66話 幸せの循環
【いや、良いさ♪ で、何を買ったんだ?】
「この世界でトレンドといえば《ワーム・ブレッド》しかないでしょ♪」
何の疑問も無く笑顔を浮かべるミヤだったが、僕の顔は引き攣っていた
それもそのハズ
僕の耳にも入っている情報だ
知っているからこそ、僕は顔をしかめた
【止めろよ、お前…… 酒が不味くなる】
「どうしてです?」
【ワーム・ブレッドって《虫パン》じゃねーか! 旨い酒飲んでるのに、虫食べるなんて想像させんじゃねぇ!!】
「え?」
【知らなかったのか!? 知らなかったのか、お前は!?】
「いや、知ってますよ! ですがワーム・ブレッドの虫は、その辺の虫と違って《香虫》という立派な食用虫ですよ♪」
【コーチューだか何だか知らねぇよ!! そんなこたぁぁどぉぉでもいぃぃぃーーー!! 虫を食べるなんて考えられん!!!】
「やれやれ、まったく…… ノア様は偏食家ですねぇ……」
彼は呆れた顔で首を振る
そしてアッ!と表情を変えると、おもむろに和服の胸へと手を入れた
「ムゥムゥ様から《おつまみ》も受け取ってました!」
【お! ムゥムゥのチョイスなら信用出来る♪ チーズか?】
「ムゥムゥ様のチョイス《なら》って所は引っ掛かる言い方ですね……」
少し苦笑いを浮かべたミヤ
胸元から取り出し、僕へ差し出した彼の手
ソコには茶色の様な…… 赤紫色の様な……
そんな物体が乗っていた
僕は座ったままズリズリと後退る
【テ、テメェ…… 虫シリーズじゃねぇだろーな……】
「違いますよ! ビーフジャーキーです! 虫は終わり! 虫関連は終了ぉぉぉ!!」
ブツをもった手をそのままに、彼は空いた手をNoと大きく振った
【な、なら良い…… ありがとな……】
恐る恐る受け取る僕
もはや疑心暗鬼にしかならない
準備してくれたのはムゥムゥらしい
ならば信用に値する
虫パンを当たり前の食料と割り切れる奴の渡す物など気軽に手にする事も嫌だ
ひとしきり眺め、口元に持っていく時だった
ふと、違和感に気付く
あれ?
コレって……
ビーフジャーキーそのまんまじゃねーか……?
【ミヤ……】
「はい?」
【コレって…… ビーフジャーキー……】
「そうですよ?」
【胸から取り出したんだよな?】
「は? そうですけど……」
【《包み紙》は?】
「ああ! アレなら肌に擦れて痛いから捨てました♪」
【待て、お前…… 素肌にビーフジャーキーか?】
「そうなりますね?」
【汗…… 染みこんでんじゃねぇか……?】
「有り得ますね♪ でもビーフジャーキーも塩味でしょ? 汗も塩味! 問題無いですよ♪」
【ふざけんなテメェ! やっぱ無礼者だ! 変わって無ぇよ!!!】
「そうですか?」
僕の手の干し肉
ソレをおもむろに掴み寄せた彼は、己の口に運んで食んだ
そしてモグモグと口を動かす
「うん、大丈夫です! ちゃんと塩味♪」
【勝手に食うなコラ! ムゥムゥが僕に用意した干し肉だろぅが!!】
「えぇぇ!? だって汗が染みこんでるとかグズってたじゃないですか!!」
【グズって無ぇよ!】
「じゃ、食べるんですか? 食べないんですか?」
【……クソッ! 食べるよ、食べる!! 理屈で論破しやがって…… なんてインテリ武人だよ、まったく……】
「俺はレイジさんに文武両道を叩き込まれてますからね♪」
【レイジよぉ…… 面倒臭ぇ弟子に育てるんじゃ無ぇよ……】
そんな悪ふざけを彼は笑みで、そして僕は苦笑いで閉じた
【ところでミヤ…… 話のレイジはどうした? わざわざケンシンから修練を付けて貰う必要が無いだろ】
「レイジさんはもうすぐ子供が産まれますからね♪ 奥さんから離れられないんですよ」
【そっか♪ 大切にされてるんだな、《彼女》は……】
「大切も大切♪ 他の事が手に付かない位に!」
【そうか♪ ならミヤはレイジの強さを越えるかも知れないな】
「勿論! 今の内に抜き去ります♪」
【ククク…… 楽しみにしてるよ】
「ノア様も越えますんで、そのおつもりで♪」
【僕は無理だろ】
「無理を無理と言うのは容易い…… 無理でも《やる》と言葉にした者に…… 可能性は道開かれる」
【ん? 聞いた言葉だな…… 《プリンセス》か?】
「はい…… 今の俺を形作る言葉です」
【本当にミヤの中でのプリンセスは大きい存在なんだな】
「そうですね…… 彼女の住む世界が幸せなモノで在る為に…… 俺はこの世界を守る」
【そうか♪】
僕がグラスを創れば良かった
当たり前の事ながら、ニコに頼む事もせず、ムゥムゥにツマミを準備させる事も無く……
ただ、ソレをしなかったのは《想い》がソウさせた
壊れた物を修復するのは構わないが、新しい物を自由増作させる事は…… やはり人の理に反する
能力眼は特殊な力だ
自分を特別だとは思わない
だが、特別な者に与えられた力
無闇矢鱈と使わないようにしたのは、僕の《光の存在》
でも今日は特別の特別として許してくれますか?
僕は彼と……
次の時代を造るミヤと酒が飲みたいんですよ
僕はサファイアのゲートを広げる
そこから僕が持つワイングラスと同じ物を創り、取り出す
そしてミヤに手渡した
「コレは?」
【グラスだ】
「いや、ソレは見て解りますが……」
【まぁ良いじゃないか♪ まずは持てよ】
「はい」
何事が起きたのかと顔を固めるミヤ
その手にしっかりと掴まれたワイングラス
その器へ僕が持った一升瓶を傾け、注いだ
コポコポと鳴らし、揺れる液体
その様を見詰める彼
注ぎ終えた僕はゴトンと地に瓶を置く
そして、ミヤへと言った
【一杯だけで良い…… 僕等の酒に付き合えよ】
目を丸くした彼だったが、直後変化した柔和な表情
そして揺れる酒に目を向け、僕に視線を移し、ミヤは笑った
「はい! 頂きます♪」
僕へ手を伸ばした先にはワイングラス
僕の持つ手にもワイングラス
互いのソレをティン…… と小気味良い音色立てて口付けし、体内を潤した
程良く赤みがかるミヤの顔
孫の様な存在のミヤに酒を注ぎ、彼からも注ぎ返される
本当に幸せだ……
「そういえば、ノア様」
不意に声を掛けた彼に僕は、
【ん?】
と、返した
「その内、レイジさんと奥さんがこの女神の丘に散歩に来ると思いますよ♪」
【そうなのか?】
「ええ♪ 籠もりっぱなしじゃ気が滅入るだろうって言ってましたし、元気な姿をノア様に見せたいとも言ってましたからね」
【そうか♪】
中々に来訪者の多い日だな
ふとそんな事を思うが、忘れられるよりは幸せな事とも感じる
些細な幸せを感じられる時間がまた、幸せを運ぶ
幸せに気付けるかどうかが重要だ
大なりの幸せであっても……
小なりの幸せであっても……
幸せは均しく喜びといえるだろう
ミヤの成長を感じられる幸せ
父親になるレイジを喜べる幸せ
妻である彼女の笑顔を見れる幸せ
そしてこの世界が優しい世界となった事を感じられる幸せ
僕だけが幸せじゃダメだ
でも解る
僕が笑える幸せは、共に分かち合えるモノ
ミヤの笑顔を見ればよく解る
笑顔を向ける者には、笑顔を向ける事
それが小さくとも、大事な幸せの種
芽吹き、樹が成り、実がなる
その実を食べた者もまた、笑顔を見せるだろう
その者もまた、樹を、実を実らせる
幸せの循環
《貴方》が望んだ世界
僕は創れていますか?
《貴方》が望んだ世界
僕はこの世界を生きていく
《光の存在》
僕は貴方の《影》
僕を、僕として分けてくれて有難うございます
まだまだやりたい事なんて有り過ぎて困る
今の幸せを《貴方》にも分けてあげたいですよ
ねぇ……
《トゥルース様》




