サイドA
青年は何も無い空間にポツリと佇んでいた
最後に記憶があるのは、大地震の最中、慌てて外に飛び出した瞬間に地割れに飲まれた事
突然の浮遊感に「これは死んだな」と諦め、落下に身を任せた記憶がある
「おーい!」
何となく叫んでみても反応はない
際限なく続いて見える空間を歩いてみようかと思ったその時、目の前が淡く光出した
「な、なんだ?」
後退りながら、淡く光る場所を見続けると、やがて光は人の形を作り、最後には実体かする
女性?男性?顔は造形的に女性だが、胸の付近を見ると・・・と、失礼な事を考えていると、実体化した者は薄らと目を開け、男を見据える
≪人の括りでは難しいかと・・・刻も差し迫っていますので、簡潔に申し上げますと、あなたは死にました≫
「え?・・・え?」
突拍子もない事を言われ、男は自分の体を確認する。特に傷もなく、自由に動ける事に尚更意味が分からなくなる
≪今はあなた達の言う魂の存在のようなもの。そして、ここは狭間の世界。地の変動により、偶然開かれた先に誘われこちらに迷い込んでしまったのがあなたです≫
「さっぱり分からない」
≪・・・本来ならば大地の裂け目に落ち、亡くなっていた所を、偶然開いていた狭間の世界に落ちてしまった。この世界は肉体では通れない為、あなたの肉体はここを通る際に朽ち果てました≫
「え?・・・朽ち果てた?」
≪そのまま落ちても亡くなっていたので、気にする必要もないのかもしれませんが、直接の死因が狭間の世界に入る事によるものと言うのは些か問題がありまして・・・それで肉体を復活させ、元の世界もしくは別の世界に戻すという案で可決されました≫
「可決!?裁判があったのかよ?」
≪では、お選び下さい。元の世界or別の世界≫
「待て待て待て!さっきから一方的に言ってくれるが、何一つ納得出来ないんだが・・・」
男が言うと実体化した者はあからさまに嫌そうな顔をする
≪刻が差し迫っています。あなたの魂はここに居られる時間は短い・・・≫
その言葉を聞き、男はゾッとする。先程から息が苦しく、何やら体が透けてきているように感じる。直感的に目の前の者が言ってる言葉は嘘ではないと判断した
「も、元の世界に戻るとしたら、どこに戻るんだ?」
≪ここに来る前の場所です≫
死ぬじゃねえか!と心の中で突っ込む。地割れに飲み込まれる前ならまだしも、飲み込まれた後では話にならない
「べ、別の世界だ!」
≪分かりました。それでは送られる世界の要望はございますか?≫
「要望?」
≪刻一刻と・・・透けていってますよ?≫
「わあああ!要望要望・・・あ、あまり発展してない世界がいいかな?空飛ぶ車とか憧れるけど、いきなり操作出来ないし・・・後、言葉は理解出来るのか?」
≪言葉と見た目はこちらで合わせます。あまり発展していないと・・・分かりました。最後にあなたには5つのギフトが授けられます。では、お選び下さい≫
お選び下さいってどこから?とキョロキョロしていたら、更に透けていく自分の体に気付いた。もう一刻の猶予もなさそうだ
「不老不死!後、魔法!大魔法が使える大賢者みたいなのに・・・」
≪不老は可能ですが、不死は出来ません。後、魔法?も出来ません。そもそも・・・≫
「だー、分かった分かった!なんだよ・・・剣と魔法の世界で俺TUEEEEじゃねえのかよ・・・剣・・・剣か!よし、不老と剣の達人!後は・・・ 」
≪分かりました。それでは転送します。残りの人生をお楽しみください≫
こうして男は残りの人生を歩む場所へと転送された。周囲を見渡すと風景は住んでいた場所と似ている。いや、これは住んでいた場所じゃないのか?担がれたか?そう考え歩いていると、人を発見・・・見事な裸体を晒す男を指さし叫んでいた
「なんだお前!なんで裸!?」
たどたどしい言葉で指さして叫ぶ現地人。他の者達も裸の男を見てヒソヒソと話している。元の世界なら公然わいせつにより逮捕されているところだが、相手の格好を見てそれはないと悟る。相手の格好が昔授業で習ったような縄文時代の人が着るような動物の毛皮を身にまとっているだけだからだ
「裸とあんまし変わんねえじゃん」
そうは言うが流石に羞恥心がある。少し離れた木の影に隠れ、現地人に向かって叫ぶ
「盗賊に身ぐるみ剥がされた!別に他意はねえ!」
「とうぞく?」
言葉は通じたが意味は通じなかったようだ。それはこの世界に盗賊が存在しない事を意味する。もし盗賊のような者がいれば自動で変換されているはず・・・そういうシステムのはずだと男は考える
「あー、悪い奴に服を取られた。それで裸」
相手に合わせるようにたどたどしい言葉で話すと、現地人達はそんな馬鹿なと言わんばかりに驚く
「どんだけ優しい世界なんだ?」
男は一人呟き、まだ警戒が解けていない現地人をどうするかと考えていると、獣が喉を鳴らす音が聞こえ、そちらに振り向いた。そこには動物園でしか見たことの無い百獣の王が獲物を狙うように屈みこちらを見つめていた
目が合った瞬間に飛びかかってくるライオンを必死になって木を盾にして躱す。ライオンの一撃により木は簡単にへし折られてしまった
「馬鹿じゃねえの!?こんなの・・・冗談じゃねえ!」
男は少し漏らしながらも、必死になって現地人の方に向けて走る。が、現地人もライオンの姿を見て「ヤバイ!」「逃げろ!」と叫んでいる
背後には飛びかかってくるライオンの気配。前方には逃げ惑う現地人達。転送されて早々に人生の終わりを見た男は頭の中で「装備くらいサービスしろよ」と愚痴を言いつつ後ろを振り返る
するとライオンと入れ替わるように体が自然にライオンの攻撃を躱し、後ろを取る。意図してない動きに頭の中に?が並ぶが、ようやくギフトを思い出した
『剣の達人』
自分の中でもかなりあやふやな設定だが、達人ならばライオンの攻撃なんか避けて当然だろうと納得する。そして、地面に落ちた枝を拾いライオンと対峙する
「来い!今の俺には大きい猫と変わらねえ!」
さっきまでビビって漏らしていた男とは思えない程の威勢。ヒュンと枝を振って鳴らすとライオンを威嚇する。そして、見つめて気付いた・・・相手の力が手に取るように分かる。森のヌシ、狩人、大食らいなどが頭の中に入ってくる
「これが・・・『見通す力』」
見知らぬ世界に行くのに、相手の正体が分からないと不安だと思い貰った力。見れば見る程相手の情報が頭に入ってくる
「なるほど・・・良いぞ・・・これでこそ異世界だ!」
呼吸を整え、余裕を持ってライオンを観察する。枝を持った瞬間から力が漲ってきていた。恐らく剣の達人が剣を持ったから、というのが男の考えだった
「さあ、どうした?ネコ科最強を証明してみろよ?」
言葉の通じない相手に意味の無い挑発をするが、ライオンはいつの間にか後ろに回り込まれた人間に警戒し襲って来ない
「なんだよ・・・所詮ネコか」
調子に乗った男は構えを解き、無造作に近付く。ライオンは後退りながらも、捕食対象の人間にいいようにやられているのに腹が立ったのか、地面を蹴り襲いかかってきた
「しっ!」
それを枝の一閃、縦に枝を振るう。その場から動かない男に飛びかかって来たライオンは体を真っ二つにしながら男を避けて後ろで着地、その後ドチャと音を鳴らし倒れた
「こんな枝でもキレイに斬れるもんだな。本当の剣なら無双じゃねえか・・・」
相手の力を分析し、剣の達人の効果か心静かに相手を一撃で倒す。貰った時は時間もなく適当な感じだったが、このギフトは当たりだと確信していた。そして、それに加えて不老・・・老いることなくこの世界で無双・・・
「衰えることなく、老いることなく・・・ノーフェード!ノー・・・あれ、老いるってなんだっけ?・・・まあ、いいか!ノーフェード!ノー老!ハハハハ!こりゃー良い!」
先程までライオンの襲来に怯え逃げ惑っていた現地人達が男の周りに集まっていた。そして、口々に「ヌシが」「枝で」と驚きの声を上げていると、最初に男に話しかけた現地人が腕を上げて叫ぶ
「ノーフェード!ノーロウ!」
は?と男が振り向くと、再度叫ぶ現地人。次第に隣の男、更に隣の女が腕を上げライオンを倒した勇者を称える
「「「「「ノーフェード!ノーロウ!」」」」」
囲まれての大合唱に男は耳を塞ぎ、目を閉じる。ある意味でライオンの攻撃よりもダメージをくらい耐えられずに叫ぶ
「やっかましいわ!ノーノーうぜぇんだよ!」
「・・・フェードロウ!フェードロウ!フェードロウ!」
何を思ったのか、うぜぇと言うのが、ノーがいらないと判断し、ノーを抜いて再び叫び始める現地人達。男は呆れて首を振り、周囲を見渡す。今まで必死になっていたので気づかなかったが、若い女性が動物の皮で胸と腰だけ隠し、顔を赤くし潤んだ目でこちらを見ながら叫んでいる
「こりゃあ・・・」
よからぬ事を想像し、下半身が滾るのを抑えきれなくなる。自分が今、裸であることを忘れてしまっていた
「「「「おおー!」」」」
フェードロウと叫んでいた現地人達の目線が下半身に集中して、歓声が上がる。女性達は顔に手を当て、指の隙間から覗き込んでいた
「フェードロウのフェードロウが!」
訳の分からぬ事を言う現地人の言葉を受けて、彼らの目線を追うと・・・
「ばっ!・・・てめえら!」
すぐさま暴れん坊を両手で隠し、屈み込むと周りに睨みをきかせて離れさせる
こうして男の転生一日目が過ぎようとしていた
次回11月15日より4章スタートします




