3章 幕間 2つの強襲
前半ファラス
後半デニスです
ファラス国謁見の間
そこで配下から各国の動向などを聞いていたフェードに急報が入る
『十』であるワレンが首都ローザンロウに────
フェードは殊更驚いた様子もなく急報を聞き、幹部達は騒ぎ始めた
「陛下・・・対処はどうされますか?」
ザイトが騒ぎ始めた幹部をよそにフェードに尋ねると、フェードはつまらなそうに幹部達の話を聞く
「お父上~私が~」
「違う・・・私達」
「ちと相手としてはつまらぬのう・・・『弓兵泣かせ』と遊びたかったが・・・」
「ご命令とあらば」
「私はパス。彼との会話は楽しくなさそう」
キャキュロン、クピト、ゾードとマーネが発言すると、その後ろから勢い良く何度も手を上げる少年がいた
「はいはいはーい!今回お留守番してた僕に権利があるはず!君らは引っ込んでなさい!」
ふん!と鼻を鳴らし、前に出て自己主張する少年・・・コシン。背中に短槍2本背負い、まだあどけない表情で笑っていた
「コシン・・・お主『飛槍』しか興味ないと言っておらんかったか?」
クピトの突っ込みにコシンは頬を膨らませ、ぷいと横を向く
「だってレンカはメディアに与したって聞いたし、まだまだ先じゃん!お留守番してた時の暇さ加減と言ったら・・・ねえ?ケリー?」
コシンに話を振られた女性・・・ケリーは長い髪から片目だけを出し、豊満なバストを強調するように腕を組んでいた。突然話を振られて、ため息をついて「暇だったのはあなただけ」と呟き、話の参加を拒否する
孤立無援となったコシンは駄々っ子のように「僕がー僕がー」と叫び続ける
「コシン・・・お前に任せても良いが、一つ条件がある」
ため息混じりにフェードが言うと、コシンは目を輝かせながら身を乗り出す
「さっすが父上!で、条件って?」
「ワレンを殺すな・・・いや、五体満足でと言うのも条件に付ける」
「えー、無理ゲーじゃん!殺す気でいかないと怪我しちゃうよ?」
「コシン様・・・」
ザイトが頭痛に襲われたかのように、頭を抱える。態度、喋り方、呼び方・・・全てにおいて注意する点が多すぎて、ザイトの突っ込みが追いつかない
「ふっ、良いではないか・・・ここにいる者は気を許した者だけだ。だが、コシン・・・いずれは統治なども任せるつもり・・・いつまでもそんなんではダメだぞ」
「はーい」
「で、だ。無理ゲー・・・だろうから、私も出よう。2人で攻略と行こうじゃないか」
「陛下!」
「うひょー、やったー!」
ザイトがフェードの言葉に驚きの声を上げ、コシンが喜びの声を上げる。周囲は悔しがる者もいれば、ザイトのように驚いた者もいた。王自らと言うのに反応は少し薄い
「何も陛下が・・・」
「心配するなザイト。少し試したい事があってな・・・」
「まさか・・・籠絡させるおつもりで?」
「さすがザイト、察しがいいな。ワレンは対多人数においてはかなりのもの。手駒としては欲しい存在だ」
「はぁー・・・ちなみに心配など微塵もしていません。お手隙の際にとお渡しした書類が山積みのままなのは・・・」
「よし、行くぞコシン!」
「はーい!じゃ、みんな!いってきまーす!」
「・・・」
ザイトの話の途中で突然椅子から立ち上がり、コシンを引き連れ出て行くフェード。背中で手を組み、口を開いたまま止まるザイトにクピトが肩に手を乗せ労う
「苦労するのう・・・」
「ご帰還されて、手が空くと思いましたが・・・余計な仕事が増えたような・・・」
キラリと光る目の端のものを見て見ぬふりをして、クピトは同情しながらも、巻き添えを恐れ離れるのであった・・・
────
デニス国首都キャメルスロウ
一組の男女がただ道を歩く。王城前が庭園となっており、花のアーチをくぐり、一方はそれは存分に楽しみ、一方は周囲の警戒に追われ、楽しむどころではなかった
「シヴァ?難しい顔して!もっと笑顔を出せないの?ほらこうやって」
女性は口の両端を左右の小指で引っ張り笑顔を作るように仏頂面の男性・・・『十』のシヴァに言う。シヴァは一度目を閉じ、少し目を開けると流し目で女性を見つめた
「・・・サリナ様が笑顔であればそれで・・・」
「様!今日はサリナって言ってと言ったでしょ?」
プンプンと腰に手を当て女性・・・デニス国第1王女サリナは怒ったフリをする。シヴァは呆れた感じでため息をつくと、周囲を何度となく見回し小声で
「・・・サ、サリナ」
と言った後、顔を真っ赤にしながら、再度周囲を伺った
サリナは満足したのか、怒った顔から笑顔に戻し、シヴァの腕に絡みつく。フワリとサリナの匂いがシヴァの鼻孔をくすぐり、真っ赤な顔をさらに赤く染めるが、決して嫌がりはしなかった
しかし、幸せの時間は長くは続かなかった。近付く気配に注意を向けると、サリナのお付のメイドが息を切らせながら走り寄ってくる。その表情は青ざめており、良い知らせでは無いことを物語っていた
「サリナ様!お逃げください!」
突然の来訪に驚き、更にその台詞に周囲の警戒を高める。今日の護衛はサリナの要望によりシヴァ1人。護衛となるとシヴァにとっては真逆な行為である為、どうしても大袈裟になってしまっていた
「メローナ?どうしたのです?」
普段は冷静沈着で何事も卒なくこなすメイドの慌てぶりを見て、サリナも只事では無いことを察するが、ここはキャメルスロウ・・・しかも王城前の庭園、「逃げろ」と言われても、それこそ「どこに?」と言いたくなる場所にいる
「サトス陛下・・・が、崩御され・・・サリナ様に・・・」
「お父様が・・・?」
「国王が・・・崩御だと?」
父の死に呆然とするサリナと突然の出来事に思考を巡らせるシヴァ。だが、次の言葉はその思考を停止させるものだった
「嫌疑がかけられて・・・います。『国王殺し』の・・・」
「!国王殺しって・・・お父様は殺されたの!?」
サリナはメローナの肩に手をかけ問い質すが、それをシヴァが止める
「・・・違う・・・そこじゃない・・・嫌疑だと?」
「はい!今王城内で兵士がサリナ様を・・・探しております!『国王殺し』の首謀者として!」
「私が・・・お父様を?」
「ザマット様の命令により、兵士達は血眼になりサリナ様を探しております!サリナ様のお部屋に入り・・・有無も言わさず・・・」
「何?・・・ねえ、何があったの?」
メローナは唇を噛み締め、服の裾を握り震えていた。そして、絞り出すように口を開く
「メイド長ハンナ様他数名が兵士たちに抗議をすると・・・その場で斬り捨てられました・・・私はたまたま部屋の外にいて・・・」
サリナは両手を口に当て絶句し、シヴァは舌打ちする。確実にザマットの仕業だが、軍はザマットに従い動いている。用意周到に仕組まれているが、サリナに対してどこにいるのか把握してない時点で計画がずさんにも思えた
「・・・シナリオ通りだとしたら・・・」
シヴァが考えをまとめていると、サリナはメローナの来た道を進み始める。メローナの来た道・・・つまり、王城に向かって歩き出した
「サリナ様!」
「メローナ・・・私はやってもいない事で逃げるつもりは毛頭ありません。もし・・・本当にお父様がお亡くなりになられたのなら、私はこの国の王として・・・」
「居たぞ!あそこだ!」
遠くで兵士がサリナを指さし叫んだ。王家に対して不敬きわまる行為にシヴァは確信し動き出した
「・・・御免」
「ちょっ・・・シヴァ!?」
シヴァはサリナの前に回り込みヒョイと肩に担ぐと、メローナを一瞥する。メローナは丁寧にお辞儀をして「サリナ様をよろしくお願いします」とだけ言って兵士達の元へ駆けて行く
シヴァが走り出すと喧騒が聞こえる。メイドとして武芸などに精通していないメローナは、ただ無言で腕を広げ兵士達の行く手を阻むと、兵士は躊躇すること無くメローナを斬り捨て、シヴァの後を追ってくる
サリナはシヴァに担がれ、背中越しにその光景を目の当たりにし、必死になって下ろしてと叫ぶが、シヴァはその声を無視し、全力で街中を駆ける
そのままキャメルスロウを抜け当てもなく走っていると、サリナが小声で下ろしてと呟いた。ここまで来たらと思い下ろした瞬間に頬に鈍い痛みを感じる
「なぜ・・・なぜメローナを!」
涙を流しながら、シヴァを睨みつけるサリナ。下ろされた瞬間にシヴァの頬を平手で叩いていた。シヴァならばあの場面でもメローナを助けられたはず・・・その思いが咄嗟に行動に出てしまう
「・・・申し訳ございません」
「あっ・・・ごめんなさい」
頬を叩いた手の痛みで自分が何をしたか気付いた。シヴァは決して悪くない、自分が何も出来ない故の八つ当たり・・・そう自分を恥じて謝罪した
「・・・いえ、それよりもこれからです。逃げたのは良いのですが、当てが・・・」
「そもそも逃げる必要はないはずです。きちんと話をすれば・・・」
「・・・無駄でしょう。恐らく・・・いえ、確実にこれは仕組まれた出来事。国王の殺害、そして、次期国王であられるサリナ様の逃亡まで・・・」
シヴァは確信を得ていた。突発的な国王の殺害ではない。軍を掌握し計画を立て国王を殺害・・・その後、継承権のある王女を逃がすことまでがシナリオであると
「なぜ?私が逃げて誰が得をするというの?」
「・・・弟君・・・第2王子ザマットさ・・・ザマット」
「ザマットが?なぜ・・・」
「・・・『国王殺し』の犯人だからです」
「そんな事!」
「・・・サリナ様・・・穏健派である国王と強硬派のザマットが対立していたのは周知の事実。そして、メディア国の国王とナキス様が崩御され、軍を掌握しつつあったザマットはこれを機に・・・」
「有り得ません!ザマットがそんな・・・」
「・・・ロウ家を殺せるのはロウ家だけ・・・ナキス様の話ではそれも眉唾ですが、私達の中ではそう認識しております。ロウ家は不思議な力で護られている・・・貴方なら理解しているはずです!」
ナキスが持っていた見透かす力・・・ロウ家の者は少なからずその力を持っている。元暗殺者のシヴァには身に染みて感じていたし、今ここにいる事にも直結していた
シヴァが暗殺者として『カムイ』にいた頃、暗殺の依頼でキャメルスロウに赴き街中を歩いていると、護衛を引き連れて歩く女性とすれ違った時に言われた言葉
『あなたが望む事は本当にソレなの?』
一瞬何を言われたか分からなかった。距離も離れていたので、シヴァは自分が言われたのかすら怪しいと思い、目線を切り行こうとした時、女性がこちらを見てニッコリと笑った。そこで理解する。彼女の言ったソレとは暗殺の事・・・そして、自分が心の底では望んでいないことを見透かされた事
気になったシヴァはすぐに女性の事を調べ、呆気なく判明した
デニスの王女が本人曰くお忍びで街に繰り出し、度々国民と接している・・・正体はバレているのに、本人はバレてないと思い込み、周りも知っているが知らないふりをする。そうして、普通に接して何か困り事があれば父である国王に話、改善させていた
それが瞬く間に街中の噂になり、困り事があると彼女に相談するようになり、人気者となる
そんな彼女がなぜ一介の暗殺者にあのような事を?
シヴァは気になり、仕事そっちのけで彼女に出会えるよう街中を歩き回る。何日目かに再び出会え、警戒する近衛兵に睨まれながらも、なぜあの時あのような言葉をかけたのか聞くと彼女はまたニッコリと笑い答えた
『あなたが助けを求めていると感じたから』
その言葉に衝撃を受け、ありのままを彼女に話し、彼女は知り合いに相談。その相談相手がアムスであり、アムスから紹介されたナキスの手により『カムイ』を抜け『十』に入る流れとなった
そんな力を持つ王家が、王城内で護衛のいる中で殺される・・・となれば身内の犯行を疑うのは当然の事とシヴァは考える
サリナも理解したのか口を閉ざし、思考を巡らせる
「ならば、余計に逃げてはダメなのでは?何も後ろめたい事がないのであれば堂々と・・・」
「・・・メイドが言っていた嫌疑とは、サリナ様が国王を殺したと言うこと。メイド長達を殺したのも口封じの為・・・そこまでやる輩の前にノコノコ出てしまえば殺されて当然です」
「でも!先程は逃げる事も仕組まれてると・・・」
「・・・ザマットの立場になってお考えください。実の父を殺し姉までも・・・となれば国民の反感を買います。ですので、1番の方法は『国王殺し』の汚名を姉に被せ、その姉が逃げる事によりサリナ様が国王を殺したと国民に信じさせる事・・・国民に人気のあるサリナ様とて兵士から逃げる姿を目撃されれば、国民も疑わざるを得ないでしょう。シナリオをいくつも用意し逃げた場合は国民をも味方につけ、逃げなかった場合は殺して国民を力で黙らせる・・・シナリオとしては前者が好ましいでしょうね、ザマットとしては」
「そんな・・・」
「・・・王子とは言え1人でそこまで大それた事をするとはおもえません。裏で糸を引いてる人物がいる・・・恐らくは強硬派にして、国内最強の将軍、ジュラクでしょう」
「・・・」
「・・・その息子、ジュモンも加われば反対意見など少数派となり従わざるを得ない・・・」
「あなたはなぜそこまで・・・」
「・・・元の職業病・・・ってやつですかね?」
シヴァの元の職業・・・暗殺者は言葉通り暗殺を生業にしているが、ターゲットを殺す事だけが暗殺ではない。時には事故に見せかけたり、時には他の誰かが殺したように見せかけたりもする。それは依頼者を分からなくする為だったり、利益になる為だったりする。今回、護衛もいる王城内で殺害を強行し、その後サリナに罪を被せることが出来るのはザマットただ1人。そして、すぐさま王女の部屋に向かいメイド長達を殺した手際をみると、王女が不在でメイド長達を殺すのも計画に折り込み済み・・・そうでなければ兵士の独断で無関係かも知れないメイド長達を殺すのは有り得ない。そうやってサリナが逃げるように仕向け、逃げるサリナ、追う兵士の構図を国民に見せつけたのだ
「シヴァ・・・」
「・・・サリナ様、現状キャメルスロウに戻るのは殺されに行くようなものです。そうなると選択肢は国を出る以外・・・」
「私に火種を持って他国へ行けと?」
サリナの言う通り亡命のような形で他国に行けば、デニスがその国を攻める口実を作ることになる。もしくはサリナを拘束しザマットに明け渡す危険すら考えられた
「・・・メディアにはアムス殿もおります。国内に留まるのは危険です。どうか・・・」
「国外には出ません!もし・・・国内に留まることが出来ないのであれば、私は・・・」
「・・・貴方は俺を闇から救ってくれた・・・貴方が命令するのであれば、俺はザマットの命を奪うために全力を尽くそう。ただそれは貴方の安全が確保出来てから・・・貴方を失う時、俺が生きている事は・・・有り得ない」
「シヴァ・・・平時ならその言葉に嬉し涙を流すでしょうね・・・もう私の味方は1人だけ・・・でも、それがあなたで良かった・・・」
「・・・サリナ様」
「シヴァ・・・」
2人は互いに近付き見つめ合い唇を重ねる。お互い好きあっていた。しかし、片や王女、片や元とはいえ暗殺者。恋焦がれようと周囲がそれを許さない。しかし、この状況がそういったしがらみを無くしていた
ガサッと草の音が聞こえる。瞬時に唇を離し、サリナを背に警戒するとウサギが逃げるように去っていく。その姿を見て2人は目を合わせ、サリナは笑いシヴァは恥ずかしそうに頭を掻く
「ふう・・・私達はこれからどうすれば・・・」
「・・・一つだけ・・・国内に居て安全と言える場所があります」
「え?・・・それは・・・」
シヴァはキャメルスロウから出た時、本能的に西側には向かわなかった。それはキャメルスロウの西に『カムイ』の拠点があるから。そして、必然的に反対方向へと足が向かい、現在キャメルスロウ東側の森の中・・・そこにあるのは────
「・・・行きましょう。目指すは阿吽家総本山────」
デニス国内において不可侵とされる場所
そこに向かい元王女と元暗殺者は歩き始める
意外にデニスの話が長く・・・
あと1話で本編に戻る予定です




