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2章 6 ガーレーン3

ゆらりとディーダの持つ鎖の先端が揺れる。


鎖の先は短剣程の長さの刃が付けられており、鎖の長さは腕に巻き付けたり下に垂らしている部分があり不明。射程距離が分からないため、リオンはまず攻撃させようと待ち構える


しびれを切らして仕掛けたのはディーダ。刃先が一瞬大きく揺れるとリオンの顔目掛けて飛んでくる。大したスピードではないのでギリギリで躱すように動く


「バカ!」


後ろからシーリスの声が響く。そして、思い出されるのはシーリスとの戦い。短剣がまるで生き物のように動きリオンを封じたあの戦いだ


「ちっ!」


舌打ちをし、飛び退くように躱そうとするが時すでに遅く、先端の刃の部分ではなく鎖の部分が突如リオンに向かってくる。咄嗟に左手に持った剣で防ぐが、鉄鎖は防いだ剣を支点にクルクルとリオンに巻き付き最後に刃の部分が襲いかかった


「ぬお!」


鮮血が飛ぶ・・・すんでのところで避けたが、先端の刃が左頬を抉る


「リオン回る!」


シーリスが再度叫ぶが、リオンには意味が伝わらない。だが、次の瞬間意味を悟り大地を蹴り身体を右回転させる。それに合わせたかのように鎖はディーダによって引かれ、さながらコマのようにリオンの身体はその場で回転した


リオン自身も回転したとは言え、剣を入れていた左側とは違い直接鎖に触れていた右頬は血で赤く染まる


「良い反応だ」


ディーダは引き戻した鎖を再度リオンに向けて伸ばすが、今度は大きく躱し難を逃れる


シーリスと同系統の武器の使い手。しかし、シーリスの場合は短剣の仕込みと軽さゆえの細かな動きを実現している。ディーダの場合は細かな動きは鎖自体の重みで出来ないが、その分一撃の重みに長けている


「ふうん」


リオンが殺られれば次は自分の番。だが、シーリスにとってディーダは脅威ではなかった


それは射程の違い


未だ全長を隠すように鎖を扱うディーダだが、所詮長さには限度がある。片やシーリスは糸付きの短剣とは別に投擲用の短剣も持ち歩いている。『カムイ』の技を持ってすれば取るに足らない相手となる。しかし・・・


(リオンが気を引いている間に逃げるわよ)


少し後ろにいるシーラに声をかける。100名の兵に囲まれているが、隙間がない訳では無い。タイミングを見計らい全力で駆け抜ければ矢を射る前に射程から逃れられる可能性は高かった


リオンの勝敗関係なく、今のままでは殺される可能性が非常に高い。リオンがディーダを倒した場合、ただ単にディーダが来る前の状況に戻るだけ。ディーダに倒された場合、今度はシーリスとシーラが標的となる


(・・・うん)


(・・・)


こちらから提案したが、あまりにもあっさり受け入れられた事に少し驚きを隠せなかった。シーラならリオンを置いて行けないと言うと思ってたからだ


(・・・私が合図を出したら来た方向に全速力)


短めに指示を出すと兵の位置取りを確認する。来た方向に1部隊存在するが、手に持っているのは弓。構えて放つまでの時間を考えれば充分逃げるのは可能と判断する


1番厄介なのはソルト。彼は油断なくこちらを伺っている。後ろの兵に目線を送り、リオンとディーダの戦いに釘付けにならないよう操っている


(チャンスはあるはず・・・)


シーリスは内心焦っているが気持ちを落ち着かせる。ここでシーラを失う訳にはいかない・・・その為にいるのだから


戦いは佳境へと突入していた


ディーダは頭上で鎖を回し、角度を変えてリオンを攻撃する。横から来る鎖に躱しはするが、そこからの攻め手に欠けていた


理由の一つは射程、もう1つはリオンのクセ。ギリギリで躱し攻めに転じるのを主として来た習慣をディーダに見抜かれ、ディーダはリオンが躱す瞬間に鎖を操り軌道を変え、ギリギリで躱すリオンにダメージを与えていた


「・・・遠いな・・・」


思うように間合いを詰められず苛立ちを覚えるリオン


方法がない訳では無いが、イマイチ踏み切れなかった


後ろの2人の様子を伺うとシーリスとシーラが見えた


フウと息を吐き出し、両手の剣を下げて力を抜く


「行くぞ!」


ディーダに向け1歩踏み出すと右から鎖が近づいてくる。それを右手の剣で上から叩きつけると鎖は剣に絡みついた。そのままディーダに向かって駆けるリオン。ディーダは焦ることなくリオンを見据えていた


左手に鎖を持ち右手に何かを握っており、それをリオン目がけて放つ。叩き落とすべく左手の剣を出そうとするが、その正体に気づき一瞬躊躇してしまった


「ガフッ」


ディーダの放った物はリオンの腹に当たり鈍い音を奏でる


物の正体は分銅。1本の鎖に片や刃、片や分銅が付いており、使い分けるのがディーダのスタイル


リオンがまともに食らった理由は剣が負けると一瞬考え、弾くのを躊躇った為。片膝をつき倒れるのを防ぐが、口から血を吐く


「終わりだ」


右手の剣に巻きついた鎖を解き、手元に引き寄せると腕を振り上げリオンに向け振り下ろす


分銅の直撃により、息をするのもやっとな所での追い打ち。勝負は決したかに思えたが、辛うじて右手の剣で刃を弾く


「まだ!」


「いや、終わりだ」


今度は分銅の方が飛んでくる。距離を縮めた分、勢いもスピードも増した分銅が顔目がけて襲いかかる


「ぬおおおお!!」


雄叫びを上げ、右に躱すと左の肩に分銅がのめり込み、勢いでコマのように回転する。その際に左手に持っていた剣はディーダとリオンのちょうど中間あたりに飛ばされていた。回転しながら落ちてくる剣を見上げながら勝利を確信し、鎖を引き戻す


一回転したリオンは倒れずに踏ん張り、飛ばされた剣を睨みつける


ディーダまで近づいたとは言え剣の間合いには程遠い。負ければ後ろの2人が殺られる・・・だから、気の進まない技でも使わざるおえない


グッと足に力を入れ大地を蹴る


ディーダまでの距離は約5m・・・当然ディーダは迎撃の体勢に入るが、目線に先程飛ばされた剣が入ってきた。それを取ろうとしてるのかと思い、警戒していると、回転していた剣が回転を止め、刃をディーダ向け、飛んでくる


「なっ!」


突然の剣の動きについていけず、剣はディーダの腹に深々と刺さる


「な、なぜ・・・」


回転して後は落ちるだけの剣が、突如回転を止めて腹に刺さる・・・有り得ない出来事に腹に刺さった剣を追っていくと、剣身、柄、剣首と続いて、何も無いはずなのに剣身、柄と続き、そしてリオンがいる


「お前・・・まさか・・・」


リオンがやったのは回転して落ちてくる剣の剣首に合わせ右手の剣を突いた・・・それだけ


2本分の剣がリオンとディーダの距離を一瞬で縮めていた


「ディーダ!」


ソルトが叫ぶと、周りの兵にも緊張が走る。戦いに集中していた為、今の現状をすっかり忘れていた。敵を包囲していることを


ミスをしたのはシーリス


思わぬ劣勢を見てしばらく共にした者に感情が揺らいでたか、脱出するタイミングを逸した


気づいた時にはディーダが来る前と同じ状況になっただけ。『カムイ』として動いていた時には考えられない失態だった


「ふう」


リオンはディーダが動けないのを確認すると一息つく


本人曰く曲芸のような技であり、剣を手放す事が嫌で使う事は無いだろうと思っていた技


剣連舞・・・大層な名前が付いているが、1本の剣を投げ、投げた剣を突くことで2本分の射程を得る技。1本目の剣が弾かれればお終いなだけに虚を突くのを前提としている曲芸だ


「構え!」


うずくまるディーダを横目にソルトが叫ぶ。兵士達は素早く反応し弓を構えた


「存外やるな。だが、ここまでだ」


「どこまでだよ。勝手に決めるな」


不意に後ろからする声にソルトが振り向くと、アシスがゆっくりと歩いてくる


「なに?」


突然の来訪者に理解が追いつかず、動きが止まり間抜けな言葉が口から出る


アシスはそんなソルトを無視してリオンらの近くまで歩き、3人の様子を確認する。リオン・・・満身創痍(笑)、シーリス・・・無傷、シーラ・・・無傷


間に合ったとホッと胸を撫で下ろす


「おま・・・え、今俺を見てちょっと笑ったろ?」


「ああ。良く怪我する奴だと思ったら自然に笑みがこぼれた」


「・・・もう少し気を使えよ・・・これでも気絶するくらい痛いのに」


「なら、寝とけよ。もう終わりだ」


「・・・そうする」


リオンは腹に食らった傷を押さえながら、木がある所まで歩き、気を背に預けると崩れるように座り込んだ。近くにいた兵士は動揺するがソルトからの指示がない為、そのまま見過ごす


ソルトもリオンの動きを警戒はしたが、ディーダとの戦いで傷ついたのを目の当たりにしていた為、新たに現れたアシスに重きを置く


「もう終わりって事は観念したって事かな?」


ソルトの問いかけに、アシスは首を横に振り言葉は発さなかった。歩みを進め、シーリスとシーラの傍まで行くと微笑みながら呟く


「もう大丈夫だ」


「・・・あ」


シーラが声を上げ何かを言おうとするが、それを聞く前にソルトに向き直り相対する。ソルトは無言で腕を上げ、兵士達に再び合図を出す


「取引がしたい」


「・・・取引とは対等の立場の者同士でするものだ。貴様らに取引する価値はない」


「対等・・・いや、こっちが有利な状況だが?」


「笑わせるな。1度は道を譲った男が加わった所で何が有利だ。最大の戦力もあの様だぞ」


上げた腕とは反対側でリオンを指差し、話にならないと切り捨てる


「アシス・・・ここは私が」


シーリスが交渉を変わりにと出張るが、アシスは手でそれを制す


「やるならやれよ。お前らの現状を教えてやるよ」


アシスの言葉に眉をしかめ、上げた腕を鋭く下ろす


「てぇー!」


命令を受けた兵は一斉に矢を放つ


距離はさほど離れてない為、山なりの軌道ではなく一直線に飛んでくる矢の数100。四方八方より飛んでくる矢はアシス達を確実に目指していた


「震動裂破」


両手を左右に突き出し、アシスが言うと飛んできた矢は何かに弾かれたようにあらぬ方向に飛んでいく


ただの1本すらアシス達の元へと辿り着けず地面に突き刺さったり落ちたりした。


震龍裂破が集中型なら、震動裂破は拡散型。共にアムスの得意技


シーリスとシーラに影響がないよう気をつけながら、両手を広げ周辺の大気を震わせ、矢を弾き飛ばした


「戦・・・神・・・」


ソルトがこの光景を目にして思わず呟いた


戦争時味方に勝利をもたらす戦神・・・アシスの姿がその戦神と被る。実際に見たことは無い。だが、伝承のように聞いて想像していた姿が今のアシスの姿と被るのだ


「さて、取引をしようか」


広げていた両手を体の中心で合わせてひと息ついてからソルトに声をかけるアシス


ソルトは気を取り直し、アシスを再度見定める


見た目は少年。ギルドで見かけた時はリオンとシーリスのおまけみたいなものだと歯牙にもかけてなかった。だが、改めてその姿を見て自分の認識不足を後悔する


「まさか・・・阿吽家か」


「御明答。正確には阿家現家主だ」


ソルトは青ざめ、兵士達はザワつく


権力を持つものが知っていないといけない事。それは決して手を出してはいけない者達の存在。その筆頭に上がるのが『十』『カムイ』・・・そして『阿吽家』だ


周りの様子を確認し、これ以上の攻撃がないと判断したアシスは地面に手を付き、溜めていた力を解き放つ


振動は兵士達付近まで伝わった。大した振動ではないが、その場にへたり込む兵士も現れる。それだけ阿吽の名と地面から伝わった振動が恐怖を感じさせていた


アシスはここに来る前と1度矢を弾いた後の2回、あらかじめ双龍の型で力を溜めていたのだ


「なぜ・・・あの時言わな・・・言って下さらなかったのですか?」


ソルトは言葉選びに慎重になる


既に遅いとの思いもあるが、阿吽家に手を出せば街など簡単に吹き飛ぶ・・・そう教わってきたので慎重にならざる得なかった


「あの時?・・・ああ、ギルドの時か」


地面から手を離し立ち上がると、ソルトの言葉を聞き答える


「あの時は傭兵アシスとして行動してたから。てか、今も名乗りはしたが傭兵の仕事中だから、阿家現家主じゃなくて、傭兵アシスとして扱ってくれ」


「しかし・・・」


「まあ、俺が殺られたら、阿家が黙ってないだろうがな」


「うっ」


心の中で総勢十数人しか居ないけどな!と舌を出し、交渉を有利に進めるよう脅しをかける


「これ以上手は出さないだろ?俺も手を出すつもりはない。で、取引を持ちかけても良いかな?」


アシスの問いかけにソルトは2回、震えながら首を縦に振る


「それは良かった。じゃあ、こちらからの要望は今回の依頼破棄の理由。それが知りたい」


「そ、それは・・・」


「もし・・・その依頼破棄の理由にこちらが納得出来れば、今回の依頼対象はそちらに譲る。納得出来なければ、こちらで依頼を完了させ、襲ってきた事に対する報復もさせてもらおう」


「!・・・」


「取引と言ったのは理由を教えてもらう代わりに、盗賊達の身柄を渡そう。まあ、身柄を渡すというか、手柄を渡すというか・・・」


「森の奥から来たということは・・・」


「ああ、もう既に倒している。多分・・・死んでない・・・と、思う。そこらにあった蔦でぐるぐる巻きにして来たし、気絶してるから逃げれないとは思うが・・・」


「1班!2班!共に確認しに行け!必要ならば拘束し連行するように!」


すぐさま指示を出すソルト。支持を受けた2部隊は返事をしてから迅速に行動する


「さて、理由を聞かせてもらえるかな?」


「その取引を拒否した場合は?」


「この期に及んで拒否する選択があるとは思えないが・・・殲滅だ」


ゴクリと喉を鳴らすソルト


2部隊を捜索に向かわせたとは言え、未だ80対3。負ける要素はないかに思えるが、阿吽家に手を出すのは元よりアシス個人に対しても危険すぎる


ギルドの出来事がはるか昔に感じる


分の悪い取引。取引自体を断れば殺され、相手にそぐわない理由を言っても殺されるであろう。生き残るにはそぐう理由を言った時だけ


相手にそぐうかそぐわないか分からない状態で答えるには、あまりにも賭けてるものが大き過ぎた


「お願いがある・・・いや、お願いします!理由を聞いても・・・短気を起こさず弁明の余地を頂きたい!」


「おいおい、俺が殺したくてウズウズしてるように見えるか?それなら、お前の後ろから現れた時点で殺してるよ」


阿吽家の名前の影響力に呆れながらも、利用する価値を見出す。率先して利用する気は無いが、仲間の命を守れるなら利用すべきと考えた。それゆえ台詞とは裏腹に邪悪な笑顔を浮かべ威嚇する


「ぐっ・・・取引に応じる・・・ます」


「一介の傭兵に丁寧に話すとは殊勝な心掛けだな」


「・・・理由は簡単だ。話は一ヶ月前に遡る・・・」


ソルトは静かに語り始めた。口調は律儀にも戻しながら・・・


一ヶ月前にとある依頼が来た


ガーレーンの北部に位置する村ジャクルからの救援要請


ガーレーンよりデニスに近いジャクルには偵察要員として数名の兵士を送っており、その者達からの要請だった為、始めは軍の派遣を考えていた


しかし、軍を派遣することにより、デニスを刺激する事を恐れたソルトの父であり太守であるソーレスは傭兵に託すことにした


狙いは3つ


1つは先に触れたデニスへの刺激を恐れ

1つはガーレーン初の黒の称号の傭兵を出す為

1つは失策の隠蔽


「失策の隠蔽?」


最後の言葉にアシスは反応する


「そう・・・それこそが他ギルドから来た者を避けたかった最大の要因」


観念したようにソルトは続ける


ガーレーン周辺には村が3つある。3年ほど前にメディアよりガーレーン管轄下にとの達しがあった


それは防衛網の拡がりを意味し、同時に防衛費の増大も意味する事となる


政策の中で防衛に関して1つの結論が出されていた


3つの村は平和であり、すぐさま防衛に当たる必要なしと判断し、内側の防衛強化を優先、その後各村へと防衛網を拡げる計画


街の収益は以前と変わらない。開発や街道の整備、開拓に治水など他の事業は最低限で済ませ、防衛に力を注いだ


結果、ガーレーン自体は強固な防衛網を敷くことが出来、ここから防衛網を拡げていく矢先に起きたのが、一ヶ月前の救援要請


「防衛とは被害が出る前に対処するのを是とする。3年もかけた防衛網に穴がありましたでは通らない・・・秘密裏に処理する事を考えた」


「まだ途中だったんだろ?それを説明すれば良いじゃないか」


「街の者の表情を見たか?生活水準が年々下がり、今まで通りの生活が出来なくなって3年・・・限界が来ていたんだ。だから、親父は・・・太守は宣言してしまった。防衛網の完成を」


項垂れるソルトは言葉弱く話を続ける


「防衛網の完成の意味は皆が知っている。軍のための政策から民のための政策へ。安全安心な街で快適な生活が約束されたと思う民を・・・裏切るような真似は出来ない・・・だから、知られる訳にはいかなかった。防衛網が完成してはいないという事は!」


「なぜフレーロウのギルドに依頼が来た?」


「ガーレーンのギルド職員にジャクルの出身の者がいる。その者がディーダ率いる傭兵団「鉄鎖団」の失敗を聞きつけ、ギルドマスターに内緒でフレーロウのギルドへの要請を出した。様子がおかしかったから問いただすと吐いたので、急ぎ依頼破棄の急使を送ったのが昨日の事だ」


「なるほど・・・それが全てか?」


「そうだ・・・それが依頼破棄の理由だ」


「・・・くだらない」


「なに?」


アシスが呟くとソルトはその言葉に反応する。聞き捨てならないその言葉に、アシスが阿家の現家主という事を忘れさせた


「どこがくだらない!?親父は街を・・・村をより良くしようと昼夜問わず動いていた!確かに3年はかかりすぎかも知れん!しかし、あと少し・・・あと少しの時間があれば・・・」


「防衛網は完成し、民は守られたと?」


「そうだ!」


「やっぱりくだらないな」


「お前!・・・」


「聞いてると自分の名誉が傷つくのを恐れているとしか思えない。民を守りたいなら救援要請がガーレーンにあった時点で軍を投入するべきじゃないのか?」


「・・・」


「確かに傭兵団で事足りればそれまでだった話だ。結果論になるかも知れないが、それにしても一ヶ月前の事なのに傭兵団で盗賊を見つけられない時点で早々に軍を投入していれば、ジャクル出身のギルド職員もフレーロウを頼らなかっただろうよ」


「だからこうして!」


「遅いって。民が不安になっているのに、防衛網の完成の遅れ、完成したという嘘・・・2つの発覚を恐れて動かなかったのは民のことを考えているようには思えない」


「ぐっ!」


「しかも、動いたのは俺らが来たからだろ?フレーロウに情報が漏れるのを恐れ、俺らを消そうとまでした。全部自分の保身の為に動いたとしか考えられない・・・だからくだらないんだよ」


アシスは言い放つと、ソルトに向かって歩を進める。突然の行動にソルトは動けなかった


「なあ、俺が阿家の者だと知っていたら、あの時道を塞いだか?」


あの時とはギルドでの1幕。ソルトがアシスの前に立ちはだかった時のこと


「あ・・・いや・・・」


「自分が強者の時は相手を見下し、相手が強者ならへりくだるのか?デニスが大軍で攻めてきたら、軍門に下るか?三下!」


「ふざけるな!命を賭して戦い守ってみせる!」


「なら!今ここで命を賭してみろよ!俺らの命を奪おうとしたんだ!お前も命を賭けるのは当然だろ?」


「あ・・・」


ソルトはアシスの言葉を理解し、膝から崩れ落ちる


父親が苦しんでいる姿を見て、何とかしなくてはと思い、傭兵団を派遣し解決しようとした。思うように事は進まず、捜索を打ち切り帰還命令を出した矢先にフレーロウから傭兵が来た。何とか追い返し、自らの手で盗賊を見つけようとしたが、付けられている事に気付いていたので始末しようとした


そこに国を、民を守る思いは欠けらも無い


怯える村人の事を考えず、罪のない傭兵を殺そうとした


国を、民を守る為にいる兵士達に命を賭して戦えと言える大義名分などここには存在しなかった


「俺らは戦うぞ!理不尽に命を狙う者達と!」


アシスはソルトを見下ろしながら殺気を込める。大気が震えるほどの殺気に兵士達は身動き1つ取れなかった


ソルトは膝をついたまま静かに両手を地面につける


「・・・理不尽に命を狙う者達・・・か」


アシスの言葉を反芻する


しばらく静寂が続く。ソルトは身動き1つせず、目を閉じ口を真一文字にし、ただただ思い返していた。今までの自分の行動を


ややあって不意に立ち上がると、アシスをまっすぐと見据え頭を下げる


「・・・感謝する・・・守護者たるものがただの殺戮者になる所だった・・・この首で容赦願えないだろうか?」


「ソルト様!」


ソルトは声を上げる兵士達に手を上げ制止する


「頼む。彼らも言ってみれば被害者だ。俺からの命令に背くことが出来ないのだからな」


「良いだろう。お前の首だけで許してやる」


「ありがたい」


剣を抜くアシス。ソルトは観念したように首を切り落としやすいように下を向く


「待て!アシス!」


「待って!」


リオンとシーラから同時に声が上がる。2人に目線を送ると剣を1度仕舞う


「なぜ?」


「なぜ?って、命まで奪う必要は無いだろ?ソルトのした事は許される事じゃない・・・が、それも方向を間違っただけ」


「間違いましたすみませんで済む問題か?俺らが弱ければ全滅され同じ事を繰り返してたぞ?」


「いや、それはそうだが・・・」


リオンは木を背に立ち上がり、更に説得を続けようとした時、シーラがアシスの元に歩み寄った


「アシス・・・わたし達が弱ければこうはならなかったはずよ」


「うん?」


「わたし達が弱かったら、彼の正体を知った時、彼の軍勢を見た時、引き返してると思わない?」


「たらればだろ?そうだったかそうじゃなかったか確認出来ない」


「そうね。でも、それならあなたの言うことも、たらればじゃない?わたし達が弱かったらどうなってたかなんて確認できないわ」


「・・・確かに」


アシスは顎に手を当て、考えながら答えた。そして、ソルトに向き直る


「だ、そうだ。良かったな、首は無事みたいだぞ」


「なっ・・・」


「まあ、こちらは誰も死んでないし・・・怪我人も居ないし」


「おい」


言葉の途中でリオンを見かけたが、怪我人認定はされなかった。それに不服を唱えるリオンを無視して続ける


「シーラに感謝するんだな。彼女の『マッテ』を未だ越えられたことが無い」


シーラを見ながらソルトに『マッテ』最強説を語る


「で、助かった命だ。ついでに消えそうな命も助けたらどうだ?」


目線をうずくまるディーダに移す。それを見て慌ててソルトは兵士達に命令を下した


衛兵の話では急所は逸れているらしく、血は大量に失われているが助かる可能性は高いと告げられる


「お優しいこって」


アシスがリオンを見るが、視線を躱すようにそっぽを向いた


「本当に良いのか?」


ソルトが近付き、アシスを見て言う


「なんだ?そんなに死にたかったか?」


「いや、俺は本気でお前らを・・・」


ソルトは下に落ちた無数の矢を見ながら呟いた


「貸し一つ」


「え?・・・安くないな」


「ああ。おいそれと返せると思うなよ」


「肝に銘じとく」


アシスはソルトの言葉を受け、手を上げて無言で離れる。ちょうどリオンも合流していつもの4人となった


「ありがとう」


おもむろに合流したアシスにシーラが告げる。アシスは何のことか分からず、頭の上に?を並べた


「何の感謝だ?」


「・・・こういう時は素直に受け取っておけば良いの!深く聞くのは礼儀違反よ!」


「そういうもんか・・・」


シーラはそっぽを向いて、ガーレーンに向けて歩き出す。3人も合わせて歩き始めた


「・・・あ!」


森を抜けた頃、アシスがいきなり声を上げる


「もしかして、昨日のノックは『ありがとう』か?ほら、あ・り・が・と・うで5文字だ!」


先頭を歩いていたシーラは振り返り笑顔で答える


「言ったでしょ?・・・アホアシスよ」


「いや、バカアシスだったろ?」


「あら、バカのクセに記憶力は良いのね」


「おま・・・この!」


アシスはシーラを追いかけ、シーラは捕まるまいと逃げる。そんな微笑ましい光景を目を細め見ているリオンは横目で表情のすぐれないシーリスを見ていた


その視線の先はシーラ・・・そしてアシスがいた


「ありがとう・・・ね」


誰にも聞こえないよう呟くシーリスをよそに、日が暮れ始めると同時にガーレーンが見えてくる


「そういう事なら・・・早くしないと・・・」


親指の爪を噛みながらシーリスはまた呟く


日暮れと共に風が強くなり、リオンの耳に不吉な言葉を運んでくる


「・・・なら死を・・・」


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