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3章 1 阿吽家

フレーロウに戻って来た


なんだかんだここに居ると落ち着く。生まれ育ったクルアの森の次に長いからか、ジジイとラクス以外の知り合いが住んでいるからか・・・


街中を歩きながら、レグシでの出来事を思い起こす


あのナキスと俺、ガーネットとセリーヌの話し合いの後、ちょっとした歓迎パーティーみたいなのが開かれ、ナキスとガーネットはそのパーティーの夜に消えて行った。ナキスの話だと今後の流れの打ち合わせと言っていたが・・・


パーティー中のセリーヌの暴走・・・ラクスに対しての愛情表現は苛烈を極めたが、何度か俺とも目が合う・・・怖かった。フェンもフェンタイ化するし、バッカスとジェイスは舌打ち大合唱だし・・・1番変化なかったのはリオン・・・1番変化があったのがシーラだ


ずっと下を見て、話しかけても生返事しか返ってこない。シーリスに割と本気で問い詰められたが、覚えがなかった。強いて言うならナキスと話した後からか・・・


帰りの道中も馬車の中は重苦しい雰囲気。ナキスも考え事があるのかあまり会話せず、シーリスも何かを考えてる感じだった


ただ馬車に揺られ、いつの間にかフレーロウへと戻って来ていた


前にシーラと買い物に出掛けた時に寄ったお店の店主から声を掛けられたりとほのぼのした日を満喫しながら、これからの事を考えていた


ナキスからの頼まれ事も終わり、『カムイ』からのちょっかいもない。母親探し・・・はどうでもいいし、傭兵の依頼も大したのがない。やはり傭兵団に加入するべきか・・・もしくはリオンと武者修行がてらデニスにでも行くか・・・


ナキスからは見聞を広める意味でも他国に行くのは賛成されてる。が、長期間は避けて欲しいとは念を押されたな・・・近く婚約披露パーティーを開くらしい


あーどうす・・・


────


まだ日が登ってからそう時間が経ってなく人通りも多い場所で、1人の男が突然吹っ飛ばされた。飛ばしたのは大柄な筋肉質の男の裏拳。飛ばされたのは黒いマントの少年・・・アシス


意識を失ったのかアシスはピクリともしない


「メディアくんだりまで来たのにこれで終いかよ」


男は倒れているアシスの元まで歩み、マントを剥ぎ取る


「俺が来るまでなかったか・・・まっ暇潰しに・・・もなってねえか」


頭を掻きながら、マントを丸め込み、アシスを一瞥する。が、興味無さげに踵を返すと、守備兵が目の前に2人立っていた


「おーおー、仕事が早いねえ」


「止まれ!白昼堂々物取りとは・・・観念しろ!」


守備兵の2人は同時に剣を抜き構える


「気にするな・・・内輪揉めだ」


「うるさい!・・・話は詰所で聞かせてもらおう」


「ご苦労なこった。道を開けろ」


構えている守備兵を物ともせず突き進む男に守備兵の1人が斬りかかろうとした時、男は告げる


「吽家家主ウカイだ・・・それでも斬りかかるか?」


その名を聞いた瞬間に斬りかかろうとしていた守備兵の動きが止まる。そして、冷や汗を滝のように流しながら「吽家・・・?」と絞り出すように呟いた


「賢明だ。言ったろ?内輪揉めだって。これ以上関わるなら吽家を敵に回すと思え・・・いや、阿吽家か」


ニヤリと笑い固まっている守備兵の横を通り過ぎ歩いていく。既に止めるものはおらず、悠然と歩くウカイをただただやり過ごすしかなかった


────


「・・・シス・・・アシ・・・!」


うるさいな・・・眠りを妨げるように俺を呼ぶ声がする・・・まだ眠いし、疲れた。もう少し寝かせてくれ


「・・・アシ・・・」


まだ声が聞こえる・・・何か予定があったか?いや、しばらく無いはず。あれ?俺何してたっけ・・・確か街でブラブラ・・・


「・・・アシス!」


「はいっ!・・・っつ!」


呼ばれて勢い良く起きると首に痛みが走る・・・なんだ?


「・・・あ」


見るといつもの面々が目の前に居た。シーラ、シーリス、リオン・・・なぜ惚けてる?


「・・・よかった・・・」


最近口を聞いてなかったシーラは安心したように呟き、リオンは宿に備え付けてある椅子によっかかり、シーリスはため息をついていた


「なんだ?・・・なにが!」


と、言いかけ首にまた痛みが走り、思わず手で抑える


「暴漢に襲われ、気絶していたらしい」


ああん?暴漢?気絶??・・・うそ・・・どんだけ落ちぶれてるんだ?俺!?


「暴漢は『吽家家主ウカイ』と名乗り去って行ったらしい」


「吽家?」


「そうだ。聞けば阿家と袂を分けた一門とか・・・」


ああ、そう言えばそんな連中も居るとか言ってたな。その家主がなぜ俺を?


「何かを奪って行ったらしいが・・・」


まさか!と思い懐に手を伸ばす。ナキスから貰った玉璽の欠片・・・は、ある。じゃあ、なんだ・・・と考えると・・・ない・・・まさか・・・


「マントか・・・」


「あっ・・・」


3人も気づていなかったらしい。しかし、なぜマントを?クソっ!


「ちょっと!」


俺がベットから立ち上がるとシーリスが待ったをかける


「そんな体でどうするつもりよ?」


「決まってるだろ?取られたのだ・・・取り返すまで」


「あんたねぇ・・・どこに?」


聞かれて初めて気付いた・・・そういやどこだ?


シーリスは呆れたように腕を組み、片目で俺を見ながら続ける


「あんたは半日気絶していたの。門番に聞いたらそれらしい男があんたがやられた後すぐくらいに街を出て行ったらしいわ。馬でね」


つまり・・・追いつけない・・・か


「阿吽家の総本山?場所を知る人は少ないらしいわ。私達も知らないし、知っている人も知らない・・・だから、今から追いかけるのは無理よ」


場所を知っている人に関しては心当たりはある。ジジイやナタリーたちだ。だが、テラスまで戻るって言うのも・・・


「あんたが気絶している間・・・ドアの隙間からこの紙が入れられていた。これが何を意味しているかは分からないけど、今回の件と関係があるかもね」


紙をヒラヒラさせながらシーリスは俺に渡してきた


「これは・・・地図か!」


その地図にはデニスの首都らしき街とその東側に丸がされており、『ここ』と書かれている。このタイミングで俺の部屋にこれが入れられていたって事は、十中八九総本山までの地図


「ちょっと待って・・・どこをどう見たら地図なの?」


「え?だってここをこう見たら・・・」


「・・・この槍は?」


「いや、木だろ 」


「この丸に囲まれた凸凹は?」


「街だろ?」


「「「いやいやいや」」」


全員から総ツッコミを食らったが、俺には見えるんだから仕方ないだろ?


「私には巨大な亀を槍で倒す絵に見えるわ」


「わたしは何かの料理かと・・・」


「俺は盾で槍を防ぐ絵かと思ったが・・・」


「いや、地図だろ」


「「「えー?」」」


ふとシーラが何かに気付いたのか口元を手で押さえ呟く


「・・・アムスさ・・・ん?」


そう言えば以前ジジイの絵心についてシーラが説教していたような


「アムス?」


「ええ。前にアムスさんの絵を見た時、壊滅的な絵の腕だったから」


総本山の場所は知ってるだろうし、俺の居場所もナキスに聞けば容易に分かる。だが、それなら顔を出しても問題ないような気がするが・・・『十』の件で黙ってたから顔出しづらいとか?


「ふーん、それなら地図である信憑性は高いけど・・・辿り着けるの?これ」


「行くしかないだろ」


俺は立ち上がると外してあった剣を装備する。路銀は充分にある。ガーレーンの時の金貨30にこの前のレグシ同行で金貨50・・・4人で分けても1人金貨20の大金だ


「今から準備しても出発は出来ないわよ?」


「なぜ?・・・」


と、聞き返すと3人が同時に立ち上がり、口々に言う


「馬車の手配に旅の準備!」


「わたし達の準備!」


「夜飯!」


「・・・着いてくるのか?」


「「「当たり前でしょ(よ)(だ)!」」」


息ぴったりなのかよく分からん3人が意気込み、俺は呆れながらも少し・・・ほんの少しだけ嬉しく感じた


そう言えばデニスに向かうなら、一言言わねばいけない相手もいたな・・・3人がそれぞれ明日の準備に向かった後、痛む首を押さえながら向かった先は・・・王城


貰った玉璽の欠片を見せて中に入るとナキスの元へと案内され、前と同じようにナキスの前に座る


「急で悪いが明日デニスに向けて旅立つ」


「・・・本当に急だね。それは朝の件かな?」


「耳が早いこって」


呆れて背もたれに背中を預けると、ナキスの目は今まで見ていた書類らしき紙の束から外れ俺を見る


「マントを奪ったのは、吽家のウカイと名乗ったようだね・・・阿吽家総本山」


「みたいだな」


「敵の根城に飛び込むのは自殺行為だと思うけどね」


「ああ、だからこれを返しに来た」


言ってテーブルの上に置いたのは玉璽の欠片


「?君にあげたつもりだが」


「ああ、だが今回は・・・厳しい」


着いてきてくれる3人は何がなんでも戻ってこさせる・・・でも俺は・・・


「それは倒されたプライドが許さないから行くのかい?それとも・・・」


「ただ単に取られたものを取り返すだけだ。やられたのは俺の不注意だし、何も思っちゃいねえよ」


「なら・・・」


ナキスの言葉の続きは想像出来る。だが・・・


「あれはダメだ。ジジイから受け取っただけなら、取られたとしても気にしない・・・が、あれはダメだ」


「理由を聞いても?」


「ああ、あれは・・・」


────


アシスが去った後、ナキスは溜息をつき手を叩く。お茶を持って入って来たメイドに人を呼ぶように告げると大きく息を吐く


「隣人にも呪いをかけたか・・・それとも、阿吽家もそういう運命か・・・」


1人呟くと言葉終わりに1人の兵士がノックした後入室した


「お待たせ致しました。ここに」


「文を送りたい。デニスにいるアムスとワレンにだ。アムスの場所は?」


「キャメルスロウと聞いております」


「なら、近いか・・・『カムイ』に単独で乗り込んでなくて何よりだ」


「行きかねない・・・と聞き及んでおります」


「・・・この文を見れば踏みとどまるだろう・・・逆に無茶をしなければ良いがな」


二通の文を兵士に渡し、椅子に深く座りながら目頭を指で押さえながら呟く


「大分お疲れなようで・・・」


「事が動き始めた・・・休んでいる暇はないさ」


心配する兵士に笑いかけテーブルの上を見る。そこには玉璽の欠片はなく、書類の山が積まれていた


「その玉璽は2つで1つだよ・・・アシス」


部屋にいない友への呟きを聞き、兵士は受け取った手紙を握り礼をして部屋を後にした


────


朝になり、首の痛みも大分引いた。昨日の夜から長い時間かけて瞑想をし、力を循環させることにより引いた訳だが、それでも痛むのはそれだけの打撃だったからだ。くそ・・・気にしてないとナキスには言ったが・・・ムカつく


シーリスは馬車の手配、シーラは食料などを準備してくれて、リオンは鍛錬をしていたらしい・・・こいつ何しに行く気だ


「さて、そろそろ行くか」


宿で朝食を済ませ、準備が整ったので馬車に乗り込む。今回は俺が御者の隣に座る


御者が馬車を走らせようとした時、馬車の前に1人の男の子が立っているのに気が付いた。御者は慌てて走らせるのを止め、俺がどくように言おうとすると、男の子は話しかけてきた


「ねえねえ、兄さんはどこ行くの?」


どこかで見た事のある顔だ。思い出せないが、知り合いに居ただろうか?いや、知り合い自体少ないし、居たらすぐに思い出せるはず・・・と、考えていると近くまでトコトコ歩いてくる


「聞いてる?どこ行くの?」


「ああ、デニスまで・・・」


「なぁんだ、死にに行くんだ?」


両手を頭の後ろで組み、無邪気に笑いながら言った言葉が、素直に頭の中に入って来ない・・・死にに?


「ウカイのおじさんと兄さんじゃ勝負にならないよ。僕でさえ難しいのに」


「お前・・・何者だ?」


「え?僕?アークだよ?」


「アーク?」


「あっ、えーと、そうそう『アイリンの息子』のアークだよ!」


言われて辺りの気配を探る。周りを見渡し、気配を探るがそれらしき気配を感じられない


「あー、探してもムダだよ。『間抜けな息子だったもの』には会いたくないんだってさ」


「なるほど・・・ね」


「でね。身の程を知らせる為にちょっと遊んで来いって言われたの。かげんも覚えたし・・・良いでしょ?」


アークの気配が一変する。馬がそれに反応して暴れそうになるのを御者が必死に抑える。不穏に感じた馬車の中の3人が出てくるが、それよりも早く俺に飛びかかってきた


飛んで来るアークに合わせて、こちらも飛び蹴りを浴びせる。綺麗に決まるが感触がおかしい・・・まるで綿でも蹴ったみたいな感触・・・違う!


気付いた時にはアークは空中でこちらに向けて掌底を放ってきていた


腕をクロスし衝撃に備える。俺が放った蹴りの衝撃と掌底の力が腕に伝わり、地面に叩きつけられた


「が・・・は」


息が出来ない・・・アークは・・・悠然と着地しこちらを見てるだけ


息を整える・・・さすが俺の蹴り・・・と思考に余裕を持たす


アークの使ったのは龍の型~流~


相手の打撃などを受け流し、そのまま返す技。虎の型は攻防一体に対して、龍の型は攻撃と防御が別・・・と言うより防御は捌きが基本となる。その捌きを攻撃にも転じられるように改良されたのが~流~だ


「なーんだ・・・やっぱり大した蹴りじゃなかった」


蹴りの衝撃が高かったら、今の一撃で両腕を粉砕されてたかもしれない・・・しかし、充分痛いわ


~流~は俺も多少は使える・・・でもジジイが苦手だったので、あまり練習出来てない・・・だから、俺があそこまで完璧に衝撃を受け流し、攻撃に転じることは・・・恐らく無理だ


「アシス!」


リオンが剣を抜き、アークに警戒しながら俺を呼ぶ。最近・・・だらしないな・・・無警戒に歩いて吹っ飛ばされるわ、弟らしき年下の男の子にいいようにあしらわれるわ・・・ほんと情けない


「へー、感じが変わった?兄さん本気だね・・・でも、まだ兄上じゃない」


訳の分からんことを言う弟もどきにはお仕置きだ


リオンを見て大丈夫と笑いかけ、右手をアークに突き出す


多方向からの衝撃を受け流せるか?


「震動裂破」


何をしようとしているのか気付き、後ろに飛び退くアーク。街中という事もあり範囲を狭めたのが不味かったのか、容易に範囲外に逃げられる


「兄さんが出来ることは僕も出来るよ?」


こちらに手をかざすアークを見て、少し笑みがこぼれる・・・まあ、そうなるわな。でも、想定通り!


「震龍裂破」


範囲を集中し方向性を持たせた衝撃は一筋の線となりアークに向かう


「あーもう!」


震動裂破を出そうとしていたのを諦め、~流~にて震龍裂破を受け流す。俺が近くに居ないため、衝撃はアークの体を通り、地面へと送られていた


「悪い子はお仕置きだ」


阿吽で背後に回り込み、裏拳でアークを打つ。~流~は同時に2つは流せない。震龍裂破の衝撃を地面に流している間は無防備となり、裏拳の一撃で吹っ飛んで行く


そこまで本気で殴ってはないが、体が軽いのか結構飛んだ。いや、自ら飛んだか?すぐさま立ち上がり、打たれた頬をさする


「・・・いたい」


涙目で頬をさするアークを見て罪悪感が湧く。傍から見ると年端のいかない子供を虐める男の図が完成されてしまった


ピーという音がどこからともなく聞こえてきた。何かの合図なのかその音を聞いてアークは項垂れる


「えー、これからなのに~・・・叩かれ損だよ~」


キッとこちらを睨みつけた後、舌を出してべーと言い、飛んで家の屋根に飛び乗る


「次は本気出すからね!感謝してよね!」


謎の言葉を残して去って行く弟もどき。どこに感謝する要素があったのか皆目検討がつかないが、去って行った後を追うのもどうかと思い、次が永遠に来ないことを祈った


「なんだったんだ?」


リオンが剣を収めながら言うとこちらに近寄ってきた


「知らん・・・俺が知りたいわ」


受けた打撃は大した事ない・・・って言うと自尊心に響くが、これからの事を考えると幸いだった。これが阿吽を使っての蹴りだったら、本気で腕がへし折られていただろう


「・・・似てる・・・可愛い」


シーラがアークの去って行った方向を見ながら呟く。可愛いか?あれ


「確かに面影があるわね・・・あれ弟?」


「かも知れない。『アイリンの息子』って言ってたからな」


「!じゃあ、母親が近くに?」


シーラがキョロキョロ周りを見るが、例え居たとしても分かるのか?あんだけジジイの絵をこき下ろしてたのに


「居ない・・・だろうな。アークを追えばその先に居るだろうけど」


「なら!」


「どの面下げて会う?マントを・・・家主の象徴を奪われた状況で」


「・・・」


「まあ、それを今から取り返しに行くんだ・・・その後にでもゆっくり会うさ」


シーラが気にしてそうなので、空元気なのを悟られないように言って馬車に向かう


正直・・・今はマントがあろうがなかろうが会いたくない・・・世間知らずな上に無様に吽家にやられた俺の評価は『間抜けな息子だったもの』。会ってどんな顔すりゃいいんだよ


アーク・・・本当に弟か?まあ、阿家の得意とする技は使ってたけど・・・阿と吽のどちらかなのは確実だな・・・つーか、感謝してよねって・・・・・・ん?


そう言えば吽家の所に行くってのは察してたな。ウカイのおじさんとも言ってた。会ったことがある?感謝・・・そうか・・・そういう事なのか?


御者席に乗り込まず考え事をしていると、下からシーラが覗き込んできた


「アシス?」


「あ、ああ。行こうか」


馬車に乗り込み、御者にトラブルを詫びて出発してもらう。着く前までに乗り越えなければならない課題も出来た・・・恐らく勝機があるとしたら、それぐらいだ


再度思いにふけり、馬車に揺られた




出来るだけ遠くまで行ってもらいたいと注文していた為、途中の街や村などは素通りし、寝るのも野営した


食料の事もあり、何度か店には寄ったりもしたが、基本は馬車に揺られている。そして、考え、瞑想を繰り返し、三日目の夜、リオンを呼び出す


「どうした?」


呼び出されたリオンが俺に尋ねる。答えは出た・・・瞑想を繰り返し、頭の中で何度も戦った。後は実践あるのみ


「頼み事がある」


言うと俺は木の棒をリオンに投げた。その辺の木の枝を拝借した、ただの木の棒


「?なんだ?」


「それで俺を殴って欲しい」


「・・・冗談ではなさそうだな・・・理由を聞いても?」


「これから向かう吽家・・・ウカイは阿吽虎の型の使い手・・・と言うより、虎の型以外は使わないらしい」


ナタリーさんの常識の時間が役に立った。阿家は龍の型は色々な技を持つが、虎の型は1つ。そして、それは練れば練るだけ恐ろしい力を発揮するが、対策を立てるのは容易だった。


しかし、対策は立てられても今の俺には実行が難しい・・・なんせその対策こそが龍の型~流~だからだ


「つまり着くまでの間にその技を習得したいと?」


「ああ。元々得意な技じゃないし、ある程度出来るからとサボってた。そのある程度では恐らく通じない」


「サボってたツケが回ってきたか」


「そういうこと」


「で?この木の棒で殴ると習得出来るのか?」


「殴られる衝撃を受け流す。言ってみれば、痛みを俺の体の中に流して相手に伝えるか地面に流すかって感じだ」


「痛みを体の中に流す?痛くないのか?」


「スムーズに流せれば痛みはない・・・でも、少しでも澱めば痛みが全身を駆け巡る」


「リスク高いな・・・剣でも受け流しは基本だが、完璧に受け流せれば相手の剣は空を切り、失敗すれば己の剣が傷つく」


「ああ、それを体内に通す・・・が、それが出来れば恐らく打撃に対して無効かつ相手の力を利用しての強力な一撃を放つ事が出来る」


「なるほどね」


リオンは木の棒を構えた。木の棒とは言えリオンの一撃だ。下手をすれば死さえも有り得る


「行くぞ・・・日頃の恨み!」


「よし、こ・・・え?ひご?」


惚けていると横から木の棒が迫り来る。考えるのを止め、攻撃に集中する。当たる瞬間に全身の力を抜き、攻撃に備えた・・・が、攻撃は変化し横の動きから縦に変わり頭を直撃した


「ケペ」


変な声が出て、星が目の周りでダンスする。おかしい・・・何もかもおかしい


「次!」


「いや、待て!次!じゃねえ・・・」


「なんだ?もう降参か?」


どこから突っ込むか目の周りの星のダンスが治まるのを待って考える


「まず・・・なぜ変化した?」


「うん?相手だって何も直線的に攻撃してくるとは限るまい」


「いや、そりゃ分かるが、それはおいおいやっていくとしてだなー、まずは直線的な動きに合わせるところから」


「ふむ、理解した。段階を踏んでって事だな」


「そうそう・・・で、日頃の恨みって何だ?」


「それはな・・・馬車の中・・・好いた者といれるのは嬉しい・・・が、女同士の会話を永遠と聞かされ、屁でもこくものなら、馬車の外を何時間も走らされ・・・」


え?そんな事があったのか?


「助けを求めて叫ぶもお前は無視・・・」


いや、聞こえな・・・あー、瞑想中なら気付かないかも


「この恨みはらさでおくべきか」


「いや、逆恨みだろ!てか、修行に格好つけて晴らすんじゃねえよ!」


「絶好の機会と思い・・・つい」


ほほう・・・俺は剣を引き抜いた


「おい!待て!それは洒落にならんぞ!」


「・・・1回は1回だ」


「カウント制!?ちょ・・・せめてコレで」


木の棒を差し出すリオンを無視して剣を構え追っかけ回す


・・・さて、習得出来るのか・・・こんなんで


────


デニス東にある阿吽家総本山


アシスが襲われてから7日が経った時、そこに1人の来訪者が来た


「懐かしいのう」


目を細め、まだ生え揃っていない髭を人撫でしながら周りを見渡す


「来るなら言ってくれれば総出で出迎えたんだがな」


答えるのはここの主人・・・ウカイ。触りながら突然の来訪者・・・アムスに話しかける


「ほっ・・・だらしなく廊下で寝る輩が増えるだけじゃ。お主弟子の育成を怠けておるのう」


片目でウカイを見定める。実力は充分・・・しかし、弟子の質は最悪だった


「無茶言うな。誰のせいで弟子の育成がおざなりになってると思ってる」


「メディアくんだりまで物見遊山しているお主のせいじゃろ?」


「それをお願いしてきたお前の娘のせいだ」


「・・・ほう」


目を見開き、今しがた得られた情報とナキスからの文の状況を考える。アイリンがアシスの持っている黒龍を奪えとウカイに頼んだ?なぜ・・・頭の中は混乱するが、それを表に出さず話を続ける


「して、黒龍と黒虎を手に入れ何をする?」


「何も?それは自分の娘に聞いたらどうだ?」


「出来れば苦労せんわい・・・それとも、アイリンの手先にでもなったか?」


「笑えねえ冗談だな」


見つめ合う2人。先に目線を切ったのはウカイ


「・・・感謝こそされても非難される言われはねえな・・・文句があるなら奪い返すか?」


挑発に乗らず、じっとウカイの腕に装着されている黒龍と黒虎を見つめる。どちらがどちらかアムスですら判断つかない。故に2つを見定めるのに集中し、答えを出した


「今の状態なら大丈夫じゃろう・・・アシスの糧となれ」


言うと踵を返し部屋の外へと向かって歩く。言われたウカイはとても看過出来ない言葉に反応した


「待て!糧だと?あの間抜けの?」


まんまと黒龍を奪われた阿家家主アシス。故に間抜け呼ばわりだった


足を止め、顔を横に向けて目線だけをウカイに向ける


「ふむ・・・足元をすくわれぬよう精進せよ・・・あまりにあっさりと取り返せては糧にもならんからのう」


忠告とばかりに微笑みながら言うと、用事は済んだとばかりに歩みを再開する


「ジジイ!後悔しろ!俺は阿吽家家主だ!いずれ貴様諸共掃討してやる!」


叫ぶウカイを尻目に、アムスは部屋を出た。出て行った背中を浮かべながら歯軋りをする


「良いだろう・・・来るなら来い・・・その首をジジイに晒してやるよ」


1人呟き、部屋の奥へと去って行く


アシスがもうすぐやって来ることを確信しながら・・・


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