3章 2 龍と虎
メディアとデニスの国境を越え、村や街を通り過ぎ、着いた所はデニス国首都キャメルスロウ
フレーロウを凌ぐ高く厚い壁は街を囲み、敵からの侵入を一切受けつけない雰囲気を醸し出している・・・まさに鉄壁って感じだ
つつがなくキャメルスロウに入り、ギルドに寄ると傭兵を2人ほど雇う
阿吽家総本山の場所まで馬車では恐らく行けない。となると、近くまで馬車で行き、近くに止めて・・・とも考えたが、馬車を襲う盗賊が出ないとも限らない。だから、馬車は街に置いていき、馬を手配して近くまで行く
その馬の護衛役として傭兵を2人雇ったのだ。どこぞの傭兵団かに所属する青の称号の傭兵・・・あまり強そうではないが、獣から馬を守るくらい出来るだろう
ニヤニヤとシーリスとシーラを見ていたが、2人が赤の称号だと分かると青ざめた顔をしていた
初めは仕事内容を聞いて、たかだか馬の護衛だと甘く見ていたのだろう。目的地に近付くにつれて青ざめた顔が更に青くなる
「ちょ・・・ちょっとダンナ!ここらは・・・」
デニスに住むから当然近くに何があるか知っているのだろう
「行先はこの先だ。心配するな、あまり近くない所で馬は止めて歩いて行く」
リオンの後ろに乗り、地図を見ながら返答した。ちなみにシーラはシーリスの後ろに乗っている。2人乗れるように鞍は大きめの物にして、馬も大きいのを選んだ。かなり高かったが、シーリスの交渉術のおかげで普通の馬とさほど変わらない価格で買えた
地図を見る限り近いのが分かる。ここからは徒歩だな
リオンに合図して4頭の馬は止まり、内2頭は木に繋げる。水受けも用意し、餌も買ってある。まあ、1日くらいはもつだろう
「日が落ちるまでには帰ってくるつもりだ。だが、一応明日の朝まで待っていて欲しい」
「わ、分かりました」
俺も赤の称号なのは教えてある。年下だと舐められるから、こういう時は役に立つな・・・称号
しばらく地図を見ながら歩いていくと、目の前に大きな建物が見える。場所的に間違いなく阿吽家総本山だろうな
「止まれ!」
門の前に2人おり、その内の1人が声を掛けてきた。服装は普通の村人のようだが、体格は厳つく鍛えてある筋肉をこれでもかと見せている。手には得物を持っておらず、門番には見えないが、吽家の者なら要らないのだろう
「阿家家主のアシスだ!吽家家主ウカイに会いたい!」
2人は目を合わせ腹を抱えて笑いやがった。んなろう
「阿家家主とあらば、証明せよ・・・どうせ出来まい」
ウカイに奪われた事を知っているくせに出せだと・・・ようは舐められてるって事だろうな。ちょっと黙らせようと近づいて行った時、ふいに門が開き始め、中から初老の男性が出てくる。格好は門番の奴らより、街にいるちょっとお金持ちポイ綺麗な服に身を包み、髪もきっちりオールバックにしている。おおよそ体術をするようには見えなかった
「ウカイ様より仰せつかっております。中へどうぞ」
体を横にし、腕を建物の中に向けて上げると頭を下げて俺らを誘導する。門番達も「え?」って顔で驚いているから、聞いてなかったんだろう
初老の男性の案内により門の内部に入ると、俺が見た中では木で造られた建物の中では1番大きく歴史を感じる建物がそびえ立つ
そのまま建物の中に案内され、廊下を歩いていると中庭では多くの人が鍛錬に勤しんでいた。何人かくれないかな?
俺らの前を歩く案内人の男性は、歩き方はスムーズで無駄なく歩いているが、強さは感じない。恐らく執事だろう
しばらく歩くと1つの部屋の前で止まり、先程の門の前でやったように体を横に向け、腕を横に広げた
「こちらにてお待ちしております」
案内された部屋の扉を開けると中には1人の大男が中央に立ち、周りには屈強そうな男達が座っている。中央の男に目を向けると、左腕と右腕にマントが巻かれている・・・右腕のは俺のだ
「あんたがウカイか」
男は答えず腕を組み、じっと俺を見る。もちろん俺は見返してやる・・・このマント泥棒め!って気持ちを込めて
「そう急くな・・・何しに来た?」
うむ、盗人猛々しいとはこの事だな・・・あまりお友達にはなりたくないタイプだ
「奪った物を返してもらいに来た」
要件を直接的に話すが、どうやら笑いのツボに入ったらしい。ウカイと思われる男は口の端を上げ、周りの男達は大爆笑だ
「行儀が良いな。お話に来たのか?殴り込みに来たのか?」
「案内されて来たんだ・・・お前はどうするつもりだったんだ?」
「聞いてるのはこっちだ・・・小僧!」
気勢が上がる・・・目に見えるくらいの気勢・・・いや、怒気か?が体から立ち込めている
「聞き返したのはこっちだ・・・大憎」
小僧の反対が分からないから、とりあえず大きくして返す。1連のやりとりで更にコイツとは合わないと理解する。それにしても強そうだ・・・まるでラクスを目の前にしているみたいに感じる
「なるほど・・・恐怖を誤魔化す為の虚勢か・・・つまらん」
「つまらなくても何でも良いから、その右腕の物は俺のだ。返せデカブツ」
「貴様!黙って聞いておれば!」
周りの連中は叫ぶが、ウカイは眉を上げ不思議そうにこちらを見ている
「待て!・・・小僧・・・今何と言った」
「返せデカブツ」
「そこじゃない・・・なぜ右腕だと?」
「なぜって・・・見りゃ分かるだろ?」
何を言ってるんだコイツは
「分かる?同じように腕に纏い、見た目同じに見えるはずだ」
・・・マジかコイツ・・・そうか・・・コイツには見えても聞こえてもないのか・・・
「分かった分かった。お前は左腕にマントを纏ってる時に右が寂しいから奪ったのか。なら、今度普通のマントを黒く染めてプレゼントしてやるから、それでがま・・・!」
俺が話していると瞬時に間合いを詰め、左腕で殴りかかって来た・・・喋ってる途中なのに!と思いながらも右手を出し拳を受け、リオンとの修行を思い出しながら体に流す。流れは激流・・・しかし、それでも何とか左手に流し、そのままウカイに掌底を当てる
ウカイは右腕でガードし後退ると、ガードした腕を振り、こちらの攻撃の牽制をした為、攻めに転じるのは止めた
「龍の型~流~か・・・小癪な」
「話してる時においたはダメって教わらなかったか?」
「再度問おう・・・お話に来たのか?殴り込みに来たのか?」
「殴り込みにだ!」
────
それは一方的だった
初撃こそ技で凌げたアシスだったが、そこからの攻撃はまったく対応出来ず、ただ攻撃を受けるだけ
スピード、パワー、テクニック全てにおいて勝るウカイにただ一撃すら与えられず一方的に攻撃される
何度か意識を失いかけるが、ウカイの攻撃はそれすら許さず、休むこと無く殴り続ける
「本当に・・・つまらん奴だ」
最後の一撃を強めに打ち、壁に激突し崩れるアシスを見てため息混じりに呟く
アムスの言葉で少し期待していたのかもしれない。だが、現実はまるで強さを感じない・・・歯応えのなさに逆に憤りを感じていた
「今日・・・ここに誰も来なかった。おい!誰か外に居る間抜けを殺して来い!」
ウカイの指す間抜けは馬を守る傭兵2人。物見の話で離れた場所に居るのは分かっていた。数名が返事をし外へと駆けて行った
「そこの男はそこそこ出来る・・・数人で当たれ!女は・・・遊んでから殺せ」
その言葉を聞き、リオンは剣を抜き、シーリスとシーラは短剣を構える。周りにいた男達は一斉に立ち上がり、嬉嬉として3人を取り囲んだ
「ん?待て!・・・お前らもしかして・・・『カムイ』か?」
シーリスとシーラの構える得物、そして、アイリンの言葉を思い出す
シーリスは内心舌打ちをする。バレなければシーラの『神威』でウカイを殺し、混乱に乗じて逃げる算段を企てていた。しかし、ウカイが警戒するとそれも難しくなる。失敗出来ない作戦で警戒されるのは命取りだ
「はぁ?カムイ?何それ」
白々しいとは分かっているが、シラを切るシーリスに舌打ちし、リオンに声をかけた
「おいお前!その女の名前は?」
「あん?シーリスの事か?」
「バカ!」
「・・・やはりか」
ウカイの疑念は確信に変わり、警戒を強める。ウカイは知っている・・・『カムイ』の恐ろしさを
無警戒に招き入れた事を後悔しつつ、動く気配に気付き、そちらを見る。アシスがゆらりと立ち上がり、3人の元へと近付いていく
「仲間に・・・手を出すんじゃねえよ!」
両手を真横に突き出し叫ぶアシス。ウカイからお預けを食らっていた吽家の者達は突然フラフラと歩いて来たアシスを見ているだけで、攻撃が来るとは思いもよらなかった
「ちっ・・・震動裂破か」
周りにいたほとんどの者が突然倒れだす。辛うじて気付いて後ろに飛び退いた数名がいただけで、後は総じて戦闘不能・・・もしくは死に至る
「今の内に逃げろ・・・外の連中は大した事ない。事態に気付いてない状況なら逃げれるはず」
「・・・いや」
「シーラ・・・頼む」
「・・・いや」
頑なに拒否をするシーラの説得を置いて、現在の状況を素早く整理する。動けるのはウカイと飛び退いた3人。数では同数となったが、1人化け物がいる為、このまま戦うのは得策ではないと判断する
「シーリス!」
名前を呼び、目で訴える。状況把握する能力、的確な判断が出来ると踏んでの事だったが、シーリスは頭を振る
「ダメよ・・・こうなったらテコでも動かない」
そうは言うが、シーリスは状況を把握した上での判断でも、撤退はないと考える。アシスにより敵の数が減り、勝機が見えたのだ。例えアシスが負けたとしても・・・自分達は勝てるという思いがあった
追い込まれていたのはウカイ。『カムイ』がいる時点で死を身近に感じる。戦いの最中・・・いや、戦ってなくても『神威』を使われると不味い事をウカイは知っていたからだ
ウカイの焦りに気付いたアシスはおもむろに前に出てウカイと対峙する
「安心しろ・・・戦いの最中に仕掛けるような無粋な真似する奴らじゃねえ」
「・・・そうかよ」
焦りを隠そうとしないウカイ。それは本人が嫌いな強がりになるからだ
こうして、アシスとウカイの戦いは再開された
一方その頃
ウカイの命令を受け、外で待機している傭兵を殺しに来た吽家の者は戸惑っていた。物見の話は聞いており、傭兵2人が馬を守っているはずだった。しかし、そこには傭兵2人の他に1人、異質な人物が紛れている
吽家の者は5人。全員手練だが、明らかに異質な男の腰の物を見て正体を悟る。鞘から出ている長すぎる柄・・・それは『長柄』と呼ばれている男の特長そのもの。故に命令を遂行する事も出来ず帰ることも出来ず固まっていた
「なぜここに『長柄』が・・・」
1人の吽家の者が呟くと、意を決して他の者が前に出てその異様な男に話しかける
「失礼・・・『長柄』ワレン殿とお見受けします。ここは我が吽家領地内・・・どのようなご要件で・・・」
「領地?」
ワレンと呼ばれた男は言葉を遮り、尋ね返す
「さ、左様でございます。ここは・・・」
「いつからここがお前らの領地となった?ただここに住みついただけだろう?それともいつの間にかデニス国王と裏でやり取りでもしたのか?それなら『十』の1人として看過できないな」
「くっ!」
「分かったのなら帰れ・・・ここはデニスの領地。俺がここに居るのを咎めるなら相応の覚悟を持って来い」
柄の先端に手を置き、吽家の者達に威嚇しながら言うと、5人は顔を見合わせ来た道を戻る。命令を遂行を諦め、報告へと戻ろうとした
「ああ、そうだ」
ワレンが何かを言おうとしているのに気付き、後ろを振り返ろうとしたが、そこから5人の意識は永遠に戻ること無かった
「ナキス様に『邪魔はしないで助けよ』と無理難題を課せられていたのだった・・・増援を呼ばれたら邪魔になる所だった」
事も無げに呟き、剣を収める。すると5人の吽家の者達と共に周りの木々が倒れる
「あ・・・あ・・・」
信じられない光景に2人の傭兵は腰を抜かし、言葉を失う。それをワレンがため息をつきながら見た後、視線をアシス達がいるであろう方向を睨みながら呟いた
「さて、殺気を振り撒いていたあの小僧が吽家家主とどこまでやれるか・・・ナキス様の期待に応えて見せてみろ」
その言葉を向けられた当のアシスは苦戦を強いられていた。先程受けたダメージは残っており、元々の実力差に拍車をかける
1つ変わった点といえば、ウカイの攻撃が鈍くなった点。それはアシスではなく、シーリスに向けられた警戒の為だった
「ちっ・・・やりづれえ・・・」
必死になって攻撃を躱すアシスを見つつ、シーリスの気配を探り、攻撃してきたら、捌きながらシーリスを見る。その繰り返しに焦れそうになる心を抑えるのに苦労する
アシスに至っては、状況の打開の方法が糸口すら見えていない。時間が経つにつれ、実力差が浮き彫りになる。余裕すら見えるウカイに対して、必死に食らいついている状態だ。何か一つでもミスをすれば、先程と同じように一方的殴られ沈んでしまう
しばらく攻防が続くが、焦れたのかウカイの左腕から気勢が上がる・・・今までより強く激しく。アシスの見立ては三虎いや、四虎か・・・と頭の中で想定し備える。地力が違うからなのか、アシスの四虎とは比べ物にならないくらいの気勢を上げており、喰らえば即死・・・だが、待ち望んでた展開でもある
~流~で流し、相手に叩き込めれば一発逆転・・・流せなければ終わり・・・非常にシンプルな状況に口の中の唾が喉を鳴らして通過する
「終わりだ・・・死ね」
練られた状態の左腕がうねりを上げてアシスを襲う。狙いは脇・・・単純な攻撃に違和感を覚えつつも流すのに集中して右腕で攻撃を受け止める
「っつ!」
完璧に流せはしないまでも吹き飛ばされず体の中を激流が流れ込むのが分かる
「だろうな」
ウカイは左腕で攻撃すると同時に、右腕の攻撃も準備していた。アシスに防御されたと同時に右拳がアシスの左脇に向け放たれる
違和感を感じていたアシスは右腕での動きを警戒していた。左腕から流された激流とも言うべき力の流れをそのまま左腕に流すのではなく、体の中で巡らせながら右からの攻撃を躱す
本来、龍の型~流~は最短で力を流すのが最も安全であり、常としている。だが、それは相手に読まれやすく躱される可能性が非常に高い。特に格上の相手ならば攻撃を返すのに使うのではなく、攻撃を受け流す為のみに使うべき技であった
アシスにとってウカイに有効な技が見当たらない。なので、リスクを犯し、右腕から左腕に伝えるのではなく、右腕から右足、そして、左足と体内の中を巡らせる。言わば力の流れのフェイント
右からの攻撃を後ろに仰け反り躱し、いざ左腕より力を放とうと間合いを詰めようとした瞬間、トンと額に軽い衝撃が走る
ウカイにとって右の攻撃自体がただの陽動・・・躱される事を前提に放ち、待ち構えていたように左の掌底を軽くアシスの額に当てる
「ぐっ!・・・ああああ!」
「アシス!」
巡らせていたウカイの力が暴走し体内を駆け巡る。今までは自分の意のままに動かしていた力の流れも、軽い一撃により制御を失いアシスを傷付けていた
両手足がビンと突っ張り、意識が瞬時に失われていく。動くこと叶わずにそのまま仰向けで倒れる以外出来なかった
「おおーおおー、これは痛そうだ。安心しろ・・・すぐに楽にしてやるよ」
倒れたアシスに近付き、先程躱された右拳を握り締める。四虎が左腕に練られているというのがアシスの見立てだったが、正確には左腕に三虎、右腕に一虎練られていた。三虎はアシスの中に流れ、躱された一虎を今放とうとする
「させない!」
シーラが咄嗟に短剣を投げるが、それを半身で躱すと拳を振り上げる
「黙って見ていな!」
仰向けに倒れたアシスの胸に振り下ろされる拳。目は開いているが意識が混濁しているような状態のアシスに躱す術はなかった
ドッという鈍い音が部屋の中に鳴り響く
「アシスー!」
一瞬の静寂の後、シーラの絶叫が響き渡る
異変はその後すぐに起きる
ウカイの生身の右腕にアシスの足が2本絡みつき、アシスは体全体を使い瞬時に絡みついた腕を折る
「ぐあ!」
折られた右腕を引くとアシスは離れ、三度2人は対峙する
今までとの違いはマント
ウカイの右腕に纏われてたマントは、今アシスの手の中にある
「馬鹿な・・・なぜ!?」
ウカイが倒れたアシスに拳を振り下ろしている最中、右腕に纏われてたマントが解け、アシスを護るようにして胸の前で重なる。衝撃は吸収され、アシスの意識は覚醒し瞬時に無防備な腕に絡みつき折った
未だにウカイの虎の型の衝撃で体がバラバラになりそうだが、意識はしっかりとしてきた
「はっ・・・どうやら嫌われたみたいだな」
戻って来たマントを握り締め、ウカイを挑発する。折られた右腕を抑えながらその言葉に歯軋りで答えた
「なぜ・・・纏いが解ける・・・なぜ」
アシスを睨みながらも自問自答する・・・今まで戦いの最中に解けた事など1度もない。纏えばそのままで意識的に解くことでしか解けたことはなかった
「言ったろ?嫌われてるんだよ・・・そして、俺が好かれてるのか?」
「嫌われる?好かれる?巫山戯るな・・・何に嫌われる?何に好かれる?・・・まさかマントに感情があるとでも言うのか!」
「マントに感情がある訳ないだろ・・・馬鹿か?」
「もういい・・・てめえは喋るな!小僧!」
かつて無い程の気勢が左腕から上がる。アムスが見せた七虎よりも激しいとアシスは感じていた
「ハア・・・聞いてきたのはお前だろ?まあいい・・・助けてくれた相棒をさっさと連れて帰らないとな」
言うとリングに指を通し腕を上げる。マントは右腕に纏われ包み込む
「見えないし聞こえないお前には資格はねえよ」
「資格?家主として・・・吽家の中で最も強い俺に使う資格がないだと!?」
「ちげえよ・・・コイツと共に戦う資格がねえって言ってるんだ」
アシスは両手を胸の前で合わし力を流す。双龍の型により力が巡り、身体能力が跳ね上がる
「さあ、行こうか」
アシスは一直線にウカイに向かう。対するウカイは頭に血が上り、力任せに左腕を振り下ろした。その攻撃をアシスは受け流さず躱し右肘をウカイの鳩尾に叩き込む
ウカイの体がくの字に曲がり、顎に掌底を当て突き上げる
体の浮いたウカイの腹に攻撃を仕掛けようとするも、ウカイは左足で蹴り上げる
寸でのところで躱し、追撃しようとするも、蹴り上げた足の勢いで一回転して体勢を戻したウカイに、向かうこと無く1度距離を置いた
「もう少し・・・怒り狂っても良いんだけどな」
「自ら喰われに行ってりゃ世話ねえな・・・糧と言われる訳だ・・・」
「糧?」
「こっちの話だ・・・小僧・・・名はなんと言う」
「今更か?言ってなかったか?」
「ああ、お前からは聞いてねえな」
「アシスだ」
「そうか。俺の名はウカイ。お前の名は俺を傷付けた褒美に胸に刻んでやろう。俺に挑み散ったことを誉に思うがいい」
ウカイが正気に戻ったと判断し距離を取ったのが裏目に出た。ウカイは間合いが充分にあるのを確認すると、力を練り始める
とてつもない力が左腕に迸る。さっきの数倍はあるその気勢は大気を震わし、チリを焦がす
「さっきてめえが喰った虎は三虎だ・・・で、これが俺の最大・・・九虎」
アシスがギリギリで流せた虎は三・・・そして、今目の前に3倍の力がうねりを上げる
「アシス・・・それはダメ!逃げて!」
傍から見ても絶望的な力。目の前で晒されているアシスが1番分かっていた。触れただけでも対象が消し飛ぶ圧倒的な暴力
「・・・リオン・・・後は任せた!」
振り返らず言うとウカイに向かい走り出す。そして、雄叫びを上げながら震龍裂破を左腕に目掛けて放つ
「そよ風を暴風に当ててどうなる?」
震龍裂破をものともせずアシスに向かって突き進む九匹の虎
「当てた?違う・・・呼んだんだ。呼応せよ黒虎」
アシスが告げるとウカイの左腕に纏われてた黒虎が解き放たれたかのように広がる。それと同時に黒虎の中で練られていた九匹の虎が霧散してしまう
ウカイの限界・・・本来は八虎。だが、黒虎を纏うことにより九虎に無理矢理引き上げている。それにより九虎を練り上げている時に黒虎が外れた事により制御出来なくなり霧散してしまった
「なっ・・・」
先程の黒龍の時と同じように急に纏いが解けた事に驚愕する。そして、その瞬間をアシスは見逃さない
「実力差的に3対1でも文句ねえだろ?」
ウカイの懐に入り、手の平を腹部に当てる
「阿」
「くっ・・・こぞ」
「吽」
ウカイの全身に衝撃が駆け巡る。体の内部を食い尽くさんとばかりに暴れ、やがて消えていく
「ぐはっ」
血を吐き、アシスを睨みつけるが、アシスは放ってから動いていない・・・気絶していた
突然糸が切れたように地面に崩れる。折れた右腕を抑えながらその様子をじっと見ていた
「アシス!」
3人がアシスに近付き、様子を伺う。気絶していただけなのを確認すると、シーラはキッとウカイを睨みつけ、牽制した
「小僧に・・・アシスに伝えておけ・・・すぐに奪い返しに行くと」
言うとウカイは踵を返し、部屋の奥にある扉に向かって歩き出した
「ウカイ様!」
「来るな・・・そいつらに手を出すことも禁ず・・・」
それだけ言うと扉を開け中に入ると、扉を閉め上を向き目を瞑る
「何も聞こえない・・・か」
意識を左手の中にある黒虎に向ける・・・突然纏を解いた10年来使い続けた道具
「・・・」
ウカイは再び歩き出し奥へと消えて行った
「よいしょ」
リオンがアシスを抱き抱え、2人に目配せする。目的は果たし、後は無事に戻るのみ・・・部屋にいる3人に警戒しているが動く気配はなかった
「行きましょ」
シーリスが先頭を歩きアシスを抱えたリオンが続く。シーラはその後に続きリオンに抱えられ意識を失っているアシスの顔をじっと見ていた
部屋を出ても誰も敵意を向けて来ない。部屋の中の様子を知る者はいないが、部屋から出てきた時点で察していた
ウカイが出て行くのを認めたという事を
部屋を出て外に向けて歩き出すとここまで案内してくれた初老の男性がいた
「坊は無事ですかな?」
にこやかに話すが目は笑ってはいない
「坊?・・・ああ、ウカイね。部屋から自分で歩いて出ていったわよ。すぐに奪い返しに来ると言ってね」
シーリスが返答すると、男は丁寧にお辞儀して先導するように前を歩く
「安心しました。坊が無事ならばそれに越したことはございません」
「あなたは・・・何なの?」
修行僧にも見えず、強そうにも見えない・・・ウカイを坊と呼ぶ男・・・歩いている姿に隙がないだけあって警戒心が芽生える
「私は単に先代ウラヌス様より坊の身を任された者。ただそれだけでございます」
振り返りもせず淡々と答える男はその後一言も発せず4人を出口まで先導し、門を開けるようにと近くの者に告げた
「またのお越しを」
深々と頭を下げ、4人を見送る。そして、4人が去ったのを確認すると門を閉めさせ、周りの者に指示をする
「稽古場の様子を見、速やかに清掃せよ!」
「はっ!」
指示を終えた後、再度閉められた門の奥・・・すでに見えないアシス達の方を見て呟いた
「ウラヌスよ・・・お前が思い描いた夢は来るのか?」
誰も聞いていないその呟きは、やがて風に流され消え去った




