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4章 1 開戦

メディアとデニスのちょうど中間くらいにある大平原。普段は野生の動物等が闊歩しているが、今は時折聞こえる無機質な金属音と風に靡く旗の音・・・そして、大勢の息遣いに支配されていた


名の無い大平原には30cm程の草が生えており、木など身を隠すものはなくメディアとデニスの者達は互いにその姿を目で確認することが出来た


事の始まりは2週間前、デニス国境付近を偵察する兵士より、デニス軍出兵の報を受けた時から始まった


その数おおよそ3万


その大軍が脇目も振らずこの大平原まで進軍して来ていた


揃いの甲冑に身を包み、槍や剣などを手にして街道を歩く姿は見るものを絶望させるには充分な迫力があった


他国の軍が大量に街を通り過ぎていく・・・戦時中武力を持たない街は敵対行動をしない限り略奪行為をされる事は無い。故に大平原までの街は全て武装解除し、ただただ軍が通り過ぎるのを待つしか無かった


また、補給なども金銭を払えば出来る。逆に店は売らなければ敵対行動と見なされる場合すらある為、売ることを渋ったりはしない。ふてぶてしい者なら逆に売り込みに行くことさえある


こうして大平原まで苦もなく到着すると、拠点となる場所を決めテントなどで陣営を張る


デニス軍が到着し陣営を張り終えた頃、メディア軍総勢2万の軍勢も陣営を張り終えた


メディア軍側司令部────


「よもや1万も少ない数で出兵させられるとはな」


「我が方の懐事情が見透かされますな。ここは無理してでも同数が上策かと」


今回の総大将となる将軍ラクードが呟くと、第2将軍エミホスが頷き同意を口にした


現在メディアに居る7名の将軍の内の1人ラクードは世襲により将軍職に就いた。大陸は『十』により監視、調整されていた為、滅多に戦争は起きない。なので兵士が武功を上げる機会など皆無に等しい。故に各国将軍職は世襲制を取っている


生まれてから将軍となる事が決まっていたラクードは40歳になるまでただひたすら練兵を行い今回が初の出兵・・・その門出を兵の数の少なさで濁されたと感じていた


エミホスもまた世襲による。ラクードとの違いは10歳程年下なのとラクード家との格差。ラクードは長年将軍職に就いていた名家、エミホスは100年前の戦争時に活躍した4代前が将軍となった成り上がり。格式ではラクードより下になる


「しかし、レグシは未だ沈黙したままですし、おいそれと大軍を投入する訳には・・・」


第3将軍であるガレスが言うとラクードはため息をつき、エミホスは腕を組んで呆れたように鼻から息を吹き出す


ガレスは元傭兵。メディア唯一の黒の称号を持つとはいえ、将軍になって日も浅く格式ではエミホスの更に下であった


「あのなー、ガレス君。傭兵脳で考えればそうかもしれないが、開戦時に兵を用意出来ない時点で今後の戦争での数的不利を露見してるようなもの。後顧の憂いを気にし過ぎて出し渋るような状況ではないのだよ」


エミホスの言葉にガレスは黙り込む。つい最近・・・と言っても2年前まで傭兵だったガレスは他の将軍に比べれば新米将軍。侮られても仕方ないし、今現在の立場は3番目の第3将軍である為、発言力では1番低い。反対意見など聞き入れられるはずがなかった


それから軍議とは名ばかりの上層部批判が続き、ようやく本題に入るとあらかじめ決められていた事をつらつらと話し始める


「我が第1軍に兵9000、エミホス将軍率いる第2軍にも同じく兵9000。第3軍であるガレス殿には2000を振り当てる。陣形は横陣・・・古くから開戦時は横に並び力試し、その後乱戦になった時、遊軍としてのガレス殿の働きに期待する。我らは・・・」


軍議が終わり自陣に戻ったガレスを元傭兵団の仲間が迎える。慣れないことをして疲れ果てた表情のガレスに皆一様に吹き出した


「おいおい、団長!戦争はまだ始まってもないのに、何シケたツラしてんだよ?」


「団長じゃないと言ってるだろ!・・・あいつらの茶飲み話に付き合うくらいなら、カミさんの小言を聞いてた方がマシだ・・・」


ため息をついてテント内に設置されたテーブルの席に着くと兵士に水を要求し、再度ため息をつく


「そんなに酷いのか?」


「ああ。軍議とは名ばかりの上層部批判から始まって後はくだらない話ばかりだ。戦略などあったものでは無い」


若い兵士が持ってきた水を受け取り一気に飲むとテーブルに乱暴に置いた


「奴らにとっては安全地帯から見る戦争ごっこだ。開戦時がそういう決まりか知らんが、それでも人は死ぬ・・・真面目に取り組み被害を最小限にする軍議かと思いきや・・・」


ラクード達の認識は間違っておらず、開戦時に力試しのような形で兵を戦わせ、お互いを讃え合い一度引いてから戦争に突入するのが通例となっていた。もちろんガレスの言う通り死者は多数出る。だからこそ戦略を立て、死者の数を減らすのが役目だろうとガレスは言う


「様式美ってやつかね?矢面に立つ兵士の身からしたら迷惑甚だしいな」


「まったくだ。明日は総大将同士が名乗りを上げ、デニスが宣戦布告しメディアがそれを受け、そこから戦が始まる。陣形は横に並び横陣でぶつかり合い乱戦になったら俺らが動く・・・なんの捻りもないただの殺し合いだ」


戦争はただの殺し合いではない。お互いの主義主張が異なり軋轢を生み戦争へと発展する。だが、今回は取って付けたような難癖『行方不明の王女を匿っている』と有りもしないデタラメをデニスが主張してきた。それをメディアは真っ向から否定し戦争で決着をつける事になる


決着も何も王女を匿っているなど事実無根。勝っても負けてもスッキリしないただの戦争の為の口実・・・それがまかり通る事に違和感を覚える


ガレスはその後、元傭兵団の面々と配属された兵士達の中から隊長クラスを呼びどう動くべきか本当の軍議を始めるのであった




デニス軍側司令部────


フルプレートに兜だけ外し、テーブルの一番奥に座る壮年の男に物見が報告を終えると、司令部より退室した


残ったのは、フルプレートの男・・・今回の総大将、デニス軍将軍ワーノイスとその副官、ワーノイスの左前に第2将軍であるヴァルカと副官、右前には第3将軍であるユニスと副官であった


「我が軍3万に対して2万か・・・舐められたものだ」


「様式のみの初当たり・・・数的不利など度外視でも構わないと踏んだのでしょうね。お股も頭も許そうね・・・メディアの女王は」


ワーノイスの言葉に返したのは第3将軍のユニス。メディアと違いデニスでは軍が出張ることが多々ある。広大な領土で他国に囲まれている為イザコザが絶えないからだ。その為、武功を上げる機会もあり、ユニスはその恩恵により将軍となった。元は傭兵団の団長であり、赤の称号の持ち主。妖艶な見た目とは裏腹に指揮能力、実力共に生粋の将軍に引けを取らない能力の持ち主である


「は、早く蹂躙したい・・・今回はどこまで?」


ヴァルカはヨダレが出そうな雰囲気でワーノイスに問う


およそ将軍とは思えない風貌・・・獣の皮を身に纏い、首に獣の牙で出来た首飾り・・・蛮族と言う言葉がよく似合いそうな男だった。デニスの狩猟を主にする村の村長の息子で、デニス軍総大将のジュラクに見初められ将軍となる。指揮能力は低く副官に一任し本人は前線で暴れる・・・そういう戦い方を好む


「骨の髄まで」


ワーノイスはヴァルカの様子を見てニヤリと笑いながら答えた


もう『十』は存在しない


その事が戦争にどう影響するか未知数ではあるが、デニス国王であるザマットはとことんやる気だ


南のメディア、西のレグシに戦争を仕掛け、攻略後に北のシャリア、ファラス、東のマベロンを攻めて歴史上6ヶ国に分かれてから初の大陸統一を目指す・・・そう将軍達の前で宣言したのは1年前。王女による『国王殺し』の後、王女を信奉する国民による内乱・・・内乱を武力で押さえ込んだ後に大陸統一の意思を告げられ、それに向けて今まで動いていた


今回の出兵の折り、ザマットからかけられた言葉は『蹂躙して来い』。もう6ヶ国を保つ必要は無い。国は1つで充分。その1つとなるのが大陸中央にあり、もっとも広大な領土を持つデニスであるべき・・・そして、初めて滅亡する国は・・・


3名の将軍と3名の副官は夜が更けるまで綿密に明日の開戦に向けて打ち合わせをするのであった




────夜が明け、申し合わせたように各国は横陣を組み向かい合う


大平原の端から端まで兵が列を為し並び、武器を手に整然と佇む。ここまで乗ってきた馬はほとんどが陣営の後ろに繋がれ、馬に乗っているのは指揮をする将軍のみ。これも昔から決められた事だった


いつから出来たのか分からない開戦の様式。まずは横陣を組み、仕掛けた側の総大将が宣戦布告。その後、受けた側が返答しすぐさま乱戦に突入する。1割ほど兵士が倒れたのを見計らい両軍引くと、そこから本当の戦争の始まりである


程なくしてワーノイスが前に出て王女云々を高らかと声を上げメディア側に今回の進軍の正当性を告げる


それを受けてワーノイスが自陣に戻った後にラクードが前に出て言いがかりだと真っ向から否定しこれ以上の進軍は敵対と見なすと伝える


自国に武器を携え、入って来た軍に何を今更と言った本人も思うが様式だと割り切り、告げ終えると自陣に戻った


────ここにメディアとデニスにおける戦争の狼煙が上がった


両軍の総大将が所定の位置に戻ると全軍は一糸乱れる事無く進むと距離にしておよそ100mの位置にて一旦止まる。他国との大規模な戦争など経験した者など居ない。剣の柄、槍を握る手が汗ばみ、鼓動が激しくなる


ワーノイスが、ラクードが剣を掲げ全軍に指示する


突撃、と────


その声に呼応し、全軍が走り出す。先頭の一列目が槍を構えながら走り、後列が剣を抜き掲げながら走った


勇気を奮い立たせる為か、相手を威嚇する為か、誰からともなく雄叫びのような叫び声が大平原に響き渡る


お互いが30m程進むと異変が起こる。横一列だったデニス軍の左翼が、ある兵士が中心となり突出して来た。陣形は瞬く間に偃月の陣形となり、その突出している箇所はメディア軍の第2将軍エミホスへと向けられていた


「は?・・・」


それを見たエミホスは予定外の出来事に間抜けな声を出す。現在の状況は


デニス3軍   デニス1軍     デニス2軍

▼▼▼▼▼  ▼▼▼▼▼   ▼   ▼

                ▼  ▼

                 ▼



  △     △△△△    △△△△

メディア3軍  メディア1軍   メディア2軍


となっていた


ただ正面からぶつかり、頃合いを見て引く準備をしていたエミホスには何が起きているのか理解出来ず、近付く相手を見ているだけだった。副官がエミホスに指示を仰ぐも反応はない


先頭同士がぶつかった瞬間に人が吹き飛ぶ。デニス軍2将軍のヴァルカが突出した先頭に立ち、持っていた槍を横に一閃したからだ


戦闘経験のない兵士達はあまりの恐怖に槍を構えたまま棒立ち


そこに見目も恐ろしい男が槍を縦横無尽に振るい次々とメディア軍の兵士を細切れにしていった


デニス2軍の勢いは止まらず、横陣のままであったメディア2軍の中心に風穴を開けていく




「咄嗟に鶴翼の陣でも組めば褒めてやったが・・・所詮は形だけの将軍か」


ワーノイスは馬上で2軍同士の戦いを眺め呟く。そして、自分の軍に指示を出した


指示は速度を落とすというもの


2軍同士の異変に固まっている1軍を攻めるのではなく、予定通りと言わんばかりに速度を落としメディアとぶつかるのを避ける


これで仕事が終わったと言わんばかりに今度は右翼の3軍を見やると予想とは少し違う光景となっていた


バカ正直に数の多いデニス3軍と当たるのではなく、外側に膨らみ、まるで戦場から逃走するかのような動き・・・だが、近づき過ぎず離れ過ぎずを意識し、まともに当たるのを避けた様相


「なるほど・・・少しは頭が回る・・・確かユニスと同じ傭兵団の出身か・・・」


ガレスの情報を思い出し納得するように頷く。しかし、少しも慌てた様子もなく、時間の問題と判断し展開の早い2軍を再度見るのであった




横陣の為、層が薄く瞬く間に陣をヴァルカに突破されてしまう


エミホスは馬上にて迫り来るヴァルカに震える手で剣を引き抜くと迎え撃つように構え、ヴァルカは槍を振るいながらその姿を見て笑い、返り血を浴びた姿のままエミホスに向かう


ヴァルカは勘違いをしていた


逃げず堂々と構える相手の将軍に、潔さを感じ笑ったのだが、実際は違う。エミホスは逃げることすら選択肢になく、ただ恐ろしいヴァルカの姿に怯え思わず剣を構えてしまっただけだった


向かい来る恐ろしい獣のような相手に咄嗟に手綱を離し手を相手に広げて叫ぶ


「ま、待て!」


「何をだ?」


飢えた獣は少しも止まらず馬上のエミホスに向けて槍を振り下ろす


突き出した左手を意に返さず、一刀のもとに斬り伏せ、呆気なく絶命したエミホスを見て呟いた


「戦場で・・・何を待つ?」


好敵手と思い勇んできたが、肩透かしを食らった形になったヴァルカは次の獲物を求めて再び走り出していた




「あらま・・・マジか」


大平原の離れた場所にある木の上から戦況を見ていた1人の青年がそう呟いた


木から下りると、木の下にいた5人に今見てきた戦況を話す


「よし・・・ここは諦めて、さっさと逃げよう」


話を聞いた1人の男がこの場を立ち去ろうとすると、木の上に居た青年が襟を掴みそれを阻止する


「おい!何勝手に逃げようとしてるんだ。メディアが劣勢って言ってるだろ?」


「だからだろ?どうせメディアのクズ将軍が兵の消耗だけで終わるとタカをくくって痛い目見ただけだ。自業自得だろうよ」


動いていた時に襟を掴まれ、圧迫した喉を擦りながら睨むと男はまるで見ていたかのように言い放つ


「だからこそ・・・だろ?このまま全滅すれば下手したらメディアは終わる。救援に行く」


「たった6人で何が出来る?」


「6人?いや、1人だ」


青年は指を1本立てて笑いながら言う。それを聞いていた女性が青年の前に出てじっとその目を見つめた


「・・・大丈夫なの?」


「ああ!傷一つ負う気は無い」


「・・・そう。なら傷一つに付き1日()()ね」


女性は青年の言葉にため息をついた後、最後の言葉を強調して言い、青年に背を向けた


「なっ・・・ちょっ・・・長くないですか?」


背を向けた女性に追いすがるように聞くが女性は答えず。女性に向けられて差し出された手は行き場を失い、ワキワキと動かすしかなかった


「くそっ・・・いいよ・・・やってやる!」


女性の出された条件を見事クリアしてやると意気込み、両手を胸の前で合わせ何度か呟いた


そして、剣を抜き、青年が羽織っていたマントの首元にあるリングに剣の柄の部分に付いている突起を通すと一気に引き上げた


マントは青年から外れ、剣にまとわりつく


黒く染まった剣を持ち、スーと息を吸い込むと戦場を見すえ走り出す


「さあ、行こうか」





馬に乗り駆けて行く青年・・・アシスを見送ると、まだ見続けている女性に男が話しかける


「なあ、お嬢・・・若いとはいえ毎日っていうのは盛りすぎじゃあ・・・」


「はあ!?」


突然言われた言葉に意味を理解したのか顔を真っ赤にし、勢いよく首を横に振る女性・・・シーラは叫ぶ。背中の中程まで伸びた銀髪が風になびくと2年前より更に美貌に磨きがかかった顔が露わになる。より女性ぽさが増し、申し訳程度だった胸もある程度大きくなり、下半身の肉付きも色気を感じさせる女性へと変貌していた


「さかっ・・・って、何言ってるの!?私達はそんなんじゃないの!」


「そんなんじゃないって・・・嘘でしょ!?あんだけイチャイチャしといて・・・」


テラスでの生活では他の者達が羨む仲睦まじいカップルと認識されており、信じられないと男・・・グリムは驚きを隠せなかった


「ハア・・・どうしてそう邪な目で見るかな・・・アシスには心に秘めた女性がいて、その女性との交際がスムーズに出来るように私が練習相手になってただけなの!私とアシスはあくまで仕事仲間よ」


説明を受けても未だに信じられない様子のグリムと他3人・・・グリムと同じ元「カムイ」で現阿家の一員になっていたチロス、ラニー、モリスも同様に驚きを隠せない


グリムが言うイチャイチャを3人も目撃しているのもあるが、普段からの会話や態度を見ても既におしどり夫婦と表現しても差し支えないくらいの完成度。他の者など入り込む余地は1ミリもない雰囲気を醸し出していたからだ


納得出来ない4人を尻目に、シーラはアシスの姿に注意を向ける

。馬で走るより速いのではないのかと思う程の速度で目標に突き進むアシスは2年の間で急激な成長を見せていた。急激な成長に起因しているのは恐らくウカイとの戦いとナキスの死。2年前とは比べものにならない程強くなったアシス。それでも・・・と心配する心を内に秘め、ただ無事に帰ってくる事を祈るシーラであった




ヴァルカは予定通りにメディア2軍の将軍を仕留め、副官の元へと戻る。副官は兵に指示を出し陣形を整えつつあった。デニス1軍はメディア1軍と激突する前に進軍を止め、メディア1軍を包み込むように動くと半月のような形を形成し、デニス2軍はそれに合わせて逆向きの半月を作り1軍と2軍で真円を作り出した


囲まれたメディア1軍と2軍はどう動くべきか戸惑い動きを止める。総大将であるラクードからの指示も来ずただただ相手の素早い動きに翻弄されるしかなかった


完全に包囲を完成させたデニス軍は、円を狭めて行くだけで殲滅の完了である。3軍同士の戦いは数的優位から負けることは無い。勝利を確信し、後はワーノイスが号令をかけた瞬間に勝敗が決まる。兵の消耗を避ける為、先頭の槍兵以外にあらかじめ持たせていた弓を一様に背中から取り出し、腰に付けた矢筒より矢を取り出す。いざ号令をという所でワーノイスとは反対の方角からざわめきが起こり、思わず号令を止めた


最初に副官の元に戻ったヴァルカが異変に気付く。後方に異様な気配を感じ振り向くと1人の男が駆けて来るのが見えた。それも物凄いスピードで。一瞬逃げた兵が戻って来たのかと思ったが、その考えをすぐに打ち消し身構える


「なんだ・・・あれは?」


狩人の直感が近付く者は逃げた獲物ではなく、襲いくる猛獣と認識させ、先程の消化不良を解消しようと迎え撃つ準備をしたが、近付くにつれ猛獣という認識すら外れた事に困惑し思わず呟いた


猛獣という表現すら生ぬるい異質な存在


それが黒い剣を携え近付いてくる


本能的に身を潜める場所を探すが、大平原において身を潜める場所など存在しない・・・やがて目の前にそれが辿り着いた時、酷く後悔した


「暖かそうだな・・・それ」


まるで友に語りかけるように言う男に無言で槍を振り下ろす。先程のメディア2軍の将軍と相対した時とは逆になり、狩人が狩られる立場となっている事を認識し、生存本能が逃げろと警鐘を鳴らすも狩人から軍人となりそれに染まってしまった事に対し酷く後悔していた


男は何も無かったようにヴァルカを通り過ぎると数秒後、ヴァルカは槍を振り下ろした体勢のまま上半身だけが地面に滑り落ち、残った下半身が血飛沫を上げる


デニス2軍は元狩人であるヴァルカの実力をよく知っていた。そのヴァルカが瞬殺され、思考は停止、仇をとるなど思い及ばず男を素通りさせた


男は死地となった円の中心へと駆けて行く


デニス2軍はただ死が去ったことへの安堵をする以外の動きは出来ず、男を見送るしかできなかった




アシスは襲って来た毛皮の男を斬り捨てるとメディアの軍に向かい走り続けた。密集する軍を抜けるのは難しいと判断し、道を開けるように叫ぶ


ヴァルカとの顛末を見ていた兵士達はそれに従い道を開けると、ラクードの所までの道筋が出来、悠然と突き進む


「あんたが総大将か?」


1人馬上にいる偉そうな男に話しかけると、男は放心状態で頷くことすら出来なかった


放心状態の男・・・メディア1軍総大将ラクードは馬上より一部始終を見ていた。ハッキリとは見えなかったが、突然来てデニス軍の男の体を真っ二つにし、正体不明の男に兵達が指示され道を開ける・・・次々と起こる有り得ない光景に、窮地であることも忘れ思考が停止していた


「おい!聞こえないのか?」


「あ、ああ。私が総大将のラクードだ・・・」


アシスの2度目の呼びかけに、やっと現実に戻ってきたラクードが答える


「そうか。遅くなったが助太刀に来た。現状は?」


「現状?・・・ああ、2軍の将軍であったエミホスが討死との報せが来た。今はデニス軍に囲まれ・・・」


「やっぱりあれが将軍だったか・・・その2軍ってのはラクードだっけ?あんたがまとめてくれ。後は俺がやる」


ラクードの頭の中は混乱の真っ最中。助太刀?1人で?何故コイツは俺にタメ口?呼び捨て?そもそも誰だ?何故俺に命令する?極めつけは・・・後は俺がやる?


「あー、混乱しているのは分かるが、細かい事は後にしよう。やっこさん達安全な所から矢で削り、槍でトドメを刺す気だ。矢は俺が受け持つから、全軍を指揮して防御に徹してくれ。相手の総大将の位置は?」


意味の分かる唯一の言葉に反応して、左手で宣戦布告をしてきた男を指さした。アシスはそれを確認すると頷き、その方向にいる兵達に道を開けるようにラクードに指示する


来た時と同じように道は開かれ、その中を歩くアシスに敵側の号令が聞こえた


「てぇ!!」


両軍の止まっていた時は動き出し、メディア軍の頭上に矢の雨が降り注ぐ


「残念、一足遅い・・・震動裂破」


アシスは歩きながら頭上に右手を上げると呟いた


瞬間、メディア軍に降り注ぐはずの矢は空中で弾かれたように軌道を変え、ボトボトと地面に落ちていく。第2射が来る前にとアシスは両手を胸の前で合わせ力を込めた


「双竜・・・四龍!」


力を込め終わるとすぐさま目標に向け駆け出す。邪魔するデニス軍の囲いを薙ぎ払い、一直線に────




「なんだ・・・何が起こった」


ワーノイスは戦況を見つめ呟いた。ほぼ勝利を収めた戦場で、2軍の将軍ヴァルカが死に、半数は削れると思って放った矢が全て地面に弾かれる。おとぎ話のように聞かされていた『戦神』という言葉が脳裏によぎる


「まさか・・・『戦神』が・・・」


メディアに対するにあたり、1番気をつけなければいけない人物・・・元『十』であり、1人で戦況を覆すと言われている『戦神』。それが現われたのではという懸念が浮かぶが、囲いを突破し、こちらに向かってくるのはおとぎ話に出てくる『戦神』の姿ではなく、自分の歳の半分にも満たないと思われる青年。その青年が有り得ない速度でこちらに向かってくる


「何をしている!迎え撃て!」


囲いに加わらなかった護衛の者達に咄嗟に指示し、前を固める。しかし、護衛の兵はいとも簡単に突破され、対峙することとなってしまった


「よう!お前がデニスの総大将だろ?決断しろ。引けば見逃す・・・引かねば斬る」


アシスはチラリと遠くの状況を見やりながら問答無用とばかりに2択を迫る。遠くで戦っている3軍同士の戦いはあまり芳しくないと判断して即断を求めた


「貴様・・・!」


「もう一度言う。引くか引かぬか今決めろ。お互い将軍を一人づつ失っての痛み分けだ・・・お前が死んで乱戦になるのは避けたい。お前も死にたくないだろ?」


交渉と言うにはあまりに稚拙な物言いにワーノイスが絶句していると、アシスは「時間切れだ」と剣を構える。囲いにいるであろう副将が痺れを切らし第2射を放っては元も子もない。アシスが居ない今、矢が放たれては兵が死ぬ・・・そう考えての事だった


「おのれー!」


アシスの対応に激昴したワーノイスが馬上にて剣の柄に手をかけるが、アシスはフワリと浮くように飛び上がり、ワーノイスと目線を合わす。その動きに驚きの表情を見せるワーノイスに剣を一閃しあっさりと首を落とした


馬上で首から血飛沫を上げる主人の気配に驚き、そのまま駆け出す馬。首なしとなったワーノイスの左手は手綱にあり、死体は落ちずに馬に乗ったまま大平原の駆けて行く


デニス1軍2軍は全員その姿を目で追っていた。全速力で駆ける馬と騎乗する首なし死体の存在は見る者に恐怖を伝える伝令係として、メディア軍に一役買う事となった





囲いの指示をしていたデニス1軍の副官は迷っていた


勝利を目前にしての総大将の死を目のあたりにし、取るべき行動は二つ・・・撤退か継続か。撤退の判断するのは通常将軍の範疇になる。次点で副官が判断する場合もあるが、現戦場において3軍を指揮するユニスが生存しているのを確認出来るため、撤退の判断はユニスに委ねるべき。だが、ユニスは離れた場所でメディア軍と交戦中・・・頼みの矢は弾かれ、ワーノイスの無惨な姿で士気は下がり継続も難しく思える


副官が悩んでいる間に先程の男・・・アシスが目の前に居た


「他の者に聞いたらお前が責任者だって言われたんだが、合ってるか?」


「・・・ワーノイス将軍とヴァルカ将軍が倒れた今、1軍2軍の責は私にあるが、軍全体の責は3軍のユニス将軍が務める事となる」


「なるほど・・・じゃあ、そいつに話しをつけてくるから、帰る準備をしといてくれ」


「何者か知らぬが貴様に指図・・・」


「グスカ副官!」


そう叫んでやって来たのは2軍副官ベオス。突然現われたアシスに将軍のヴァルカを殺され、作戦の最終段階のはずが矢を放った後は何も指示は来ず、最後にはワーノイスの首なし死体を見せつけられては持ち場に待機している場合ではないと、反対側の1軍副官グスカにどうなっているのか確認しに来ていた


グスカの目の前にいる男はヴァルカの仇と気付き、剣を引き抜くとグスカの名を叫び、挟み撃ちするよう目で訴え背後に回り込む


「時間がないのに・・・なっ!」


アシスは瞬時に背後に回ったベオスの鳩尾に蹴りを入れ、延髄に手刀を落とし意識を刈り取る


ヴァルカの副官として、強さよりも指揮能力の高さで選出された副官ではあったが、剣の腕前は一般の兵士よりも上。そのベオスがなんの抵抗も出来ず一方的に気絶させられたのを間近で見ることとなり、離れた場所で殺された2人の将軍の時より感じた


『コイツに手を出してはダメだ』と────


「・・・撤退すれば、追撃はして来ないのか?」


「俺は出来れば戦争を止めたい。だから逃げる相手に攻撃は絶対にしないし、させない。撤退の命令を下せないなら、撤退の準備だけしてくれれば良い。後は俺が命令を下せる奴に交渉に行くだけだ」


「拒否した場合は?」


「頭のない生き物がいつまで動けるか試してみるのも悪くない」


グスカは言葉の意味を理解する。目の前の男は拒否をすれば命令の権限を持つ者を全て殺す・・・そう事も無げに言っている。そして、現実としてやってのけているのだ


「・・・1軍2軍は私が責任を持って撤退の準備をしよう。だが、あくまでも準備のみ・・・ユニス将軍の判断次第では再度攻め入る・・・」


「分かってる。その時は・・・この大地の染みとなれ」


アシスはそう言うと、まだ交戦中であるメディア側から見たら左陣の元へと向かった


残されたグスカは伝令に、囲いを解きデニス陣営前まで撤退するよう指示を出す。気絶しているベオスを運ばせ、3軍に向かったアシスを見て1人呟いく


「・・・・・・鬼神・・・・・・」


その呟きが風に乗って周りの者に寒気を誘う。あのまま戦っていたらどうなっていたかと想像し、副官の英断に感謝しつつ陣営前へと急ぐのであった




「遅れてる奴が居るぞ!隊列を乱すな!そこからつけ込まれる!」


ガレスが指示を飛ばす


昨日の夜に本当の軍議によって決められた方針は『生存』


唯一圧倒的に数の少ないガレス率いる3軍が生き残るには、まともに相手と当たること無く、更に逃げること無く戦いの終了を待たなければならない


そこで出した答えは『1軍2軍のサポートに徹する』事により『生存』という方針を目指すこと。サポートとは何も直接的なものばかりではない。正面に立つであろう相手の右陣を他の軍と合流させないように引き付けるという間接的なサポートを選択した


しかしながら、相手は5倍の戦力。囲まれれば終わり、一度崩れればすぐに飲み込まれる、離れ過ぎれば他の軍と合流されてしまうなど注意しなければならない点が多すぎる。ガレス達は少数ならではの機動力を活かし何とかもっているが、薄氷の上を歩いていた


「団長!なんでアイツらはこんな少ない軍に全力で来る?」


「知らん!是が非でも剣を合わせないと気が済まないのか・・・本気で全滅させようとしてるのか・・・」


元傭兵団員の問いかけに、味方の位置を確認しながら答える。事前の打ち合わせでは、開戦時は顔合わせみたいなもの・・・その認識は違うのであれば現状は厳しいものとなる・・・ガレスは額から出る冷や汗を拭い、考えるのを止め指示を飛ばし続けた




一方のユニス側は違う意味で冷や汗をかいていた。当初の予定ではすぐにでも殲滅し、1軍と合流する手筈であったが、思うように的を絞らせない相手の動きに惑わされ、焦り、次第に指示も雑になってくる。巨像が1匹のアリを踏み潰すのに苦労している・・・そんな有様にユニスは歯噛みする


「だから!軍を二つに分けて挟み撃ちにすれば良いでしょ!」


「ですが、そのような訓練はされてはおりません。うまく機能しなければ、各個撃破の隙を与えかねません」


「各個撃破上等じゃない!攻撃されてる間にもう一つの軍が後ろから攻撃すれば一網打尽よ!」


「各個撃破の隙と申しましたが、同時に逃げる隙も与えているという事になり、相手が逃げに徹した場合・・・」


「はあ?逃げたら追えば良いでしょ!?やりもしない内からあーだこーだ言うんじゃないよ!」


「・・・分かりました。編成して・・・」


3軍副官は歯切れの悪い答え方で渋々了承する。本心では訓練していない分隊は上手くいかないと考えている。それにもし上手くいかなかった場合の責任を押し付けられる・・・そう考え渋っていた。ユニスの強引な物言いにこれ以上説得は難しいと判断し、編成する為に周囲を見渡しながら答えるが、不意に後ろからの気配に気付き言葉を途中で止めた


縦横無尽に逃げ回るメディア側左陣で3軍の陣形は破綻していたが、陣の後方で指示をしていたユニス達はほとんど動いておらず、背後はがら空きだった。背後からの襲撃は1軍のワーノイスがいる限りないと踏んでいたからだ。その背後から感じた気配に驚き、振り向くと明らかにデニス兵では無い男が立っていた


「ユニス将軍ってのは?」


右肩に剣を乗せ、トントンと動かしながら聞く男にユニスも気付き振り向く。そして、男を見た途端腰に吊るした剣を2本抜き構えた


「誰よ・・・あんた・・・」


ユニスは鎌のように内側に反り返った2つの剣を構えながら、突然現われた男に問う。ジリジリと間合いを取り、相手の出方を伺いながら


「メディア軍に助太刀に来た。あっちには副官1人しか残ってなくてな・・・撤退するとしたら、残った将軍のユニスって奴の許可がいるらしいんだが・・・お前か?」


「撤退?・・・いえ、それよりも私しか残ってない?」


「ああ。総大将と蛮族みたいな将軍とその副官は仕留めた。副官は生きてると思うが戦線復帰は無理だろうな」


「馬鹿な・・・ありえ・・・」


ユニスは目の前の男の言葉を否定しようとしたが、目に入ってきた光景に言葉を詰まらせる。それは1軍と2軍が列をなして自軍の陣営に戻っていく光景。そして、残っているメディア軍の数。殲滅する予定の軍が残っているにも関わらず撤退していく1軍と2軍を目の当たりにし、何かが起こったことを察する


「何をした!?」


「人の話を聞けよ。だから・・・」


ユニスからの再度の問いかけに呆れたようにため息をつきながら答えようとした時、大平原を宛もなく彷徨う一頭の馬がユニス達の前を通り過ぎる。背にワーノイスであった首なし死体を乗せて・・・


「ワーノイス将軍!」


「そんな・・・」


それを見てユニスと副官が絶句していると、肩の上で動かしていた剣を止め、微笑みながら忠告する


「な?・・・で、だ。うだうだここで話してるのも時間の無駄だ。撤退なら見逃すが、続けるなら・・・容赦しない」


目の前の男が言っていることはにわかには信じ難い。しかし、1軍達の動き、そして、ワーノイスの惨状を自らの目で見てしまうと、容易く答えを出すのは危険だと判断する。何よりも男が言葉を発した後、元傭兵の血が騒いだ。コイツは危険だと────


「エグル・・・この場合はどうなる?」


「この場合・・・もし言っていることが本当でしたら、唯一残られた将軍であるユニス様に全権限が委譲されます。1軍と2軍に関しては一時的に副官が指揮していると思われますが、それもユニス様の権限の元、再編成する必要がございます。今回の副官3人・・・私も含めてですが、指揮する権限は持たされておりませんので・・・」


ユニスの問いかけに副官のエグルが答える。今回は3万の軍勢に総大将のワーノイス、副将にヴァルカとユニスという編成で攻め入り、開戦に当たってワーノイスの手により3軍に分けられたに過ぎない。分けられた軍の権限は副官にもあるが、軍全体でみれば副官にはその権限はなかった


「なるほどな・・・引くも行くも私次第って訳か・・・私が死ぬとどうなる?」


「撤退・・・しかないでしょう」


敵の前で確認するべき事ではなかったが、ユニスはそれを聞いて歯噛みする。この男に勝てる気がしない為、既に撤退しか道が残されていない・・・そう判断したからだ


「あんた・・・名前は何という」


「アシス・・・ナ・・・いや、メディアの友のアシスだ」


ユニスとアシスは数秒睨み合うと、ユニスが先に動く


「エグル!撤退命令を!自陣に戻り次第、デニスに帰還する!」


エグルに指示を出し、再度アシスを睨み付け、ユニスは叫ぶ


「覚えておけ!今回は()()()()異物が混じっただけ・・・事前に知っていれば・・・。我が国を敵に回したことを後悔させてやる!メディアはこの戦争で根絶されるんだ!」


「覚えておくよ・・・そして、覚えていけ・・・メディアには俺がいる事を!」


アシスは両手を広げ力を纏っていた力を放つ。それは打撃を与えようとして放ったものではなく、ただ振動をさせるだけのもの。しかし、その振動を広範囲に放つ事によりアシスの言葉を・・・存在をデニス全軍に知らしめる


ここにメディアとデニスの戦争の火蓋が切られた────



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