2章 7 ガーレーン4
ガーレーンに戻り、宿屋に行くとむくれたマクトスが宿屋の食堂にいた。そう言えばギルドに放置していたな。忘れてた
「お早いお帰りですね・・・さぞかし有意義なお時間を過ごされた所、早速ですがフレーロウに戻りましょう」
嫌味ったらしく俺を睨みながら全員に伝える。どうやらソルトの正体には辿り着いたようだ
「ああ、明日の朝一番にでも・・・」
「いえ、すぐです!今すぐにでも出ましょう!準備は出来ています!」
興奮して立ち上がり、こちらに詰め寄ってくる
「落ち着け落ち着け」
「これが落ち着いていられますか!・・・理由は馬車の中で話します。ですから、ここは私を信じて・・・」
「ここの宿か・・・」
「ヒィ!」
宿屋に新たに訪れたのはソルト。それを見たマクトスの声が笑える
「いつ戻る?」
「明日の朝かな」
「・・・分かった」
短いやり取りを終え、ソルトは宿屋を後にする。俺の影にいつの間にか隠れていたマクトスがソルトの居ないのを確認するとまた騒ぎ立てる
「さ、さあ、戻りましょう!フレーロウに!今すぐに!そうしないと、私達はこのガーレーンから出る時は物言わぬ肉の塊に・・・」
「安心しろ。依頼は終わった」
リオンが食堂にある椅子に腰掛けながらマクトスを宥める。ダメージを負ってここまで歩いて帰ってきたのだ。俺らには見せないが、相当辛いのだろう
「へ?終わったって・・・」
「言葉の通りよ。依頼の完了。まあ、実績はどちらになるのやら・・・明日次第になりそうね」
シーリスも席につき、それにシーラも従う。俺も腹が減ったからこのまま夕食を取ろうと席についた
「???」
マクトスがキョロキョロと全員を見渡してる間に、宿屋の女将に夕食の注文を済ませる。あー、やっと一息つける
出された料理をペロリと完食。珍しく先に部屋に戻ったリオンを追って、腹が満たされたおかげで来た眠気のままに部屋に戻ろうと立ち上がると、シーリスから呼び止められる
「これからどうするの?」
「寝る」
「・・・ちょっと私に付き合わない?」
「姉さん!?」
シーラがガタっと席を立つが、シーリスはお構いなしに俺を見つめて続ける
「ちょっと話したいことがあるの・・・どう?」
正直眠い。が、微笑みながら言ってはいるが、目は真剣だ
「・・・分かった。シーラもか?」
「シーラはお留守番。良い子にしてなさい」
「わたしも・・・」
「なに?私とアシスが出掛けるのが気になる?」
「べ、別に・・・」
「なら、部屋に居なさい。そう遅くならないわ」
今のやりとりでシーラは癇に障ったのか、そのまま無言で2階に上がってしまった。その際に何故だか睨まれた・・・なぜ?
「さあ、行きましょ」
「良いのか?」
2階を見ながら言う俺に対して、シーリスは微笑みながら言い放つ
「ここからは大人の時間よ」
────
夜も深まり、人の気配が少なくなってきた。まだそこまで少なくなる時間ではないが、シーリスが人気のない方に進むからだろうな
「どこに向かってる?」
「いいとこ」
数分前にもした会話が繰り返される。今日は色々あったから、早くベッドに潜り込みたいのだが・・・
「・・・ここらで良いわね」
立ち止まり、そう呟くとこちらに向き直る。表情は辺りが暗く見えない
「ねえ、アシス。あなたにとってシーラはなに?」
突然の質問。表情が読めないため、質問の意図は計れないが、思ったまま答える
「仲間」
「ふーん、じゃあ、私は?」
「仲間の姉」
「そう・・・良かったわ!」
言い終わる直前、暗闇の中から短剣が繰り出される。左手で短剣を持った腕を逸らすとシーリスとの距離はゼロになる
「仲間とか言われたら、鈍くなっちゃう所だったわ」
持ってた短剣を手首だけで俺の方に放る。素早くしゃがんで躱すが、シーリスの膝が俺の顔面目がけて放たれていた。それを右手で防ぐが、勢いのついた膝の衝撃に耐えきれないと思い、同時に後ろに飛んだ
「ひとつ聞いていいか?」
距離を取った状態で一息つくと気になっていた事をシーリスに聞いてみる
「なぁに?」
「そいつは知り合いか?」
シーリスに案内された場所・・・街の中の壁際で俺らの他にもう1つの気配を感じる。その方向を見ながら言うと、シーリスは肯定も否定もせずただ目を細めた
スっと現れたもう1つの気配。胸の部分にプレートがあるだけの軽装な鎧に身を包み、手には鉄球を持った男は無表情でこちらを見つめる
動いてきた気配はなかったので、待ち伏せしていたのか?
「こんばんわ」
無駄とは思いつつも挨拶・・・反応はない
「ボレロ!行くわよ!」
ボレロと呼ばれた男はその言葉に呼応し、鉄球を振りかぶり投げてきた。拳大の鉄球・・・剣で弾くことは適いそうもない
鉄球に集中しているとシーリスの方からも音が聞こえる。風切り音を出しながら、短剣がまっすぐこちらに向かってくる。立ち位置は左にシーリス、右にボレロ・・・左右からの同時攻撃・・・俺に届くのも同じくらいか
鉄球の軌道を確認しつつシーリスの放った短剣を避ける・・・が、その影からもう一本!・・・おい!
知ってたかのように見事に躱した方向に飛んできたもう一本の短剣を回転して避けると地面に手を付き、2人の様子を伺う。鉄球と短剣を同時に躱すことは出来たが、影からのもう一本短剣はキツイ・・・ギリギリだ
「あら、お上手・・・でも、次はどうかしら?・・・ボレロ!」
俺が攻めに転じる間を与えまいと構えるシーリスとボレロ。片や片手に2本短剣を構え、片や両手に1個ずつ鉄球を持つ・・・マジか
予備動作もなく放たれる短剣と鉄球・・・軌道は先程と同じだが、今度は2本と2個がタイミングをずらされ迫り来る。息ぴったりだな・・・夜な夜な練習でもしてたのか?
後ろに飛び退き、軌道上から外れる。ちょうど交差するように4つの凶器は通り過ぎていく・・・と、思いきや通り過ぎる影は2つ・・・残り2つは飛び退いた先に飛んでくる
ちょうど着地した瞬間、再度飛び退く時間もなく躱すしか方法がない。間近に迫る2つの影を身体を沈めて躱す・・・が、躱した先に2つの気配を感じる・・・一息くらいつかせてくれ
沈んだ身体は更に動かす事が出来ず、鉄球は頭を傾け躱し、短剣は剣を少し引き抜き刀身に当て弾く・・・その後に鈍い痛みが左足から感じる
左の太ももに刺さっているのはシーリスの短剣。一体何本持ってるんだよ
右足で大地を蹴り、更に後方に飛び退き距離を取る。左足は・・・しばらく動かせないな
「終わりね・・・しばらく共に居たよしなで苦しまないようにしてあげるわ」
相手のやり方は見えてきた。1投目で相手を動かさせ、その動いた先を予測して2投目を放つ。厄介なのが、その予測がかなりの確率で当たっていること。いいように踊らされてる
「いっこで充分か」
俺の呟きを聞き訝しげに眉を顰めるシーリス。まあ、分からんわな。いわゆる業界用語だ
右手の中指に胸元にあるリングを通しそのまま腕を上げると、マントが身体から外れ右腕を包み込む。黒剣翔の腕バージョン・・・というかジジイ曰く本来のマントの使い方らしい
右手に力を込め、相手の出方を伺う
先程と同じく両手に武器を構える2人・・・変化があるならそろそろだが、恐らく同じ攻めだろう・・・チラリとシーリスを見るが表情に変化は見られない
距離が空いた分余裕はあるが、今度は片足が不自由の為、動きは制限されるな。相手の予測を外さないと短剣の餌食だ
「行くよ!」
シーリスの掛け声と共に鉄球と短剣はこちらに牙を剥く。うーん、痛そうだが・・・
「なっ!?」
シーリスは驚愕の声を上げ、ボレロは目を見開く。俺がやったのは単純に右手で鉄球を受け止め、短剣は躱しただけ。もう1組が来ると思いきや飛んで来ない
右手が少しジンジンするが、大丈夫・・・砕けてない
「返す・・・よっ!」
右手の鉄球を思っいきり握りしめ、振りかぶるとボレロに向かって投げた。もちろん阿吽の呼吸を使って。鉄球は物凄い速さで飛んで行き、ボレロに襲いかかり・・・
バン!
と、音を立てボレロの後ろに転がり落ちた
「ボ・・・レ・・・ロ?」
シーリスがボレロをであったものを見ながら呟く。ちょっと予想外の結果に、俺も言葉を失ってしまった
首から上・・・頭部がすっかり無くなり、噴水のように血を吹き出すボレロ・・・であったもの。鉄球はボレロの顔面にヒットし、凄まじい破壊力を発揮し粉微塵に砕いてしまった。鉄の塊と阿吽の力・・・2つが合わさって凶悪な威力になったらしい
「呆れるわ」
ボソッと一言シーリスが言ったタイミングで、ボレロはゆっくりと地面に倒れた
「そろそろ布団に入りたいんだが、まだ用はあるのか?」
もう瞼か落ちてきそうだ
「私が隊を結成した当初からのメンバーだったんだけどね・・・」
おもむろに倒れたボレロに近付きスっとしゃがみ込むと体に触れる
「それは済まなかった。息ぴったりだったしな。仲は良かったのか?」
あれだけの連携攻撃は一朝一夕にはいかないだろう。命を狙われたとはいえ罪悪感が・・・
「仲は良くないわ。適当に組まされただけだし、無口だったし」
立ち上がりながら首を振り、こちらに歩いてくる。そう言えばボレロの声を一つも聞いてないな・・・元から無口だったか
「他に聞くことはないの?」
「聞いて欲しいのか?」
「そうね・・・今ならスリーサイズから性癖まで答えても良いわよ」
「それは遠慮しとくよ。後でリオンにでも売ってもいいなら聞いとくが・・・」
眼前まで迫るシーリス。そこにさっきまでの戦闘していた気配は全くなく、いつも通りのシーリスがいた
「そこでリオンの名前を出すなんて・・・あなたはシーラにしか興味がないのかしら?」
「そちらこそシーラの名前が出てくるのが甚だ疑問だけどな」
「そうかしら?」
「ああ」
じっとこちらの目を見つめ、まるで心の奥底を覗き込もうとしてるかのようだった。しばらく見つめ合った後、俺の左足を指さした
「・・・まあ、良いわ。ところで私からのプレゼントは抜かないの?」
「プレゼント?・・・ああ、これか」
左太ももに刺さった短剣を見た。短剣の半分位まで見事に刺さってる
「こんなのかすり傷だ」
「刺さってるわよ?」
「・・・刺さり傷だ」
短剣の柄の部分を握り、目を閉じる。結構緻密な力の操作がいる為集中する
「阿・・・吽!」
短剣を一気に引き抜く。血は・・・出ない。成功だな
「ちょっ!・・・え?」
引き抜いたことに驚き、血が出ないことで二重に驚くシーリス。成功した・・・良かった
「あなた・・・生物?」
「せ・・・生物って、突っ込みはないだろ?人間?って聞かれるならまだしも」
「人間の範疇を超えてる認識はあったのね」
「ないわ!力で操作して血が出ないように塞いだだけだ」
しかも失敗したら、普通に抜くより血が出てしまうというオマケ付き
「へぇー、便利ね」
こ、こいつ・・・人が親切に説明しているのに興味なさげに答えやがって・・・
「もう俺は行くぞ!」
プンスカプンと怒りながらシーリスに刺さっていた短剣を投げて返し、背を向け宿へと戻ろうとした
「『カムイ』から連絡が来たの」
帰ろうとして1歩踏み出した右足を止め、回れ右・・・したら足が絡まったので、軽くジャンプして交差した足をまっすぐに戻す
「・・・何してるの?」
ため息をつきながら言いやがった。話がとんでもない方向に行きそうなので、今の質問は無視しよう
「なんて言ってきた?」
「・・・・・・アムス暗殺の中止とシーラの帰還・・・そのふたつよ」
「シーラの帰還?」
「ええ、そうよ」
「・・・それでなぜ俺が襲われる?シーラが帰る帰らないは本人の意思だろ?」
仮に俺が倒されたら、シーラはどうするんだろうか・・・どうせなら逃げて幸せに暮らしてもらいたいもんだ
「私の判断よ。あなたが私に殺されたなら、シーラは連れて帰る。逆に私が殺されたり倒されたりしたら・・・帰らない」
「帰らないで済む話なのか?」
「済まないわよ」
威張るな威張るな
「だから、理由が必要なのよ。で、考えたのがアムス暗殺の継続」
「おい」
「・・・のフリよ。話によると信じられないけど依頼は期限なし。つまり何もしなくても動いているフリをしていれば依頼は継続されてると見なされるのよ」
「それ・・・老衰待てば良くないか?」
自分の身内の話しながら思わず言ってしまった。暗殺に期限を設けないって・・・
「まあ、ウチのプライドを刺激したいのか知らないけど、前金もくれて期限も設けない・・・怪しさ満点の依頼だけど破格の報酬らしいわ。だから、父は諦めたり、無駄に引き延ばしたりはしない」
「報酬の額は?」
破格ってウチのジジイの命の対価が非常に気になった。だが、シーリスは首を振る
「知らないわ。全部父がやり取りしてるし、興味無いしね」
「興味無いって・・・」
「実際お金の流れは私達が知ることはないし、不自由もしてないわ。・・・で、話は戻すけど、父に手紙を出す・・・内容は『アシスと同行し、アムスに出会い次第計画を実行する』とね」
「つまり、俺と居るのはあくまでも計画の為・・・でも、中止と言われたんじゃ・・・」
「そう中止・・・表向きはね。期限がないから、依頼を断る理由もない。まあ、今後進捗を聞かれた時の父の顔は見ものだけどね」
そうか、期限がないのであれば、依頼主にどうなってるか聞かれても、何かしら動いていれば理由が立つ。それでシーリスとシーラが孫である俺と共に行動し暗殺の機会を伺っていると伝えれば体裁は保てる
「あの子・・・今凄く楽しそうなの。本拠地に居る時とは比べようもないくらい・・・」
「そうか・・・・・・ん?待てよ。なら、それをボレロって奴に伝えれば済んだ話じゃないのか?なぜ襲ってきた?」
おかげで首から上が飛んでいってしまったじゃないか
「ああ、それね。テストよテスト。今後行動を共にする男が弱かったら不安じゃない?だから、ボレロに『アシスって男に妹が捕らわれてるから力を貸して』って頼んだの」
「おい」
「仕方ないでしょ?弱い男について行って死んだら元も子もないわ。今回みたいなソルトの1件もあるし・・・」
俺を試す・・・理解は出来るが・・・
「それだけで仲間を殺したのか?」
「殺したのはあなたでしょ?それにそれだけではないわ。今も私達を監視してる者が居るの。だからそいつらに『命令通り帰還する為にアシスに挑むも敗北した。だから、仲間のフリしてアムス暗殺の機会を伺う』ってシナリオの証人になってもらった方が説得力あるでしょ?」
思わず周りを見渡しそうになったのを慌てて止めた。目を閉じ気配を探るが、何の気配も感じられない。相当遠くに居るのか、気配を絶つのが上手いのか、その両方か
「監視してる奴に手加減がバレてるんじゃないのか?」
「手加減って・・・連携の為にボレロに合わせてただけよ」
「リオンに使った武器も薬も使ってないじゃないか」
あれらを使われてたら、どうなってた事やら。太ももに目をやり、そこに薬が塗られてたと思ったらゾッとする
「武器はメンテ中、薬は切れてた・・・なんとでも言い訳できるわ」
「なんとも準備不足の暗殺者が居たもんだ」
「ただの方便よ。なんなら試してみる?」
ニヤリと笑うシーリスに首を振って答える
「もうテストは懲り懲りだ。俺は宿に戻るぞ」
眠気も太ももの痛みのせいで失せたが、布団に入れば眠れるだろう。今日は必要以上に働いた気がする
「ええ。先に戻ってて。後で帰るわ」
足を少し気にしながら歩き、片手を上げてシーリスの言葉を受け取る。あー、疲れた
────
「さっさと出て来なさいよ・・・いつまで待たせるのよ」
アシスが去った後、ボレロの遺体の近くまで戻り、シーリスが声を出すと気配が2つ現れる
「何をしている?」
現れた気配のひとつがシーリスの行動を見て尋ねた。そのシーリスはと言うとボレロの遺体の懐をまさぐっていた
「形見よ形見。そんな蔑んだ目で見ないでちょうだい」
懐から鉄球を取り出すと自分の腰に下げてるポーチに入れ、立ち上がり2人に向き合う
「で、どうするんだ?」
「は?事前に伝えてたでしょ?計画の続行よ」
「それではあまりにも情報が少な過ぎる。このまま報告して首領が納得するとは思えない」
額に手を当て、ため息をつくシーリス。目の前の男・・・タナトスが仕事人間である事を失念していた
「細かくはさっき渡した手紙に書いてあるって言ってるでしょ?それを父に渡せば良いだけじゃない」
「手紙には封がしてある。中身が確認出来ない状態で届けるのは畜生でも可能だ・・・そう言えば鳥はどうした?」
『カムイ』の隊長クラスには必ず手紙輸送用の鳥を飼っている。遠く離れた地の任務も少なくない為、定期的な連絡するには必要不可欠だった
「多分・・・誰かのお腹の中かしら?」
「なに?」
「いつからか呼んでも来なくなったのよ。私の近くに居たはずなのに・・・だから、狩人にでも捕られた可能性が高いわね」
シーリスは自分の爪を見ながら平然と呟く
鳥の訓練は日数と根気がいる。本拠地を覚えさせ、自分を覚えさせ、遠く離れた地からでも、行き来出来るように少しづつ離れた場所から手紙を往復させ覚えさせる。訓練中に何処かに飛び去ってしまう鳥も少なくない。苦労してやっとの思いで育てた自分の鳥。故に平然と呟くシーリスに違和感を感じるタナトス
「・・・」
追求してもはぐらされて終わるのは目に見えていた。それならば今は首領に持って帰る情報を出来る限り多くする方が効率が良いと判断した
「なによ?」
「承知した。今一度説明をしてくれ。手紙と被るだろうが書面と口頭では受ける印象も変わる」
もう少し鳥に関して突っ込みが入ると思い、いくつか考えていたが肩透かしを食らう。仕事には労力は惜しまないが、それ以外はあっさりとしていたのを思い出した
「そうね・・・私とシーラはこのままアシスと共に傭兵活動をしながら、アムスとの接触を待つわ。接触次第任務実行・・・即時『神威』の発動。その後、アシスも殺してから戻るわ」
「ボレロを犠牲にして測り終えたか。しかし、対象外・・・しかも、リスクが高過ぎないか?」
「ええ、リスクは高いし、まだまだ成長段階・・・でも、成長した場合でも都度補正すれば大丈夫よ。それに戻る時にアシスが生きている方がリスクと比べようもないくらい不味いのよ」
「!・・・まさかスイッチか?」
「当たり・・・さすがタナトスね。だから、アシスの扱いは慎重にしなければならない・・・まったく厄介な話しね」
アシスの去った方向を見つめて呟くシーリス。それを見てタナトスは同じ方向を見つめて呟く
「始末するか?」
「餌が無くなれば釣れないわよ?」
「指示された訳でもあるまい・・・問題ないだろう」
「シーラが壊れるわ」
「・・・」
話は終わりとシーリスはアシスの後を追う。その背中に向けてタナトスは声を掛けた
「首領の返答次第では連れ戻すぞ」
振り向かず片手を上げて返事するシーリスが見えなくなるとタナトスはもう1人の男と影に潜んでた2人の男を呼び出し指示を出す。
ボレロの死体は速やかに回収され、4人は夜の闇に消えた
ところ変わってシーリスが宿の自分の部屋に戻るとジト目のシーラと目が合う
「あら、まだ起きてたの?」
服を脱ぎ、宿の者にもらった湿らせた布で体を拭きながらシーラの様子を伺う
「姉さんがうるさくするからね・・・起きてたんじゃなくて、起きたのよ」
「あら、そう。昨日は起きてこなかったのに」
「昨日より時間が早いから眠りが浅かったの!」
「ムキになると変に勘ぐりたくなるんだけど・・・」
「ムキになってないから!早く寝ないと明日早いのよ!」
「そうだったかしら?」
首を傾げながら布団に入ったシーリスは妙な事に気がつく
「あら、枕から綿が出てるわ・・・穴でも空いてたかしら?」
「・・・へぇ、宿の人に替えてもらえば?」
「別にいいわ。枕使わないし・・・でも、変ね。昨日は空いてなかったのに・・・」
チラリとシーラの方を見るが、布団を被りこちらを見ていない
「昨日と同じ物とは限らないでしょ?」
布団の中から寝返りを打ち、答えるシーラ
「そうね。昨日と同じ物でも私が居ない間に何かあったかも知れないしね」
一瞬部屋の空気が変わる。が、静寂が続くといつの間にか部屋の中央のテーブル上にあったロウソクが自然と消える
「おやすみ、シーラ」
「・・・おやすみ、姉さん」
2人も日中の疲れからか、すぐに寝息を立て始めた。こうして長いガーレーンでの2日目が終わった
────
朝起きると、上半身裸の男が部屋の中央で剣を振る。最悪の目覚めの風景にウンザリしながら裸族に声をかける
「朝っぱらから何してんだ?」
声を掛けた相手・・・リオンは剣を振りながら横目で俺を見て答える
「昨日は夜の鍛錬をサボった・・・朝の鍛錬を2倍ほどやってもサボった分は取り戻せない・・・だから3倍だ!」
量は聞いてない。見ると床に水溜まりが出来る位汗をかいている
「怪我はどうだ?」
昨日の戦闘から口数も少なかったのも少し気になっていた。食らったと言われる腹を見るが青アザになっているのが見て取れる
「大事無い。鍛え方が足りないのを痛感させられたがな」
一心不乱で剣を振るリオンの表情は真剣そのもの。だが、チラリとこちらを見ると先程とは一変、弱々しく俺に尋ねてきた
「き、昨日はどこに・・・」
剣の軌道が少しブレる。分かりやすい奴だ
昨日の経緯を事細かくリオンに話す。始めは素振りしながら聞いていたが、途中から話に夢中になり、剣の動きは止まっていた
「『カムイ』が動き出した?」
腕を組み考えるリオン。とりあえず服を着て欲しいが、真剣に悩んでいるため注意しずらい
「言葉をそのまま受け止めれば、俺のジジイであるアムスへの暗殺は中断、シーリスとシーラに関してはシーリスからの返答を見た相手の判断次第だろうよ」
「有り得るか?あの『カムイ』が一国の王子に止めろと言われて素直に応じるなど・・・」
あの『カムイ』と言われてもつい最近まで知らなかったから、ピンと来ないのだが・・・
「色々事情があるのだろうよ。まあ、その辺も含めてフレーロウに戻り次第、ナキスに会いに行ってこようと思ってる」
「一国の王子に気軽に会いに行けると思ってるのか?」
「会えないのか?」
俺が聞き返すとリオンは呆れた顔して頷いた
「当たり前だ。ロウ家の人間と気軽に会えると思うな」
そんなもんか。案外暇を持て余してお茶でも飲んでるんじゃないかと思ったが・・・
「まあ、行くだけ行ってみるさ」
俺は腹が減って来たので宿の食堂へ向かった。一向に服を着ないリオンから逃げるように
下に降りると見知った顔を見つけた
「おう、シーラ。おは・・・よう?」
テーブルで朝食をとっているシーラを発見したので声を掛けたが・・・なんじゃこりゃ。3人分はあるだろう量を無言でムシャムシャ食べている。チラリとこちらを見るが、特に気にすることも無く再度ムシャムシャ
「朝からよく食べるな」
食が太い方ではなかったと認識していたシーラの暴食に圧倒され、思わず出た言葉に、シーラはムシャムシャムシャムシャ・・・ムシャっと食べるのを一旦止め、頬に食べた物を溜め込みながらジロリとこちらを睨みつける
「・・・悪い?」
「い、いや、別に悪くない、うん。よく食べた方がよく育つし・・・」
「育つ?・・・何が?」
目がキラーンと光ったと思ったら、殺意とは違うが今まで感じたことの無いプレッシャーを感じる。目を逸らせばやられる・・・と思う程の
「な、何だろうな・・・・・・身長?」
その言葉を聞いている最中にムシャムシャが再開される。目はこちらを見たままだ。捕食者の目だ
「あら、居ないと思ったら先に食べてたのね」
シーリスが寝起きですって感じで階段から降りてくる。シーラはそれを気にすることなく俺から視線を外し、食事を続行し始めた
「珍しいわね・・・いつもなら起こしてくれるし、食事も待ってくれるのに」
シーリスの言葉に対して、食事を口に運ぶのをやめ、口内にある物を咀嚼し飲み込むと目線をシーリスに向ける
「夜中までほっつき歩いてるから、まだ寝足りないと思ってね」
普段のシーラの1.5倍くらい低い声に聞こえた。シーリスは両手を横に広げ首を振ると無言で席に着く。なんだ・・・姉妹喧嘩でもしてるのかとシーリスに耳打ちする
(シーラの奴、何があった?)
(さあ?あの日じゃない?)
(どの日だよ?)
そんな会話をしていると食事用のナイフが机に突き立てられる
「目の前でヒソヒソ止めてくれない?穢らわしい」
「け、穢らわしいって・・・」
フンと鼻を鳴らし食事に没頭するシーラ。何事も無かったように食事を頼んでいるシーリスを横目に訳の分からない状況に、リオンが降りてくるまで固まったままになってしまった
緊迫した中、全員の食事は終わり、御者とマクトスの準備も終えたのでフレーロウに向けて出発する
誰も何も言わないが、暗黙の了解みたいな形で俺が御者席になっていた。このギスギスしている状況を打破しようと考えているとフレーロウ側の門の前まで辿り着く。出る時は入る時に比べてチェックもすぐ終わる為、これでガーレーンともしばらくお別れだなっと思っていると後ろから声をかけられた
「ソルトか」
俺は御者席から降りてソルトの前に立つ
「忘れ物だ」
ひょいと投げられた袋を受け取ると、袋の中からジャラと音が聞こえる・・・金貨か
「何の金だ?」
「ギルドの依頼料だ。調査なら金貨1枚、そのまま討伐ならそれ相応の金額を支払うと書いてあっただろう。昨日の盗賊の数から正当な評価をして算出した。文句があるなら、都合するが」
「依頼は破棄じゃなかったのか?」
「そういじめるなよ。あれから父とも話し合った。ちゃんと今までの事を民に話し、許しを得られるように努力する。もちろんジャクルの民にもな」
昨日とは打って変わって晴れやかな表情のソルト。憑き物でも取れたかのようだった
「そうか・・・じゃあ、受け取っておくか。貸しとは別にな」
「ああ、借りは必ず返す・・・だからいつでも寄ってくれ」
こうしてガーレーンとソルトに別れを告げ、フレーロウに向けて出発した。ごく短い期間だったのに、フレーロウが懐かしく感じる。それだけガーレーンでの出来事は濃密であり、刺激的だった・・・さあ、このギスギスした状況を打破する方法を考えるぞ!




