2章 8 ロウ家
ほぼ会話で進みます
「お茶をどうぞ」
豪華なテーブルの上に湯気が立ち込めるカップが置かれ、運んでくる時に使ったお盆を片手に仰々しく頭を下げて部屋を退出する女性・・・料理中に身に着けるエプロンのような服に、何の意味があるのかヒラヒラしている部分が多数ある
「ウチのメイドに興味があるのかね?」
目の前の人物・・・ナキスがカップを傾けながら俺に問う
ここは王城内のナキスの部屋
ガーレーンより戻り宿屋に寄るも、居心地が悪かったので昼過ぎではあったけどナキスを訪ねて王城に赴いた
ナキスくーん、遊びましょー的なノリでいったら兵士に囲まれ牢屋送り・・・になる寸前でジェイスが身元を保証してくれて、無事入る事が出来た・・・こいつタイミング見計らってたんじゃないのか?とも思わないでもなかったが、元々嫌われてるしスルーされなかっただけでも良しとした
んで、今現在ナキスの部屋で対面に座りお茶している。メイドも出ていき、近衛兵も居ないので二人きりだ
「別に・・・ところでガーレーンに行ってきたんだが・・・」
掻い摘んでガーレーンの出来事を話す。ナキスは黙ってそれを聞き、時に頷き、時に眉毛をピクリと動かしながら終始黙って最後まで聞いていた
「・・・てな感じだったんだけど」
話が終わると目を閉じ、しばらく考え事をしてる感じだった。リオンなら寝てると判断して引っぱたく位してしまいそうだ
「・・・今後の課題って所だね。向かったのが君たちで良かった・・・って言うのが本音かな」
「ほうほう・・・どうして?」
「ソルトの手腕はかなり高いレベル・・・普通の傭兵団では太刀打ちできずに殺されてたか、何も出来ずに帰ってきていたか・・・逆に強すぎる傭兵団では戦争に近いものに成りかねない」
「そこまで行くか?」
「行く。特に傭兵団によっては命より名声を重んじるところがある。コケにされたとあらばトコトン行くだろうね」
「そうそれ!」
ナキスのを言葉に反応し思わず立ち上がる。ナキスは突然の事なので、お茶を少し吹き出した
「ゴホッ・・・いきなりどうしたんだね?」
「その名声とか名とか今回の件で色々出てきたんだけど、イマイチ分からなくてさ。通せんぼされて避けたら負け・・・みたいな所も」
聞くとナキスはカップをテーブルに置き、足を組み直してこちらをじっと見つめる
「ふむ・・・僕の言葉が引っかかったかな?」
「まあ・・・な」
ガーレーンの宿屋で話していた時に過ぎったのは紛れもなくナキスの言葉
『戦争がなくならないのはそういうことなんだよね』
戦争や争いごとを起こさないに越したことはない。だから、名声や名にこだわる事によって争い事が起こるなら、元から無ければ良いんじゃないか?そういう思いがあの時は渦巻いていた
「名声なんて必要ないんじゃないか?名なんて惜しまなければ良いんじゃないか?争いの原因になるならな」
「ふむ・・・確かにそうかも知れない・・・でも、そうじゃないかも知れない」
「どっちだよ?」
「地位や名声による戦争・・・これは最も多く、歴史的にも根深い。そして、それはロウ家の出現により起きたと言っても過言ではない」
「地位って王家とかそんなもんか?」
「そうだね。王という地位が生まれ、個人の地位とも言うべき名声を具体化したのもロウ家だね」
「傭兵の称号か?」
「察しが良くて助かるよ。傭兵だけではないけどね。その2つはロウ家の発案によるものと言う書簡が存在する。まあ、間違いなくロウ家だと思うよ。で、通貨の発明と国を分けた行い・・・全ては1つの為に発案されたようにしか思えない」
一息で話終えると、ナキスはカップに残された茶を飲み干し、机に置くと続けた
「全ては・・・争い競わせる事による発展の向上」
んん?やばいぞ、処理が追いつかなくなってきた
「待て待て・・・今まで言ったロウ家が創り出した事は全部発展向上の為って言われても意味が分からんし、論点自体がズレてないか?」
「君の言ってたのは『名声の必要性』だろ?ズレてないさ」
「発展向上の為だから必要って言いたいのか?」
「いいや、名声という言葉が生まれた背景を知る事により、君自身が気にするか気にしないか決めるが良いさ。ただこれだけは聞いておくね」
ナキスは目を閉じた。言おうかどうか迷っているのか・・・しばらくして、目を開き口にした言葉は思いもよらぬ言葉だった
「この大陸にロウ家は必要か?」
突然の質問に考えるより先にナキスの目を見た。見た後で軽く後悔・・・見るべきではなかった。全てを見通したような瞳に思わず吸い込まれそうになる
戦えば勝てる・・・勝負にすらならないだろう。だが、恐らく俺の拳は届かない
油断していた。初めて会った時に感じた違和感を信じ、正面に座るべきではなかった・・・絞り出した答えは
「・・・分からない」
その答えを聞いて目元を緩めるナキス。それを見て冷や汗が顔をつたい足に落ちるのが分かった。正解か不正解なのか・・・いや、そもそも質問の意図は?次のナキスの言葉を何故か心待ちにしていた
「だろうね。この質問の意図に今は辿り着けないだろうからね・・・名声の話に戻るとしよう。君は名声が欲しいかな?」
「・・・今はいらない」
先程の目線から逃れ、普通の会話になりだいぶ楽になった。ロウ家が只者じゃないのか、ナキス・ロウが只者じゃないのか・・・
「『今は』か。名声の意味を知れば欲しくなるかもって意味かな?」
「そうだな・・・傭兵にとって必要なものと教わった。ならば、傭兵をしていくのなら欲するかもしれない」
ナキスが突如手を叩き、その音を聞いた先程のメイドが新しいお茶を入れまた部屋を出る。その間、1分ほど・・・なぜ湯気が出てる?
「待たせたね。傭兵を続けるのであればあえて言わせてもらうと・・・意味を知る必要は無いよ」
あん?
「君は剣がどうやって造られているか知っているかい?」
「いや、知らない」
鍛冶師がどうとか・・・鉄をどうして・・・うーん、やっぱり知らん
「そういう事だね」
「どういう事だね?」
「必要と言っても、持つ事が必要なのか、知る事が必要なのか・・・それは人によって違う。君は戦うものとして剣を振るうから剣が必要なのであって、必ずしも剣の製造に関して知る必要はない。それと一緒で、名声も傭兵にとって必要であっても、名声が何たるかを知る必要は無い。名声を得たら何を得られるかを知れば良いだけだね」
今までのナキスとは違いどこか突き放した言い方。ナキスの考えている事がまったく分からない
「・・・なら、知っても問題ないだろう?」
「確かに。知る必要がないが知ってはいけない訳では無い。だが、知っても意味は無い」
「それでも教えてくれ」
名声が何たるかを知れば、何かが変わるかもしれないし、何も変わらないかもしれない。その判断をする為にはまず知らなくてはならないとテーブルから身を乗り出しナキスに詰め寄る
「良いよ・・・名声だけじゃない。王という地位も通貨も国も全てはある目的の為に創られた。だから、名声自体に・・・と言うより存在自体に意味を為す。そう・・・全ては人心の掌握の為」
「人心の掌握?」
「そう・・・相手が王であれば無条件で平伏し、通貨があれば色々なものを買うことが出来、名声が上がれば皆が褒め讃え、その地に居れば国民となる・・・当たり前のようになっているこの環境こそがロウ家が仕掛けた人心掌握の礎」
ナキスは立ち上がり、部屋の窓の方に歩き始めた。窓から下を覗くと歩いている人が見える。兵士だったり商人だったり・・・その姿を眺めながら悲しげな顔をしていた
「当たり前の事は当たり前ではなく、創られたものである事に誰も気づかず暮らしている。それは一見平和に映るかもしれない・・・しかし、本当にそれが幸せなんだろうか?」
「・・・」
「何千何万と考え、答えは出ない。ロウ家の気分次第で平和な日々は失われ、笑顔は凍りつく。そんな危うい中で均衡は保たれてるんだよ」
「ロウ家が戦争を起こさなきゃ良いだろ?ただそれだけ・・・」
ナキスは俺の意見を聞き、首を振った
「初めに言ったよね。争い競わせる事による発展の向上・・・戦争は定期的に行われる。それは絶対不変の決まり事。そうやっておよそ300年・・・発展してきたのがこの大陸の真実」
「なんで争わなきゃ発展しないんだよ?」
「発展しない訳では無い。発展の速度の違いが出る・・・しかも如実に・・・例えば畑を耕す鍬。これは昔全部木で出来ていた」
クワってあのクワだよな。木って・・・
「いや、折れるだろ?地面が硬いから耕すのに、木だとすぐダメになるぞ」
「でも、昔はそれが当たり前だったんだよね。だから、無理でも何でもそれでやるしかなかった・・・しかし、戦争で剣を使うようになった。鉄で出来た剣は使い方が違えば容易に土を掘り起こすことが出来る・・・木に鉄を取付ける今の鍬の原型が出来た」
「それで戦争のおかげって飛躍し過ぎじゃ・・・」
「・・・鉄を先に付けた鍬は弱点があった。鉄の部分と木の部分が使っていると破損しやすい・・・耐久性の脆さが露見した。そして、次に注目されたのは槍。同じく木に鉄を付けた武器だ。より鍬に近いため作りを真似て補強することに成功・・・今の鍬に至る。それも戦争で折れやすい槍が強化された為に起きた相乗効果だ」
「だから、戦争なくてもそれは改良するんじゃないのか?」
「人は生き死にがかかっている時に思わぬ発想や努力を見せる・・・弓もそうだ。戦場で使う為に飛距離を伸ばすことに専念し、それが狩人の質と生還に大きく貢献した。近くに寄らなくても遠いところから正確に狙える弓のおかげでね」
「結果論もいいとこだ」
「生活がかかってる・・・結果が全てだ。・・・あたかも戦争の恩恵で道具が生まれたように印象操作し、より質の高い戦争をする為に傭兵の質を上げる。名声なんてまやかしを使い・・・商人は戦争が起きる度に儲け、陣取り合戦という名のゲームに勤しむんだ・・・兵士という駒を使ってな・・・それがロウ家だ!」
おもむろに俺が手を叩くと先程と同じメイドが部屋に入って空になった俺のカップに茶を注ぐ。ナキスのカップを見て、まだ入っている事に首を傾げながらも茶を追加し礼をして部屋を後にした
「・・・何をしている?」
「お茶を飲んでいる・・・さっきナキスが手を叩いたらメイドがお茶を入れてくれるのを見てたからな。ちょっとやってみたかったんだ。手を叩く音に王子も平民もないだろ?ナキス・ロウ」
お茶を飲みながらナキスを見ると目を見開き、絶句している。仕方ないだろ・・・やってみたかったんだ
半分飲み、まだ湯気の出ているカップを眺めながら、話を続けた
「面白いな・・・もしかしたら、温かいお茶を持って部屋の外で待機、冷める前に温かいお茶と交換する・・・を繰り返してるのか?」
「・・・そうだ。客人にぬるいお茶を出す事はしない。かと言って部屋の中の話を聞かれる訳にもいかない時が多々ある。だから、状況が分からないなら、常に温かいお茶を用意すれば、合図したらすぐに入れることが出来る」
「やっぱりそうか。で、これはロウ家が考えたのか?それとも戦争で得た知識か?」
「いや、これは執事が考案し・・・違う・・・違うよアシス。そういうことじゃないんだ」
何かを振り払うように首を振るナキス。その目はいつもの全てを見通すような目ではなく、明らかに困惑している
「回りくどいのはなしにしようナキス。今の当たり前、常識はロウ家が築き、この大陸の発展の速度の向上の為に定期的に戦争が繰り返されてきた・・・で、お前は俺に何が言いたい?」
「・・・常識に囚われていないアシスに・・・君に率直な意見を聞きたい。この大陸全土の状況をどう思うかを」
「率直な意見も何も・・・まるでロウ家は悪者だって言ってるように聞こえてたぞ?」
「・・・全て事実だ」
「そうか・・・なら、ロウ家はやり過ぎだな」
戦争がどんなものか知らない。国と国とが争う・・・兵士と兵士が殺し合い、巻き込まれる民が殺され奪われる・・・発展の為か知らんが人為的に行われて良いものではないと断言出来る
「・・・『十』を知っているかい?」
「唐突だな・・・知っている・・・と言うより聞いている」
『十』────十人の者からなる国家を超えた超越者
一人一人が一騎当千、一国の王すら恐る存在
「その認識は間違っている。『十』とは監視者であり、調整者。大陸を監視し、調整するもの達の事を言う。そして、『十』の現在の主は僕だ」
・・・は?
「ちなみに君の祖父であるアムスと『大剣』ラクスは『十』の1人だ」
・・・???
「『十』の役割は意図しない戦争の抑制。不穏な動きの監視し、起こってしまった争いの沈静化などを主としている。各国に一人づつ配置し、残った者で何かあれば動く。そうそう動く事はないけどね」
・・・・・・
「今年がロウ歴297年・・・100年に1度起こる大戦争まで2年と半分・・・それまでに僕は・・・」
「待て待てちょーと待て。一旦待ってくれ。ちょっと頭の中を整理する」
えーと、ナキスが『十』の主で、ジジイとラクスが『十』で、大きな戦争がもう少しで起こる・・・よし!訳が分からん
「回りくどいのは止めたつもりなんだけどね」
「唐突に簡潔的過ぎるわ!もうお前らの立ち位置はこの際無視だ・・・大戦争ってなんだ?」
「ロウ歴100年200年にも起きた・・・起こした大陸全土を巻き込んだ戦争。10年単位で起きる軽度な戦争とは違い、国が滅ぶ寸前までいく。当然死者の数も相当なもの。1面焼け野原になる街や村も出る」
「・・・バカか!何の意味が・・・まさか、それが発展の向上?」
「破壊と再生・・・1度既存のものを破壊する事により、より強固な再生を促す」
「ふざけるな・・・人は死ねば生き返らない」
「そう・・・だから、人の犠牲によって成り立つんだよ・・・君も見ただろ?村は木造りの建物に溢れていた・・・が、街は石造り。これは木造りの建物が戦争で容易に破壊され、頑丈に作り直した結果。もし破壊されてなければ全ての街が木造りのままだったかも知れない。破壊と再生が顕著に出た例だね」
「・・・それを皆は知っているのか?」
「知らない。ロウ家のみが知ることが出来る・・・いや、詳しく言うとロウ家すら知りえない隠蔽された過去もある。文献として残さず口伝のみの話もある。全てはロウ家が理想とした国を・・・大陸を創り上げる為の策・・・いや、呪いか」
「つまり6ヶ国に分かれても、ロウ家は裏で繋がり大陸を操っていると」
「6ヶ国協定というものがある。その中の1つ・・・最重要事項が100年の度に戦争を起こすというものだ。ロウ家はそれに従い過去に2回大戦争を起こしてきた」
「反吐が出るな」
「ああ。だから、その為に僕は『十』の主となった。監視者にして調整者・・・その力を使い今度の大戦争を止める為に!」
「なぜにその話を俺に?」
「君がロウ家の呪いにかかってないから」
即答だった。確かに俺は人里離れた場所で生まれ育ち、富や名声とはかけ離れた生活をしてきた。ナキスの言う人心掌握から逃れている
「今の話をしても誰も信じない?」
ナキスは首を振り、ため息をつく
「信じてくれる人もいるだろう。しかし、もし他のロウ家にこの話が漏れれば、僕は暗殺されて終わりだ・・・僕は死ぬ訳にはいかない!」
「そんな話を会って間もない俺にするかね」
「君がロウ家の創り上げた世界に染まる前に・・・話をして聞きたかった」
こちらを真っ直ぐ・・・全てを見透かすように見つめながら再度同じ質問を俺にぶつける
「この大陸にロウ家は必要か?」
先程と同じ質問。だが、意味は違ってくる。ロウ家のしてきた事を聞く前と聞いた後ではまるで意味が違う
「・・・・・・必要だ」
「アシス!」
「お前が言うこと全てが真実かどうか分からない。でも、信じよう・・・だが、真実を知ってなお、思う事がある。それは俺が居た森の近くにあるテラスという村だ。この村は戦争とは無縁、発展とは切り離された村だ。村の人達は笑顔で生活しているし、不幸には見えない。でも・・・この世界を知ったらどうだろうか?強さで名声を得て、稼いで富を得て、獣に怯えることなく雨風をしのげる家があり、次の日の食料の事だけを考えないで済むこの世界を見て同じ生活が出来るだろうか?俺は出来ないと思う。そして、そんな世界を創り上げたロウ家は凄いと思う」
「・・・」
「さっきから話を聞いてるとお前は二人いるように思えた。ナキスとナキス・ロウ・・・ナキスはナキス・ロウを含めたロウ家全てを止めようとしてるような・・・でも違うだろ?ナキス・ロウは大戦争を起こしたいと思ってるのか?」
「断じて・・・思っていない!」
「そうだろ?だからナキス・・・お前はナキス・ロウとして他の国のロウ家を止めれば良いんじゃないか?ロウ家全体を否定しなくても・・・ロウ家の知り合いはお前だけだし、他が何を考えているか分からない。・・・もしかしたら、お前と同じ考えの奴も居るかもしれない。私利私欲の為に動いてたら、たとえ人心掌握されてたからと言って300年も支持されるか?俺が考えたのはロウ家が必要ないのではなく、戦争が必要ないだけ。だから・・・このままで戦争のない世を創って見せてくれよナキス・ロウ」
「・・・簡単に言ってくれるね。僕はロウ家の歴史を調べ・・・調べる程にこの血を憎んだ・・・ロウ家は目的の為に大量の人の命を奪ってきた・・・許されるべきではないと・・・」
「人の事を考え、戦争を止めようとしてるお前もロウ家だろ?血なんて関係ない。お前はお前だ」
「確かに・・・ふふ、歳半分の君に説教されるとは思わなかったよ・・・仲間に引き込もうと話をしたが、まさか諭されるとはね」
ナキスは落ち着きを取り戻したのか椅子に座ると大きく息を吸い、そして吐き出した
「アシス・・・僕と共に戦争を止める為、協力してくれないだろうか?」
「・・・断る」
「・・・理由を聞いても?」
「まず俺の力なんかたかが知れてる。俺より強い奴なんてゴロゴロいるし。それに俺は押し付けられたからと言っても阿家現家主。十数人とは言え人の命を預かる身としてホイホイと決める事は出来ない・・・ただ」
「ただ?」
「友としてなら・・・協力してやる」
ナキスは俺の言葉を聞き、目を丸くして固まった
「トモ?・・・それは友達の友という意味かな?」
やめろよ・・・改めて聞かれると恥ずかしいじゃないか
「そうだよ・・・悪いか」
俺の答えを聞くとナキスはこれでもかと言うくらい大きな声で笑った・・・クソ、顔が熱くなってきた
「・・・す、すまない・・・これ程までに愉快なのは何年ぶり・・・いや、生まれてから初めてかもしれない・・・そんなに顔を真っ赤にして怒らないでくれ・・・本当に・・・素直に嬉しいんだよ」
笑い過ぎて涙を流し、指で涙を拭き取りながら言ってる姿に説得力の欠けらも無い
「ケッ・・・」
真っ赤な顔を見られまいと顔を横に向けた・・・あー、恥ずかしくて顔から火が出そうだ
ナキスは懐をゴソゴソと漁ると1つの置物の様なものを取り出しテーブルの上に置いた
「君に・・・これを受け取ってもらいたい」
チラリと横目で見ると金ピカに光るそれは何かを2つに分けた形をしていた。台座の上に玉が乗りそれに巻き付く蛇みたいな見たことの無い生き物・・・その右側らしき物が置かれていた
「それは?」
「これは玉璽の欠片・・・欠片と言っても半分だけどね。これを見せれば王城への出入りも自由だ・・・友に会いに来るには必要だよね?」
「おい」
からかわれたので睨むが、笑顔で返してきやがった
「無くさないでくれよ?」
ニコニコと余裕の笑顔・・・
「ああ」
俺は受け取り、懐にしまった。ああ、なんか弱みを握られた気分だ
居てもたっても居られず、俺は立ち上がる。名声の話をしに来ただけなのにとんでもない事になった
「帰るのかい?」
「ああ、また来る」
「待ってるよ・・・ああ、そうそう。アシスに頼みたい事があると言ってたろ?近日中にお願いしたいから、なるべく遠出は避けて欲しい」
「分かった」
頷き部屋を後にしようと歩き出し、宿屋に籠る生活かと考えてたら思い出した
「なあ、ナキス・・・いや、ナキス・ロウ」
「・・・なんだい?」
「聞きたい事がある」
俺がナキスではなくナキス・ロウと言い直したことにより、緩んでた顔を引き締めていた
「聞こう」
「シーリスと夜出掛けて帰って来たらシーラが不機嫌なんだ。どうすりゃいい?」
俺の質問に眉毛を八の字にして受けるナキス
「なぜそれを聞くのにわざわざ僕の名前を言い直した?」
「だってナキス・・・女っ気無さそうだし・・・ロウ家なら人心掌握得意だろ?」
「・・・シーラを誘って買い物でも行くがいい・・・それで機嫌は良くなるはずだ」
おお、意外と簡単そうだな
「そうか、ありがとう」
「・・・歴史上1番くだらないことにロウ家の力を使った気がするよ」
「戦争で使うよりマシだろ?」
「・・・違いない」
お互い口の端を上げ、俺は部屋のドアに手をかけた
「アシス・・・ありがとう」
後ろから声が聞こえ、手を上げて答えて俺は部屋から出た
────
「友か・・・」
部屋に残ったナキスは1人つぶやく。生まれてこの方、友などいない。ナキスの定義では友とは同じ立場にいる者・・・ロウ家として生まれたナキスには友に成りうる存在がいなかった
「それもロウ家の驕りか」
見ていないつもりでも、ロウ家とロウ家では無いものを下に見ていた自分に嫌気がさす。それに気づいていれば友は出来ていたのではないだろうかと
物思いに老けていると、部屋のドアが勢い良く開き幼き少女が姿を見せる
「お兄様!」
少女は小走りに近付き、ナキスに抱きついた
「セーラ・・・もう少しお淑やかに・・・」
「えー、だってお兄様ってばせっかく帰ってきたのに忙しそうでセーラの相手してくれないんだもん。早く捕まえないとまたどっか行っちゃうでしょ?」
ナキスに抱きついている少女・・・セーラはもう離すまいとガッチリとナキスの腰に手を回して顔を腹に押し付けていた
「・・・セーラ」
困りながらも妹の髪を撫でるナキス。その顔は慈愛に満ちていた。機敏な年頃のセーラはそれを感じ、腹から顔を離すとじっとナキスを見つめる
「お兄様・・・何かいい事あった?」
首を傾げながら聞くとナキスは微笑みながら頷く
「そうだね・・・今日、初めて友が出来たよ」
「ええ~お兄様に友達~?うそだー」
自分と同じ考え、立場上友など出来ないと考えている妹に苦笑してしまう
「本当だとも・・・セーラにもいずれ会わせてあげるよ」
「なになに、どんな人?お城にいるの?」
「彼はね・・・」
こうしてしばらくの間兄妹睦まじい時間が過ぎていく。一時の平和を噛みしめるように・・・これから行う失敗の許されぬという焦りを忘れるように・・・




