91話 レシアの部屋
【アサダ…… この部屋は……】
部屋の内装に目を向けたまま彼女に問い掛ける
隣からアサダの視線を感じたが、僕はレシアの部屋から視線を離せなかった
呪縛の様に絡み付く思い出
気持ち悪いものじゃ無い
嬉しかった、楽しかった記憶が脳裏を巡る
その部屋はレシアと過ごした全てが詰まって居たのだから
「ムゥムゥさんから聞きました…… この部屋はレシアの部屋だったと」
【君は…… レシアを知っているのか?】
「知っています…… それだけは忘れる訳がありません」
【なぜ……?】
「それは……」
コンコン……
その時、突如鳴った部屋のノック
レシアの思い出から無理矢理、現実へと引き戻される
そして僕は扉へと目を向けた
姿の見えない扉の先から声がする
それはとても懐かしい女性のもの
「アイ様…… 先程、宮殿中庭より強い力を感知しました…… 悪意は無いようですが用心に越した事は無いかと」
「ムゥムゥさん、それはシャド…… ノア様ですよ♪ 今、私のお部屋にいらっしゃいます」
「え…… ノア様!? あ、あの…… 入室させて頂いても……」
「勿論、どうぞ♪」
一度、間を置いた後
ガチャリと捻られたドアノブ
ゆっくりと扉が開く
そこにはムゥムゥの姿があった
僕の姿を捉えた彼女は固まっていた
そんな姿に僕は微笑む
ふと我に返ったムゥムゥはゆっくりとゆっくりと……
僕から視線を離さず、彼女は隣まで歩み寄った
そして深く頭を下げた
「永きに渡る門番のお勤め…… お疲れ様で御座いました……」
【ありがとう…… そしてムゥムゥも宮殿の守護、及び切り盛り含めてご苦労だったな】
「勿体ない…… なんと勿体ない御言葉……」
呟く様に答えた彼女
両の手を口に宛て、その瞳からは涙が流れぬよう必死に堪えている
僅かに上下する肩へ僕は手を乗せ、そして言った
【お前が居てくれたから…… 僕は安心して門番を続けられたんだ…… いつも助けられてばっかだな、ムゥムゥ】
「そのような事はけして…… お帰り…… お帰りなさいませ……」
固く目を閉じた彼女の瞳から雫が流れる
そしてムゥムゥは泣き顔を隠すように僕の肩へ顔を預け、もたれ掛かった
彼女の心が落ち着くまではさほどの時間は経っていない
僕はムゥムゥの整理がつくまで肩を貸した
いつも気丈な彼女だが、張り詰めた何かが切れたのだろう
そして、そんな姿を周りにも見せた事が無いはず
アサダは僕等を微笑みながら言葉を発さず待っていた
「ノア様…… 御無礼を致しました……」
顔を上げたムゥムゥは瞳を袖で拭き、涙で赤くなった目を僕に向けて言う
【構わないさ♪ ……落ち着いたか?】
「はい……」
【なら良かった…… お前もココに座れよ】
彼女は僕とアサダに目配せをし、椅子へと腰を下ろした
その姿を見届けた僕は小さく頷く
そしてアサダに向き直り、話し掛けた
先に聞きたかったのは、率直にいえば違和感による疑問であり質問だ
【なぁ、アサダ…… ムゥムゥが先程と話し掛けていたが…… それが名なのか?】
「はい♪」
【そうか…… アイ・アサダって事か】
「この世界ならそうでしょうね♪ 私の名は《浅田 藍》です」
その名で解った
彼女が……
彼女こそがモリサダの捜していた前世の妻であり、僕の娘
【そうだったのか…… じゃあアースの魂を継ぐ者が君だった訳だな】
「アース? それが私の前世の名前なのですか?」
彼女はキョトンとした面持ちで答える
どういう事だ?
【モリサダから聞いてなかったのか? そういえばさっきも己の中に居る誰かを知らないと言っていたが……】
「ええ、夫は…… 守定さんは私を《藍》と呼びますし…… 私もそれ以上を知らなくても良いんです」
【知らなくても良い?】
「はい♪ あの人は今の私を愛してくれています…… 私も今の守定さんを愛しています…… それ以上も以下も必要ありませんよ」
そう言った彼女は僕に微笑んだ
そうか……
藍にとって、今が大事なのだ
モリサダはアースでは無く、《藍》を愛している
藍はムーンでは無く、《モリサダ》を愛している
2人の前世、ムーンとアース
その魂の記憶が2人を引き寄せたのは確かかも知れないが、それはあくまでもキッカケ
だからモリサダは今、アースを愛している訳では無い
彼にとっては言う必要が無いんだ
彼女の中にアースが居たとしても、彼女にアースの面影を見たとしても……
それは言う必要は無く、言ってはならない事
アースと彼女に話し掛けてしまえば、今の藍よりもアースの影を追い求めている事の表れであり、彼女自身が愛されていない事と同位
モリサダは今、精一杯の愛情を藍へ注いでいるんだな……
なら僕も、彼女を《藍》と呼ぼう
モリサダが向けている愛とは違うが、僕も藍という存在を父親として愛そう
だって……
だってこの部屋は……
レシアの全てが詰まっている
それは彼女がアースとして生きていた証
だがそれは彼女とは別の存在
それでも心からレシアを、藍の前世の娘を…… 愛してくれているのだ
だからこそ僕は、君を娘のように愛そう
そしてモリサダは解っているハズだ
彼女との間に子を持つリスクを……
子供にピュアラピスが継がれてしまう
それは親として嬉しい事とも思う
だが、今だけは理想じゃ無いし安易だ
これから世界を揺るがす戦いが起こるのであれば枷になる
圧倒的な力を持つモリサダには全力で戦ってもらわなければならない
そして万一、子供を人質に取られでもしたら最悪
そこまでの今後を藍に話してはいないだろう
だがそれを含めてモリサダを信頼した彼女
子を産む訳にはいかないからこそ特にレシアへ、面影の娘へ愛情を向けてくれているのだ、彼女は……
それが何よりも物語っている部屋に僕はまた、目を向ける
そしてそのまま彼女へ、藍へと話し掛けた
【なぁ、藍……】
「はい?」
【寂しく…… 無いか?】
そこまで口にし、ハッとした
そんな事は重々承知している
彼女の気持ちも考えない無知な質問に悔恨を宿す
申し訳ない気持ちを胸に、僕は彼女へ顔を向けた
だが、彼女はニコリと僕に笑い掛けていた
「寂しく無いと言ったら嘘になりますが…… でも…… 今は忙しいけど守定さんも極力逢いに来てくれます」
【うん……】
「それにレシアを思い出せるこの部屋…… 最近は特に強く思い出しますし……」
最近は、特に?
ああ……
そういう事か
いや、今は止めておこう
話の腰を折りたくない
【そうだな】
「そしてもう1つ…… 大切な物が私を幸せにしてくれる」
【大切な物?】
僕は首を傾げた
そんな姿にフフフと笑う彼女
そして握られた左手を僕に向けた
【大切な物ってのが手の平に握られているのか?】
「違いますよ♪」
そう言い、そしてまた彼女は笑った
何を言いたいのか
それとも伝えたいのかは解らない
そんな僕に向けられた左手を、彼女はゆっくりと振る
カランと鳴るその手には純白のドレスに気を取られ、今まで気がつかなかった物が揺れていた
それは、
【大切な物っていうのは《ブレスレット》か?】
そう
揺れていたのは手首に余裕が持たれ、中央に青い装飾品の付いたブレスレットだった
【綺麗なブレスレットだな♪】
「ありがとうございます♪ コレね…… この世界に来る前に、咲と泉と3人で買いに行ったお揃いのブレスレットなんです」
【ほう…… 咲子と泉との思い出の品か?】
「はい! コレを見てると昨日の事のように思い出すんです♪」
【へぇ! 随分前からの友達だったわけだ?】
そう言った僕に優しく目を細め、彼女はゆっくりと窓の外に目を向ける
つられて僕、隣に座るムゥムゥまでもが窓の外を見た
特別何が有るわけでも無い
そこにあったのは晴天だった
「私は昔、友達が居無かった…… 別に作ろうとすれば出来るけど、そこまで深く繋がり持たなくてもいいかなって……」
【それが…… なぜ?】
「私は大学でたまにすれ違う咲を見ていた…… 彼女もあまり人と関わらない様にしている子だったんです」
【咲子がか? そうは見えなかったが…… ん、まぁ、それで?】
「それでも、どこか物腰は強くて…… 何て言うんだろ? 芯が1本通っている様な…… そんな感じを醸し出してる女性で、彼女の事を知りたくなった…… 私…… 咲に憧れてたんだと思う」
【ほう?】
「私…… 多分、逃げてた」
【おいおい、いきなりどうした?】
「アハハッ……」
【なんで笑うんだよ……】
「ごめんなさい…… でも…… 私って男性から声掛けられる事が多くて困ってたんです」
【ふむ…… 顔が整っているからだろうな】
「そんな事無いですよ…… でも…… そうだとさせて貰えるなら……」
【うん?】
「男性は顔目当てで寄ってくる」
【そういうものか……】
「はい…… 女性の場合は、私を餌に男を捕まえようという考えが見え見えなんですよ……」
【つまり?】
「近付いてくる男も女も…… うん…… 私を利用しようとするって事です♪ 自己利益の為の友達交渉をしてくる訳ですね」
【それはそれは…… 美人は大変だな…… ん? それと咲子や泉に何の関係がある?】
「シャドウ様には解りませんか?」
【何が?】
「2人は…… 私に利益を求め無いと」
そうか…… そうだな
僕はコクリと頷く
「咲はね…… とても他人の為に動ける子なんです♪ それでいて見返りなんて求めない! 私の下着騒動の時なんて自分の用件そっちのけ!」
【ククク…… 咲子らしいな】
「はい! 私のハートにストライク♪ もう友達になりたくてなりたくて! 私から買い物デートのお誘いしちゃいましたよ♪」
【そっか♪】
「ホントいい子…… そして泉ともその数日後に会ってそこからすぐ親友! 初めての時は電話で話した位で…… いきなり英語で自己紹介された時は本当に焦りましたけど…… 彼女なりのコミュニケーションだったんだろうなぁ」
【別の国の言葉って事か? ヒドいなそりゃ……】
「んーーん、泉は固くなり易い初対面に度肝を抜く方法で崩してくれたんだと思います」
【はは…… まぁ泉らしい猪突猛進ぶりだな……】
「ですねぇ! でも…… それで良かったし、救われもした」
【だな♪】
「だからシャドウ様の答えですが、前からの友達じゃ無い…… 一緒に居れたのは1年位だけど大親友です♪」
その答えに僕は何も応えず、ニコリと笑い大きく頷く
【そのブレスレットがどれ程藍の心を満たしてくれているのか解ったよ】
「はい♪ 大切な…… 大切な物ですから」
【そうだな♪ そして……】
「はい?」
言おうか言うまいか迷ってしまった
だが1度口にした言葉
彼女は笑顔のまま、僕を見ている
言い掛けた僕の言葉の後を待っているようだった
「どうかなさいましたか?」
【ん…… そのブレスレットは絆なんだな、とな……】
僕は止めた会話の先を口にした
「そうですね…… 咲と泉との絆…… うん、それがしっくりきます」
【いや、そうじゃなくてだな……】
あやふやな答えを出した僕に藍は首を傾げる
「ん? 何かあるのですか? もう! はっきり言って下さいまし!」
少し、わざとらしく膨れっ面を見せる彼女
僕の隣に居るムゥムゥにも目を向けると、彼女は僕へ疑問の表情を向けていた
別にこの件は隠そうとしているわけでは無い
戦争とは関わりのない話だ
ブレスレット
彼女の大切にしているソレが大切な者達とのこの世界における唯一の絆であり、思い出
その藍の寂しさを埋める事が出来れば……
そんな思いを持ってしまったんだ
だから藍の為にも、僕は伝えた
【そのブレスレット…… 咲子と泉とお揃いの絆なんだろ?】
「はい、そうですよ♪」
【うん、そして…… 娘との絆でもある】
「どういう意味です?」
【咲子と泉は…… アースとしての、藍の……】
「はい?」
僕は彼女とムゥムゥに目を向けた
2人も顔を見合わせ次の言葉を待っている
僅かな迷いを持ちながら、僕は口を開いた
そして静かに言った
【藍の…… 娘だ】
「はい!?」
「はい!?」
藍は困惑した様子で僕とムゥムゥを交互に見る
ムゥムゥもまた、同じ顔で藍と僕を交互に見ていた
「つ、つまり!? えっと…… え!? あの……」
【藍、落ち着いて聞いてくれ…… ムゥムゥも落ち着いてくれ…… うん、彼女達はレシアの強すぎる魂を2つに分けて地球に転生させた娘…… 咲子と泉の前世がラフレシアなんだ】
「咲と泉が…… レシアの魂を持っている者……?」
【そうだ】
「そうだったんだ……」
呟くように口にした彼女だが、驚いた表情を見せたのは最初だけ
その後は落ち着いた微笑みを浮かべていた
【何だ? 妙に納得した雰囲気だな?】
「そうですね…… うん、納得してます♪ だっていつも妙に…… ずっと…… 気になってましたから」
【地球に居る時か? ふむ…… 魂が呼び合っていた…… のかもな】
「そうなるんですかね?」
【ああ♪ それにな、さっき藍は言ったろう? 最近特にレシアを思い出すって】
「ええ、まぁ」
【モリサダは藍をこの世界に連れて来てから僕に挨拶も無く宮殿に戻ってアイツの仕事を続けた……】
「す、すみません……」
【いや、まぁそれはいい…… 問題はその先、モリサダは咲子と泉の娘に会ったろ? あの時2人の子供から力を預かったはずだ】
「はぁ…… それは?」
【レシアの力…… レシアのラピス・ラズリ…… レシアの心と同様のモノだ】
「守定さんがレシアの心を預かった……」
【そうさ…… モリサダが長く預かって居る内にアイツのピュア・ラピスへようやく馴染んで来たんだろう…… 随分時間が掛かったがな…… モリサダは己の意思が尊重される体内に別の心であるレシアを入れた、元々同一人物で無ければ異物反応は否めない】
「じゃあ咲と泉は……」
【彼女達は別だ…… 前世であるレシアと産まれた頃から一緒なんだ…… 異物も何も感じる前からの付き合いって事になる】
「確かに……」
【話を戻すが、だから藍は特に最近感じるのさ…… モリサダへ馴染んで来たレシアの心に、母親として共鳴しているのかも知れない…… 母は強し、だな♪】
「そうかも知れませんね…… うん、それに…… 前世の娘と友達に、しかも大親友になれるなんて幸せですね♪」
そう言って僕等3人は笑い合った




