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3章 6 捜索2

何時間あれから経ったであろうか


日が沈み明けるまでの間、気配を探っては移動する・・・それを繰り返していた。街は広い。見当違いの方向を探してるのではないか、もっと離れた場所なのではないか、本当に気配が分かるのか。様々な思考が集中を妨げる


首を振り、雑念を払うとまた繰り返す


幾度となく試した時、後方から感じたことのある気配を察知し、振り返るとそこにはリオンがいた


「見つかったぞ・・・アシス」


聞きたかった言葉・・・自分が見つけられなかった悔しさなど微塵も感じなかった。しかし、その後に出てくるであろう言葉に緊張し拳を握る


「生きている・・・が」


「行こう・・・案内してくれ」


最後まで言葉を聞かずに案内を求めるアシスの顔は無表情だった。考えるのを止めている・・・それも意図的に。最後まで聞けばどうにかなってしまいそうだった


「・・・こっちだ」


走るリオンにアシスは辛うじてついて行く。何時間も慣れない事を繰り返し、精神的にも肉体的にも限界に近かった


チラリとアシスを気遣うように視線を送るリオンだったが、今はシーラに会うことが最良と判断しスピードを緩めず真っ直ぐ目的地へと向かった


アシスは王城から真っ直ぐ東側に探索を広めた。しかし、リオンが向かった先は王城から南の方向。正確な方角は東南の位置に向かっている。大通りを東に進み探索していたアシスは今更ながらに自分の考えの及ばなさに悔いる。夜とはいえ人目に付くのは避けるはず・・・ならば細かい道を行くのは道理。そして、距離が離れれば見つかる可能性が高くなる為、王城の近場を中心に探るべきだった


程なく一軒の小屋の前に辿り着く。その前にはナキス、グロウ、ソルトなどの面々が揃っていた


「アシス・・・」


ナキスが到着したアシスを見て呟く。その声が聞こえないほどアシスは小屋を凝視する


「今、中にはシーラとシーリスだけだ」


リオンが告げると、アシスは頷きドアを開けた


中からは異臭が漂う


放置された食事と酒が混じり、神経を研ぎ澄ましているアシスには微かな血の匂いも感じていた


暗闇の中、入って来た人物を鋭い目線で迎えるシーリスがいた。その腕の中には裸のシーラが抱かれている


ドクンと今まで以上に心臓が高鳴る


ドアを後ろ手で閉め、完全な暗闇になるとシーラとシーリスが居た場所まで歩を進める


言葉が出て来なかった。怪我はないか?何かされたか?攫った奴らは?そんな言葉が頭の中でグルグルと回り、何を聞けば良いのか、どう声をかければ良いのか整理がつかなかった


「止まって!」


シーリスから鋭い声が上げられる。敵意はないが、明らかに拒絶する声にアシスをすぐに歩を止めた


「あなたが・・・そこから先に来るのなら、1つ質問に答えて」


「・・・なんだ?」


シーリスの言葉になんとか絞り出し尋ねる


「・・・シーラとナキス・・・どっちが大事?」


突然の質問


アシスはこれまで出会った人の数は他の人より少ない


森で生活を共にした祖父であるアムス、祖父の居ない時に居てくれたラクス以外は1年・・・いや、半年も共にしてない者ばかりだ


旅に出て共に行動してきたシーラ、リオン、シーリス。初めての友となったナキス。その4人はアシスにとってかけがえのない存在となってきている


その中での優劣はない


等しく大事に思っている


「2人共・・・大事だ」


「そう・・・なら、今すぐここから立ち去りなさい」


アシスの答えに突き放すように告げるシーリス


「なぜだ?」


「・・・これは私の責任。シーラを守る為に一緒に居たのに守れなかった。そして、あなたを信じてしまった私の責任」


その言葉がアシスの心を抉る


「シーラはね・・・幼い頃から洗脳されてるの」


「な・・・に?」


「ふふ・・・知らなかったでしょ?それもそのはず・・・あなたの前では普通だから・・・」


それからシーリスはシーラを抱きしめながら語り始めた


「『カムイ』は暗殺集団・・・依頼され、ターゲットを殺すのが仕事。それはもう何百年も前から繰り返されてきた。そして、現頭領である私達の父シグマも・・・。だけど、異変が起きた。私達の兄であるシヴァは『カムイ』を抜けた」


「兄?」


「そう・・・私達には優しかった兄・・・でも突然戻らなくなり、次に名前を聞いた時には信じられなかった・・・『十』の1人、『神威』のシヴァってね」


「!『十』だって?」


「ええ・・・ターゲットに返り討ちにされたり、暗殺が嫌になって抜けるならまだしも、不可侵とされてきた『十』に名を連ねる兄に父は激昴した。そして、暴走し始めた。私はもう無理と判断されたが、シーラは・・・幼いシーラは違った。決して裏切らない・・・殺人人形を創る為に父はシーラを洗脳し始めた」


目を瞑りシーラが過ごした日々を思い起こす。父に逆らえず、妹が洗脳するさまを見ているだけの日々


「ずっとずっとずっと・・・私とすら会話も許されず毎日のように父に洗脳され続ける・・・やがて自分を無くし父の言葉だけが唯一の世界になる。この子はね・・・この歳でもう何人も殺してるの・・・父の命令を受けて遂行する・・・それがこの子の全てだった」


シーラを抱きしめる腕に力が入る


「私がこの子に出来る事は・・・代わりにターゲットを殺すことくらいしか・・・なかった。そして、あの依頼が来る・・・私の居ない時に来たその依頼、白羽の矢が立ったのは知っての通りシーラ。肉壁になる者達を付けて向かわせた。不可侵であったはずの『十』であるアムス暗殺の依頼・・・受けたのは金ではなく、兄への見せしめとかでしょうね。依頼があれば『十』でも殺すぞ・・・てね」


暗闇に慣れてきたのかシーリスとアシスは目を合わせる。お互いの表情は対照的だった。シーリスは自虐的に笑いアシスは眉を顰めている


「そこからはあなたも知っての通り・・・父から離れたからか分からないけど洗脳が薄れ、依頼を拒絶したところにあなたが現れた。まるで救世主ね・・・やりたくもない殺しの依頼から救ってくれた。恐らくそれでシーラはあなたに本能的に依存している。あなたと居れば地獄に戻らなくていい・・・洗脳されないで済む・・・そう感じているはず」


「ただ単に洗脳が薄れただけじゃ・・・」


アシスの言葉に首を振って答えると、シーラの頭を撫でた


「ガーレーンであなたが居ない時、シーラは元の洗脳状態に戻っていた。兵に囲まれ、リオンが戦ってる時に私は逃げる算段をシーラに話し、シーラはそれを悩む素振りも見せずに了承した。分かる?この子がリオンを置いて逃げようとしたのよ?」


「まさか・・・そんな」


「でしょ?でもね、あなたが現れたら、明らかに表情が変わった・・・あなたが居ると洗脳が解け、あなたが居ないと洗脳状態に戻ってしまう。このままではこの子の精神は・・・壊れてしまう」


「・・・連れて帰るのか?」


「さて・・・ね。今回の件で『カムイ』を動かした。もう連絡は行ってるでしょう・・・それを聞いた父がどういう反応をするか・・・」


「俺が守ると言ったら?」


「それはお笑い草ね。現に守れなかった人の言葉じゃない。ペラッペラの宣言を信じれるほど簡単な状況じゃないわ。最初に聞いたわよね?シーラとナキスどっちが大事か・・・どっちも大事と答えたあなたにシーラを守れるはずがない!」


シーリスがギュッとシーラを抱きしめるとシーラが少し声を上げる。それを聞いたシーリスがシーラの顔を覗き込み意識を確認する


「なあ・・・本当にシーラは洗脳されてて、俺と居るとその状態にはならないのか?」


「私が嘘を言ってるとでも?」


シーラから目線を切りアシスを睨みつける。アシスは首を振り静かに話し始めた


「なら何故俺に言わなかった?知っていれば今回みたいにならなかったかもしれない」


「言える訳ないじゃない・・・洗脳されてるなんて知れたら・・・」


「つまり信頼はしてないが、信用はしてた訳だ」


「え?」


「だってそうだろ?シーラを守ってくれると信じてた・・・信用してた。でも洗脳の事は話せない・・・信頼してないって事だろ?」


「・・・何が言いたいの?」


「シーリスなら分かるだろ?情報の多さ確かさが如何に重要なのか知っているお前なら」


「なに?私のせい?確かに私も責任を感じてるわ。でも守れなかったのは・・・」


「お前のせいだろ?シーリス」


アシスは瞬時に移動し、かがみ込んでシーリスと顔を突き合わせる。驚きで目を見開き目の前のアシスを凝視するシーリスに対しアシスはその目をまるで見透かすように見つめ返した


「お前は俺も・・・そして、シーラすらも信用せず1人で抱え込み、結果()()()()()。暗殺者として誰も信用せず孤独に戦ってきたかも知れない。1人で妹を守ってきたからかもしれない。でも・・・同じ時間を共有して少しは俺を理解してるはずだ。だから・・・少しは信用して手を伸ばせよ。頼れよ。そしたら俺は、シーラも・・・お前も守ってやる!」


アシスが叫んだ後、静寂が小屋を包み込む。アシスを一方的に拒絶せず、洗脳の件まで話したのは本能的に守って欲しかったのか・・・『カムイ』を離れ4人で過ごした安息の日々は心地良かった・・・シーラの為だけではなく、自分の為にも・・・


シーリスは決して長くはない期間を目を閉じて思い起こす。自然と笑みがこぼれる自分に驚きと答えを見たような気がした。目を開けるとアシスと目が合う・・・急に照れくさくなってしまい悪態をつく


「・・・お前って呼ぶんじゃないわよ・・・クソガキ」


お互い笑みを浮かべるとアシスが少し目線を落とし、慌てて逸らすとマントを外しシーラにかける


「・・・見たわね?」


何を・・・は言わずに問い質すと口ごもりながら呟いた


「・・・黙っててくれたら何か奢る・・・」


立ち上がり後ろを振り返りながら言うアシス。それをジロリと睨み、ふと視線を落とすとシーラの顔が少し赤くなっているのに気付く。眉を片方上げてシーラを観察した後、ニヤリと笑いアシスに声をかける


「ねえ・・・状態によってはシーラと一生添い遂げないといけなくなるけど・・・それでも守ってくれるの?」


洗脳という言葉を出さずにアシスの覚悟を聞く。先程までとは違い、質問の意図はアシスを試すものではない


「シーラが嫌でなければ・・・な」


「あら?そういう言い方は卑怯よ?相手がどうこうではなく、自分の意志を語ってくれないと・・・」


「なぜおま・・・シーリスにそこまで言わないといけない?・・・今回の責任もあるし・・・」


「責任?確かに傷ついてはいるけど、シーラはまだ生娘よ?」


「なに?」


「!」


アシスの中では既に陵辱されたと決めつけていた。裸にされ、攫われてから時間も経過している。なので、陵辱されていない事に驚きの声を上げるのと同時に、シーリスの腕の中で意識のないはずのシーラが微かに動く


「私が得た情報からここに辿り着いた時にはシーラを残してもぬけの殻・・・まるで慌てて逃げ去ったように何もかもほったらかしてね。両腕は折られ、顔も腫れているし、足も傷ついているけど・・・断言するわ・・・生娘よ!」


何故か誇らしげに叫ぶシーリス。また腕の中で動くが、アシスからは暗くて見えていない


「あなたが私の居ない間に手を出してなければね!」


「まだ出してねえ!」


「まだ?」


シーリスのニヤニヤは止まらない。いつの間にか深刻な話は妹と彼氏未満の男の恋話へと変わっている


「あ・・・いや、その・・・」


「ハァー、歯切れの悪い男ね・・・さっきまで『守ってやる!』とか息巻いてたのに・・・なに?犯されてなければ、責任は取らなくていいから添い遂げられないとでも言うの?」


シーリスの腕が掴まれる。だが、それに気づいてないように無視をし、アシスの返答を待った


「俺は・・・」


グッと力がこもる。腕が折れて力が出ない状態なのに、それだけの力を出すということは痛みを忘れてアシスの言葉に集中しているからだった


「アシス!シーラはどうなんだ!」


バン!と大きい音を立ててドアが開かれ、リオンが小屋に入って来た。長い時間外で待たされ、痺れを切らし思わず入って来てしまったのだ


「大丈夫だ・・・待たせて悪かったな」


この時ばかりは、ナイスリオン!と心の中で呟き、答える。そして、外にはナキス他、捜索に協力してくれた面々がまだいることを思い出した


「・・・シーラの服を取ってくる」


マントで隠しているとはいえ、そのままの状態では運べない。言って外に出ようとするアシスにシーリスが声をかける


「答えを聞いてないわよ?」


その言葉に足を止め、しばらく考えて言葉を捻り出した


「共に歩み、そして、守る。絶対に」


そう言い残すと小屋の外に出て行った。それを見つめるシーリスの目はいつの間にか穏やかなものになっていた。腕にかけられた力も緩み、ひとまずはここまでと納得する


「あーあ、聞きそびれちゃったな・・・まっ、ほぼ答え・・・よね?」


誰に尋ねる訳でもなくて、そう呟くと優しげな表情でシーラの頭を撫でた


「???なんだ?答えって?」


リオンは話が読めず頭の中を?で一杯にしていた。1人蚊帳の外なのが寂しくなり、シーリスの方を見るが、返ってきた答えは・・・


「なんでもないわ・・・バカリオン」


「なっ!」


タイミングの悪い男をほっとき、これからの事に思考を巡らせる。2人のことは2人でゆっくり育めばいい。だが、障害はいくつかある。今回の拉致がシーラを狙ったものなのか?狙ったのならそれは誰か?そして、それを知った『カムイ』がどう動くか・・・問題は山積みだ。タイミングの悪い男が何か喚いているが、それにかまけている時間はシーリスにはないのであった


────


「助かった・・・ありがとう」


俺は小屋の外に待機していた全員に頭を下げる。大分人数も減り、現在はナキスと近衛兵10名とグロウと・・・グロウの仲間とソルトとディーダだけになっていた


「それで、シーラの容態は?」


「1番重症なのが両腕。折れているらしい。後は顔と足に傷がある・・・とりあえず服を取ってくる」


「いや、それには及ばない」


ナキスが近衛兵に合図すると、1人の近衛兵が服をこちらに渡してきた。準備が良いな


「何から何まですまない」


「晩餐会での出来事・・・しかも、列席者の不始末もある・・・こちらの不手際だよ」


いつになく硬い表情のナキスが気になるが、受け取った衣服を届けに中に戻り、シーリスに渡すとリオンと共に小屋を出た


「犯人は?」


シーラの救助は終えたが、シーリスの話だと現場に犯人は居なかった。相手の目的次第では何かしらの対処が必要だ。ナキスは顎に手を当て、言うか言わないか迷っている感じだ


「・・・5人の男が網にかかった。街の外に出ようとしており、称号を持たない荒くれ者・・・泳がして首謀者を・・・とも考えたけどね。逃げられたら本末転倒と思い捕まえることにしたよ」


「そいつらがやった証拠は?」


「まだないね。でも、グロウが質問した時に明らかな動揺が見て取れたらしいから、十中八九犯人だろうね。僕もその場にいたけど、表情も変わった」


便利だな・・・外面は繕えたとしても、内面までは難しいし、余程訓練されてなければ見抜けそうだ


「シーラと言う固有名詞と攫うと言う言葉に強く反応していました。その事からも明らかにシーラさんを狙っての犯行だと思われます」


グロウが言うと周りも頷く。確かに無差別なら名前で反応しないだろう・・・まあ、シーラから名前を聞き出していたら分からなくもないが・・・


「首謀者がいる・・・か」


「恐らくは・・・しかし、尋ねても答えは『知らない、分からない』の一点張りで、金の受け渡しも『前金で貰っている』との事でした。嘘をついてるようには見えませんでしたけど、成功報酬ではなく前金というのは・・・」


ふむ・・・素直に答えてるか分からないが、疑問が残るな。金は受け取ってるのに、依頼して来た奴を知らない、分からないと言い、そもそも先に金を渡したら、実行しないでトンズラされたりしないのだろうか?


「尋問は続けるよ。これ以上何も出ないとは考えにくいしね。あまりにもずさんな計画なのにまんまと攫われてしまったのが気にかかるんだよね」


確かに・・・不可解な点が多すぎる。シーラを狙ったのであれば、外に誘い出したマベロンの大使って奴も怪しいか?そう言えば・・・


「王城の近辺なのに誰も見ていなかったのか?」


メディアの要人達が集まる晩餐会。城の周りに警備兵が居るはずだが・・・


「それについてはすぐに判明したよ」


1枚の紙をこちらに見せる


「東の警備隊長に宛てられた命令書。西に警備に着くよう書かれている・・・しかもご丁寧に王印も添えてね」


「王印?」


「玉璽の底は公文書と分かる為に押す印となっている。それを押された文書は王の命令と等しくなる為、偽造が難しいように複雑になっているのだが・・・」


「玉璽って何個ある?」


「12個」


多いな!そんだけあれば、誰が押したか分からないだろ


「ただし、メディアには2個・・・しかも1つは半分になっているがね」


懐にある玉璽の欠片を確認する。大丈夫・・・あるな


「もう1つは?」


「それも僕が持っているよ。最近父の代わりに公務をこなしているから、借り受けている。つまり、実質僕が押さない限りは有り得ないんだよね」


「押したか?」


「君がそれを聞くかね?」


「ただの確認だ・・・そう突っかかるな。だとしたら・・・偽造もしくは・・・他国の介入?」


「考えたくないけど、そうなるね」


偽造もヤバイが他国の介入もヤバイ・・・何の為にシーラを?『カムイ』が動いたと漠然と考えていたが、どうやらそうではないらしい・・・何が起きてるんだ・・・


後ろの方でガチャと音が聞こえ、振り向くとシーリスに肩を借りながらシーラが出てきた。ナキスが用意した服は腕が折れてて袖を通すのが困難だったのか、一部服を改造していた・・・後でナキスに弁償しよう


日が昇り始め少し明るくなってきたから分かるが、やはり顔色が悪い。こちらを見て少し微笑むが、力なく今にも倒れそうに見えた


ふと視線が俺から外れると、微笑みから強ばった表情に変わる


「シーラ?」


訝しげに訪ねるが、答えはない。視線の先を追うとそこにはナキスが居た。もしかしたら、服を破いた負い目?あー、ドレスも破かれたのか・・・


「ナキス・・・服はドレスも含めて弁償する」


俺が頭を下げて言うが、ナキスは首を振る


「そういう事じゃないんだ・・・アシス」


え?もしかして、世界で1着しかないとか?母親の形見とか?・・・不味いな・・・手持ちでなんとか勘弁してくれないかな


「シーラと君に謝らなくてはならない・・・」


「謝る?何を?」


「王子!」


シーラが必死に叫ぶが、ナキスは片手を上げてそれを制す。そして、俺に向き合い目を見つめながら言った


「シーラに・・・君の元から去ってくれとお願いした・・・いや、命令した」


「え?」


「リーレントでシーラを呼び出したのは覚えてるかな?その時に言ったんだ。『アシスの元から去ってくれ』とね」


「は?何言ってんだ・・・なぜそんな事を・・・」


「彼女は『カムイ』だ。いつ君に牙を剥くか分からない。だから、君のそばにいるのは危険だと判断した」


「まさか今回の件も・・・」


「それは違う!僕ではない!」


「・・・なんでだ・・・なんで・・・」


「言ったろ?『カムイ』だからと」


「お前は俺に言ったよな?ロウ家の呪いだのなんだのと・・・そのお前が『カムイ』と言う名前に縛られてどうする?『カムイ』のシーラではなく、シーラを見ろよ!」


「・・・それでも・・・少しでも疑いがあるのならば排除する・・・」


「そうか・・・そうかよっ!」


俺の拳はナキスの顔面に当たり、ナキスを吹き飛ばす。一瞬、周りの者達は何が起こったのか分からずに固まっていた


「頭を冷やせ馬鹿野郎が」


「き・・・貴様ー!」


「アシス!」


「待て!」


俺が呟くと近衛兵が剣を抜き、襲いかかって来る。心配するシーラの叫びの後、ナキスが近衛兵達を制止した


「若!」


近衛兵のジェイスがナキスを振り返り、制止に対して抗議する。しかし、ナキスは口から出た血を手の甲で拭うと立ち上がり、こちらを見据えるだけでその抗議には取り合わなかった


「公衆の面前でロウ家を殴るとは・・・正気か?」


ロウモードのナキスが威圧しながらこちらを見る


「ご希望ならもう二三発殴ろうか?」


俺が鼻を鳴らしながら言うと、ナキスは踵を返し後ろを向いた後、近衛兵達に命令した


「捕まえて牢屋に入れておけ」


「若!?」


「聞こえなかったのか?」


「くっ・・・全員で取り押さえろ!」


俺は抵抗することも無く近衛兵に捕まる。ちょうど体力の限界も近かった・・・牢屋でゆっくり休むとしようかね


────


「ロウ家殴り飛ばしておいて、投獄だけですか?」


ナキスの後に付き添って歩き、後ろから声をかける者がいた


「グロウか・・・何が言いたい?」


「そうですね・・・なぜ嘘をつかれたか・・・お聞かせ願えますか?」


「嘘?」


立ち止まり、後ろに付き添うグロウを見た


「ええ。あの時・・・シーラさんに言った言葉と言うお話をされている時に嘘をおつきになられていると感じたものですから・・・」


グロウの指摘している部分・・・それはシーラをアシスの元から去らせる理由を話している時


「君には嘘はつけないね・・・」


ナキスが手を上げると護衛の近衛兵が離れていく。声の聞こえないくらいまで離れるとナキスはグロウに向き直る


「で、それだけを聞きに来たのではあるまい?」


「・・・お察しの通り、ナキス様にお願いしたい事がございまして」


「続けよ。君には今回かなり助けられた。ある程度の事なら聞こう」


「まずはアシスさんの助命・・・これはする必要はないと感じてはいますが・・・」


ナキスはフッと笑い首を振る


「命を奪うつもりも罪を問うつもりもない。公然の前で殴られたのに無罪放免では示しがつかんからな。形上の投獄だ」


「なれば・・・私にアシスさんを勧誘する許可を頂きたいかと・・・」


その言葉に反応しグロウを見つめるナキス。目は閉じられている為、思考を読むことが出来ない


「『二対の羽』にか・・・」


ナキスには構想がある。アシスを将として招き入れ、戦争を止める。その際にセーラとアシスが結婚し、アシスがメディアの王になるという所まで考えていた。しかし、傭兵団に加入してしまうとその構想から外れる可能性がある


「はい。私にも頼れる仲間達はいます。しかし、(つい)となる者はおりません」


「それがアシスであると?」


「アシスさんに初めて会った時、彼ほど淀みのない者を見た事がなく思わず声をかけてしまいました。そして、知れば知るほど彼が如何に優れているか思い知らされました。阿吽家家主、ガーレーンでの活躍、ロウ家で在られるナキス様と知己を結んだとも・・・」


グロウは頷き答えると、その答えを聞きナキスが目を細める


「よく調べているな・・・して、そのアシスを得て何をする?」


「私はしがない傭兵です。ですが、夢があります」


「夢?」


「傭兵という立場では到底叶いませんが・・・争いが起きない世を創るという夢が・・・」


「・・・」


「大言を吐きました。しかし、それに近付く為に先ずは傭兵団を強くし、争いを未然に防ぐ抑止力となれれば・・・そう考えております」


「ヘタな者が語れば一笑に付すところだが・・・」


今回の件でのグロウの働きは見事だった。ナキスの命令の不備を指摘し、傭兵団を動かし、相手の嘘を見抜く・・・シーリスの伝手が強力ではなければ、見つけていたのはグロウではないだろうかとさえ思う


立場は違えど同じ志を持つ者に出会え嬉しい反面、アシスの事で複雑な心境になる


「アシスは僕のものじゃない。好きにするがいい」


恐らくグロウにはこの複雑な心境が伝わってしまってるのだろうなと考えながら踵を返し王城へと帰るのであった

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