90話 アサダ
門番として必要な事は両名に伝えたその後、ラインフェルトにこの世界での身体を与え、両者共に永命の儀を済ませる
僕は久しぶりに空へと飛んだ
そしてこれもまた久しぶりに纏った影を抜け、《人としての姿》を現した
優しい風が我が身を撫で、ブロンドの長い髪が靡く
鬱陶しさは感じないが、僕は長く白い指で耳へと掛けた
真っ青な空には美しい雲がゆっくりと流れている
僕はただそれを同じ高度から眺め、やがて僕に向かい包む雲に視界を奪われ……
また抜け出た雲から空を見上げる
そして……
僕は、僕の前に両腕を伸ばし、両の掌を合わせて中心を開く
指先を輪の形にしたソコに、ルビーのゲートを空けた
大空を飛んでいた僕は次の瞬間、そのゲートに身を包み、そして跳ぶ
ゲートを抜けた先で僕の視界に跳び込んだもの
懐かしい風景
美しい花々が咲き誇る花壇
涼しさと爽やかさを感じさせる白い造作の噴水
それはレシアの為に創った全て
そう、そこは宮殿の中庭だった
この日より約1年後に戦争となるらしい
モリサダが居れば少し話がしたいと思って訪れたのだ
まぁ、なんにせよ下り立ったのは中庭
この宮殿は広い
必ずしも中庭に居るわけでは無いだろう
捜すのもまた一興か
そう思い、僕は大きく背伸びをした
そして歩き出す
気持ちの良い、身体を動かす感覚
ほぼ座って門番をしていた僕は身体を動かす事は無かった
ここ最近で1番運動した時といえば、泉来訪の魔物掃討戦時だろう
たまには歩き回るってのも良いもんだな
広い中庭をスタスタと歩いていると妙な凹凸を噴水の縁に捉えた
僕はソレに歩み寄る
そこには噴水の縁、平らなその部分に横たわる女性
彼女は純白のドレスを着て、目を閉じていた
寝てるのか?
声を掛けようと思ったが、それは止めた
彼女の顔に見覚えは無い
侍女は全員把握している
その誰でも無い
ムゥムゥがメイドの補填を行ったのだろうか?
この世界の各所に配置させた白眼騎士は、レイジとミヤを除けば基本、宮殿の強い侍女だった
故に彼女達を派遣した事により、メイドの数は減っただろう
その為の補填と僕は考えた
だが、違和感が有った
目を閉じ横たわるこの女性は純白のドレスを纏っている
メイドの姿とは到底掛け離れたもの
休暇中なのだろうか?
そう思った瞬間だった
フワリと瞼を開けた彼女
うつらうつらと視線を游がす
そしてユラリと1点に視線を止めた
それは僕に向けたもの
丁度良いタイミングと感じ、僕は彼女へ声を掛けた
【おはよう】
ビクリと跳ね上がった女性
キョロキョロと顔を目まぐるしく動かす
まだ寝ぼけてんのか……?
【良く眠れたか?】
「あ、あの…… いえ…… はい、眠れました……」
しどろもどろに答えた女性は未だに僕と周りの景色を往復させている
状況を理解出来て居無いのだろう
【初めて見る顔だが…… 君は誰だ?】
「あ、はい…… えっと…… 私はアサダ……」
【ふむ…… アサダか…… で、君は侍女なのか?】
「いえ…… 侍女というわけでは無く……」
【じゃあ客か?】
「えっと…… それに近いかもしれませんが……」
【つまり?】
「あ、はい…… お部屋はこの宮殿に頂いてます……」
僕の宮殿に部屋を?
どういう事だ……
確かに部屋は幾つも在る
客人に部屋の1つを貸し与えるということは不可解では無い
不可解なのは、あまりにも住み慣れた感がある事くらいだ
中庭で堂々と眠れるのは慣れている者か、傍若無人かのどちらかになる
【ほう…… まぁ良い…… ゆっくりしていけよ】
「あ、あの……」
【ん?】
アサダといっていた彼女へ問い掛ける僕
彼女は僕を足元から顔までをゆっくりと見ていた
失礼な奴だな
そんな事を思うが、その目に卑下は映っていない
アサダの目が物語るのは純粋な興味に見えた
【だから何だ?】
「あの…… 貴方は……」
【僕か? 僕は……】
名を名乗ろうとした僕
それよりも先に口にしたのは彼女だ
そしてそれは僕の思いもよらない言葉だった
彼女が次の瞬間口にしたのは、
「シャドウ様…… ですか?」
だった
なぜこの女が僕の名を……
以前の名を知っている!?
宮殿の者達は、皆がノアの名で僕を呼ぶ
なのに、何故……
【お前…… 何者だ…… なぜ僕の昔の名を知っている……】
「あ! すみません…… お気に障ったら謝ります……」
彼女はそう言うと僕の前に立ち上がり、深く頭を下げた
悪気が有ったわけでは無いのは解る
僕も少しは大人になった
だから少々乱れた心を整えて話し掛けた
【いや、大丈夫だ…… で、なぜ僕の名を…… 昔の名を知っている?】
「それは…… 少し説明に困るのですが…… 私の中に居る誰かが貴方を知ってて…… それで」
【ほう…… それは誰だ】
「直接、話をしたことは無いので…… 名前は解らないですが……」
解らない、か……
表情を見る限り、嘘を付いているようには思えない
その者を知らないのに、その者が僕の事を知っているというのは不思議だ
何より私の中に居る誰かというのは更に不思議を掻き立てる
だが、嘘をついてはいないのであれば問い詰めても彼女が困るだけだろう
何より宮殿に招かれた部外者で、悪意を持つ者であればムゥムゥが処断しているハズ
今現在、内部と部外者で宮殿を行き来出来るのはプルートゥ位のものだからな
そんな小さな安心を胸に、彼女へ僕は微笑み掛けた
【もういい、解った…… いや、解らない事はあるが、君が何故か僕の名を知っている事だけは信用しよう】
「あ、ありがとうございます」
彼女は感謝の言葉を口にして微笑む
その顔は実に整った美人ともいえるものだった
【さて、部屋はどこだ? 送っていこう】
「あ、はい!」
僕は彼女を背後に連れ、指示を仰いで宮殿を歩く
広い宮殿なのに曲がり角や階段をスムーズに指示出来る様は、やはり長く住んで居る証でもあった
アサダに道案内をさせる
そうこうしている間に、彼女が滞在している部屋に着いた
僕は……
僕はまた、掻き立てられた心を抑え……
そして彼女が滞在しているらしい部屋、その扉を見たまま彼女へと問い掛けた
【ここで…… 良いのか?】
「はい、ありがとうございます♪」
【ほ、本当に…… この部屋か?】
「そ、そうですが……」
僕は少し動揺していた
彼女が僕に案内させた部屋は、生前……
《レシアの部屋》だった場所
廊下に呆然と立ち尽くす
部屋なら沢山あるにも関わらず…… なぜ……
【…… なぁ、アサダ】
「はい?」
【この部屋は誰から使用して良いと判断を受けた?】
「いえ…… あの、ですね…… この部屋を通りかかった時に…… 私からこの部屋に住みたいと願いました」
【そうか…… で、了承の判断を下したのは誰だ】
「ムゥムゥさんが……」
ムゥムゥだと?
アイツめ……
部屋など沢山あるにも関わらず、なぜレシアの部屋を譲り渡したんだ……
いや、何かしらの理由が有ったと思ってやるのが1番か?
ムゥムゥは宮殿内の全てを任せている
レシアを大切にしていた彼女がアサダから頼まれたとて軽率な判断をするとは思えない
【まぁ良い…… 解った】
僕は踵を返す
そしてムゥムゥへこの件を聞きに行こうとした
だが、アサダは僕の背中に向けた言葉で制止させた
「あの…… 宜しければ、部屋に……」
招き入れるということか、僕を……
長い間、門番をしていた
宮殿に戻る事ですら久方ぶり
彼女の部屋に招かれたというよりも、ただ僕はレシアとの思い出を思い出したくてアサダの部屋に足を踏み入れる
開いた部屋の扉
そこには、レシアの思い出が沢山……
とても沢山詰まって居た
レシアと共に何度も訪れた、レシアの部屋
レシアが寝付けず寄り添い眠った彼女のベッド
ムゥムゥを隣に教えを請うた勉強机と椅子
一緒にお菓子を食べたテーブルも……
そして夜中、ニコの練習風景を眺めた窓、なびくカーテン
それら全てが、生前のレシアの部屋のまま
そのまま、残されて居た




