75話 ダスト
また空に目を向ける僕の3つの瞳
同じ方向へと泉も視線を移す
そこには先程まで蒼かった空に黒い斑点が見える
来たか、魔物が……
背中には鳥とは似ても似つかぬ石で出来たかのような灰色の翼
その色が全身を塗り固め、そしてその頭部は【蛇】や【狼】、更には生物で表現の出来ない【モノ】まで居た
尻尾のあるモノも居た
雰囲気が人間に見える者も居た
ただ、幾つもの目玉が無作為にキョロキョロと動き、口は片方の端が耳の裏側まで裂けている
それだけでは無い
どの個体も美しさなど微塵も感じ無い姿ばかりを映していた
なるほどな……
色んな罪の垢を吸収した結果が、コレか……
新しい個体が生まれたって事だな
まぁ良い
そろそろ口減らししなければならない頃合い
やるべき行動は1つと決まっている
僕は先頭で飛ぶ1体に声を掛けた
【何しに来た?】
【食事に来タ…… 《ノア》…… 腹が減っタんだヨ…… あッちに行きタい】
前回の食事はいつだったか……
7つの陽が昇る前だったよな
【《ダスト》か…… まだ食事には早いだろ?】
【ダメ…… 腹減っタ…… 食べタい……】
その時だ
魔物がざわめき立つ
魔物の大半が《泉》を見ていた
【ソレ…… 人間だナ? 美味そウな魂持っテる……】
【ダスト…… 悪いがコノ愚物は僕の客人だ…… 渡せない】
【ノア…… そう堅いコと言うナよ…… 女の魂が一番旨いんダかラ……】
【黙れ…… お前…… 前回食事に出した時、何をした? 言ってみろ】
【何も……? いツも通りダ】
【嘘を付くな…… 罪人以外を口にしたな? 女、子供を食べたろ?】
【さテ? 憶えテ無いナ?】
【そうか…… よく解った…… おい、愚物】
ビクリと体を震わす泉が恐れを漂わせた表情で僕を見た
「な、何?」
【僕が許せない物を言ってみろ】
「《最低限の礼儀をはらえない者》…… 《最低限の約束を守れない者》…… 《大切にしている物や者を傷つける者》…… 《反発する者》…… だったと、思うわ……」
【当たりだ♪】
ニコリと彼女に微笑みかけ、また僕は空へと目を向ける
【なぁ、ダスト…… だとすると、お前ら全てに違反してるな?】
【ドコがダ?】
【まずにして敬意が無い…… 罪人以外を食べた約束不履行は既に問題外…… 僕に嘘をついて、たてついた…… そして僕の大切にする者に危害を加えようとした】
【勘違いジゃ無いノか?】
【勘違いかどうかはお前が判断するな…… 判断するのは僕だ】
【母親ガ子供に食事を取らせ無いデどうスる?】
泉は驚愕の表情で僕とダストを交互に見ていた
「ジャッジメンター! 今、あいつが母親って!? それに魂を食べる!? あっちって…… もしかして地球なの!?」
こんな説明もしなきゃならないのか……
余計な事を言ってくれるぜ、ダストよぉ
【まぁ、あらかた間違いじゃ無い】
「待ってよ! そんな事が許されるわけ無いでしょ!?」
彼女の言葉を遮ったのは《ダスト》だった
【人間…… ノアには許さレる…… そいツは《神》ダかラ……】
だから余計な事を言うなって……
ったく面倒臭ぇ
ほら、愚物が僕を見てやがる
来るぞ、神かどうかの質問が……
「ノア! 今の話は本当なの!? 《神様》って!?」
ほら来た!
やれやれ……
思った通りの事を言いやがった
つーかよぉ……
【おい、愚物…… 調子に乗って名前呼んでんじゃねーぞ……】
いや、今はもはや有事だ
つまらない会話は要らないな
【まぁいい…… 昔の事だ…… 今は違う…… 僕は門番だ】
僕は表情を変えずにそう答える
「でも……」
【昔だと言ったろう? 元、神だ】
「じゃあ…… 何で…… 門番でもいい! 何で人を食べさせるの!?」
【罪人だ…… 食べさせてるのは…… そしてその摂理からは逃げられない…… 地球が無くなれば別だがな】
「何で地球が無くなるのと同位なのよ!?」
【直接的にコノ魔物を産んだのはお前達、人間って事だ】
そう
1番多く奴等に垢を与えてるのは人間だ
人間の罪が他の者よりも深い
罪が無い、垢が出ない、死んでも生者に妬みが無ければ……
終焉の門は必要無かったからだ
【そうだなぁ…… 産まれたばかりの子供の姿を表現するなら…… 愚物、お前なら何という?】
僕の問い掛けに彼女は目を泳がせた
思慮を巡らせているのがよく解る表情
その瞳に僕を捉え、一呼吸置いた後に泉は言った
「無垢…… かな……」
僕はコクリと頷く
【そうだな…… 無垢だ…… 子供は少なからず誰かの生まれ変わりだ…… 前世の記憶が無いだけでな…… じゃあ、前世の人間はどこに居る?】
「え? 死んだから生まれ変わりじゃ……?」
【そう、死んだからココに来る】
「つ、つまり?」
【人は少なからず罪を犯す…… 少なからず、誰でもだ…… じゃあ産まれたばかりの子供に罪はあるのか?】
「あるわけ無いでしょ!? これから人生が始まるのに!?」
【そう言う事だな…… じゃ、何で前世の罪は持ち合わせないか解るか?】
「わ、解んないケド……」
【カタストロフィさ】
「カタストロフィ? あの河?」
【そう…… あの河で御祓をするのさ…… あの河を渡りきった時に、以前の罪は浄化される】
泉は固まっていた
さすがに理解が出来たのだろう
「ノア…… あの河で罪を流す…… 前世の《垢》を流す…… だからその後《無垢》になるのね…… そして…… 流れた垢から産まれた者が……」
彼女はその先を言わず、空を見た
奴等を、見た
【意外と聡明だな…… 当たりだ…… だから人間のみならず、生き物が居なくなればコイツらは産まれ無い】
彼女は何も言わなかった
僕のしている譲歩が魔物達に許されたギリギリの物
摂理
そう感じてくれたのかもしれない
ただ、それでも……
その後の彼女の表情には悔しさが映っていた
「ノア…… でも私……」
僕は泉を見る
そんなつもりは無く、ただ彼女に微笑み掛けていた
【ああ…… 解っている…… 僕の決断を解った上で…… でも人間を救いたいんだな?】
泉は頷き、
「うん……」
と答えた
全てを受け入れ、それでも自分の想いを曲げないか……
立派な女だ
僕よりも神に向いているかも知れないな
不意にそんな事を思った
【そっか…… 意外と優しい女だな……】
僕はまた、微笑んだ
「意外って失礼よ……」
そう返答した彼女
お互いの顔を見合わせて2人で笑った
【なんにせよ切迫した状況にあるのは変わりない…… 咲子の予定とは違うが、お前は逃げた方が良い…… その扉からアノ世界に戻れ】
そう口にした僕
言葉を詰まらせた彼女は、僕と空を飛ぶ魔物達とを交互に見ていた
泉はそれ以上表情を変えず、踵を返し、その扉に歩を進める
その時だ
スバァァァァン!!!
大きな爆音と共に砂塵が宙を舞う
何が起きたと思考を巡らすよりも早く、視界がソレを捉えた
無かった
泉が進むはずの数歩前
その地面が、無かった
彼女は後退る
僕は振り向き奴等を睨む
【テメェら…… 何やってんだコラ!?】
魔物に向けて言い放つ
奴らは下品な笑いを上げていた
【どいつだ? 今のは……?】
尚も笑いを止めない魔物達のどれかが口を開く
【さアな? おメーか? そレともテメーか? ゲヒヒ……】
そう言って次々と笑いながら魔物達に指を向けた
指を向けられた魔物達はこぞって自分じゃ無いと笑いながら首を振る
僕に敵意を持たれても尚、この女を喰いたいだと……
泉を逃がすつもりなど最初から無いのだろう
やれやれだな……




