7話 ノアの名
【さて…… ん?】
トレーには取り外した酒の他に、ジョッキグラスが1つ乗っていた
「どーしたん?」
【グラス…… 1個じゃねーか? それにジョッキで大吟醸はおかしーだろ?】
「え!? ダメなんや!?」
またもベリッ!! っと、トレーから外したジョッキグラスを片手に眺めるニコはそう言った
グラスまでも貼り付けるとは……
ま、まあまあ……
【んで何だっけ……? ああ…… ダメって…… せいぜいワイングラスなら解るが、大きすぎだろーが……】
「そ…… そなんや……?」
【グラスはお前が選んだんだな……】
「うっ……」
だから顔引きつるなって……
【ヤレヤレ…… 悪いが小さめのグラスを持ってきてくれ…… 1個じゃ無く、2個だぞ?】
「1個じゃ無く、ニコ?」
【ニコじゃねぇ!! 2個だ!!】
「あー!! なるほど♪」
【いや、話の流れで解れよ……】
「せやかて何で2個?」
そう言ったニコは疑問の表情で僕を見ていた
【モリサダの分だろーが】
「え?」
そう言ってニコは首を傾げる
そして少し、表情を崩した
「うん、2個ね…… 待っててや……」
コトン
そんな音を鳴らし、ジョッキグラスをトレーに戻す
そして立ち上がった
【待て】
「ん?」
【霞千鳥は置いていけ】
「あい♪」
僕の前に一升瓶を置いて直ぐに来た坂道方向に踵を返すと……
大きく膝を曲げ……
ダッシュした!?
マズイ!!
間に合わない!!!
僕は即座に叫ぶ!!
【ニコ!! ダメだ、走るな!! お前、ジョッキグラス貼り付けて……】
ズガシャャャヤャャャャンンンン!!!
【無いぞ! って…… もう遅いか……】
ニコは顔面を地面に擦り当てながら逆立ちした様に足を上げる
そしてパタリとゆっくり……
《うつ伏せ》に倒れた……
僕の方に静かに顔を向けると、ソコには泣き顔と少々の擦り傷が見える
【だ、大丈夫か…… お前……】
「えぐっ…… えぐっ……」
今にも泣きそうな顔を見せるニコ
さて、どうしたものか……
【ま、まぁ…… まず泣くな…… ジョッキグラス破損の件は何とかする…… ムゥムゥにも言わなくて良い……】
「え!? ホンマ!?」
え!?
そっちかよ!?
痛みとかじゃ無く、怒られるのが怖かったダケか!!
意外と頑丈な体とメンタルしてんな、コイツ……
【あ、ああ…… サファイアで創り直すから、先ずはグラス2つ頼むわ……】
「ブ、ラジャー♪」
す……
スゲー切り替わりだな……
僕の宮殿内に居る者は色々な意味で大した女が多い……
てか、《ブ、ラジャー》って何だ……?
訳の解らん事を言い始めた……
謎の言葉
聞いてみるか……
【その、ブ、ラジャーって何だ?】
「女性の下着の事や♪ モリサダ様が教えてくれたんよ! 了解って、地球? ではな、ラジャーって言うんやって! それに《ブ》を付けたんよ♪」
僕は顔が引きつる感覚を覚える
【お前…… 成人女性として恥ずかしくないのか……?】
「何が?」
【いや、もういい…… グラス頼む…… 2個だぞ!! 1個じゃねぇ、2個だぞ! 2回言ったからな!!】
「りょー!」
【りょ、って…… 了解って事だろ!? 目上の者には《承知しました》だろーが!】
「じゃ…… しょ!!」
【承知まで略すな! アポ!! もういい、行け!】
坂道を走り出すニコ
身軽になったトレーを振り回して走り去る
もうすぐ見えなくなりそうな所で、またも顔面を地面にこすり付けながら体の上下が逆転した
またコケたか……
そう思った瞬間、ゆっくりと立ち上がり、びぇぇーーと泣きながら姿を消した
そういやアイツ……
モリサダには【様】付けてたな……
僕には付けないのに……
僕はニコから舐められてるのか……?
奴め……
帰ったら折檻だな……
ふぅ……
溜息が口をつく
妙な嵐だった
ようやく静かになった女神の丘
なんというか……
無駄に疲れた気がするのは勘違いでは無いハズだ……
さて……
悪かったな、モリサダ
続きを聞いてくれ
それからのレシアは笑顔の絶えない生活を送った
2匹の龍を傍らに……
その龍達にも改めて名を付けた
アルトロンは《双頭龍》
それぞれが分かれたとあっては、それぞれに名を付けないと、どちらがどちらか解らない
アルトロンを付けた時と同じ国の言葉
紅い龍には《ホン》
蒼い龍には《ツァン》
それぞれ、《紅》、《蒼》の意味らしい
まぁ、そう名付けたレシアの子達と共に、中庭を駆け回り、花壇から花を摘んでは冠を作る
作った花冠を僕にくれた事もあったな
ん?
さっきの話?
ああ、僕のシャドウと云う名の事か?
ノアっていうのは、その後に呼ばれ始めた名さ
そうか、そうだな……
それも話すとしようか
僕は昔、僕しか居無かった
いや、言い方がおかしいな……
この世に僕しか居無かった
意志を持つ《者》としては僕しか居無かった
当たり前だよな
この世界は僕が創ったんだから……
だから名前は無かった
無くても困りはし無かった
でも星を創り、それぞれの総統神を置いたことで、名が必要になった
ヒトが増えたのだからしようが無い
ただ、誰が付けたのかは憶えていない
いつの間にかシャドウ様
そう呼ばれるようになっていた
ある時だった
アルトロンを二つに分けた少し後
感謝の意味があったかは解らない
だが、僕はそう呼ばれる様になった
《ノア》
名付けたのはレシアさ
地球の神話に《ノアの方舟》というモノがあるそうな
その神話は、まあ、簡単に言ってしまえばノアという人物が生物を救った
そんな所だ
ただ、それでは簡単過ぎるが、各動物の雌雄を救ったというだけで、その救われた動物の、方舟に乗らなかった同種は勿論死んだ事となる
そして、それを命じたのは神
そんな話さ
少なくとも今、その座に着いているのは僕の訳だが、僕が僕に命じたわけでは無い
あくまでも、《救った》
自分が救いたかった者を、慈悲で……
そんなレシアの考えだったろう