3章 10
タイトルはわざと入れていません
大樹の根元で荷物を枕にして寝ていると遠くの方で話し声がする。アイリンとアークの会話とすぐに分かるが、まどろみの中で起きるのが億劫であった為、寝ながら耳を傾けた
「兄上は勝てそう?」
「あら?兄上と呼ぶのね?兄さんじゃないの?」
「今は勝てそうにないからね」
「そう。素直ないい子ね」
「へへ」
「で、勝てるかどうかだけど・・・難しいわね」
「そうなの?」
「私とアークの合わせ九虎とウカイの九虎・・・恐らく力が違うわ」
「え~、じゃあ意味ないじゃん!」
「そんなことないわ。勝機があるとしたら・・・合わせ九虎と同じくらい・・・大体ウカイが六虎か七虎を打ってきた時に流せて返せれば・・・ってところね」
「ウカイおじさんのやる気しだいだね」
「そうね。序盤の1回目もしくは2回目までに倒せなければ・・・負けるわ」
「なるほどね」
「さっ、まだ早いわ・・・寝ましょ」
「もういいの?・・・痛!」
「・・・寝るわよ」
まるで俺に聞かせるような内容だな。てか、最初っから九虎出されたら負け確定やんけ!合わせ九虎流せるようになった喜びを返して!と言いたくなったが、俺一人だったらここまで出来なかった・・・その辺は感謝している。楽しい老後計画に少しでも貢献出来るように頑張るか
自らの体に巡りを行い万全を期す。もうすぐ夜が明け、ウカイとの決戦となる。起きなくてはいけない時間になっても体は正直なようで起きてくれない。まだ巡りを続けるべきじゃないのか?体を休めるべきじゃないのか?とウカイとの決戦をなるべく延ばそうとしている
懸念材料は多々あるが、最たるものはウカイに通じる技がない事。流はあくまで返し技。こちらから仕掛けるとしても技がなければ圧倒的不利な状況を覆せない。双龍の型も通じな・・・双龍?なぜ龍の型なのに双龍って言うんだ?体に流すのに両手でやらないと出来ないから、別に龍の型でいいんじゃないか?他に龍の型なんてあったっけ?うーん・・・・・・・・・あっ
俺は跳ね起き、急いで構える。そして・・・
「ちょっと!あんた何したの!?」
技を使うと、アイリンとアークが起きてきた。技は成功したが、ちょっと制御が難しい・・・目の前にある大穴を見て、それが自分に跳ね返って来なかった事に安堵しつつ、実戦で使う時には気をつけようと心に誓う
「勝つ目処がたったよ」
一つ間違えたら自分の体が消し飛ぶ恐怖心に勝てればだけど・・・と心の中で思いながらアイリンに笑顔で答える
呆然と大穴を覗き込む2人を横目に、決戦の為に荷物をまとめ始める。有り合わせだが、これしか手はない。後は戻りながら技名でも考えようっと
────
決戦当日、ウカイは街中を歩いていた。普段は総本山にて技の鍛練に勤しみ、弟子に稽古をつける毎日。己の強さを高める以外に興味はなく、稽古をつける者はほんのひと握り。ウカイの稽古を受けた者達が他の者に稽古をつける事により吽家は成り立っていた
1ヶ月、宿にて瞑想を行い、気力も体力も充分。そして、決戦当日という事もあって否が応でも気持ちは昂る。その昂りを抑える為に敢えて興味ない街並みを眺めながら歩いていた
「戦いに赴く男の顔じゃないのう」
「ああ。とても晴れやかな気分だ。で、俺を殺りに来たのか?アムス」
ふと気付くと横を歩いていたアムス。特段何をされる訳でもないのは分かっていたので、そのまま気にせず共に歩く
「そうじゃのう・・・それも悪くない。頼まれたというのもあるが、お主は強すぎる・・・」
街中には似つかわしくないほどの殺気が二人の間に渦巻く。だが、それを消したのはアムスだった
「が、それもアシスには良い勉強じゃて」
「勤勉だな。地獄で役立つか?そのお勉強とやらは」
「ホーホッ、地獄へと誘う鬼を倒す阿吽僧が、人を地獄に落とすとな?」
「悪鬼羅刹にゃ、地獄がお似合いだ。アレはなんだ?なぜ黒龍の声を聞く事が出来る?・・・なぜアレに近付くと黒虎がザワつく?」
人は得体の知れない者に恐怖を抱く。それは圧倒的強者であるウカイとて同じ事。明らかにアシスを守った黒龍、今まで意のままに纏えていたのにあっさりと解けた黒虎・・・その得体の知れない状況に恐怖を抱くのは仕方の無い事だったのかもしれない
「ホホッ、お主に悪鬼羅刹と言わしめるとはのう・・・アシスは・・・ワシの自慢の孫・・・それだけじゃ」
「タヌキジジイが」
立ち止まり、睨みをきかせるウカイに対してアムスは飄々とそれを躱す
「して、戦いの場は知っておるのか?」
「んなもんは探れば分かる」
「お主・・・一体どこまで・・・」
「街・・・いや、街の外まで可能だな」
「人の孫を悪鬼扱いしおって・・・お主も大概化け物じゃな。お主こそ地獄の誘い人なのでは?」
「言ってくれる。まあ、温い天国より地獄に行った方が楽しめそうだがな」
まるで親子が穏やかに会話するような雰囲気を醸し出す2人。しかし、その時も長くは続かない
「む、来たか・・・やはり、街の外か」
「当然じゃ。主ら2人を争わせる場所など街中にはないわ」
呆れたように言葉を吐き、不安をかき消すように空を見上げる。雲ひとつない青空の元、決戦の時が刻一刻と近付いていた
「珍しい組み合わせだな・・・そっちについたか?ジジイ」
アシスはウカイと連れ立って来たアムスに皮肉を言う。ウカイは止まり、アムスはそのままアシスの元まで歩いてくる
「手懐けようとしたが、失敗したまでじゃ」
「その猛獣にゃあ、ジジイの干からびた肉では満足できないとよ」
「老人虐待じゃ!誰に似たのかのう・・・アイリン?」
「私は産んだだけ。育てたのはあなたでしょ?育児もまともに出来ないなんて『十』とは思えないわ」
「わー、コレがジージ?思ったよりしょぼいね」
「なんか・・・お主ら老人に冷たくないかのう?」
「「「気のせいだ(ね)(~)」」」
息のあった親子兄弟に疎外感を感じてシクシク泣くアムスを尻目に、ウカイが周りを見渡しため息をつく
「なんだ?この数は・・・パーティでも始める気か?」
目の前にはアシス、アイリン、アーク。そして、アムスが、加わり4人。それを取り囲むように、ナキスとセーラと近衛兵100名。更にグロウ以下二対の羽の面々。もちろんシーラ、シーリス、リオンや6番隊もいる。王族が乗ってきた馬車や馬などもあり、なかなか壮観な絵となっている
「どうしても俺とお前のダンスを観たいって聞かなくてな。金を取れば一儲け出来たのに失敗したよ」
「・・・踊るのはお前だけだろ?」
「上手にリードするから一緒に踊ろうぜ?ウカイ」
「途中参加はありなのか?お前の横の奴が踊りたいとウズウズしてるように見えるんだがな・・・ナキス・ロウ」
ナキスの左隣で気配を消すように佇む男を見てウカイが話しかける
「警戒する事は無い。僕の護衛としているだけだ」
「警戒するな、か。はっ、そりゃー無理ってもんだろ?ただでさえ殺気剥き出しの目で俺を見ているお嬢ちゃんがいるんだからな」
ウカイの指摘した相手はシーラ。ウカイが来てから射抜くような鋭い目でジッと睨んでいた
「仲間とこれから戦う相手を優しい目で見つめるわけないだろ?そう恐れるなよ、吽家家主」
「警戒心を恐れと言えるてめえら相手なら要人の1人や2人簡単に殺せそうだな」
アシスの煽りに殺気を込めて答えるウカイ。咄嗟にナキスの左隣の男・・・ワレンはナキスの前に出て、ナキスの右隣にいたセーラの前にグロウが出る
「そう殺気立つなよ?お里が知れるぞ?元々は同じ一族なんだから、恥ずかしいったらありゃしない」
「だったら、下がらせろ・・・お前のそばに居る3人もな」
アシスは肩を竦めながら、ナキスとアイリンに目線を送る。2人は頷き、ナキス達はそのまま10歩程下がり、アイリン達はその列に加わった
「お兄様・・・アシスは勝てるよね?」
ナキスの後ろからナキスの裾を掴み震えながら言うセーラに、ナキスは微笑んで返すだけで精一杯だった。武の道を歩まぬナキスにすら圧倒的なまでのまざまざと見せつけるウカイに対して恐怖を感じていた
「さて、お仲間が離れて寂しいだろうから、そろそろ相手してやるよ」
「独り身の寂しいお前の相手は今回限りにしてくれ。強烈なラブコールは嬉しいが、これでも忙しい身でね」
開始の合図はない。お互いが同時に構える。アシスは両手を胸の前で合わせ双龍の型を。ウカイは両手に力を集め、一虎をそれぞれの手に宿す
先に仕掛けたのはアシス
一直線にウカイに向かい、間合いに入った瞬間に屈むと足払いを繰り出す。それをウカイは飛び退いて躱すが、アシスは屈んだ状態から一気にウカイの懐に飛び込んだ
それに合わせてウカイが右の突きを放つとアシスは左腕で受け流す・・・が、その直後にウカイの左の突きがアシスを襲う。アシスは右腕を曲げて固めウカイの攻撃を防御する。当たった瞬間にアシスの体は吹き飛び、数メートル飛ばされた後に着地するとボフッという音と共に土煙が舞った
「盛大な屁をこくじゃねえか」
「・・・ぬかせ」
音と土煙の正体は、ウカイの左の一虎を一部地面に流したもの。全ては流せず吹き飛ばされた後に流せた分を地面に解き放った結果だった
探り合いはウカイに軍配が上がる。前回の戦いに比べればアシスは戦えている方だと見ていた3人は思うが、前回の戦いを知らない者達にとっては子供が大人に挑むような実力差を感じるものとなった
「・・・不味いですね」
セーラの前に立っているグロウが呟く。ナキスはそれに気付き、ふと疑問に思った事を口にする
「君には・・・何が見えている?」
目の見えないはずのグロウには、目で追う以外の何かが見えているのかと思い尋ねた。グロウは頷き、グロウなりの戦況を口にする
「アシスさんからかなりの熱量を感じました。しかし、相手の拳にはそれ以上の熱量を・・・。恐らく食らえば肉は飛び骨は砕けるほどの熱量・・・」
その言葉はグロウの背中越しで見ていたセーラにも伝わり、思わず口を手で覆う。素人目に見ても劣勢なのは分かる。それが具体的に伝えられ、不安が押し寄せた
「・・・勝てぬ・・・と?」
「分かりません・・・正直私は・・・アレの前に立つ勇気がありません」
ナキスの組んでいた腕から血が滲む。指に力が入り腕に食い込むが、力が弱まることはなかった。頃合いを見てワレンとアムスをウカイにけしかけるつもりであったが、その頃合が掴めない。手遅れになる前にと思う焦りとアシスを信頼する気持ちが葛藤し、指に力を込めさせていた
戦況は変わらない。アシスが攻めて、ウカイがいなす。まるで児戯のように余裕を見せるウカイに攻め手を欠くアシス。更にウカイは一虎のみ・・・実力差は次第に露呈していく
「しょせん・・・その程度か・・・」
一瞬寂しそうな顔をしたウカイは両手に更に力を集めた
「三虎」
まるで光を放つように唸る両手を見て、アイリンが呟く
「・・・見誤ったわ」
「え?なにを?」
アイリンの呟きにアークが反応する
「私達の合わせ九虎はウカイの三虎と同等・・・つまりこの攻撃で流し返せなかったら、アシスに勝機は・・・ない」
「え?・・・」
血が出るほど唇を噛み締めて言う母の言葉にアークは絶句する。それ程までの差は想定していなかった
アシスは三虎を目の前にして、ようやく腹を決める。首元にあるマントのリングに右手中指を通し、一気に上に上げるとマントはアシスの右腕を包み込んだ
更に両手を合わせ双龍の型を使うと、息を吐き呼吸を整える
「さあ、行こうか」
アシスは最初と同じく一直線にウカイに向かう。それを見てニヤリと口の端を上げ笑うウカイは同じように右の突きを放った。アシスはそれを受け流さず、左腕で受け体に流す。激流が体の中を駆け巡るがそれを右手に流した・・・が、注意していた右から来るであろう左の突きは来ず、来たのは腹部への衝撃。ウカイの膝がアシスの腹にめり込んでいた
「がああああ!」
腹部の痛みよりも体に流していた三虎が暴れた事による痛みで気を失いそうになる。だが、息をつかせずウカイの左の突きが繰り出されていた。それに気付いたアシスが右腕を横に振るうと右腕を包み込んでいたマントがウカイの目の前で広がる
「チッ!」
目標を失ったウカイはそのままマントにの突きを放つ・・・が、三虎の衝撃で地面に倒れていたアシスに当たらず空を切る。目の前のマントがなくなり、視界が晴れたウカイは目の前で横たわるアシスを踏みつけようと足を上げるが、辛うじて意識のあったアシスは地面を転がり難を逃れた
「前回と同じようなやられ方・・・無様だな阿家よ・・・しょせん吽家には勝てぬ」
転がった先で息も絶え絶えに立ち上がるアシスを見て、ウカイは告げる。黒虎も使わずに傷一つ負ってないウカイと三虎の衝撃をくらい肩で息をしているアシスでは誰の目から見ても明らかに勝敗は決していた
ナキスは素早くワレンに指示を送ろうとするが、それをグロウが止める。「なぜ?」とグロウを見るが、グロウはアシスの方を向き答えることはなかった
「阿家とか吽家とか・・・元々はひとつだろうよ?」
「・・・道を違え、袂を分けてから別のものだ。なんだ?今更手を組もうと言い出すか?命乞いをするか?」
「バカ言うな・・・俺が言いたいのは・・・阿家が龍の型に・・・吽家が虎の型に・・・拘るから見えてこないって事だ」
「なに?」
「見せてやるよ・・・阿吽が元々・・・ひとつだったって事をな!」
アシスは再度黒龍を纏うと、胸の前で両手を合わせる。今までと違い、右手は開き左手は拳を握り・・・
「右に龍、左に虎・・・『龍虎相打つ』」
アシスの中で2つの相反する力が暴れ出す。動こうとする力と止まろうとする力がせめぎ合い、恐ろしい程の力が溢れだしていた。その力は~流~で相手の力を体内に流しているのと同じだが、違うのは両方ともアシスの力。そして、2つの力が均等である事
「制御が少し難しいから・・・巻きで行こうか?」
姿を見失う程の速さでウカイの懐に入り、鳩尾に一撃。ウカイの体はくの字に曲がり、アシスの胸の辺りまで顔が下がる。無防備に晒された首に手刀を打ち込み、意識を刈り取ろうとするが、咄嗟に手を滑り込ませ直撃を回避する。が、そのまま力で落ち潰され、地面に顔面を強打。土が口の中に入り、己の無様な格好を知り激昴し雄叫びを上げながら立ち上がる
起き上がり正面を見るとアシスは悠然と構えていた。本能的に危険を察知し、辛うじて急所を庇うように両腕に一虎を宿し防御に徹するが、アシスの攻撃はお構い無しにウカイを傷つける。両腕を顔の前で交差し、攻撃を受け続けたウカイは反撃すべく両腕に更に力を宿す
「ぐあああ!六虎!」
力の奔流がウカイの両腕に流れ、集まる事により更に増す。が、アシスはそれすらも凌駕し攻撃の隙を与えない。そして、拳をウカイの腕に添えると一気に力を解き放った
先程のアシスと同じくらい飛ばされたウカイだったが、倒れることはなく、足で地面を削り飛ばされた勢いをかき消す
「てめえは・・・俺の右腕に恨みでもあるのかよ?」
見ると無残にもありえない方向に折れ曲がった右腕・・・六虎で防御力の高まった腕を容易に上回り破壊した。ウカイはその激痛に顔を歪め、折った張本人を睨みつける
あのまま攻め続けられればアシスは勝てた。しかし、力を抑えきれず、放つしか方法がなかった。気付けば2人共満身創痍・・・風が吹けば倒れるのでは?と周囲に思わせる程、力を使い傷ついていた
「・・・やはり・・・間違いなかった・・・」
「グロウ?」
周囲があまりにも激しい攻防を見て絶句している最中、何やらブツブツ言っているグロウに気が付き、ナキスが声をかける。その言葉に気が付いたグロウがナキスを見て、そして、目が合った
「グロウ・・・君は・・・」
「ああ。お前も気づいていたのであろう?アシスの力を・・・運命を・・・。ふふ、そうだ。薄れた力で見透せるものを私が見間違うはずがない」
グロウの不穏な気配を察知し、ワレンが剣の柄を握る。得体の知れない者を主に近付けてしまったことを後悔し顔を歪めながら
「・・・グロウ・・・」
「やはり君はもう一対の羽だ、アシス。羽は一対あれば飛ぶことが出来る。だが、異なる羽を得ることにより『翼』となり、より遠くへ、より速く飛ぶことが出来るんだよ・・・知っていたかい?知らなかっただろ?ナキス」
「貴様ー!」
不穏な気配と主を呼び捨てにされた事により、ワレンが剣を抜き斬り掛かる。が、『十』の1人であるワレンの攻撃は事も無げにいなされた
「君はもう用済みだ、ナキス。重荷があってはアシスは飛べない」
「ナキス様ー!」
ワレンはいなされ、態勢を崩したが、すぐさま整えグロウに向かう。しかし、グロウはそれよりも速く剣を抜き放つ。そして、後ろから迫るワレンの剣を受けた
「ナキス様!お逃げくださ・・・」
「ああ、もう終わったよ?やはり居合で袈裟斬りするには刀が合う。まっ、『刀の達人』じゃなくて『剣の達人』だから、仕方ないがな」
「は?」
間の抜けた声を出したワレンはグロウの肩越しにナキスが見えた。ナキスの左肩から斜めに1本の線が走り、そこから血が吹き出す
「え?え?・・・お兄様?いや、いやあああああ!」
セーラは血を吹き出すナキスを見て叫び、その声がアシスにも届く。アシスは声の方に振り向き、言葉を失った
「ア・・・シ・・・ス」
ナキスは目の焦点が合わず、アシスが居た方向に手を伸ばし口から血を出しながら呟く。友の姿を探し求めるように
「こんな時でも縋るのか?やはり重荷だよ・・・お前は」
固まる周囲をよそに持っていた剣を一閃するグロウ。届くはずはないのに、アシスは手を伸ばした
次の瞬間、まるで時間が止まりナキスとアシスの間に何も無くなったような感覚が2人を包む。音もなく色もない世界で2人は見つめ合う。ナキスの口が微かに動いた・・・2人には距離もあり絶対に聞こえるはずのない声がアシスにはハッキリと聞こえた
≪後は頼んだ≫
首に一本線が入る。そして、血が吹き出し頭部が飛ばされ地面に転がった
「ぎざまぁー!!!」
怒り狂ったワレンが剣を振るうが、それを躱しスっと剣を出し呆気なく腹を刺す。目を見開き、更に動こうとするが、剣を引き抜き足でワレンを蹴り倒すと、つまらない物でも見るようにその姿を見下ろしグロウが叫んだ
「ゾード!マーネ!退くぞ!」
呼ばれて動いたのは二対の羽4番隊隊長のハリマダと5番隊隊長のエリモ。2人は偽名を使っていた。本名を呼ばれ素早く動くと馬に乗り、空の馬を引いてグロウの元に参じる。その後を二対の羽から数名が動く。各部隊・・・中には6番隊の者の姿もあった
「もう用はない・・・行くぞ」
遠くで惚けるアシスをチラリと見ると、馬を返して走り出す。あまりの事態に状況を飲み込めない近衛兵達。ナキスの体にしがみつき泣きじゃくるセーラの声だけが響き渡る
ようやく我に返ったジェイスが今起こっている事が現実だと認識し叫んだ
「け、決して逃がすな!各員動け!動けー!!」
命令にもなっていない叫びに、次々と我に返る近衛兵達。各自動き出し逃げるグロウを追い始める。馬のない者は残された二対の羽の者達に剣を向けた
「ふん、練度が低い」
今更動き出した近衛兵を鼻で笑い正面を向くと、目の端に人影が映る。すぐさま手綱を引くと馬を停止させた
「逃げ切れると思うか?」
「ハッ!流石は『戦神』」
アムスはグロウ達が逃げる前に回り込み、たった1人で逃げるグロウ達の足止めに成功する。ゾードが前に出ようとするが、グロウがそれを制して前に出る
「孫を見捨て、死した主に殉ずるか?『戦神』アムスよ」
「お主如きに主を殺られたのはワシらの責。何をしようが拭えまい。だが、貴様だけは生かしてはおけん」
「ほう?『十』如きが偉そうに言う。ならば、止めて見せよ」
馬の腹を蹴り、アムスに突進するグロウ。それを見てアムスは右手を突き出した
「震動裂破!」
震龍裂破に近いグロウ近辺のみを狙った震動裂破が、グロウを襲うが、グロウは馬だけを進ませ、自らは飛び降り馬の影に隠れる
馬は死に絶えたが、その影から出てきたグロウにアムスの右腕は切り落とされた
「ぐっ!」
肩口から切り落とされ、左手で傷口を抑えるが、血は溢れ零れ落ちる。バランスを崩し片膝をつくアムスの前にグロウは仁王立ちで見下ろしていた
「『戦神』と呼ばれ浮かれたか・・・身の程を知れ」
「身の程を知れじゃと?・・・お主一体・・・」
「ふむ・・・どうせいずれ知れ渡るか・・・。私の名はフェード。フェード・ロウ。ファラス国国王にして始まりの王・・・いや、始まりのロウか・・・」
「な・・・に?」
「冥土の土産になったか?では潔く・・・」
「グロ・・・フェード様!近衛兵達が・・・!」
マーネが追ってくる近衛兵達を指さし叫ぶ。残っていた馬に乗った近衛兵達が必死の形相で追いかけてきていた
「間が悪い奴らめ。まあ良い・・・アムスは殺す予定にはなかったからな・・・見逃してやろう」
着いた血を払い、剣を鞘に戻すと再度アムスを見下ろし、鼻で笑い他の者達の元に戻る。そして、馬が足りないので、1人の者に声をかけた
「お前は2人で乗れ。お前ら2人なら軽いから遅れまい」
「は~い」
言われた者は即座に馬から降り、他の馬に飛び乗る
「私が・・・前?」
「気にしな~い」
フェードは空いた馬に飛び乗ると全員に声をかけ、また馬を走らせる。怒号を上げた近衛兵達が目前まで迫っていた。フェード達の退却戦が始まる
同じ時、残った二対の羽を捕まえる近衛兵、報せに行く近衛兵と場は混乱状態に陥っていた
「メンス!おい、メンス!何が・・・一体何が起こっている!?」
盾で近衛兵の剣を受けながら、呆然としているメンスに話しかけるロリーナ。しかし、その声もメンスには届かない。業を煮やしたロリーナが盾で近衛兵を突き飛ばし、メンスを思いっきり蹴飛ばした
「グロウが居ない今!副団長のてめえがそんなんでどうする!?しっかりしろ!!」
ロリーナの蹴りで正気を取り戻したメンスは周りを見渡し状況を確認する。そして、残された団員に向かい叫ぶ
「近衛兵は殺すな!だが、投降はしない!俺の後に続け!」
「投降はしない?」
「ああ!・・・イテテテ、もう少し加減しろ。目を覚ますどころかそのまま死ぬぞ?」
「いいから!で、投降はしないのか?」
「傭兵団団長がしでかした・・・それを団員が知りませんでしたと言って信じてくれるか?」
ロリーナはその言葉に肩を竦めて「無理だね」と短く答え、襲ってきた近衛兵の剣をはじき返す
「今は逃げる!いつか・・・その時が来るまで!」
その時とは何なのかメンス自体も分からない。しかし、今するべきこと・・・逃げるということだけは間違いないと信じていた。メンスは馬の数を見て瞬時に足による逃走を選択。率先して団員達の逃げ道を作る為に駆け出した
「んで?てめえはいつまで惚けてやが・・・る!」
ナキスの死を目のあたりにし呆然としていたアシスに蹴りを入れるウカイ。無抵抗だったアシスは数メートル飛ばされ、危うく崖から落ちそうになる
「危ねぇ危ねぇ・・・どんだけ軽いんだよ、てめえは。黒龍と共に崖の下に落ちたら目も当てられねえ」
つまらなそうに頭を掻きながらまだ起き上がらないアシスに近付く
「仲間が殺られて茫然自失ってか?だから、てめえらは弱いんだ・・・烏合の衆が!」
起きないアシスを踏みつけ、苛立ちを紛らわすように何度も繰り返す。まるで人形にでも八つ当たりしてるかのような気持ち悪さがウカイの顔を歪めさせた
「待ちな!」
ウカイの後ろから声をかけたのはアイリン。憤怒の表情でウカイを睨みつける。今まで飄々とした表情でのろりくらりと会話していた者と同一人物とは思えなかった
「なんだ?今更母親気取りか?」
アイリンの変容に驚きながらも軽口を叩くウカイを無視して通り過ぎ、アシスとウカイの間に立つ。アシスを守るかのように
「お前に踏みつけられる程、この子は安くない」
静かに怒りを込めて言うアイリンを見て、ウカイは何かに気付き顔に手を当て自嘲気味に笑う
「ふふふふ、ははははっ・・・そうか、そういう事か。俺も額面通り受けちゃいなかったが、まさかそういう事とはな!お前が黒龍を奪えと俺を焚き付けたのはアシスを鍛える為か!アムスのジジイと同じく!俺を糧とし!・・・何が老後計画だ・・・何が阿吽家の復興だ・・・!」
ウカイの左手に力が集まる。今までよりも更に巨大な・・・ウカイが黒虎を纏わないで使える最大・・・八虎が
それを見てアイリンの額から冷や汗が流れ落ちる。後ろにアシスがいる為、躱せはしない。流すしか道はないが・・・流が得意なアイリンでも全ては無理と分かっていた。一部を地面に流し、一部を体で受け止める。それで朽ち果てようとも残ったアークが、もしくは『カムイ』の娘が何とかしてくれると考える
「親子共々砕け散れ!」
純粋なる左の突きは、アイリン目掛けて真っ直ぐ伸びてきた。凶悪なる力を宿して。それを両手で受け止め、暴れる力を操作する・・・一部を地面に・・・だが、アイリンの意思とは裏腹に暴れる力は制御が効かず体中を駆け巡り壊し、ほとんどの力が地面へと向かった
目、耳、口から血を出し倒れたアイリン
アイリンの足より伝わったウカイの八虎の余波が地面に衝撃を与え、ビキッ!と大きな音をたて亀裂が走りズレるように崖下へと落ちようとしていた
亀裂の外側にいたアシスはそのまま崖下へと誘われる。と、その時、崩れ落ちる地面に飛び乗り、ギュッとアシスを抱きしめる人物がいた
「シーラ!!!」
傭兵団の元へと行かず、アシスとウカイの行く末を見守っていたシーラとシーリスとリオン。地面が裂け、落ちようとした時に動いたシーラを止めようとしたが間に合わず、叫ぶしか出来なかった
姉の叫ぶ声を聞き、アシスを抱きしめたシーラは振り返り笑顔でそれに答える。その笑顔を見てシーリスは続く言葉を失った
落ちていく2人を眺め、膝から崩れるシーリスと立ちすくむリオン。その横で2人を落とした張本人は盛大に舌打ちをし、生死不明のアイリンに拳を打ちつけようと構える
「黒龍も失ったか・・・もうお前の命じゃおさまらねえな」
反応のないアイリンに容赦なく打ち下ろされた拳を止めたのは大剣の腹の部分。ガキィという音と共に左の拳は動きを止める
「母様~!」
今まで動けなかったアークが、ウカイが止められたのを見て我に返り、すぐさま母の元に近付き抱きつく。泣きながら母を呼ぶがアイリンからの返事はなかった
「チッ・・・どいつもこいつも・・・今度は『大剣』かよ!」
「アイリン・・・」
叫ぶウカイをものともせず、倒れ反応のないアイリンと抱きつき泣きじゃくるアークを見やる。無視された格好となったウカイがラクスに詰めよろうとするが、ラクスに睨まれると後ろに飛び退いてしまう。ウカイの本能がアシスと戦い傷ついた体では荷が重すぎると判断してしまった
そんなウカイを横目に周囲を見渡すラクスの目に入ってきたのは、近衛兵に捕まり殺される傭兵達。そして、遠くでうずくまっているアムスの姿。最後に倒れるワレンとその横で近衛兵に囲まれて泣きじゃくるセーラとナキスの遺体が目に入りガリィと歯が欠けるほどに食いしばる
「・・・アシス・・・」
着いた時に既に落ちていき、助けられなかった弟分の事を思いまた食いしばる
「生きていてくれ・・・必ず・・・帰ってきてくれ・・・」
祈るように・・・願うように呟き、事態を収拾すべく動き始めた
ここにメディア国王子ナキス・ロウ眠る────
そして、2年後に起こるであろう100年戦争へと加速していく────
3章はエピローグがあります
もしかしたら、SSもはさむかも・・・悩み中です




