3章 2.5 安息の日
ちょっとした日常の話の為、2.5話となっています
キャメルスロウに戻って来た4人とデニスの傭兵2人は御者の待つ宿に向かっていた。未だ意識の戻らないアシスはリオンの体に蔦で縛り付けている
合流した時にはすでにワレンの姿はなく、吽家の者達の惨状は傭兵の話により知る事となる
宿に着いた時には日は暮れ、傭兵の2人と別れるとおさえていた部屋にアシスを運び寝かせた後、3人は宿の食堂で食事を取り各々の部屋で眠りについた
朝、リオンと同部屋のアシスは意識を失ってからの状況を聞き、朝食を取るべく食堂に向かい、そこでシーリスとシーラと合流した
「・・・もう大丈夫なの?」
心配そうに顔を覗き込むシーラに対して、アシスは何でもないように頷き、朝食として出されたパンを口の中に放り込む
「問題ない・・・無意識下で阿吽の巡りを使ってたらしい・・・元気いっぱい・・・だ」
口の中でモグモグさせながら答えるアシス。周りもその姿を見て安心を得たが疑問も残る
「巡り?」
「ああ。以前にリオンがシーリスに眠らされた時に使った技だ。体内に力を巡らせる事により体内の機能を活性化させて治癒力を高めるらしい。継続して行えば老化も防げるとか・・・」
リオンは忘れたい過去をほじくり返すなと恨めしそうな目をアシスに向け、シーリスは老化に激しく反応する
「でも普段通りとはいかないでしょ?」
シーラが再度心配そうに尋ねるが、アシスは首を振る
「いや・・・特にどこも痛い所もないし大丈夫だ。今日の内にフレーロウに向けて出発出来る」
「あらそう?いつ起きるか分からなかったから宿を延長したんだけど、いらなかったかしら」
「そうだな・・・急ぐ用事はないが、居ても・・・」
「遊ぼう!」
「「「え?」」」
アシスの言葉を遮り予想外の言葉を口にしたシーラ。パンと手を叩き満面の笑顔での発言に他の3人は間抜けな声で聞き返す
「だってキャメルスロウに来たことはあるけど、ほとんどが買い出しで、すぐに帰ったりでゆっくりした事ないから・・・ダメ?」
「俺は構わないが・・・遊ぶって?」
アシスは遊ぶって事をした事がない。なので純粋に何をするか浮かばなかった
「ううむ・・・道場でも破りに行くか?」
「それのどこに遊びの要素があるのよ」
「夜の歓楽街かしら?」
「それは大人の遊び」
「「「ううむ」」」
3人とも普通の環境で育ってない為、広く一般的な遊びと言われるとすんなり思い浮かばず唸ってしまう。だが、シーラは違った。前々より行きたくて仕方なかった場所がある
「モード地区に行きましょ!」
キャメルスロウは四つの区画に分かれている。その1つがモード地区と言われ主に商店が乱立している、言わばショッピング地区。王城を中心に西側に位置する
「でもシーラ・・・」
キャメルスロウの西側と言えば、『カムイ』の本拠地により近付く事になる。宿の場所も南側の東寄りを選ぶなどなるべく西から離れるようにしていた。更に言えば見知った者が買い出しに来ているかもしれない・・・今現在、潜伏任務中という名目でアシスと共にいるが、それも許可が出た訳ではなく一方的に伝えただけ。もしかしたら、見つかったらひと騒動あるかも知れない
「大丈夫・・・行こ?」
あまり聞くことの無い妹のワガママに思わずキュンとなる。シーリス・・・陥落
「そういう所ならメディアにもあるんじゃないのか?買い物だって一緒に行ったろ?」
「メディアには・・・少なくともフレーロウにはない遊び場があるの。メディア中心に活動するなら、なかなか来れないかもよ・・・行こ?」
なかなか来れないと言う台詞にアシスは反応する。ナキスの手伝いをするかも知れないので、活動拠点はフレーロウにするつもりだった。この機を逃すと来れないかもしれない・・・そう考えると俄然興味が沸いてきた。アシス・・・陥落
「身体を鍛えてる方が・・・」
「行くわよね?」
有無も言わさずリオン・・・陥落
と、言うわけで御者には滞在の延長分の金額を多めに渡し、ギルドに今回の報酬を払いに行き、その足でモード地区へ
フレーロウは商業区と居住区は分かれてはいたが、建物の作り自体は同じであり、歩いているといつの間にか商業区に入ってたという感じだった
しかし、キャメルスロウの商業区はレグシ国のリーレントの街を思い起こさせる風景・・・リーレントがこの地区を真似たのかその逆か・・・それ程までに酷似していた
「ハア・・・やっぱり不快だわ」
シーリスが地区に入った途端にため息を漏らす
「そう言えば、レグシのリーレントに入った時も言ってたな」
アシスは思い出し、シーリスの顔を見ると苦虫を噛み潰したような顔をしていた
「こういう・・・能天気でしがらみもないような人達が行き交う場所が嫌いなのよ」
己の業を嘆いてなのか、ただのやっかみなのか・・・シーリスはぷいっとアシスからの視線を外す為に顔を背けた
「今日はその能天気でしがらみのない人になるの!」
両手でシーリスの顔を挟み、強引に前を向かせると笑顔で言い聞かせる
「ちょっ・・・シーラ?」
普段とは違う妹の様子に困惑するシーリスを尻目にもシーラは「こっちこっち」と目的の場所まで誘導する
そこは商業区の中で街の子供達に向けて作られた文字通り遊び場があった
背の低い机の奥には、木で作られた獣の人形や色の付いたガラスが売られている店
クジを引いて出た数字の何かが当たる店
的に当てると豪華景品と書かれている店
甘い匂いのする菓子が所狭しと置かれている店
「お・・・おお」
アシスは食い入るように店を眺める。必要な物を買うのが普通だと思っていた・・・しかし、ここは必ずしも必要な物を売っているようには見えない。ただ面白かったり、可愛かったりする何の機能も果たさない物が売られ、それを子供が大人におねだりしていたりしていた
「買い出しの時・・・いつもここを見ていたの。いつかは来てみたかったんだ」
クルリと周り話すシーラ。血なまぐさい毎日を過ごし、笑顔とは無縁の毎日を経験していた少女の小さな願い・・・それが今叶った
「む?・・・あれはなんだ?」
同じく遊びとは無縁の無骨な毎日を過ごしていたリオンの目に飛び込んできたのは剣・・・と言っても木で出来た木剣。それが様々な形をして並べられている。細い剣、曲がりくねった剣、太い剣、長い剣・・・子供たちが遊ぶ為の見た目がド派手なだけのただの木剣
「ほう・・・これは・・・む、これも」
1つ1つ木剣を手に取り目を輝かせて見ている
「ほんと剣馬鹿ね・・・行きましょ」
木剣にご執心のリオンを置いて先に進むとふいにシーリスが話しかけられる
「どうだい、お姉さん?的当てやってみないか?可愛い木彫りの人形とかあるぜ。当てて倒せばお持ち帰りだ」
そこは2mほど離れた場所に人形が並んで立てられており、手前のテーブルから木の棒を投げて倒す遊びの店だった
「あら・・・そんなもの目を閉じても当たるわ」
別に欲しい訳でもないが、興味本位でやる事にした。銅貨を1枚払い、木の棒を受け取ると、短剣で人を狙うと同じ要領で人形目掛けて放つ・・・そして、外れる
「ちょっと・・・何仕組んでんのよ」
「おいおい待ってくれよお姉さん!こちとら真心と信頼をモットーにしてるんだ。言いがかりはよしてくれよ」
「・・・もう1回」
「毎度!お姉さん、回転させて投げた方が当たる面積が多いよ!頑張んな!」
投擲で子供相手の店の店主からアドバイスをもらった殺しのプロは、自前の短剣を取り出すまで後銅貨数枚を費やすこととなる
「アシス・・・行こ!」
的当てにムキになる姉を置いて奥へと進む2人
露店などもあり、1つの店の前でシーラが立ち止まる
「お嬢ちゃん、どうだい?」
露店の店主の女性がシーラに向けてペンダントを見せる
「願いの叶うペンダント。1個銅貨5枚だよ」
「ふむ・・・願いが叶う?」
シーラの後ろから覗き込むようにペンダントを凝視するアシス。それに対して店主は笑顔で答える
「そうさ!身に付けて毎日願えば、その願いは叶うのさ」
「店主は何を願ってる?」
店主の首にも同じ物がかかっており、それを見ながら尋ねると店主は笑顔を更に強めて言った
「みんなの笑顔が見れますように・・・てね」
「なるほどね」
アシスは懐から銅貨5枚を取り出し店主に渡すと、店主は当然とでも言わんばかりにシーラの首にペンダントをかける
「ちょ・・・ちょっと!」
「願い・・・叶うといいな」
「叶うさ・・・願ってればきっとね。毎度!」
一連の流れがあまりにもスムーズだった為、断る暇すら与えられず着けられたペンダント。物の価値が分かる年頃だとあまりにも陳腐なガラクタ
「わたし・・・そんなに物欲しそうにしてた?」
「いや?」
「じゃあ・・・」
なんで?と言葉を続ける前にアシスが口を開く
「笑顔だったから。で、店主の願いはみんなの笑顔が見れますようにだから、願いの叶うペンダントは本物だろ?」
「そんな訳・・・ハア、もういいわ」
「で、何を願う?」
一瞬、『打倒カムイ』という単語が浮かぶ。しかし、首を振りその思いを消すと笑顔で告げる
「・・・内緒」
木剣を嬉しそうに何本か抱えたリオンと穴の空いた人形を持ったシーリスと合流し、ちょうど中央付近に到着すると一際大きい建物の前に着く
「ここは?」
「湯浴みと水浴びの場よ」
「!・・・ここが出会い・・・」
言いかけたアシスの頭をシーリスがポカリと叩く。頭を擦りながら恨めしそうに見るアシスにため息をつきながら説明する
「あのねぇ、『大剣』から何を吹き込まれたか知らないけど、そんな場所を子供が行き交う場所に建てるわけないでしょ?ここは服は脱ぐけど、これを付けて入るの」
言うと店の前に置かれた女性用2枚と男性用1枚と書かれた籠の中の布を取り出す
「男と女、分かれて着替えて入るの。中で繋がってるらしいけど、変な事したら一瞬で守備兵に囲まれて連行されるわ。買い出しの度に見かけるから勘違いしてる連中が多いのは確かだけどね・・・入るの?」
シーリスがシーラに聞くと、コクリと頷く。シーリスは仕方ないという感じで中に入り、銅貨を支払う
「あんた達もちゃんと着替えて入って来なさいよ。大事な部分に布を付けるだけだから出来るでしょ?」
まるで幼児の引率者のように大の男に告げるとそそくさと中に入っていく。残された2人は顔を見合わせて頷くと銅貨を支払い男性用の方へと歩いて行った
まだ日中という事もあり外はそこそこ暖かく、汗も少しかいていたので水浴びをする2人の美少女と美女。水の張った巨大なお風呂のような造りでくつろいでいると遠巻きに見ていた男共が近寄ってこようとしているのが分かる
「ハア・・・早くウチの馬鹿どもは来ないかしら」
せっかくゆっくりしているのに声をかけられては台無しだ。男避けの2人が来るのを待っていると遅れる事数分後・・・布を付けた状態で入って来る
「は?」
「え?」
2人は絶句する・・・遅れて来た2人の姿が想像を遥かに超えていたからだ
「アシス・・・あなたはなんで胸に布を巻いて・・・いるの?」
「・・・なんとなく?」
シーラの質問に小首を傾げながら答えるアシス
「リオン・・・あんたなんで布を腰に巻いて、剣を吊るしてるの?」
「肌身は出さず、如何なる敵が来ようとも・・・」
シーリスの質問に堂々と腕を組み答えるリオン
2人共ブラブラだ
なるべく下半身を見ないように無駄に鋭い後ろ回し蹴りを、アシスの患部に放つシーラと見下ろしながら前蹴りをリオンに放つシーリス。2人の攻撃を見て、周りの男達が「おう!」と何故か股間を押さえる
「「1回死んで来い!」」
悶絶する2人を水浴び場に放り込み、不浄の物に触ったかのように両手をパンパンと叩いて汚れを落とす
水辺に浮かぶ2人は図らずも男避けの役割となり、女性陣に安寧をもたらしていた
シーラは高い天井を見ながら微笑む
今日という日が長く続くように祈りながら・・・




