6話 ニコ
そこまでの思い出をモリサダに話していた僕は一度、空に視線を向けた
あの日の空と同じ色をしている
この世界は変わらない
大きな天候の変化は無い
僕がそう創ったのだから
もはや脅威の元凶は無く、全てが安寧の世となった
ソレもコレも、モリサダは元より、この世界の猛者達……
そしてプリンセス、プリンスの2人によるものが大きい
これからこの世界は、より幸せな国となるだろう
不意に耳へ届く声
僕は振り向きもせず、そのまま空を見上げていた
「……」
声が近付く
「……さー」
タッタッタッタッと軽い足取り
「ノアさー!!」
背後に伸びる坂道を駆け上がる音と共に聞こえる声で、誰かはもう解った
直ぐ近くまで走り着いた時に、僕は振り向く
【なぁ…… 方言なのかは知らないが、《ノアさ》まで言ったのなら、《ま》も付けろよ……】
「あ! ごめーーん!」
【ゴメンって……】
僕は苦笑いを浮かべる
いつもと変わらない、やり取り
慣れはしたが、慣れてもいけないのかもしれない
最低限の礼儀は持つべきだろう……
【まぁいいや…… で、なんだ? ニコ……】
この娘の名は《ニコ》
侍女の一人だ
有事の際は剣を取り、無事ならメイド
剣の腕は確かだ
先の戦いでも中々に良い活躍を見せてくれた
それに、まぁ、可愛らしい表情を持つが、何せ……
天然すぎて、よくドジをする……
そんなニコが震えながらカチャカチャと両手にトレーを持っていた
【なんだそれ?】
笑顔を見せながら腰を下ろし、彼女はトレーを地面に置く
ソコには見慣れた物が乗っていた
「女神の丘にピクニックって聞いたから持ってきたんよ♪」
【聞いた? 誰に?】
「ムゥちゃや♪」
【だから…… 敬語使えって…… ったく……】
「ごめーーん!」
【お前…… わざとやってるだろ……】
僕は呆れて首を振る
《ムゥちゃ》と言うのはニコの先輩侍女
ムゥムゥと云う名の女性だ
中々に気が利く女で、宮殿内の事は、ほぼ任せている
その為もあってか、僕は侍女長の役割を与えていた
確かに気が利く女だ
それにムゥムゥの剣の腕も折り紙付き
気も利いて、戦士としても……
完璧って奴だな
さてと……
ノドの渇きは無いが、少し口に入れたい気分ではある
先輩であるムゥムゥにも敬意を払わないのは何だか一言言いたい気分だが……
でもまあ、こんな日だ
いいだろう……
もう少し話もしたいしな……
【まあいい…… ありがとな♪ ムゥムゥにも礼を言っといてくれ】
「うん、解った♪」
【それで…… ソレはなんだ?】
そう言った僕に、ベリッ!!
そんな妙な音を立てながら瓶を持ち上げ、ラベルを笑顔で見せるニコ
「大吟醸《霞千鳥》や♪」
【ほう…… 中々良い物持ってくるじゃ無いか♪】
「せやろ!?」
【ムゥムゥのチョイスだろーケドな……】
「うっ……」
完全に顔が引きつりやがった……
嘘を付けない女だな……
【てかよ……】
「え?」
【今、一升瓶持ち上げた時に《ベリッ!!》って変な音がしたが……】
「あー! あれはな……」
そう言ってニコは瓶の底をこちらに向けた
ソコには妙な《黒いザラザラとした物》
トレーの方には《黒いフワフワした布》が貼り付けてある
【なんだコレ?】
「これはムゥちゃが貼り付けてくれたマジックテープや♪」
モリサダが地球の知識をカタストロフィで生かした便利道具
ナルホドな……
どおりでニコが走って来れた訳だ……
それぞれを固定するには丁度良い代物
やるな、ムゥムゥ……
「さすがやんね、ムゥちゃ♪」
【お前…… 解って言ってんのか?】
「何が?」
【…… いや…… いい…… 何でも無い……】
「そう?」
折角持ってきてくれた訳だし、笑顔を消すのは僕としても本意では無い
ムゥムゥがニコのドジを最初から見越してソウしたと、今は言うまい……