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3章 4 晩餐会2

色々とあったが会場に入り、現在控え室で猛省中であります。そりゃあもうシーリスとシーラから怒られました。ロウ家に対しておでこニョーンなんて前代未聞ですよ


「僕が護衛を頼んだ時に詳しく話さなかったから・・・」


「いえ、ナキス様。それとこれとは話が別です!これからの事を考えるとここはみっちり仕込むべきです」


何故にここまでシーリスが教育ママさんになってるんだ?ナキスのフォローを袖にして、鼻息荒く捲し立てる


「まあ、それは晩餐会が終わってからおいおい・・・」


「それでは手遅れです。本日来られている方々にこれ以上の恥をさらすなど死と同等・・・いえ、それ以上です」


晩餐会終了のお知らせ


いや、まだ何も食べてないんだけど!?


「なるほど・・・ね。シーリス、これは決定事項だ。アシスにはセーラの護衛に付いてもらう」


ナキスの瞳がキラーンと光り、シーリスへの最後通告。よし、飯は近づいた


「ぐっ・・・」


これ以上何を言っても覆らないのが分かったのか、シーリスは口を閉ざす。シーラも少し元気がない・・・思った以上に俺のやらかしはダメだったみたいだ


「お兄様?わたくしの意見は?」


「何かあるのかい?セーラ」


ナキスの控え室だが、セーラも先程の件のせいか同じ部屋に居た。シーラとセーラ・・・名前被っとる


「わたくしは護衛の変更を望みます」


「なぜ?」


「なぜって・・・お兄様、わたくしに対して『おでこニョーン』などと発言した人物をわたくしが護衛にしたいとお思いで?」


おでこニョーンがおでこニョーンと言った時、必死に腹筋に力を入れて笑いを堪える。いや、マジで勘弁してくれ


「セーラ・・・彼が最適なんだ・・・頼む」


「・・・いいですわ・・・彼が平伏して『護衛させてくだ・・・』」


「セーラ!」


ナキスの突然の大声にビクリと肩を震わせたセーラ。あ、泣くなこれ、うるうると瞳に涙を貯めていた


「なんですの・・・そんなお兄様なんて・・・嫌いよー」


最後の語尾が年齢相応になり、泣きながら部屋を出て行くセーラ。ヤレヤレといった感じでナキスがその後を追う。問題は現在晩餐会の会場では人が入っており、食べ物を食べてお喋りしている・・・果たして食事は残っているのだろうか・・・


────


「セーラ」


本来のセーラの控え室に入ると、椅子の肘掛に縋るようにして座っているセーラが居た


「セーラ・・・僕のワガママですまないが・・・」


「違うのお兄様・・・わたしはお兄様の友達にもあんな態度を取ってしまう自分が分からないの・・・」


「!」


セーラは揺れていた。ロウ家の者として生まれ育ち、全ての者がロウ家として、王女として扱ってくれる世界。そんな中で兄に友が出来た。同じロウ家である兄にロウ家ではない友。友とは何か、ロウ家とは何か、わたしとは何か・・・そんな思考の渦に捕らわれ、心が激しく動揺し揺れていた


齢15の少女には価値観を変えるには早すぎ・・・もしくは遅すぎた


晩餐会に顔を出すタイミングはとうに過ぎている。ならばとナキスは腹を括る


「もう時間が無い・・・だから率直に言おう。僕はアシスを・・・将として迎えたい」


アシスを将に。つまり軍部に迎え入れようとしているという意味。それはアシスの立場・・・阿家家主を引き入れる事となる


「!・・・お兄様それは・・・」


ナキスからアシスの事を聞かされているため、セーラにもそれがどんな事になるかは容易に想像が出来た


「ああ・・・もしかしたら、それが火種となり戦争となるやも知れん。阿吽家の者を家臣にしないのがロウ家にとっての不文律・・・只でさえ僕は『十』の王・・・まるで全ての力を欲してるように見られるだろうね。だが・・・僕はどんなに蔑まれようとも、恐れられようとも・・・戦争を無くす為ならなんでもする!だから僕は・・・セーラとアシスが結婚し、アシスがこの国の王となり平和に導く(しるべ)となる事を望んでる」


「・・・」


「僕がレグシをアシスとセーラでメディアを率い、後はマベロン国と同盟を結ぶ・・・三国に対して三国で楔を打つ・・・それが兄としては最低の・・・ナキス・ロウとしては最高のシナリオ」


「あの方・・・アシス様はそこまでの?」


「ロウ家の(ことわり)から外れ、ロウ家を討つ宿命を持っている。僕が描いたシナリオの最後のピース」


その言葉を聞き、セーラを立ち上がる。そして、ナキスをじっと見つめ、口を開く


「お兄様がレクシ女王と婚約されると聞いた時から覚悟はしていました。お父様の次の王はわたしになると・・・」


凛とした表情で話すセーラはさっきまでの少女とは思えない程大人びていた


「結婚する相手も・・・お父様かお兄様がお選びになった相手とする他ない事も承知しておりました・・・でもあの方なら・・・」


「ん?」


「コホン・・・いえ、なんでもありません。しかし、アシス様は女性の方を連れていらしたみたいですが?」


最後の方が聞き取れなくて聞き返すも誤魔化された。そして、あまり触れられたくない質問が来る


「それは・・・今更取り繕っても仕方ないね・・・正直に話そう」




時はレグシ国に赴き、リーレントに到着した後、宿の部屋にシーラを呼び出した。そして、開口一番


「君はアシスが好きかい?」


呼ばれた理由が分からず緊張していたシーラに対しての一言


「・・・何を・・・」


質問の意図が分からず答えられないシーラに対して、ナキスは話を続けた


「君がアシスを仲間として見てるだけなら何も言うまい。だが、もし男として見ているならやめて欲しい・・・いや、やめるんだ」


眼光鋭くシーラを射抜き、有無も言わさぬ命令口調へと変える。ナキスらしからぬ行為だった


「・・・王子それはどういう・・・?」


意図を問いただそうと言葉を出そうとするが、ナキスの前で思うように口が回らない


「そう僕は王子だ。王子に人の色恋にケチをつける権限などない。しかしことアシスの件は国家に・・・大陸に関わることとなる」


「・・・」


「内容は全ては話せない・・・が、仲間としてではなく、男として好きなら少し話しても良い」


「わたしは・・・わたしは・・・」


ナキスは忘れていたかのように溜まった息を吐き、少し表情を緩める。目の前の少女の気持ちを考えると酷い奴だと自分で思う。しかし、心を鬼にして告げる


「アシスは僕の妹、セーラと結婚してもらおうと考えている」


「え?」


「それには君という存在が・・・邪魔だ」


ハッキリと告げられた言葉に意識を失いそうになる。やっと見つけた居場所。普通の女の子として、生きていける場所が奪われてしまう・・・そんな思いが頭の中を駆け巡る


「酷な言い方をしてすまない。もちろんアシスがセーラを好まなかったりしたら、話はなくなるかもしれない。しかし、僕は本気だ」


長い沈黙・・・その後に発せられたシーラの言葉は・・・


「わたしとアシスは仲間・・・それ以上でもそれ以下でもありません」


「そうか・・・ありがとう・・・」


これがリーレントの宿の一室で行われた過去の会話




「シーラ様はご納得されたのですか?」


時は戻り晩餐会会場の控え室。セーラがナキスに尋ねると首を振り答えた


「表向きは・・・女心は僕には難しいね」


その答えを聞いて腰に手を当て鼻息荒く宣言する


「なら・・・シーラ様はわたしのライバルですわね!お兄様の夢を叶える為・・・ドーンと任せて!」


表情も話し方も年相応に戻ったセーラはニカッと笑った。決して望んではいない状況にも関わらず、笑顔で言うセーラにナキスは驚きを禁じえなかった


「僕は良い妹を持ったものだ・・・晩餐会の会場の雰囲気は恐らくは既に冷え冷えだね・・・灯しに行こうか・・・希望の光の第1歩を」



────


ナキスによってセーラも大分持ち直したようだ。俺を見る目も見下したような感じから変わった気がする


「行こう・・・父上が場を持たせてくれているとはいえ、限界がある」


国王の皿回しとかやれば相当持つんじゃないか?と冗談を頭の中で浮かべながら歩いていると肘に柔らかい感触と共に誰かの腕が絡みついてきた


「ん?」


シーラが何か用があるのかと思い横を見るとおでこが見える・・・???


「あなたはわたくしの護衛でしょ?離れていては護衛にならないのでは? 」


さっきまで俺に護衛されるの嫌がってるように思えたが・・・どういう心境の変化だ?ナキスに洗脳でもされたのか?


「いや、まあ、そうだな」


なんと返事していいか分からずに、そのままの状態で会場まで向かう事となってしまった。セーラはニコニコしているが、俺はプチパニックだ


会場入口の扉の前でナキスはこちらに振り返り、満面の笑みを浮かべ言い放つ


「さあ、ここからが本番だ。僕にも今後どうなるか想像が出来ない。それでも歩みは止められない。────戦争を無くすために!」


力強く扉を開け、会場の光が廊下に差し込む。そして、前に立つナキスは影となり、光の中へと進んでいく────


────


今回の晩餐会、出席者には前もって『ナキス王子より報告がある』とだけ聞かされていた。皆の予想の大半は王位継承。次点で婚約披露・・・様々な憶測もあったが、その2つが有力だった。しかし、発表されたのは婚約は婚約でも、お隣の国レグシ女王との婚約・・・誰もが想像を絶する発表に言葉を失っていた


権力者達は様々な思惑を巡らせる


その中で特に重要度の高い関心は、王位継承


第1王子であるナキスが隣国の女王と婚約する。それは王位継承権の放棄にほかならない。すると第2継承権を持つセーラ王女が第1となり、他に子が居ないため、唯一無二・・・次期王の確定であった


大臣職は世襲制ではない。より能力の高い者が選出される。しかし、決定権はその時の王・・・つまり王の覚えが良ければ、能力云々ではなくとも大臣職につける可能性がある


太守は世襲制。軍を持ち、統治を行う事から、ロウ家と同様に一族で統治する方が安定する。もちろんロウ家の方針に則っての統治だが、ある程度の裁量は任せれている


大使、小役人は世襲制ではなく、1代限りとなる


現在、ナキスの発表を終え、立食形式の食事中


動くことが可能な状態なので、人がハッキリと分かれる。世襲制か世襲制ではないか。ナキスの元に東西北に配置された太守らと現大使が集い、大臣、大使候補などは国王とセーラに集う


更にセーラには、ナキスの懸念通り次代の王位を狙った若者が群がる。元々見目麗しき王女・・・人気はあったが現在は第1継承権までついてくる。外聞など気にせず必死なアプローチ合戦が続く


「おーおー、凄いことになってんな」


セーラから離れた場所でテーブルの上にある食事を手にリオンが呟く


「こんな豪華な食事に目も向けず・・・大したものね、出世欲って」


シーリスも食事を手に取り、呆れながらその光景を眺める


「んぐ・・・くはー、喉に詰まった食事を高級な酒で流し込む・・・こんなの一生の内、何回できるか・・・」


「あんた・・・要人護衛の名目で来たんじゃないの?」


「名目なだけだ。誰かれ護れとも言われてない」


酒を飲むリオンにジト目で睨むシーリスに、また口に詰め込みながら答える


「私も名目は警護で来たんですが」


突然後ろから声をかけられ、振り向くとそこには1人の男性が佇んでいた


「・・・誰?」


晩餐会に似つかわしくない傭兵の格好をした男に、後ろから急に声をかけられた事に少し苛立ったシーリスが尋ねる


「失礼。私は『二対の羽』のグロウと言います。こちらにシーリスさんとリオンさんがいらっしゃると連れに聞き、挨拶をと思いまして」


その名を聞き、シーリスはシーラがギルドで会ったと言っていた事を思い出す


「あー、あんたが」


「身分不相応の場でお話出来る相手もおりませんでして・・・アシスさんとシーラさんはお元気で?」


「・・・なんで2人の名が出るの?」


物腰の柔らかいグロウだが、何かを探るような物言いに警戒心を持つ


「そう警戒しないで下さい。あなた達4人は有名ですよ。突如フレーロウに現れた赤の称号の4人組・・・傭兵団未加入というのも手伝ってギルドでは隠れた争奪戦の真っ只中です」


「あら?傭兵団に加入するなんて一言も・・・」


「加入する気はあるぞ」


シーリスがないと言おうとしたが、それをモグモグさせながらリオンが被せた


「何よ・・・私達に相談もなく」


「いや、話の流れで傭兵団の加入もありだと話しただけだ。具体的にこれからの事を話そうとした矢先にマント事件が起きたからな」


アシスとリオンで話していた時はナキスからの依頼が来る前。依頼をこなした後に話す予定だったこれからの事もウカイのせいで有耶無耶になっていた


「なんだ・・・除け者にされたかと思ったわ」


「まさか!一生添い遂げるつもりだが?」


「それはお断りよ」


「ははっ、仲がよろしいことで」


まるで会話に入れないグロウが呟くと、あっという顔をして、シーリスがグロウに向き直る


「ごめんなさいね。でも私達を勧誘しても無駄よ?決めるのはアシスになるから」


「・・・そのアシスさんはどこに?」


「ああ、あそこ・・・って言っても見えないんだっけ?セーラ王女の護衛をしてるわ」


アシスのいる方向に指さしたが、シーラから目が見えない事を聞いていたのを思い出し口で説明する


「王女の護衛?・・・それはまた・・・」


一介の傭兵がするような任務ではない。一瞬からかわれているとも思ったが、彼ならばあり得ると思い直す


「アシスと話せるとしたら、晩餐会後ね。王女が退室したら、残るかも知れないけど・・・ところであんたはなんで居るの?」


自分の事を棚に上げて、傭兵がこの場にいる違和感に突っ込む


「それが・・・最初は警護依頼と聞いていたので、こんな格好して仲間たちと来たのですが、実はある村を救った事がナキス王子の耳に入り、それで今回の晩餐会に招待してくれたらしいのです。そうとは知らず仲間たちも同じ格好で来てしまい、こんな格好の集団が会場に入るのは難しいと言われ、私と副団長だけが入る事を許された・・・という顛末です」


「はあ?何よその伝達ミスは・・・ギルドの怠慢じゃない」


「ええ・・・その伝えて来たギルド職員もここに来ているみたいなのですが・・・」


「・・・だれ?」


「マクトス・・・と名乗っていました」


「ああ・・・ね」


彼ならやりかねないとシーリスとリオンも納得してしまう。権力者と女に甘いが、男への対応はかなり雑・・・それがマクトス


「それにしても・・・あちらの方はかなりの熱気を発していますね」


目を閉じた状態で顔を王族がいる方向に向けて呟く


「ええ、雛鳥が餌欲しさにピーチクパーチク口を広げて踊ってるわ」


「ふふ、それは想像しやすい」


シーリスは呆れ、グロウは微笑み、リオンは食べながら事の成り行きを観察するのであった


────


ええい、ウザイ!


ナキスの言葉が理解出来る。有象無象が押し寄せて、セーラを口説きにかかってくる。俺が睨みを効かせても、関係ないと言葉を続ける


セーラもセーラだ


話しかけてくる奴らを適当にあしらい、俺にニコニコ笑顔で話しかけてくる。その際の周りの嫉妬の目が痛い


囲まれて足を踏まれたり、肘を当てられたりと我慢の限界を迎えようとした時、ふと1人の男に目がいく。セーラ様ーセーラ様ーと人垣の後ろでピョンピョン跳ねながら叫ぶその姿には見覚えがある


「くぉの」


思わず拳を握り口の端をヒクヒクさせて睨みつける先には奴────マクトスが居た。見知った人物という事もあり、あいつなら殴っても問題あるまいと鬱憤を晴らしに近付こうとした時、後ろから肩を掴まれた


「ああ?」


「お、おいおい、そうとんがるなよ。大変そうだと思い労いに来たのに・・・」


肩を掴んだのはソルトだった。威嚇しながら振り向いた為、焦って肩から手を離し、冷や汗をかいている。今はお前の相手を・・・いや、待てよ


「ソルト・・・お前には貸しがあったな」


「ん?ああ、なんだ?今返せってか?」


「ああ。あそこにいる奴を追っ払ってくれ」


ソルトは俺の視線の先を追い、見知った顔を見つけるとニヤリと笑う


「お安い御用だ。そう言えば舐めた口のお礼をしていなかったからな。今回は貸し借りなしで引き受けた」


そう言うと悪い顔を出すしながらマクトスに近づく。ソルトに気付いたマクトスは青ざめた顔をして目線を逸らす。フハハハハ、こってり絞られろ


ソルトに肩を組まれ、人垣から離れていくマクトス・・・君の勇姿・・・は見たことないが忘れない


邪魔者を退け、意気揚々とセーラの元に戻ると、いきなり飛び付いてきやがった


「護衛が離れてどうする?」


「あ、ああ、すまない」


抱えている状態で答えると、視線の先にシーラの姿が見えた。中庭の方に進んでおり、もしかしたら食べ過ぎて中休みか?羨ましい


「これ、どこを見ている?話は終わっておらぬぞ」


頬を膨らませて睨むセーラを下ろし、ハイハイと言いながら周りに目を向けると・・・殺意の目に囲まれていた・・・なんなんだよ、この状況は・・・


────


中庭に出たシーラは暗くなった夜空を見上げ1人黄昏ていた。何かを考える事も食事をとることも人と話す事も煩わしいと思い、何も考えずただボーと空を見上げる


思考を停止してるにも関わらず、誰かの顔が思い浮かび、首を振ってそれを振り払う・・・その繰り返しだった


思い浮かぶのを避けるために、中庭に出て来たのに・・・とシーラは心の中で呟く


「お一人・・・ですか?」


やっと1人になれたと思ったら、突然背後から話しかけられる。正直相手をしたくはなかったが、無視するのも出来ないと思い仕方なく返事をする


「・・・ハイ」


それ以上の言葉は出ない。察して1人にさせてくれと願いながら目も合わさず答えるが相手には伝わらなかったようだ


「私もこういう人の多い場所が嫌いでね。私はマベロン大使のニコラスと言います。もしよろしければお名前を聞いても?」


大使には2つの種類がある。1つは自国の街の大使。街の統括が主な仕事となり、王家の指示に従い街の運営を行う。軍は持たず権限もあまりない。村で言うところの村長と言ったところだ。もう1つは他国に派遣している大使。各国の首都に屋敷を構え、その国の情報を(つぶさ)に自国へ報告する。派遣先の国から頼まれたり、自国に有益な情報を流したりと情報収集能力と判断力を要する役となる


「・・・シーラデス」


その答えにニコラスはほくそ笑む。通常こういった席での名乗りには、役職と名前を言うのが常である。返ってきた答えが名前のみとなると、お持ち帰りしても問題ない人物と判断できる。更にシーラの様子から精神的に異常・・・ダメージもしくは焦燥などが見受けられる事から攻略も容易と判断する


ここからニコラスの大攻勢が始まる────


ニコラスの話に全く耳を傾けていないシーラには同じ言語で話しているとは思えなかった。断片的に聞こえてくる言葉も意味をなさず、ただ呆然とニコラスの発する音を聞いている感じだった


思考を停止しているお陰で、何を話しているのだろう?という疑問すら湧かずに、ただただ聞き流している


しばらく返事もせず聞き流していると、あまりにも得意気な顔がおかしくて、クスッと笑ってしまった


ニコラス的には好機!と判断したらしく、更に畳み掛けシーラの手を握る


ターゲットではない相手である為、特に反応を見せないシーラに、ニコラスは攻略完了と心の中で呟き、晩餐会からの抜け出しを提案する


特に拒絶もない為、恥ずかしい故の無反応と解釈し手を引き中庭の奥へと進む


ここ中庭には晩餐会会場とは別の部屋へと繋ぐ通路も兼ねているが、更に1部の者しか知らない抜け道があり、そこから王城外へと行けるようになっていた


非常時の避難経路として設計されたが、王家のお忍びや今回のようにただ抜け出す際にも使われている。秘匿度はあまり高くない隠し通路の為、使用頻度はかなり高く使うのにも許可なく自由に使える


これ幸いとニコラスは高鳴る鼓動を抑えながら、シーラの手を引き王城を後にした


外に出た後、改めてシーラの姿格好を眺め思案する。ドレスに身を包んだ美少女・・・この姿のまま連れ回すには些か目立ちすぎる。歩く度に見え隠れする太ももは惜しいが、マベロン大使という立場上、悪目立ちは避けたかった


以前は住んでいた街だが、数年経っているのと、女性物の服など買ったことがなかった為、辺りを見渡しシーラが着れるような服装が売っている店を探す


王城近くという事もあり店などなく、仕方なくしばらく歩いていると前を塞ぐ数人の男達が現れた


「なんだね?君たちは!」


わざと大きい声で叫ぶニコラス。それには2つの理由があった。1つは威嚇。これで逃げてくれればシーラに対する株も上がるというもの。2つ目は救援。晩餐会開催中の為、王城近辺には軍が配置されているのをニコラスは知っていた。騒ぎになればすぐにでも軍が駆けつけてくる・・・はずだった


「・・・言った通りだな」


「あの道具と情報がなけりゃ無理だけどな」


「何日かかったよ・・・ったく」


「まっ、これで俺たちゃ働かなくて済むぜ・・・一生な」


下卑た笑いを浮かべ剣を抜くと、ニコラスに剣先を向ける


「てめぇにゃあ用はねえ!すっこんでろ」


男の1人が睨みを利かせるとニコラスが震え出す。大使として日々安全な状態で机に向かうのが仕事だ。荒事など経験したことなどなかった


手が震えシーラの手を離すが、本人は気付いていない。今頭の中にあるのはどうすれば生き残れるか・・・それだけだった


「はっ・・・最初の勢いは・・・おいおいマジかよ」


男の視線はニコラスの股の部分に向けられていた。ズボンの股の部分が湿っており、それが何なのか周りの者には明らかだった


恥も外聞もない・・・ひたすら縋るように辺りを見渡すが、軍どころか一般の民ですら居ない。剣先が鼻の先にある時点で、今叫べば一刀のもとに殺されるのは火を見るより明らかだった


「な、何が欲しい・・・」


命以外ならなんでも差し出すつもりで尋ねると、男達は薄ら笑いを浮かべながらシーラを指差す


ニコラスは瞬時に首を縦に振り、数歩後退り尻餅をつくように地面にへたりこんだ


「上出来だ」


薄ら笑いから更に笑みを深め、ニヤリと笑うと後ろにいる男に顎で指図し、シーラの腕を掴む


「別に話したければ話すがいい・・・お前の失態と誘拐補助を話せる勇気があるんならな」


男はへたり込むニコラスを見下し言うとシーラを連れ闇夜に消えていった


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