえ」


セーラの横の男・・・あら、よく見るとジェイスだ・・・がお怒りの表情で俺を窘める


「俺の王じゃないんだが・・・」


「君がメディア国民であるかないかの以前に、一国の王に対して不遜な態度とは思わないか?」


「思わないな」


ギリっとここまで聞こえるくらい歯噛みするジェイス・・・さすがに王の前じゃ舌打ちはしないか


「所詮野猿か・・・少しばかり恩を売ったからといって増長しよる」


「作法を学ばなかったのでしょう。彼を責めるのは酷かと」


「誰か教えて差し上げて。王の前で跪くのは恥ではなく、誉れであると」


左右の将軍ぽい奴らから好き勝手な言葉が飛び交う。ガレスさんは顔に手を当て首を振っていた


スっとセーラが手を上げると静寂を取り戻し、無音の中再度見つめ合う。一挙手一投足が様になってる・・・成長したなー


「そんな目で見るのはよせ・・・お主は兄ではない」


成長を喜んでいたのがバレたらしい。俺の目線をかき消すように手を振ると呆れたようにため息をついた


「話が進まん。立ったままで良かろう・・・なあ、救国の英雄よ」


「あれくらいでそんな大層な事を言われてもなあ・・・ちょっと手伝っただけだ」


俺らの会話を聞いてまた周りがザワつく。恐らく喋り方なんだろうなー、面倒臭いなー


「静まれ・・・こやつの喋り方なら兄から聞いておる。隣国のガーネット女王にも同じような口の利き方だったらしい・・・そういう者だと慣れるしかあるまい」


セーラが言うと周囲は再び黙る。ジェイスだけが食い下がっていたが、諦め話の続きが再開される


「此度の戦は想定外の事が起きすぎた。我も1合剣を合わせておしまいと踏んでいたが・・・逆手に取られたか。なんにせよ、お主には感謝する」


「『十』の存在がない今、戦争が起きればどうなるか分かりそうなもんだが・・・」


「それでも慣例は行うと思うてた・・・ご丁寧に事前に通達まで来ておってな。慣例に従い・・・とはなんの慣例のことやら」


なるほど・・・デニス側からいつも通りやりましょうって言ってたのに、嘘つかれたって嘆いてるわけか・・・平和ボケもここまでくると笑えるな


「ようはきれいさっぱり騙されたって事か」


「ハッキリ言いおる」


「この小童が!」


俺の言葉にセーラは自嘲気味に笑い流したが、右側の4人の一番奥で立っていた髭ダルマが青筋を立て俺の前までズカズカと歩いて来やがった


銀のフルプレートに身を包み、恰幅のいい腹がフルプレートの鎧を内側から押し出したのか本来真っ直ぐであろう鎧が丸みを帯びている・・・オーダーメイド?顔は厳つく髭ボーボー・・・鎧脱いだら山賊かと思う出で立ちだ


「礼も知らぬ野猿が好き勝手言いおって・・・あまつさえデニスの肩すら持つか!」


「・・・どこをどう聞いたらそうなる?」


「貴様の言い様はまるで我らが悪いと聞こえる!奴らは様式を軽んじ、我らは重んじた故の結果!奴らに非こそあれどこちらに非はないわ!」


「馬鹿かてめえは。軽んじたら何か罰せられるのか?重んじたら戦争に勝てるのか?綺麗事並べて戦争ごっこしたいなら1人で遊んでろよ」


「愚かなのは貴様だ!戦の理なくして戦争など起こせば待っているのは両国の破滅!無法の戦争など互いの利にならんわ!」


互いの利?・・・こいつ・・・知っている?いや、あれはロウ家と『十』が知るだけで、他の者は知らないはず


「戦争が互いの利ってどういう事だ?」


髭だるまはフンと鼻を鳴らし、まるで馬鹿にしたように俺を見下す。そして、少し屈み顔を近付ける


「貴様のような小童が口出しするようなことではない。分かったら褒美でもなんでも貰って立ち去れ」


知ってる・・・あるいは気付いているってところか。チラリとセーラを見るが表情からはどちらなのか分からない。ここは知らない(てい)の方が良さそうだな


「手を出したから、口も出して良いもんだと思ったがな・・・そういう事なら黙っておこう」


「口は災いの元・・・少しは利口になって野猿から猿になったか。もう少し利口にしていれば俺が飼って飼い猿にしてやらんでもないがな」


それでも猿なんかい!と突っ込みたかったが、止めておこう。さて、これは困ったぞ・・・


「礼儀を欠くのも限度がある。傭兵は依頼を受けて達成するのが仕事だろう?今回の件は依頼では無い。だが、恩義を感じてるが故にそれ相応の対価を払おうと王は仰っておられる。その厚意を曲解するな」


ジェイスの言葉は難解だな・・・えっと、つまり俺のやった事は依頼した訳でもなく俺が勝手にやった事だから偉そうにするな。金は払うからとっとと貰って帰れ・・・かな?


「お主は何を望む。相手の2将軍を討ったのだ・・・金なら2000、それ以外を望むなら申すが良い」


セーラから出た金額に少しびっくり。金2000って生涯お金に困りそうにないな。ちょっと揺らぎそうだ・・・と思っていたらシーラから凄い蔑んだ目で睨まれた。いや、冗談よ?


「その前に質問を・・・2年前のあの日、俺は『二対の羽』に所属していた」


知らなかった者達がざわめく・・・知っていたのは俺とシーラとセーラとジェイスくらいか。ここメディアでは禁句に近いだろうな・・・『二対の羽』


「・・・続けよ」


「団長であったグロウの行動は申し合わせた訳では無い。他の団員は・・・分からない。その辺の事で分かれば知りたい」


「貴様は・・・!」


「ジェイス!・・・よい。・・・『二対の羽』に関しては永久追放及び討伐対象だ。ただしアシス、シーラ、シーリス、リオンそして、フェンに関しては加入した日も浅く加担していないと判断し対象外だ。身元も判明してるのもある」


「ならば報酬は『二対の羽』の無罪放免を望む」


セーラの言葉を受けて俺が言うと、怒号が飛び交う。なんかさっきから同じ展開だな・・・


「大概にしたまえ。数々の無礼は王の優しさにて許されているだけ。今の発言は看過できない」


左の列の一番奥の優男が鋭い目付きで俺に言う。冷静な話し方だが、殺気を押さえ込みきれてない


「兄と仲の良かったお主の台詞とは思えんな・・・訳を聞こうか」


セーラはあくまでも冷静だった。この2年間色々とあったみたいだな


「グロウが傭兵団として動いていたなら、100名を越える人数の情報統制が出来るとは思えない。団にいた俺にも何かしら聞こえてきたはずだ。それが全く無いということは、極一部の者しか知り得なかったか、突発的な行動だったか・・・」


「その戯言を信じ、無罪放免にせよと?」


「お前の兄のナキスは言ったぜ・・・『殺されたら終わりだ。殺される前にどうするべきだったかを考えよ』とね」


「それは・・・奴らは悪くなく・・・我らの失態だと・・・?」


セーラの横で肩をワナワナ震わせて言うジェイス。怒りよりも悲しんでるように見えた


「悪い悪くないではない。防げなかった・・・それ以上でも以下でもない・・・いつもそばに居たお前が一番分かっているだろ?ジェイス」


「それでも・・・それでも貴様の口から聞きたくなかった・・・奴を許せなどと・・・」


「ん?勘違いするな・・・グロウにはキッチリとケジメを付けさせる。俺が言いたいのは、『二対の羽』の中でも俺らみたいに知らなかった者がいるはず・・・だから、そいつらを無罪放免に・・・」


「どうやって分かると言うのだ!知らぬ存ぜぬを通せば、協力者を見す見す逃すことになる!」


「なら無関係の者を処罰するというのか?」


「同じ傭兵団の時点で無関係ではなかろう!」


「その無理を通す為の報酬だ」


「・・・なに?」


「実行犯であるグロウは論外・・・グロウについて行った奴も同じ。だが、置いていかれて散り散りになった者達がいるはずだ。もしかしたら、その中にもグロウのやる事を知っていた奴もいるかもしれない・・・それを含めて無罪放免にする事が今回の報酬・・・でなければ、元々罪のないの奴を無罪放免にしてくれって言うのは報酬とは言わないだろ?」


間違った事は・・・言ってないよな?そりゃあ一国の王子が殺された手前、傭兵団ごと潰すっていうのは当たり前の事なんだろう。団員ではなく団長がやったのだから、団の総意と普通は思う。でも、団にいた俺としては、全ての奴が悪意を持ってたか・・・そうは思えなかった


「・・・あいわかった。傭兵団『二対の羽』の追放と討伐依頼は棄却しよう」


「陛下!」


「よいのだ・・・ジェイス。ところでさっきグロウ・・・フェード・ロウにケジメを付けさせると申したが、どのようなケジメを付けさせるつもりだ?」


「俺は・・・ナキスの歩む道を見ていたかった・・・そして、道の終わりの新しい世界を見てみたかった・・・その道をなぜ閉ざしたか・・・それを聞きたい」


「聞く?聞いてどうする?仲良く手を繋いでフェード・ロウと共に新たな道を歩むか?」


「さてな・・・聞いてみないと分からないな」


「・・・そうか。もうよい・・・下がるがよい」


セーラは最後まで表情を崩さず、場の終わりを告げた。シーラが立つのを待ち、踵を返し部屋の外へと歩き出した。避難の目を背中に受けながら・・・


────


アシスとシーラが謁見の間を出るとセーラは深いため息をつく。それをきっかけに場に居た者達が各々の見解を言い始める


「あれでナキス様の友を名乗るとは・・・片腹痛い」


「正直がっかりですね。ただ強いだけの田舎者・・・到底軍略なども理解出来ないでしょう」


「ラクード将軍も意地が悪い・・・言ってくだされば皆も集まりはしないのに」


「返す言葉もない・・・自軍の窮地に些か動揺していたようだ」


ラクードの言葉を最後に、将軍達はセーラに一礼して謁見の間を去って行く・・・ガレス一人残して。ガレスとしてはメディアの勝利の為に何がなんでもアシスの助力を請うべきと考えていた。しかし、他の将軍達にとってはガレスもまたアシスと同等の傭兵上がり・・・聞く耳を持たれないと思い発言出来ず歯噛みする


「ガレス・・・案ずるな。考えはある」


そんなガレスを見たセーラが立ち上がりながら言うと、セーラもまたジェイスを従え謁見の間を後にする。セーラの出た後にガレスは天井を眺め、しばらく会っていない妻と子に思いを馳せるのであった



────



宿屋に戻ると、既に出来上がっているグリム達を見てイラッとした。こっちは髭ダルマとかに散々猿呼ばわりして嫌な思いしていたのに、こいつらと来たら・・・


「おう!報酬はいくらだった?軽く1000は越えたか?」


酒瓶を俺に向けて差し出し、陽気に笑うグリム・・・さて、こいつの酔いが覚めるワードはなんだろうな


「金は0・・・報酬は頼み事して消えた」


「ほーん、世界を平和にしてくださいとでも頼んだか?まっ、ここにいる限り飯と泊まる所にゃ困らねえ・・・気長に行こうぜ」


失敗・・・次なる一手は・・・


「明日から、散り散りになった仲間の捜索に入る。俺とシーラはギルドに行くから、お前らは『カムイ』の支部に行ってくれ」


俺の言葉を聞いた瞬間にグリム達の赤みがかった顔は青白く変化した。よし、成功だ


「ま、待て待て・・・何しに・・・」


「シーリスの行方を知っている可能性が高い。支部の場所なら知ってるだろ?顔馴染みも居るだろうし、気軽に行ってこい」


グリム達の注文した料理が並ぶテーブルにつくと、残ってた鳥肉を摘んで口に運ぶ。シーラも横に座り女将さんに飲み物を頼んでいた


「じょ、冗談はよしてくれ!殺されちまう」


「大丈夫・・・その為に鍛えてたんだろ?」


「襲われる前提じゃねえか!お嬢と違って俺らは勝手に抜けた扱いだ・・・見つかれば何されるか分かんねえよ」


「気にするな。殺られたら殺り返せ」


「殺られたら返せねえよ!」


うーん、もう少し酔ってたら、『任せとけ!』とか言いそうだが・・・仕方ない、俺とシーラで・・・


「あら、美味しそう」


不意に俺の後ろから手が伸び、食べようとしてた鳥肉が攫われる・・・見上げて後ろを覗くと場違いな人物がそこに居た


「王城の料理に飽きたか?セーラ」


「見た目を重視した味気ない料理に飽きも何もないですわ。美味しさを追求してこそ料理と思うのです・・・人も同じ・・・」


「確かに」


物凄い形相のジェイスが目に入ったので、姿勢を戻してセーラに向き直る。王城に居た時の豪華なドレスではなく質素なシャツにズボンという出で立ち・・・誰も女王とは思わないだろうな。ジェイスも近衛兵と言うよりは傭兵みたいだ


「話があるので・・・人払い・・・は出来ないでしょうから、良い場所はないかしら?」


「ああ、それなら俺とシーラの部屋がある」


「俺と・・・シーラ?」


眉をピクピクさせて俺の言葉を繰り返す・・・確かに今のは失言だ・・・でも、嘘ついても仕方ないしな


「ま、まあいいですわ。案内して」


「腹が減ったんだが・・・」


「サッサと案内しろ!」


小声だがジェイスの険のある声に渋々頷き、席を立つ。グリム達は誰だか分かったのか口を開けたまま固まり、シーラは黙って俺と共に部屋へと向かう


「ジェイスは部屋の外で待機」


「なっ!・・・陛下!」


「待機!」


部屋の前でそんなやり取りをした後、項垂れるジェイスを余所に部屋の中に入り、部屋の中央にあるテーブルに腰を落ち着かせた


「はぁ・・・疲れましたわ」


セーラが椅子の背もたれにもたれかかり、天井を見上げて呟く。こうして見るとどこにでも居る少女・・・って感じだ


「なるほど・・・あの態度は演技か」


「・・・お兄様と父が亡くなった後・・・わたくしを操ろうとする者、娶ろうとする者、媚びを売ってくる者・・・後を絶ちませんでしたわ。心許してはダメと色々と試行錯誤して出来たのが、あの『女王セーラ』ですわ」


「あの髭ダルマが考えそうなこったな・・・操るとか」


「髭ダル・・・ああ、デュラスのことね。あれは最悪ね・・・周囲を固めてわたくしを操ろうとするわ、息子を充てがおうとするわ・・・権力に取り憑かれた妖怪よ」


「あそこにいた連中はやっぱり全員将軍?」


「ええ、そうよ。ガレス以外代々引き継がれてきただけの張りぼての将軍達・・・」


えらい言い様だな。でも、ため息をついている姿を見ると、そんな輩と日々格闘している姿が目に浮かぶ


「気になったんだが・・・デュラスって髭ダルマは100年戦争の事を知ってるのか?」


まるで危機感を持っていない感じからして、知っていないとおかしい。互いの利にならないとも言っていたしな


「知っているわ・・・父が亡くなる前、デュラスに話し、ガレス以外の全員が・・・」


ガレスさん・・・のけ者感が半端ない


「ロウ家と『十』しか知り得ないと聞いていたけど・・・そんなポンポン話していいのか?」


「初めはデュラスだけだったわ。父亡き後に野心を持ったデュラスがその情報を武器に『先王より信任された』と流布し将軍のトップ・・・つまり、総司令官を自ら名乗ったわ。わたくしの断りもなく・・・」


俺とセーラが話してる時にしゃしゃり出たりしたのは自分が偉いと思ってるからか・・・もしかしたら、セーラよりも・・・


「わたくしのした事と言えば長く空いていた近衛将軍の地位にジェイスをねじ込んだ事くらい・・・後はデュラスのやりたい放題が現状ですわ」


思ったより状況は悪いな。100年戦争の真実を知っている将軍達が本気で戦争するとは思えない。滅亡しないと高を括り、ろくに相手の情報も調べずに戦争に及んだのだろう


「レグシは・・・ガーネットの反応は?」


「お兄様亡き後、書簡を送るも返事はいつも『喪に服す』のみ・・・宛にはならないわね・・・いえ、逆にデニスと結託して攻めてくる可能性すらあるわ」


あの女王ならやりかねんな。頭の回転が早く決断力に優れてそうだった・・・ナキスがいない今、メディアに与するメリットなどないと判断すれば躊躇なく攻めてきそうだ


「まだ将軍達が本気なら望みもあるが・・・なぜ先王はデュラスに話した?」


「・・・恐らくは国を憂いて・・・かしら。出来の良いお兄様が亡くなり、わたくしでは心配だったのでしょう」


なんともはや余計な事をしてくれたもんだ


「今のわたくしの発言力は皆無に等しい・・・だから、力を貸して欲しいの・・・お兄様が全幅の信頼を寄せていたあなたの力を」


「・・・俺は傭兵だ。貸せと言われれば貸すが・・・対価は?」


「わたくしとの結婚なんてどうかしら?」


「良いだろう。それで・・・」


「は?・・・ちょちょちょっと待って!」


渡りに船と思い即答して、これからの事を話そうとしたが、セーラは俺とシーラを交互に見ながら手で俺の言葉を遮る


「今、わたくしは結婚って言ったのよ?わたくしとアシスの結婚!り、理解してるのかしら?」


「話の流れでそれ以外に何かあるか?」


「いや・・・まっ・・・待って、アシス・・・あなたちょっと外してくれないかしら?」


「あん?外すって・・・」


「部屋を出て、ジェイスと一緒に下で食事でもしててくれないかしら?お腹がすいたと言ってたでしょ?」


「何を急に・・・それにジェイスと一緒って・・・」


「ほら!早く!」


セーラは俺の後ろに回り込み、背中を押して部屋から追い出す。部屋を出た瞬間にジェイスがこちらを睨みつけていた・・・こいつと飯?冗談だろ?


「貴様・・・何をしでかした?」


「いえ、何も・・・」


「嘘をつけ!ならばなぜ追い出される!まさかこれ幸いと陛下に・・・」


ここから尋問官ジェイスの尋問が始まった・・・


────


「ふう・・・」


セーラはアシスを追い出し、部屋のドアを閉めてドアにもたりかかりながらため息をつくと、部屋に残ったシーラを見つめる


「さて・・・どういう事か説明してくれないかしら?」


「陛下・・・どういう事とは・・・」


「セーラでいいわ。あなたとアシス・・・一体何があったのかしら?」


「いえ・・・何も・・・」


セーラとシーラは顔は知っているが、話すのはほぼ初めてに近かった。傭兵団の時の護衛任務の時も話すのは主にセーラとアシスのみ。シーラは横に座っているだけだった


「隠さずに教えて欲しいわ・・・2年前からアシスはあなたに惚れていたわ。晩餐会のあの日・・・攫われたあなたの事を必死で探すアシスを見てお兄様は罪の呵責に耐えられなくなりアシスに殴られたと仰ってたわ・・・それ程までに想う相手と2年間ともにして、宿も同じ部屋に泊まる間柄なのに別の女性の求婚を事も無げに受けるなんて・・・何かあったと思うのは当然じゃないかしら?」


「・・・それは・・・」


俯いて答えに窮するシーラ。その姿を見てセーラは部屋のドアから離れ、シーラに近付く


「大方の察しはつくわ。原因はお兄様ね」


「!」


顔を上げセーラを見ると、呆れながらイスに座っていた


「どうせお兄様が亡くなって、わたくしとメディアを救う為に・・・とか考えているんでしょ?お兄様の遺志を継ぐために」


「そんな事は・・・」


「馬鹿にしないで!」


今まで静かに語っていたセーラが突如大きな声を出し、シーラはビクリと体を揺らす


「同情で結ばれて嬉しいと思う?義理だけで一緒にいられて苦しいと思わない?・・・確かにわたくしはアシスを好いている・・・でも、それはお兄様と共にいたアシスであって、お兄様の遺志を継いだアシスじゃない!」


「・・・」


セーラはテーブルに突っ伏し無言となった。誰が悪いという訳では無いことは分かっていた。勿論目の前にいるシーラも含めて。しかし、吐き出さずにはおれず思いの丈を吐き出し、そのままの状態でお互い無言のまま時を刻み、しばらくしてセーラが沈黙を破る


「本当はね・・・嬉しかったの。結婚を承諾してくれた時は本当に・・・でもね、すぐに気づいたわ・・・アシスはわたくしを好いているのではなく、お兄様に義理立てているのだと・・・」


「セーラ様・・・」


「以前のわたくしならそれでも・・・と思ったかも知れない。でも、今は・・・心を殺して生きゆく辛さを知っている今だから、その優しさは受け取れないし、受け取りたくない・・・。わたくしはね・・・あなたとアシスを見ているのが好きだった・・・お兄様とアシスが一緒にいるのも。そこに入りたかったのかもしれない・・・そして、そこでアシスがわたくしを好いてくれたら・・・でも、今は違う。お兄様はいなくなり、あなたは身を引いている・・・そんな中でアシスと結ばれても・・・わたくしは嬉しくもなんともない」


セーラの言葉を聞き、シーラは決意する


2年前、テラスに運ばれ意識を取り戻し、体調も万全となったあの日・・・シーラはアシスの眠る寝室を訪ねた・・・身も心も委ねる覚悟をして。しかし、返ってきた言葉は『セーラと結婚する』という言葉。その言葉を聞き、シーラは納得してしまう。アシスならそう言うだろうと思ってしまった。それからシーラは自分の想いを封印し、共に過ごしてきた・・・その想いの封印を解くことを


「・・・セーラ様・・・私はアシスが好きです。好きで好きで堪りません。依存するのではなく、縋るのではなく、共に生涯・・・横を歩きたいと思っています。ですので・・・セーラ様には・・・譲りません!」


シーラの言葉にセーラは微笑むと立ち上がり歩き、シーラの前に立つ


「ふふ・・・それでこそライバルね。わたくしも譲らないわ。あなたのその気持ちを超えてこそ、アシスと共に過ごす権利が得られると思っているわ・・・抜けがけ出来ずに無駄に過ごした2年間を・・・後悔なさい」


フンと鼻を鳴らし、胸を張るセーラに負けじとシーラも胸を張る


「一緒の宿で一緒の部屋・・・2年の穴などすぐに埋まるわ」


「ちょっと胸が成長したくらいで調子に乗らないで欲しいわ。女は胸ではなくお尻よ!丈夫な子が産めるし」


「一日中椅子に座って大きくなった硬いお尻が好みな男性なんて皆無ね。アシスの目線はいつも胸にあるのに気づいて?」


顔を近付け罵り合い、ぐぬぬと唸ると二人同時に笑い出す。シーラとセーラ・・・お互い心底笑ったのは2年ぶりだった


しばらく笑い合い、そして落ち着くとセーラが切り出す


「ここから本当の勝負よ・・・求婚して受け入れられたから、わたくしが一歩リードかしら?」


「ちょっと・・・あれは無効じゃ・・・」


「ないわ。精々頑張りなさい・・・シーラ」


「・・・負けないわ・・・セーラ」


いつしか王と傭兵の立場から、まるで古くからの友人と会話するかのような2人。セーラは心地良さを感じ、シーラは胸のつかえが取れたような気がした


こうして新たなる戦い『アシス争奪戦』の火蓋が切られた────

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