3章 番外編 6番隊快進撃
「フェン!そっちだ!」
「・・・」
馬上から指をさし、新たに入隊したフェンに指示を出す。相変わらず無言だが、素早く動き襲って来た盗賊を撃退する
6番隊は今、フレーロウからホーデンに向かう商隊の護衛をしている。本来なら1番隊の任務だが依頼が被りお鉢が回ってきた
当然の如くいるフェンだが、入隊の際にはちょっとした一悶着があった。理由はもちろん有名な『レンカ切れ』。発作のように突然起きるその現象を知らない者は少なく、どの隊もフェンの入隊を拒否。連れて来た俺が面倒を見ろと言われたが、俺だってお断りだった
激しい激論の末、連れて来たのは俺、人数が少ないのも6番隊という事でなし崩し的に6番隊への入隊になってしまった。戦力は上がったが、問題が増えたことに頭を悩ます
まず対策しないといけないのは『レンカ切れ』。レンカの匂いのついた物を与えないといけない。そんな物持っているか!と声を大にして突っ込みたいが、そんな事をしても手に入る訳もなく、渋々レンカの元へ出向いた
何処にいるかは困った時のナキス君。挨拶もそこそこに尋ねると居場所を特定する事に成功し、シーラと共に訪れた
さて、ここで問題が・・・匂いのついた物をくれと言った場合の俺の変態度はいくつに跳ね上がる?ナキスに聞いたら、レンカ自体は『レンカ切れ』なんて知らないらしい。そうなるとフェンの名誉の為に正直には言えなくなってしまった
うんうん悩みながら歩いているとレンカのいる場所に到着・・・出たとこ勝負と訪ねると寝起きのレンカが不機嫌そうに出てきた。咄嗟に出た言葉が「俺・・・アンタのファンなんだ!何か身に付けてるものをくれないか!」だった・・・なぜ俺が・・・とも思ったが、これも隊員の為と我慢して、目を閉じ頭を下げながら手を出す
レンカの反応は、たまに同じような事を言ってくる輩が多いらしく慣れた手つきで懐から包帯のような布をスルスルと取り出した・・・少し生暖かいのが嫌な感じだ
レンカはニヤリと笑い「てめえは強いからな・・・特別だ」と言い踵を返して中へと戻って行く。その際に今までツルペタだったお胸がプルンしたのを見逃さなかった。これってつまり・・・
シーラの方を向くと「変態」という言葉と生暖かい視線を頂き、レンカの匂い付きサラシをゲット。変態の称号もついでにゲットした
計り知れない精神的ダメージを受け、サラシを袋に入れて拠点に帰った時は涙を堪えるのに必死だったのを今でも覚えてる
「変隊長~?終わったよ~」
俺が物思いにふけていると、キャロンが顔を覗き込むようにしながら伝えて来た。おう、もう終わった・・・変隊長?
バッとシーラに目線を送ると勢い良く視線を逸らしやがった。いやいや、事情分かってるでしょうに!最近のシーラは隊員に鬼を広めたりと何かしら裏で動いてる。新手の嫌がらせか?
とにかく現在の護衛の任務は1回の襲撃はあったものの無事に達成出来た。初めての護衛依頼だし、商隊もそこそこの規模でフレーロウとホーデンの往復、連携がどうなるかと思ったが何とか混乱もなく終えたのは良かった。1番驚いたのが全員が馬に乗れるという事。どこで練習したんだ?
「傭兵になった後に稼ぎたいなら馬に乗れって言うのは常識だねー。格安で乗る練習が出来る場所があって、新米傭兵御用達だねー」
ホーデンからの帰り際、カイトに教えて貰い納得。ちなみにキャメルスロウで購入した馬は2頭ともシーリスがいつの間にか売っていたらしい。そういう所は抜け目ないよな
フレーロウに戻り、達成報告を済ますと次の日は休み、シーラと買い物して回ると次の日には依頼が来た。配達依頼だが、高価な物らしく信頼されてる傭兵団に・・・との事なので受けたらしい。全員で行く必要もなく、カイトと他4名ほど付けてお願いし、残りは空き地での訓練に勤しむ。残りは訓練と聞いた瞬間にカイトと同行する隊員達が喜んだ為、帰ってきたらこってりシゴいてやろう
傭兵の仕事も段々分かってきた。依頼される内容は護衛、討伐、雑用の3種類がほとんどで、戦争の起きていない平和な今は
主に護衛が収入源となっている。護衛と言っても商隊の護衛だけではなく、狩人達の護衛だったり、要人護衛なんかもある。セーラの護衛も依頼が来ていたが、折り合いがつかないと断っているらしい。まあ、隊長の俺が長期間拘束されるのは、さすがに無理と分かっているのかそこまで強く言ってこない
「アシスさん・・・依頼です」
カイト達も戻って来て、今日はどんな訓練をしてやろうかと考えていたら、グロウが依頼を持ってきた。その顔からあまり良い依頼とは思えない
「どんな?」
「護衛・・・ですが、指名です」
護衛は基本1番隊の仕事。1番隊隊長のロリーナも暇そうにしている為、本来ならそちらにいくはずだが、指名だとは・・・噂をすればってやつか?
「セーラか?」
「ええ。セーラ王女です。今回はアシスさん個人ではなく、6番隊の指名依頼でして、何でも街の外に散策に行くので、護衛を・・・との依頼です」
散策に行くのに護衛かよ・・・無駄遣いもいいとこだな
「分かった。それなら受けない手はないな」
「後、アシスさん・・・任務で行く際は『セーラ』ではなく『セーラ様』もしくは『セーラ王女』と呼んで下さい。プライベートならともかく、団員として行く場合は団の代表となりますので」
ええ・・・つまり、ナキスの護衛を引き受けたら、『ナキス様』って呼ばないといけないのか?気持ち悪!
「・・・気をつける」
自信ないなぁ・・・おでこにょーんとか呼んでしまいそうだ。アイツのおでこがいけないんだ。にょーんってなってるのが罪
依頼書は置いていきますとグロウが去って行った後に、その紙をマジマジと見る。変な事は書いていなかったし、依頼料も破格だ。条件も人数分の馬と馬車はセーラ側が用意するから、必要ないとの事だった
散策なら歩けとも思ったが、王族が街の外をひょこひょこ歩いていたら、絶世の美女が裸で盗賊の前でダンスしているようなもの・・・盗賊ホイホイの完成となるので、外から見えない馬車は妥当だろうな
シーラは少し険しい表情だ。あまり好きではないらしい。晩餐会の時の件もあり、良い印象はないだろう。俺も苦手だ。ナキスの手前、邪険にはしないが、コロコロ変わる性格に合わせていると疲れてくる。ナキスのロウモードといい、ロウ家は二重人格の巣窟か?
期日は明日の朝から1日。準備もある為、隊員達に明日の依頼を告げて今日は解散した
俺とシーラも準備に買い出しに出る。必要なのは携帯食料くらいか。火打石も小さくなってきたので買っておいた方が良いかもな。火打石はそれ同士で擦ると火が出る石。かなりの火力が出るが削れる量も多いため、すぐに小さくなって使い物にならなくなってしまう。旅をするには必須で、常に持っていないといけない物の一つだ
シーラの持っている物も大分削れている為、食料を買った後に石が売っている雑貨屋へと向かう。考えている事は同じらしく、エーレーンとデクノスに出くわした
「なんだ?2人でお買い物か?」
と、ふざけて言ってみたが、エーレーンはムッと顔を強ばらせ、持っていた石を置いた
「か、勘違いするな!・・・たまたま偶然・・・ちっ」
言い繕って、俺とシーラを見て舌打ちして店を後にするエーレーン。シーラは無言でその後ろ姿をじっと見ていた
「剣に油を塗り・・・火打石で・・・」
何やら恐ろしい事を呟くデクノスを尻目に、目的の物を購入し、店を後にする。シーラはその後も少し言葉数が少なくなってしまった気がする・・・エーレーンと何かあったのか?
宿に戻り、自分の部屋に戻るとリオンが大イビキをかいて寝ていた。コイツも慣れない隊長職に疲れてるんだろうな。グロウに聞くと中々の隊長ぷりらしい
夕食前にいつもの巡りタイムの為、シーラの部屋を訪ねる。いつもの様にベッドの上でシーラは背中を向けて、俺は後ろから両腕に力を巡らせていた。骨折はほぼ完治と言って良いだろう。試しに短剣を投げてみたら痛みもなく、違和感もなかったらしい。それでもこうして治療に当たっているのは、シーラからのもう大丈夫っていう言葉を聞いてないため。必要ないと思えば言ってくるだろうと考えて言われるまでは続けようと思う
体内に巡らせると相手の状態が手に取るように分かる。自分の力がシーラの体内に巡っているからなのか、体に触れているからなのか分からないが。鼓動の速さすら分かるので、今日は少し速いなと感じながら続けているとシーラから話しかけてきた。治療中は無言の時が多いのに珍しい
「アシスは・・・エーレーンの事どう思ってるの?」
「え?」
突然のエーレーンという名前に、頭の中でエーレーンを思い浮かべる。ここで巨乳とか言ったらはっ倒されるな
「隊員・・・仲間か?」
自問自答しながら答えたら、シーラは背中越しに首を振り、質問を少し変えてくる
「女性として・・・どう思ってる?」
女性として?・・・褐色の肌に健康的な肉体、目つきは鋭いが、澄ました顔は美人さんだな。背は女性としては高い方で俺と同じくらいか。性格は負けず嫌いってことしか分からんな・・・あっ、妄想癖があるってのも性格になるのか?
「エーレーンは多分・・・アシスの事が好き」
「は?」
色々考えている所に突然のブッコミ・・・いや、ないだろ
「穢らわしいって言われてるぞ?」
顔合わせの時に負けたのも根に持ってるってウワサだし
「きっかけはこの前、熊から助けた時・・・でもその前から意識していた」
いやいや、ないわー。目が合うと睨まれていた記憶しかないが・・・
「アシスに穢らわしいとか言っているのも、意識しているから・・・それが良い意味か悪い意味か分からなかったけど、この前庇った時から変わった・・・」
うーん、穢らわしいとは言われなくなった・・・かな?
「トドメは今日の買い物の時・・・明らかにわたしを見て不愉快な顔をしていた・・・恐らく2人でいるのが嫌だったんだと思う・・・例えそれが護衛の為と分かっていても・・・」
シーラの事情は6番隊はもちろん、傭兵団全体が理解している。以前攫われた事もあり、首謀者が分かっていない今、1人にさせないように常に共に行動していると
「わたしは嫌な女・・・自分の立場を利用して、アシスの自由を奪ってる・・・」
「そんな事は・・・」
「もし・・・アシスがエーレーンの事を・・・なら、わたしは・・・」
声が震えているのに気づき、強引にこちらに向かせると潤んだ瞳のシーラがそこにいた。ベッドの上で向き合い、言葉すら忘れて見つめ合う・・・あれ、なんか・・・そうだ、こういう時にリオン登場だ。そろそろ夕食だし起きて・・・来ない。やばい、なんかやばい。目を逸らさず、まばたきすら忘れ、シーラの顔をマジマジと見つめていた。スーッとシーラの目が閉じられようとした瞬間、バン!といつもの間の悪いリオンが・・・
「愛しの妹よ!・・・姉ちゃんがかえっ・・・て?」
シーラの肩越しにシーリスと目が合う。目を見開き、口の端をヒクヒクと動かしているが、表情が掴めない・・・笑顔なのか怒りなのか悲しみなのか・・・
「ご・・・ごゆっくり~・・・」
下半身はさっさと部屋の外に出て、上半身だけでドアを閉めるえらく腰の引けた格好で言うシーリスに待ったをかける
「ま、待て待て、勘違いするな!治療だ治療!」
思わず慌てた感じでシーリスを止めてしまった俺を、シーリスから見えない位置だからなのかジト目をぶつけるシーラ・・・いや、どうすりゃ良いんだよ!?
「そうなの?・・・どうなの?シーラ」
未だ背を向けているシーラに恐る恐る聞くシーリス。今まで散々恋愛マスターみたいな面してたが、なんか様子がおかしいぞ?それに答えるために、シーラは振り向き、笑顔で答える
「ええ。治療よ・・・お姉ちゃん」
「お姉ちゃん?」
「聞き間違いじゃない?姉さんって言ったわよ?」
めっちゃ笑顔で会話してるが、背後に修羅が見える・・・なんかシャーとか言ってる蛇も見える
「そ、そう。私のいない間に、大人の階段登っちゃったかと思ったわよ・・・私ですら・・・」
「ん?何ブツブツ言ってるんだ?」
ボソボソと呟き、聞き取れない為に聞き返すと、顔を真っ赤にし始めた・・・今度はなんだよ!
「なんでもないわよ!てか、居るなら居るで教えなさいよ!これじゃあ、間の悪いリオンみたいじゃない!」
「呼んだか?」
ドアを半分開けた状態で理不尽な文句を言っていたシーリスの肩口からぬっと顔を出すリオン。さすが本家・・・間が悪い
「誰も呼んで・・・ないわぁ!」
振り向きざまの左ストレートに鼻血を吹き出しながら吹っ飛ぶリオン。あー、テラスのナタリーとトーマスを思い出す
同じ事を思ったのか、シーラと目が合いクスリと笑うとシーリスが肩を落としてボヤく
「なんか・・・私の妹が・・・何処か遠くの世界に行ってしまった気分だわ・・・」
そんなシーリスを見て、シーラは今更ながら頼もしい姉が戻って来た事に破顔させる
「姉さん・・・おかえりなさい」
その笑顔に頬をポリポリかきながら、照れくさそうに呟く
「ただいま・・・シーラ」
久しぶりに4人集まっての食事。宿屋の1階ではなく、外に食べに行く事となった。宿屋ならナキスの払いなのでタダなのだが、決まったメニューしかないし、たまにはそれも良いだろう
入った店は酒を主に出す居酒屋と呼ばれるお店。今日一日の疲れを癒すかのようにガヤガヤと話しながら酒を煽りツマミに手を出し、時には手を叩いて笑い、時には激しく声を荒らげて激論などに花を咲かせていた
4人は円卓のテーブルの席に着くとメニューから、各々の食べたいものを注文し、飲み物が来たらコップを当ててシーリスを労う。そして、シーリスから語られるのは今まで何処に行っていたか
「お察しの通り向かった先は『カムイ』。シーラの捜索に力を借りる条件が一度拠点に戻り、父に・・・首領に現状報告をしろって言うのだったの」
今現在のシーリスとシーラの状況は表向きはジジイ暗殺の為に俺の傍に居て、ジジイが俺に近付いてきた時にそれを実行するというもの
「戻って何を言われるかと思ったら・・・予想外の返事が返ってきた・・・『そのままそうしてろ』よ」
戻って来いとか、待つのではなくこちらから行けとか言われると思っていたシーリスにとってはなんとも拍子抜けな言葉。更にその後『アムスと遭遇しても手を出すな』とも言われたらしい
「理由は?」
「さあ?・・・依頼主の意向が変わったとしか」
シーリスも肩を竦め、今までにない事に逆に何かが裏で動いているのではないかと懸念する。その依頼主のやりたい事が見えてこず、不気味さを感じるのは確かだ
「まっ、色々考えても仕方ないわ。とりあえず・・・このままでいるしかないわね。ところであなた達は・・・」
と、シーリスが言いかけた所で、横から乱入者が現れる
「隊長ー、何してんすかー・・・うお!」
カイトが他の隊員と飲んでたらしく、目敏く俺を見つけ絡んできた。そして、言葉の途中でシーリスを見て固まる
「なんて・・・綺麗な・・・」
酔いが覚めたように俺らそっちのけで固まるカイトに、リオンが立ち上がり宣言する
「ダメだ!これは俺のだ!」
「はぁ?誰のだって?」
シーリスがすかさず突っ込むが、意に返さず軽く睨み合うカイトとリオン
「ったく・・・シーリス、コイツはカイト。傭兵団の6番隊の副隊長をやってる」
紹介されたカイトはリオンそっちのけで姿勢を正し、「カイトであります!」と普段とは別人のようにかしこまり一礼する。その後、舐め回すようにシーリスを見るのがなければ紳士だったな。シーリスは武骨な傭兵の格好とは違い、面積の薄い布を纏っただけのダンサーさながらの格好をしており、胸も強調され挑発的な格好と言える。目が行くのも仕方・・・痛っ、シーラに何故か抓られた
「んで、こちらはシーリス。シーラの姉で明日から6番隊だ」
俺が言うとカイトはひゃっほい、シーリスは「ちょっと!」と勝手に決めるなと言いたげだが、シーリスだけプラプラ遊ばせる訳にもいかないだろう。シーラの護衛もあるし
「くっ、俺も6番隊に・・・」
と、2番隊隊長が何やらのたまわっているが、これは無視しておこう
その後、カイトらが席に加わり、6番隊での出来事などを話しながら食事を取り楽しいひと時を過ごした
次の日に正式にシーリスが加わり、また傭兵としての生活が始まる
セーラからの依頼・・・散策同行はやたらベタベタしてきたセーラを躱しつつ、シーラとエーレーンの軽蔑の眼差しを受けながらも無事に達成
こうして、6番隊としての傭兵生活は順風満帆に進むのであった
番外編はこれにて終了です
次から本編に戻ります




