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2章 3 『十』

ナキスは王城にある部屋のひとつに赴いた。そこにはベットに横たわる初老の男性と警護の者数名と主治医らしき男がいた


「少し外してくれないかな?」


入るやいなや言い放つと全員無言で会釈して部屋を後にする。主治医らしき男がナキスの横を通り過ぎる際、耳打ちする


ナキスは無言で頷き、全員が出て行ったのを確認するとベットに近付いた


「ただ今戻りました」


澄んだ声が部屋に響くと初老の男性は上半身を起こし、ナキスを見る


「視察ご苦労。変わりないか?」


「ええ。街は活気に溢れ、村は豊作に喜んでいました。雨季にも関わらず今年は災害も起きていないので、前回の治水が機能しているかと」


「南方面の憂いはそこにあるからな。なによりだ」


「課税を下げられれば良いのですが、協定違反となるのが口惜しいです」


「そう言うな。移民防止には必要な事だ」


男性は苦笑しながらも、ため息をついた。ナキスの意見には同意だが、決められてるからにはどうしようもなかった。6ヶ国協定・・・その中に課税を一律にする旨が書かれている。課税が低ければ、そこに人が集まる。逆もまた然り。それを防ぐ為に作られた協定は破る事は許されなかった


「今は・・・でも、これからは改革も必要です。父上も私によく語ってくれたじゃないですか」


「昔はな。今は思考がどうしても後ろ向きになる。争いはなるべく避けるべきだと」


「争いは私も望みません。平和的解決の糸口すら見えない現状では机上の空論ですが、いずれ全ての民に笑って過ごして欲しい・・・それがわたしの唯一の願いですから」


「血を流さずに改革が出来れば英雄・・・だな」


ナキスの父、ロキニスは目を閉じ笑顔を浮かべる。自らの息子が英雄となる姿を妄想して


「英雄などになる必要はありませんよ。各国の理解・・・それを得るために尽力するだけです」


「そこにどれだけ覚悟がいるのか分かっておるのか?」


「心得てます」


「ふむ・・・そうか・・・」


ロキニスとナキス、数秒見つめ合うが折れたのはロキニスだった


「ならば、何も言うまい」


「ご心配をお掛けします」


「ところでナキス、嫁取りはどうした?」


「はて?なんのことでしょう?」


「・・・」


「冗談ですよ。その件についてお話がありまして・・・」


バタンとナキスが出て行ったのを見送ったロキニスから大きなため息が出る


「どえらい息子を持ったものだ」


すでに部屋の中にはロキニス以外誰もいない。ただ1人ナキスの出て行った扉を見つめながら呟いた


────


「ジェイス、揃っているか?」


王城の廊下を歩きながら、ナキスは身支度をしていた。と言っても父である王に会う時、謁見の間ではなく寝室だった為、軽微な服装になっていたのでそれを着替えているだけだ


「全員ではございませんが、お集まりになられてます。帯剣は?」


「よい。僕が持っても意味が無いからね」


最後にマントを羽織り、脱ぎ去った服をすれ違いざまの女中に渡すと立ち止まりジェイスの方を見た


「アシス君達はどうなった?」


「つつがなく傭兵登録を終えたとの事です」


ジェイスの耳には、バッカスの件は入っていた。だが、主を煩わせまいと伝えるのを省く。伝えたところで意味の無いと判断してのことだった


「そうか・・・赤登録か?」


「はっ。そのように聞いております」


「そうか・・・続けて監視を行うように」


「はっ。・・・しかし、なぜ若・・・ナキス王子があのような輩の動向を気にするので?」


歩き始めていたナキスは再び止まると、ジェイスを睨みつける


「ジェイス・・・僕が君に必要なものは何か常日頃から言っているだろ?覚えているかな?」


「もちろんです!剣の腕より人を見る目を鍛えよ・・・私の中で常に心がけております」


「ふむ・・・じゃあ、鍛え方が足りないようだね」


「も、申し訳ございません!」


「時間もないから、簡潔に言うとしよう。彼は最後のピース・・・でも、形が決まってないからどこにハマるか分からない・・・可能性がある」


「へ???」


「今は僕も憶測で確かなものでは無い・・・だが、いずれ分かる時が来るさ。精進したまえ・・・未来の近衛将軍」


「!・・・はっ!」


程なくしてひとつの扉の前に辿り着く。ジェイスがそこを開けると大きなテーブルを囲むように7人の男女が立っていた。ナキスは一番奥の中央の席に座り片手を上げる


「待たせたな。座りたまえ」


7人の男女はそれを受け無言で用意された椅子に座った。その時、ジェイスが閉めた扉が大きな音をたて再び開かれる


「わりぃわりぃ、少し遅れたか?」


入ってきたのはレンカ。大声を出しながらズカズカと自分の席であろう場所まで行き、椅子に座る


「お子ちゃまは時間も守れねえのか?」


レンカの隣の大男がチクリとレンカに嫌味を言う。それを受けたレンカはテーブルに肘をつき手の平に顔を載せてぶーたれる


「うっせぇ!弟子との手合わせでちぃと白熱しちまったんだよ!」


「ダーハッハッハッ!弟子と乳繰りあってたか!そりゃあ遅れるわ!」


「ああん?毛引っこ抜くぞ?」


「やれるもんならやってみな!チビ!」


机を叩き隣の大男を睨みつけるレンカに大男も挑発するように手招きする。一触即発の雰囲気だが慣れているのか周りは知らん顔だ


「そろそろ良いかな?毎度の事ながら、君らは飽きるって事を知らないのかな?」


ナキスは呆れながら一連の流れを止め、レンカが乱暴に座るのを確認した後、立ち上がる


「では、始めよう。『十』の定例会合を!まずは居ないものに関して知ってるものから事情の説明を・・・『長柄』ワレンは僕の指示でここには居ない」


ナキスの言葉が終わると初老の男がスっと立ち上がる


「ラクスはワシの依頼で南の村に残ってもらっとる。ちぃと狙われてのう」


「はあ?狙われてる?誰が?」


「ワシが」


レンカの問いかけに笑顔で答える初老の男────アムス。その答えを聞いて各々が思い思いに口を開く


「耄碌じじいから『十』を切り崩そうって魂胆か?笑えねえ」


「弱そうな所から狙うのは世の常。ラクス様に迷惑かけぬよう老衰で逝きなさい」


「相手の目的が見えないな~。だが、無策とも思えんしな~」


「ナキス様はどう見られますか?アムス殿を狙う魂胆を」


「ジジイがプルプルして弱そうに見えたんだろ?」


「名声狙いか?」


「・・・」


「お主ら言いたい放題じゃの・・・」


「前代未聞だからね。首謀者は分からないけど、実行者は把握してるよ。で、楔も打ち終えた」


ナキスが話し出すと全員静まり、続きに耳を傾ける


「実行者は『カムイ』」


「じじい・・・達者でな!」


「ちょっと!ラクス様を巻き込む前に墓に入りなさいよ」


「相手は本気だね~。戦争でも始める気かな~?」


「どういう事です?楔とは」


「はん!後ろからコソコソしてる雑魚共だろうが!」


「厄介だな」


「・・・」


「お主ら・・・して、楔とは?」


「うん。これ以上出てくるならこちらも動くよって手紙を出しといたよ。まだ出したばかりだから、向こうの頭は見てないだろけどね」


アムスの問いかけにナキスは頷き答えた。それを聞いたアムスは意を得たのか生え始めの髭を擦りながらナキスを見る


「それはお早い行動で・・・もしや、孫に会いましたかな?」


「うん。カザムで偶然会ってね。なかなか面白い・・・そして危ういね・・・君の孫は」


見つめ合う2人に少しばかり異様な雰囲気を感じさせた。今まで好き勝手に話していた面々は少しばかり緊張する


「あー!傭兵ギルドにいたクソガキはやっぱりあんたの孫か!マントといい、雰囲気といい・・・じゃないかと思ったんだよ!」


「この話は後にしよう。だいぶ話がそれてしまったが、まずは現状報告を頼むよ」


ナキスとアムスの会話にレンカが割り込み、話が散らばりそうになるのをナキスは嫌い、周りを見渡しながら言い放つとナキスから見て左の手前に座っているアムスを見た


『戦神』アムス・・・担当国無し


「さっき述べたくらいしか現状変わりないのう」


『十』の中で1番の古株。顧問としてナキスの補佐に就いているが、基本各国を担当する者達の補佐として動く。戦争時アムスが付いた国が勝つとまで言われる実力者


『賢士』ゼブラ・・・担当国・東のマベロン


「至って平和だね~」


『十』の中で唯一力ではなく頭脳で戦うタイプ。箸より重いものを持たないと豪語し護衛に2人ラカンとレミルを連れている。伸び切ったボサボサな髪に無精髭を生やし、着崩れたローブをまとう姿は浮浪者にも間違われるほど


『剣聖』ジオン・・・担当国・北東のファラス


「異常なし」


『十』一の剣の使い手と言われている。元々は二刀流を修めていたが、ある時から片手剣の使い手として名を馳せる。リオンとクオンの父である


『疾風』クオン・・・担当国無し


「傭兵ギルドの戦力の偏り問題は徐々に解決に向かっています。移住及び依頼減少による補填に関する費用の算出は途中ですが、膨大です。問題や戦争が起きないのは嬉しいことですが、このままでは資金が回らなくなるでしょう」


ジオンの息子でリオンの兄。隻腕ではあるが、剣の腕は父を超えていると言わしめるほどの実力者。『十』の中では1番若い20歳


『神威』シヴァ・・・担当国・中央デニス


「・・・先のクオンの話と直結しているが、こちらは人手不足だ。傭兵団数組が抜けた穴はでかい。再考を願う」


『カムイ』を抜け『十』に加入した異質な男。詳細は不明でナキスとの取引によりいるとされている。慎重で多くを語らないが、デニスという大国を暴走させないよう舵を取れるのはシヴァだけと言われている


『水晶』セリーヌ・・・担当国・西のレグシ


「こちらはいらない傭兵団を押し付けられた感じよ。もっと品のある連中を寄越して欲しかったわ。女王もいい顔してなかったわね」


『十』の2人の女性の内の1人。踊り子のような挑発的な格好をし、おおよそ剣を振るうように見えないが立派な剣士。ラクスをこよなく愛するラクス狂


『暴君』バラン・・・担当国・北のシャリア


「変わりはねえな!さみぃだけだ!」


顔にいくつもの傷を持ち、山賊のような風体の持ち主。『十』の中では1番の力持ち。お似合いの巨大な戦斧を使う事が多いが、得物は大きければなんでも使いこなす


『飛槍』レンカ・・・担当国・南のメディア


「あんたいつもそれね。メディアはナキス様が居ない間も変わりないわ。新たに来た傭兵とかのいざこざも・・・ないわ!」


『十』の2人の女性の内の1人。背が小さく、顔も幼いため侮られる事が多い。背中に背負った2本の短槍を使う槍使い。口が悪い


全員の報告を聞き、ナキスは頷くと再度全員見渡す


「ふむ・・・ご苦労さま。聞いての通り今の問題は傭兵ギルドの問題が大半だね。費用の面は僕が預かろう。人手不足に関しては具体的には?」


ナキスがシヴァの方を見るとシヴァはすくっと立ち上がりナキスに向き合う


「・・・傭兵ギルドへの依頼に対して、実行出来るものが圧倒的に少なくなり、傭兵ギルドから不満の声が上がっている。緊急性の高い依頼に関しては、王軍からの派遣で対応しているが、1部の者から『デニスへの嫌がらせでは?』との声も上がっている」


各国のギルドは全て国直営となっている。しかし、情報統制がなされ、都合の悪い情報は例え直営とはいえ入らない


「王への説明と了承は得ているはずだよね?」


「・・・無論。だが、デニス王としては民への説明に『十』に言われたからとは言えず、現状を理解している者からは『十 』への不満、現状を理解してない者からは王への不満に繋がっている」


国と『十』の関係は五分五分とされている。『十』が生まれて200年余り、生み出したのは6ヶ国協定。中立的な立場の人間を欲した各国が生み出した機関であった。戦争の仲裁、情報の共有、各国のバランスなど様々な場で活躍している『十』。身軽さを重視し実力者で固めた少数精鋭。運営資金も各国から徴収し、何か困り事がある場合は『十』から派遣されたりもする


「能無しのくせにプライドだけは高ぇのな!」


「そう言うなレンカ。プライドなくして王道は歩めないよ。ふむ、想像通りの展開になった訳だが・・・ゼブラ、妙案はないかな?」


『賢士』ゼブラは背もたれにもたれかかり、顔を天井に向け口を大きく開けて寝ていた


「んあ?俺には専門外でちんぷんかんぷん~他を当たってくれ~」


ヨダレを拭きながら答えるゼブラに苦笑しながらも、他の者へと目線を移し全員に尋ねる


「ふむ、では、ほかの者で案があるなら言ってくれ」


「「・・・」」


「・・・ないか。では、予定通りに行くとしよう」


「やっぱり策あるんかい」


バランは呆れたように腕を組みながらナキスを軽く睨みつける


「まあ・・・ね。愚策になる可能性もあるけど、人材確保とデニスへの楔にもなる」


「おいおい、デニスが戦争でも起こそうとしてるってか?」


楔の部分に反応したバランが目を見開き、ナキスに問い詰めるが、ナキスは頭を振り答える


「いや、『十』への不満に対する楔だね」


「あん?」


要領を得ない回答に首を傾げるバラン


「ワレンが兵を率いてデニスに入る。しばらくは傭兵ギルドの仕事をこなしてもらう」


「はあ?待て待て、一国1人の協定は無視かよ?」


バランが腰を浮かせながら問い質す。なぜなら『十』が結成された際にいくつかの協定という名の掟が定められていた。その中の1つが一国1人。何人もの『十』を一国に置くことは禁止されている。それは一騎当千の猛者が幾人も居ればその国にとって脅威になるからと、その周辺国にとっても手を組んで襲ってくるのでは?と言う疑念を招きかねないからだ。


「一国1人の協定は『担当』。滞在に対しては協定は定められていないよ」


「滞在って・・・」


言葉遊びに呆れるバランは浮いていた腰を落ち着かせる


「ワレンには手練を準備させている。今の滞っている依頼を速やかに解決し、元の軌道に戻るまで滞在させようと思う」


「なるほど・・・人手不足も『十』への不満も一気に解消ですな」


髭を手で撫でながら、アムスが呟くとナキスは笑顔で答える


「うむ。断る理由はないな。やましい事がなければ」


「・・・しかし、それでは外部に情報と金銭の流出を招くと懸念されると思うが」


クオンが頷きながら言うが、その横に座るシヴァはまだ表情は晴れてはいなかった。デニスは大陸の中で1番の大国。その担当となっているシヴァは慎重にならざるを得ない


「その懸念は簡単に払拭出来るよ。王都に入らず一介の傭兵団としての活動及び稼いだお金を稼いだ土地で使うようにする」


「・・・しかし、体裁が」


「こちらからお願いする事にする。僕の策のせいで迷惑をかけたという事にしてね」


「『十』の王だろ?ナキス様は。プライドなくして王道は~とか言ってなかったか?」


「僕は『十』の王『十王』って言われてるけど、そんなのは敬称に過ぎないよ。僕の願いは争いのない世界を作ること。王道などはなから興味はないね。その為だったらいくらでも頭を下げるし、『十』を利用する」


「・・・了承した。デニス王へはその旨伝えよう」


「うん。後で手紙を書くから渡してくれるだけで構わないよ」


アムスは心の中で思う。先代『十王』がなぜに暗黙の了解であった『ロウ家に『十』を継がせない』を破りナキスを選んだのか・・・その答えはナキスの中にメディアやロウ家の枠組みに囚われない強い意志を感じたからではないだろうか


アムスの考えを他所に『十』の会合は粛々と進められていく。正式な会合がこれで最後だとは誰も思わずに────


────数日後


メディアとデニスのちょうど中間程に位置する村ハネットは現在窮地に立たされていた。数日前より盗賊と思わしき集団に搾取されていたのだ。要求は食料と女。断れば村を壊滅させると脅され、自警団による抵抗も虚しく村は言う通りにするしかなかった


「このままでは死ぬまで吸い尽くされるだけだ・・・」


救いの手は伸びてこない。中規模の村ではあるが、国の手を跳ね除け、自分たちの統治により成り立ってきたのが裏目に出たのだ。国の手とは守備兵の設置。税も上がるが、国の守備兵が入ることにより、来る脅威に対抗する術となる。が、裕福ではないことから、それを断った事により国の加入は一段階遅くなる。国に助けを求めたとして、守備兵を断った村への対応は厳しい。もちろん見捨てることはしないが、優先順位は守備兵を受け入れた村にある。後回しにされている間に村は廃墟と化す・・・そんな未来が村人には見えていた


「やっぱり守備兵は受け入れるべきだったか・・・」


「そんなの!受け入れていれば守備兵の衣食住をこちらが負担し、税も上がるんだ・・・ウチの村にそんな余裕は・・・」


「やめんか・・・ここで争っても仕方なかろう・・・」


若い2人が言い争ってる所に仲裁に入った老人。力なく部屋の中心にあるマキに火をくべるとスっと目を閉じ考える


「俺らを呼んだのには意味があるんだろう?じっちゃん!」


「村長・・・俺に出来ることがあれば言ってくれ」


若い2人・・・村長の孫のザンクと自警団だった父を持つヤットは日中目の前にいる村長である老人に夜中に家に来るように言われてた。


昨日2回目の略奪を受け、盗賊達が居座っていることに気付いた。1回目は天災にあったとあきらめた。自警団が1人殺され村の娘1人と食料を奪われた。だが、数日後の昨日、再び同じ盗賊達が現れ、同じように奪われた・・・自警団は崩壊、娘は帰って来ず更に別の娘を連れて行かれ、食料は同じように奪われる


「ヤットの言う通り、このままでは死ぬまで吸い尽くされるだけ。抵抗する術もない。この村は・・・終わりじゃ」


「じっ!・・・クソっ!」


ザンクが否定しようと立ち上がるが、祖父の顔を見て察する。自分より村の状況を把握している村長である祖父が、瞳に希望の欠片も無くしていた。絶望・・・それが今の村の状況


「それで・・・俺らを呼んだのは?」


「・・・逃げろ・・・若い衆を引き連れてこの村から・・・」


「ふざっ!・・・親父らを殺されて、尻尾巻いて逃げろだと!?」


「俺も反対だ。親父らが守ろうとした村を捨てるなんて出来ない」


「ワシに!・・・ワシに若い芽が摘まれるのを見せてくれるな・・・もう・・・たくさんじゃ・・・」


「じっちゃん・・・」


「村長・・・」


村長の吐露にザンクとヤットは言葉を失う。何度も何度も考えた末の苦渋の決断・・・それが分かるように村長はここ数日で老け込んだ。それを知っている2人だからこそ、これ以上村長を責めるような言葉が出てこない


「ならっ!俺が・・・」


ザンクが言いかけたその時、家の扉が開かれた。今は夜中、突然の来訪は盗賊を予感させ、3人は緊張により固まる


「すみません、ここが村長宅と聞いたのですが・・・」


鎧に身を包んだ男が二人、扉を開けて姿を覗かしていた。1人が目を閉じたまま、すまなそうに話しかけてきた


「は・・・へ・・・」


村長が驚きのあまり声が出ないと、それに気付いた男が続けざまに話す


「夜分遅くにすみません。私は傭兵団『二対の羽』のグロウと言います。他の依頼で近くを通った際に盗賊たちを見かけ、差し出がましいようですが駆除をしたので報告をと・・・」


「え・・・え・・・?」


「駆除!?たっ・・・倒してくれたのか!?」


「まさか!!」


村長は話についていけず、ザンクとヤットがようやく理解した・・・村が救われたのではないかという事に


「ええ。行軍中に出会ったので。打ち漏らしもないようです。ただ、村の娘のような方もいらっしゃったようですが、残念ながら・・・」


グロウが悔しそうに下を向くと、村長は駆け足でグロウの元に行き、足にすがりついた


「本当に・・・本当に盗賊達は・・・!」


「大丈夫です・・・もう心配はいりません」


「なんと!・・・なんとお礼を申し上げたら!」


目から滝のように涙を流し床を濡らした。絶望からの奇跡に、村長は半ばパニック状態に陥っていた


「落ち着いてください。我々は何も無償で行った訳ではありませんよ」


「え?・・・」


村長はバッと顔を上げると辺りは静寂に包まれ、ゴクリと誰かの喉が鳴る。冷静に見るとグロウの首元には赤い称号の持ち主が付けることを許された証がぶら下がっていた


「あ・・・赤の・・・」


村長も知らない訳では無い。傭兵団を率いるからには赤の称号を持つ事を。そして、赤の称号を持つ者に依頼をすると高額な依頼料が発生する・・・救けてもらった・・・その想いが報酬の事をすっかり抜けさしていた。依頼した訳では無いと突っぱねることも出来る。だが、今は受けた恩に精一杯報わなければとの想いが強くある


「い・・・如何程でしょうか・・・」


村長の問いにグロウは指1本を突き立て、笑いかける


「水を1杯、みんなに頂けないでしょうか?少し運動をしたので喉が乾いてしまって」


「へ?」


「もし私達のした事が村にとって有意義なものでしたら、頂けたら幸いです」


更に笑顔で村長に笑いかけると肩にポンと手を置いた


「お・・・おお・・・」


村長は肩に置かれた手の温もりを感じ泣き崩れる。ザンクとヤットはすぐさま水を取りに外へと駆け出した


村の娘の埋葬と獣の発生を防ぐ為に盗賊たちの死体を集め火をくべる。夜中ではあるが、村が救われたと知り、村人総手で事に当たていた


「グロウ・・・良く分かったな、盗賊たちがいるのが」


グロウと共に村長宅に来た男、メンスがグロウの横に立ち話しかけていた


「勘・・・と言うか、匂いというか」


グロウは微笑み、メンスに答える


「目が見えない代わりにそういうのが発達したのか?」


「・・・どうでしょうね?」


「村を救った報酬が水1杯か・・・笑えるな」


「不服・・・ですか?」


「もう慣れたよ」


メンスは首を振り、グロウの腰をパンと叩く


「お前が団長だ!好きにやれば良いさ」


「ご迷惑おかけします」


「迷惑じゃねえよ!お前が見てる先を見せてくれればそれで良い」


「目・・・見えないんですが・・・」


「現実じゃねえよ!見えてるんだろ?お前にはこれからの行く末が」


「見える・・・かも知れません。いえ、見ないといけませんね」


「どうした?歯切れが悪いな」


いつもは全てを見透かしたように語るグロウの言葉にメンスが戸惑ったように尋ねる。出会いは衝撃的だった。盲目の剣士に手も足も出ずやられ、強さに惚れた。次に共に行動をするようになり、目の見えない男は誰よりも先を見ている事に気付き、いつの間にか心酔していた。傭兵団全ての者がグロウの友であり信者であると言っても過言ではない


「私がメディアに来た理由は話しましたね」


「ああ。もう1枚の羽を見つける事だったな」


「私の思い描いた人物は羽とはなり得ませんでした。ですが、もしかしたら、なり得る人物と会うことが出来たかもしれません」


「はあ?なんだかよく分からんな。思ってたヤツは違ったけど、たまたま他のヤツが当てはまったてか?」


「そうですね」


「なんだか、ふあっふあしてんな。どうしてそう思うんだ?」


「勘・・・ですかね」


グロウが笑顔で言うと、メンスは苦笑いしながら頭をかいた


「また勘か・・・んで、そいつは?俺らも知っているのか?」


「いえ、今は無名です」


「ほう。じゃあ、分からねえな。なんて名よ?」


「彼の名は・・・アシス」



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