2章 10 レグシ国
2章最後です
ナキスが用意したのは檻に車輪が付いたもの。それを2頭の馬が引いている。もちろん中身は情報漏洩科の生物。シクシク泣いている姿は『十』の1人とは思えない
もう1人の『十』はフレーロウの出口の門まで着いてきて、最後までブンブンと手を振っていた・・・過保護か
手を振られていたフェンは馬に乗りながら、名残惜しそうにブンブンを見ていたのがひどく印象的だった
馬に乗っているのは、リオン、フェン、バッカスと国の護衛兵の面々。俺とシーラとシーリスはナキスと共に馬車の中。シーリスは馬に乗れるが、ケツが痛いと拒否・・・馬車に乗り込む俺を見てバッカスとジェイスが舌打ちの二重奏・・・今度馬の練習しとこう
フレーロウを出て数時間、道中で野営して昼飯を食べまた出発・・・しばらくすると街の壁が見えてきた。デニスに対するガーレーンのように、レグシに対する最後の砦となるであろう街・・・サトナークに到着
その頃には檻の中の猛獣は『ケツがーケツがー』と奇妙な鳴き声を出していた。後で餌付けしてみよう
ナキスは罰として檻に閉じ込めたが、この街に檻は置いていくので、猛獣は解放されるらしい。ナキスは本気で怒ってたらしく、レグシまでその状態で連れていこうとしていたが、周りが行軍の速度を考えてこの街での解放に至った
サプライズが失敗したくらいでって思ってたら、どうやら違うらしい。情報の重要度は関係なく、漏らすなと言っていたにも関わらず漏らした事が問題らしい。まあ、重要度もそこそこあったみたいだが・・・脳筋に言うなと言っても無理だろう
街に入り、決められた宿に向かうと部屋割りを言われた。どうやら宿は貸切みたいで俺達の他には客はいない。案の定、俺はリオンと同じ部屋でシーリスとシーラ、フェンとバッカス・・・可哀想・・・でナキスの両隣は一方はラクス、もう一方に護衛数名が泊まり、ナキスの部屋の前にも交代制で2名ほど立っている
護衛も兼ねての隣らしいが、猛獣ケツガーに護衛など務まるのか疑問だ
護衛の1人が俺らの部屋に来て、ケツガーが俺を呼んでいると告げて来た・・・自分から来いと思いながらもケツガーの部屋を開けると護衛たちが一斉にこちらを見る・・・あ、部屋間違えた・・・何も無かったようにそっと閉じ、護衛2人がいる部屋を通り過ぎ、部屋の前に辿り着く
ドアを開けて中に入ると、宿に備えられたテーブルの椅子にふんぞり返って座るケツガー・・・ケツが痛いから、そんな座り方になっていると容易に想像がつく
「何の用だよケツガー」
「ケツ・・・?」
通用しなかったので、言い直す
「何の用だよラクス」
「まあ座れよ」
対面の椅子を勧めてきたので、ラクスの前に座る。ふんぞり返って座るラクスを正面から見ると自然と笑みがこぼれる
そんな俺をじっと見つめて、ため息混じりに呟いた
「・・・言うなよ・・・」
「・・・つい」
「ついじゃねえよ・・・まあ、それは置いといて、今回俺が同行した理由が2つある」
同行と言うより捕縛だったが・・・
「1つはナキス様の護衛・・・もう1つがアシス・・・お前の護衛だ」
ん?俺の護衛?
「いらん、檻に帰れ」
「檻って!まあ、聞け。今回の目的地がレグシなのは知っているな?」
「ええー!?」
「今更そんな小芝居はいらねぇ!ナキス様が言った時にやれよ!」
「で、それが?」
「切り替えはえーな、おい。でだ・・・レグシの『十』の担当がガレスの言ってたセリーヌって女なのだが・・・」
そう言えば言ってたな。ガレスの師匠・・・『水晶』セリーヌ
「非常に厄介だ」
「と、言うと?」
「まず惚れやすい」
?ラクスに惚れてるような事を言ってたが・・・
「で、惚れたら襲ってくる」
「獣か!」
「獣だ」
俺の突っ込みに真面目な顔して返してくるケツガー・・・何だその短絡思考のメスは
「俺は『十』同士の私闘禁止で守られているが、お前はヤバい・・・後この任務についている奴だとリオンって奴もヤバい。フェンって奴はレンカのお気に入りだから手は出さないと思う・・・バッカスって奴は・・・大丈夫だろう」
バッカス(笑)
「で、俺とリオンがどうヤバいんだ?」
「お前ら2人は将来性を見たら頭一つ抜けてる。このままいけば黒の称号どころか銀の称号に行き着くだろう・・・それを見抜かれたら・・・襲われる」
「て言うか、惚れたら襲う意味が分からん。惚れて殺して何がしたい?」
「いや、そっちの襲うじゃなくて・・・あー、そうか・・・くそ・・・」
なんか1人で納得して1人で悪態ついている・・・
「アシス・・・お前に大事な事を教えてやる・・・イタ・・・心して聞け」
急に真面目な顔をして座り直したら、椅子とケツが触れ合い、顔を歪めたラクスを見て、俺はどういう風に心すれば良いのか悩むところだ
そして、ラクスの『男と女』『子供が出来るまで』『子供の育てかた』の3本でお送りされた
「・・・」
頭の中を整理しよう・・・男と女が付き合って突き合って子供が出来る。子供には能力が引き継がれるから、考え方によって好きになる相手の種類が変わる。例えば、強さを求めるなら強い人を好きになり、賢さを求めるなら賢い人を好きになる。それは、ないものねだりか長所を伸ばそうとするかは、その人によって変わるが、そういうのを全部ひっくるめて『本能』と言うらしい
子供の育て方も夫婦で育てる一般型から、1人の親が育てる集中型、他人に育てさせる特殊型、一切関知しない放置型がある。一般型は両親から学ぶことにより広く浅く。集中型は1人の親から学ぶ為狭く深く。特殊型は預けた先によってどう育つか分からない為、賭けにも似た育て方。放置型はその名の通り放置・・・何だそれ
子供ってそういうもんか?なんか・・・違うんじゃないのか?愛し合って出来た子供を育て方で・・・あー、何だ・・・訳が分からないが・・・ムカつく
「で、セリーヌが襲ってくるって言うのは・・・つまりその・・・性的な意味でだな・・・」
説明しているラクスは特におかしいと感じてない・・・つまりはいつも感じている違和感・・・常識と本能のズレって言った方が良いのか・・・と、いかんいかんラクスがまだ話してた
「強制的に子作りしてくる?って事か」
「そ、そういう事だ」
「野盗とかが男は殺して女は襲う・・・って言うのの襲うっていうのは強制子作り?」
よく聞くもんな。勝手に男は殺して女は殺さないって意味かと解釈してたが
「うっ・・・それは・・・違うんだ」
ん?何が違うんだ?ひどく言いにくそうにしているラクス・・・ごにょごにょとわざと聞き取りづらいように話している
「ラクス!」
「あー、もう・・・分かったよ!・・・気持ちいいんだよ」
「え?」
「だから!男と女が致すと気持ちいいんだ!そりゃもう果てしなく!くそっ・・・なんで俺が・・・」
ほ、ほほう
「気持ちよさを求めて男は女を襲うんだ!てか、お前も女を見て興奮した事くらいあるだろ?」
「ないな」
「くそぅ!・・・そうか、生乳だ・・・生乳生尻見てないから・・・そうだ、そういう事だ・・・」
「お、おい・・・ラクス?」
「出会い湯浴みに行くぞ!」
「ん?出会い・・・湯浴み?」
どっかで聞いた事あるフレーズ・・・
「そうだ!そこは正に桃・源・郷!桃源郷とは源泉と呼ばれるお湯が湧く所に桃が・・・生乳や生尻がゴロゴロしている場所の事を言う!(※違います)いざゆかん!桃源郷へ!」
両手をワキワキさせて叫ぶラクス・・・ふと視線を感じドアの方を見るとそこには顔が浮いて?・・・いや、ドアを少し開けて顔だけ出したシーラが居た
「・・・・・・・・・変態」
ワキワキさせながら、シーラの言葉を受けるラクス・・・ワキワキは止まらなかった・・・
変態ケツガーの誕生の瞬間であった
一夜明けてラクスの入ってた檻は置いていかれ、尻の状態が良くなったラクスは購入した馬に乗っている。まだ痛いのか時折顔を顰めているが、尻の痛みよりシーラの視線の方が痛いらしく、シーラの目の届かない位置をキープしている
馬車の中昨日と同じメンバーで、進行方向に向かって俺とナキスが座り、対面にシーリスとシーラが座っている。昨日まで俺の前にはシーラが居たが、意図的かどうか分からないが、今の俺の前はシーリスだ
「・・・最低」
今日何度目かの蔑んだ目と言葉を頂いた。事実無根なのだが、耳がパタッと閉まったかのように聞き入れてくれない・・・
「そういうのに興味を持つ年頃なんだ・・・仕方ないと思うけどね」
ナキスがフォローしてくれているが、フォローの仕方がダメだ。未遂だ未遂
「出会い湯浴みに興味あるなら、私が一緒に入ってあげるのに・・・」
シーリスが上目遣いで言うと体を屈めて胸の谷間を見せつける。うん、デカイな
「姉さん!」
馬車の中というのにシーラは勢いよく立ち上がった。運悪く車輪が小石に乗り上げたのか、少しガタっと揺れるとシーラはバランスを崩し俺の方によろめき乗っかってきた・・・わざとじゃない・・・わざとじゃないが、受け止めようとした時に・・・そのお胸をムニっとしてしまった・・・わざとじゃない
「だ、大丈夫か?」
触ってしまった事を詫びると、わざと触ったと思われるから、触ってない体で話を進めよう・・・ああ、シーラの視線が痛い・・・
「あらまあ、都合よく斜めによろめく体だこと」
シーリスがニヤニヤしながら言うが、シーラは何も無かったように立ち上がり、服をパンパンと叩き席に戻る
和やか?な馬車の中とは違い、ふと外を見るとフェンが併走していた。斜め下を見ながらブツブツと呟いている・・・聞き耳を立てると『レンカ・・・レンカ・・・』と聞こえる・・・ヒィ・・・なんか怖いぞコイツ
目線でナキスに訴えるも、首を振り、関わるな的な感じで目線を逸らす・・・まともな奴は居ないのか、メディアの傭兵には
特に何事もなく過ぎていく・・・道中は。2回目の夜は街と村との境になり夜営することとなった。テントの準備もあった為、ナキスのテントの周りに護衛たちが雑魚寝する形となった
女性2人にもテントが支給され、シーリスとシーラはその中で寝ていたのだが、そこで問題が発声。シーラの「きゃあ」という叫び声に騒然となり中を覗くとそこにはフェンが居た
「チッ・・・レンカ切れか」
バッカスはつまらなそうに自分の寝ていた位置まで戻る・・・レンカ切れ?護衛の1人がフェンに布を投げつけると、フェンはその布の匂いを嗅ぎ、落ち着いたのかテントから出て歩いて行ってしまった・・・え?なにこれ
「あれが無ければ彼は黒の称号にとっくになっているのにね」
いつの間にか後ろにいたナキスがため息混じりに呟く
「あれって・・・レンカ切れって言ってたやつか?」
「ああ。彼はレンカに育てられ、超がつくほど依存しているらしい。同じ街に居れば、離れていても匂いで安心するらしいが、離れて時間が経つと・・・発作が起きるらしい」
「・・・」
「腕はガレスと遜色ないのだが・・・如何せんあの状態では傭兵団を設立どころか加入すら難しい・・・」
「・・・おい」
「まあ、レンカの匂いが付いたものを嗅がせれば落ち着くので、大丈夫だ。発作が起きると匂いを探してウロウロするくらいだし・・・ちなみに名前をもじって『フェンタイ』って言われてるらしいよ」
「・・・おい、何故そんなやつを連れてきた」
「言ったろ?腕が立つって」
ナキスは欠伸をしながら自らのテントに戻る・・・良いのか・・・それで良いのかメディア王子よ・・・外敵よりも味方に不安を覚えつつ眠りにつくのであった
そんなこんなの珍道中も終わりに近づいている。スムーズに国境を越え、レグシに入ると変態さん達の行動など見ている余裕が無かった。それは初めて訪れた異国の匂い、雰囲気、人、建物・・・全てが新鮮だったからだ。久しぶりの田舎者モードだ
村はテラスやダーニを基準に見ると、やや寂れていて、そんなに興味が持てなかった。木造りの家がポツンポツンとあり、畑仕事している人や遊び回っている子供・・・特に代わり映えがある訳でもなく、ちょっと元気がないかなー程度
ああ、どこも一緒かと思いレグシに入った2日目の朝・・・街に到着した時は目を疑った
メディアにある街のような無骨な壁ではなく、装飾された綺麗な壁が一面にあり、中に入ると花の匂いなのかいい匂いがする。見た目も美しく、匂いの元になっている花はもちろん、石造りの家もただ積み上げたものではなく、一軒一軒違う形をしていたり、奇抜な建物があったりといつまで見ていても飽きなかった
シーラも初めてレグシの街に来たのか食い入るように馬車の外を眺めている
「いつ来ても不快ね」
シーリスはサッサと街を抜けたいようで、外を見ずに腕を組んで目を閉じながら呟く
ナキスも見慣れているのか、さほど感動はしていなかった
「ナキスは来たことあるのか?」
一国の王子が他国においそれと行けるとは思えない
「もちろん。と言っても数回程度だけどね。自国の発展の為に他国を見るのは非常に勉強になる・・・しかも、レグシはこの街・・・リーレントは他国との交流の街としてうたっているからね。他国からも来やすいのさ」
「メディアにもあるのか?こういう街が」
「ないね。ここまで大胆に開放する勇気がない・・・危険度を考えるとどうしても尻込みしてしまうね」
まあ、国境全てに壁がある訳でもないから、不法入国も後を絶たないとか聞いたな。で、その不法入国した者が街で暴れたり野盗になったりとか・・・普通に街に入れない分、村や外で活動しているらしい・・・傭兵の仕事が耐えない訳だ
「今回は少し早いがリーレントで宿を取る。明日の朝出発なので観光がてら散歩でもするといい・・・2班に分けてだけどね・・・後、シーラに少し話がある・・・最初にアシス、リオン、フェン、バッカスが出掛けていい。残りの3人は僕の護衛として宿に残り、シーラは申し訳ないが僕の部屋に来てくれ」
「え!?・・・は・・・い」
「すまないね・・・時間は取らせないよ」
「シーラに何用だ?ナキス」
「君には・・・関係ないよ」
うお、ロウモードだ。ロウモードは俺が名付けたロウ家の謎の力?の名前だ。ロウモードの時のナキスの目はなぜか強制力みたいのを感じる
ナキスとシーラ・・・あまり関わりがなかったように思えるが・・・ナキスじゃなくて、ナキス・ロウとして答えてる時点で何か企んでるのは確かだな
夜中の強行軍のお陰で朝にリーレントに着けたが、そのせいでかなり眠い・・・自由時間を与えられたが、観光することなく宿で眠りについてしまった
起こされたのは昼過ぎ、護衛の交代時間になったらしい・・・昼飯を食い損ねた
「なあ、なんで昨日の夜は強行軍になったんだ?」
護衛の準備のため、着替えている同部屋のリオンに尋ねる。レグシに入って村を素通りし夜営・・・そして、強行軍にてリーレントに到着したのだが、手前の村で泊まれば良かったのに
「村は護衛しにくい・・・宿があったとしても大体は木造り。火をかけられるとなす術もなく全滅・・・というのも有り得るからな」
「なるほど・・・まだ開けた所で野営した方が守りやすいか」
「ああ。それに村は門兵がいると言っても素人・・・誰が村に入ってるか分かりゃしない・・・今回の情報の漏洩により神経質になってる部分もあるかもな」
ケツガーのせいか・・・だが、元々村には泊まらないと決められてたポイな
「俺らはナキス王子の部屋の中で護衛らしい・・・行くぞ」
リオンは着替えが終わると部屋を出る。俺も後に続くとナキスの部屋から出てきたシーラとシーリスに出くわした
「おう、ちょうど良い・・・交代だな」
リオンが2人に話しかける・・・が、反応が薄い
「何だ?ナキスにいじめられたか?」
俺が言うとシーリスは「知らないわ」と言って自分の部屋に向かう。シーラは顔を下に向けたまま目線も合わさずに行ってしまった
「何か・・・あったか?」
ナキスに部屋に呼ばれていたシーラ。シーリスも一緒に出てきたって事は、シーリスにも用事があったのか?
直接ナキスに聞くべく部屋の中に入りナキスを見た・・・ベットの上でスヤスヤ寝ている・・・
「こりゃー・・・」
とリオンに話しかけるが、口元に指を1本立てて当てている。あー、静かにしろって事か
結局、護衛の間ずっと寝ているナキスを見守るしかなく、護衛の時間は過ぎていった
翌朝、いつも通りに馬車に乗り、4人同じく座り目的地を目指す。今までみたいに会話はなく、なぜかガーレーンからの帰りのような状態が続く・・・居心地が悪い
その状態を打開する事叶わず、レグシ首都バーレンロウに到着するのであった・・・
バーレンロウの入口手前に10名程の団体がこちらを待ち構えている。先頭にいるのは女性・・・えらく刺激的な服装だ。大事な部分だけを隠しましたと言わんばかりの少ない布に、透明に近いヴェールを纏ったその人物が恐らく・・・『十』が1人・・・セリーヌって人だろう
「知らせ通りの到着ですわね。ようこそレグシ国バーレンロウへ。ナキス王子」
「出迎えご苦労・・・セリーヌ」
仰々しく頭を下げるセリーヌ。ナキスは馬車を降りながら、その挨拶を受け取る
どうやら馬車と馬は街の外に専用の厩舎があり、そこに預けるらしい。セリーヌと共にいた者が護衛兵と共に厩舎に預けに行き、ジェイスと俺ら傭兵連中だけがその場に残る
「なかなか精鋭ぞろ・・・」
セリーヌが言葉を詰まらせる・・・俺らを見回している最中に見つけたからだ・・・愛しの君を・・・
「あ・・・ああ・・・」
両手を前に突き出し、見つけた愛しの君の方へと歩を進める。ナキスはやれやれと言った感じで首を振り、当の本人は今更感満載だが存在感を消すように後ろに隠れ、目を合わせないようにそっぽを向いている
「ついに・・・ついに私の愛を受け止めて下さる決意が!」
「違う!」
「ようやく・・・ようやく結ばれるのですね・・・誰か!宿を貸し切って来なさい!チャイギフ・・・いえ、メルフォンを貸し切るのです!」
チャイギフ、メルフォン・・・宿屋の名前か?馬を置きに行ったので誰も居ないのに、周りが見えていないのか叫ぶセリーヌ。そこに護衛兵で唯一残ったジェイスがセリーヌの前に出る
「『十』のお方とは言えナキス王子の前であまりに不敬!下がられよ!」
「あ?」
不味い!正気を取り戻したセリーヌの表情が変わる。気配もガラリと変わり、そこにいるのは1匹の野獣・・・慌てて動こうとするがセリーヌは容赦なく腕をジェイスに向けて振り抜いた
すんでのところでラクスがジェイスの首根っこを掴み引っ張ると、ジェイスとセリーヌの間に見えない何かが通り過ぎる・・・ガレスの使ってた影剣か
「セリーヌ!」
たまらずラクスが制そうとするが、セリーヌには2人の恋路を邪魔したジェイスしか映っておらず、次の攻撃の準備をする
「セリーヌ・・・控えろ」
いつの間にかセリーヌの正面に回ってきたナキスが声を抑えて言った。その瞬間にセリーヌの雰囲気は元の状態に戻り、場が静まる
「・・・申し訳ございません・・・少々取り乱しました」
少々?
「構わん・・・お前の任務は私を王城に案内する事だ」
構わん?
「承知しております・・・どうぞこちらへ」
チラッとラクスの方を見て名残惜しそうに踵を返しバーレンロウの入口へと歩きだすセリーヌ
「・・・お前の周りが特殊なのか?それとも俺が世間知らずなのか?」
「君も含めて特殊だね・・・もう慣れたよ」
慣れるなよ・・・てか、含めるなよ。普段に戻ったナキスに付き従い、途中で馬を置きにいた者達とも合流し中へと入る
リーレントの衝撃から、途中の街がどうもふつうに見えていたが、バーレンロウもリーレントに勝るとも劣らない美しさ。景観を損なう為と馬を入れない徹底ぶりが頷けるくらい塵一つ落ちていないと思えるくらい綺麗だった
正面に伺える王城はメディアが機能を重視した作りとしたら、真逆の見た目を重視した作りになってる様に見える
王城前に壁などなく、開けた広間・・・いや、庭園か?中央に噴水があり、兵士の姿も見えない
そのまま進んでいくと植物のアーチ・・・くぐるとそびえ立つ王城。観光に来ていたら、ポカンと口を開けて見続けていただろう
だが、全員止まらずに王城を目指しひたすら歩く
王城に入ってからも、あらかじめ知られていたのか、セリーヌは誰と話すこと無く突き進み大きな扉の前で立ち止まりナキスに道を開ける
扉は突然大きな音を立てて開かれ、ナキスの眼前に赤い布が敷かれた道が部屋の中央へと続き、その先端に大きく豪華な椅子に女性が座っているのが見えた
女王・・・か
ナキスは礼をして部屋に入り、ちょうど部屋の中心まで歩を進める。俺らはナキスの後ろに従い半歩後ろで止まる。事前に聞いていた通りの行動だ
「よく参った。メディア国の王子よ」
尊大に語る女性・・・レグシ国の女王は微笑みを浮かべナキスを迎える
「御多忙のところ、突然の来訪お許し下さり感謝しております。メディア国第1王子ナキス・ロウでございます」
「レグシ国王ガーネット・ロウだ。下らん挨拶や世辞はいらんいらん。来た目的を申せ」
ガーネットの言葉にジェイスが反応したが、ナキスがそれを制する。どうやら尊大な物言いに文句があったらしい
「心遣い感謝致します。でありましたら、1つお願いしたいことがございます」
「申せ」
挨拶や世辞を飛ばして目的を言えが心遣いなのかは定かではないが、肘掛に肘をつき拳で頬を支える形で面倒臭いとでも言うように言葉を即す
「従者を1人置き、人払いをお願いしたいと存じます」
ナキスの言葉に周りがザワつく。レグシの近衛兵の面々もさる事ながら、こちらも聞いてなかったのかそれぞれ顔を見合わせる
「なるほど・・・メディア国の王子は愚か者か」
ザワついていた周囲の空気が緊張で張り詰める。殺意にも似た雰囲気がこちらの護衛兵から出た為だ
「受け入れて頂けませんか?」
「話にならん。この場で話す事叶わんのなら、そうそうに立ち去るが良い」
「ならば・・・『十』の主として再度申す。従者1人残しあとの者は部屋から退出せよ」
ここでロウモード発動ですか?知らないレグシの近衛兵達が混乱している
「囀るな・・・静まれ」
ギロりと近衛兵を睨み言うとナキスを見ながら続ける
「メディア国の王子が来るとの伝聞は受けたが、『十』の主が来るとは聞いてないな」
「使えるものは何でも使う。ガーネット殿が上から降りてくれないのなら、こちらが昇るまで」
暫し見つめ合う2人。最初に沈黙を破ったのはガーネット
「詰まらん話ならどうする?」
脅しとも取れる言葉にナキスは1歩前に出た
「この首差し上げよう」
その言葉に我慢が出来なくなったのがジェイス
「ナキス様!」
しかし、2人にはその言葉は届かない。再び沈黙の中、やはり先に動いたのはガーネットだった
「セリーヌを残し各員退出せよ」
「なっ!」
近衛兵が全員驚愕の表情を浮かべるが、ガーネットは動じずナキスを見つめていた
「アシスを残し、全員部屋から出よ」
え?俺?
「ほう・・・『大剣』ではないのか?」
「ただの話し合いの場だ・・・誰でも変わらぬ」
じゃあ、ジェイスにしろよと思ったが、話に加わる気はない
「陛下・・・セリーヌ様は・・・」
「下がれと言ったのが聞こえなかったか?2度言わせるな」
まあ、近衛兵の心配も分かる。だってナキスは『十』の主でセリーヌは『十』の1人。下手すると3対1の構図が出来上がる
しかし、王の言葉は絶対みたいで、すごすごと部屋を後にする近衛兵たち。こちらも最後までジェイスが粘っていたが、ナキスに再度言われて部屋を後にした
「して、何を申す・・・『十』の主よ」
いつの間にかセリーヌはガーネットの隣に立ち、2対2の構図が出来上がる。ガーネットの言葉にナキスは頭を下げた
「不躾な願いを聞いて下さり感謝致します。ガーネット陛下」
「・・・そう使い分けずとも、『十』の主として話すが良い」
「いえ、私はあくまでメディア国の王子として来たので」
「ぬかしおる」
微妙な空気で笑い合う2人。ロウ家同士だとロウモードも効かないし、お互いやりづらそうだ
「さて・・・貴重なお時間を頂いてるのですから早速始めましょう」
「はよ申せ」
「単刀直入に申します。私と結婚して下さい」




